閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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40話 クロスベル解放作戦Ⅳ

 

 

 

 マリアベルにとってそこは知識の宝庫だった。

 幼い頃から錬金術の本を絵本代わりに育ったマリアベルにとって《結社》が保有している知識はどれも新鮮で興味を引くものばかり。

 更には分野の違う天才との交流もまたマリアベルに新たな見識を広げる一助になった。

 

「ここでなら《クロイス家の至宝》ではないわたくしの《至宝》を生み出す事も夢ではないですわね」

 

 “キーア”を造り出すことは先祖の後をなぞるだけの行為になるとマリアベルは乗り気ではなかった。

 そんな二番煎じが自分が求める“大いなる秘宝”であって良いはずがない。

 造るならば“キーア”を超えなければ、マリアベル・クロイスの作品に相応しくない。

 

「着目するべきなのは“聖獣”の存在かしら?」

 

 “聖獣”とは“女神”が遣わせた《至宝》を見守る番人。

 

「聖獣と魔獣の境界は何かしら? 知性の有無? それじゃあ幻獣と魔獣は?」

 

 気付けば何日も本に噛り付いていた。

 

「この本は……」

 

 《結社》の蔵書の中でマリアベルの気を引いたのは“超帝国人”についての本だった。

 見つけた本は四冊。

 “Aの書”は主に武芸について書かれているが、語彙が単調で固く読みづらく。

 “Bの書”は華美な言葉の賞賛に溢れている。

 “Cの書”ははぐらかしが多く、要領を得ない。

 

「“Wの書”が一番分かり易いですが、間の本は見つかりませんわね」

 

 見つからない本にため息を吐いて、読み解いた“超帝国人”についての資料をマリアベルは鵜呑みにする事はできなかった。

 

「帝国人のくせに《リベル=アーク》の住人にして、《空の至宝》からリベールの始祖と同じ扱いを受けている……

 原初の“D”からの祝福を授かっている。七聖獣から賜れた“聖剣”の担い手……」

 

 クロイス家に残された1200年の資料には影も形もなかった“超帝国人”。

 読み解けば読み解く程、胡散臭さばかりが大きくなっていく。

 だが、マリアベルには無視できない一文がそこにはあった。

 

「超帝国人は《グノーシス》を超克している……冗談じゃないわ」

 

 《グノーシス》は《D∴G教団》を利用してクロイス家が作り出した“叡智の薬”。

 それが完成したのは近年のはずなのに1200年前から存在している“超帝国人”が関わるはありはしないのだが、“Wの書”に書かれている内容には真実味がある。

 

「納得できませんわね……ならば試してみようかしら?」

 

 そうしてマリアベルは実験を行う事を決めた。

 《結社》として初めての仕事。

 世界への名乗りも含めて盛大にやろうと考える。

 

「ヴァルドさんを超える精神力の持ち主……

 “理に至った完成された精神”……そして“不撓不屈の精神”の持ち主……」

 

 マリアベルが選んだのは――

 

 

 

 

「それではアリオスさん、ガイさん。実験を始めましょう」

 

「…………了解した」

 

「…………ちっ」

 

 アリオスとガイは不服そうにしながらもマリアベルの言葉に従い、懐から《グノーシス》を取り出して口に入れ、呑み込んだ。

 

「ルリさん、術式を起動してください」

 

 マリアベルの指示で広間に魔法陣が広がる。

 

「さあ、“大いなる秘宝”を始めましょう」

 

 

 

 

 鐘が鳴る。

 クロスベルの北に位置する“月の僧院”にて、鐘を見守っていたアリオスが《グノーシス》を飲む。

 そして黒の工房からマリアベルが拝借した“一角獣”の角の欠片を識る。

 

 

 

 鐘が鳴る。

 クロスベルの西に位置する“太陽の砦”にて、鐘を見守っていたアリオスが《グノーシス》を飲む。

 そしてクロスベル独立騒動の前にマリアベルがキーアからもらっていた“神狼”の毛を識る。

 

 

 

 鐘が鳴る。

 クロスベルの東に位置する“星見の塔”にて、鐘を見守っていたアリオスが《グノーシス》を飲む。

 そして《福音計画》で結社が入手していた“竜”の鱗を識る。

 

 

 

 鐘が鳴る。

 クロスベルの南に位置するミシュラムの“鏡の城”にて、《グノーシス》を飲んだアリオスは《深淵》が献上したとされる“灼獣”の羽根を識る。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 アリオスは獣のような雄叫びを上げて、その肉体を錬成させる。

 

「魔人化……いいえ、これは魔獣化……」

 

 一度光となって弾けたアリオスは、光が集って別の存在へと錬成される。

 光が結実して形作るのは人間を大きく超えた巨躯。

 熱風がリィン達を襲い、その姿は翼を持つ獣と化す。

 

「……焔の聖獣……?」

 

 

 

 北の山脈に現れた《一角獣》は大地を激震させる。

 西の古戦場に《神狼》の遠吠えが鳴り響く。

 東の空に《竜》が舞う。

 

 

 

 

 

「うふふふ……実験は成功ですわね」

 

 現れた《灼獣》にリィン達が呆然と立ち尽くす姿にマリアベルは気を良くする。

 

「では――」

 

「っ――」

 

 マリアベルの言葉にリィン達は我に返って武器を構える。

 

「アリオスさん、次の実験に向かってくださいな」

 

 マリアベルが指を鳴らすと、《灼獣》の足下に魔法陣が広がり、その巨躯を呑み込むように転移された。

 

「何を……?」

 

 マリアベルの意図が分からずに困惑している一同を他所にマリアベルはもう一度指を鳴らすと、祭壇の上に映像が投影された。

 

「…………ガレリア要塞……?」

 

 

 

 

 ガレリア要塞に警報が鳴り響く。

 

「何があった!?」

 

 宛がわれた部屋で出撃の準備を整えながらユーシスが報告を促す。

 通商会議中のテロを警戒して、《機神》を使える人間として待機していたユーシスは格納庫へと向かう。

 

「正体不明の巨大な魔獣が四体、突然基地内に出現しました!」

 

「魔獣だと? 監視員は何をしていた?」

 

「も、申し訳ありません。ですが本当に突然現れて……」

 

 並走する軍人はユーシスの叱責に恐縮する。

 その間にもユーシスは格納庫に到着していつでも出撃できるようにしていた《紅の機神ティルフィング》に乗り込む。

 

「このタイミングで現れた魔獣がクロスベルでのテロとは無関係とは思えん」

 

 唸りながらユーシスは慣れた手順で《機神》を起動させる。

 

「それで、魔獣は何処に現れた?」

 

「それは……第三演習場……《零の騎神》の石棺の周辺です!」

 

 通信で報告を受け取った軍人の言葉にやはりとユーシスは顔をしかめる。

 

「本隊の指揮は其方たちに任せる。先行するがそちらの作戦指示に従う」

 

「はい……ユーシス様、御武運を」

 

 軍人に見送られユーシスは慌ただしい格納庫から我先にと外へと飛び出した。

 

「何だとっ!?」

 

 そこに広がる光景はユーシスが予想したものを超えるものだった。

 

「ウオオオオオオオオオオッ!!」

 

「シャアアアアアアアアアッ!!」

 

「ガアアアアアアアアアアッ!!」

 

「ゴオオオオオオオオオオッ!!」

 

 獣たちの謝肉祭と呼ぶべきか、現れた巨大な魔獣は演習場で殺し合っていた。

 

「何が起きている?」

 

 《一角獣》の角が《神狼》を体を薙ぐ。

 《神狼》の爪が《竜》を切り裂く。

 《竜》の尾が《灼獣》を叩く。

 《灼獣》の牙が《一角獣》を抉る。

 巨大な魔獣――人工聖獣たちの殺し合いを目の当りにしてユーシスは困惑する。

 

「ユ、ユーシス様……これはいったい……?」

 

 遅れて到着した将校もまるで御伽噺のような巨大な魔獣同士の殺し合いに戸惑い、攻撃命令を出す事を躊躇う。

 

「このまま様子を見るべきだろう……」

 

 ユーシスは無難な提案をして様子見に徹する。

 現れた四体の魔獣とクロスベルで起きているテロの因果関係をこの場でユーシスが察することはできない。

 それでなくても一体一体が《騎神》に匹敵する魔獣の暴れぶりを見れば、その矛先が自分達に向かせる横槍をするよりも、魔獣同士で潰し合ってくれた方が良い。

 

「しかしこのタイミングはあまりにも出来過ぎている」

 

 軍が様子見に徹している中でユーシスは思考を巡らせる。

 巨大な魔獣が何なのか、何故魔獣同士で争っているのか、何故ガレリア要塞――人の活動圏に現れたのか。

 ユーシスがその答えに辿り着くにはあまりにも情報が足りなかった。

 もっとも気付いたところでユーシスが出来たことはなかった。

 

 《灼獣》が《神狼》噛み千切り、血が大地に滴り落ちる。

 《神狼》の爪が振って《竜》の、血が空を舞う。

 《竜》の尾が《一角獣》を切り裂き、血が演習場に飛び散る

 《一角獣》の角が《灼獣》を貫き、血の雨が降り注ぐ。

 

 四体の獣は殺し合いの果てに同時に血の海に染まった演習場に音を立てて倒れた。

 

「…………何だ?」

 

 脅威となる四体の魔獣は共倒れして脅威は去ったというのにユーシスの体は緊張に強張っていた。

 それはユーシスだけではなく、魔獣の戦いを遠巻きにしていた軍人たちも安堵の息を吐く者は一人もいない。

 

「何が起きていると言うんだ!?」

 

 しきりにユーシスは周囲を見回して不安の正体を探す。

 そして、その音を聞いた。

 ピシ――石に亀裂が走る音に緊張が走る。

 巨大な魔獣が通常の魔獣と同じように粒子となって蒸発していく、残されたのは巨大なセピス――と血に塗れた石棺。

 《零の騎神》を封印している石棺は血に塗れ――次の瞬間、黒が広がった。

 

「退避っ!」

 

 咄嗟にユーシスが叫び、装甲車や《機甲兵》は一斉に後退する。

 遠くに現れた“黒”の球体は一瞬でユーシス達の眼前まで広がって止まり、広がった時と同じ刹那で集束する。

 演習場は球形に抉られ、その中央には《白》が――《零の騎神》が浮かんでいた。

 

「…………これが狙いだったのか……しかし……」

 

 その姿はユーシスが知っている《零の騎神》とは違っていた。

 一回り大きく、肉厚になった体躯、細部はそのままに体の各所に虹色の結晶体が散りばめられた新しい姿。

 

『ユーシス・アルバレア!』

 

 観察に徹するユーシスに通信の声が届く。

 

「っ――誰だ!?」

 

 耳に聞こえの良い女の声は軍人ではない。

 だが、記憶にある声だとユーシスが思い出そうとする間に女は焦った声で続ける。

 

『今すぐそこから逃げなさい! ガレリア要塞は放棄してとにかく脇目も振らず逃げるのよ!』

 

「何だと……貴様はあれがどうなっているのか説明できるのか!?」

 

『あれは――《魔王化》よっ!』

 

 通信の向こうで女が叫ぶ。

 かつて《緋の騎神》テスタ=ロッサが《暗黒竜》の呪いを基礎にオルトロスの秘術によって魔神へと昇華したものと同じ。

 《零の騎神》は四体の人工聖獣の血を浴びて、その位階を昇華させた。

 

「魔王化……何だそれは?」

 

 もっとも基礎知識のないユーシスにそれで伝わる事もなく、もっとも仮に知っていたとしても遅かった。

 

 

 《零の魔神》はゆっくりとした動作で手を翳し――ガレリア要塞は消滅した。

 

 

 

 

 






 零の騎神ゾア・ギルスティンの再錬成
 マリアベルが《鋼の至宝》が《七の騎神》が《超帝国人》がどうしたと言わんばかりに対抗意識を燃やして組み上げた儀式。
 《零の至宝》を錬成し、その力を持って触媒の記憶からアリオスを生贄にして四体の聖獣を錬成。
 その四体の聖獣の血を使って《緋》と同じ手段で《零》を強化しました。
 またアリオスがベースになった血の呪いによって、彼も起動者として乗る事ができるようになっています。ただし……


 ちなみに触媒にした神狼の毛以外の竜鱗、羽根、角の欠片は無断借用だったりします。



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