閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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34話 クロスベルⅧ

 

 

 

「MISHISHI……これ以上の狼藉はこのメカみっしぃが許さないゾ☆」

 

 その言葉と共に向けられた敵意にカンパネルラは困惑していた。

 《結社》の執行者として様々な暗躍をして幾数年。

 様々な悪行を陰から行い、様々な人たちから恨み辛みを向けられて来た。

 時には自分の存在に辿り着く、猛者もいたが彼らの怨嗟をカンパネルラはこれまでずっとへらへらと聞き流し、嘲笑って来た。

 しかし、着ぐるみに責められることは初めての経験だった。

 

「えっと……君は何?」

 

「カンパネルラ様、あれはメカみっしぃです」

 

 それに答えたのは目の前の本人?ではなくボーイの恰好をした結社の強化猟兵のギルバートだった。

 

「第三柱様より、この半年あまり彼女の実験は“アレ”に邪魔をされていたことから排除して欲しいと《執行者》の方達に通達があったと思いますが?」

 

「ああ、あれか……でも、あんなに目立つ存在なら予め言ってくれれば良かったのに」

 

 新参者からの要請に文句はないのだが、あの気の緩い顔の着ぐるみとカンパネルラは戦う気にはなれない。

 

「はあ……彼女たちの“覚醒”も邪魔されちゃったし、ギルバート君に任せちゃおうかな?」

 

 投げ槍にカンパネルラはギルバートに丸投げする。

 

「よ、よろしいのですか!?」

 

「うん、うまくできたら僕から第三柱に君の功績だと言っておいてあげるよ」

 

「ハハハハッ! メカみっしぃ! 僕の出生の礎となりたまえっ!」

 

 ギルバートは隠し持っていた大振りのナイフを取り出すとメカみっしぃに斬りかかる。

 

「…………」

 

 しかしギルバートの攻撃は空を斬った。

 

「あ、あれ……? くっ……焦り過ぎたか」

 

 返す刃でギルバートはナイフをメカみっしぃの眉間に突き立て――刃は折れた。

 

「え――あ……」

 

 メカみっしぃの装甲に負けたナイフに唖然としたギルバートは次の瞬間、メカみっしぃの手に胸倉を掴まれて床に叩きつけられた。

 

「ぐえっ!? うぐ――重い……え……?」

 

 床に仰向けに倒され、メカみっしぃはギルバートの腹の上に乗る。そして拳を振り上げ――

 

「ま、待ってくれ――がふっ!」

 

「MISHISHI」

 

 メカみっしぃはマウントポジションから右の拳でギルバートを殴る。

 

「すまな――ぎゃふっ!」

 

「MISHISHI」

 

 メカみっしぃはマウントポジションから左の拳でギルバートを殴る。

 

「こ――このと――ぐふっ!」

 

「MISHISHI」

 

 メカみっしぃはもう一度右の拳で殴る。

 

「た、たの――げふっ!」

 

「MISHISHI」

 

 メカみっしぃはもう一度左の拳で殴る。

 

「な、仲なお――ごふっ!」

 

「MISHISHI」

 

 メカみっしぃはギルバートを表情一つ変えず殴る。

 

「――――――」

 

「MISHISHI、MISHISHI、MISHISHI」

 

 まさに機械的に、表情一つ変えずにメカみっしぃは左右に殴り――殴り続ける。

 抵抗していたギルバートは次第に大人しくなっていき、殴られる度に痙攣を繰り返すだけになる。

 

「MISHISHI、MISHISHI、MISHISHI」

 

 それでもなおメカみっしぃの拳は止まらない。

 まるで私怨でもあるかのようにギルバートに馬乗りのまま、拳を落とす。

 どこか気の抜けていた《結社》も、強大な敵を前に大見得を切った《Ⅶ組》も状況を忘れて見入ってしまう。

 

 そして、 どれだけの時間を殴り続けていただろうか。

 

「MISHISHI」

 

「――あわびっ!」

 

 一際大きな打撃音とギルバートの悲鳴が上がる。

 メカみっしぃは満足したのかゆっくりと立ち上がり、一同に振り返る。

 

「ひっ」

 

 頬に返り血を付けて振り返るメカみっしぃにミュゼが思わず悲鳴を上げる。

 

「ミュ、ミュゼッ!? 私の背中に隠れないでよ!」

 

「だ、だってユウナさん!」

 

 騒ぐ《Ⅶ組》達を他所にメカみっしぃはマクバーンとカンパネルラの前に進み出る。

 

「MISHISHI、次はお前達の番ダ」

 

「はぁ……」

 

 マクバーンは冷めた目で頭を掻きながら、もう一方の手で指を鳴らした。

 瞬間、メカみっしぃを包み込む巨大な火柱が上がった。

 

「MIーっ!?」

 

 火柱の中から聞こえて来るメカみっしぃの悲鳴にカンパネルラはマクバーンを振り返る。

 

「……それは酷いんじゃない?」

 

「うるせえ、付き合い切れるか」

 

 マクバーンは投げ槍に返す。

 真面目な話をぶち壊しにした苛立ちと、存在そのものに感じる不快さ。

 《結社》の中でも常識人を自負しているマクバーンだが、ああいう存在はさっさと焼却処分するに限ると自己弁護して、指を鳴らして火柱を消す。

 

「MISHISHI、いきなり火炙りなんてひどい男だナ」

 

 そこには何事もなかったかのようにメカみっしぃは立っていた。

 

「……は?」

 

 マクバーンはもう一度火柱でメカみっしぃを焼く。

 

「MISHISHI!」

 

 メカみっしぃは右に左にとステップを踏んで、足元から噴き上がる火柱を難なく避ける。

 

「MISHISHIッ!」

 

 そして火柱の隙間を縫うようにメカみっしぃはマクバーンに向かって突撃する。

 

「ちっ――」

 

 火柱を躱しながら突き進んで来る姿はまさしく風の如く。

 マクバーンは突撃して来るメカみっしぃに向かって至近距離から火球を放つ。

 

「MISHISHIッ!」

 

 拳が打ち込まれ、マクバーンの自慢の焔は霧散した。

 

「――――はっ?」

 

「MISHISHI!」

 

 呆然とするマクバーンの懐にメカみっしぃは深く踏み込む。

 屈むくらいに体を低くし跳び上がり全身を使って天を突く様に、メカみっしぃの拳はマクバーンを捉えた。

 

「…………は?」

 

 仰け反って宙を舞うマクバーンにカンパネルラもまた目を疑う。

 

「ちっ」

 

 マクバーンは空中で身を捩って危なげなく着地すると、メカみっしぃを睨む。

 

「テメエ、どうやって俺の“焔”を防ぎやがった?」

 

 己の“焔”に絶対の自信を持っていたマクバーンにとって、それが例え咄嗟の小さな“焔”だったとしても、手で火の粉を振うように吹き消されないという自負がある。

 誇りを傷付けられたとも言えるマクバーンは苛立ちながらメカみっしぃの答えを待つ。

 

「MISHISHI、この鋼のボディはルーレ大学で開発された耐衝撃性と耐焔性に優れた素材で造られているんダヨ」

 

「は……?」

 

「つまり、オレには“劫炎”は通用しないという事ダ」

 

「…………は……?」

 

「“焔”のない《火焔魔人》なんてただの《魔人》……雨の日の湿気たマッチと同じというわけだ」

 

「……………」

 

 メカみっしぃの自信に満ちた言い分にマクバーンは閉口して立ち尽くす。

 科学の力で焔を無効にしたという答えも予想外だったが、未だかつて自分の事を湿気たマッチなどと扱う存在にマクバーンは出会ったことはない。

 

「ククク……俺が湿気たマッチか……」

 

 故に胸の奥底から湧き上がる感情をマクバーンは初めて実感する。

 そして彼の体から感情に呼応するように“黒き焔”が立ち昇る。

 

「初めてだぜ。俺をここまでコケにした奴は」

 

「マクバーンッ!?」

 

 溢れる焔にカンパネルラは目を剥く。

 “黒き焔”は先程リィンと相対した時にも見せた彼の本気の力。

 しかし、マクバーンは今《火焔魔人》とならずにその“黒き焔”をその身に纏う。

 かつて見物して“彼”が見せてくれたように焔を一点に――必ず燃やすという決意を持って――凝縮させる。

 

「ああ……これが“怒り”に身を任せるって感覚か……」

 

「MI、MISHISHI……」

 

 恍惚とも取れるマクバーンの言葉にメカみっしぃは困惑したように立ち昇る黒焔の火柱を見上げる。

 何もかも焼き尽くす強過ぎる“焔”。

 火力こそ天井知らずに上がっているにも関わらず、彼がいつも懸念している空間が壊れる気配はない。

 

「何でまだ伸びしろがあるんだよ」

 

 愚痴る様に呟いてメカみっしぃは拳を構える。

 

「まあ……あれだ……とりあえず死ね」

 

 静かにキレた声でマクバーンは手に刃となった《黒焔》を握り、メカみっしぃに斬りかかる。

 

「MISHI――」

 

 質量を持たない《焔刃》による踏み込みと斬撃は《魔剣》よりも速く、反応が遅れたメカみっしぃの頬に溶断された傷痕が付く。

 

「はっ! 何だちゃんと燃えるじゃ――ぐっ」

 

 その刃傷に気を良くするマクバーンだが、踏み込んだマクバーンの脇腹にメカみっしぃの拳がめり込んでいた。

 たたらを踏んで一度距離を取るとマクバーンは獰猛な笑みを浮かべる。

 

「いいぜみっしぃ。その名前、覚えたぞ」

 

「MISHISHI、オレはみっしぃではなくメカみっしぃだ」

 

「はっ――どっちも同じだろうがっ!」

 

「MISHISHIッ!」

 

 向き合うマクバーンとメカみっしぃは己を高め合い、気合いを充実させて衝突――

 

「いい加減にしなさいっ!」

 

 ヴィータ・クロチルダが解き放った水流が一人と一体を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

「まったく貴方達はクロスベルを干上がらせるつもりかしら?」

 

 ヒールでメカみっしぃの尻尾を踏み、ずぶぬれになったマクバーンの後頭部をヴィータは杖の石突でぐりぐりと押し込む。

 

「メ、メカみっしぃは悪くない……」

 

「ヴィータ。この水は何だ……?」

 

「濡れたマッチは黙ってなさい」

 

 顔を上げようとしたマクバーンは後頭部を突かれて床に顔面を叩きつけられた。

 そうしてヴィータは深々と息を吐いた。

 

「やあヴィータ。久しぶり」

 

「カンパネルラ。貴方も見ていないで止めなさい」

 

「いやー、人外の戦いを一般人に止めろって言われても困るなあ」

 

 ヴィータのお叱りの言葉にカンパネルラは自分の無罪を主張する。

 

「どうだか……今クロスベルで行っている実験も随分ひどい事をしているようじゃない?

 《結社》はいつから《教団》の真似事をするようになったのかしら?」

 

「それこそ誤解だよ。この地での“試し”は新人に一任しているし――」

 

「――そこまでにしてもらおうか、結社諸君っ!」

 

 その声にヴィータとカンパネルラは振り返る。

 

「この総督府は私の管理下にある……

 通商会議が行われる厳戒態勢の中での突然の訪問、早急にお引き取り願えるかな」

 

 警備隊、そして第Ⅱの生徒達を引き連れて現れたルーファスが彼女たちに剣を向ける。

 

「あらら、時間切れか」

 

 大人数に突きつけられた銃口や敵意にカンパネルラは危機感のない様子で肩を竦める。

 

「でも、最低限の言葉を伝えたから良いか」

 

 カンパネルラはリィンを一瞥して指を鳴らす。

 それを合図に屋上の空が揺らぐと赤い小型飛空艇が現れる。

 

「いい加減、降りろ」

 

 マクバーンはヴィータを押し退けて立ち上がり、水が滴る髪を掻き揚げて息を吐く。

 

「今宵はお付き合い頂き、真にありがとうございました」

 

 カンパネルラは仰々しく一礼をして別れを告げる。

 

「ああ、それからレン。急がないと手遅れになるから気を付けてね」

 

「え……それはどういう意味?」

 

 レンは反射的に聞き返すが、そこに二人の姿はいなかった。

 そして上空の飛行艇がまるで二人を回収したかのように旋回して飛び去って行った。

 

「グリアノス」

 

「おいヴィータッ!」

 

 クロウの呼び声を無視してヴィータ・クロチルダは現れた蒼い巨鳥の背中に飛び乗る。

 

「レン、軍警察に行きなさい。そこなら今クロスベルで起きている事は分かるでしょう」

 

 それだけ一方的に言い残してヴィータもまた去って行った。

 そして――屋上の部外者はメカみっしぃだけとなった。

 

「さて、君にも聞きたい事があるのだが……」

 

 横たわったまま動かないメカみっしぃにルーファスが近付きながら語り掛ける。

 

「どうやら君はこの地で何が起きているのかを把握しているようだ……

 これまでの余罪も含めて、君にはいろいろ話してもらおう」

 

「…………悪いが、今のオレには君たちと話せる時間はない」

 

 言うや否や、メカみっしぃは伏せた状態から駆け出した。

 動けば撃って良しと指示されていた警備、そして第Ⅱの生徒達は次々に走るメカみっしぃに向かって銃を撃つ。

 だがメカみっしぃはそれを意に介さず、走り抜ける。

 導力銃の弾丸ではメカみっしぃの鋼ボディは貫くことさえもできず、その疾走の邪魔にすらならなかった。

 

「MISHISHIッ!」

 

 掛け声一つで柵を跳び越えて、メカみっしぃは屋上から飛び降りた。

 

「っ――正気かっ!?」

 

 自殺に等しい脱出行動に警備隊が目を疑う。

 しかし、次の瞬間足の裏から炎を噴射して視界に戻って来たメカみっしぃにやはり目を疑った。

 

「やめておきたまえ……」

 

 再び銃を構えた警備隊にルーファスは制止する。

 メカみっしぃはもう柵の外。

 いくら銃弾を浴びせても意味はなく、仮に通用したとしてもそこで撃墜してしまえば回収すらできない。

 

「何か情報をくれるのかな?」

 

「この地で行われようとしているのは“奇蹟”の再現……ミシュラムに急げ、そして“器”を《結社》に渡すな」

 

 一方的に告げるとメカみっしぃはルーファス達に背中を向ける。

 

「ま、待ってくれっ!」

 

 その背をみっしぃが呼び止める。

 

「キミはいったい誰~? どうしてボクに似ているの~?」

 

 緊迫した空気の中、空気を読まずに緩い口調の言葉がメカみっしぃに投げかけられる。

 ルーファス総督との話し合いには応じなかった。

 しかしみっしぃの言葉なら、と一同は固唾を飲んでメカみっしぃの言葉を待つ。

 

「みっしぃ……大きくなったな」

 

 メカみっしぃは顔だけ振り返り、思いを馳せる様な哀愁を滲ませる。

 

「みしし?」

 

「みっしぃ……よく聞け。オレは幼き頃に死に別れたはずの……“兄弟――”なのだ!」

 

 みっしぃはその答えに黙り込み、一度ルーファスを見る。

 彼は何も語らず、ただ静かに頷いた。

 

「そ、そうだったの~?」

 

「でも確かに、ボクには昔お兄ちゃんがいたような~?」

 

「オレがメカになったのには深い深い……とても深い訳があるが……それをここで語ることはできない」

 

 メカみっしぃは顔を戻すと上昇を始めた。

 

「また会おうみっしぃ。そして《Ⅶ組》の諸君……

 そしてどうか一つ覚えていてほしい。ただ一つの真実、それは愛と平和だということを……今風に言えばラブ&ピース……

 そしてそれはラブ・イズ・みっしぃだという事を」

 

「ら、ラブ・イズ・みっしぃ?」

 

 みっしぃの困惑を無視してメカみっしぃは空へと向かって飛んでいく。

 

「ラブ・イズ・ミッシーイ!!」

 

 夜のクロスベル上空にその声が響き渡り、メカみっしぃは星となった。

 

 

 

 

 

 

 

 多くの人間が忙しなく動き、作業している様をその女はまるで観察するような目で見下ろしていた。

 その瞳に宿るのは好奇心の光と同時に考えたらずの愚行を起こそうとしている彼らへの軽蔑。

 彼女には彼らの進む道に光りはないと分かっている。

 しかしそれを止めようとはせず、どこまでも観察に徹していた。

 

「……マリアベル君、君は……君たちは何をしようとしているんだ?」

 

 隣に立った男は部屋の異常な光景に足を竦ませながら説明を求める。

 右を向けば高い天井まで並べられた《蒼》のカプセルの葬列。

 左を向けば高い天井まで並べられた《紅》のカプセルの葬列。

 所狭しと並べられたカプセルは全部でどれ程あるのか分からない。

 そしてそれはただ液体を満たすだけのタンクではなかった。

 

「マリアベル君、これはいったい何なんだ!?」

 

 カプセル一つに付き、一人の人間が液体の中に入っている。

 一見すれば溺れているのではないかと思えるが、彼らの作業の言葉を聞けばそれで問題なく生命活動は行えているらしい。

 だが、それを差し引いても異常な光景。

 もしかすれば《D∴G教団》の実験がそうだったのではないかと彷彿させる狂気がそこにはあった。

 

「落ち着いてくださいイアン先生」

 

 女は男の動揺など気にも留めない。

 

「落ち着けるわけないだろ! この人たちは何だ!? 私をここに連れて来たあの“ガイ君”は何者なんだ!?」

 

「嫌ですわね先生……そんなにいっぺんに質問されては答えられませんわ」

 

 クスクスと笑う女に男は背筋が冷たくなるのを感じた。

 

「私が彼らにしたのは“零の至宝”の知識を教えて上げただけに過ぎませんわ……

 そこから何をしろ、なんて具体的な指示も出していません。彼らは彼らの意志で行動していますの」

 

「なっ!? “零の至宝”の知識を!? 正気かマリアベル君!?」

 

 驚愕する男に対して女は冷笑を返す。

 

「ねえ先生、貴方はクロスベル独立が失敗した時、不公平だと思いましたでしょ?」

 

「何を……? わ、私はロイド君の言葉に――」

 

「いいえ、そこじゃありませんわ」

 

 女は男の言葉を遮って微笑む。

 

「どうして“シズク・マクレイン”が《零の至宝》の恩寵を授かったのか」

 

「っ……」

 

 その言葉に男は心臓を掴まれたように息を呑む。

 

「どうして“特務支援課”だけが《零の至宝》によって救われたのか」

 

「そ……それは……」

 

「シズク・マクレインはその目に光りを取り戻し、これからの未来は輝かしいものになるでしょう……

 貴方の共犯のアリオス・マクレインは誰も罪を責めず、今もなおクロスベルの英雄と崇められている」

 

「やめろ……」

 

 それは男が獄中生活の中で必死に目を逸らしてきたもの。

 

「“特務支援課”は《零の至宝》の奇蹟を否定しながら、その恩恵を得て“未来”を与えられた」

 

「やめてくれ……」

 

「そして肝心のクロスベルの民衆はあれだけお父様や貴方の考えを持て囃し“独立万歳”と叫んでいたのに、今は掌を返して裏切り者扱い……

 しかもそれでいて、犠牲を伴わない自由を恥ずかしげもなく敵国に懇願する有様……

 ねえ先生、これが貴方が求めたクロスベルの姿なのかしら?」

 

「やめろ……わたしは……」

 

「貴方に残ったのはガイ・バニングスの血に染まった手だけ……

 積み上げたキャリアは崩れ、求めた妻子と再会することすら叶わず、これを不公平と言わず何と言うのかしら?」

 

「私は……わたしは……」

 

 男は頭を抱えて蹲る。

 その周囲には前触れもなく黒いプレロマ草が生え出して男の周りに咲き狂う。

 

「手を血に汚し、罪を背負った貴方は牢獄の中……

 そして貴方が築き上げたものは全て他人に掠め取られる。先生、貴方はそれで良いのかしら?」

 

 女は苦悩する男に優しい言葉を掛ける。

 

「ガイ・バニングスはささやかな私からの先生への“報酬”ですわ」

 

「……ほう……しゅう……?」

 

「そう、長年クロイス家の悲願に尽力してくれた先生に私は感謝していますわ……

 戦いの最中ではあんな事をしてしまいましたが、その気持ちは決して嘘ではありません」

 

 男はゆっくりと顔を上げ、振り返る。

 そこには自分の罪の象徴で青年が壁際に無言で立っていた。

 

「あの頃の私はまだ世界の広さを知らない小娘でしたが、《結社》に入り彼らの知識に触れる事で新たな可能性を見出す事ができました」

 

 女は顔を上げてホールの先に視線を向ける。

 そこはかつてキーアが座った祭壇――の上に設置された“揺り籠”。

 釣られて見上げた男は“揺り籠”の中に浮かぶ女の子がいることに気付き――絶句した。

 

「なっ……」

 

「あの子に命を吹き込むのは先生の協力が必要なのです」

 

 その忘れもしない女の子の顔に男――イアンは思わず足を前に動かし、もっと近くで見たいと歩き出していた。。

 

「ここには先生が望む全てがありますわ……

 《至宝》を生み出すため錬成場、《至宝》を生み出すための電池、そして彼女を呼び起こす先生の《記憶》」

 

 男の耳にはもう女の声など届いていなかった。

 しかしそれを分かっていながら女は朗々と語り明かす。

 

「これは貴方が長年クロイス家に仕えてくれた正当な“報酬”……どうか貴方の手で彼女を蘇らせて上げてください」

 

 女――マリアベルは一目で男の心を奪った“女の子”を見上げる。

 それはマリアベルにとって御先祖様への挑戦の結晶。

 結社の知識を紐解き、アリオス・マクレインで実践を、ガイ・バニングスで応用を。

 そして《至宝》の錬成を再現するためにノーザンブリアで起こされた教団の知識を吸収したこの二年の集大成。

 マリアベルにとっては自分の初めての作品。

 クロスベルにとっては帝国の支配から救い出してくれる解放者。

 

「《零の叡智》デミウルゴス・ゼロ――ルリ・グリムウッド」

 

 

 

 

 

 






エリシュオンは無理でしょう。でも彼女に由来する子は出せると思った。

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