閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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23話 トールズ交流戦

 

 

 

「すっかり遅くなってしまったな」

 

 演習場の片付けを終わった時にはもう日は暮れていた。

 

「付き合わせて悪かったティータ」

 

「いえいえ、私もオーバルギアの兵装のテストが出来て楽しかったですから……

 ガトリングは良いですよ。リィンさんも使ってみませんか?」

 

「い、いや俺は太刀だけでも手一杯だから」

 

 目を輝かせて誘って来るティータにリィンは苦笑してから、逆を向く。

 

「アルティナも手伝ってくれてありがとうな」

 

「…………ん」

 

 労いの言葉にアルティナは静かに頷く。

 わざわざ部活が終わってから演習場に来て手伝ってくれたアルティナの相変わらずな反応にリィンはもう一度苦笑する。

 

「…………」

 

「どうかしたのかティータ?」

 

「い、いえ。何でもありません」

 

 何か言いたげな眼差しになっているティータにリィンは尋ねるが、慌てて取り繕ってティータは話題を変える。

 

「それより良かったんですかリィンさん。セドリック皇子は帰ってしまったみたいですけど」

 

「ああ、それは良いんじゃないか?」

 

 ティータの問いにリィンはバツが悪そうに答える。

 何故か知らないが、こちらが気後れするくらいに距離を詰めて来る帝国の皇子にリィンは戸惑いを覚えるばかりだった。

 

「高貴な血筋ってあそこまで気さくなものなのか。リベールはどうなんだ?」

 

「えっと……親しみはありますけど、エレボニアの皇子様ほど自由じゃ……あれ、でも……ううん」

 

 ティータは自国の王族に当てはめて唸る。

 

「やはりそうなのか……」

 

「ち、違いますよ! クローゼさんはオリヴァルト皇子やセドリック皇子と違って普通ですよ!

 ただ一緒にアップルパイを作ったことがあったなーって思い出しただけです」

 

「それは……随分と親しいんだな」

 

 ティータの交友関係に王族がいることにリィンは軽い驚きを覚える。

 確かに王族が料理をしているというのはイメージにそぐわないが、何故かリィンはエレボニアよりマシだと思わずにはいられなかった。

 

「ですが、セドリック皇子は明日の機甲兵教練にも参加するそうです」

 

「そうなのか?」

 

 アルティナの報告にリィンは思わず聞き返す。

 

「はい、先程《ARCUS》に通知が送られて来ました……

 トールズ本校生徒との合同演習。入学して一ヶ月、始まったばかりの機甲兵教練のノウハウについての意見交換を目的としているそうです」

 

「そうなんだ本校の機甲兵はどうなってるのか少し楽しみだな」

 

「一ヶ月……慣れたからこそ、慢心が生まれる時期だもんな」

 

 楽しそうにするティータとは対照的にリィンは遠い目をして唸る。

 

「それから機甲兵関連で重要な連絡があるそうです」

 

「重要な連絡? 何だろう?」

 

「ティータはシュミット博士から何か聞いてないのか?」

 

「えっと……特に何も――」

 

「四番弟子」

 

 思い当たる事はないとティータが言おうとしたところで、噂をすれば影、唐突に現れたシュミット博士がティータに声を掛ける。

 

「は、はい、何でしょうか博士?」

 

 珍しく外で声を掛けて来たシュミットにティータは背筋を正す。

 

「ラッセルの……アルバートとの連絡を取りたい」

 

「おじいちゃんとですか?」

 

 シュミットがティータに要求をするのも珍しければ、その内容も珍しいものだった。

 

「できますけど、どうして?」

 

 会えば憎まれ口ばかりぶつけ合う二人だが、頻繁に連絡を取り合うような親密な関係でもない。

 だからシュミットがアルバートに連絡を取りたいのならばティータを頼るのが一番早いのだが、そこまで彼が急いで連絡を取る理由が分からない。

 

「今の段階では守秘義務からお前には詳しい事は言えん……

 あの皇子め。条件を出してうまく私を締めだしたつもりだろうが、そうはいかんぞ」

 

「シュ、シュミット博士が燃えている?」

 

「何を言ったんでしょうねセドリック皇子は?」

 

 自分の研究にしか興味を示さず、学院への積極的な干渉をしようとしていない普段のシュミットから感じない熱意にリィンとアルティナは戦慄する。

 

「えっと良く分かりませんが、おじいちゃんと連絡を取れば良いんですよね?」

 

 ティータもまた困惑しながらシュミットの突然の申し出を受け入れる。

 

「えっと……分かりました。それじゃあリィンさん、アルティナちゃん、寮のみんなには少し遅くなるって伝えておいてください」

 

「それは良いけど……本当に少しで済むのか? 夜食の用意でもしておいた方が良いんじゃないか?」

 

「だ、大丈夫ですよ」

 

 リィンの指摘にティータは目を泳がせながら反論して、シュミットに引きずられるように学院へと戻っていった。

 その後ろ姿を見送ってリィンは唸る。

 

「やっぱり後で夜食を持って行った方が良いかもな」

 

「そうですね……」

 

 入学してから一ヶ月。

 ティータやシュミットが食事を忘れて研究に没頭した日は既に片手では数えられないくらいになっている。

 ティータとのおじいさんとシュミットの話の内容次第ではそれも更新されるだろうと考えながら、リィンとアルティナは改めて寮への帰路へと着く。

 

「やあ、待っていたよ弟弟子」

 

「シズナ姉さん」

 

 校門からリーヴスの街を見下ろしていたシズナはリィン達の気配に振り返る。

 

「リィンさん、その人は……」

 

「ああ、この人は俺の姉弟子のシズナ姉さんだ……

 シズナ姉さん、この子は俺のクラスメイトのアルティナです」

 

「ふふ、よろしくね」

 

 シズナは笑いかけるが、アルティナは眉を顰めた。

 

「貴方は内戦の時の……」

 

「アルティナ……?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 アルティナはすぐに取り繕って会話を打ち切る。

 そんな反応にリィンは肩を竦めてシズナに向き直った。

 

「その様子だと滞在の許可は得られたみたいですね」

 

「うんうん、《観の目》はちゃんと養ってるみたいだね……

 明日、リィン達にオーレリア将軍との演武を見せるのを交換条件に、リィン達の寮の空き部屋に泊めさせてもらえることになったよ」

 

「そうですか……」

 

 オーレリア分校長とシズナの一戦。

 それはきっと凄く見応えのある戦いになるだろうとリィンは思いを馳せ――

 

「それはそうと寮にお風呂があるみたいだね。ふふ、久しぶりにお姉さんが背中を流して上げようか?」

 

「……姉さん、寮の浴場は男女別です」

 

「ええっ! ユミルでは何度も一緒に入ったのに」

 

「ユミルの露天風呂が混浴なだけでしょ!」

 

 大袈裟に驚くふりをするシズナにリィンは声を荒げる。

 そして背中に視線を感じてはっと振り返る。

 

「あ……アルティナさん?」

 

「何でしょうか?」

 

 アルティナはリィンをジト目で睨んでいた。

 

「べ、別に俺は……」

 

「わたしは何も言っていません」

 

「うっ……」

 

 絶対零度の視線と言葉にリィンはたじろぐ。

 

「………………」

 

「あ……アルティナ……?」

 

 無言の圧にリィンは冷や汗を掻き、徐にアルティナは呟いた。

 

「やはり、リィンさんは不埒な人のようですね」

 

 その一言にリィンは膝から崩れ落ちた。

 

「ふふ、なかなか楽しそうな学院生活を送っているみたいだね。これなら老師にも良い報告ができそうかな」

 

 そんなリィンの様子をシズナは腕組をして満足そうに頷くのだった。

 

 

 

 

 

 七耀暦1206年5月15日。

 トールズ士官学院第二分校の機甲兵演習場には普段の在校生の倍の生徒達が並んでいた。

 蒼の制服を纏っているのが第二分校の生徒であり、彼らと対面するように整列しているのは紅の制服を纏った生徒達。

 その内の一人が代表するように前に出るとにこやかな、友好的な笑みを浮かべて挨拶をする。

 

「初めまして第二分校の皆さん、トールズ本校所属、セドリック・ライゼ・アルノールです」

 

 アルノールと言う名に生徒達はざわめく。

 

「ええ、御察しされたように僕は帝国の皇太子になります……

 ですが、今は君達と同じ士官候補生の一人に過ぎないので肩肘を張らずに接してくれると嬉しいです」

 

 一目で育ちが良いと分かる物腰と整った顔立ち。

 かつては気弱で頼りない、口を悪く言えば華奢とさえ言われ、自信の無さからの弱腰もあって兄のオリヴァルトや双子の姉のアルフィンよりも低く見られていた。

 しかし一年前の内戦の際、病床の身でありながら皇帝に反逆して貴族連合と戦うべく立ち上がり、死都となりかけたヘイムダルを救ってみせた事で彼の評価は一変した。

 

「はん、あれがヘイムダルの英雄皇子様か」

 

 斜に構えてアッシュが演説のような挨拶をするセドリックに鼻を鳴らす。

 

「アッシュ。あまりそう言う事は言わない方がいいぞ」

 

「へいへい、相変わらずお堅い事で」

 

 リィンの苦言をアッシュは適当に受け流す。

 遠目だからこそできる不遜な態度。

 不良じみた普段の態度から考えればいつも通りのアッシュなのだが、それが皇族に向けられたものだと傍から見ていて気が気ではない。

 リィンも身分への意識は低い方だが、彼の様に不遜な態度を取る気にはなれない。

 

「ユウナも、いくら彼が帝国の皇太子だからって突っかかったりしないでくれよ」

 

「…………そんなことしないわよ」

 

 リィンの指摘にユウナはそっぽを向く。

 

「既に手遅れかと、昨日クルトさんと一緒に――」

 

「ちょっとアルティナッ!」

 

 アルティナの告げ口をユウナは慌てて口を塞いで止める。

 予想通りの答えにリィンはため息を吐く。

 昨日の、従者と間違えたリィンの粗相を軽く許してもらえた度量から考えても、多少の不敬に目くじらを立てるような人物ではないと思う。

 

「……ないと思いたいんだけどな……」

 

 今日の合同演習の内容の内訳は、戦術科による生身の集団戦闘。主計科による機甲兵の整備チェックの速度の競い合い。

 本校《Ⅰ組》と分校《Ⅶ組》による機甲兵を用いた集団戦闘。

 そして名指しされたリィンは本校の生徒と機甲兵を用いた一対一をすることになっている。

 見様によっては昨日の粗相の罰とも見えるため、リィンの気は重かった。

 

「はは、大変だなシュバルツァー」

 

 他人事のように笑うアッシュにリィンは肩を竦め、紅い制服の生徒達の背後のそれを見上げる。

 

「あれが《灰の騎神》か……」

 

 クロウが乗っていた《蒼の騎神》オルディーネと同じ種類の特別仕様の機甲兵。

 それが帝国人たちの認識だが、それは根本的に大きく違っている事をリィンは知っている。

 リィンがそれを眺めて視線を落とすと、その起動者の女の子と目が合った。

 

「…………」

 

 気まずそうに女の子は小さな会釈をする。

 昨日、セドリック皇太子と一緒にした付き人の碧の髪の女の子。

 聞けば、彼女も《八葉一刀流》を修めており、この演習は弟妹対決となる。

 

「キーア・バニングス……一時はシュバルツァー家が後見人になる事を提案された《灰被り》……“クロスベルの魔女”です」

 

「“クロスベルの魔女”……あんな小さな子が……」

 

 先の帝国の内戦の切っ掛けにもなったクロスベル自治州の独立宣言。

 クロスベルが二つの大国、ひいては資産凍結という全ゼムリア大陸の国全てを敵に回す暴挙に出たのは“魔女”のせいだと言うのがクロスベルが発表した弁明だとリィンは授業で知らされた。

 見たところアルティナとよりも少し幼い背恰好。

 十七、八の男女が入学の基準になっている士官学院の中ではアルティナと同じくらい異質な存在として目立ってはいるが、とてもではないが人を騙し陥れる悪い魔女には見えなかった。

 

「それにシュバルツァー家が後見人になるって……もしかして俺の義姉になるかもしれなかったって事か?」

 

「あくまでもそういう話があったと言うだけです……

 彼女の戸籍はクロスベルの特務支援課で一騒動あったものの、そこのリーダーがファミリーネームを名乗る事に落ち着いたそうですから」

 

「アルティナ?」

 

 何故か不機嫌そうに早口で否定するアルティナにリィンは思わずたじろぐ。

 

「そんなことよりも、勝てますか?」

 

「それは……どうだろうな……」

 

 アルティナの問いにリィンは曖昧な答えを返す。

 キーアの実力がどれ程のものか知らないが、《騎神》と《機神》の操縦系には大きな差はない。

 カタログスペックでは《騎神》の方が高い性能を持っているらしいが、リィンが気になったのは《灰》が携えている巨大な剣だった。

 

「そもそもあれは……剣で良いんだよな?」

 

 直立に立つ《灰》が地面に突き立たせるように支えているのは巨大な大剣。

 その大剣の形状もまた剣と言うには少々歪だった。

 それは剣というにはあまりにも大きく、分厚く、切先はない長方形の板。

 《八葉一刀流》は東方の太刀を使う流派であり、その剣はどちらかと言えばアルゼイド流やヴァンダール流の《剛剣》の方に近いだろう。

 

「頂いた資料にはヴァリマールの新武装《シュバルゼッテ》と名付けられた導力剣だそうです」

 

「導力剣はクルトの武器だけど、あれとはだいぶ違うな」

 

 アルティナの情報にリィンは唸る。

 何故《八葉一刀流》の使い手が大剣を使うのか分からないが、銃火器の対処に悩んだリィンとして盾にもなりそうな大剣というのが率直な感想だった。

 合同演習は始まり、代表の戦術科同士の集団戦が始まる。

 

「リィン、ちょっと良いか?」

 

 観戦に徹していたリィンは掛けられた声に振り返る。

 

「どうかしましたかランドルフ教官?」

 

 バツが悪そうな顔をして声を掛けて来たランディ。そしてそんな彼が連れて来た女性にリィンは首を傾げた。

 

「そちらの方は?」

 

「私はエマ・ミルスティンと言います」

 

 その女性、エマは朗らかな笑みを浮かべてリィンに挨拶をする。

 

「これはご丁寧に……初めましてリィン・シュバルツァーです」

 

 互いに名乗り、リィンはわざわざ名指しでランディがエマを紹介したのか首を傾げる。

 

「そう警戒しないでください。私は本校の養護教諭として合同演習に同行しているだけですから」

 

「養護教諭の方でしたか……でも、どうしてそんな人が俺に?」

 

 わざわざそんな役職の人材まで同行させる必要があったのかリィンは疑問を覚える。

 

「実はお前さんが戦うことになった《灰の騎神》の起動者の女の子がな……」

 

 何と説明したものかと頭を悩ませるランディに代わってエマが説明を続ける。

 

「貴方が戦う事になるキーアちゃんですけど、ちょっと特殊な出生なので――」

 

「おいおい本校にはこんな綺麗な姉ちゃんが保険医をしているのかよ羨ましいなシュバルツァー」

 

 深刻な顔をして説明をしようとしたエマだったが、アッシュがリィンの肩に腕を回して会話の中に乱入して来る。

 

「おい、アッシュ……」

 

「あ、俺はリィンのクラスメイトのアッシュ・カーバイトです。よろしく」

 

「は……はあ……」

 

 突然割って入ってきたアッシュにエマは驚き目を丸くする。

 

「アッシュ……」

 

「どうですかお姉さん、この授業が終わったら俺達と――」

 

「ふっ――」

 

「ごふっ!」

 

 一方的に肩を組んでナンパを始めようとしたアッシュにリィンは彼の脇腹に拳を押し付けて衝撃を徹す。

 

「人をダシにしてナンパをするな」

 

 崩れ落ちるアッシュを見下ろしてリィンは拳を開いてエマに向き直る。

 

「クラスメイトが失礼しました」

 

「いえ…………随分と仲がよろしいんですね」

 

 エマは気安い二人のやり取りに戸惑う様な感想を述べる。

 

「それは誤解です」

 

 そんなエマにリィンは首を横に振る。

 

「でも……」

 

「それよりも彼女がどうしたって言うんですか?」

 

 強引にリィンは話を戻す。

 エマは逡巡しながらも気を取り直す。

 

「私が本校の養護教諭になったのは、セドリック皇太子のお願いもあったんですけどキーアちゃんの治療の経過観察のためでもあるんです」

 

 かいつまんで受けた説明されたのは、キーアは特殊な生まれで短命の体質だった。

 治療の末、その体質は改善されたものの再発の危険性が零ではないこともあってエマは彼女の主治医を兼ねて本校の養護教諭になった。

 

「つまり俺に手加減をしろと言う事ですか? 姉弟子からは図らずも弟妹弟子対決になったから絶対に勝てと激励されているんですが」

 

「あ、そう言う意味ではないんです。ただ不測の事態が起きた時は注意してくださいと言うくらいの気持ちで良いんです」

 

「えっと……それだけですか?」

 

「はい」

 

 わざわざキーアの事情を持ち出してまでする話だったのかリィンはなるほどと納得した。

 

「大丈夫です。俺は姉弟子や老師と違って、倒れている相手に追い打ちなんてしませんから」

 

「え……?」

 

 リィンはエマの懸念に納得する。

 思い出すのは厳しい修業時代の頃、体力も気力も尽き果てたリィンにこれからが本番だと言わんばかりに追い打ちを掛けて来た老師達のしごきを思い出せば彼女の心配も納得できる。

 

「えっと……」

 

 元々はキーアの事などただの口実で、リィンと直接話をしたかったエマはその反応に戸惑う。

 勝手な思考で納得しているリィンの背後で、こちらの心情など全て分かっていますと言わんばかりのアルティナのジト目にエマは居心地が悪くなる。

 

「と、ところでクロウさんは何処にいますか?」

 

 誤魔化すようにエマはクロウの所在を尋ねる。

 クロウはエマの義姉と繋がっている。

 内戦前から繋がりが絶たれていたらしいが、この一年で接触してきてないか確認するのはエマの目的の一つでもあった。

 

「クロウは……ん……?」

 

 まだ帰って来ていないと答えようとしたところで、それは現れた。

 

「え……?」

 

「何だ……?」

 

 戦っていた戦術科の生徒達も突然現れ、演習場の上で止まったそれ――飛行艇を見上げる。

 生徒達に注目される中、その飛行艇の後部ハッチが開く。

 

「クロウ……?」

 

 リィンは遠目に見えた青の制服と銀髪の髪の青年の名を呟くと、彼は躊躇うことなく飛行艇から飛び降りた。

 高度は人が墜落死するには十分。

 もっともそれを心配する必要はなく、クロウが背負ったパラシュートが開き、落下の速度を落として戦術科生徒達が戦っていた難なく着地する。

 

「よっしゃあ! 間に合ったぜっ!」

 

 本校生と分校生の困惑した空気の中、その空気を読まずにクロウは学院に帰還できたことを、機甲兵教練の授業に間に合った歓声を上げる。

 誰もが呆然とし、頭上の飛行艇はクロウを投下して役割を終えたと言わんばかりに去っていく。

 

「こらーっ! クロウ君っ!」

 

 そして、静寂を切り裂いたのはトワの声だった。

 

 

 

 

 

 広大な演習場に四対四、都合八体の《機甲兵》が並んで向き合う。

 

「やあ、クルト。今日はよろしく頼むよ」

 

「殿下……」

 

 代表するように先頭の機甲兵の中からセドリックがクルトに話しかける。

 

「おや、どうしたんだい?」

 

 惚けたセドリックの声にクルトはただ言葉に詰まって唸ることしかできなかった。

 

「ふふ、どうやらその様子だと君の後任のクリスの事が気になるみたいだね? 彼は――」

 

「殿下……いえ、セドリック」

 

 セドリックの言葉を遮って、クルトは彼の名前を絞り出すように口にする。

 

「貴方がセドリック……なんですよね?」

 

「さあ、どっちだと思う?」

 

 様々な苦汁を噛み締めながら吐いた問いははぐらかされる。

 

「今の時点では僕がセドリックであっても、“彼”がセドリックだったとしても戯れでしかないよ……

 ただ……リィンさんは一目で分かってくれた。とだけ言っておこうかな」

 

「リィン……」

 

 セドリックから出て来たクラスメイトの名前にクルトは顔を曇らせる。

 セドリックとは自分が親友だったのに、皇子の護衛役を任された過去もあると言うのに、己の不甲斐なさを感じながらセドリックの言葉の端に感じるリィンへの信頼に嫉妬を覚えずにはいられない。

 

「その様子だとあれから成長したわけじゃなさそうだね」

 

「っ……」

 

「クロスベルから戻って来て、僕が一緒に本校に通おうという提案を蹴って《第Ⅱ》に進学して、クルトは何を得たんだい?」

 

「それは……」

 

「いや、言葉でそれを問うのは無粋か……」

 

 言葉を窮するクルトにセドリックはそれ以上の追及を止める。

 

「さあ、準備も整った……トールズ本校と分校、どちらが優れているか比べるとしようじゃないか」

 

 クリスの指摘にセドリックは言い直して仲間たちに激励を飛ばす。

 

「クク、面白ぇ」

 

「ふんっ! 皇子だとか本校のエリートだか知らないけど、私達が潜り抜けた修羅場に比べれば!」

 

「はぁ……元気だねえ。とは言え俺も単位が掛かっているから手加減はしねえがな」

 

 迷いを抱えるクルトに対して、アッシュとユウナ、そしてクロウの三人はそれぞれやる気を見せている。

 だが、決して纏まっているわけではない《Ⅶ組》にクルトは一抹の不安を感じずにはいられない。

 

「さあ、クルト。君がリィンさんの隣にいる資格があるかどうか見極めさせてもらうよ」

 

 しかしそんな俯瞰したクルトの思惑を壊すようにセドリックの言葉がクルトは苛立つ。

 

「昨日から……口を開けばリィン、リィンと……」

 

 自分を差し置いて男爵家の養子にばかり興味を向けている友にクルトはどちらに対してか分からない妬みを感じ、その衝動に突き動かされるように《機甲兵》を突撃させた。

 

 

 

 

「…………始まったか」

 

 《Ⅶ組》と本校の戦いを仲間外れにされて見学しているリィンは機甲兵同士が戦っている様の迫力に舌を巻く。

 出来る事ならじっくりと見ていたいが、これが終わればすぐに自分の戦いが始まるのでリィンはその準備に意識を向ける。

 

「ところでティータ。それにアルティナ……本当にこの仕様でやるのか?」

 

「はい、アルティナちゃんがこれが一番効率が良いって……」

 

「うふふ、狭いコックピットで二人きり……ちょっとうらやましいですね」

 

 苦笑いを浮かべるティータと茶化すミュゼ。

 全長約8アージュのティルフィングのコックピットは狭い。

 だが今はそれに輪を掛けてリィンは狭く感じる原因に視線を下ろす。

 

「アルティナ……本当にこれで戦うのか?」

 

「はい、これが一番効率的です」

 

 リィンの膝の上で振り返らずアルティナは頷く。

 狭い操縦席の中、それ用に調整されていてもやはり狭く、体を密着させた二人乗りにリィンは気恥ずかしさを感じずにはいられない。

 

「不埒な事を考えていますか?」

 

「はは、十年早いよ」

 

 シズナに慣れたリィンの返しの言葉にアルティナはむっと顔をしかめる。

 

「まあ……良いでしょう。それよりも集中してください」

 

「ああ……」

 

 アルティナに促されてリィンは意識を彼女との戦術リンクに向ける。

 同調を強く意識し、アルティナとの繋がりを道標にしてリィンは《ティルフィング》の手を前に突き出して呟く。

 

「来い――《クラウ=ソラス》」

 

 《ティルフィング》の前に黒い戦術殻が現れると、光となってその姿は太刀へと変わる。

 その太刀を握り締め、感触を確かめながらリィンはアルティナを気遣う。

 

「大丈夫かアルティナ?」

 

「はい、問題ありません」

 

 即答で返って来た声にリィンは胸を撫で下ろす。

 サザーランド州での戦いで破損した太刀は既に修復されているが、戦術殻の太刀を使う事で《ティルフィング》の“核”に未知の反応が起きていると言う事を理由にシュミット博士からアルティナとの二人乗りを強制されることになってしまった。

 リィンとしては戦術殻を武器にするリスクをアルティナが背負うことになるため気乗りしないが、本人の希望もあって押し切られてしまった。

 

「何か不満でも?」

 

「いや、そういうわけじゃ――」

 

「《クラウ=ソラス》が不満ならば、別の太刀を出しますが?」

 

「別の太刀?」

 

「はい……《クラウ=ソラス》の他にわたしは二つの戦術殻を所持していますから。クルトさんの様に二刀流もできます」

 

「いやいや、二刀流なんて俺はまだ扱い切れないからな」

 

「……そうですか」

 

 肩を落とすアルティナにリィンは何か言葉を掛けるべきかと考えていると、演習場で一際大きな歓声が上がる。

 

『ははっ! 二年前より腕が落ちたんじゃないかいクロウ先輩っ!』

 

『ぬかすなよクソ皇子がっ!』

 

 演習は佳境に入る。

 セドリック皇子が乗る《紅のシュピーゲル》とクロウが乗る《蒼のシュピーゲル》は機甲兵用の剣を激しくぶつけ合わせていた。

 彼ら二人の操縦は当然だが生徒達よりも抜きん出ている。

 しかし、彼らが一対一でぶつかり合う一方で――

 

『おい坊っちゃんは左から回り込めっ! 猪女はそのまま突っ込めっ!』

 

『その呼び方はやめろっ!』

 

『誰が猪よっ!?』

 

 アッシュの指示の下、三位一体となって本校生を攻め立てて行き――クルトの双剣がクリスの剣を弾き飛ばした。

 

『…………ここまでのようですね』

 

 クロウと剣を交えていたセドリックは仲間達の退場を見て、剣を下ろす。

 

『おい……』

 

『この勝負は分校の勝利です……さすが腐ってもヴァンダールといった所か』

 

 分校の勝利を褒める一方でセドリックは小さく毒を呟く。

 

『っ……』

 

 そんなセドリックの評価にクルトは何かを言いたげにしながら黙り込む。

 

『さて、前座は潔く退くとしましょう』

 

『お、おいっ!』

 

 挨拶もそこそこに本校の機甲兵達は澱みのない動きで演習場を開け、《灰》色が大剣を携えて演習場の中央に進み出る。

 

「リィンさん」

 

「ああ、俺達の番だな」

 

 アルティナの声にリィンは頷き《白の機神》ティルフィングを立ち上がらせて進ませる。

 

「あれが二年前の内戦でセドリック皇子と一緒に活躍した《灰の騎神》ヴァリマールか」

 

「……あれを見て何か思い出す事はありませんか?」

 

 リィンの呟きにアルティナは聞き返す。

 

「…………いや……特に何も……」

 

 アルティナの期待の眼差しを気付かない素振りでリィンは《灰》に対して集中して――その視線は《ヘクトル》の背に阻まれた。

 

『おいおい皇子様よ。勝者に対してそれはあんまりじゃねえか?』

 

『おや……君は先月から《Ⅶ組》に編入されたアッシュ君と言ったかな?

 確かに君達は僕達――本校に勝った。褒美が欲しいと言うのかい?』

 

『はっ! 話しが分かるじゃねえか皇子様……

 折角の交流試合なんだ英雄サマの凄さを直接味わらせてくれよ』

 

 セドリックの言葉にアッシュは挑発的な言葉を返す。

 

「おい、アッシュ! 勝手な事言ってんじゃねえ!」

 

 その暴言に真っ先に反応したのはランディだったが、他の生徒達の反応は様々だった。

 ゼムリア大陸を混乱に陥れた《クロスベルの魔女》。

 帝国内での彼女の風評はある意味でクロウよりも悪い。

 もっともアッシュはただ悲壮感を漂わせながら特別な《機甲兵》を与えられている少女にちょっとした意地悪をする程度の腹つもりに過ぎなかった。

 

『おい、やめろアッシュ。キーアは君が思っているような子じゃ――』

 

『大丈夫だよクルト』

 

 喧嘩腰になる《ヘクトル》を止めようとする《シュピーゲル》に《灰》から落ち着いた声が聞こえて来る。

 

『セドリック?』

 

『ええ、構わないよ。前座として君達の今の力をリィンさんに見せて上げると良い』

 

 振り返った《灰》にセドリックは鷹揚に頷いて許可を与える。

 当のリィンを放置して急遽《Ⅶ組》と《灰》の模擬戦闘が決まる。

 

『はっ! ありがとよっ!』

 

 しかし開始の合図も待たずに《ヘクトル》は大振りにハルバートをその場で振り被る。

 

『何を――? あっ!』

 

 《ヘクトル》の突然の奇行に驚くものの《ドラッケン》はすぐに今日の戦闘で《ヘクトル》がそのギミックを使っていなかったことに気付く。

 

「ちっ――キー坊ッ!」

 

 ランディの焦った叫びが響き渡ると同時にハルバートの穂先が飛び――銃声と同時に弾き飛ばされた。

 

『…………はっ?』

 

 アッシュの間の抜けた声が演習場に響き、あらぬ方向に飛ばされた穂先は空しく地面に突き立つ。

 全員の目は大剣を横に構えて突き出した《灰》に集まる。

 

「まさか……」

 

 刀身に埋め込まれたクォーツの残光が弾丸を撃った余韻を物語っている。

 

「導力砲を仕込んだ大剣だったのか……」

 

 ますます《八葉一刀流》から離れた装備にリィンは困惑する。

 

『っ……仕込み武器なんて卑怯だぞっ!』

 

 奇襲を防がれたアッシュはチンピラのような物言いで抗議をする。

 その瞬間、本校生と分校生の心は一つになった。

 

 ――お前が言うな――

 

 仕込みの暗器で、開始の合図を待たないフライングで不意打ちしたアッシュへの非難の視線が集まる。

 しかし当の《灰》は少し困った素振りを見せて《ヘクトル》以外の三機を見る。

 

『クルトとユウナは来ないの?』

 

『え……あ……』

 

 その申し出にクルトは躊躇する。が、ユウナは無言で《ドラッケン》を突撃させていた。

 

『やああああああっ!』

 

 気合いの入った声を上げて、トンファーが打ち込まれ――大剣が受け止める。

 

『もらったっ!』

 

 穂先を鎖を巻き取る事で回収した《ヘクトル》は《ドラッケン》とは逆方向から回り込み、《灰》の背にハルバートを振り下ろす。

 

『っ!』

 

 トンファーと鍔迫り合いをしていた大剣は力任せに振り抜かれ、《ドラッケン》と背後の《ヘクトル》をまとめて薙ぎ払う。

 

『なっ!?』

 

 荒々しい剣戟に一歩引いてその光景を目の当たりしたクルトは絶句する。

 《灰》に乗るキーアは一時期特務支援課にいたクルトも良く知っている普通の女の子だった。

 しかし今の剣捌きはクルトが知っているキーアからはとても想像できないものだった。

 

『キーアは強くなったよ。もうクルトやランディ……ロイドに守られているだけの弱いキーアじゃないよ』

 

『キーア……』

 

 クルトの中にある彼女のイメージが合わずに戸惑う。

 護らなければいけない。守るべき女の子だったはずなのに。

 セドリックといい、キーアといい、守るべき対象が自分の想像を超えて強くなっていることにクルトは愕然とする。

 《灰》は二機の《機甲兵》に一歩も退かず、その戦いが終わるまでクルトは立ち尽くす事しかできなかった。

 

 

 

 

 

『さて、キーアの準備運動も終わった所で本番ですね』

 

 セドリックがその場を仕切り、《灰》に敗北した二機は別の《機甲兵》によって演習場の隅に運ばれる。

 広い演習場の中央で《灰の騎神》と《白の機神》が対峙する。

 

「リィンさん、どのように戦うつもりですか?」

 

「そうだな……」

 

 アルティナの言葉にリィンは考え込む。

 開始の立ち位置は太刀が届かず、遠距離武装を持っている《灰》が有利な距離。

 ガトリング砲の掃射の厄介さは身を持って知ったばかりのリィンは当然それを警戒する。

 

「……考えても仕方がない」

 

「リィンさん?」

 

「俺にできるのは近付いて斬る事だけだ。だから――」

 

『それでは《灰の騎神》ヴァリマール対《白の機神》ティルフィング……始めっ!』

 

 セドリックの合図と同時に《白》が動く。

 太刀を後ろに構え、その体は一度陽炎の様に揺らぐと三体の《白》がそこにいた。

 

『え……?』

 

「六の型《孤影斬》」

 

 キーアの戸惑いを通信機越しに聞きながら三体の《白》がタイミングを合わせて剣閃の風を放ち、《灰》の眼前でぶつかり合って小さな竜巻を作り出す。

 暴力的な風の嵐に身を流されないように《灰》は腰を落とし、その嵐の中を突っ切って斬りかかってきた《白》の斬撃を大剣で受け止める。

 

『なっ……』

 

 《白》は少女の驚きの声を聞きながら、防がれたことを当然として踏み込む。

 一刀一足の距離を保ち、剣先の銃口を避けるように斬り結ぶ。

 

『わっ……わわっ……』

 

「いける」

 

 後退りながら必死に大剣で《白》の太刀を受け、防戦に徹する《灰》にリィンは確かな手応えを感じて攻め立てる。

 姉弟子よりも弱い。

 それを確信して《白》は太刀を振る。

 

『…………やっぱりリィンは強いね』

 

 攻め立てられる《灰》は――キーアはその太刀筋に眩しそうに目を細める。

 

『だから……だからもうあなたは……』

 

「……?」

 

 呟かれる集中力を欠いた言葉。

 直前のランディとエマの言葉を思い出してリィンは思わず、攻め手を緩めて――

 

『みんな、力を貸して!』

 

 キーアが叫ぶと同時に大剣が割れる。

 

「っ――!?」

 

 大剣の刀身は鞘。

 その中から現れたのは《白》が振るう物と同じ太刀。

 鞘から抜き放たれて剣速が上がった一撃で《灰》は斬り返す。

 

「アッシュさんと同類でしたか」

 

 アルティナはその不意打ちに顔をしかめる。

 

「いや、違うっ!」

 

 鍔迫り合いを避け、直前まで近接を保っていた《白》は全力で後退する。

 それを追って四つに分解した鞘が空中を舞い、四つの銃口が《白》に向けられる。

 一斉に四つの銃口が光を放ち、《白》に降り注ぐ。

 

「っ……」

 

 リィンは弾幕の雨に息を呑み、必死の回避を試みる。

 ティータやシャーリィを相手にした時とは違う。加えて機械による自動射撃でもない。

 四つの意思を持って、《白》の逃げ道を潰すように連携を取って舞う砲台にリィンは現代兵器の厄介さを改めて認識する。

 加えて――

 

「リィンさん、ヴァリマールが右側から接近していますっ!」

 

 アルティナの警告に《白》は素早く反応し、死角から迫る太刀を受け止める。

 

「背後の上に砲台が二つ!」

 

 鍔迫り合いを避けて《白》がその場を飛び退くと直前までいたそこに二つの火線が降り注ぐ。

 

「くそっ!」

 

 まるで五対一の状況にリィンは悪態を吐き、剣閃を放つ。

 飛来する剣閃に《灰》は微動だにせず、代わりに二つの砲台が盾となって剣閃を受け止めて――

 

「六の型《孤影斬》」

 

 正眼から唐竹割りで放たれた剣閃が《白》に迫る。

 

「ちっ」

 

 回避は困難と判断して《白》は太刀を盾に剣閃を受け止める。

 

「ぐっ――がっ!?」

 

 剣閃を受け止めた直後、時間差を二つの砲台が顔面に体当たりをして《白》は仰け反る。

 

「っ……」

 

 機体が激しく揺れ、リィンは歯を食いしばりながら踏ん張って転倒を防ぐ。

 

「大丈夫かアルティナ?」

 

「はい……わたしは問題ありません」

 

 アルティナの答えに安堵しながらリィンは改めて《灰》を見る。

 携えた太刀に無差別に飛んでいた四つの鞘の砲台は一つに合体して《灰》の左手に盾となる。

 太刀の鞘にして大剣であり、導力機関銃。

 自律させれば全自動の浮遊移動砲台であり盾でもある。

 キーアの未熟さを補い、リィンとは違う方法での遠距離武装への対抗手段。

 

「姉弟子よりも弱いって言うのを撤回するつもりはないけど厄介だな」

 

 息を整えながらリィンは悪態を吐く。

 そしてどうやって攻略しようかと思考を巡らせたところで通信が開く。

 

『ねえ……どうしてあなたはそこにいるの?』

 

「……それはどういう意味だ?」

 

 聞き返した言葉に通信の向こうでキーアは黙り込む。

 その表情をリィンからは伺う事はできない。

 

『あなたは誰? 本当にリィンなの?』

 

「……言っている意味が分からないな」

 

『あなたが本物のリィンならもう何もしないで! あなたの代わりにキーアが戦う! だからあなたはそこで楽しい学院生活を送っていれば良いの』

 

 キーアの懇願のような訴え。

 その言葉にリィンは不快そうに顔を歪めた。

 

「どの口が言う」

 

「リィンさん……?」

 

 らしくない言葉にアルティナは振り返り、彼の変化を見た。

 瞳は灼色に染まり、髪は黒から白へ。

 漲る力がリィンから《白》に供給され、各所に設置された増幅器が起動して唸りを上げる。

 《白の機神》に《鬼の力》が巡る。

 

『リィン……え? ダメッ! 待ってみんなっ!』

 

 今にも泣き出しそうな声が制止の声に変わり、手を伸ばして制止をする《灰》を無視して四つの砲台が再び分解して《白》に襲い掛かる。

 

「二の型《疾風》」

 

 四方から襲い掛かって来る砲台の隙間を縫うように《白》は駆け抜けて一撃ずつ当てる。

 

「ちっ……」

 

 しかし手応えは薄く、まるで受け方を知っているかのように砲台は《疾風》の威力を受け流して《白》の頭上を陣取る。

 光弾が降り注ぎ《白》の装甲が削れる。

 踵のローラーを利用して後ろに疾走する《白》に砲台は追従して光弾を当て続ける。

 

「…………調子に――乗るなっ!」

 

 《白》は太刀に黒い光を灯すと地面に突き立てる。

 黒き波動の凍気が波紋のように広がると、自由に飛び回っていた砲台は纏っていた導力の光を消失させて墜落した。

 

『え……何? どうしたのみんな?』

 

 通信の向こうで導力兵器が停止した事にキーアは狼狽える。

 

「一の型――」

 

 黒い光から白い洸を太刀に宿して《白》は駆ける。

 

「――洸翼烈波っ!」

 

 洸翼の刃が《灰》の首に迫る――寸前、墜ちたはずの砲台の一つが導力を取り戻して飛翔し、太刀を握った《白》の右腕を断ち斬った。

 

「っ!?」

 

 太刀があらぬ方向へと飛び、《白》は《灰》の眼前で盛大に空振る。

 

『っ――ら、螺旋撃っ!』

 

 咄嗟に繰り出した薙ぎ払いの一撃が《白》の胴を捉え――

 

『あれっ?』

 

 気付けば《灰》は振り抜いた手を取られて天地が逆さまになって地面に頭から叩きつけられた。

 

『ど、どうして何が起きたの!?』

 

 慌てて顔を上げた《灰》は己が持っていた刃の切先を見る。

 

『あ……』

 

「終わりだ」

 

 《灰》の太刀を左手一本で奪った《白》は逆手に握ったそれを勢いよく振り下ろす。

 

『――いやあああああっ!』

 

 あくまでも演習として《白》は《灰》の横に太刀を突き立てるつもりだった。

 しかし、機体越しに向けられた憎悪にキーアは悲鳴を上げ――次の瞬間、《白》の頭が横からの銃撃で爆ぜた。

 

『…………は?』

 

『クロウ!? 何をしているんだ!?』

 

 遠巻きに見物していた《機甲兵》が導力ライフルを撃った姿で固まっていた。

 

『いや、俺は何もしてねえぞ』

 

『何もしていないなんて――うわっ!?』

 

 撃った本人が困惑している。

 そんなクロウにセドリックは問い詰めようとして勝手に動き出した《機甲兵》の動きに悲鳴を上げた。

 そしてそれはセドリックだけではなかった。

 

『きゃあっ!? 何で!? 何も操作してないのに!?』

 

『やめろ! 止まれっ!』

 

 本校の四機と分校の四機が搭乗者の意思を無視して動き始める。

 《ヘクトル》が鎌の刃を飛ばして《灰》に馬乗りになっている《白》に絡めて地面に引きずり下ろす。

 そこに残りの七機が殺到してそれぞれの得物を振り被る。

 

「っ……」

 

 仰向けにさせられたリィンが見たのはそれぞれの武器が振り下ろされる瞬間。

 咄嗟にリィンは膝の上のアルティナを庇う様に抱きかかえる。

 

「リィンさん!?」

 

 狼狽えるアルティナを無視して強く抱き締めて、七機の機甲兵達が――吹き飛ばされた。

 

「ふむ……演習はここまでのようだな」

 

 大剣を片手にオーレリアが《白》の胸の上に降り立つ。

 

「いや~派手にやったねえ」

 

 シズナが大太刀を鞘に納めると二体の機甲兵から四肢が落ちて崩れ落ちる。

 

「弟君っ! アルティナちゃん! キーアちゃん! 三人とも大丈夫っ!?」

 

 そして聞こえてくるアネラスの声。

 

「…………死ぬかと思った……」

 

 リィンは止めていた息を吐き、白い髪と赤く染まった目は元に戻った。

 

「……リィンさん……あの……苦しいのですが……」

 

 アルティナはそんな彼の腕の中で抗議をした。

 

 

 

 







キーア&ヴァリマール
リィンの影響により機体そのもののスペックは上位にあるものの、キーアは保有霊力は豊富な反面戦闘力は未熟。
それを補うための《シュバルゼッテ》。
元ネタはそのまま水星のアレです。

キーアの中にある多世界のキーアの意識を分化して、四つのドローンの制御を行っている。
帝国や共和国にクロスベルを滅ぼされたキーア。
七耀教会に神敵、外法認定され、ロイド達を暗殺された上で滅されたキーア。
ヨアヒムに特務支援課を殺された先の未来のキーアがそこにいます。
なお、ここのキーアはまだ彼女たちの怒りを鎮火させることができていないので良く暴走する。


最後にキーアが行ったのは、追い詰められたことでキーアの《幻》が危機回避のため能力を拡張させたもの。
ドローンの中にいるキーアが導力ネットワークを利用し、グノーシス効果をオーブメントに適応して支配操作したものになります。




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