閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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17話 サザーランド州Ⅷ

 

 

 

 

 サザーランド州の空を二体の機械人形が飛ぶ。

 内戦から帝国の主戦力として配備されるようになり始めた《機甲兵》だが、未だに空を自在に飛べる機体は少ない。

 

「流石に早いですね」

 

「そりゃあ空を飛んでるからな」

 

 目的地であるドレックノール要塞を目前にリィンが呟いた声にクロウが通信で応える。

 現在位置はサザーランド州の北端の軍事基地を目前とした宙域を飛んでいる。

 昨日よりも出発は遅かったが、時間的にはセントアークに到着するよりも早く到着できそうだった。

 

「あと十分って所か……」

 

 目測で時間を測りながらクロウはリィンの《ティルフィングS》の背中を見る。

 

「なあリィン……」

 

「何ですかクロウ先輩?」

 

「本当に良かったのか、ラウラ達を置いて来た?」

 

「…………当然です。《結社》が俺を狙うのは俺の問題。アルティナ達の同行を拒否しておいて他人のラウラ達を頼るなんて虫の良い事は言えません」

 

「だが戦力は多いに越したことはねえだろ? 《騎神》で必ず戦うとは限らねえんだから」

 

「貴方がそれを言いますか?」

 

「あん?」

 

「トワ教官達との絆を捨てて、帝国解放戦線の《C》として修羅の道を歩む事を選んだんじゃないんですか?」

 

「それは……」

 

 リィンの指摘にクロウは口ごもる。

 

「まあ俺の事情にクロウ先輩を巻き込んでいるのは心苦しいですけど」

 

「俺の事は別に良いんだよ……

 帝国政府の要請にはどうせ逆らえないだからな。それよりリィン……お前、記憶を取り戻してるんじゃねえか?」

 

「…………何の事ですか?」

 

「惚けんじゃねえよ。ラウラ達に学院に押しかけて来たアリサ……

 二年前のトールズ士官学院本校一年Ⅶ組にお前がいた事は分かってるんだろ?」

 

「…………どうしてそう思うんですか?」

 

「はっ……仮面を被ってただの学生を演じていた事に関しては俺の方が先輩だぜ」

 

「そんな事を自慢されても……」

 

 得意気になるクロウにリィンは肩を竦める。

 だがリィンは先程の言葉を否定することはしなかった。

 

「ま、今の俺は帝国政府の紐付きだからな……

 それにお前とは先輩後輩でも敵として戦った事しかねえわけだし、今更先輩風もねえなか」

 

 自嘲しながらクロウはこの話を打ち切る。

 本校生だった時も、学年が違ったためクロウとリィンの間には知り合い以上の関係性はない。

 リィンの真実に触れるには親密度は足らず、更に言えばクロウはその真実に興味はない。

 そんな一歩引いたクロウの距離感にリィンは息を吐く。

 

「《Ⅶ組》は……本校の《旧Ⅶ組》はセドリック皇子を中心に纏まるべきなんだ」

 

「それは……」

 

「みんなはそのために鍛えて来たはずだ。ぽっとでの怪しい子供なんかに構っているべきじゃない」

 

「…………ま、正論だな」

 

 リィンは養子であっても男爵家。

 皇族と男爵。どちらを優先するべきかと問われれば前者であるべきなのは比べるまでもない。

 彼女たちも突然現れたリィンに混乱して空回っているが、彼女たちが鍛えた理由はいなくなった“リィン”のためではなく今度こそセドリックの役に立つためだったはず。

 

「それに……」

 

 言いかけた言葉をリィンは呑み込む。

 “相克”に関わる条件を満たしていない今の自分などただの子供に過ぎない。

 そういう意味でも彼らの旗頭として祭り上げられるには何もかもが足りていない状態だった。

 

「だけど仮にも友達だったんだろ? 随分と薄情じゃねえか」

 

「…………友達……」

 

 クロウの指摘にリィンは冷めた呟きを漏らす。

 

「友達っていうのは、互いの傍らに立ち、背中を預け、支え合うもの……」

 

 呟かれる言葉にクロウは違和感を覚える。

 

「でもあの人達はそれをしないで見送るだけだった……今更頼れなんて……」

 

「…………そうか」

 

 リィンらしくない言葉だが、“彼”が言いたいことをクロウは察する。

 帝国政府の要請に駆り出され、それをただ見送ることしかしなかった《Ⅶ組》は果たして友として背中を預けるに値するのか。

 それに対しての答えをクロウは持ち合わせていない。

 

「俺の事よりもクロウ先輩の方が今後の身の振り方を考えるべきなんじゃないですか?」

 

「俺……?」

 

「“黄昏”が始まれば七の騎神同士が最後の一騎になるまで戦い潰し合う“相克”をすることになる……

 セドリック皇子やルーファスさんから何も聞いていないんですか?」

 

「ヴィータにそんな事を言われた気もするが……どうでも良いさ」

 

 投げ槍にリィンの気遣いにクロウは適当な返事をする。

 

「どうでも良いって……」

 

 クロウの危機感のない言葉にリィンは顔をしかめる。

 

「それよりもその先輩ってのはいい加減やめてくれねえか」

 

「え……?」

 

「同じクラスになったわけだ。先輩後輩は抜きにしようぜ」

 

「まあクロウ先輩が……クロウがそれで良いなら」

 

 クロウの申し出にリィンは言葉使いを改める。

 

「しかしあれだな。お前が“リィン”なら学年が下がったのは俺だけじゃないって事だな」

 

「…………言わせてもらうが、“リィン”として見るならば俺は留年した扱いになって決してクロウのように学年が下がったわけじゃない」

 

 仲間ができたと喜ぶクロウにリィンは冷めた口調で言い返す。

 

「更に言えば“リィン”がトールズ本校に在学していた記録は因果律から抹消されている以上、俺は留年生でもないんだ」

 

「おいおい、良いじゃねえか。お前も学年が下がった事にしておけって」

 

「謹んで遠慮させてもらう」

 

 馴れ馴れしくするクロウにリィンは冷淡な態度を取って拒絶をして、《機神》をドレックノール要塞へと降下させて行った。

 

 

 

 

 

 

「…………見事に置いて行かれたね」

 

 時間は遡り、第Ⅱ分校の演習地にて。

 北の空を飛び立つ二機の《蒼の騎神》と《白の機神》を見送り、フィーは呟いた。

 

「でも……」

 

 振り返ってみれば急ぎ過ぎていたのではないかとフィーは反省する。

 アリサやエリゼから予め、今のリィンには自分達の記憶はないのだと聞かされていた。

 それを忘れ、距離を詰めて協力を迫ったのならばあの拒絶も仕方がないとかもしれない。

 

「あの反応は……」

 

 あらゆる先入観を排し、フィーは対峙したリィンを改めて考える。

 

「あのリィンは……」

 

 そこに感じる違和感。

 それをうまく言葉にできず、頭を悩ませたフィーは思考を切り上げてため息を吐いた。

 

「二人とも、いつまでそうしているつもり?」

 

 項垂れたラウラとエリオットにフィーは肩を竦めて話しかける。

 

「うう……何故だリィン。私はそなたの力となるために《結社》で鍛えたのに……」

 

「ラウラとフィーは良いよ。僕なんてあのオリビエって人に後ろから気絶させられて良い所なんて一つもなかったのに……」

 

 暑苦しく落ち込むラウラと、陰鬱に不貞腐れるエリオット。

 彼女たちとの再会もフィーにとっては久しぶりなのだが、懐かしさを感じる前に面倒くささを感じずにはいられない。

 

「ラウラ、あれは本物の“リィン”だったの?」

 

「うむ……」

 

 フィーの問い掛けにラウラは落ち込むのをやめて顔を上げて思案する。

 

「リィンの匂いだった……はずなのだが……」

 

 断言するのを躊躇ってしまう違和感。

 思い出と照らし合わせる事しかできないが、同じ匂いが二つあったような奇妙な感覚をどう言葉にして良いのかラウラは悩む。

 

「でも本当にあの頃のリィンだったよね……」

 

 ぽつりとエリオットが呟く。

 

「ああ……それは間違いない」

 

「うん……二年前のリィンだった……わたしの方がまだ小さいのがちょっと納得できないけど」

 

 拗ねるフィーにラウラとエリオットは苦笑する。

 

「それはともかくこれからどうする?」

 

 エリオットは気持ちを切り替えて二人に尋ねる。

 

「正直リィンが言っている事には一理あると思うよ……

 《ティルフィング》を使う程の事件、僕達も《機神》に乗ってなければ身を守る事さえできない事は内戦で痛いくらい思い知らされたから」

 

「そうだね……どうやってわたし達の《機神》を使う許可を取ろうか?」

 

「うむ……」

 

 三人は顔を付き合わせて考え込む。

 アリサやユーシスは会社と領邦軍としてそれぞれ《機神》を所有し、運用することを帝国政府に認められている。

 だが個人で《機神》を動かすことについては厳しい制限が設けられており、残りの二機の《機神》は今フィー達の手元にはない。

 

「いや悠長に《機神》を取りに行く暇はない……

 それよりも、リィン達より先にシャーリィ達を捕まえて私達が使えると言う事を示すべきだろう」

 

「捕まえるって、どうやって?」

 

「そんなもの匂いを辿れば良い」

 

 エリオットの疑問にラウラは胸に手を置いて念じる。

 ラウラの体から霊子が溢れ、狼の耳が彼女の頭に生えて瞳が獣のように鋭くなる。

 

「“獣の力”……」

 

 その変化に驚くエリオットを他所に、ラウラは大きく深呼吸をして――

 

「うむ、向こうだ」

 

 自信を持ってラウラは南の方を指差した。

 

「リィン達が行った方とは真逆だね」

 

「ああ、何としてもリィン達が辿り着く前に私達だけで《結社》の計画を阻止してみせようではないか」

 

「うん……そうだね」

 

「僕達もこの一年、遊んでいたわけじゃないんだから」

 

 ラウラの言葉にフィーとエリオットは決意を新たにして――

 

「面白い話をしているな」

 

 そんな三人の背後から新たな声が掛けられた。

 

「え……?」

 

「なっ!?」

 

「馬鹿な!?」

 

 気配もなく、音もなく、匂いも感じさせずに自分達の背後を取って現れた存在に三人は素早く振り返り、身構える。

 そこにいたのは自分達と同い年くらいの青年だった。

 そして異様な風貌の青年にラウラ達は見覚えがあった。

 長く白い髪。

 顔を覆い隠す鬼の面。

 黒い軍服に白いマント。

 一言で説明するならば《真・魔界皇子》がそこにいた。

 

「え……? 《剣鬼》…………いや……リィン……?」

 

 ラウラは匂いで先程の“リィン”と同じ、目の前の“リィン”が本物だと認識して混乱する。

 

「そんな……でも……」

 

 あらゆる先入観を排した“目”を凝らしてもフィーには目の前の青年が“リィン”にしか見えなかった。

 

「本当に……リィンなの?」

 

 例え奇抜な格好をしているが、思い出の中から成長した“彼”の姿にエリオットは思わず涙をこぼす。

 

「ああ……私の事は“リィン・イシュメルガ”とでも呼ぶが良い」

 

 名乗った瞬間、彼を中心に黒い稲妻のような光が三人に絡みつく。

 

「お前達《Ⅶ組》に“罪”を償う場を与えてやろう」

 

 そう言ってその“リィン”は嗤った。

 

 

 

 

 

 そこは静寂に満ちた場所だった。

 山津波が起きて壊滅した村は森に浸食されながらも原形を保ち存在していた。

 

「《ハーメルの悲劇》――」

 

 廃村の手前の広場。

 《結社》の二人と向き合ったリィンとクロウはデュバリィの語るこの地に起きた不幸を語られ、顔をしかめた。

 

「“戦功”欲しさに帝国貴族が自国民を虐殺して、その罪を他国に擦り付けた?」

 

「その上、戦後も国家ぐるみで隠蔽したってか……ち、これだから帝国人は」

 

 《ハーメルの悲劇》の真実にリィンは呆然として、クロウは悪態を吐く。

 

「あら、貴方にそんな事を言う資格があるのですか?」

 

「何だと?」

 

 ジト目を向けられてクロウは不快そうに顔を歪める。

 自分の欲のために、罪のない者達を虐殺する外道と同じにされたクロウはデュバリィを睨むが、そんな目に怯まずデュバリィは指摘する。

 

「貴方が内戦で行った事と何が違うと言うのですか?」

 

「っ……」

 

「先程話題にした《貴族派》を押し退けて台頭した平民の将校というのは今の《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン……

 加えて言えば、このハーメル村を襲った猟兵崩れは《貴族派》の依頼で彼の妻子も殺していましたのよ」

 

「なっ!?」

 

 クロウが知り得なかった《鉄血宰相》の過去に思わず目を見開く。

 だがクロウの驚愕を他所にデュバリィは淡々と指摘を続ける。

 

「《貴族連合》に雇われたテロリスト……

 しかも通商会議を襲撃し、クロスベルや各国の首脳陣を巻き込み虐殺しようとした外道……それが貴方でしょう?」

 

「ぐっ……」

 

「そうそう、だからあんたがシャーリィに向ける復讐心は的外れなんだよね」

 

 デュバリィに便乗してシャーリィがクロウを嘲笑う。

 この“要請”を受けた時、密かに考えていた《赤い星座》に対して仲間の仇討ちをクロウは考えていた。

 以前クロスベルで行われた西ゼムリア大陸の首脳陣が集まって行われた世界会議。

 自治州であるが、他国へと出向いた《鉄血宰相》の守りが薄くなる好機として仲間たちがクロスベル側の手引きに応じて行った作戦はギデオンだけを残して誰も返って来なかった。

 その仲間達を虐殺したのが《鉄血宰相》に雇われていた《赤い星座》だった。

 見当違いだと言う事は分かっていた。

 “正義”は向こうにあり、自分の方こそ“悪”だと自覚はあった。

 それでも《ハーメルの悲劇》を起こした側の人間だという指摘にクロウは何も言い返せなかった。

 

「クロウ……下がっていてくれ」

 

 戦意を揺るがしてしまったクロウを気遣う様にリィンは前に進み出る。

 

「リィン……?」

 

「この地で起きた事、それに便乗してこの地に拠点を作った《結社》にクロウをとやかく言う筋合いはない」

 

「……ま、それもそうだね」

 

 リィンの指摘にシャーリィは頷く。

 

「俺がやる事は変わらない」

 

 リィンは太刀を抜いて陽に構える。

 

「結社《身喰らう蛇》……ここでお前達を倒して拘束させてもらう」

 

 意気込むリィンに対して、シャーリィとデュバリィはそれぞれの武器を構える――事はなかった。

 

「悪いけど、今のリィンにはあんまり興味はないんだよね」

 

 戦意を昂らせるリィンに対して興味がないと言わんばかりにシャーリィは投げ槍に答え、デュバリィが頷いた。

 

「ええ、貴方に対しての見極めは昨晩の襲撃で済んでいます……今のわたくし達の目的は……」

 

 デュバリィはクロウを一瞥して続ける。

 

「本命が現れるまで、貴方はこれの相手でもしていてください」

 

 そう言ってデュバリィが指を鳴らすと、彼女の背後の空間が光を伴って歪む。

 そうして現れたのは一体の巨大な機械人形。ただし人の上半身に馬の下半身が付いた異形。

 

「人馬の魔煌兵!?」

 

「結社製の《黄昏》に介入するための試作魔煌機神ですわ」

 

 驚くリィンにデュバリィが説明する。

 両手に剣を装備した人馬は大きく振り被り、薙ぎ払う。

 その場を飛び退いてその一撃をやり過ごしたリィンとクロウは改めて身構える。

 

「ちっ……俺達の相手はこれで十分だってか?」

 

 苛立ち叫ぶクロウにシャーリィが笑いながら答える。

 

「あははっ! シャーリィ達と戦いたかったら頑張ってそいつを倒すんだね」

 

 いつの間にか二人はリィン達がいる草むらを一望できる崖の上に高みの見物を決め込んでいた。

 そんなシャーリィの言葉にクロウはもう一度舌打ちする。

 

「おい、リィンやるぞ」

 

「クロウ……戦えるのか?」

 

 クロウの言葉にリィンは思わず聞き返す。

 

「……そんな事を言ってる場合じゃねえだろ!」

 

 無理矢理戦意を奮い立たせて叫ぶクロウにリィンはそれ以上の言葉を呑み込み、人馬の魔煌機神に向き直る。

 

「来い――《ティルフィングS》!」

 

「来い――《オルディーネ》!」

 

 その呼び声に応えるように空から《白》と《蒼》が降り立ち、それぞれがそれぞれの機体に乗り込み人馬の魔煌機神と対峙する。

 

 

 

 

 







何だか前作がストーリー性のない粗探ししているだけという意見に比率として約半数の人がそう思うっているみたいですね。
自分としてはただの粗探しにならないようにストーリーを作っていたつもりですが、そういう感想になってしまうと言うのなら申し訳ありませんとしか言えませんし、自分はこういう書き方しかできませんとしか言えません。

リィンを退場させてセドリックを主人公に置いたのは自分なりの最良を模索した結果ですし、Ⅶ組の扱いが悪いと言うのも《黒》の強大さを示すためには必要なことだと考えています。

山場がないという意見については、閃Ⅰは短距離走を複数回、閃Ⅱは中距離走の一回勝負というイメージで、閃ⅢとⅣは作品を跨いでの長距離走、何だったら閃Ⅲは敗け戦回と考えているので、閃Ⅰと同じような大立ち回りを求められても、申し訳ありませんが期待に応えることはできないと思います。


前作と同じようにキャラの扱いに対して不快に思われる方がいるかもしれませんが、嫌いだから貶めるというつもりで書いているわけではないと御理解ください。


長々とした言い訳をして申し訳ありませんでした。


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