「あ、レンちゃん!」
演習場に戻って来た《Ⅶ組》とレンを嬉しそうな顔でティータは出迎える。
「久しぶりねティータ。頼んでおいた準備はどう?」
オルキスタワーでは碌に再会を喜ぶ暇もなく、今も一方的にお願いをしていることに心苦しさを感じながらレンは伝えていたミシュラム潜入の手段の準備を尋ねる。
「うん、後はアリサさんから送られてくる荷物を受け取れば、ほとんどの準備は完了だよ」
そう頷くティータの背後には二つのコンテナが並んでいた。
「おいおい、まさか……」
「レン……もしかして……」
「ええ、貴方達の《騎神》にこのコンテナに入ったレン達を湖に潜って運んでもらうわ」
自信満々に告げるレンが提示したミシュラムへの侵入方法はまさに力技だった。
「おいおい、待てよ。確かに《騎神》は《機甲兵》よりも防水されているかもしれねえが、いくら何でも無茶だろ!?」
「大丈夫よ。エルベ湖の水深まで届く導力レーダーは実用されていないし、ヴァリマールは以前エルゼ湖で泳いだこともあるんだから。ねえ、キーア」
「え…………うん、そうみたい」
レンに話を振られたキーアは確かめると肯定の意志が返って来たことに頷く。
「エルベ湖で湖水浴をさせたのか、ヴァリマールに?」
「キーアじゃないよ! それに泳ぐって言ってもアルグレオンと戦って湖の底に沈められただけだからね」
信じられねえというクロウの呆れにキーアは弁明をする。
「それは良いんだけど、これに乗せて行くって寸法か? 空気は持つのかよ? それに気密性はどうなんだ?」
「気密性なんて気にしなくて良いわ。呼吸についてはこの後届く酸素ボンベを手配してあるわ……
これはあくまでも安全に私達を運ぶための箱よ」
クロウの矢継ぎ早の質問にレンは澱みなく答えていく。
「それに貴方達にはアリサが用意したオーバルスーツがあるでしょ?
あれを使えばミシュラム内部に《機甲兵》をこっそり運び込む事ができるわね」
「おいおい、あれを使うのかよ?」
「まあ、水着みたいなスーツだから良いかもしれないが……」
レンの発案にアッシュとクルトが顔をしかめる。
「昨日、俺達が受け取ったばかりなのにどうして知っているんだ?」
「ふふ、秘密よ」
呆れたリィンの質問にレンは小悪魔な笑みではぐらかす。
「それにしたってこの大きさの箱だと何人入れるか?」
クルトはコンテナの蓋を開いて考え込む。
「えっと……酸素ボンベ込みで一つのコンテナに四人くらいは入れるように作ってありますよ」
「ティ、ティータ。何だか経験がある言い方だな」
実感のあるようなティータの物言いにクルトは首を傾げながらも追及するのはやめておく。
「酸素ボンベか……こんなことならダーナさんに水の中で呼吸ができる“アーティファクト”でも作ってもらっておけば良かったな」
「あら、そんな便利なものがあるのね。でも今回は我慢しなさい」
「分かっている。ない物ねだりをするつもりはない……
このコンテナに四人……男と女で別れた方が良いとして――」
「あら、組み分けは男女混合よ」
「え……?」
「は……?」
「おい、待てよ」
レンの何気ない言葉に男三人は思わず目を剥く。
「当然でしょ。男の子だけで詰め込んだら四人はいるコンテナが三人しか入らないじゃない」
「…………まあ、それは確かにそうなんだけど」
リィンはレンの言葉に頷く。
「ちょっと状況を整理させてくれ」
「どうぞ、でも時間がないから急いでね」
待ったを考える時間を求めるリィンにレンは頷く。
「俺達は総督府の“要請”でミシュラムに潜入するんだよな?」
「ああ、まさかその方法が水底から近付くと言うのは強引だと思うが、時間がないから仕方がないとしよう」
「お誂え向きに俺達には《機甲兵》をお手軽に運ぶ手段があるわけで……場合によっては内側からテロリストの防衛線を崩せってことらしいな」
リィンの呟きにクルトとアッシュが続く。
《Ⅶ組》は現在クロウとキーアを除けば六人だが、今はユウナが作戦に参加ないほどに落ち込んでいる。
故に五人、そこに今回の協力者であるレンを加えれば六人であり、計八人と考えれば余裕があるくらいだ。
「これなら男三人でも問題ないんじゃないか?」
「今。眼鏡のお兄さんが貴方達の主任教官と交渉中よ。アリオス・マクレインと戦う事になるのなら、学生たちだけだと荷が重いんじゃないかですって」
「アリオス・マクレイン……そう言えばみっしぃ教官は?」
「そうだ。みっしぃ教官ならこのコンテナに押し込んでも何とか入るはず」
「みっしぃ教官……?」
「彼ならダメよ。水でふやけたら戦力にならないもの」
知らないティータが首を傾げていると、レンが補足して彼らの退路を塞ぐ。
「ちっ……」
「……あのスーツで……この狭さ……」
舌打ちをするアッシュ。
クルトはアルティナを見て、続いてミュゼを見て赤面して俯く。
「……不埒な視線を感じましたが……」
「あらあら、うふふ……どうしましょう」
ジト目を向けるアルティナと揶揄う様なミュゼの言葉にリィンもクルトと同じものを想像して居心地を悪くする。
「良し、シュバルツァー。お前が女子の担当だな」
「おい、普段から女子とお近付きに成りたいとか言っているくせに」
「うるせえ。論外ロリに腹黒女郎蜘蛛と物騒なロリ二号なんて俺の守備範囲じゃねえだよ! お近付く前に弱味握られに決まってんだろ!」
「論外ロリ……」
「腹黒女郎蜘蛛ですか……あらあら」
アッシュの叫びにアルティナとミュゼはそれぞれの意味で目を細める。
「ククク、困っているようだな後輩ども」
そんな彼らのやり取りにクロウが笑みを含んで一石を投じる。
「ここだけの話だが、《騎神》には一人くらいなら一緒に乗せられる余裕があるんだよ。その意味が分かるな?」
クロウの提案にリィン達は顔を見合わせる。
「オルディーネとヴァリマール……それぞれに一人同乗できるなら……」
「一人余るな……」
クルトの呟きにアッシュが自分達を見て続く。
「いや、ここは女子の誰かにそっちに回ってもらった方が良いんじゃないか?」
流石に女子に箱詰めの水責めを押し付けて自分が楽になる事にリィンは躊躇を覚える。
「…………」
そんな光景を離れた場所からサラは眺めていた。
「何だか意外ですね」
そんなサラの横に並んで同じ光景を見ながらトワが呟く。
「意外……? それはどう言う事かしら?」
「リィン君も、クロウ君も《第Ⅱ》の生徒になってからわたしが知らない顔ばかりしているんです……」
「そう……そうね」
トワの呟きに頷きながらサラはもう一度彼らを見る。
テロリストでなくなっただろうか、彼が《本校》にいた時に感じていた陰りはなく、年長者として《Ⅶ組》を見守っている立ち位置にいるクロウはまさしく先輩をしていた。
そしてリィン。
「あんな感じだったのよね」
「サラ教官?」
サラの呟きにトワは首を傾げる。
「リィンはあんた達が思っている程強くはないのよ……
他人に迷惑を掛けたりする事が嫌で、思い詰めて他国にまで家出する……そんな弱い男の子だったのよ」
リィンがいて、アルティナがいて、ティータがいて、レンがいる。
奇しくも思い出と重なる光景にサラはあの時の後悔を思い出してしまう。
「サラさん」
物思いに耽っていると背後のデアフリンガー号の扉が開き、マキアスが出て来る。
「話はついたみたいね?」
「はい、ただ同行できる人数は二人までと言う事になりました」
「それは……仕方ないか」
相手が偽物であっても本物のアリオスであるならば、七課全員でも勝てるかは分からない。
しかもかつて警察の最強コンビと呼ばれたガイ・バニングスまで蘇っている以上、当初通りの戦力でも苦しい。
だが《第Ⅱ》の作戦行動に七課は便乗させてもらう立場なのだから贅沢は言えない。
「前回の錬成の場になった鏡の城への突入はクロウとリィン、それからこちらが提供する戦力で突入してもらうことになります……
他の《Ⅶ組》にはミシュラム内の捜索、機甲兵とガンシップの無力化に回ってもらうことになるでしょう」
「そう……で、誰が行けば良いのかしら?」
聞き返すものの、サラはマキアスの答えは予想で来ていた。
「サラさんとエレインさんの二人に《Ⅶ組》と同行してもらいます」
「ええ、分かったわ」
七課の戦闘担当である自分とエレインが選ばれるのは当然だとサラは納得する。
それに潜入作戦であることも考えれば銃火器を使うマキアスやキンケイドには不向きなミッションでもある。
更に言えばクロウとリィンと連携するならば自分以上の適任もいないだろう。
「……ロイドはどうするつもり?」
「彼には……いえ僕達は……みっしぃ教官が提示した別の懸念に備えるためにクロスベルに戻ります」
サラの問いにマキアスはそう答えるが、すぐに顔をしかめた。
「もっともロイドさんがちゃんと戦えるならの話ですが」
「…………まあ無理もないわね」
サラは憔悴したロイドの様子を思い出す。
死んだはずの兄の蘇り。
何が起きているかは分かっていないが、亡くした家族との再会に混乱する気持ちはサラも良く分かる。
「《Ⅶ組》の方にも、だいぶ打ちのめされたクロスベルの子がいたみたいだけど……」
サラは振り返り、窓の向こうにいるユウナとロイドに視線を向けた。
*
「ねえ……ロイドさん……あたしは間違っていたのかな?」
デアフリンガー号の食堂のテーブルに突っ伏していたユウナは対面に座るロイドにそのままの態勢で尋ねた。
同級生たちが慌ただしく動いている中、ユウナは一人呆然としている事に咎められることなく放置されている。
ミシュラムの潜入。
そこに攫われた弟妹がいるのなら、ユウナは何を差し出してでもその作戦に参加する意気込みはあるのに、体は思いに反して動こうとしなかった。
「俺達が何を言おうとも、世界にとって一年前の独立戦争を仕掛けたのはクロスベルなんだ」
言い辛そうにしながらも、ロイドは答える。
それはロイドもかつて思い込んでいた欺瞞だと自覚し、続ける。
「ディーターさんを逮捕してそれで全て禊は済んだ……俺もそんな風に思って、間違えた」
クロスベルが世界に与えた爪痕はロイドが想像したよりもずっと大きかった。
それらを無視し首謀者に温情を与えてクロスベルの中で裁判を済ませてしまったことは、各国の被害者の思いの捌け口を勝手に消してしまったようなものだ。
ゼムリア大陸に《D∴G教団》を生み出した土地だという事実。
リベールを襲った《結社》への資金提供をしていた事実。
《赤い星座》を利用して自国を焼いてその罪を帝国に擦り付けた事実。
金融凍結を行ってゼムリア大陸全土に経済恐慌を起こした事実。
《零の至宝》を用いて世界を暴力で支配しようとした事実。
「これだけの事件の責任を一人だけに全て治めてなかったことになんてできるはずなかったんだ」
「でもクロスベルのみんなはディーター元大統領に騙されていただけなのに……」
「だけど、クロスベルの中で彼を止める人はいなかった……
むしろ賛同者の方が多かったくらいだ」
特務支援課はディーター元大統領の不正を暴いて、彼を逮捕したが果たしてそれが正しかったと受け入れてくれた市民はどれくらいいただろうか。
「クロスベルの占領は、帝国であっても共和国であっても、他の国にとっては規定路線だった……
むしろ帝国が占領してくれたおかげでクロスベルはそれ以上の責任追及から逃れる事ができたとも言って良い」
「ロイドさんは……クロスベルが帝国に占領されて良かったって言うんですか!?」
ユウナの激昂にロイドは努めて冷静に言葉を返す。
「ディーター元大統領が通商会議で独立を提案した時から、クロスベルは詰んでいたんだ」
「でも! ロイドさんなら特務支援課ならクロスベルを帝国から解放してくれるって――」
「ユウナは帝国をどうしたいんだ?」
ユウナの熱が籠った言葉にロイドは淡々とした言葉を返す。
「トールズ第Ⅱ分校に通うようになって、帝国人に触れて君は彼らの事をどう感じた?」
「それは……」
真っ直ぐな問いにユウナはクロスベル戦役から始まった帝国人たちとの接点を思い出して口ごもる。
戦争の中から自分達を助けてくれて、その後のフォローまでしてくれたルーファスを始め、帝国人は決してクロスベルの市民が陰口を囁いていたような傲慢で身勝手な人間ではないことはユウナも理解していた。
「なあユウナ……」
即答が返って来ない事にロイドは彼女の成長を感じながら続ける。
「俺達は認めないといけないんだ」
「認める……?」
「今クロスベルが世界から非難されていないことや、クロスベルで横柄に振る舞う帝国人がいないこと……
それはルーファス総督が尽力してくれているからだと言う事だ……
俺達はルーファス総督に感謝こそすれ、恨むのは筋違いなんだ」
「…………ロイドさんは……帝国の侵略を認めるって言うんですか? 帝国に負けを認めるって言うんですか?」
「……そう取られても構わない」
睨むユウナにロイドは頷く。
「……変わりましたねロイドさん。あたしの知っているロイドさんならどんな《壁》でも乗り越えてみせるって言ってくれたはずなのに」
「俺だけが《壁》を乗り越えても意味はないんだ。それに《壁》を作っていたのは俺達の方だ」
「意味が分かりません」
「今のユウナなら分かるはずだ」
「…………」
「助けて欲しい時に言うべき言葉はクロスベル人でも帝国人でも変わらない。そうだろ?」
ロイドの問い掛けにユウナは答える事はなかった。
*
「よう」
「ランディ」
ユウナを残して食堂車から出ると待ち構えていたランディがロイドに声を掛けた。
「ユウ坊はどうだった?」
「どうだろう……伝えるべき事は伝えたつもりだけど」
ロイドは閉じた扉を振り返る。
「ユウナだって本当は分かっているはずなんだ……
帝国人は忌み嫌うだけの人達だけじゃないって、彼らにもクロスベルとは違う正義があって、それに準じて生きていることを」
「そうだな」
ユウナはクロスベルへの愛が重すぎ、そして特務支援課に対しての憧れも強過ぎた。
それはロイド達にも当てはまる事だった。
「なんて俺達が言えたことじゃないけどな」
「まあな」
帝国は敵。
そう思い込んでジオフロントから行政データにハッキングしたり、キーアを取り戻すためにオルキスタワーに潜入までした。
元国防軍と同じ事をしているのだと今なら自覚できる。
「ロイド……お前は大丈夫なのか? 元国防軍にはアリオスのおっさん以外にもお前の兄貴も何故かいるって話じゃねえか」
「ああ……」
ランディの言葉にロイドは警察学校であった男の事を反芻する。
「あれは確かに兄貴だった……でも……」
声も姿も確かにガイ・バニングスだったが、ロイドが知っている彼とは違う違和感があった気がした。
「でも俺がやる事は変わらない」
拳を握り締めてロイドは意志を固める。
警察学校では動転してしまったが、相手が多数のクロスベル市民を拉致して平穏を脅かすと言うのなら例え家族でもロイドは職務を全うしてみせると意気込む。
「…………はあ、俺もついて行けたら良かったんだけどな」
「いや、でもまだ俺がミシュラムに潜入できると決まったわけじゃないから……
戦闘力で判断するなら俺よりサラさんやエレインさんが選ばれるだろうし」
「おいおい、そこで弱気になるなよ」
頼りない事を言い出したロイドにランディは苦笑する。
「後方支援だって立派な仕事だ。今はそこから地道にやり直して行こう」
「そうだな……」
ロイドの言葉にランディは頷いて、拳を合わせた。
*
「整列っ!」
ミハイルの号令に第Ⅱの生徒達と公安七課、それに加えてレンが整列する。
そこにいないはユウナだけだが、それを咎めることなくミハイルは続ける。
「これよりミシュラム奪還作戦の説明を行う」
その言葉に緊張が走る。
「まずは戦術科。君たちは《機甲兵》を用いて出撃しルーファス総督が率いる衛士隊と合流……
彼らの後方について街道からミシュラムへ進軍、テロリストが敷いた防衛線の前で目を引き付けてもらうことになる」
詳しい指示はルーファスと合流した後に、彼の指示を仰ぐように付け加える。
「続いて主計科はこの場で待機し、潜入した《Ⅶ組》との通信を確保し、侵攻部隊への中継を行ってもらう」
そしていよいよ自分達だとリィンは気を引き締める。
「《Ⅶ組》にはこれからオルディーネとヴァリマールを用いて、湖中からミシュラムに潜入してもらう……
潜入後はオライオン、イーグレットは空中からテロリストの人数と配置を確認した後、ガンシップの制圧を行ってもらう」
「了解」
「分かりました」
「ヴァンダール、カーバイドの二名はアーケード街からホテルを探索、攫われた民間人及び、囚われているはずの警備隊の捜索を行ってもらう」
「分かりました」
「はいよ」
「アームブラスト、シュバルツァーの二人は七課のバレスタインとロイド・バニングスと共に首魁がいるであろう鏡の城へと進み首謀者達の無力化を目指してもらう」
「了解だ」
「全力を尽くします」
「キーア・バニングス。君はヴァリマールに搭乗したまま湖中で待機……
戦術リンクによる意識共有による情報伝達とこの演習地を繋ぐ役割となってもらう……
また相手が《神機》を所持していた場合、君には矢面に立ってもらうことになる。いいな?」
「はい、頑張ります」
一通りの指示が済むと、みっしぃが挙手をした。
「ミハイル主任、ミハイル主任」
「…………何だみっしぃ教官?」
ミハイルは嫌そうに顔をしかめながら聞き返す。
「ちょっとボク、気になる事があるから単独行動……公安七課の人達と別行動を取りたいから許可をくれないカナ?」
ミハイルは更に苦虫を嚙み潰したよう顔をして答えた。
「分かった許可する」
「……良いの? ボクもだいぶ無茶な事を言っているのは分かっているんだけど」
「ルーファス総督から、貴様の行動には便宜を図って欲しいと言われている。不本意ではあるがな」
頭を押さえて唸るミハイルに申し訳なさを感じながらみっしぃはマキアス達に向き直る。
「勝手に決めてゴメンね。でもできればボクに協力してほしいな」
「みっしぃの頼みなら喜んで――」
「落ち着けエレイン。協力して欲しいと言うのなら何をするのか説明して欲しいな」
即答するエレインをルネが窘めてみっしぃに説明を求める。
「うん、それは移動しながらするヨ」
みっしぃと七課のやり取りを横目にミハイルは生徒達を引き締めるために声を張り上げる。
「この作戦は演習ではなく実践だ。そして人命が掛かっている事を忘れるな」
その言葉に生徒達は顔を引き締める。
「それでは――」
「待ってください」
ミハイルの号令を遮って現れたのはユウナだった。
「あたしも作戦に参加させてください!」
「その必要はない」
「……え……?」
「ユウナ・クロフォード、お前は今回の作戦に参加しなくて良い」
ユウナの言葉を逆に遮ってミハイルは無情な言葉を返した。
「っ……それはあたしがクロスベルの人間だからですか?」
「違う。今回の作戦の救出目標には君の家族も含まれている事は私も把握している……
だからこそ、現場において君の行動は冷静さを欠くものになるだろう。そんな人間をこの困難なミッションに参加させるわけにはいかん」
今回の実習に関しては、不参加であってもユウナの評価を落とすことはしないと言ってくれたが、ユウナはそれで引き下がらなかった。
「でもあたしはミシュラムを案内できます」
「それならヴァンダールとロイド・バニングスがいる」
「でも――」
「ならば君は家族の変わり果てた姿を見る事になる覚悟はあるのか?」
「っ――」
ミハイルの指摘にユウナは息を呑む。
「家族を盾にされる覚悟は?
君が軽率な行動をして仲間を巻き込んだ場合、どう責任を取る?
そして何よりお前はクロスベルの同胞と戦えるのか?」
「…………」
矢継ぎ早に告げられるミハイルの言葉にユウナは黙り込む。
「話はそれだけか? ならば――」
「お願いします!」
先程よりも大きなユウナの声が演習場に響き渡り、ユウナはその場に膝を着き地面に頭を着け――土下座をする。
「あたしに家族を助けに行かせてくださいっ!」
あの傲岸不遜で帝国人への敵愾心を剥き出しにしていたユウナが帝国人に向かって頭を下げる――土下座をしているという事実に生徒達は目を疑う。
「…………クロフォードそれは何の真似だ?」
「土下座です」
ユウナは頭を下げたままミハイルの問いに答える。
「それは分かる……」
「帝国人が最上のお願いをする時にはこの礼をするんだってクリス君から聞きました。皇族にも伝わっている伝家の宝刀だって言っていました」
「クリス……クリス・レンハイムの事か……?」
その名前が出て来たことにミハイルは顔を引きつらせた。
「そうなのか?」
「ノーコメントだ」
リィンが元護衛役に尋ねるが彼はそっぽを向いて答えをはぐらかした。
そんなやり取りを他所にユウナは地に頭を擦り付けたまま訴える。
「我儘言っているのは分かっています!
だけどケンとナナはあたしが助けないといけないんです!」
「情に訴えずにメリットを提示しろ……
レン・ブライトはお前と同じ境遇であるが、能力があるからこそ作戦の参加を認めた。だがお前に何がある?
敵がクロスベルである以上、第Ⅱの生徒でお前に背中を預けられる者がいると思っているのか?」
「っ……」
ユウナは顔を伏せたまま唇を噛む。
ミハイルの言葉は正しい。
彼の指摘はこの二ヶ月ユウナが学院生活をまさに示すものだ。
事ある事に帝国を蔑み、クロスベルを持ち上げた。
しかし実際はどうだろうか。
ディーターが起こした独立の夢を継ぐ者が現れ、同じ事を繰り返そうとしている。
そしてユウナの胸に過るのは、『お前もテロリストと同じなんじゃないのか』という目で見られる不安。
「そ、それでもお願いしますっ!」
ユウナが出来る事はただ頼み込む事しかできなかった。
ミハイルを説き伏せるメリットも同級生たちを信じさせる信頼も自分にはない。
――ああ、この感覚は知っている……
必死に土下座をしながらユウナは思い出す。
クロスベル戦役の時に感じた無力感。
警察学校で学んだ事を生かせなかった昔に対して、士官学院で何も学ばずに同じ事を繰り返している。
「お願いします!」
「クロフォード。いい加減に――」
ミハイルの言葉が止まり、ユウナは横に誰かが立つ気配を感じて顔を上げた。
「何のつもりだヴァンダール?」
ユウナの横に立ったクルトはミハイルの問いに言葉を返すよりも先にその場に膝を着いて手を着いて――土下座をした。
「俺からもお願いします。ミハイル教官、ユウナにチャンスを上げてください」
「クルト君……」
「ヴァンダール……」
「確かにユウナの学院での態度は決して褒められたものではありません……
ですが、彼女の性根は決して悪いものではありません。彼女が歪んでしまったのは、おそらく僕にも責任の一端はあります」
頭を下げたままクルトはユウナを擁護する言葉を続ける。
「俺からもお願いします」
「ミハイル主任、いやみんな! どうかユウ坊――いやユウナを信じてくれ、この通りだ」
クルトに倣ってロイドとランディまでもが土下座をする。
ランディに至ってはミハイルだけではなく、生徒たちに対して向けたものだった。
「貴様ら……」
男三人に土下座をされてミハイルは頭痛を感じるように額を押さえて《Ⅶ組》に視線を送る。
「俺は別にいいっすけど」
「ええ、それにユウナさんが裏切るとしたら、背中から撃つより正面から撃って来ると思いますから」
アッシュとミュゼは特に文句を言わずにユウナの同行を認める。
「ユウナさんが同行するとなるとどちらのコンテナに入るのでしょうか?」
「……いっそうヴァリマールの腰に直接括りつけられても良いんだけどな」
アルティナとリィンに至っては既にその先の事を想定していた。
「くっ……」
ミハイルの主張であるユウナに背中を預けられる者はいないという主張が崩れる。
信頼関係こそ築いていなかったものの、背中から撃つ事はしないという最低限の信用が首の皮一枚を繋ぎ止める。
「強いてメリットを上げるなら、クロスベルの人間が協力して事件を解決したことにできることかしら」
「レンちゃん?」
首を傾げるティータにレンは周囲に聞こえるように説明する。
「このまま帝国だけで事件を解決すれば、今でさえ世界から最低なクロスベルの評価はもう取り戻せない程に悪いものになるでしょうね……
退路のない元国防軍は死に物狂いで抵抗するでしょうし、まず投降を呼びかけても無駄でしょうね」
「そっか……でもユウナさんが一緒に解決したことになれば」
「気休めにはなるでしょうね。少なくても帝国人が投降を呼びかけるよりかはマシじゃないかしら?」
レンの具体的な意見に皆の注目はミハイルに集中する。
「だが、その場合はクロフォードは今後《帝国の狗》になったとクロスベルから見られることになるかもしれんのだぞ」
「それでも構いませんっ!」
ミハイルに言葉にユウナは真っ先に頷き、もう一度頭を下げる。
「それで誰かが一人でも助けられるなら、あたしの名誉とかそういうのは全部どうでも良いですっ!」
「そ……そうか……」
最初とは違う気迫に満ちたユウナの言葉にミハイルはたじろぎ、今度は《Ⅶ組》だけではなく《第Ⅱ》全体を見回す。
彼らとユウナが直接戦場で関わる事はほぼないが、そこに彼女の作戦の参加に異を唱える空気はもうなかった。
「これ以上の問答をしている時間はないか……
ヴァンダール、貴様が言い出した以上クロフォードの世話を一任する」
「はい、もちろんです」
クルトの首肯に、ミハイルは改めて告げた。
「これよりミシュラム潜入作戦を開始する。諸君らの健闘を祈る」
ミシュラム潜入組の配置、分担
ヴァリマール キーア 通信担当及び神機が出てきた場合の予備戦力
同乗者 ロイド アーケード街・ホテル探索
コンテナ リィン 鏡の城突入班
レン 鏡の城突入班
アルティナ 周辺索敵及びガンシップ制圧
ミュゼ 周辺索敵及びガンシップ制圧
オルディーネ クロウ 鏡の城突入班
同乗者 サラ 鏡の城突入班
コンテナ クルト アーケード街・ホテル探索、並びに機甲兵制圧
アッシュ アーケード街・ホテル探索、並びに機甲兵制圧
ユウナ アーケード街・ホテル探索、並びに機甲兵制圧