閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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21話 笑う男

 

 

「ふむ……」

 

 風光明媚な景色が広がる断崖絶壁に腰掛けた少女は今朝届いたばかりの手紙に目を通す。

 内容は在り来たりな挨拶から始まり、彼の近況報告。

 

「うんうん、頑張ってるみたいだね弟弟子は」

 

 同封された写真を見ながら、少女は弟弟子が学院で楽しく過ごしている事を自分の事の様に喜ぶ。

 

「ううん……?」

 

 しかし手紙を読み進めていって少女は顔をしかめた。

 

「ああ、銃か……」

 

 弟弟子が銃火器を扱う猟兵を相手に苦戦した事が書かれていた。

 近代の銃火器の発展は目覚ましい。

 一発の威力を高めた大砲。秒間で何発も撃つ機関銃。認識できない超遠距離から撃つ狙撃銃。着弾で爆発する榴弾。

 上げて行けば切りはなく、少女も剣士だと言う事もあって銃火器について深く語れるわけではない。

 

「疑似的に私たち四人で波状攻撃してみたけど、あんまり経験に生かせなかったか」

 

 自分と老師。それから剣匠と雷神。

 この四人で銃火器戦力を疑似体験できるように剣閃を飛ばしまくってみたりしたが効果は今一つだったようだ。

 

「銃か……」

 

 少女は帝国の新兵器である《機甲兵》を思い浮かべながら考える。

 通常の銃火器なら使い手にもよるがまだ自分に分があると思う。

 だが、大砲に近い口径で連射が利く《機甲兵》が使う銃火器に自分の技は何処まで通用するのか是非とも試してみたいと思う。

 

「ん……?」

 

 弟弟子からの手紙を最後まで読み切り、少女はふと思う。

 

「そうだ……帝国に行こう」

 

 自分の剣が何処まで《機甲兵》に通用するのか。

 幸いな事に弟弟子はその運用を学ぶための専用機を与えられており、試す絶好の機会でもある。

 

「それに銃に苦労しているなら、あれのテスターが他にいないか探して欲しいって頼まれていたし……うん、良いかも」

 

 それは名案だと自画自賛した少女は早速準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

「うーん」

 

 リィン・シュバルツァーは教室で一枚の画用紙を前に唸っていた。

 本日のオーレリア・ルグィンの芸術の授業は似顔絵作成。

 戦術オーブメントに写真を撮影する機能が増えた昨今だが、相対していた者達全員にカメラを向けている余裕があるわけではない。

 そのため人相書きの技術は警察や憲兵隊には必須とまで言わないが、触りだけでも経験しておくとようにと特別演習が終わったタイミングでオーレリアは三つの課題を生徒達に課した。

 

「とりあえず二枚はこんなもので良いと思うけど」

 

 三つの課題の内の二つ。

 シャーリィとデュバリィの二つは描けた。

 絵なんて描いた事の無いリィンは出来栄えに本当にこれで良いのか迷い、とりあえずデュバリィの絵の方に吹き出しで「マスター」と書いておく。

 続く三枚目に取りかかろうとして、リィンは一度周囲を見渡す。

 大教室には全校生徒が集まり、オーレリアの課題に取り組んでいる。

 話し合いも許可されているためグループが作られており、リィンのグループは新たにⅦ組となったアッシュとミュゼを合わせた計六人となっている。

 

「ちっ……シュバルツァーが写真の一枚でも撮ってくれてれば楽勝だったのにな」

 

「悪かったな。今度は決定的な瞬間を撮り逃さないように注意するよ。例えばアッシュが《機甲兵》の中で泣いて震えていた姿とかな」

 

 勝手な文句をぼやいたアッシュにリィンは言い返す。

 

「んだとテメエ」

 

「やめろアッシュ、リィンも挑発しないでくれ」

 

 眦を上げるアッシュを睨んで宥めクルトはリィンを諫めてため息を吐く。

 幸いなことに話し合いをしながらのため、静謐な授業ではないためアッシュが声を上げても視線を向けられても咎められることはない。

 

「ちっ……」

 

 舌打ちをしてアッシュは席に座り直す。

 そんな彼にリィンはため息を吐き……

 

「ところで二人とも、距離が近くないか?」

 

 右にいるミュゼと左にいるアルティナにリィンは尋ねる。

 

「あら、何の事ですか? うふふ」

 

「別に……気のせいだと思います」

 

 惚けた二人の答えにリィンは肩を竦めてもう一度ため息を吐く。

 クルトに視線で助けを求めるが、知らんとスルーされるばかり、せめて課題に集中しようと再び鉛筆を持つがそこで何故か手が止まる。

 

「あれ……?」

 

 課題の三つ目。

 オリビエ・B・アレイスターの似顔絵を描くはずなのに彼の顔を思い出そうとしても靄が掛ったように思い出せない。

 

「あのオリビエと言う男……何処かで知っているような気がするんだ」

 

 手を止めたクルトは物思いに耽る様に呟く。

 “オリビエ”という名前にクルトは思う所はあったが、別に彼の容姿が自分が知っているあの人とは違う、名前だけが同じだけなのに妙に心に引っ掛かりを感じている。

 

「あんな強烈な人を覚えていないって……」

 

 言いかけてリィンは言葉を止める。

 今、似顔絵を描く手が止まっている自分がまさにそれだった。

 

「はっ、坊ちゃんの既視感はこれだろ?」

 

 顔をしかめて熟考するクルトとリィンをアッシュは鼻で笑い、一冊の本を取り出した。

 

「これは……《Rの軌跡》?」

 

「二年前にオリヴァルト皇子が執筆して出版された冒険小説だけど、意外だなアッシュはこういう本も読むのか?」

 

「うるせぇ、目に着いた本は片っ端から読む性分なだけだ」

 

 クルトの意外そうな評価にアッシュは憮然とした言葉を返す。

 

「へえ……」

 

 アッシュの新しい側面に相槌を打ちながらリィンは《Rの軌跡》を眺める。

 

「その小説の主人公があの“オリビエ”って奴とそっくりな性格の傍迷惑な奴なんだぜ」

 

「それは……この小説のモデルになった人か?」

 

「たぶんな」

 

 とは言え本には挿絵の類はなく、似顔絵を描くには参考にならないだろうとリィンは本を返す。

 

「ん……? どうかしたかアルティナ?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 そのやり取りを複雑そうに見つめていたアルティナにリィンは声を掛けるが、彼女は普段以上に素気ない言葉を返す。

 それを追究しようとしたところで、黙々と作業していたユウナが口を開いた。

 

「はいはい、いつまでも喋ってないで手を動かす」

 

「そう言うユウナだって三枚目には手が付いてないじゃないか」

 

「うっ……ちょっとど忘れしちゃっただけよ」

 

 クルトの指摘にユウナは怯み、それを誤魔化すように聞き返す。

 

「みんなは何か覚えてないの?」

 

 その質問にリィンは目を伏せて、“彼”について改めて思い出す。

 

「白……銀に近い白の髪に白いコート……」

 

 その声はいつの間にか静かになっていた教室中に静かに響き渡る。

 

「燃える様な瞳の灼眼……憎めない屈託のない笑顔……それから……」

 

 リィンの言葉にⅦ組だけではなく、他の生徒達も思い出したと言うように鉛筆を動かして行く。

 

「リュートを掻き鳴らして傍迷惑な言動で他人を振り回していたけど、決して悪人ではなく……その……」

 

「馬鹿で良いんだよ。あれは」

 

 言い淀むリィンにクロウがその一言で締めくくる。

 

「クロウ……」

 

「ふむ……そろそろ時間か、では描けた課題を提出してもらおう」

 

 抗議の言葉はオーレリアの言葉に遮られ、リィンは慌てて思い浮かべた“彼”の姿を無心に紙に描いて行く。

 

「うむ……《人喰い虎》も《神速》も上手い下手はあれど皆、良く特徴を捉えて描けているな」

 

 提出された似顔絵をざっと流し見てオーレリアは簡単な評価をその場で口にする。

 しかし、三つ目の課題の似顔絵を見たところでオーレリアは顔をしかめた。

 

「…………」

 

 険しい表情になってオーレリアは無言で生徒達が提出した三つ目の似顔絵を見比べて行く。

 授業時間の終了を告げるチャイムが鳴ろうとそれは変わらず、最後に提出したリィンの絵までその場で見たオーレリアは厳しい口調で生徒達に問いかけた。

 

「そなた達は“オリビエ”という男がこの絵の通りの人物だった。と断言するのだな?」

 

 オーレリアの言葉に生徒達は何を言われたのか理解できないと首を傾げる。

 そんな反応に、悪ふざけではないと感じたオーレリアは百聞は一見に如かずと言わんばかりにリィンの絵を生徒達に見せた。

 

「これがシュバルツァーが書いた“オリビエ”と言う男の似顔絵だ」

 

「ちょ――分校長!?」

 

 突然の公開処刑にリィンは狼狽える。

 努力はしたがそれでも人に率先して見せれるほどの絵ではない。

 リィンの懸念が示す通り、掲げられた絵に生徒達は一瞬目を丸くして教室に静かな笑いが起きる。

 

「おいおいリィン。あれが“オリビエ”かよ。お前の目はどうなってるんだ?」

 

「笑い事ではないぞアームブラスト」

 

「は……?」

 

 揶揄うクロウの言葉に答えるようにオーレリアは掲げたリィンの絵にもう一枚の似顔絵を並べる。

 

「こちらがアームブラストが提出した似顔絵だ」

 

「……クロウ、あれは似顔絵じゃなくて……え……?」

 

 意趣返しに盛大に弄ってやろうと考えたリィンは目を疑った。

 それは似顔絵とはとても言えない円に弓なりの目と口を書いただけの簡単な笑っている男のマーク。

 そしてそれは並べられたリィンの絵と全く同じものだった。

 

「あれ……何で俺は……」

 

 大真面目に描いたはずの絵が想像とは全く異なるものになっている事にリィンは困惑する。

 そしてクロウもまた自分が思い描いていた絵と違うと絶句していた。

 二人の反応に生徒達は尋常ではない事が起きているのではないかと、困惑しざわめく。

 そんな中、ミュゼは席を立ち、オーレリアが立つ教卓に近付き、提出した自分の絵を取る。

 

「っ……これが私が描いた絵です」

 

 一度、息を呑み自分の絵を生徒達に見せる。

 そこにあったのはリィンとクロウが書いたものと同じ笑っている男のマークだった。

 ミュゼは自分の絵を置くと、次々と他の誰かが描いた“絵”を一同に見せて行く。

 シャーリィとデュバリィを描いた絵は同じ人物を描いていながらも個人の画力の差が如実に表れている。

 にも関わらず、オリビエの絵だけは全員が全く同じマークを描き、それを本人たちは真面目に似顔絵を描いていたと認識をしていた。

 全ての絵が確認される時にはもう誰も笑ってはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「――と言う事があったんです」

 

 放課後、リィンは七耀教会の祭壇で今日あった異常の相談をアルバ神父にしていた。

 

「ふむ……生徒達全員が画力の差に関わらず、全く同じマークの絵を描いていた……なかなか興味深い出来事ですね」

 

 白髪のアルバ神父は顎に手を当てて考え込む。

 

「ええ……

 後から確認したんですけど、特別演習に参加した教官達にも同じように似顔絵を製作してもらっても“オリビエ”の絵だけはそうなってしまうらしいです」

 

「はは、怪談話をするには季節が早いですよ」

 

 他人事のように笑うアルバ神父だが、当事者でなければ仕方がない反応だった。

 

「一応、俺とアルティナが描いた絵は持って来たんですけど。こう言う出来事は教会的にはあり得るんですか?」

 

「俗に言う“悪魔憑き”や“妖精のいたずら”と言ったものなら、全くないわけではありませんね」

 

 リィンが差し出した二つの絵をアルバ神父は見比べて感心する。

 

「ですが、それ以外にも方法がないわけではありません」

 

「本当ですか?」

 

「対象者の認識と記憶を歪めて操作する異能の力……

 出会った人間から自分の記憶だけを消去し、すり替える法術が七耀教会の秘術として存在しています」

 

「そんな術が……って話して良いんですか?」

 

「ふふ、ここだけの話ですよ」

 

 教会の秘密に関わりそうな事をサラッと教えたアルバ神父は微笑みで誤魔化す。

 

「しかし気を付けた方が良いですよリィン君。今後、君達は再び“オリビエ”に会ったとしても“彼”を“彼”として認識できないかもしれません」

 

「……そうですね」

 

 この異常な状態。

 振り返った“記憶”も何処まで本当にあった出来事なのか不安に感じてしまう。

 

「ですがそういう能力者だと分かっていれば対処のしようはありますよ」

 

「本当ですか?」

 

「ええ、例えばこれです」

 

 そう言ってアルバ神父が取り出したのは小さな袋だった。

 

「これは東方のお守りで中には私が作った護符が入っています。これがあれば君の認識を書き換えようとする怪しげな術を防いでくれます」

 

「そんなものが」

 

「本当なら一つ千ミラですが、今なら何と出血大サービスで一つ50ミラ。オマケにもう一つ付けましょう」

 

 アルバ神父は手品のように手の中にお守りを増やす。

 

「どうですかリィン君?」

 

「いや……どうですかって……」

 

 途端に怪しい押し売りが始まったようなセールストークにリィンは胡乱な目をアルバ神父に向ける。

 詐欺を疑うが、それで支払うミラはたったの50ミラ。

 詐欺を疑うにはあまりにもリィンへの損失が小さく、アルバ神父の利益もない。

 

「ふふ、半分は冗談ですよ……

 どうやらリィン君たちの特別演習は私が思っていたよりも大変だったもののようですから、これは次の特別演習を君達が無事に乗り越えられるようにと言う心つもりです……

 どうか受け取ってください」

 

 そう言われてしまうとリィンは拒否できずに差し出されたお守りを受け取ってしまう。

 東方のお守り。

 星の杯のシンボルは描かれていないが、そこはかとなく神秘的な力を感じるお守り。

 果たしてどれだけの効果があるのだろうかとリィンは考える。

 ふと、そこで視線を遊ばせたリィンは教壇の上に見覚えのある本が置いているのに気付く。

 

「アルバ神父、それは……?」

 

「ん、この本がどうかしましたかリィン君?」

 

「いえ……クラスメイトが読んでいた本と同じだなって……神父もそう言った小説を読むんですね、てっきり聖典ばかり読んでいるものだと思っていました」

 

「ンフフ……それは偏見と言うものですよリィン君」

 

 リィンの物言いにアルバ神父は意味深な笑みで応える。

 

「神父と言うのはただ女神を崇め奉るだけにいるわけではない……

 時には迷える子羊に寄り添うために、世間の流行を取り入れ話を合わせる事も重要な勉強の一つですよ」

 

「なるほど、確かに……」

 

 アルバ神父の言葉にリィンは素直に頷く。

 

「ふふ……君に女神の加護がある事を祈っていますよ、リィン君」

 

 そんなリィンを微笑ましそうに見守る様にアルバ神父は眼鏡の奥の灼色の目を細めて笑った。

 

 

 

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