閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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29話 クロスベル州Ⅲ

 

 

「意味が分からない」

 

 デアフリンガー号の食堂でリィンはミュゼから聞いたユウナの事情の予測に顔をしかめた。

 その反応にミュゼはおやっと首を傾げた。

 リィンにしては随分と子供っぽい反応。

 

「あくまでも予測ですから……」

 

 そう言ってミュゼはリィンの憤りを宥める。

 口では予測と言いつつも、だいぶ的を射ているという確信はミュゼにはあった。

 

「不戦条約を壊したクロスベルへの失望、クロスベルの上で戦争を始めた帝国と共和国への憎悪……

 助けに現れてくれなかった“ヒーロー”。憎むべき帝国人に救われた感謝……

 そして帝国人に施されて、絆されることを故郷や憧れの先輩達への裏切りと思ってしまう後ろめたさ」

 

「はあ、めんどくせえ奴だな」

 

 そこにはいないユウナの心情を暴き立てるミュゼの推測にアッシュはうんざりと言った様子で吐き捨てる。

 そんなアッシュを咎めるようにクルトが睨む。

 

「アッシュ……」

 

「事実だろ。あの女の憤りも葛藤も知るかよ。この世で一番私が不幸だから大目に見ろって言うのか? てめえらも甘やかしてんじゃねえよ」

 

「それは……」

 

 アッシュの指摘にクルトは口ごもる。

 クルトにとってはユウナがああなる前からの知り合いだっただけに、戦場で経験した傷に触れないように気遣ってきた。

 

「…………ルーファス総督がクロスベルにしていることはそんなに悪い事なのか?」

 

 リィンの質問が食堂に静かに響く。

 

「帝国はクロスベルにとって侵略者だから、何を施しても唾棄されて罵って良いって言うのか?

 クロスベルは帝国に住む所を焼かれて、家族を殺されて、全てを奪われていた方が良かった……そんな風に扱われる方が良かったって言うのか!?」

 

「リィン……」

 

 まるでだだを捏ねるようなリィンの問い掛けにミュゼとクルトは黙り込む。

 

「そんなのあまりにもルーファス総督が報われないだろ」

 

「いや、別にあのいけ好かねえ貴族様はそんなに聖人君子じゃないだろ」

 

 リィンの同情をアッシュはバッサリと一刀両断する。

 

「……あれはそういう不満も全部まとめてコントロールしてる腹黒だぜ。ユウナの葛藤も分かっていて放置しているクズだな」

 

「アッシュ……君はどっちの味方なんだ?」

 

 その暴論にクルトは注意するのを忘れて呆れる。

 

「ですが、まあ……クロスベルに陰口を囁かれて落ち込むような人ではないと言うのは確かですね」

 

 ミュゼはアッシュの考えるルーファスを肯定して、続ける。

 

「むしろ帝国政府がクロスベルを痛めつけるつもりならルーファス総督ではなく、私の叔父でも総督に任命すればそれはもう酷い惨状になっていたでしょう」

 

 にこやかな笑顔で物騒な事を宣うミュゼに一同はドン引きする。

 

「あら?」

 

「ミュゼの親族って……ミュゼはもしかして名のある貴族なのか?」

 

 暗黙の了解になっているが、《第Ⅱ》の帝国人は互いの身分について言及する話題は無意識に避けられていた。

 今更、それも捨石とまで呼ばれている底辺で貴族だ平民だという垣根などに拘れないという風潮からだとリィンは考え、みんなに倣って出身の話についてはあまり話題に出すようにしなかった。

 もちろんユウナの様な例外はいたが。

 

「あらあら気になりますかリィンさんでしたら――」

 

 そう言ってリィンににじり寄ったミュゼは――

 

『ご覧ください! 今、クロスベル駅にアイゼン・グラーフ号が到着しました』

 

 ミュゼの言葉を遮って点けっぱなしの導力モニターが生放送でヘイムダルから到着した首脳陣の到着を知らせる。

 

『まずは御存じRFグループのアリサ・ラインフォルト会長です』

 

 列車から降りて来る帝国の重鎮を次々にアナウンサーが次々に紹介されていき……

 

「ミュゼ……?」

 

 笑顔を浮かべたまま、ミュゼは冷や汗を掻き、まるで油の切れた人形のような動きで導力モニターを振り返る。

 《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンが紹介され、オリヴァルト皇子とアルフィン皇女が続いて紹介されていく。

 

『いやーお付きの娘さんも可憐だ……!』

 

 帝国皇女に続いて列車を降りた黒髪の女性を一度アップで映される。

 

「エリゼ姉さん……」

 

 それはリィンにとって義理の姉になるエリゼ・シュバルツァーに他ならない。

 エリゼは画面の向こうで導力カメラに向かい――スッと一瞬冷え切った視線で一瞥をしてからにこやかに笑ってみせた。

 

「ひっ……」

 

「ミュゼ?」

 

 親しい人にしか分からないような本当に一瞬の視線。

 リィンは何故エリゼがそんな目をカメラに向けたか分からず首を傾げるが、ミュゼはその隣で竦み上がっていた。

 

「い、今エリゼ先輩ががが、わたくしをにににらみましたよね!?」

 

「ははは、何を言っているんだいミュゼ。エリゼ姉さんがそんなことするはずないじゃないか。だいだい映像ごしに見て来るなんてありえないよ」

 

「でもでも……」

 

 頭を抱えて怖がるミュゼに普段の蠱惑的な余裕は吹き飛んでいた。

 取り乱したミュゼの姿にこれ幸いとアッシュが茶化し始める。

 

「はは……」

 

 その光景にリィンは先程までの重い話から肩の力を抜いて笑みをこぼす。

 

『続いてこちらクロスベル空港です……こちらには今リベール王国から《白き翼》アルセイユが到着しました』

 

 ふとリィンは仲間達から切り替わった導力モニターに振り返る。

 そこには人の騎士然とした紫の礼服を着こなした女性が白亜の飛行艇から降りて来るところだった。

 続いて降りて来る護衛官のユリア・シュバルツの名前に親近感を覚え――次の瞬間、リィンは息を呑んだ。

 

「……っ」

 

 学生服を着た妖し気な笑みを浮かべたスミレ色の髪の少女。

 リィンはその少女と映像越しに目が合ったのを感じた。

 

『ふふ……』

 

 まるで魔眼に睨まれたように体は金縛りにされ、耳には囁かれる幻聴が響く。

 映像越しに感じる異質な存在感にリィンは息をするのを忘れて見入り。

 

「おい、リィンのやつ……」

 

「ああ、一瞬映ったスミレ色の髪の女の子に釘付けになっていたな。やはり……」

 

「違うからなっ!」

 

 コソコソと話すアッシュとクルトにリィンが叫ぶと感じていた金縛りは錯覚だったのではないかと思う程、簡単に振り返っていた。

 

「いや、でもなあ」

 

「…………そう言えばあの子は何処かで……」

 

「だからそう言うのじゃ――」

 

「シュバルツァーいるか?」

 

 アッシュとクルトに言い訳をしようとした言葉は突然入って来たミハイルに遮られる。

 

「はい、何ですか?」

 

「今のニュースは見ていたな?」

 

「はい……」

 

 ミハイルの確認にリィンは頷く。ならば話は早いとミハイルは告げる。

 

「先程、アリサ・ラインフォルトから《Ⅶ組》にRFクロスベル支社に来るようにと連絡が入った。今から向かってもらいたい」

 

「今からですか?」

 

「ああ……」

 

 リィンの聞き返した言葉にミハイルは頭痛を押さえるように顔をしかめて頷いた。

 

「カーバイドとイーグレット用の霊子融合システム搭載型、機甲兵――《神機》を二機。ロールアウトして持って来たそうだ……くっ……この情勢の中、何を考えているんだ」

 

 ミハイルは生徒達の前だと言う事を忘れて悪態を吐く。

 各国首脳陣の到着がニュースで報道されている事からも分かる通り、現在のクロスベルにはそれぞれの国の諜報員たちが入り乱れている。

 前回の通商会議ではテロリストの襲撃があった事から一時的にとはいえ帝国と共和国が軍を出し合って警備をしている。

 そこに持ち込まれる兵器に関しても厳しく取り締まられており、それは重鎮の一人として招かれたアリサも例外ではない。

 

「…………分かりました。すぐに向かいます」

 

 リィンはミハイルからの愚痴が始まる前に、その“緊急要請”を承諾した。

 食堂にいた三人は素早く身支度を整え、それぞれ別行動をしていた者達を呼び、演習場を出発した。

 

 

 

 

「見て見てお母さん! レンお姉ちゃんが手を振ってくれたよ!」

 

「ええ、そうね……」

 

 クロスベル空港の一角。

 停泊するリベールの《白い翼》が一望できるその場所は、訪れたクローディア殿下を一目見ようと多くの人が集まっていた。

 運良く、最前列で《白き翼》の到着を――そこから現れた王太女の付き人らしいスミレ色の髪の少女を見ることができてソフィア・ヘイワースは思わず涙ぐむ。

 

「あの人にも見せたかったわ……」

 

 《D∴G教団》事件で知り合った女の子。

 一年ですっかり大人びた成長をした少女にソフィアが胸が詰まる思いを感じずにはいられなかった。

 息子のコリンはレンが手を振ってくれたとはしゃぐ。

 それは偶然そう感じただけだろう。

 こちらからはレンを認識できても、自分たちは人の海の中にいる。

 そんな中から彼女が自分達を見つけ出せるわけはない。

 そう思いながらも、レンが自分達の方を向いてくれている事にソフィアは嬉しく思い、夫から写真を撮る事を頼まれていた事を思い出す。

 

「えっと……」

 

「失礼――」

 

 手提げバックから導力カメラを取り出そうとしたソフィアに背後から声が掛けられる。

 

「はい、何でしょうか?」

 

 振り返り、呼び掛けてきた男性の顔を見てソフィアは見覚えがある顔に目を見開く。

 

「貴方は……」

 

「不躾であると重々承知している……ソフィア・ヘイワース。コリン・ヘイワース。一緒に来てもらう」

 

 その言葉を最後まで聞くことはできず、ソフィアの意識は一瞬で闇に落ちた。

 

 その日、夜遅くに自宅に帰ったハロルド・ヘイワースは妻と息子が家に帰っていないとクロスベル軍警察に駆け込む事となる。

 

 

 

 

 

「忙しそうですねアリサさん」

 

 RFクロスベル支社。

 会長執務室に案内されたリィンが最初に目にしたのは一心不乱に導力端末に何かを入力しながら、耳元に添えられた通信端末と会話をするアリサの姿だった。

 リィン達が来たことを認識したアリサは作業を中断して大きく伸びをする。

 

「良く来てくれたわね《Ⅶ組》のみんな」

 

「それは良いんですけど、パレードに参加しなくて良かったんですか?」

 

「ええ、今日はどうせ前夜祭でこのまま市街をパレードして遊覧船で宿泊先のミシュラムに行くだけだもの、夕方までに合流すれば良いのよ」

 

「アリサ……お前、母親にそっくりになったな」

 

「あら、ありがとう」

 

 西ゼムリアの注目が集まる会合の中に置いても、仕事をこなすアリサにクロウが呆れるが、それにアリサは余裕の態度で礼を返す。

 

「早速で悪いけど、地下の実験場に移動するわよ」

 

 時間が一秒も惜しいと言わんばかりにアリサはリィン達が降りて来た直後のエレベーターに乗って、地下へ向かう。

 

「クロウは向こうに更衣室があるからこれに着替えてきなさい」

 

「お、おう」

 

「リィン達はこっちね」

 

 一方的に指示を出してアリサはてきぱきと周囲を歩く者達に指示を出しながら演習場へと進んでいく。

 

「凄いな。学院ではもっと落ち着いた人に見えていたけど」

 

 仕事場にいるアリサの姿にリィンは感心する。

 

「前会長、イリーナ・ラインフォルトも同じような女傑だったようですよ」

 

 そんなリィンにアルティナは補足情報を付け加える。

 

「なるほど血筋なのか」

 

 そんな会話をしながら辿り着いた地下演習場には長大なコンテナが一つ。

 

「アリサさん、《神機》の受け取りという話でしたよね」

 

 長方形のコンテナは平たく、とても《神機》が入っているようには見えない。

 

「ええ、そうよ」

 

「それじゃあこれは……?」

 

「ティータの荷物よ。ついでに持って行って。そしてこれが本題よ」

 

 自信満々に頷いたアリサは徐に二つのカードを取り出した。

 

「それは?」

 

「カーバイド君とイーグレットさん、受け取って」

 

 説明を省いてアリサは色違いのカードを二人に手渡した。

 

「これは導力魔法で構築した《匣》よ。向こうに投げて“ミラージュ・シェイド解除”って言ってみなさい」

 

「はあ……」

 

「まあ、いいスっけどね」

 

 ミュゼとアッシュは釈然としない様子で言われた通り、カードを投げる。

 

「「ミラージュ・シェイド解除」」

 

 二人の声が唱和して演習場に響くと、カードとして固定していた空間が解放されて中に封じられていた二つの《神機》が音を立てて着地した。

 

「なっ!?」

 

「うそっ!?」

 

 突然現れた二つの《神機》にクルトとユウナが驚きの声を上げる。

 

「うん、問題ないわね」

 

 その結果にアリサは満足そうに頷く。

 

「アリサさん、今のは?」

 

「《機神》に搭載されている《匣》の技術ですね? それに《クラウ=ソラス》と同じ“ノワールシェイド”も」

 

 思わず尋ねたリィンの言葉にアリサが答える前にアルティナが考察を述べる。

 

「ええ、そうよ……《神機》を手軽に運搬して持ち運ぶための物資格納導力魔法とでも呼べば良いかしら?」

 

「これは凄い発明なんじゃないですか?」

 

「そうでもないわよ。そりゃあ表の世界には普及していないけど、《結社》とかでは普通に使われている技術だし、アルティナの《クラウ=ソラス》も使えるでしょ?」

 

「ええ、まあ……」

 

 アリサの指摘にアルティナは興味なさそうに頷く。

 

「おいっ! アリサ、何だこれは!?

 

 そして突然クロウの叫び声が演習場に響き渡る。

 何事から振り返ればそこには《第Ⅱ》の制服を脱ぎ、足の先から手の指の先までぴっちりと肌に張り付いたスーツ姿のクロウがいた。

 鍛えられ、割れた腹筋が判別できる薄手のスーツ――一言で説明するならば《蒼のジークフリート(コートなし)》に流石のクロウも羞恥心を感じるのか、演習場の入り口から近付いて来ようとしない。

 そんなクロウをアリサは親指で指して告げる。

 

「あれがリィンから預かった強化スーツよ」

 

「え……あれを俺も着るんですか?」

 

「キーアちゃんとアルティナ以外の全員分、用意しているわよ」

 

「え……?」

 

 アリサの言葉にリィン以外の者達も固まった。

 

 

 






 ミラージュ・シェイド。
 結社とか敵が良く使っているアレ。
 閃Ⅲの最後でシレっと何故かアリサもオーバルギアで使った謎技術。
 (星杯では結界的に閉じた空間だったので何処からかの転送ではなく、アリサが持っていた何かを展開したものなのかな?
  アルティナの《ノワールシェイド》も光学迷彩で見えなくしているわけではないので、位相空間に格納しているとは思うけど)

 ここではトマスの《匣》と戦術殻の技術を導力魔法でアリサが再現して技術として落とし込みました。
 《霊子融合システム》を《神機》に適応して《匣》に格納しているので通常の機甲兵には適応できない技術になります。

 閃Ⅳで当たり前の様にアルティナが使ってるけど、閃Ⅲから使っていれば良かったのではないかと思ったものです。




 新Ⅶ組強化案。
 全員がアルカディスギアを装備。
 男子はジークフリートスーツ。女子はアルカディスギアのスーツ。

 魔導杖の導力魔法を励起状態でいつでも撃てる状態にしてキープする技術を補助魔法に適用して近接戦闘を可能にした強化スーツ。
 攻撃の瞬間にフォルテを発動したり、防御の瞬間にアースガードを反射で展開できる。
 導力は格納した《神機》から供給されており、シズナが持って来た強化スーツの燃費問題を解決しています。
 多少の減衰はありますが、人間のサイズで《機甲兵》のパワーを繰り出すようなものですね。

 なおアルティナは当然のことながらこの強化に当てはまりません。

ユウナ
「アリサさんっ! 凄いスーツなのは分かるんですけど、これじゃあ水着じゃないですか!? こんな不埒な格好で戦えって言うんですか!?」

ミュゼ
「ええ、ユウナさんの言う通り、プールやお風呂でなら気にしないですけど。こんなハレンチな格好は流石に……」

アリサ
「ごめんなさい。何分一週間の突貫作業で造ったから、導力フィールドを身体の周囲に張る場合、通常の布は干渉してしまうの……
 来月には何とか修正するから、今回の実習は我慢して……それに必ずしも使う機会があるとは限らないし」

 ………………
 …………
 ……


アルティナ
「私の格好は不埒でもハレンチでもありません」

キーア
「ほっ……良かった。キーアは《本校》の生徒で」
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