短いですが、《零》の騎神戦第一戦になります
「きゃああっ!」
頭を掴まれて《灰》は大地に叩きつけられ、キーアは悲鳴を上げる。
「くっ――」
《零》に突撃しながらユーシスは叫ぶ。
「ヴァリマールを守れっ!」
この戦場の要はヴァリマールとキーアなのは言うまでもない。
彼女が《零の魔神》の消滅の力を中和してくれていなければ、精鋭揃いと呼ばれている帝国の軍隊であっても戦う術すらなかった。
「うおおおおっ!」
《ティルフィング》に並走して三機の《ドラッケン》が疾走する。
接近して来る四機に目もくれず、《零》は太い腕を振り上げて――戦車砲の直撃を受けた。
「散開っ!」
ユーシスの指示に三機の《ドラッケン》が散らばり、戦術リンクを通して彼らが持つ剣にユーシスの戦技が宿る。
砲撃で纏わりついた黒煙が晴れる。
予想通り無傷だが、四人は怯まずに突撃する。
四方から突き出された凍気の刺突が《零》を捉える。
「くっ――」
身構えてすらいない装甲だけで刺突を受け止められたユーシスはその結果に歯噛みしながら指示を飛ばす。
「やれっ!」
四つの剣に纏う氷の戦技が解放され、《零》を氷の中に閉じ込める。
「クリスタルセイバーッ!!」
四方からの戦技が《零》を捉えた氷塊を砕く。
「やったか!?」
「まだだよ!」
一人の兵士の言葉にキーアの言葉が重なり、舞い散る氷の欠片が黒い風に呑み込んで周囲の機械人形を吹き飛ばす。
「くっ……これでも無傷か……」
度重なる攻撃をしているというのに《零》の体には傷一つ付けられないでいた。
「当たっているはずなのに……《騎神》でもこれ程の防御力はなかったぞ」
「当たっている……ううん、届いていないんだよ」
愚痴るユーシスを他所にキーアは短い中でも得た情報を整理する。
「届いていないだと?」
「《零》の周囲には薄いけど《空》属性の力場があるのが観測できた……
たぶん《空の至宝》の“絶対障壁”……空間を断絶させる盾……ううん、鎧。あれを破壊できるのは……」
記憶に検索をかけるものの、キーアが繋がる記憶の中で“絶対障壁”を破ったのは《外の理》の剣だけ。
「必要なのは“絶対障壁”の概念を超える概念の一撃……」
「手はあるのか?」
「…………」
ユーシスの問いにキーアは沈黙を返す。
対《黒》を想定してキーアが考案した武器はある。
しかし立場上、キーアの一存では使えない仕様になっている。
「セドリックかルーファスの承認が必要だけど……」
「兄……ルーファス総督か……」
キーアの答えにユーシスは顔をしかめる。
「……彼はミシュラム方面の部隊にいたはず。彼がここに到着するまで――ちっ」
落ち着いて考えている暇はなく、《零》は周囲の機体を無視してクロスベルへと向かって歩き出す。
装甲車や戦車が《零》を取り囲み、機関銃や大砲を雨のように降り注ぐ。
だが、それだけ命中しても《零》の歩みを止める決定打にはならない。
「――っ、みんな避けてっ!」
「攻撃中断っ! 回避に専念しろ!」
キーアが未来を予知して、ユーシスが戦術リンクを介して軍に指示を飛ばす。
遅れて《零》は黒い風を纏い、嵐を解き放つ。
巨大な竜巻は巻き上げた岩くれや破壊されて放置された機甲兵の残骸を巻き上げて圧縮され、捩じ切られて消滅する。
「――まだ!」
続けて《零》が両腕を広げると黒い稲妻が撒き散らされる。
細い雷撃が触れるとそれを起点に消滅の力が取り囲む軍の中に乱立する。
「ちっ――」
消滅の力場に呑み込まれて、激しく機体を揺さぶられただけで済んだユーシスは生きた心地がしないと舌打ちをする。
剣から銃火器に変移した近代戦を嘲笑うかのような神秘の暴力が軍隊を蹂躙されている。
せめて《灰》が攻勢に出ればとも思うが、《灰》が防戦に徹してくれていなければ自分を含めた兵が何度消滅してるか分かったものではない。
「ルーファス総督の到着を待つしかないのか……」
攻撃は通じず、身を護る事すら《灰》頼みの足止めしかできない現状をユーシスは嘆く。
そうしている間に《零》の周囲に無数の小さな黒い球体が現れる。
「またか……」
小さな消滅の力を全方位に飛ばす無差別攻撃。
「各員、死ぬ気で回避しろ」
それだけを通信で命じてユーシスもまた集中し――
「違う!」
キーアの言葉を示すように、《零》は周囲に展開した無数の黒を右手に集め、掌で呑み込むように握り潰した。
ベキガコと《零》の右腕は膨張と増殖を繰り返し変形する。
そうして作り出された腕と一体化した砲を《零》はユーシス達を無視して大穴が空いたガレリア要塞――その向こうのクロスベルへとに向けられる。
「ダメッ!」
キーアは悲鳴を上げ、《灰》は射線に割り込むように《零》とガレリア要塞の間に入り込む。
「みんな! 力を貸して!」
キーアの呼び声に結界の支点となるために周囲に散っていた鞘の欠片が集まる。
四つの鞘の断片は《灰》の前に集うと正方形の導力障壁を作り出す。
《灰》もまた太刀に《幻》の力を宿して盾にするように前に翳して――《零》が黒の砲撃を撃った。
「――――っ!!」
青い空の空間を黒い砲撃が削る様に浸食して《灰》と障壁を呑み込み、大穴が空いたガレリア要塞に二つ目の大穴が穿たれる。
黒の砲撃はそれらを経ても勢いを衰えさせず、遠くに見えるクロスベル市の象徴であるオルキスタワーに命中――したと思われた瞬間、二つに割かれて霧散した。
「…………はっ……今のは……」
息を詰まらせていたユーシスは思い出したように我に返って被害状況を確認する。
「この距離でクロスベルに届くのか……化物め!」
唯一の幸いはオルキスタワーに施された耐アーツ機能が距離があって減衰したと思われる消滅の力を弾くだけの力があったこと。
しかしそんな情報は何の慰めにもならず、動揺に固まる軍人たちに追い打ちをするように半壊した《灰》が荒野に墜落した。
「ヴァリマール! キーア! 返事をしろ!」
ユーシスの呼び掛けにキーアの答えはない。
それは即ち帝国軍に《零》の力を防ぐ手立てがなくなったことを意味する。
《零》が変形させた腕を元に戻して、クロスベルに向けて歩き出す。
「くっ……」
悠々とした足取りで進む《零》にユーシスは兵を鼓舞する言葉に迷う。
《零》が向かう先が帝国ならば、兵達も《灰》が堕ちたとしても士気を保ち戦えただろう。
だが《零》の矛先は何故かクロスベルに向いている。
今のクロスベルにはオズボーン宰相を始めとした周辺国の国賓もいる。
だがそれを差し引いても、クロスベルが目覚めさせた《零》からクロスベルを守るという状況に不満を感じない兵達は少なくない。
「何が帝国の野蛮な“列車砲”だ……国際テロリストと結託してあんなものを造ったクロスベルの方がよっぽど野蛮じゃないか」
誰かの呟きが通信に乗る。
それが余計に士気を落とすのをユーシスは戦術リンクで感じてしまう。
クロスベルに向かおうとしている《零》を帝国軍は見送ってしまう。
しかし――
「クロスベルには行かせない……」
ノイズ混じりの声が通信に流れる。
壊れた全身を急速に修復させ、軋ませながら太刀を杖にして《灰》は立ち上がり、《零》の前に立ち塞がる。
「アナタに……クロスベルを壊させるわけにはいかない……クロスベルは……キーアが守らないといけない――」
言葉の途中、《零》は《灰》の頭を掴んでまだ残っている壁に叩きつける。
崩れ落ちた《灰》はそのまま《零》の足にしがみついてその進行を少しでも遅らせようと縋りつく。
「お願い……止まって!」
通信に必死なキーアの言葉が響き渡り、ユーシスは己を恥じた。
「戦え! 祖国を守ろうとする少女を助けずして何が武を尊ぶ誇り高き帝国人だ!」
ユーシスが乗った《紅》が先陣を切る。
「――っ、そうだ女の子を戦わせておいて高みの見物なんてできるか!」
「俺達は誇り高い帝国軍人だ! 敵が強大だからと言って退いてられるか!」
ユーシスの鼓舞に呼応した帝国人が続く。
そんな彼らに《零》は《灰》に足を押さえられたまま、黒い球体を放つ。
「おおおおおっ!」
ユーシスは目の前に迫る黒に怯まず、盾を突き出し――
「《ARCUS》駆動――」
盾に組み込まれた導力器に《空》の導力魔法を駆動させたまま暴走させる。
黒に触れた盾は抵抗も許さずひしゃげ、その勢いは留まらず《紅》を呑み込もうとした黒い球体はその内部で爆ぜた盾の《空》の力によって相殺される。
「オオオオオオオオッ!」
雄叫びを上げ、《紅》は剣を前に突き出して《零》に突撃する。
《零》は鬼気迫る刃に掌を差し出して受け――剣がくしゃりと潰れた。
「まだだっ!」
剣が潰れた事に怯まずユーシスは《紅》をそのまま突撃させて《零》に抱き着き、壁に押し付ける。
「うおおおっ!」
「ユーシス様に続けっ!」
「っ――キーアも!」
武の優美さをかなぐり捨てて壁に押し付けた《紅》の背中を《機甲兵》達が――《灰》が一丸となって支える。
彼らはもはや《零》の撃破など考えず、一秒でもこの場に引き留めて、本隊の準備ひいては《金の騎神》の到着を待つための捨石になる覚悟で《零》を押さえ込む。
「どうやらこの距離ではあの力は――」
密着状態だと言うのに消滅の力を使ってこない《零》にユーシスは一縷の希望を見出し――
「――――ハコウケン――――」
その拳は《紅》の腹部に食い込み――振り切られた拳撃の衝撃波が積み重なった機甲兵を薙ぎ払う。
「――かは……」
コックピットの衝撃吸収機能を突き抜けた拳の一撃にユーシスは《紅》の中を赤く染める血を吐く。
だが、そんな彼を落ち着かせる暇もなく頭上が黒で覆い尽くされた。
「…………ここまでか……」
空に手を翳した《零》の掌の上に、機体の何倍もの大きさの黒い球体が作り出される。
ガレリア要塞を消滅させた以上の規模の力に空間そのものが鳴動する。
「いや、まだだ」
「ユーシス様とキーア嬢を守れっ!」
圧倒的な消滅の予感を前に《機甲兵》は倒れ伏す《紅》と《灰》の壁となるように整列する。
「お前達……」
「待ってみんな」
「機甲兵の導力を暴走させて障壁にすれば一度は防げるとユーシス様が実証してくれたじゃないですか」
そう言う声は震えていた。
「先程と今のでは規模が違い過ぎ――ゴホ――」
無謀だと叫ぼうとしたユーシスは血を吐いて咳き込む。
「みんな逃げて! もうキーアはみんなを守れない!」
キーアの悲痛な叫びに帝国軍人たちは苦笑する。
「キーアって言ったな。クロスベルの魔女だなんて言って悪かった。君は立派だ」
それを告げて彼らは巨大な黒を見上げる。
次の瞬間、自分達をこの世から消し去る力を前に、体が震える。
だが無様は見せないと仲間達と一つの導力障壁を作り出す。
「見ろ! これが帝国軍人の意地だ!」
「エレボニア帝国に栄光あれ!」
怖気づいてしまう心を奮い立たせる叫び。
そんなものに一切の興味を示さず《零》は腕を振り被り、極大の消滅の力を振り下ろした。
全てを無に帰す《零》の一撃は――彼らを呑み込むことなくあらぬ方向へと飛び去り爆ぜた。
空の大気が消滅し竜巻の如き風が吹き荒れる。
その中でユーシスは、キーアは、帝国軍人たちはそれを聞き、《零》の斬り飛ばされた右腕を見た。
「四の型、紅葉斬り」
精霊回廊を通ってミシュラムからガレリア要塞に駆け付けた《白の機神》は残心するように《零》の腕を斬り飛ばした太刀を納刀した。