閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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13話 サザーランド州Ⅳ

 

 

 

 日が落ちた演習地。

 その日のカリキュラムを終えた生徒達はみっしぃが用意してくれたみっしぃカレーに舌鼓を打ち、食後の休憩時間の和やかな空気がそこには流れていた。

 その一方でリィン達《Ⅶ組》は食欲がそそられる匂いに後ろ髪を引かれながら《デアフリンガー号》のブローフィングルームにいた。

 

「――以上でサザーランド州の三か所を巡って遭遇した人形兵器について報告を終わります」

 

 本来ならクロウが行うはずの口頭報告をリィンは押し付けられてミハイルとトワ、ランディの三人の前で話し終えた。

 

「御苦労……演習一日目はそれなりに順調だったようだな」

 

 辛口なミハイルの評価にリィンは苦笑いを浮かべる。

 

「リィン君達の報告は導力メールにまとめてハイアームズ侯爵に送っておくね」

 

 トワの一言に緊張していた生徒達は安堵の息を吐く。

 

「でも今日中にみんなは今日のレポートを提出してね」

 

 現在時刻は午後の七時。

 トワはまだ夕食を済ませていないリィン達にスパルタな課題を突き付ける。

 

「トワ教官、それはあんまりじゃないですか……」

 

「……食事をしたらすぐに寝てしまいそうな気が……」

 

「文句を言っても仕方がない。協力して手早くまとめよう」

 

「ククク……精々頑張れよ後輩ども」

 

 項垂れる三人にクロウが笑う。

 

「もちろんクロウ君もだよ」

 

「はっ……そう言うだろうと思って帰りの導力車の中でもう書いておいたぜ」

 

 差し出されたレポートをトワは受け取って目を通す。

 流石に経験があるだけに要点をまとめて最低限のレポートにはなっている。

 

「クロウ先輩ずるいっ!」

 

「ユウナに運転を任せてコソコソ何かをしていると思っていたけど、一人だけ抜け駆けをしていたんですね」

 

「クロウ・アームブラスト……やはり《裏切りの騎士》と呼ばれるだけありますね」

 

「ククク、何とでも言え俺は――」

 

「うん、やり直しだねクロウ君」

 

 負け犬の遠吠えを勝ち誇るクロウにトワは容赦のないダメ出しをする。

 

「ちょっと待ってトワ! レポートならそれで十分なはずだろ!?」

 

「うん……私達の時のレポートならこれでも良かったんだけど、クロウ君は今は《Ⅶ組》のリーダーだからこれじゃあちょっと足りないかな……

 それに車の中で書いたせいで字も汚いし……うん、やり直して今日中に提出してね」

 

 笑顔でレポートを突き返されてクロウはがっくりと項垂れる。

 

「えっと……レポートの件は良いとして、明日の予定を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 項垂れるクロウにいい気味だと言わんばかりの三人を尻目にリィンはミハイルに尋ねる。

 

「ふむ……」

 

「このまま人形兵器の調査を続けるのか、それとも演習地で機甲兵教練を行うのか……

 差し支えなければ、今のうちに知っておきたいんですが」

 

「《Ⅶ組》の明日の予定は後でみっしぃから連絡させる予定だったが……」

 

 ミハイルはそう言って考え込んで、自分が説明した方が良いだろうと続ける。

 

「《Ⅶ組》は明日から戦術科と共に“機甲兵教練”を行ってもらう」

 

「え……?」

 

「人形兵器の調査はよろしいのですか?」

 

 思わずクルトが口を挟む。

 まだ調査は始まったばかり、てっきり明日もそれを行うと思っていただけに肩透かしを喰らった気になる。

 

「勘違いするな。《Ⅶ組》の役割はあくまでも地域貢献であり、人形兵器への対処はサザーランド州領邦軍の管轄になる……

 そういう意味では《Ⅶ組》の特務活動は一定の成果を上げたと言えるだろう」

 

「ふふ、そうですね」

 

 ミハイルの言葉にトワが頷く。

 確かに半端な終わりかもしれないが、いるか分からない《結社》を捜索してその企みを暴いて解決して来い、などと言う指示は一生徒に任せる責任の範疇を超えている。

 故に地域貢献という意味では“人形兵器を確認した”と言う時点でハイアームズ侯爵への義理は果たしている。

 

「それに地域貢献にばかり従事させて、お前達の教練が疎かにするのは本末転倒というものだ」

 

「それはそうかもしれませんけど……」

 

 《結社》がこの地で何かを企んでいるのなら自分がそれを暴き、捕まえるのだと夢想していたユウナは不満に顔をしかめる。

 自分達が調べた成果を誰かに譲る事もそうだが、クロスベルが占領された原因の一端でもある《結社》を放置する事に後ろ髪が引かれる。

 

「ま、キナ臭い気配がしてるって言うのは確かだろ。そこんところはどうするつもりだい?」

 

 ユウナの不完全燃焼を察したランディは、その後についてミハイルに尋ねる。

 

「サザーランド州以外を狙った陽動の可能性も考慮すれば、なおの事《Ⅶ組》だけでどうにかなる問題ではない」

 

 振られた質問にミハイルはだからこそ生徒には荷が重いと判断する。

 

「念のため各方面に要請して危機に備えるように連絡しますか?」

 

 しかし不安で心配と言う点ではトワも同じであり、設置した通信網の使用を提案する。

 

「TMP以外だと現地の領邦軍に帝国正規軍の司令部あたりか……

 遊撃士協会が機能してりゃあ連携のしようもあるんだけどな」

 

 連絡先を思い浮かべるランディにミハイルは顔をしかめた。

 

「遊撃士協会は論外だ」

 

「それはまたどうして? ここなら隣国のリベールの遊撃士に協力してもらうのもありだろ?」

 

「私にそれを判断する権限がない……という理由もあるがその遊撃士の信用がないからだ」

 

 ランディの提案をミハイルは一蹴する。

 

「貴様に言うまでもないがA級遊撃士のアリオス・マクレインの行いによって帝国は遊撃士そのものの存在について疑問視している……

 帝国政府の上層部がそう考えている以上、他国から遊撃士を招く事はあり得ないだろう」

 

「アリオスさんのせいってどうして!?」

 

 ミハイルの言葉にユウナが立場を忘れて叫ぶ。

 

「ふん……言葉通りの意味だ……

 アリオス・マクレインはA級遊撃士の地位を利用してクロスベルの独立を目論んだ……

 それは遊撃士という存在の信用を地に落としたという事に他ならん」

 

「それは……」

 

「加えて当のアリオス・マクレインはクロスベル留置場から脱走してディーター派の旗頭となってクロスベルの地下に潜伏している……

 規約を悪用した犯罪者を野放しにしている時点で遊撃士協会には罪を犯した身内を公平に裁く能力はないと言えるだろう……

 そんな遊撃士を誰が信用できると言うのだ?」

 

「アリオスさんはそんな人じゃありませんっ!」

 

「ならば何故出頭して弁明をしない? 何故留置場から逃げ出した?

 疚しい事がないのなら然るべき場所、然るべき方法で己の主張を述べれば良い……

 それをしないで未だにクロスベルの“守護神”気取りなど、烏滸がましいにも程がある」

 

「それは……だってあれは全部ディーター元市長のせいで――」

 

「この際だクロフォード。私はお前の入学には今でも反対している」

 

「っ――」

 

 はっきりと告げられた敵意のある言葉にユウナは息を呑む。

 

「反帝国思想……これについては目を瞑っても良いが、今日までの貴様の生活態度については話は別だ……

 媚びろとは言わん、へりくだれとも言わん、だが自分の立場を顧みて、弁える事を覚えろ……

 これ以上問題を起こすようならば分校長やリーヴェルトが何と言おうと私は貴様を退学にする」

 

「なっ!?」

 

「ミハイル教官!?」

 

 突然のミハイルの主張にトワが声を上げる。

 

「ハーシェルもオルランドも今後、クロフォードを甘やかすことのないように頼むぞ」

 

 相当に腹に据えかねていたのか、厳しい目で睨んで来るミハイルにユウナはたじろぐ。

 

「ユウナ……」

 

「クルト君……それでもアリオスさんは……私はアリオスさんを……」

 

「分かってる……それ以上何も言わなくて良い」

 

 肩を叩き慰めるクルトにはユウナの嘆きはよく分かる。

 特務支援課がルーファスに――帝国に屈したからこそ、クロスベルは最後の希望をアリオス・マクレインに向けている。

 今のアリオスはあの時の自分達と同じなのだろう。

 

「…………ミハイル教官、報告は以上でよろしいでしょうか?」

 

 場の空気を見兼ねてリィンは退席の許可を求める。

 

「ああ、退って良い」

 

 ミハイルもそれ以上の追及はせず、《Ⅶ組》の退出を促した。

 

「くっ……」

 

 ブリーフィングルームから出たユウナは拳を固く握り締めて体を震わせる。

 普段なら激昂しているところだが、ミハイルに戒められた直後ということもあり必死にその憤りを呑み込もうとしているのが見て取れる。

 

「それにしてもお前の兄弟子も随分と傍迷惑な奴だな」

 

「クロウ先輩……」

 

 我慢をしているユウナに構わず話を振って来るクロウをリィンは咎めるように睨む。

 

「ですがアリオス・マクレインは情報局の調べで、遊撃士として活動中に警官殺しの関与していた疑いもあるのでミハイル教官の言い分は妥当かと思います」

 

 しかしクロウに便乗してアルティナもアリオスに対して辛口の評価を口にする。

 

「…………確かに姉弟子は喰えない兄弟子だって言っていたけど……」

 

 知らない人間のフォローはできないとリィンは嘆息する。

 

「違う……アリオスさんが警官を殺したなんて帝国が流した欺瞞情報に決まってる……独立のための活動だって誤解に決まってる……」

 

 項垂れ小さく否定を繰り返すユウナの姿には流石に同情してしまう。

 

「アリオス・マクレインか……どんな人なんだろう?」

 

 そう呟きながらリィンは食堂車へと入り――

 

「やあ! みんなお疲れ様!」

 

 特務活動に疲れたⅦ組一同をエプロン姿のみっしぃが出迎えた。

 

「今日の夕ご飯は朝に言っていた通り、ボク特性のみっしぃカレーだヨ☆ お代わりはたくさんあるからいっぱい食べてね~」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 陰鬱な空気はみっしぃの緩い喋り方に壊され、何とも言えない空気がそこに漂う。

 

「とりあえず食事にしよう」

 

「ええ、この後レポートの作成もあるので手早く済ませましょう」

 

「はあ……ようやくメシにありつけるか」

 

 気を取り直したリィンの言葉にアルティナとクロウが続く。

 

「ほら、ユウナも……」

 

「私は……今は良い」

 

 クルトに促されたユウナは食欲がないと首を振る。

 

「それでも今は何か食べた方がいい。それに……みっしぃカレーを食べなかったとしたら……ティオさんがどんな反応をするか……」

 

 考えただけでも恐ろしいとクルトは身を震わせる。

 もっとも食べたら食べたで羨ましいと恨まれるだろうとクルトは付け加える。

 演技過剰におどけて見せるクルトにユウナは思わずそれを想像して笑ってしまう。

 

「いくらティオ先輩が大のみっしぃ好きだからって違法薬物でもないんだから、そこまで取り乱したりしないわよ」

 

「……………そうだと良いな」

 

 クルトは先日送った特務支援課の一人の顔を思い出しながら神妙に頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

「うーん……三十点かな?」

 

 トールズ第Ⅱ分校の演習地を遠い丘の上から狙撃銃のライフル越しに観察していた赤毛の女は点数をつける。

 街の外の野営だと言うのに、魔獣除けのオーブメントを過信して警戒に立っている者はほとんどいない。

 どこか浮足立って浮かれている子供たちは遠足気分でいる。

 その空気が悪いわけではない。

 歴戦の猟兵であっても常に気を張り詰めていられるわけではない。

 ましてや彼らは新兵ですらない軍人の卵。

 そんなまだ心構えどころか体を鍛えてもいない一般人に毛が生えただけの子供達に対して三十点はだいぶ甘い点数でもある。

 

「…………ランディ兄ってば何を教えてるんだか」

 

 それでも感じてしまうのは子供達よりも彼らを育てた従兄の不甲斐なさ。

 まだ一ヶ月しか経っていないかもしれないが、自分が育てたセドリックはその一ヶ月で最低限の戦いに赴くだけの気構えを仕込むことはできた。

 彼と比べてしまうとどうしても目の前の子供達が劣っていると感じてしまう。

 

「ランディ兄ってば相手が帝国だから手を抜いてるのかな?」

 

 クロスベルに骨抜きにされ、ルーファスによって牙を折られ、堕ちる所まで堕ちたいろいろだらしない従兄ならあり得るのではないかと赤髪の女は邪推する。

 

「ねえ、どう思う?」

 

「何で私に聞くんですの?」

 

 傍に佇む令嬢のような服装の女に赤髪の女は尋ねる。

 赤髪の女の疑問に令嬢はどうでも良いとぞんざいな返事をして周囲を見回した。

 

「ところであの女は何処に行きやがりました?」

 

「ラウラの事ならこれを皆に渡してくれって言って出て行ったよ」

 

 赤毛の女はスコープを覗きながら、手元に数便の手紙を取り出してみせる。

 

「……そうですの」

 

「あれ、怒らないの? てっきりマスターに教えを乞いておきながら恩知らずめ! って叫ぶと思っていたんだけど」

 

「そんな事しませんわよ。むしろ遅いくらいだと呆れていますわ」

 

「それはどうして?」

 

「元々あの女はマスターの当て馬になるためにマスターが鍛えていたわけですから、教える事を教えたなら後は敵対してくれて何の問題もありませんわ……

 それを律儀に教えを受けた恩など感じてうじうじと悩んで……全く世話のかかる妹弟子がいなくなって清々しましたわ」

 

「素直じゃないなぁ……何だかんだでその妹弟子に一番かまってたくせに」

 

「なっ!? 勝手な憶測で変な事言わないでくれませんか」

 

 そっぽを向く令嬢は赤面した顔を誤魔化すように咳払いをして話を変える。

 

「それは良いとして、あの女はあの“リィン・シュバルツァー”について何と言っていましたか?」

 

「“リィン”の匂いだけど何か違う気がするって……もっと近くで嗅げば何か分かるかもって言ってたよ」

 

「なるほど……」

 

 ふと頭に過った言葉を令嬢は呑み込み、神妙に頷く。

 

「ラウラ……すっかりへん――」

 

「言わなくて良いですわよ」

 

「ええー」

 

 つまんないと不貞腐れる赤毛の女に騎士の女はため息を吐く。

 

「それより貴女はこちらに残るのですね? 《執行者》に与えられる自由を行使すれば《Ⅶ組》を両立させることはできますのに」

 

「あーそれね……ラウラにも言われたんだよね」

 

 赤毛の女は導力ライフルを横に置いて立ち上がる。

 

「でもシャーリィはこっちで良いかな。そこら辺はそっちと同じ気持ちだと思うよ」

 

「…………貴女と同類扱いされるのは心外なのですが……」

 

「でも弱い“リィン・シュバルツァー”なんて認められない……でしょ?」

 

 笑って投げかけた言葉に令嬢は否定も肯定もせずに演習地へと視線を向ける。

 

「それに後輩の《Ⅶ組》に洗礼をしてあげるのは先輩の役目でしょ?」

 

「はあ……つくづくこの狂戦士は……」

 

「――いいですか! わたくしたちの役目はあの“リィン・シュバルツァー”が本物であるか見極めること!

 貴女も第Ⅱ柱の意向を受けているという話ですし、少しは真面目に――」

 

「まーまー、折角だからお互い目いっぱい愉しもうよ♪」

 

 赤毛の女はおもむろに手を伸ばし――令嬢は自分に向かって来る手をはたき落とした。

 

「…………」

 

 赤毛の女が左手を差し出す。

 

「…………」

 

 令嬢はその手をはたき落とす。

 

「…………」

 

 赤毛の女が右手を差し出す。

 

「…………」

 

 令嬢はその手もはたき落とす。

 

「………………」

 

「………………」

 

 二人は無言で睨み合い、両手を構えて――

 

「御二人とも戯れはその辺で」

 

 傍に控えていた男が今まさに始まらんとする攻防を仲裁するのだった。

 

 

 

 









とある結社の一日

シャーリィ
「なっ!?」

デュバリィ
「ふふふ、いつまでもこの《神速》の後ろを取れると思ったら大間違いですわ!」

シャーリィ
「へえ……シャーリィの手を躱して投げた上にマウントを取るなんてやるじゃん!」

デュバリィ
「余裕ぶっていられるのも今の内ですわ! 今日こそは積年の恨みを――」

シャーリィ
「優しくしてね……ポッ……」

デュバリィ
「な、な、な……何を気色の悪いことをしてやがり――」

アリアンロード
「デュバリィ。少々よろ………………」

デュバリィ
「ま、マスターッ!」

シャーリィ
「デュバリィおねえちゃん、ねえはやくぅ~」

デュバリィ
「ちょ!? マスターこれは違います! 違うんですの!」

アリアンロード
「…………分かってしますデュバリィ……
 わ、私は二時間ほど席を外しますので……いえ、私の用事は大したことではなかったので……ごゆっくり……」

デュバリィ
「マスタぁぁぁああっ!」

シャーリィ
「アハハハハッ!」






ラウラ
「………………これが結社?」







アリオスの罪について
あくまで罪を犯していたのはディーター大統領であって、国防長官であるアリオスには失態らしい失態がなかったから、クロスベル市民はアリオスに罪はないと思っているのではないかと考えています。

個人的に一番気になっているのは、ガイとの結婚を目前に控えていたセシルに娘のシズクを預けていたという点が気になってします。


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