閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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45話 特別演習報告Ⅱ

 

 

 

 カコンと音が鳴り響く。

 その音にリィンは改めて帰って来たのだと実感する。

 

「あああ……」

 

 温泉に浸かったクロウは親父臭い呼気を吐き出して熱い湯をその身に堪能する。

 

「生き返るな……」

 

 クロスベルでの戦闘から三日。

 これまでの激務を思い出してクルトは遠い目をする。

 

「これが温泉ってやつか……まあ悪くはねえんじゃねんか?」

 

 露悪的にアッシュはひねくれた感想を告げる。

 

「……ともかく今日でクロスベルの実習は終了か……みんなお疲れ様」

 

 リィンはⅦ組の、それに加えて第Ⅱの生徒達が広い大浴場をそれぞれ楽しんでいる。

 その事を我が事のようにリィンは喜ぶ。

 

「で、シュバルツァー」

 

 すすとアッシュはそんなリィンに近付き、耳元で囁く。

 

「女湯を覗けるスポットはどこだ?」

 

「…………」

 

「イテテテテッ!」

 

 無言で腕を極めるリィンにアッシュは腕をタップして痛みを訴える。

 

「お前は……あれから働きづめだったのにどうしてそんなに無駄に元気なんだ?」

 

 リィンは溜息を吐き、改めて今の状況を振り返った。

 

 

 

 

 クロスベル再独立戦争と呼ばれるテロ事件は《零の魔神》の撃破からあっさりと解決した。

 というのも主犯である元クロスベル国防軍のメンバーたちは《零の至宝》の錬成の際に市民と同じように霊力を搾り取られ、戦闘行為すらできない状況に陥っていたからである。

 そして何より、《零の魔神》に取り込まれて感じたアリオスの死が彼らの心の支柱を折り砕いていた。

 正確には彼はマリアベルが造り出したホムンクルスではあったが、それを区別する術はクロスベルの民たちにはなく、彼らはアリオスの死を心の底の部分で実感させられたことになる。

 クロスベルの英雄の死は大きく、元国防軍は碌な抵抗もなく捕縛された。

 また彼らの潜伏に協力していた市民に関してはあまりにも協力者が多く、全てを取り締まる事はできないと言う事で不問となった。

 今後のクロスベルの扱いについては、帝国だけではなく今回通商会議に参加して事件に巻き込まれた各国の重鎮と共に協議される事となる。

 

 そして問題になるのは《零の至宝》の錬成の贄として市街から攫われ、《グノーシス》漬けにされた挙句に《零の魔神》の電池として取り込まれた被害者たちの扱いだった。

 “核”を回収した事で彼らを救助する事はできたが、《至宝の錬成》と《魔神の燃料》にされたことで取り込まれた数百人は全員生きているだけの状態に陥っていた。

 ウルスラ医科大学病院には彼らを治療する技術はなく、七耀教会も手の施しようがないと匙を投げる程の重篤な状態だった。

 そこで白羽の矢が立ったのは、帝国のとある温泉郷だった。

 

 二年前の帝国の内戦で一度は山崩れに呑まれて消えてしまった郷だったが、ノルティア州領主ログナー家の全面的な支援を受けて復興がなされた。

 その際の郷が切り拓かれた場所は、山崩れで露わになった剥き出しの七耀鉱脈と表現するしかない結晶の大樹のふもと。

 大樹を中心に湧き出る温泉は再起不能と医者に診断された剣士が再び剣を握る事ができるようになったという曰くの効能があるものだった。

 専門家が言うには温泉だけではなく、その一帯に滞留する温泉の空気に微弱な医療効果があるとされ、ユミルは万病を癒す温泉郷となった。

 もっとも現在は復興を優先しており、一般観光客には解放されておらず、一部の人間にしかその郷の事は知っている者はいなかった。

 

 今回はその効能を当てにして、被害者一同は帝都から派遣された《パンタグリュエル》に搬入、搬送された。

 またガレリア要塞が消滅して、焼け野原となり、山が誕生した事で鉄路が寸断され、《第Ⅱ》はもちろん通商会議に《アイゼングラーフ号》で訪れたオリヴァルト達も帰還困難となった。

 《第Ⅱ》は人手不足ということもあり、《パンタグリュエル》への被害者の運び込みを手伝い、ユミルを経由してリーヴスに戻ることになったのだが――

 

 

 

 

「それでは《トールズ第Ⅱ分校》の諸君、今日までよく働いてくれた」

 

 ユミル温泉宿《鳳翼艦》の大宴会場にてオリヴァルト皇子は音頭を取る。

 クロスベルから帝都に直接帰還せず、何故か《パンタグリュエル》に同乗してきたエレボニア皇子は労いの言葉を続ける。

 

「君たちのおかげで、招待した各国の首脳陣も無事。クロスベル消滅の危機も免れた。改めて御礼を言わせてもらおう」

 

 しかし労いの言葉を受ける《第Ⅱ》はその状況に温泉で癒されたはずの気分が重くなっていた。

 

「おいシュバルツァー。お前が聞けよ」

 

「何で俺が……?」

 

 アッシュに小突かれてリィンは文句を返す。

 

「お前しかいないだろ。ここの当主の息子で、教官どもは役に立たねえんだから」

 

 アッシュの小声の言葉に賛同するようにリィンの周りの同級生たちは視線で訴える。

 オリヴァルト達の上座の席の端にはミハイル教官を始めとした教官たちが座っている。

 しかもみっしぃ教官こと本物のアリオス・マクレインもそこにいるのだが、彼らは黙してこの状況を受け入れていた。

 リィンは仕方がないと肩を竦めて手を挙げた。

 

「発言、よろしいでしょうか?」

 

「おや、何だいリィン君?」

 

「オリヴァルト皇子、それにオズボーン宰相。それにアルフィン皇女殿下、何で貴方達がユミルにいるんですか?」

 

「おいおいリィン君。つれない事言わないでくれたまえ」

 

「フフ……今回の事件の最大の功労者である君たちを労うのは当然であろう」

 

「そうですよ。ここには来れなかったルーファス総督に、自分の分も労って上げて欲しいと頼まれましたから」

 

「……そうですか……まあ、皇子達については納得します」

 

 《パンタグリュエル》とは別に《カレイジャス》もクロスベルに来たのだが、オリヴァルト皇子達は帝都ヘイムダルに帰還するのではなく何故かユミルに着いて来た。

 

「で、そちらの方達は自分の見間違いでなければ、ロックスミス大統領とアルバード大公、クローディア王太女殿下であられますよね?」

 

「ははは! リィン君、そんなにかしこまらなくて結構だよ。今日は無礼講なのだから」

 

「ええ、今日の主役は君たちなのだから私達の事は気にせず楽しんでくれたまえ」

 

「リベールから取り寄せてもらったものもありますから是非楽しんでください」

 

「いや、貴方達こそ帰るべきですよね!」

 

 朗らかに笑いかけてくる重鎮たちにリィンは思わず突っ込む。

 

「あんな事件があったばかりですよ!? 何で護衛を最小限に《カレイジャス》に乗ってるんですか!? 帝国のど真ん中のユミルまで来ているんですか!?」

 

 打てば響く反応にロックスミスは笑いながら応える。

 

「うむ実は今、カルバード共和国の導力ネットでユミルの事が話題になっていてね。キリカ君」

 

「どうぞ」

 

 ロックスミスは控えていたキリカから導力端末を受け取り、軽く操作すると画面をリィンに見せた。

 そこにはユミルの大樹を背景に二人の見覚えがあり過ぎる男女が写っていた。

 

「おやおやリィン君ってば隅におけないねえ」

 

 背後からそれを覗き込んでオリヴァルトは顔を寄せ合う二人の男女、リィンとシズナの写真に笑みを浮かべる。

 

「何やってるんだあの姉弟子は!?」

 

 リィンは頭を抱えて絶叫した。

 あの姉弟子は自分が猟兵団《斑鳩》の副長である意識はないのか、導力ネットにおける情報管理の甘さについて考えずにはいられない。

 

「ちなみにロックスミス大統領、その導力ネットの写真はそれだけなのですかね?」

 

「いえ、『私の弟弟子』と題して様々な写真が掲載されていましたよ。例えば……」

 

 ロックスミスが端末を操作すると写真が切り替わり、そこにはシズナに膝枕をされて眠っているリィンの姿があった。

 

「テメエ! シュバルツァー! 何て羨ましけしからんことを!」

 

「何がけしからんだ! これは姉弟子の《零月一閃》くらって気絶させられた時の写真なんだぞ!」

 

 嫉妬を露わにする同級生たちの言葉にリィンは反論する。

 

「ああ、くそっ! ロックスミス大統領は分かりましたが、アルバート大公は何故?」

 

「私もロックスミス大統領と似たような理由だね……

 ユミルの新しい温泉の効能の噂はレミフェリアにも届いていてね、是非サンプルが欲しいとオリヴァルト皇子にお願いしたんだ……

 ユミルの温泉や大気を解明できれば、今も治療法が見つからずに病気で苦しんでいる人達を救う一助になるかもしれない」

 

「それに今回のクロスベル被害者についての支援も彼らは約束してくれたからね……

 特にレミフェリア公国からは医療スタッフを多く派遣してもらう事になっている。だから現地視察も兼ねて彼らにいらしてもらったのだよ」

 

 アルバートの理由にオリヴァルトが補足を入れる。

 

「くっ……」

 

 事が医療に関わる事ならば反論し辛く、リィンはクローディアを見て――

 

「私ですか……そうですね」

 

 勿体つけるクローディアにリィンは悪寒を感じた。

 

「昔、故郷のユミルを案内してくれると言ってくれた男の子がいたんです……

 でもその子の事がちゃんと思い出せないんですけど、リィン君は何か知っていますか?」

 

「…………イイエ、シリマセン」

 

 クローディアの笑顔の問い掛けにリィンは本能的な恐怖に屈して目を逸らす。

 

「フフ、若者を揶揄うのもその辺りにしてやりたまえ」

 

 そこでオズボーンがリィンに助け船を出す。

 

「建前はともかく、最低限決めるべき議題の話し合い、更には今回の事件を踏まえたクロスベルの扱いなど通商会議をまだ終わらせるわけにはいかなかったのだよ」

 

 オズボーンが理由を告げると、それにオリヴァルトが補足する。

 

「しかしあの場で続けるにはそれこそ保安上の問題があったし、会議を続けるなら一度仕切り直す必要があったのさ……

 来賓の方に一度帰国してもらうよりも、別の場所に一時滞在してもらった方が効率は良かったんだよ」

 

「そうですか……なら自分達には異論はありませんが……」

 

 元より彼ら国家代表の行動にリィンは意見できる立場ではない。

 

「とは言えリィン君の懸念ももっともだ……

 この場の主役は君たちだ。僕たちがいては羽も伸ばす事もできないだろうから挨拶を済ませたら退出させてもらうよ」

 

 オリヴァルトの言葉に第Ⅱの生徒達は安心したように息を吐く。

 

「それでは改めて、トールズ第Ⅱ分校の諸君。この度はよく働いてくれた……

 今日は存分に食べて、楽しんでくれたまえ」

 

 そうしてトールズ第Ⅱ分校の第二回特別演習を締めくくる宴が始まった。

 

 

 

 

「はあ……」

 

「あら、ユウナさん。あまり食事が進んでいませんね」

 

 ため息を吐く隣の席に座るユウナにミュゼが言葉を掛ける。

 

「やはり帝国の食事はお口に合いませんか?」

 

「ううん、そんなことないよ」

 

 ユウナは空元気を振り絞りミュゼに応えるが、その意識は彼女はもちろん料理にも向けられる、挨拶もそこそこに退出したオリヴァルト達が出て行った扉を見てしまう。

 

「気になりますか? オリヴァルト殿下達が何を話しているか?」

 

「それは……うん……」

 

 ミュゼの言葉にユウナは頷く。

 

「今、各国の偉い人が話しているのはクロスベルをどうするかって話よね?」

 

「ええ、そうですね」

 

 俯いてもらしたユウナの言葉をミュゼは肯定する。

 

「通商会議と言っても、その議題の大半は事前のやり取りである程度答えは決まっています……

 会議を行うのはあくまでも公式の場でそれがこう決まりましたと民衆にアピールするための場でもあります」

 

 だからこそ事前に今回のクロスベル再独立事件について話し合いが行われている。

 そう考えてしまうとどんな料理も喉を通らない。

 ましてやユウナの弟妹もユミルで療養を受けると言うのだから気が気ではない。

 

「クロスベルは帝国に占領された事で各国に許されていたところがありましたから……

 ですが今回の事件でクロスベルは逮捕されたディーター元大統領を支持する人達の方が多いと知られてしまったのは致命的でしたね」

 

「夢や自由が欲しいって言うのはそんなに悪い事なの?」

 

「夢や自由を求めるのは良いですが、そこに責任が生じるのを忘れて権利だけを叫ぶのは傲慢なのではないでしょうか?」

 

「…………ミュゼ達にとって元国防軍の姿は私だったんだよね?」

 

「それは……」

 

「何を今更」

 

 率直な答えを控えて口ごもったミュゼだったが、逆隣に座っていたアルティナがはっきりと頷いた。

 

「口を開けば帝国批難とクロスベル擁護ばかり、それでいて具体的な行動は何もしていないので、正直今回のテロリストの方が武力行使を許可されていた分――」

 

「はい、アルティナちゃん。お口にチャックをしましょうね」

 

 アルティナの言葉の一言一言で見る見る落ち込んでいくユウナを見兼ねてミュゼはアルティナを静かにさせる。

 

「こほん……

 そこまで悲観する必要はないでしょう。戦いの規模に対して犠牲者が奇蹟的に零だったのはキーアさんの功績によるものだという事になりましたから」

 

「でも……」

 

「ユウナさんも罰が欲しいのなら、アリオスさんと同じように私たちが卒業するまでみっしい刑をしますか?」

 

「うっ……」

 

 ミュゼが出してきた罰にユウナは唸って、部屋の片隅にいるアリオスに視線を向ける。

 公式的には死亡扱いとなったアリオスは本人が望んだこともあり、クロスベル追放という処罰が下され、観察期間として《第Ⅱ》の教官を続ける事となった。

 ただしアリオス・マクレインは死亡した事となっているため、これまで通りにみっしぃの着ぐるみを着ている事が条件でもある。

 誰かさんは喜びそうな刑だが、一日のほとんどをみっしぃでいられる程の忍耐をユウナは持ち合わせていない。

 

「ふふ……」

 

 少し脅かし過ぎたかとミュゼは微笑む。

 今までのユウナならば少しでもクロスベルを批判するような事を言えば、耳を塞ぎ反発していたが今回の特別実習を経て意識は良い方向へと変化しているようだった。

 

「私達がここで考え過ぎても仕方がありませんよ。今は私達のために用意された御馳走を頂き、しっかりと休んで英気を養いましょう」

 

 そう言いながらミュゼはユウナのグラスに飲み物を注ぐ。

 

「…………ミュゼさん、それは――」

 

「ささ、ユウナさん。一杯どうぞ」

 

 アルティナが何かを言い咎めようとするが、ミュゼはユウナに飲み物を勧める。

 

「うん……ありがとうミュゼ」

 

 ユウナは後ろ髪を引かれながらミュゼが差し出したグラスを受け取り、勢いに任せるように一機の飲み干して――

 

「ひっく……」

 

 

 

 

 とある惨状が起きた食事会も終わり、男子と女子はそれぞれの大部屋で夜を過ごす。

 

「…………」

 

 リィンは大部屋の片隅で持ち込んだ導力端末と向き合っていた。

 

「ランディ教官、どうやら女子たちはもう一度温泉に向かうようです」

 

「そうか……」

 

 シドニーの報告にランディは厳かに頷き、広げた地図に視線を下ろす。

 

「さて、お前達特別授業だ……

 この地図のA点を狙撃するとして、最も適した狙撃ポイントは何処だと思う?」

 

 ランディが出した問いにパブロがまず答える。

 

「やっぱ、この辺りじゃないか?」

 

「いや、そこだと施設の壁があるから無理だな。まずは遮蔽物を見越した射線も考えて取れる射角の範囲は見極めてみろ」

 

 さっそくクロウがダメ出しして地図に新たな情報を書き込んでいく。

 

「じゃあ、この辺りはどうだ?」

 

「ダメだ。そこは日当たりが良い。今の時期だと植生が濃くて視線が通らないだろう」

 

 アッシュが当たりをつけた場所にランディはダメ出しをする。

 

「……やはりみんなもあの戦いで思う事があったんだな」

 

 横で会話だけを聞いていたリィンは彼らの熱心さに自分も負けていられないと、端末の中の映像に集中する。

 映像は《機甲兵》のメインモニターの記録映像。

 まだ未編集のコピーをクロスベルを出発する前にルーファスから貰っていたリィンは《零の魔神》の戦闘をつぶさに観察する。

 

「お前達、何をしている!?」

 

「流石にそれはダメですよ」

 

「クロウ……そこまで堕ちたか」

 

 クルトとカイリ、そしてスタークが盛り上がるランディ達の授業に口を挟む。

 

「おいおい、坊ちゃん共いい子ぶってんじゃねえよ」

 

 そんなクルト達の咎めの目をアッシュは鼻で笑う。

 

「まあまあどっちもそんなに目くじらを立てるなって」

 

 一触即発の空気にランディが口を挟む。

 

「そもそもだクルト。よく考えてみろ」

 

「…………何をですか?」

 

「今のあいつらは…………丸腰だぞ」

 

「はっ! 確かに!」

 

 ランディの指摘にクルトははっと気付きを得る。

 

「クルト! 騙され――」

 

「スターク。ユミルはまだ開拓が始まったばかりの郷だ……

 郷の外にある狙撃ポイントの安全確保は俺達士官学生の役割だと思わないか?

 今回温泉にいるのは皇族やリベールの王族なんだぞ。万が一があったらどうするんだ?」

 

「た、たしかに……いや、そうじゃない。俺は――」

 

「思えばスターク。お前とはちゃんと腹を割って話をするべきだったな。どうだあの頃みたいにちょっとしたピクニックなんて」

 

「…………ク、クロウ……クロウ兄ちゃん……」

 

「ふ、二人とも!?」

 

「よーし、それじゃあ行くか!」

 

「ああ、行くぜ」

 

 シドニーとパブロがカイリを両側から抱えるようにして大部屋から出て行く。

 それにランディとクルトが、クロウとスタークが続き、アッシュが振り返った。

 

「シュバルツァー、お前はどうする?」

 

「俺は戦闘履歴の整理をしたいから良いよ」

 

 既に食事の前に温泉に入っているのでリィンはデータ整理の方を優先すると画面を見たまま答える。

 

「そうか……」

 

 それ以上無理強いはせず、アッシュは踵を返して――

 

「アッシュ……温泉を普通に楽しめよ。普通にな」

 

「ん……? ああ」

 

 リィンの指摘にアッシュは生返事をしながらランディ達の後を追うのだった。

 静かになった部屋でリィンは黙々と作業を続ける。

 初期戦闘のガレリア要塞に配備されていた数十機の《機甲兵》のログから《零》の動き、行使された“力”を観察する。

 

「これが最低限か……」

 

 キーアからの情報によれば、《零》の力のほとんどは《黒》に奪われており、今回の“力”の源は儀式によって得た人工聖獣の血に起因するものらしい。

 

「起動者なしでこれなら……」

 

 《零》の力を喰い、最も《鋼》に近い《黒》の力を想像してリィンは気持ちを沈ませる。

 

「いいや、まだ時間はある。少しでも《零》の力を俺のモノにしないと」

 

 やる前から挫けそうになる気持ちを呑み込んでリィンは画面越しに《零》が使っていた術を理解しようと努める。

 どれくらいそうしていたか。

 リィンは様々な映像から《零》の術を観察し続ける。

 時折、開け放たれた窓の外から銃声や爆発音が聞こえてくるが、リィンは見向きもせずに作業に没頭する。

 

「こらっ」

 

「うわっ!?」

 

 集中していたリィンは不意に首に冷たいものを押し付けられて悲鳴を上げる。

 

「レ、レンッ!? どうして男部屋に!?」

 

「どうしてって……」

 

 振り返ったリィンの反応に浴衣を着たレンは呆れる。

 

「お友達と遊ばないでこんな所で一人で何をしているのかしら?」

 

 まだ就寝には早い。

 何処かへ出かけたランディ達の他にも、クラスメイト達はそれぞれ思い思いにユミルを散策しているだろう。

 人によっては遊戯部屋でビリヤードやブレードに興じて、特別演習の疲れを癒しているだろう。

 

「なのにリィンは戦闘の復習?」

 

「必要な事だろ」

 

 リィンはレンが差し出した缶ジュースを受け取りながら視線をモニターに戻す。

 

「あの戦い……本物のリィン・シュバルツァーならあんなに被害が拡大する事はなかったんだ」

 

 振り返ってみてもリィンは己の不甲斐なさを感じずにはいられない。

 

「リィン……」

 

「少なくても二年前のリィン・シュバルツァーは《灰》で《零》と戦闘はできていた……

 ティルフィングとヴァリマールの違いはあるかもしれないけど、あんなに一方的な戦いにはならなかったはずなんだ」

 

 しかしいくら頭で考えても、リィンは《零の魔神》への有効打を思い付かない。

 

「せめてレンが使った《空の鎧》を妨害する術式くらいは使えるようにならないと」

 

 そう呟くリィンにレンは肩を竦める。

 

「リィン、本物の彼のことは忘れなさい」

 

「でも……」

 

「今の“リィン”は“リィン”で良いのよ。本物と同じになる必要はない……

 力が足りないならレン達がリィンの力になる。そうでしょう?」

 

「それは……」

 

「ふふ、でも今のレンはリベールの学生だから、とりあえずティータをこき使って良いわよ」

 

 おどけてみせるレンにリィンは笑えなかった。

 

「しょうがないわね」

 

 そんなリィンを見兼ねてレンは肩を竦め、導力端末の横に記録クォーツを置いた。

 

「……これは?」

 

「後でティータに見せなさい。《零》が使っていた術をいくつか解析して機神用のアーツに落とし込んでおいたわ……

 それを上げるから今日はレンに付き合いなさい」

 

「え……?」

 

「おじ様もおば様もリィンの様子がおかしいって心配していたのよ。ほら、行くわよ」

 

 レンはリィンの後襟を掴むと引き摺る様に部屋から出る。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

「悪いけど待たないわ。リィンが息抜きをしないから強制的に息抜きをさせて上げるわ」

 

 そう言ってレンはリィンをとある一室に連れ込み、そこにはミュゼとティータが待ち構えていた。

 

「うふふ、ミュゼ、ティータ、準備はできてる?」

 

「はい、もちろんですレンさん」

 

「各種道具も全部揃えてるよレンちゃん!」

 

 小悪魔的に笑うレンに女郎蜘蛛の微笑みを浮かべるミュゼ。そして好奇心を追究するティータの満面の笑顔。

 

「待ってくれ。三人共、これはいったい何なんだ?」

 

 猛烈な嫌な予感を感じるリィンだが、レンが指を鳴らすと導力魔法の枷がリィンの首に嵌る。

 

「リィンが悪いのよ」

 

 ふふふと笑みを深くしてレンは笑う。

 

「リィンが悪いのよ。他のお友達と遊ばずに引き籠っているから……

 リィンが悪いのよ。おば様たちに心配をかけるから……

 リィンが悪いのよ。リィンがこんなにかわいいから」

 

「レ、レン……」

 

 狂気さえ感じるレンの小悪魔的な振る舞いにリィンは震え上がる。

 そんなリィンを安心させるようにレンは慈愛の笑みを浮かべる。

 

「宴会には余興の一つも必要でしょう?

 あとはオリヴァルト皇子とクローディア王太女が“リン・シュバルツァー”を御所望なの」

 

「っ――ぐえっ!?」

 

 リィンは逃げ出した。

 しかし導力の鎖がレンの手とリィンに嵌められた首輪を繋いでそれを妨害する。

 

「さあ、リィンさん。お化粧をしましょうね」

 

「大丈夫です。リィンさん、頑張って綺麗にしてあげますから」

 

 迫るミュゼとティータにリィンは顔を引きつらせる。

 

「やめろ……やめてくれええええっ!」

 

 リィンの悲鳴は防音の部屋に虚しく閉じ込められるのだった。

 

「ん……?」

 

 別室にてハーモニカの準備をしていたアルティナは聞こえたような気がしたリィンの悲鳴に首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 






 書き切れなかった後始末

 マキアス、ロイド及び公安七課
 成果としてはマリアベルを取り逃がすなど失点もあったが、現場の判断や即応性などで一定以上の有用性は示せたので運用は継続。
 現在はクロスベルにて、ルーファスの指揮下に入り、元国防軍の潜伏していたジオフロントなどの洗い出しを行っている。
 それが済み次第、帝国全土を対象に結社を捜索する任務に従事する事となる。


 アリサ
 通商会議の影響を考えて列席していたけど、基本的に意見を言う立場なのではないのでモブと同等の扱いになっていた。
 今回は各国の代表と共にユミルに訪れていたが、彼女は彼女で復興支援としてオーブメントを提供していたユミルへの視察も兼ねてだった。
 なお露天風呂周りの造りなどはアンゼリカとアリサが監修しており、覗き防止用のトラップなども完備されている。
 また山崩れという前例があるため、《鳳翼館》は《鳳翼艦》に改造されているが、ユミルの開拓が優先されているため完成度は40%程度。

 クロスベル
 特務支援課の事実上の敗北。
 アリオス・マクレインの死亡。
 そして《零の魔神》の怒り。
 以上の事から根強く残っていたディーター反二大国思想や独立思想は根本から叩き折られ、残存兵は抵抗なく帝国に投降する。
 ジオフロント潜伏や資金・食料提供など、追及するとかなりの市民が彼らの潜伏に協力していた事から全ての人間と取り締まるとクロスベル州の運営そのものが破綻する事になる。
 キーアの働きによる温情、嘆願は帝国側にとっては市民の罪を不問にする良い口実となった。

 市内から攫われて《零》の電池にさせられた被害者は救助されるものの、全員霊力を枯渇された上での重度のグノーシス浸食を受けた植物状態。
 ウルスラ医科大学病院では収容人数もキャパシティーオーバーであり、治療方法も必要なのは法術による治療になる。
 そこで白羽の矢が立ったのは、ヴィクターを復帰できるようになるまで回復したユミルの温泉。
 後にレミフェリアやアルテリアからも治療のための人員が派遣されるが、今のクロスベルに他国からのスタッフの安全を保障するための処置でもある。
 まだ温泉郷として開村していないユミルは数百人を収容するスペースはないのだが、《パンタグリュエル》を野戦病院として一時的に転用する事で問題を解決している。
 (開拓予定地などの空き地などを利用)
 ユウナの弟妹のケンとナナ、そしてセシルもユミルに搬送されて治療を受けることになります。

 クロスベルの今後。
 二度目の《結社》との結託によってテロを起こしたクロスベルの扱いについては結論として保留となる。
 理由としては強引な《零の至宝》の錬成による、土地へのダメージがあり、潤沢な埋蔵量があると予想されていたマインツ鉱山の採掘に影響を始めとした調査項目が増えたから。
 他にもガレリア山脈が閉じたため、大陸鉄道を敷き直すには山を開通させなければならない事。
 帝国と共和国の仲を考えるとこのままの状態の方が良いのではないかとオリヴァルトが進言。

 二度に渡る独立騒動を起こしたことによりクロスベルへの世界の信用は地に堕ち、七耀石の採掘量が減少。
 また営業停止状態だったミシュラムも《鏡の城》が消滅したことによりワンダーパークは事実上の閉鎖。
 立地は変わらず大陸の中央だが、鉄路で繋がっていないのなら共和国の端でしかないのでクロスベルそのものの価値が大きく変動する事になる。

 ある意味、どこの国からも見向きもされなくなって独立できる可能性は出て来たかな?


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