閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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25話 留学生

 

 

 トールズ本校との交流演習が終わった夜。

 リィン・シュバルツァーは一人で使っていた寮の部屋にランディとクルトに押し入られていた。

 

「おいクルト。そっちはどうだ?」

 

「……特に不埒なものはありませんね」

 

「二人とも人の部屋を勝手に来て何やっているんだ貴方達は」

 

 勝手に部屋の掃除具合や整理整頓の状況、さらには持ち物検査と言わんばかりの捜索。

 流石元、警察だけあって二人の動きに澱みはない。

 

「ごめんなさい……特務支援課のみんながごめんなさい」

 

 開けっ放しの扉の向こうで真っ赤にした顔を両手で覆ってへたり込みキーアは謝罪を繰り返す。

 

「…………良いかシュバルツァー」

 

 声に普段の授業以上の真剣さを滲ませてランディが振り返る。

 

「うちのキーアはお前と違ってそれはもう重い生い立ちなんだ」

 

「ランディさん、リィンも出自に関しては……」

 

「お……? ああ、そうだったな」

 

 クルトからの注意でランディは一度口を閉じる。

 

「お前の出自も複雑らしいが、キーアはもっと複雑な生まれなんだよ」

 

「はあ……」

 

 語り出したランディにリィンは嫌そうに顔をしかめる。

 しかし、ランディとクルトはそんなリィンの反応など気にも留めず続ける。

 

「キーアは本当は優しい子なんだ。“クロスベルの魔女”だとか言われているが、あれだってキーアがしたくてしたわけじゃないんだ」

 

 それまで黙っている事を強いられて来た反動もあってランディはとにかくキーアを擁護する言葉を捲し立てる。

 特務支援課の方から帝国政府の出頭命令を拒否して話し合いを放棄した事で、内戦が終わった後も彼らがキーアと顔を合わせる事には厳しい制限が課せられた。

 それだけではない。

 内戦の時も贖罪のために戦う事を選んだキーアを助けるどころか足を引っ張る事しかできなかった自分達を不甲斐ないと思った無念さ。

 特務支援課を代表して帝国に潜入したのもキーアの安否を確認するためでもああった。

 

「…………ランドルフ教官は何が言いたいんですか?」

 

 熱弁するランディとは対照的に冷え切った眼差しでリィンは聞き返す。

 普段とは違うリィンの態度にランディは違和感を覚えるものの、自分の主張をそのまま口にする。

 

「あーつまりだな……お前がキーアになんらかのハレンチな行為に及んだとしたら、俺はお前を許さないって言いに来ただけだ」

 

「そうですか……ヴァンダールも同じ意見なのか?」

 

「あ、ああ……」

 

 名前ではなく家名で呼ばれた事に戸惑いながらクルトは頷く。

 

「そうか……ならもう用は済んだだろ? 二人ともさっさと出て行ってくれ」

 

「リィン?」

 

「出て行ってくれ」

 

 有無を言わせずリィンは部屋からランディとクルトを追い出す。

 

「あ、あの……」

 

 二人きりとなったキーアは気まずそうにドアの前で立ち尽くしてリィンを様子を伺う。

 

「…………はあ」

 

 キーアに背中を向けたまま、リィンは大きく深呼吸して小さく呟いた。

 

「やっぱり、人間はどこまでも自分勝手だ」

 

「リィン……?」

 

「何でもない」

 

 リィンは頭を振ってキーアの呼び声に応えて振り返る。

 

「ベッドと机はそっちの方を使ってくれ。風呂場の案内は後でアルティナが来るからそっちに聞いてくれ」

 

「う、うん……突然の事で……ごめんなさい」

 

「君が謝る事じゃない。政府の意向なら仕方がないさ」

 

 恐縮し切っているキーアにリィンは笑顔を作る。

 

「来週、クロスベルで行われる通商会議に君が出席することになった……

 現地に皇族を三人も列席させるわけにはいかないから、《本校》の代わりに《分校》に白羽の矢が立った」

 

「うん……」

 

「本来の君の監督役である遊撃士のアネラスさんはクロスベル入りを拒否されたんだったか?」

 

「うん、今のクロスベルは他国からの遊撃士の参入を厳しく制限されているから」

 

「クロスベル独立活動の主導者……元A級遊撃士アリオス・マクレイン……俺達の兄弟子に当たる人物か」

 

 キーアが分校に短期留学する原因は突き詰めれば《彼》になる。

 一時期でも帝国と共和国を退けたという勝利の美酒を忘れられず、ディーター大統領が逮捕されても独立を諦めず地下活動を行っているテロリスト。

 

「君は……いや、俺が聞いても意味はないか」

 

 アリオスについて聞こうとしてリィンはやめる。

 恐らくキーアは帝国政府から嫌という程に事情徴収を受けているだろう。

 自分が知っても意味もなければ、やる事が変わるわけでもない。

 

「君からは何か聞きたいことはあるかい?」

 

「ううん……」

 

 リィンからの質問にキーアは首を横に振る。

 

「そうか……」

 

 リィンからもそれ以上言うべき言葉が思いつかず、二人の間には気まずい空気が流れる。

 同じ《八葉》を修める兄妹弟子でありながら、他人行儀で余所余所しい奇妙な共同生活が始まるのだった。

 

 

 

 

「ねえ……あれが《クロスベルの魔女》?」

 

「ガレリア山脈を更地にして、帝国の基地ごと一人残らず虐殺したって言う話だろ?」

 

「あんなナリでクロスベル市民を洗脳して操っていたとか、大丈夫なのかよ?」

 

「うちの主人の友達がさ、クロスベルに口座を凍結させられたせいで首を吊ることになったのに……」

 

 朝、通学路を歩けば紅い制服のキーアはリーヴスの街の好奇な眼差しを向けられていた。

 

「…………」

 

 帝都では復興活動に尽力していた姿を見せていたこともあり、その風評がキーアの耳に届くことはなかった。

 皇子皇女の庇護から離れる事の意味、クロスベルが起こした事の大きさをキーアは改めて思い知る事になる。

 

「ああ、くそっ……ほら」

 

 重い足取りを止めて立ち尽くしたキーアを見兼ねてリィンは彼女の手を取る。

 

「え……?」

 

「早く行かないと遅刻するぞ」

 

 戸惑うキーアの手を引いてリィンはいつもの通学路を早足で歩く。

 

「リ、リィン……」

 

「ここまで来れば大丈夫だろう」

 

 市街地を抜けたところでリィンはキーアの手を放す。

 

「…………あ、ありがとう」

 

「……一応、兄弟子だからな」

 

 おずおずと御礼を口にするキーアに対してリィンはそっぽを向いて――《クラウ=ソラス》に抱えられたアルティナと目が合った。

 

「ア、アルティナッ!?」

 

「随分、おはやい登校ですね」

 

 アルティナはリィンにジト目を向けながら《クラウ=ソラス》の腕から降りる。

 

「それに、日の出から御二人でこそこそしていたと《クラウ=ソラス》から聞きましたが……やはり不埒な事を?」

 

「ランドルフ教官みたいな事を言わないでくれ……単に同門として朝練を一緒にしていただけだ」

 

「……本当ですか?」

 

「うんうん……」

 

 アルティナに猜疑の眼差しを向けられ、キーアはコクコクと首肯する。

 

「…………そう言う事にしておきます」

 

 アルティナは納得したのか、それ以上の追及をすることはなかった。

 誤解が解けたとリィンは胸を撫で下ろし――それが聞こえて来た。

 

「おいおい見ろよシドニー。朝っぱらから良いご身分じゃねえか」

 

「《黒兎》はいつもの事だけど、《クロスベルの魔女》もかよ」

 

 振り返ればアッシュとシドニーがリィン達を見て、聞こえる様な愚痴を漏らしていた。

 

「っ――」

 

「キーア、無視しろ。アッシュは何でも噛みつく狂犬みたいな男――」

 

「“ちびうさぎ”に“魔女”……流石第Ⅱのロリィンだぜ」

 

「シズナさんやアネラスさんという二人の姉弟子がいながらロリに走るだと!?

 弟至上主義だと思っていたけど、生粋のロリコンだったのか!? しかも朝から三角関係の修羅場!?」

 

 ニヤニヤと嘲笑を浮かべているアッシュにワナワナと震えて尊敬の眼差しを向けるシドニー。

 

「……良し、そこを動くな二人とも」

 

 リィンが一歩踏み出すと、アッシュとシドニーは示し合わせた様に逃げ出した。

 

「待てっ!」

 

 逃げ出した二人をリィンは即座に追い駆ける。

 

「えっと……」

 

 校舎に向かって走るリィンの背をキーアは意外なものを見たように困惑した。

 

「ねえ……リィンは学院だといつもあんな感じなの?」

 

「……まあ、概ねいつも通りですね」

 

 キーアの質問にアルティナは今日までの事を振り返りながら頷く。

 

「そっか……」

 

 もっと超然とした存在だと思っていたのに、どこにでもいる普通の学生にしか見えないリィンにキーアはどう判断して良いのか頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

「ねえ……」

 

「いそがなくちゃ、いそがなくちゃ……あっ……キーアちゃん今日も一日お疲れ様! 放課後もリィン君達と一緒にエンジョイ☆ するといいヨ!」

 

 キーアが声を掛けるとみっしぃは慌ただしく授業の片付けをして教室から去って行く。

 

「ここのところみっしぃ教官はずっと慌ただしいですね」

 

「来週の特別演習の行き先がクロスベルになったからだろうな。みっしぃ教官にとってはある意味里帰りになる……んだよな?」

 

 ミュゼの呟きにリィンは答えながらそれで正しいのか唸る。

 《本校》との合同演習が終わった際に分校長とセドリック皇子から発表された五月特別演習の行き先。

 そこはみっしぃが勤めていたミシュラムがある場所であり、同時に――

 

「何よ……?」

 

 振り返ったリィンにユウナが不機嫌そうな顔で睨み返す。

 

「いや……その大丈夫か?」

 

「何よそれ?」

 

 歯切れの悪いリィンの言葉にユウナは睨み返す。

 

「ふん……ホームルームも終わったから私は部活に行くわ」

 

「あ……」

 

 そのままユウナは会話を拒絶するように荷物をまとめて教室から出て行ってしまう。

 その後姿を呼び止めようとしたキーアが見送る。

 それがこの数日で見慣れるようになった《Ⅶ組》の教室での一連の出来事だった。

 

「見事に避けられているな」

 

「……うん……でもしかたないよ」

 

 みっしぃとユウナに避けられている事にキーアは項垂れる。

 他人に素気ない態度を取られることに慣れていないのか、普通以上に落ち込んでいるキーアにリィンは何と声を掛けるべきか悩む。

 そしてリィンが言葉を見つける前にキーアは残った者たちに訪ねた。

 

「あの……みんなはみっしぃ教官の中の人が誰なのか知ってるの?」

 

 その質問に《Ⅶ組》の教室に緊張が走る。

 

「それを聞いちまうか……」

 

 苦い顔をして唸るのはアッシュ。

 そんな彼の様子にキーア以外の者達は苦笑いを浮かべる。

 

「えっと……」

 

「入学してからアッシュがみっしぃ教官の中を確かめようとしているんだ。だけど一度も成功したことはないんだ。それどころか……」

 

「余計な事をしゃべんな」

 

 解説しようとするリィンの言葉をアッシュが遮る。

 

「くそっ……こっちが気配消して後ろから近付いているのに五アージュ圏内に入るとすぐに気付いて振り返ってくるとかどんなチート使ってやがるんだ」

 

「君は邪気が強過ぎるんだ。みっしぃじゃなくても気付くだろう」

 

 アッシュの愚痴にクルトは冷静な突っ込みを入れる。

 もっともみっしぃの中を暴こうとした生徒はアッシュだけではない。

 多くの生徒達がみっしぃに挑み、その全ての魔の手から逃れてきたのがみっしぃ教官なのである。

 

「ふふ、キーアちゃんもみっしぃチャレンジをするんですか?」

 

「み、みっしぃチャレンジ?」

 

 ミュゼの言葉にキーアは戸惑う。

 

「ええ、みっしぃチャレンジです。誰がみっしぃの中の人を暴くか、《第Ⅱ》のちょっとした催しになっているんですよ」

 

「……リィンもしたの?」

 

「俺は…………別にみっしぃ教官の中の人になんて興味はないから」

 

 キーアにみっしぃ教官も《八葉一刀流》の兄弟子であることを語るべきかと考えながらリィンは興味ないと告げる。

 一時期はその正体を勘ぐったが、剣を交えてみて別人だと気付いてしまえばそれ以上の事を知ろうとは考えなかった。

 

「アルティナも?」

 

「ノーコメントです」

 

 アルティナはそっぽを向いてキーアの疑問をはぐらかした。

 

「それでキーアさんはどんな作戦でみっしぃ教官に迫りますか?」

 

 ずいっと顔を寄せて来るミュゼにキーアは思わず後退る。

 

「ククク、おもしれえプランなら協力してやるぜ」

 

 更にアッシュもそれに乗る様に悪い笑みを浮かべる。

 

「えっと……後ろから近付くのは?」

 

「それはもうやった……五アージュから振り向いて来るって言ったがあれはもっと前から把握されているな」

 

 とアッシュは語る。

 

「夜、寝ている所は?」

 

「難しいですね。教官のドアは当然施錠されていますし、ベッドの上でもみっしぃのぬいぐるみのまま寝ていましたから」

 

 暗がりでみっしぃの目があった事を思い出してミュゼは体を震わせる。

 誰も施錠されたドアをどうやって開錠したか突っ込む者はいない。

 

「戦闘訓練ではそんな事を考える暇もないくらいにしごかれるからな」

 

 クルトは遠い目をして黄昏る。

 

「一部の生徒達はペンキを降らせて着替えさせることを目論んでいましたが、回避されていましたね」

 

 アルティナは生徒達の奮闘を他人事のように語る。

 

「えっと……」

 

 中の人が誰なのか気付いているが確証を得ていないキーアだが、語られる数々の武勇伝に納得してしまう。

 そしてみっしぃもそれを察しているのか教官としての仕事を最低限にした上で、キーアとの接触を避けている事が確信を強くさせている。

 

「それで本校の特待生であるキーアさんはどんな方法でみっしぃ教官の正体に迫るんですか?」

 

「隣の教室の奴等も呼んで来るか?」

 

「ちょっとやめてよ」

 

 期待に満ちたミュゼの眼差しと話を大きくしようと煽るアッシュの行動にキーアは思わず待ったをかける。

 

「二人とも、キーアが困っているから落ち着いてくれ」

 

 そんなキーアを見兼ねてリィンが助け舟を出す。

 

「おいおい一人だけ良い子ちゃんぶってんじゃねえよ」

 

 しかしそれを待っていたと言わんばかりにアッシュはリィンに絡み始める。

 

「《第Ⅱ》でみっしぃチャレンジをしていないのはお前だけなんだぜ? それがどういう意味か分かるだろ?」

 

「いや……そんな事を言われても……」

 

 まだ敗北していないリィンに向けられる期待。

 リィンならば、いう期待が生徒達から向けられている事を当の本人は知らずにいた。

 

「戦闘でも、隠形も無理……寝込みも隙はない……あっ……」

 

 ふと過った方法を思い浮かべてリィンは失言を漏らしてしまった。

 

「クク……どうやらお前もその気になってくれたみたいだな」

 

 そう言うや否や、アッシュは《ARCUS》を取り出すと通信を始める。

 

「おい、ついに《第Ⅱ》の最終兵器がみっしぃに挑むぞ」

 

「アッシュ!?」

 

 躊躇なく全校生徒に情報を拡散するアッシュにリィンは狼狽する。

 

「まあまあ、俺達にできることなら協力は惜しまないぜリィン。で、どんな方法なんだ?」

 

「いや、まだやると言ってないからな。それに女子がいる所では……その……」

 

「あら、リィンさん。みっしぃ教官の中の人を暴くのは《第Ⅱ》の生徒達の悲願……女だからと除け者にするのは心外ですよ、ねえアルティナちゃん?」

 

「ん……」

 

 言葉を濁し、逃げ腰になるリィンを逃さないとミュゼはアルティナを使って包囲網を敷く。

 

「くっ……」

 

 リィンは歯噛みするが逃がさんとダメ押しにアッシュとミュゼがリィンの肩を左右から掴む。

 

「さあキリキリ吐けよリィン」

 

「うふふ、リィンさんも仲間になりましょう」

 

 かくして、リィンはアッシュとミュゼによってみっしぃチャレンジという修羅の道に引きずり込まれるのだった。

 

 

 

 

 

「落ち着きなさいミュゼ・イーグレット」

 

 その日の夜。

 ミュゼは少し時期の早い水着に着替えて寮の浴場で自分に落ち着けて言い聞かせていた。

 場所は男湯だが、今は例外として《Ⅶ組》の男女と教官たち、そして協力者であるティータが水着に着替えて作業していた。

 

「この辺で良いか」

 

 外から持ち込んだベンチが中央に置かれたオーブメントを中心に数脚置かれる。

 

「こっちも……問題ありません」

 

 女湯の方に繋がる天井の窓をリィンが《クラウ=ソラス》に抱えられて閉めて行く。

 

「ふむ……準備は整ったか」

 

 そして同じように水着に着替えたオーレリアがオーブメントの前で仁王立ちして音頭を取る。

 オーレリアは運び込んだベンチに座る一同を見回し、ミュゼも改めてその場に集まったメンバーを確認する。

 まずは発案者であるリィン。

 その隣に座るのはアルティナとキーア。

 自分が座っているベンチにはどうして私までと不貞腐れているユウナと今回のイベントでオーブメントを提供してくれたティータ。

 向かいのベンチには男子陣のクルトとアッシュ。

 更に教師陣としてミハイルとランディとトワ。そしてみっしぃ。

 計十三人が浴室に一つのオーブメントを囲んでいる形になっていた。

 ちなみに《Ⅶ組》の一人であるクロウは帝国政府の要請を受けていて学院にいない。

 

「ではこれよりカルバード共和国のサウナというものを体験しよう」

 

「スイッチ・オンッ!」

 

 オーレリアの開始の合図に続いてティータが作ったオーブメントのスイッチが押される。

 オーブメントが動き、詰まれた石に熱が加えられる。

 そこにリィンが柄杓で水を掛ければたちまち蒸発して、締め切った浴場には熱い蒸気が広がり、充満していく。

 

「ごくり……」

 

 ミュゼは気付けば生唾を呑み込んでいた。

 

「はあ……どうして私まで……」

 

「まあ良いじゃねえかたまには」

 

 嘆くミハイルに対してランディが普段より気安く言葉を掛ける。

 

「そうですね……赴任してから教官達で集まって親睦会みたいな事もしていませんでしたから」

 

「みしし……ボクもみんなと仲良くなれるのは歓迎だヨ☆」

 

 ランディの言葉にトワとみっしぃも乗る。

 

「くっ……」

 

 教師陣の親睦、理解を深めるためと言われてしまえば頑迷なミハイルも強くは否定し切れない。

 前回の演習でも、教師間での情報のやり取りがもっと密に、そして正確に以心伝心が出来ていればという場面はいくつもあった。

 それを反省してなのか、ミハイルは愚痴をこぼすが出て行く気配はない。

 

「ミハイル教官……」

 

 その体はまさしく軍人らしいと言わんばかりに鍛えられたものだった。

 効率を突き詰め、どこの部位にどれだけの筋肉をつけるか吟味し、そのための訓練を行ったいわば理想を追求した肉体。

 

「ランディ教官……」

 

 その体は元猟兵だというだけあって、傷だらけだった。

 幾重にも重なった銃創や刀傷。よく見れば火傷の痕もあり、その肉体にはまさに彼の戦いの歴史が刻まれている。

 ミハイルとは違い、腕周りの筋肉が一際大きくアンバランスにも見えるが、野獣じみた雄々しさを視覚に訴えている。

 

「おい、アッシュ。手順を乱すな」

 

 クルトの注意が聞こえてくるとアッシュが石に水を掛け、蒸気を勝手に追加する。

 部屋の温度が更に上がり、吹き出す汗が肌を滑る。

 

「ハッ……この程度じゃ温いんだよ。それともお坊ちゃんはもうギブアップか?」

 

「何だと……」

 

 アッシュの挑発にクルトは顔をしかめると、彼の手から柄杓を奪い取り、石に水を掛けて蒸気を増やす。

 睨み合う二人。

 湿度と温度が上がった室内は呼吸することにも息苦しさを感じるようになり、体中から汗が噴き出しているのを感じる。

 だがミュゼはそんな事などお構いなしに彼らを凝視していた。

 

「ミュゼ……ちょっとあんた大丈夫?」

 

「ユウナさん、ちょっと黙っていてください」

 

 アッシュ・カーバイド。

 その体は教官二人と比べてしまえば、二段も三段も劣る。

 武人の様に方向性を持って鍛えられ、作り込まれた体ではない。

 そう言う点では点数は低いが、逆に言えばまだ手が加えられていない原石でもある。

 これからどんな成長をするのかと妄想――考える楽しさを考えれば決して悪くはない。

 

「それにしてもクルトさんは……何と言って良いか……」

 

「……うん、そうね……クルト君はちょっと反則かも」

 

 ミュゼの呟きにユウナが頷く。

 

「ふぅ……」

 

 目を瞑り、耐えるように座るクルトの体は一言で言えば美しかった。

 本人は筋肉が付き辛い体だと嘆いているが、長い年月を培って磨き上げた体には細身でありながら強い筋肉が確かに存在している。

 それに加え、蒸気によって水を滴らせた水色の髪。

 白い肌に浮き上がった汗と顎を伝い墜ちる雫は漏れる熱い吐息と合わさって妙な色気を醸し出している。

 

「くっ……どうして私は導力カメラを用意していなかったのですか」

 

 ミュゼは己の失態を悔やむ。

 

「アルティナ、キーアも無理はするなよ」

 

「…………大丈夫です……わたしはまだ……大丈夫です」

 

「…………キーアも…………」

 

 その声にミュゼは努めて冷静になる様に深呼吸をする。

 

「いざ――」

 

 満を持して、本命の体を観察しようとミュゼは開眼する。

 

 みっしぃ。

 猫をモチーフにしたゆるキャラで、白と灰色のハチワレ柄をしたウザ可愛いデザインが特徴。

 灰色の毛並みは今は蒸気に濡れてまさにぬれみっしぃと化している。

 普段のハイテンションは鳴りを潜め、ジッとベンチに座って微動だにしない。

 水着である自分達が汗ばみ呼吸すら辛いと思える熱の中、みっしぃはそれでもそのぬいぐるみを脱ごうとする素振りはない。

 

「ちょっとミュゼ……ミュゼッ!」

 

 じっとみっしぃを見つめているとミュゼは隣に座るユウナに肩を揺さぶられた。

 

「あれ……? ユウナさん、いつの間に分け身を修得したんですか~」

 

「そんな技、覚えてないわよ! って、あんた鼻血出てるじゃない! 無理するなって言われたのに」

 

「ま、待ってくださいユウナさん。私は大丈夫です、ですから……」

 

「どこが大丈夫よ。あんたはここでリタイヤ、ほら出るわよ」

 

 駄々を捏ねるミュゼを抱えてユウナは我慢比べとなったサウナから退出しようとして――

 

「あっ……ユウナ」

 

「何よ?」

 

 リィンに呼び止められてユウナは固い声で振り返る。

 

「脱衣所に置いたクーラーボックスにアイスを作って来たから、食べると良い」

 

「あんたは……はあ……ありがたくもらっておくわ」

 

 準備の良いリィンに何かを言いかけたユウナは御礼だけを言って今度こそ退出した。

 

 

 時が過ぎる。

 

 ミュゼの脱落を皮切りに我慢比べと化していたサウナからアルティナとキーア、ティータとトワ。

 オーレリアを除いた女性陣がまず脱落していく。

 残った男性陣もまず生徒のクルトとアッシュが同時に限界に達し、続いてミハイルとランディが脱落した。

 

「何だ……教官陣もまだまだ精神の鍛錬が足らんようだな」

 

「みしし、まだまだ未熟だネ」

 

 一時間が経とうとしているのに平然としているオーレリアとみっしぃにリィンは化物を見る目を向ける。

 自分もそろそろ限界かと考えながら、リィンはみっしぃに質問を投げかけた。

 

「みっしぃ教官」

 

「んん? 何かなリィン君?」

 

「本来なら聞くつもりはなかったんですが、次の実習地がクロスベルになった事で事情が変わりました」

 

「…………」

 

 ぬいぐるみの中からの気配が変わるのをリィンは感じた。

 オーレリアを一瞥するが、彼女は静観を決め込みリィンとみっしぃの会話を見守る姿勢でいる。

 

「今のクロスベルにはディーター・クロイスを支持している元国防軍をアリオス・マクレインが率いてクロスベルの各地で反帝国運動を行っているわけですが……」

 

 その可能性は矛盾しているとリィンは分かっている。

 クロスベルのアリオスは帝国時報や導力ネットにも姿を確認されていて、信憑性が高い情報であり疑う余地はない。

 しかし《八葉一刀流》の使い手、《二の型》を得意とする剣士。

 元々絶対数の少ない《八葉一刀流》の剣士という事、そしてシズナを見送った時に残された言葉を信じてリィンは尋ねる。

 

「みっしぃ教官、貴方の正体こそがアリオス・マクレインではないんですか?」

 

 

 

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