閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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48話 休息

 

 

 

 第二回特別演習から帰還した生徒達は降って湧いた休暇に心を躍らせ――る事はできなかった。

 

「…………」

 

 学生寮の食堂で黙々と分厚い機甲兵マニュアルを読みながら食事をするリィン。

 

「…………」

 

 そんなリィンから対角線上まで距離を取って食事をするアルティナ。

 入学からほぼ一緒に行動していた二人が距離を取る異常事態に気まずい空気がそこに満ちていた。

 

「ちょっとどうしたのよ?」

 

 そこに空気を読まずにユウナがリィンに近付く。

 

「アンタ達が離れてるなんて何かあった? 喧嘩でもしたの?」

 

 矢継ぎ早の質問にリィンは少しだけ驚く。

 

「別に……」

 

 短いリィンの言葉にユウナはなるほどとしたり顔で頷く。

 

「喧嘩したのね」

 

 目を背けるリィンに既視感を覚えてユウナは断言する。

 

「しょうがないなあ、お姉さんに話してみなさい」

 

「いきなり何を言っているんだ?」

 

 姉風を吹かせるユウナにリィンは白い目を向ける。

 

「だって二人とも喧嘩した家の弟と妹とやっていることがそっくりよ……

 まったくもう、ちょっと待ってなさい」

 

「え……?」

 

 大袈裟に肩を竦めると、ユウナは食事のトレイをリィンの対面に置いてアルティナの方へと歩いて行く。

 そこで一言、二言言葉を交わすと、ユウナは逃げようとしたアルティナの首根っこを掴み、彼女の食事を片手に戻って来た。

 

「ほら、アルティナはいつものそこに座りなさい」

 

 強制的にユウナはアルティナをいつものリィンの隣に座らせて満足そうに頷いた。

 対して、気まずい二人は何とも言えない顔を見合わせユウナに批難の眼差しを向けた。

 

「うんうん、これがいつもの光景ね」

 

「いや、何をしているんだユウナ?」

 

「はっきり言って余計なお世話です」

 

 一人で満足しているユウナにリィンとアルティナは揃って抗議する。

 そしてアルティナはため息を吐いて続ける。

 

「ユウナさんにも分かる様に例えると、今のわたしたちは独立宣言したクロスベルと帝国のようなものです……

 ですから、これ以上リィンさんと……馴れ合うわけにはいかないんです」

 

「それはユウナが一番分かっている事だろ?」

 

「でも国の事情で二人が喧嘩をするのは違うでしょ?」

 

 二人の言葉にユウナは真っ直ぐ言い返す。

 

「二人の立場が複雑なのは馬鹿なあたしでも分かるわよ……

 だからってそこで考えるのをやめていがみ合ったらあたしと同じじゃない」

 

 その言葉にリィンは入学したばかりのユウナの言動を思い出す。

 その言葉にアルティナは入学してクロスベル演習までのユウナの態度を思い出す。

 

「そうだな。俺が悪かった、すまないアルティナ」

 

「いえ、リィンさんの懸念はもっともなのは理解しています」

 

「……ちょっと、そこであっさりと納得されるのは納得できないんだけど」

 

 簡単に謝り合う二人に今度はユウナが不満の声を上げる。

 

「それは……」

 

「ええ……」

 

 リィンとアルティナは明後日の方向へ目を逸らす。

 ユウナのクロスベル贔屓と反帝国思想に辟易していただけあって、あれと同じになるのは二人も避けたかった。

 

「…………まあ良いわ。それで喧嘩の原因は何なの?」

 

「む……」

 

 ユウナの質問にリィンは押し黙る。

 

「だいたいどうしてリィンが帝国に独立宣言するって話になったのよ?」

 

「独立宣言は例えだ。別に本気で帝国と事を構えるつもりはない」

 

 ユウナの追及にリィンは繕う様に言い訳をする。

 頭を冷やして考えれば、自分の行いの累は家族に向かう事を考えれば軽率な真似はできない。

 

「それはそれとしてあの《漆黒のティルフィング》は絶対に斬る」

 

「おおう? リィンが燃えている?」

 

「…………確かにあの黒一色の《ティルフィング》はリィンさんが使っているものと機体形状は同じで……」

 

 リィンの言葉にアルティナは《零》への止めをさした《漆黒のティルフィング》を思い出し――不快そうに顔を歪めた。

 

「……そうですね。あの《ティルフィング》は存在してはいけないものです。必ず破壊しましょう」

 

「え……? アルティナちゃん?」

 

 リィンに同調するアルティナにユウナは困惑する。

 

「…………ま、いっか」

 

 しかしリィンとアルティナが和解したと納得してユウナは不満を呑み込んだ。

 

「ところで二人とも、ちょっとお願いしたい事があるんだけど……」

 

 そして話題を逸らすようにユウナはある提案をするのだった。

 

 

 

 

「……やっと戻って来れた」

 

 リーヴスの空港から降りて帝国の地を踏んだキーアは大きく伸びをして解放感を堪能する。

 

「あれから大変だったもんね」

 

 そんなキーアの姿にアネラスは苦笑する。

 《第Ⅱ》とは入れ違いにクロスベルへ入る許可を得てキーアに付き従っていたアネラスはこの数日のハードスケジュールを思い出してルーファスめと怨念を送る。

 

「ガレリア山脈に埋まった帝国軍人の救助……

 その後に通商会議で各国の人達への挨拶、その後にガレリア山脈に穴を開ける作業……

 そしてそれが終わったら立食パーティー……

 キーアちゃんを何だと思ってるんだか」

 

「でもルーファスもけっこう重傷だったんだよ?

 それにガレリア山脈の事以外は全部予定通りだったし」

 

「キーアちゃん! いくら後ろめたくてもがつんと言い返しても良い時はあるんだよ!」

 

 アネラスはずっと内心で歯を食いしばっているキーアを思って訴える。

 

「うん、ありがとうアネラス。でもドレスを決める時のエリィとアネラスが一番疲れたよ」

 

「はい、ごめんなさい」

 

 キーアのジト目にアネラスはすぐに頭を下げる。

 

「でも流石ルーファス総督だよね。良いリボンが揃ってた……できるならもっと――」

 

 ちっとも懲りていないアネラスにキーアはため息を吐く。

 

「よう、キー坊。それにアネラスちゃん、お勤めご苦労さん」

 

 空港から出るとそこには導力車で待機していたランディが出迎えた。

 

「ランディ!」

 

「お勤めって……そういうランディさんは学院はどうしたんですか? サボり?」

 

「おいおい人聞きの悪い事言わないでくれよアネラスちゃん」

 

 ランディは肩を竦めて見せてキーアを出迎えに来た口実を説明する。

 

「学院は今、特別休暇中だ。俺は空港からヴァリマールの引き渡しの手続きとかで二人を迎えに来たんだよ」

 

「そっか……ありがとうランディ」

 

「おう、元気そうで良かったぜ。できる事なら俺だけでもクロスベルに残りたかったんだが」

 

「もう……今のランディは《第Ⅱ》の先生なんだからキーアを特別扱いしちゃダメだよ」

 

「はは、悪い悪い」

 

 怒って来るキーアにランディは苦笑いを浮かべる。

 

「それでクロスベルは……」

 

「うん、キーアにできることは全部した。後はエリィやクロスベルに住んでいる人たちが頑張ってもらうしかないと思う」

 

「そうか……」

 

 東の空を振り返るキーアにランディは頭を撫でる。

 

「よく頑張ったなキーア」

 

「…………」

 

 ランディの労いにキーアは無言を返す。

 もっとできることはあったのではないか、まだクロスベルに残るべきではなかったのか。

 足を止めればそんな事ばかりを考えてしまう。

 

「ところでキー坊。これからお前さんはどうするんだ? って言うか特別演習が終わったら本校に戻るって話だったよな?」

 

 特別演習で予定外の事があり過ぎて、どうなっているのかランディは尋ねる。

 クロスベルの問題はどんな形であっても落着した今、キーアの制限は緩むのではないか。

 通うのも《本校》ではなく《第Ⅱ》に転校するならランディとしては大歓迎でもある。

 

「えっと……とりあえず今週までは《第Ⅱ》で学生たちと一緒に英気を養って良いって言うのがセドリック皇子の計らいです」

 

 ランディの疑問にアネラスが答える。

 

「まあヴァリマールをシュミット博士に診てもらう事も含めてのキーアちゃんへの休暇みたいなものですね」

 

「…………キーアはこれからもヴァリマールに乗るのか?」

 

「うん。今のキーアはヴァリマールの《起動者》だから」

 

 胸を張って主張するキーアにランディは複雑な気持ちになる。

 《零》との戦いにランディは駆け付ける事もできなかった。

 物理的な距離もあったが、立場に縛られて動けなかったランディとしては危険な最前線となる《騎神》から降りて欲しいのが本音だった。

 

「大丈夫だよランディ。キーアにもちゃんと頼れる友達はいるから」

 

「…………そうか」

 

 そう言うキーアに一抹の寂しさを感じながらも成長を感じてランディは目頭を押さえる。

 

「――というわけだから、《第Ⅱ》にいる間にアリオス――じゃなかったみっしぃにいろいろ教わらないと」

 

「はあ……キーアちゃん、昔の弟君みたいな事言わないの」

 

 意気込むキーアにアネラスはため息を吐く。

 

「今の弟君は妹弟子にすっかり毒されちゃっているから、私の癒しはキーアちゃんだけなんだから、キーアちゃんはこのまま可愛く成長すれば良いの」

 

「わわ、アネラス」

 

 後ろから抱き締めて来るアネラスにキーアは戸惑いながらも振り解く事はしなかった。

 

「そうだぞキーア。強くなりたいって意志は反対しないが無理だけはダメだぞ」

 

「もうランディも、過保護だよ」

 

 クロスベルを発つ時のエリィとロイド、そしてティオの事を思い出しながらキーアは笑い――

 

「あれ? リィン?」

 

 視界の隅に見覚えのある顔を見つけてキーアは振り返った。

 

「……………………」

 

 遠くから冷めた目で自分達を見つめるリィンにキーアは違和感を覚える。

 

「キーアちゃん?」

 

「どうしたキー坊?」

 

 アネラスとランディの呼び掛けにキーアは我に返る。

 

「えっと……リィンがあそこに……あれ?」

 

 指差した場所に彼の姿はない。

 

「弟君が……どこに?」

 

「そんなはずねえよ。リィンなら今学院でユウナが主催のパーティーの準備をしているはずだぜ?」

 

「パーティー?」

 

 アネラスに聞き返されてランディはやべぇと口を噤む。

 問い詰めればランディは観念してキーア達を迎えに来た本当の理由を白状する。

 キーアの送別会を兼ねた第二回特別演習の打ち上げ。

 それもただの打ち上げではなく、ユウナがこれまでの迷惑への詫びの意味も込めて全て彼女の奢りのパーティー。

 

「ほほう、それじゃあ主賓はおめかししないといけないよね?」

 

 これ幸いとアネラスはキーアを着飾るチャンスに怪しい笑みを浮かべる。

 

「アネラス、それはもう良いよ」

 

 それはもう散々クロスベルでやったとキーアは辟易した顔をする。

 しかもクロスベルのパーティーは料理こそ出ていたが、挨拶回りに右往左往していたキーアにとっては疲れしか感じないものだった。

 

「はは……そこら辺は安心して良いぜキー坊。お偉いさんのパーティーじゃねえし、キー坊の好きなケーキも用意しているはずだぜ」

 

「ほんと!」

 

 ランディの言葉にキーアは歓声を上げる。

 そこ仕草はやはり見た目相応の子供で、アネラスとランディは口元を綻ばせた。

 

「さあ、乗った乗った。あいつらも主賓の到着を首を長くして待っているだろうからな」

 

 ランディは二人を導力車に乗る様に促す。

 

「…………」

 

「ん? どうしたのキーアちゃん?」

 

 後部座席に乗り込もうとしたキーアはふと先程リィンらしき人物がいた方を振り返る。

 そこには誰もおらず、気のせいだったのかとキーアは首を傾げる。

 

「気のせい……だよね?」

 

 リィンが学院にいるのなら自分の見間違いだとキーアは言い聞かせる。

 それに思い返して識れば、彼はトールズ《第Ⅱ》の制服を着ていなかった。

 髪も真っ白で目は真っ赤染まっていて、まるで《グノーシス》によって変質したような出で立ちだった。

 

「それにあの格好は…………教会の神父様……?」

 

 キーアは首を傾げ、より深く識ようと目を凝らし――ノイズが走る。

 

「ん? どうしたのキーアちゃん?」

 

 導力車の後部座席に乗り込もうとしたキーアはアネラスの呼び声に我に返る。

 

「あれ? キーアは何をしようとしていたんだっけ?」

 

 キーアは凝視していた何もない空間に首を傾げる。

 

「…………まあ、いいか」

 

 キーアは感じ取って違和感を忘れて、楽しいパーティーに思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 







善も悪も……

生も死も超えたところを淡々と歩く……

 ――生きているのか、死んでいるのか、それさえももはや分からない……

幸も不幸もない。

 ――喜びも悲しみも感じる事はなくなった……

白と黒が俺を切り裂いて、空の焔と大地がわたしの存在を消していく……

どこから始まってどこで終わるのか。

 私はどこにも属さない。

 僕は歩んでいないのだ。

 俺は誰とも関われない。

ただ世界が回っていた。

私の知らないところで、世界は回る

僕がいなくても、世界は回る

俺は誰にも見向きもされず、世界は回る


終わる事のない万華鏡


誰もが■■■を見ない世界


 ――もう……

 哀しいという言葉の意味は忘れてしまった

 世界は回る、世界は巡る……

 ――誰か、私を――

 ――誰か、僕を――

 ――誰か、俺を――


『ミツケテ』



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