閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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33話 クロスベルⅦ

 

 

 

「やあ、良い夜だね」

 

 それは静かな邂逅から始まった。

 その二人が何故そこにいるのか問うのは無意味だとリィンは知っている。

 

「何故、貴方達はここにいる?」

 

 リィンはいつでも通信を繋げるぞと言わんばかりに《ARCUS》を見せながら問う。

 もっとも《ARCUS》の通信はクロウのそれと繋がっている。

 この会話を聞いたクロウはすぐに教官たちに取り次いで援軍を送ってくれるだろう。

 それまでリィンは極力刺激しないように会話を続ける。

 

「はは、邪険にしないでよ。ちょっとした散歩と世間話をしに来ただけさ」

 

 胡散臭い少年は警戒心を露わにするリィンに対して馴れ馴れしく笑いかける。

 

「うふふ……それにしても君たちが一緒に来るなんてね……

 リベールの学園の制服だっけ? 随分似合っているじゃないかレン」

 

「あら、ありがとうカンパネルラ」

 

 緑髪の少年、カンパネルラからの賛辞にレンは

 

「用が済んだのなら帰ってもらえるかしら、まだお茶会の途中なの……

 それとも貴方達もせっかくだからお茶会をする? ふふ、あの鉄仮面のおじさんとタヌキのおじさんがどんな顔をするかしら?」

 

「それはそれで面白そうだね」

 

 レンの提案にカンパネルラは笑う。

 

「ま、俺はそれでも良いんだがな」

 

 階下の晩餐会の質を考えれば上等な食事と酒がある。そんな事を考えながらもう一人の男がめんどくさそうに口を開く。

 

「久しぶりだな。レン……それに……あえて“リィン”と呼ばせてもらうぜ」

 

「っ……」

 

 男――マクバーンの言葉にリィンは息を呑む。

 レンと同じようにこちらの事情を察している素振り。

 もっともマクバーンとカンパネルラに関しては《理》の外にいる者。本物の存在と区別できることはおかしいことではない。

 

「っ……それで通商会議を妨害しに来たのか?」

 

「おいおい、人をテロリストみたいに言うなよ」

 

「似たようなものだろ」

 

「違いない」

 

 リィンの指摘に心外だとマクバーンが肩を竦める一方でカンパネルラは素直に認める。

 

「これでも聖女よりは弁えているつもりだぜ。今日来た目的もお前さんに一言言っておきたいと思ったからだしな」

 

「言っておきたい事?」

 

 太刀を今にも抜かんとしているリィンに対してマクバーンは戦意を向けずに続ける。

 

「“リィン”、お前はこの戦いから降りろ」

 

「…………え?」

 

「《結社》には今後俺が《第Ⅱ》を巻き込むなとは言っておいてやる……ま、どこまで効果があるか分からないがな」

 

「特にアリアンロードの説得は骨が折れそうだよね」

 

 二人揃ってげんなりする執行者の言葉の意図が分からずリィンは困惑する。

 

「いったい何を言っているんだ?」

 

「君の存在をこのまま“幻焔計画”に置いたままで良いか、我らが盟主が悩んでいるんだよ」

 

「後はまあ……あいつへの義理立てだな……

 せっかく手に入れた“人間”としての生活だ。戦いなんて忘れて“青春”を過ごす事をあいつも望んでいるんじゃないか?」

 

「それは……」

 

 マクバーンの指摘にリィンは思わず目を逸らした。

 

「確かに彼なら言いそうね」

 

 答えに詰まるリィンに代わってレンが同意する。

 

「はっきり言ってやるよ。お前に“リィン・シュバルツァー”の真似事は無理だ」

 

「そんな事は――」

 

「《至宝》の力をおっかなびっくりで使って、虚勢を張ってるようにしか見えねえんだよ」

 

「…………虚勢かどうか、試してみるか?」

 

 リィンはマクバーンの言葉を挑発と受け取り、太刀を抜く。

 更にリィンは胸に手を当て呟く。

 

「――神気解放――」

 

「……へえ……」

 

 《鬼の力》と同じ変化と、それとは違う黄金の《神気》を纏うリィンの姿にマクバーンは目を細める。

 圧倒的な力を持つ《七の至宝》の内の三つの力。

 それぞれが出力を限定されているが、それを差し引いてもマクバーンに面白そうだと思わせるだけの“力”がそこにはあった。

 

「カンパネルラ、レン……邪魔するなよ」

 

 そう言ってマクバーンは眼鏡を外し、《火焔魔人》となる。

 

「っ……」

 

 夜の冷えた空気は一瞬で焼け付く熱風に変わる。

 

「お前が《黄昏》に挑むならまずはこれを超えてみるんだな」

 

 マクバーンは虚空に手を突っ込むと、《魔剣アングバール》を抜き放つ。

 

「っ――」

 

 リィンは息を呑み、太刀を陽に構える。

 

「はっ――」

 

 マクバーンは笑みを浮かべて魔剣を片手に振り被る。

 床を蹴るのは同時。

 二人はオルキスタワーの中央で激突した。

 

 

 

 

 ズンッとオルキスタワーが静かに揺れた。

 

「何だ、どうした?」

 

 ミハイルの言葉にトワが一早く端末に取り付いて、情報を精査する。

 

「――屋上で何かあったみたいです!」

 

 そう言いながらトワはタワー屋上の監視カメラの映像を大型導力モニターに映す。

 そこには赤黒い焔を纏う魔人と金の光を纏う白髪のリィンが戦っていた。

 

「なっ!? シュバルツァーいつの間に!?」

 

 侵入者を誰よりも早く察知して撃退に向かったことを褒めるべきか、それとも報告も上げずに独断行動をした事を咎めるべきかとミハイルが悩んだところで、絶句した。

 

「何だ、この戦いは……?」

 

 紅蓮の焔が踊り、金の斬撃が夜闇を彩る。

 リィンは消えたかと思えば、一瞬で魔人との間合いを詰めて斬撃を浴びせ、魔人の剣の一振りは焔の津波を作り出す。

 焔の津波にリィンが飲み込まれると思えば、彼の太刀の一振りが津波を左右に裂く。

 

『ハハッ! やるじゃねえか! もう少しアゲるぞっ!』

 

 画面の向こうでは愉しそうに笑う魔人の声が聞こえて来る。

 そして唐突にミハイルが持つ通信端末が鳴った。

 

「ルーファス総督……現在、《結社》の執行者がオルキスタワーに侵入され、《Ⅶ組》のシュバルツァーが屋上で迎撃しています……

 はい、至急警備部隊の本隊を……」

 

 言いかけて目の前の戦いに介入する自分の姿をミハイルは思い浮かべてしまう。

 結果、優秀なミハイルは近付く事すらできずに消し炭にされる自分を想像してしまう。

 

「くっ……対導力魔法装備をありったけ用意して――え……何ですか? 屋上の映像をホールに回せ?」

 

 それでもと自分を奮い立たせようとしたミハイルはルーファスからの指示に困惑した。

 

「来賓の方には今すぐ避難を……くっ、分かりました。ハーシェル、映像をホールに回せ」

 

「は、はいっ!」

 

 何故そんな事を、と思いながらトワは素直に指示通り屋上の映像を晩餐会のホールのモニターに繋ぐ。

 

「Ⅶ組、Ⅷ組、Ⅸ組、整列しろ!」

 

 その間にランディの号令が飛ぶ。

 

「装備を確認次第、35階のホールに向かう! まずはお偉いさんの安全の確保を優先しろ!」

 

 ランディの指示に映像に見入っていた者達はようやく動き出す。

 しかし、その動きは遅い。

 

 ――あの戦いに自分達が入り込むのか?――

 

 一度《結社》に襲撃されて生き残った事でついた自信はあれど、今頭上で繰り広げられている戦いは全く次元が違う。

 

「くっ……」

 

 その恐怖をランディは咎める事はできなかった。

 

「って……Ⅶ組は何処に行った?」

 

 しかし動きが遅い、Ⅷ組とⅨ組に対してⅦ組はその場にはいなかった。

 

 

 

 

「おらよっ! ジリオンハザードッ!」

 

 迫り来る濃縮された火球にリィンは太刀を正眼に構える。

 纏っていた金の光は太刀へと集束し、リィンはその火球に真っ向から斬りかかる。

 

「鏡火水月の――ぐうっ!?」

 

 斬り払うつもりの剣圧は力負けしてリィンは火球に押し込まれ――目の前で爆ぜる。

 

「がっ!?」

 

 爆発を至近で受けたリィンは吹き飛ばされ安全用の柵に背中を運良くぶつける。

 

「がはっ……ど、どうして……?」

 

 マクバーンのような放出型の相手には相手の技を吸収して返す《鏡火水月の太刀》が最も効果的なはず。

 それなのにリィンの太刀はジリオンハザードを受け止める事はできなかった。

 

「どうしてだと? そんなのは簡単だ。それはお前が“超帝国人”じゃないからだ」

 

「っ……」

 

 マクバーンの言葉にリィンは言葉に詰まる。

 自分はリィン・シュバルツァーを再現しているはずなのに、何が足りないのか分からずリィンは歯噛みする。

 

「だがまあ、そう言う事だ……大人しく学院生活を楽しんでいろよ」

 

 先程とは比べ物にならない小さな威力にした火球をマクバーンはリィンに無造作に投げる。

 

「くっ……」

 

 まだ体の痺れが取れないリィンは歯噛みしてそれを睨みつけ――

 

「リィンッ!」

 

 リィンの眼前に立ち、臆さず細剣で火球に斬りかかる。

 

「エリゼ姉さんっ!?」

 

「――きゃあっ!」

 

 火球は爆ぜ、エリゼはリィンと柵を飛び越えてオルキスタワーの外へと投げ出された。

 

「おいおい――」

 

「あちゃー、ギルバート君に連れて来るように頼んでいたエリゼ・シュバルツァーが巻き込まれちゃったね」

 

 予想外だと驚くマクバーンに対して、わざとらしいカンパネルラの声がその場に響く。

 

「くっ――姉さんっ!」

 

「待ちなさいリィンッ!」

 

 秒も躊躇わず、まともに動けなかったにも関わらずリィンは柵を飛び越えて落ちたエリゼを追ってオルキスタワーから身を投げ出した。

 

「っ――」

 

 地上250アージュの高さから広がるクロスベルの夜景が一面にリィンの前に広がる。

 滅多にお目に掛かれない美しい光景だが、今のリィンにとっては意識を向けるものではない。

 夜闇の中、先に落ちているエリゼの姿を探し――見つける。

 

「姉さんっ!」

 

 呼び声に反応はない。

 リィンは必死に手を伸ばし、弛緩したエリゼの手を掴むと引き寄せて抱き締める。

 

「っ――」

 

 後は空からどうやって脱出するか。

 その方法をリィンは一つだけ知っている。

 

「来い――」

 

 《機神》にはその機能はない。

 しかし《騎神》ならばこの絶望的な落下でも助かる術を持っている。

 だからこそ、リィンはなりふり構わず叫ぶ――

 

「来いっ! ――――」

 

 

 

 

「――っ、カンパネルラ。あなたっ!」

 

「そう怒らないでよ、レン……マクバーンも」

 

 レンとマクバーンに睨まれカンパネルラは肩を竦める。

 

「その気になれば彼女たちは《黒》を除いた《騎神》の席を強引に奪うことくらいはできるはずなんだよ……

 それをしないで《黄昏》に挑もうなんてめんどくさい事をしているんだから、これくらいの荒療治はむしろリィンのためだと思わない?」

 

「そうだとしてもやり方というものがあるでしょ!」

 

 カンパネルラの態度にレンは憤り、《ARCUS》を素早く取り出す。

 果たして間に合うか。

 そう思ったところでリィンが飛び降りた場所から何かが空へと飛び出した。

 

「ほら、来た」

 

 信じて疑っていなかったカンパネルラは振り返り、月をバックにリィンとエリゼを脇に抱えて降りて来るその存在を見て――固まった。

 

「あん?」

 

「あれは……」

 

 ゴゴゴゴっと足から炎を噴射しながらオルキスタワーの屋上に着地したのは決して《騎神》などではない。

 

「MISHISI……危なかったネ☆」

 

 無事に着地した《彼》は得も言えぬ表情で固まっているリィンを下ろし、続いて気を失っているエリゼをリィンに預けるように渡す。

 

「リィンさんっ!」

 

 そこにアルティナ達が屋上へと駆け込んで来る。

 

「無事かリィン……って!?」

 

「おいおい、何でそいつがここにいやがる?」

 

 クルトとアッシュはリィンの前に立つ《彼》に目を疑う。

 

「ふ……愚問だよ。エ――クロスベルの危機があるところにはオレはいつでも、どこにでも駆け付けるヨ☆」

 

 夜にも栄える金色の鋼の体。

 丸くて巨大な猫の頭。

 ミシュラム・ワンダー・ランドのマスコット、みっしぃを模した存在。

 

「…………」

 

 あまりの場違いな存在に、流石のカンパネルラも思考を止めて立ち尽くす。

 

「エ――んんっ……クロスベルの平和を脅かす《結社》。とりあえず万死を持って償ってもらおうかな」

 

 そう宣言してメカみっしぃは《結社》の二人にその鋼の拳を向けた。

 

 

 

 

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