五月十九日。
トールズ第Ⅱ分校は朝早くにリーヴスを出発した。
二度目の演習という事もあり、生徒達は前回よりも手際よく準備を済ませ、車上でもそれぞれリラックスした様子で生徒達は休息を取っていた。
「今回の予定は……ガレリア要塞で一泊した後に早朝クロスベルに入るらしいな」
「ああ……」
テーブルの上に《ブレード》のカードを広げながらクロウとリィンは会話を続ける。
「それにしてもクロウは大変だな。昨日《要請》から戻ってきたばかりなのに……」
「まっ、前科者の辛いお勤めって奴だ」
「それにしたって……オルディーネがあんなになってしまった状況だっていうのに」
「オルディーネか……」
相棒の話題を出されてクロウは顔をしかめる。
「なあ、どうしてあんな事になっているんだ?」
「俺に言われても……」
「シュミット博士とちびラッセルの世話係はお前のはずだろ!? どうしてあんなになるまで放置していたっ!?」
「勝手にそんな係にしないでくれ」
クロウは憤りをぶつけるように叫び、リィンは心外だと言い返す。
「別に良いじゃないか。武装が増えて、戦闘スタイルだってクロウの本来の方に近付いてんだろ?」
「そういう問題じゃねえよ」
はあっとクロウは久しぶりに再会した相棒の姿を思い出してため息を吐く。
前回の特別演習の際、《蒼の騎神》は《結社》の“人馬の魔煌兵”に四肢をバラバラにされ大破した。
この一ヶ月、《蒼の騎神》は第Ⅱで修復されたのだが、その装いは大きく異なっていた。
「不満があるなら今の内にティータに言った方が良いんじゃないか?」
「いや……騎神用の魔導銃を二丁も作ってくれたことは感謝してんだぜ。だけどこれは何だよ!?」
そう言ってクロウは傍らに置いてある《蒼の騎神》の仕様書を叩く。
その内容はリィンも既に知っている。
「どうやら先週のヴァリマールの武装に刺激を受けたみたいで、博士とティータが燃えたとしか……」
「くそっ……性能が上がってるから余計にタチが悪いぜ」
愚痴るクロウからリィンは目を逸らしながらこの一週間の二人の様子を思い出す。
《本校》から預かった《灰の騎神》に嬉々として取り付き、特に鞘を兼任している自律型浮遊武装についてキーアに質問攻め。
シュミット博士とティータの好奇心がそこで止まるわけもなく、自分達も造ってみようと意気込んだところで目に入ったのは修復まじかだった《蒼の騎神》の姿だった。
「結局どれだけの武装が増えたんだ?」
「ああ……まず魔導銃が二つ、銃身が長めで連結すれば狙撃銃にもなるらしいな」
「狙撃って、クロウはそんな事もできるのか?」
「本業ほどじゃねえがな……
あとは背中の羽に有線操作型分離砲台なんてもんを付けられたみたいだな。こんなのどうやって制御しろって言うんだよ?」
「だけど武装として強力なのは確かだ」
リィンは《灰》の浮遊ユニットを思い出す。
計四つの移動砲台が自由に宙を舞い、全方位から射撃や斬撃を放って来る。
実質的に五対一となった戦い。
最後は更なる数の暴力で攻め立てられたが、やはり射撃武装は厄介だとリィンは改めて感じた。
「けっ……ブレード縛りは気楽で良いな」
「別に太刀だけに拘っているわけじゃないんだけど……」
不貞腐れるクロウにリィンは苦笑を返してカードを捲る。
「しかしクロスベルか……」
徐にクロウは嫌そうなため息を吐く。
「クロウもクロスベルに何か嫌な思い出があるのか?」
今日に近付くにつれて様子がおかしくなっていくユウナの事を思い出しながらリィンは尋ねる。
「俺自身はクロスベルに関わりはねえんだけど……」
一度言葉を濁して、隠しても既に周知の事実だと観念してクロウは語る。
「俺がテロリストをしていた頃、ガレリア要塞の列車砲を使ってクロスベルの会議に出席していたオズボーンを撃とうとしたことがあんだよ」
「それは……」
クロウの懺悔するような告白にリィンは耳を疑う。
列車砲は大型の導力砲。
その破壊力は授業で教わった事でしか知らなくても、たった二時間で人口50万人のクロスベルを壊滅させられる兵器だと教えられた。
それを一発でも撃てばどうなるのか、簡単に想像がつく。
「ああ、クロスベルに住んでる奴の事なんてお構いなしに……今思えば我ながらどうかしていたぜ」
己の宿業を思い出しクロウは自嘲する。
確かにオズボーンに対して燃え滾るマグマのような憎悪をクロウは持っていた。
しかし何の罪もない市民、それも帝国人でもない他国の自治州の人間を何千人も犠牲にして作戦をどうして推し進めることができたのか分からない。
「クロウ……」
「ま、その列車砲もクロスベルの独立騒動の時にキーアに消滅させられたらしいがな」
「消滅か……今一つ想像ができないな」
授業で習ったクロスベルが行ったガレリア山脈消失の前後の写真をリィンは思い出す。
「そう言えばお前、一泊するガレリア渓谷基地で呼び出しを受けているんだったな?」
「ああ、キーアの事で偉い人が来るらしいから、たぶんそれ関係だと思うけど――俺の勝ちだな」
「あっ!」
テーブルに出されたカードにクロウは目を剥くと次の瞬間、絶叫した。
*
「各自、準戦闘態勢を整え待機っ! ヴァリマールもすぐに動かせるように外に移動させろ!」
ガレリア渓谷基地に到着し、呼び出されたリィンは背後から聞こえて来るミハイルの号令に首を傾げる。
「ではシュバルツァー卿、こちらに」
「はい……」
物々しい様子のクラスメイト達の様子を気にしながらリィンはキーアと共に軍人に案内されるがまま、基地の中を進む。
隣を並んで歩くキーアの様子はどこか余所余所しく、足取りに緊張があるのが見て取れた。
「もしかしてキーアはこれから何をするのか知っているのか?」
自分達だけが呼ばれた意味をリィンは尋ねる。
「うん……たぶん……」
歯切れの悪い言葉でキーアは頷くが、それ以上を語ろうとはしない。
更に付け加えるならば前を歩く軍人も気が立っているように感じた。
「何なんだいったい?」
先程のミハイルの号令についても自分は何も聞かされていない。
緊張で張り詰める基地の空気はまるで今から戦争を始めるのではないかという危惧すら感じる。
「――乗れ」
端的な命令。
導力車に乗るように促されてリィンは大人しく従う。
発進した導力車は基地の格納庫を抜けて外へと出る。
そう言うとリィン達を案内した軍人は足早に去って行き、外に配備されていた導力戦車へと乗り込んでいく。
「………………何だか物々しいな」
車窓から見れるガレリア渓谷基地の演習場にはまるで基地の全戦力を集結したのではないかと思える程の導力戦車と機甲兵が並んでいた。
「このタイミングで大規模演習?」
数日後から他国の要人を招いた国際会議がすぐそこのクロスベルで行われるというのに、他国を挑発するような軍事演習を行っている事にリィンは不自然さを感じる。
もっとも職務に忠実な軍人は導力車の運転に集中してリィンの呟きに答えることはなかった。
「――降りろ」
程なくして導力車から降ろされたリィンを出迎えたのは二つの機械人形だった。
「《金の騎神》エル・プラドー……それと《紅の機神》ティルフィング」
演習場の片隅の小屋の前に佇むのは夕日を反射する黄金と夕日に染まった紅。
その足元には二人の兄弟がリィンを待っていた。
「やあリィン君、良く来てくれた。キーア君も壮健そうで何よりだ」
背の高い方の青年は気安い口調で導力車を降りてきたリィンを出迎える。
「えっと……」
「クロスベル総督のルーファスだよ」
「え……?」
クロスベル総督と言えば明日から現地入りするクロスベル市の最高責任者。
それが何故こんなところにとリィンは首を傾げる。
「はは、ちょっとした用事があってね。君達《Ⅶ組》とは明日オルキスタワーで“要請”を渡すことになるが……
名乗らせてもらおうクロスベル総督、ルーファス・アルバレアだ。そしてこちらは私の弟の――」
「ユーシス・アルバレアだ」
仏頂面の青年はリィンを品定めするように眼差しで睨みながら名乗る。
「ど、どうも……ってアルバレアって四大名門の?」
皇族に続いてエレボニア帝国きっての大貴族の登場にリィンは思わず佇まいを正す。
「楽にしてくれたまえリィン君。今日、私達がここにいるのはお忍びでね。立場を抜きに接してもらいたい」
「…………はぁ」
緊張を解かせる柔らかなルーファスの物言いにリィンは頷く。
皇族のアルノールといい、四大名門のアルバレアといい、高貴な血筋と呼ばれている割にフットワークが軽い事にリィンは帝国の未来を案じてしまう。
「まさか他の四大名門もこんなに軽いのか? いやハイアームズ侯爵は普通だったから皇族と公爵が異常なのか?」
「何か言いたそうだな?」
「いいえ、何でもありません」
兄とは違い、弟の方は声に鋭さを感じて弛緩しかけた思考をリィンはもう一度張り直す。
「――私をここに呼んだのは貴方達でしょうか?」
呼吸を整えてリィンは本題を切り出す。
ガレリア渓谷基地に到着し、《第Ⅱ》から《Ⅶ組》ではなく自分だけを名指しして呼び出した理由を尋ねる。
「そうだね……時間もあまりないことだから、早速進めよう。ユーシス」
「……はい」
ルーファスに促されてユーシスが一歩前に出て、説明を始める。
「リィン・シュバルツァー。お前にはここにある特別な《騎神》に乗ってもらいたい」
「特別な騎神……?」
ユーシスの言葉にリィンは上を見上げ、並んで立つ《金》と《紅》に向ける。
「その二機ではない。お前に乗ってもらいたい《騎神》はそこにある」
そう言ってユーシスが指し示したのは《金》と《紅》が立つ間の先にある小屋。
リィンは首を傾げてよく観察すれば、小屋ではない事にすぐに気付いた。
「コンクリートの塊?」
騎神達を上回る大きさのコンクリートの塊。
壁面には足場が組まれて、上の方には禍々しい赤色の宝玉が壁から突き出ている。
「これが《騎神》?」
「正確にはコンクリートで周辺を固めて中に封じた《騎神》だ……
《騎神》を鎖で地面に磔にしてその上にコンクリートで固めている。更にはリベールで開発された《導力吸収器》がいくつか埋め込まれていて、そうしてようやく移動できた危険な《騎神》だ」
「危険……?」
「ああ、これ一機でヘイムダルはおろかエレボニア帝国全土を滅ぼす力を持つ……それ程のものだ」
「ヘイムダルどころか、エレボニア帝国までも?」
先程、クロウと話していた列車砲など霞む兵器の存在にリィンは現実感を追い付かず、呆然とそれを見上げる。
「いったい誰がそんな危険なものを造ったんですか?」
「ぎくっ」
リィンの独り言の呟きに反応は背後からあった。
「キーア?」
「ち、ちがうよ……たしかにこの“器”を造ったのはキーアだけど、これはもうキーアが知っているものじゃないから」
必死の弁明でキーアは自分の無罪を主張する。
「元々は《結社》という犯罪組織がクロスベルに売りつけた機械人形の一種だったものだ……
お前もここにはかつて帝国でも最大規模の軍事要塞があったことを知っているだろう?」
「ええ……」
ユーシスの言葉にリィンは頷いて周囲を見渡す。
広大な演習場。背後を振り返れば見上げる程のコンクリートの壁が建造されている。
かつてにはカルバード共和国に備えた守りの砦がそこには存在していたが、独立戦争を仕掛けて来たクロスベルの兵器によりガレリア要塞は消滅した。
破壊ではなく消滅。
この広い演習場の大部分がかつての山脈跡だったと聞いた時には耳を疑った。
それを行った《騎神》が目の前のコンクリートの中に封印されている事にリィンは唾を飲む。
「どうして俺が乗らなくてはいけないんですか?
そんな兵器の封印を解いて貴方達は何を考えているんですか?」
リィンは感じた疑問をそのまま口にする。
「リィン、この“器”はもうキーアのものじゃないの……少しだけ乗れるけど、この子の本気を使ったらキーアはきっと“力”に喰い尽くされちゃうよ」
「キーア……」
「お前は封印と言ったが、こんなものはこの《騎神》にないと同じだ……
キーアが言った“力”が解放されれば、この程度の拘束など秒も持たずに消滅するだろう」
「それはいくらなんでも……」
冗談が過ぎると言いかけたリィンは口を噤む。
ユーシスの、ルーファスのそしてキーアの目は決して冗談では済まない真剣さがあった。
「お前は《騎神》の封印を解く理由を尋ねたが、俺達にはこの封印を解きその“力”を利用することが目的はない」
「だったら何故……?」
「これは俺達、帝国の意思ではなく西ゼムリア大陸各国の都合だ」
「西ゼムリア大陸の総意?」
「共和国はクロスベルの独立騒動によって起こった賠償にこの《騎神》の引き渡しを要求している……
アルテリア法国はこれを最も新しい“アーティファクト”と認定して本国で封印処理すると主張している……
レマン自治州は大き過ぎる“力”は争いの元となると主張して、この《騎神》の解体を望んでいる」
「何だ……それは……」
ユーシスの淡々とした説明にリィンは憤りを感じて拳を握りしめる。
「それじゃあ、まるで…………くっ」
「通商会議にはこの《騎神》の扱いについても話し合う事になるだろう……
その時、帝国が有利になる交渉を行うためにもこの《騎神》を扱える者がいると証明しておかなければならない……
そして帝国の中で一番可能性があるのは《白の機神》の起動に成功した……リィン・シュバルツァー。お前だけだ」
「…………意味が分からない……だけど……やれば良いんだろ」
「…………すまない」
リィンの承諾にユーシスは道を開ける。
コンクリートの塊の周囲には鉄筋の足場が組まれており、階段でその中腹、《騎神》の胸辺りの高さまで登れるようになっている。
一歩ずつその階段をリィンが昇っている内に視点が高くなり、自然と演習場に展開されている部隊が広がっているのが見て取れるようになる。
「ああ、そうか……」
基地の物々しい雰囲気の原因をリィンは察する。
この《騎神》の起動実験の成否次第では自分を取り囲んだ軍隊が一斉に攻撃を開始する手筈になっているのだろう。
軍隊の向こうには《第Ⅱ》の機甲兵たちと《蒼》がいるのが見える。
そしてそれを指揮するように《紅》と《金》の巨人が一番前に陣取っている。
その光景はまるで――
「《紅》と《金》……《緋》と《黄金》……灼獣と一角獣……っ……」
頭に過った光景をリィンは頭を振って追い出し、コンクリートの塊から突き出た宝珠に向き直る。
「お前達にどんな思惑があっても構うものか……俺は俺の役割を全うするだけだ」
むしろリィンは前向きにこの状況を僥倖だと考える。
目の前の封じられた《騎神》は導であり、未だに席を持たない自分が“相克”に介入するための可能性。
「俺を受け入れろ――《零の騎神》“ゾア・ギルスティン”」
次の瞬間、宝珠が光ると同じ色の光がリィンを包み込む。
そしてリィンは吸収されるようにその中へと光の粒子になってその場から消えた。
*
「…………ここ……は…………」
気付けばリィンは水の上に立っていた。
見上げれば蒼穹の空が広がっており、見渡す限りの水平線が広がっている。
そして目の前には見慣れたユミルの“結晶の大樹”があった。
「どうしてこの“樹”が? そもそもここは……」
少しでも情報を得ようと周囲を見渡して、リィンは空を見上げる。
「…………きれいだな」
ふと気付けばそんな事が口から漏れていた。
そして先程まで感じていたはずの憤りの焔が鎮まって行くのを感じる。
「……そうだ……俺は《零の騎神》に“ゾア・ギルスティン”に乗って――」
気持ちを改めたところでリィンは気付く。
遠目に見える“結晶の大樹”の根元に一人の青年が蹲る様に太刀を抱えて座っているのに。
「■■■ッ!」
叫んだ言葉にノイズが走る。
それに気付かずリィンは立っていた水面を蹴って走り出していた。
「やっと見つけた……やっぱりいたんだ……ここに■■■」
感激に涙ぐむがどれだけ走っても水平線に彼方にある“大樹”に近付く気配はない。
「くっ――え……?」
不意に走っていたリィンは肩を掴まれた。
自分と彼しか存在しないと思っていたこの空間に他の誰がいるのかと、肩を引かれるがまま振り返りリィンが見た者は――
「MISHISHI」
「――――えっ……?」
猫の様な見慣れた着ぐるみがそこにいた。
「MISHISHI」
ただしいつもと違い、その体は金色で肌は金属的な光沢を誇っている。
「…………え……?」
「MISHISHIッ!」
呆然と立ち尽くすリィンに“それ”は右腕を溜めるように引き――解き放たれた。
「がはっ!?」
リィンは蒼穹の空に舞い、立っていたはずの水面に落ちた。
「――――はっ!?」
気付けばリィンは《機神》よりも広い《騎神》の中にいた。
「…………ここは……今のはいったい……」
直前に見た白昼夢にリィンは困惑する。
暗いコックピットの中、リィンは白昼夢を反芻し――ドクンと胸が一際大きく鼓動したと思った瞬間、操縦パネルに乗せた手から“力”が吸い取られて行くのをリィンは感じた。
「くっ……これは……」
吸収される力のあまりの多さにリィンの意識は急激に遠のいて行く。
そして、そのまま諍うことなくリィンは《零の騎神》に力を奪われて――排出されるのだった。
『MISHISHI』
聞こえた幻聴がお前には百年早いと言われた気がして、リィンは気を失った。
予告、クロスベル編にはオリビエ・B・アレイスターは出て来ません。