「…………何だこれは……?」
ユーシスは開けた広大な荒野に一人、《機神》で立ち尽くす。
導力モニターがブラックアウトして機体が激しく揺さぶられ、一秒にも満たない一瞬で視界が開けるとそこには何もなかった。
周囲に展開していた装甲車や機甲兵、更には新設されたガレリア要塞さえも見当たらない。
積み上げらた建材は綺麗さっぱり消え去り、要塞に隠れていたはずの向こうの空にはクロスベルのオルキスタワーが見える。
「これが……《零の騎神》の本当の力なのか……」
二年前はガレリア要塞が消滅した瞬間を見ていなかったから自覚が足りなかったが、ユーシスは改めて《零の騎神》の、ひいては《七の騎神》の凄まじさを改めて思い知らされる。
「くっ……」
ユーシスは振り返り、空に浮かぶ《白き零の魔神》を見上げて唇を噛む。
「ふざけるなよ……」
当然のように見下ろしている《魔神》にユーシスは苛立つ。
別に貴族として見下されることに腹が立つと言うつもりはない。
《零の騎神》は封印と粗雑な扱いになっているが、内戦の際に多くの帝国人を救った“英雄”と呼んでも差し支えない。
そんな“英雄”に今度は帝都を破壊させようとしているクロスベルの蛮行にユーシスは怒りを感じずにはいられなかった。
「例え俺一人になろうと――」
「早まらないで!」
勇むユーシスを止める声が響き、《灰の騎神》が空から舞い降りる。
「ヴァリマール! キーアか!?」
思わずユーシスは現れた《灰》に身構える。
今はトールズ本校の生徒になっているが、元はと言えば彼女こそが《零の騎神》を使って最初にガレリア要塞を消滅させた張本人。
このタイミングでの襲来にユーシスは当然裏切りの可能性を考える。
「…………っ」
身構える《紅の機神》の動きにキーアはユーシスの内心を察しながら剣を掲げる。
「同じ過ちは繰り返させない……」
まだ間に合う。
ヴァリマールに新造された増幅器が駆動してキーアの力を高める。
キーアの目には消失した空間がまだ揺らいでいるのが見て取れる。
「まだ事象が確定していない今なら――」
《灰》の剣が黄金の光を放つ。
銀色の光の円が広がり、消滅したはずの装甲車や機甲兵――そこにいた人達をまとめて消滅の事象から引き戻す。
「なっ!?」
ユーシスはその光景に言葉を失う。
消えたはずの帝国軍人たちが《灰》を中心に広がる銀の光に形を作られて、何事もなかったかのようにその場に現れる。
「これは……」
奇蹟を目の当りにしてユーシスは安堵の息を吐く。
導力通信から聞こえて来る彼らの困惑する言葉に受け答えをしつつ、ユーシスは膝を着いた《灰》に近付いて行く。
「キーア、君に――」
「まだだよ」
労いと感謝を告げようとしたユーシスの言葉は遮られ、キーアは――《灰》は立ち上がり空に佇む《零の魔神》を睨む。
「あの子を止めないと大変な事になる」
「…………そうだな」
キーアの言葉にユーシスは頷いて、意識を《魔神》に戻す。
消えたはずだった軍人たちは戻って来れた。
しかし彼らの兵器がどれだけ《零の魔神》に通用するだろうか。
だがどれだけ敵が強大でも帝国を守るために戦わなければならないとユーシスは混乱している軍人たちに激励の声を上げ――
*
「おおっ!」
《零の魔神》の錬成を終えて想念を解放されたクロスベルの人々は導力モニターに中継されるガレリア要塞の姿に歓声を上げる。
それは二年前に彼らを熱狂させた光景と同じだった。
むしろ胸の奥に感じる繋がりがより強く実感させる。
「あれに……アリオスさんが乗っているのか……?」
その事実が市民たちは実感を強める。
以前の独立の時は突然現れた《神機》の存在に戸惑いの方が大きかった。
しかし今は《叡智》の繋がりでアリオスをそこに感じた。
「クロスベルの民よ。私達は今ここにクロスベルの魂を取り戻した!」
アリオスの言葉は耳ではなく、魂に響き渡る。
そして彼を通じて《騎神》と繋がった彼らはその“力”の大きさに興奮する。
「これが《騎神》……この力があれば帝国も共和国も怖くない!」
「ああ、俺達は自由になれるんだ!」
全能感に酔う市民の想念にアリオスは言葉に熱を続く言葉を――
「――――っ」
「アリオスさん……?」
奮い立たせる言葉を期待した市民は不自然な沈黙を訝しむ。
そんな彼らの脳裏に一つの言葉が鳴り響いた。
*
「兄貴……」
それをロイドが見たのは果たして何度目だっただろうか。
軽度の変容は太陽の砦のルヴァーチェの構成員で。
重度な変容はヨアヒムを始め、アーネストやヴァルド。
彼ら三人は《グノーシス》を服用した事で人間の体を変質させて《魔人》へと至った。
「兄貴…………」
慣れたはずなのに、ロイドは偽物であっても身内が《魔人》に変容する様を見せつけられて、以前の時以上の衝撃を感じずにはいられなかった。
魔獣化し灼獣へと変容していずこかへ消えたアリオスとは異なり、その場に残ったガイだった魔人は低い雄叫びを上げる。
「オオオオオオオオオッ!」
理性を失った獣のような雄叫びを上げる。
その姿は人型すら取っていない。
巨大になった体躯。
神狼の牙と爪。
灼獣の体と片翼。
竜の尾と片翼。
一角竜の角。
四つの系統の違う魔獣を一つにまとめたような“合成獣”。
「兄貴っ!」
「ガアアアアアアッ!」
ロイドの叫びに合成獣は右腕の振り下ろしで応じる。
神狼の爪が無防備に呼び掛けるロイドの頭に振り下ろされ――リィンが太刀でそれを受け止める。
「何をぼうっとしているんだ!」
「あ……リィン……くん……」
自分を守る背中を見て、ロイドは我に返る。
しかしトンファーを構えたものの、ロイドの構えに力はない。
――あれは兄貴の偽物……なのに……
魔獣化した兄だったものを割り切ろうとしてもロイドの意思に反して体は言う事を聞いてくれない。
「どうやら、キメラの方の錬成は失敗のようですわね」
そんなロイドの反応を嘲笑う様な声が頭上から投げかけられる。
「マリアベル……」
胡乱な表情でロイドは祭壇の彼女を見上げるが、当のマリアベルはそんなロイドの視線など構わずに考察を独り言で呟く。
「まあ、一回目で成功するとは思っていませんでしたから構いませんけど……それよりも今は――」
階下のキメラと呼んだ存在を一瞥だけで済ませ、マリアベルが注目するのは祭壇の上に映し出された映像。
かつてロイドが見た時と同じガレリア要塞の空の上に佇む《白》の機械人形にマリアベルの興味は集中していた。
「うふふ……これがゼムリア大陸の中で生まれた最高の力……」
アリオスの意識を仲介して《零の魔神》とリンクを繋いだマリアベルはほくそ笑む。
《結社》も帝国もクロスベルも危険だと放置、封印するしかない手に余る代物だが、マリアベルにとっては違う。
どんな経緯があったとしても《零の騎神》は《零の至宝》が生み出したものであり、《零》は《幻》が原形になった至宝。
キーアに使う事はなかったが、クロイス家には《零の至宝》の行動を縛り命令に従わせる強制力がある。
どれだけ強大な存在であっても《零》の定められたルールがあの《騎神》にも適応している。
マリアベルはキーアがそれを錬成した時点で、そう判断した。
「マリアベルさん……貴方は……」
「さあ! 《零の魔神》ゾア=ギルスティン!」
マリアベルは高らかに叫び、命じる。
「幻の眷族の末、マリアベル・クロイスが命じます」
「ちっ――」
「言わせるかよっ!」
サラとクロウの銃撃が飛び――マリアベルが用意していた障壁がそれを弾く。
そしてマリアベルは銃撃を意に介さず告げる。
「ゾア=ギルスティン。クロスベルを貴方の自爆で消滅させなさい」
その言葉は獣の咆哮が治まらない広間に響いた。
「おい……」
「どういう事?」
事前情報だと元国防軍は《零の魔神》を帝国を攻撃するために使うはずだった。
しかしマリアベルの命令は逆のクロスベルへの攻撃。
その意図が分からず困惑する。
「…………マリアベルさん……何を……?」
絞り出したロイドの言葉にマリアベルは振り返る。
「だって……国防軍の目的は帝国への攻撃のはずじゃ……」
「うふふ、それは言葉通りの意味ですわ」
呆然とするロイドや困惑する一同の反応を楽しむようにマリアベルは笑う。
「《至宝》の錬成を終えたクロスベルはもはや用済み……
まあ、放置して良かったのですが、あまりに目に余るコウモリぶりにクロスベルを作り出したクロイス家として最後の責任を取るべきだと思いましたの」
「責任……?」
「立つ鳥跡を濁さずとも言うでしょう?
クロイス家の者として、終わった実験場の後片付けはしないといけないでしょう?」
「後片付け……何を……何を言っているんだ?」
呆然と聞き返すロイドにマリアベルは笑みを持って続ける。
「今回はわたくしがある程度扇動しましたが、それがなかったとしても、帝国領となったクロスベルはこれ以上の愚行を犯す事になるでしょう」
「そんなわけない! クロスベルの人がそんな事をするはずがない!」
「それはロイドさん。貴方が帝国の“真実”を知らないからそんな楽観を言えるのですわ……
帝国の方々はわたくしが言っている意味はお分かりでしょう?」
「っ――」
マリアベルの指摘にロイドは一同を振り返る。
返ってきた言葉はないが、マリアベルの言葉に反論をしない様子からロイドは自分が知らない“真実”があることを分からされる。
「エリィや貴方達がもっとマシな道を示していたのなら……いえ、これは言っても意味ない事ですわね」
マリアベルは一度首を振って、続ける。
「それに結社内でも《幻焔計画》に支障を生み出す《零の騎神》の扱いにはついては賛否が分かれましたから……
ならば、同じく《幻焔計画》にとって目障りになるクロスベルもこの際、掃除してしまうことにしましたの」
愉し気に語るマリアベルにロイドは愕然とする。
マリアベルらしい憎めない、仕方がない人という評価をして彼女の行いから目を逸らしていた自分達の愚行を思い知らされる。
しかしロイドの後悔など知った事ではないとマリアベルは宙に浮かぶ映像――《零の魔神》に振り返る。
「うふふ……でもクロスベルなんかと心中させるには少し惜しい“力”ですわね」
「マリアベル・クロイス……あんたはっ!」
黙り込んでしまったロイドに代わってリィンが駆け出す。
階段を駆け上り、太刀を容赦なく振り抜き――人形がそれを弾く。
「ちっ――」
舌打ちして力任せに人形を押し退けようと太刀に力を込めた瞬間、レンがその人形を横から薙ぎ払った。
「行きなさいリィン!」
マリアベルへの道が拓く。
リィンとレンは最短でマリアベルを討ち取るために踏み出して――
「…………キーア?」
体を半分透かしてキーアがいつのまにかマリアベルとリィンの間に佇んでいた。
「……いや……違う……」
よく見れば髪の色が違う。
それに纏う空気も違う。
「…………」
キーアによく似た少女はじっとリィンを見て、おもむろに首を横に振った。
まるで貴方は違うと言って、少女はマリアベルに振り返る。
マリアベルは背後の少女に気付く素振りはなく、少女はマリアベルの頭を指差して――
「こふ……?」
マリアベルは血を吐いた。
「マリアベルさん!?」
「何が起きたの!?」
突然血を吐き倒れたマリアベルにサラやロイド達が困惑の声を上げる。
「みんなには見えていないのか?」
糸が切れたようにその場に崩れ落ちた人形を他所に、リィンは目の前に佇んだままのキーアによく似た少女と対峙する。
少女は崩れ落ちたマリアベルを一瞥もせずにリィンに向き直る。
「君はいったい……?」
少女はリィンの呼び掛けに冷めた眼差しのまま口を開く。
「――ホロビロ――」
「――っ!? クロウ! オルディーネを呼べっ!」
少女の言葉にリィンは凄まじい悪寒を感じて叫び、躊躇なく少女に背中を見せて駆け出した。
「今の声は――リィンいったい何を――」
「いいから早くっ!」
次の瞬間、少女を中心に黒が広がる。
爆発するように広がった黒の力場は一瞬で広がりリィン達を呑み込み――《鏡の城》を消滅させた。
*
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
クロスベル全土に《零の魔神》の低い雄叫びが鳴動する。
――ホロビロ――
その声に込められた意志がクロスベル人、帝国人の胸に響き渡る。
「何でだよ……? 《零の魔神》はクロスベルの守り神じゃなかったのかよ?」
感じていたアリオスとの繋がりは、より大きなものに押し潰された瞬間を感じさせた。
「それより今、アリオスさんが……」
「うそだろ……あの人がいなくなったら誰がクロスベルの平和を守ってくれるんだよ……?」
「そ、そんなこと言っている場合か!?」
――ホロボス――
《叡智》の繋がりがそれを最後に途切れる。
《魔神》からの殺意を向けられてクロスベル人は恐慌する――事はなかった。
殺意に当てられて気絶する者、運良く意識を保つ事ができていたとしても《錬成》に霊力を搾り取られた者達は立つ事さえできなかった。
「…………今の声、聞こえた?」
「……ああ」
エレインの言葉にキンケイドは頷く。
自分達に向けられたものではなかったが頭に響く殺意の言葉は体の芯を凍らせる程の凄みがあった。
「どうやら《再錬成》を防ぐ事はできなかったようだな」
「元々情報が何もなかったのよ。トールズの子達やロイドを責めても仕方がないわ」
キンケイドの愚痴をエレインは窘める。
「分かっている……しかし……」
戦っていたアリオスは転移術でこの場から消えた。
そしておそらく《零の魔神》に乗っているのだろうが、その矛先は彼らの計画からは逸脱してクロスベルに向いてしまった。
取り残された元国防軍や彼らに賛同して市民たちは揃って腰を抜かして呆然としているか、気絶している。
「自業自得だな。過ぎたる力に手を伸ばして破滅した例はいくらでもある」
「ルネッ!」
エレインに窘められてキンケイドは話を変える。
「だがどうする? 俺達だけでクロスベルに住み全員を避難させることは現実的ではないぞ」
「それなら元凶の《零の魔神》を倒せば済む話でしょ?」
「どうやって? 相手はガレリア要塞を容易く消滅させる相手だぞ」
「それは……帝国軍から機甲兵を拝借して……あとは勢いで……」
「そう簡単に行くわけないだろ……マキアス」
ため息を吐いてキンケイドはマキアスを振り返る。
マキアスは総括府と繋げていた導力通信を切って二人に向き直る。
「今、政府と話をつけた。本当は通商会議が終わった後に受領するはずだった《特殊機甲兵》がある……
僕たちはそれを受け取ってガレリア要塞に急行する……
専用導力トレーラーの運転はエレインに、ここで用意できる導力火器をありったけ載せてもらっているからそれらの扱いはキンケイド先輩に任せます」
「分かったわ」
「了解した」
「オルキスタワーで準備してもらっているので受け取って来てください」
そう指示を出すマキアスにエレインとキンケイドは異論を挟まず、先程から立ち尽くしているみっしぃを一瞥してオルキスタワーへと駆け出していった。
「……」
それを見送ってマキアスは改めてみっしぃに声を掛ける。
「アリ――いえ、みっしぃさん」
「正直に言えば、こんな光景を俺は心の何処かで望んでいたのかもしれない」
マキアスの呼び掛けにみっしぃの中の人は演じる事を忘れて後悔を口にする。
「クロスベルは長年、クロイス家の情報操作、思想誘導によって事件が起きたとしてもそれは帝国や共和国のせいだと考えるように認識を誘導されていた……」
語る言葉はクロイス家の暗闘の一部。
自分は彼らの勢力の新参者だと口を挟まず目を逸らしてきた。
「警察も同じだ……
帝国と共和国からの圧力があったわけでもないガイの事件を早々に迷宮入りにした」
怠惰な市民。当てにならない治安組織。
そして何よりも殺した親友の婚約者に娘を預けて、暗闘に勤しむ自分。
「俺はどこかで……キーアに全てを壊して欲しかったのかもしれない」
クロスベル消滅の危機を前に最初に感じたのが安堵だと言う事に自己嫌悪する。
「貴方の心中を僕如きが計ることは事はできません」
そんな彼の背中にマキアスが言葉を掛ける。
「だけどまあ……貴方のような人でもそんな風に考える事があるんだとほっとしました」
「……それはどういう意味で?」
マキアスの言葉の意味が分からず彼は訝しむ。
「《剣聖》……“理”に至った八葉一刀流の剣士……
僕たちは貴方達の事を自分達とは違う《超人》なんだと思っていました……
そんな僕達のずっと前を歩いているはずの貴方が、人並みに道を間違え、後悔して、人を恨んで……
《剣聖》と言っても人に変わりはないんだって事が分かったんですから」
二年前、クロスベルへと戦いに行った“彼”をどこか遠い存在と思って見送ってしまった時の事をマキアスは思い出す。
「それで《剣聖》としてではなく《人間》として貴方はこれからどうするつもりですか?」
「…………」
マキアスの問い掛けに彼は沈黙を返す。
「ここで罪を償うためにクロスベルと共に消滅するのか、それともクロスベルを守るために《零の魔神》と戦うのか……
今貴方の前にある選択肢はこの二つでしょう」
「…………そうだな」
「そして恥を承知で言わせてもらいますが、そんな被り物をしていても貴方は《ティルフィング》に乗った僕よりも強い」
「過大な評価だが、《零の魔神》の前には《剣聖》の肩書きなどあってないようなものだ」
「そうですか……」
それ以上の問答は無駄だと言わんばかりにマキアスは話を切るように背中を向けた。
「…………君は何故、あれに挑もうとする? 君はクロスベルに思い入れもない帝国人なのに?」
力の差、勝機、そして戦う理由。それらがないだろうマキアスが戦いに挑む理由を彼は尋ねる。
「僕は新米かもしれないけど、警察官なんだ……民間人の命が脅かされているのなら逃げるわけにはいきません」
彼の疑問にマキアスははっきりと答える。
「それに《零の騎神》は確かにクロスベルから生まれたものかもしれませんが、あれは僕達の“友達”の忘れ形見でもあるんです……
そんな友達の忘れ形見にクロスベル消滅なんて罪を背負わせるわけにはいきません」
「…………そうか」
縁も所縁もない帝国人の新米警察官の背中を彼――アリオスは眩しく感じるのだった。
*
ミシュラム・ワンダーランドの象徴とも言えた《鏡の城》はガレリア要塞がされたように空間を繰り抜いたように消滅した。
その抉られて何もなくなった跡地に動くモノがあった。
「グルル……」
体を半分以上抉られた巨大な魔獣は地に堕ちて、抱え込んだ彼らを解放する。
「あ、兄貴……」
ロイドは自分を守ってくれた兄の慣れ果てを見上げる。
「どうやら俺達はお前の兄貴に助けられたみたいだな」
クロウは青い空と何もなくなった《鏡の城》の跡地を見回して肩を竦める。
あの瞬間、《騎神》を呼び出す暇もなく消滅の力に呑まれたが合成獣となったガイによって一同は九死に一生を得た。
しかし――
「兄貴! 返事をしてくれ!」
先程までの凶暴さが嘘のように大人しくなった合成獣にロイドは縋りつく。
「ロイド……彼はもう……」
リィンはロイドを落ち着かせるように肩を掴む。
合成獣の体は魔獣を討伐した時の様に崩れ始めている。
もう助からない。
巨大な体躯から感じる生命力もなく、崩壊を始めている体を治す術はリィン達にはない。
「…………キニスルナ…………」
そんな一同の無念を感じ取った合成獣は理性のある言葉を発した。
「兄貴っ!?」
「ロイド……マヨウナ……オマエがシンジタミチをススメばイインダ」
「あに……にいちゃん……」
「セシルを頼む」
それを最後に合成獣はセピスを撒き散らして砕け散った。
「ああああっ!」
その場に崩れ落ち、泣き叫ぶロイドを他所にリィンは周囲を見回した。
「セシルを頼むって言われても……」
周囲は気持ち良いくらいに何もなくなった荒野。
《鏡の城》に囚われ、グノーシス漬けの電池にされていた被害者たちも含めて綺麗に消えてしまった。
「くっ……」
目の前の光景もあって現実感が湧かない。
助けられた手前、彼の願いを叶えて上げたいと思ってもリィン達にはもはや何もできることはなかった。
「悪いけど、ロイドのお姉さんを探している暇はないわ。すぐにクロスベルに戻らないと」
「レン……」
「分かっているでしょ? 《零の魔神》にマリアベルがクロスベルを消滅しろと命令したのよ……
二人はミシュラムにいるけど、あの人はクロスベルにいるのよ」
普段の余裕の振る舞いを忘れた様に苛立つレン。
「落ち着きなさい。今からクロスベルに向かうって言ったって、どうやって行くのよ?」
サラの言葉にレンはクロウを見る。
「オルディーネで湖を飛ぶのは良いが、どうやってあの怪物を止めるんだ?」
クロウは内戦の時の《零》の圧倒的な力を思い出す。
「鉄砲玉になれって言うのは構わねえが……いやそもそも今はどんな状況なんだ?」
クロウは一度冷静に状況の把握に務める。
「俺達はマリアベルが《零の魔神》にクロスベルで自爆しろって命令していたのは聞いた……
だが、そのマリアベルがいきなり血を吐いて倒れて、俺達は例の“力”で消滅しかけたわけだよな?
あの時、何が起きてたんだ?」
「その様子だとやっぱりみんなには見えていなかったんだな」
クロウの言葉にリィンがあの時見た少女のことを説明する。
「…………キーアによく似た女の子……状況から見て《零の魔神》の精神体でしょうけど」
「そいつがマリアベルを攻撃したって言うなら、自爆命令なんて拒否してるんじゃねえか?」
レンの推測にクロウが楽観的な言葉を口にする。
「とにかく情報を集めましょう。すぐにルーファス総督に――」
「いいや、それについては私が説明しよう」
突然の声に一同は振り返り身構える。
そこにいたのは自分達よりも小さな、白い仮面の男がいた。
「お前は《c》……」
「ガイ・バニングスに抱え込まれた中にいなかったのに、いったいどうやって?」
ガイに守られて消滅を免れたリィン達は、彼に守られなかったにも関わらず何事もなかったように佇んでいる《c》に警戒心を募らせる。
「違うな。《ファザコン》のバレスタイン。今君たちが気にするべきなのは私のことではなく、《ゾア・ギルスティン》についてのはずだ」
「そうね……って、ちょっと待ちなさい!」
「現在《ゾア・ギルスティン》はガレリア要塞にてキーア・バニングスが乗るヴァリマールとユーシス・アルバレアが乗るティルフィングを中心にガレリア要塞駐屯部隊と交戦を開始した」
サラの言葉を無視して《c》は続ける。
「空間消滅の力はキーアが中和しているが、状況は芳しくない……
唯一の勝機だった燃費問題も、《ギルスティン》が《鏡の城》ごとクロスベル市民を“核”に取り込んだため厳しいだろう」
遠く離れたガレリア要塞での戦いについて語る《c》にいよいよ不信感は最大になる。
だが彼に感じる嫌悪感を呑み込んでロイドは尋ねた。
「今《鏡の城》のクロスベル市民を取り込んだって言ったな? それはどういう事なんだ?」
「そのままの意味だロイド・バニングス。《ゾア・ギルスティン》には正式な起動者は不在のまま動いている……
本来“起動者”から供給される霊力を数で補ってはいるが、果たしてどれくらい持つか」
「っ――」
「どうして? 《零の魔神》はマリアベルの命令を拒絶した。なら戦う必要はないはずじゃないのか?」
「それは《ギルスティン》の意思によるものだろう」
リィンの質問に《c》は澱みなく答える。
「《零の魔神》の……意思?」
「かつて《幻の至宝》は人間の度し難い欲望とその業に絶望し、自らの消滅した……
その意志が今はクロスベル全土を含めたものとして全てを消滅させようと動いている……あるいは――」
「クロスベルが滅びるべきだと言うのかっ!?」
《c》の言葉にロイドが激昂する。
「それも一つの結末だろう」
ロイドの熱が籠った言葉を受けても《c》は涼し気な態度を崩さず淡々と続ける。
「《魔都》と呼ばれ、《D∴G教団》を作り、数多の犠牲を積み重ねて《零の至宝》の錬成にまで至った“欲”と“業”……
《ゾア・ギルスティン》がそれに何を思ったのかは、あの子にしか分からない事だ」
「っ……」
どこまでも他人事のように語る《c》にロイドは苛立つ。
それはロイドだけに留まらず、多くの人の危機を前に興味がないと言わんばかりの態度にサラとクロウも顔をしかめる。
「…………それで貴方はレン達にそれをわざわざ説明して何をさせようと言うのかしら?」
同様の嫌悪感をレンは感じながらも話を進める。
「ほう……君は冷静だな」
「そうね。レン達が今からどれだけ急いでも一時間以内にガレリア要塞に辿り着くのは不可能……
それどころか《零の魔神》の攻撃は条件次第ではガレリア要塞からミシュラムまで届く、当然クロスベル市も《魔神》の射程圏内と言う事なのでしょう?」
既に詰んでいる状況にレンは冷静さを取り戻して《c》の目的を考える。
「私の興味は一つだけ」
そう告げる《c》はリィンに向き直る。
「君はこれからどうする?」
「お、俺……?」
「私にはここから戦場になっているガレリア要塞に君たちを送る術を持っている……
その上でリィン・シュバルツァー君。君はどうしたい?」
《c》がリィンに提示した一筋の希望に一同の視線はリィンに集中する。
「どうしたいって……それは……できるなら今すぐ俺達をガレリア要塞に送って欲しいけど……」
「縁も所縁もないクロスベルのために命を懸けて戦うと言うのかね?
はっきり言おう。《零の騎神》は今の君に太刀打ちできる相手ではない」
「ちょっとあんた――」
「《酒乱》のバレスタインは黙っていてもらおう。私はリィン・シュバルツァーと話をしているのだ」
口を挟もうとしたサラを一言で黙らせて《c》は続ける。
「君には遊撃士としての矜持もなければ、警察としての義務もない。そしてまだ士官学生にしか過ぎない君は軍人としての役割を強制される謂れもない」
「多くの人が今この瞬間、犠牲になろうとしている。それを助けたいと思う事が間違いだと言うのか?」
「その善意は素晴らしいものだろう。だが善意には感謝が返ってくるわけではない……
君がここでクロスベルのために戦ったとしても、クロスベルはそこに感謝を感じる事はないだろう……
一時の感謝を口にしたとしても、彼らは忘れ、そして繰り返す」
「勝手な事を言うな! クロスベルはそんな薄情じゃない!」
ロイドの抗議を《c》は聞き流す。
「事実だよロイド・バニングス……
現に世界がクロスベル占領を認めても、君たちが不服だと駄々を捏ね続けた結果が今なのだから」
「ぐっ……」
「リィン・シュバルツァー。君に救える人間には限界がある……
そして君には自分の命を優先する権利もある……
ああ、安心するといい。オルキスタワーに残っているエ――国賓たちは我が同志によって安全は確保されている。故に君は何の憂いもなく選んで良い」
言いたい事は言い尽くしたのか、《c》はそこまで言ってリィンの答えを待つ。
「…………《c》……君が言いたい事は分かる」
「リィン君!?」
「無償の奇蹟を振る舞う事は相手を堕落させる……
俺の手は全てを守れるほどに強くはないし、俺自身はクロスベルなんて正直どうなっても良いとさえ思ってる」
「ほう……」
「だけど……俺が今ここにいるのはその“無償の施し”のおかげなんだ」
「…………」
「“あの人”に何も返せなかった俺がこんな事を言う資格はないかもしれない……
だけど俺は打算のない善意だけの施しが間違っているとは言わせない」
「気持ちは立派なようだが、“力”についてはどうするつもりだね?」
「それは……」
リィンは振り返り、レンを――クロウを、サラを、ロイドを順に見て、さらにその先の向こうで荒野に降り立つ《機甲兵》達を見る。
「《c》……知っているか?」
「何をだね?」
「最上のお願いをする時、帝国人は土下座をするんだ」
その答えに《c》が仮面の奥で顔をしかめるのをリィンは確かに感じた。