「――――では、この企画は仮決定とします」
提出した書類に承認の判子が押されてセドリックはホッと胸を撫で下ろす。
トールズ士官学院に通う傍らで少しでも政務の勉強としたいと言う事でまじかに控えた帝都夏至祭の催しを提案し、度重なる修正をしてようやくオズボーン宰相に認められた事に充足感を感じる。
「しかし皇子、随分と思い切った企画を考えましたな」
オズボーンは改めて提出された企画書に視線を落とし、感心する。
その横ではオリヴァルトがそれに共感するように頷いた。
「《機甲兵》を利用したレース大会……カルバード共和国のモータースポーツを参考にしたものかな?」
「ええ、《機甲兵》は帝都復興に大いに貢献してくれていますが、市民にとっては恐ろしい《兵器》です……
その認識を少しでも良い方向に改善できればと考えています」
しかし帝都の中に競馬場のような機甲兵用のレース会場などない。
そこでセドリックが目を付けたのは《カレイジャス》に搭載されている“レイルハイロゥ”のシステム。
詳しい説明を省くが、導力の力場で空中に足場を作り出す事ができる。
これを利用して皇宮の周辺の運河の上にレース会場を作り、そこで《機甲兵》のレースをさせれば見応えのある催しになるだろう。
「ともあれ皇子。貴方の仕事はここからが本番ですよ」
オズボーンの言葉にセドリックは緩みそうになった意志を引き締める。
「はい……
出場選手として、新帝国八大都市候補の士官学院とトールズ士官学院分校の計九校の参加が受け入れられなければ成立しませんから」
既にトールズ本校の話は着けてある。
残りの九校への交渉はこれからであり、機甲兵教練をカリキュラムに取り入れたばかりの士官学院にそんな催しに参加する余裕はないと拒否されるだろう。
だが、漠然と訓練するよりもそう言った短期目標を与える事もカリキュラムへの意欲を高める事に繋がるだろう。
「しかし皇子。第Ⅱ分校にはシュミット博士がおりますが、それはどうするおつもりですかな?」
「これはあくまでも学生を対象とした大会です。シュミット博士の参加は認められません……
そう言う理由でシュミット博士が関わるのを自重してもらうつもりです」
「ふむ、しかし――」
「まあまあオズボーン宰相。セドリックがすると言っているのだからさせてみれば良い。万が一の時は僕達でフォローすれば良いじゃないか」
「オリヴァルト皇子……」
「それに僕達が気に留めるところはそれじゃないだろう」
「ほう……オリヴァルト皇子。それはつまり“アレ”ですか?」
「そう“アレ”だよオズボーン宰相」
放蕩皇子と鉄血宰相は邪悪な笑みを浮かべる。
「セドリック、“アレ”についての君の考えを教えてくれるかい?」
「ええ、もちろんです」
尋ねられた質問にセドリックは想定通りに答える。
「カルバード共和国のF1を参考にしておきながら、それを用意していないなんて片手落ちも良いところでしょう……
《ティルフィング》開発の際にお蔵入りになったパイロットスーツを利用したレースクィーン企画」
セドリックは拳を握り締めて、これまでのプレゼンテーション以上の熱を込めて告げる。
「学生対象のミス・エレボニア! やらないわけにはいかないでしょう」
「ふっ……それでこそ帝国男児、僕の弟だ!」
「成長しましたな皇子」
力説するセドリックにオリヴァルトとオズボーンは彼の成長を感じる。
「あらあら、随分楽しそうな話をしているのね」
そんな会議室ににこやかな声が響き、ドアが開かれた。
「ア、アルフィンッ!? どうしてここに!?」
今日は聖アストレイア女学院にいるはずの姉の登場にセドリックは狼狽える。
「キーアさんが今朝、セドリックが変な事を考えていると連絡をくれました」
「くっ……まさかキーアに裏切られるなんて」
脇の甘さをセドリックは悔やむが遠くの彼女はジト目で勝手に仲間にしないで欲しいと呟いていた。
「わたくしだけではないですよ」
そう言ってアルフィンは背後の彼に場を譲る。
「おおっ! ボクは夢でも見ているのか?」
その男を見た瞬間、オリヴァルトは感激のあまり席を立つ。
しかし再会を喜ぶオリヴァルトを他所にその男は精悍な顔を曇らせていた。
「…………」
「ミュラー、親愛なる友よ! 運命のいたずらで引き離されてしまった君がわざわざ帝都に訪ねて来てくれるなんて! 一体どういう風の吹き回しだい?」
「お久しぶりです宰相閣下、それにセドリック皇子も壮健で何よりです」
オリヴァルトを無視して、ミュラーは宰相と弟皇子にまず頭を下げる。
「ああ、久しぶりだ。ミュラー・ヴァンダール。それで本日の要件は何かね?
もしや今更になってヴァンダール家を皇帝家の守護役から解任した抗議に来たと言うのかね?」
「いいえ」
オズボーンの質問にミュラーは首を横に振る。
「先の内戦でアルノール家を護るどころか、敵の尖兵として利用されたヴァンダール家が護衛役から解任されるのは無理からぬ事……
その点についてはオズボーン宰相の処分をヴァンダールは粛々と受け入れるのみです。しかし――」
ミュラーの一言で会議室の空気が一変する。
「近頃、オリヴァルト皇子についてオズボーン宰相は甘やかし過ぎではないかと具申させて頂きます」
「おいおい、ミュラー。オズボーン宰相がボクを甘やかすだなんて悍ましい事を間違っても口にしないでもらいたいな」
ミュラーの言葉に心当たりがないオリヴァルトは何の事だと笑う。
「…………先日、トールズ第Ⅱ分校がサザーランド州に特別演習に赴いたのは知っているな?」
「それはもちろん」
オリヴァルトは大きく頷く。
《第Ⅱ》には現在“リィン・シュバルツァー”を名乗る少年が在籍している。
今年の初めに新生ユミルの地に現れた記憶喪失の少年。
“彼”との関りを感じて、テオにコンタクトを取り、《第Ⅱ》に進学しないかと手を回したのは他でもない自分なのだから注目するのも当然だ。
「その特別演習にオリビエと名乗る“漂泊の演奏家”が“リィン・シュバルツァー”に接触したらしいな」
「え……?」
「…………」
「兄上……」
「お兄様……」
オズボーンは目を伏せ、セドリックとアルフィンの非難の目がオリヴァルトに向けられる。
「ちょ……ちょっと待とうミュラー」
「他にもこの半年、帝国各地でオリビエと名乗る男が鉄道憲兵隊の仕事を幾度となく邪魔をしているらしいな……
オズボーン宰相もこれについては把握していたのでしょう?」
「う、うむ……」
ミュラーに凄まれてオズボーンは気まずそうに頷く。
「どうやら俺が解任されて随分と遊んでいたみたいだな」
「待てっ! 待ってくれミュラー! ボクには何の事やら! それはきっと別の“オリビエ”に違いない」
「ほう……その男はリュートを掻き鳴らし事件の中に突っ込み《琥珀の愛》を熱唱する馬鹿だが、そんな馬鹿がお前以外にいると?」
「そ、それは……」
自分はオンリーワンだと信じていたオリヴァルトは自分に匹敵する存在が帝国にいたことに戦慄する。
「ぐぬぬ……ボクの名前を騙るなんて」
「別に“オリビエ”を名乗る事が皇族の不敬罪に当てはまるわけではないが……さて、オリヴァルト皇子。弁明を聞こう」
「ま、待ってくれミュラー。本当にボクには心当たりがないんだ」
「でも先日、僕を夜の城下町に誘ってくれましたよね? いや、断りましたけど」
「セドリックッ!?」
思わぬ密告にオリヴァルトは狼狽する。
セドリックの目には、自分も早く会いたいのに抜け駆けしやがってと言う感情が見て取れた。
「お兄様、ミュラーさんにしっかり怒られて来てください」
アルフィンもまた、オリヴァルトを躊躇せずミュラーに差し出す。
「まあ“精霊回廊”を利用すれば理論上は可能か」
そしてオズボーンもまた手を差し伸べる事はなかった。
「くっ……こうなったら――自由への逃走っ!」
オリヴァルトは逃げ出した。
「逃がすと思うか?」
しかし、ミュラーに回り込まれた。
オリヴァルトはミュラーに首根っこを掴まれる。
「政務中申し訳ありませんが、この馬鹿は借りて行きます」
「ああ、殿下の業務は私が引き継ぐので気にしないでくれたまえ」
ミュラーの謝罪を受け入れてオズボーンは頷く。
「は、話を聞いてくれ! ボクは無実だああああああっ!」
引きずられていくオリヴァルトの悲鳴がバルフレイム宮に響き渡る。
その悲鳴にバルフレイム宮に務める者達は懐かしいものとして、受け流すのだった。
「……さて、僕も本校に戻って、各地の士官学院を回る準備をしないと」
「あら? セドリック。わたくしの話はまだ終わっていないわよ?」
「自由への逃走っ!」
セドリックは逃げ出した。
「あらあら、クレアさん。よろしくお願いします」
「――――はい、セドリック皇子。失礼します」
しかし、扉から現れた鉄道憲兵隊にセドリックは捕まった。
「ま、待ってくれアルフィン。あれは僕の案だけど、僕が求めているわけではなくて大衆向けする企画で別に疚しい事は――」
「はいはい、言い訳なら後で聞きますよ」
にこやかな笑みを浮かべ、アルフィンは従者を付き従わせてセドリックを連行する。
「閣下、失礼しました」
そう敬礼をしてクレアは執務室の扉を閉めた。
「…………ふう」
一人残されたオズボーンはため息を吐いて、窓の外を振り返り一言呟いた。
「今日も帝都は平和だな」
NG
キーア
「もしもしアルフィン? 実はセドリックが……」
キーア
「もしもしミュラーさん? 実はオリヴァルト皇子の事で話したいことがあるの……」
キーア
「もしもしアリアンロードさん? 実はオズボーン宰相の事なんだけど……」
オズボーン
「今日も帝都は平和――」
アリアンロード
「オズボーン宰相、何やら不埒な催しを企画しているとか」
夏至祭にセドリック主催のイベントを追加
バルフレイム宮周辺の湖上にレイルハイロゥによるコースを作り、カルバード共和国のF1を機甲兵で再現する催し。
機甲兵を用いた武術大会は観客の安全を確保できないために却下された。
選手は後の新八大都市にある士官学院とトールズの二校。
レースと言う明確な目標を作ることで、機甲兵教練への学習意欲を高める事と、帝都の新しい興行のテストモデル。
学生主体のレースと言う事で《第Ⅱ》はシュミット博士禁止が言い渡される予定。