「わざわざすまないなシュバルツァー」
生徒達が部活動という青春を過ごしている中、ランディは写真部の教室を訪れていた。
「いえ、教官のように写真が欲しいって言う人達は良く来ますから」
学院での生活や特別演習で手隙になった時に撮り貯めた写真もそうだが、今の《ARCUS》には写真の撮影機能まで搭載されている。
それらを印刷する機材があることもあり、写真部には部員であるリィンとクロウ以外も頻繁に訪れるたまり場の一種にもなっていた。
「それでキーアの写真でしたよね?」
「ああ、頼む」
厳かな雰囲気でランディはリィンの言葉に頷く。
「はは……」
苦笑いを浮かべ、リィンは頼まれた写真を導力端末の中でピックアップしていく。
「キー坊は……お前達とうまくやれているか?」
手持ち無沙汰なランディはそれとなく尋ねる。
「こうさ……本校での愚痴とか言ってなかったか? いじめられてるとかそう言う話はないよな?」
「特に聞きませんね……分校ではこの数日、いろんな部活に体験入部して楽しんでいるみたいですよ……
昨日はアルティナの水泳部で競争していましたし」
「ほう……水泳部……その時の写真は?」
「もちろん撮っています」
「検閲が必要だな」
「…………別に良いですけど」
元々本人にも渡す写真。
それに写真そのものはその場でも確認できるため、疚しいものは撮ってないのでリィンはランディの親馬鹿をスルーする。
「それにしてもアームブラストが学院にいるのも珍しいな」
「あん? 別に良いだろ教官だからって固い事言うなよ」
持ち込んだデッキチェアに寝そべり自堕落にしていたクロウはランディの視線に肩を竦める。
「今の帝国政府はクロスベル問題に掛かり切り、札付きの俺を動かしているのも外聞が悪いんだとよ……
ま、そんなわけで俺がここでだらけていても問題はないんだぜ」
「そうか……さっきハーシェルの奴が探していたぜ?」
「トワ教官ならクロウが来る直前に来ましたね」
「…………ふっ……」
ランディとリィンの言葉にクロウはニヒルな笑みを浮かべる。
「まあ、良いけど……」
帝国政府に振り回されていつも四苦八苦しているクロウを知っているだけに今日くらいは大目に見ようと考えるリィンとランディだった。
「それにしてもこうしてみると随分と撮ったな」
ランディは部屋の一角に立て掛けられたコルクボードに貼られた写真を眺めながらこの二ヶ月を振り返る。
想像したよりもずっと濃密な日々。
ランディは特務支援課にいた時の事を思い出さずにはいられない。
「…………ちゃんと生徒と向き合えか……」
ランディは先日キーアに言われた言葉を思い出す。
「なあ、リィン……」
ランディは写真を見ながらリィンに呼び掛ける。
「何ですかランディ教官?」
リィンは作業の手を動かしたまま、ランディに応える。
「お前さん、もしかして人間が嫌いか?」
「…………どうしてそう思うんですか?」
リィンは作業の手を止め、ランディに振り返らずに聞き返す。
「いや、半分は当てずっぽうだけどな……張ってある写真は人よりも景色の方が多いだろ?」
「…………そうですね」
リィンは頭の中で張った写真の事を数え、認めた。
もっともランディはそれ以上の追及はしなかった。
――お人好しに見えてはいたが、根っこは随分と拗らせてやがるな……
表向き帝国人を嫌っていながらも、内心では帝国人を受け入れていたユウナとは真逆。
表向きはお人好しを装っているが、内心ではかなり冷めた様子で人を見ているとランディは感じた。
「それに人を撮るのはあんまり得意じゃないだろ?」
「…………悪かったですね。下手で」
むっと顔をしかめるリィンにランディは苦笑する。
「悪い悪い、だがもし良かったら俺が写真を撮るコツってやつを教えてやっても良いぜ?」
「コツ……ランディ教官の?」
警戒心を強めたリィンの眼差しにランディは苦笑して質問を投げかける。
「シュバルツァー。お前は写真を撮る時、人のどこに注目している?」
「質問の意図が分からないんですけど……顔でしょ?」
「質問を変えよう」
ランディは厳かな雰囲気で言い直す。
「女を見る時、お前はどこに注目する?」
「何を言っているんですか?」
写真の話のはずなのに女に限定し始めたランディにリィンは白い目を向ける。
「まあ聞けって、何も女に限った話じゃねえ……
お前の写真に足りないものは性癖だ」
「性癖って……」
ランディの言葉にリィンの眼差しは更に冷たくなる。
「こだわりって言い換えても良い……
良い写真を撮ろうとしてるんじゃない。人がいる写り込んでいる景色を切り抜いているだけで芸術じゃない」
「む……」
そう言われると反論ができないとリィンは唸る。
「例えばアームブラスト。お前が写真を撮る時、女性のどこに意識して撮っている?」
「はっ、そんなの決まってるだろ。ずばり――“胸”だ!」
クロウは堂々と臆することなく言い切った。
「ふ……青いな」
しかしランディはクロウの自信を持った答えを笑う。
「あん?」
「まあ分かるぜ。確かにそれも素晴らしい……だが俺はあえて言いたい――“脚”だと」
「脚……?」
「最近の俺のムーブメントはな、脚……それも“低露出”だ」
首を傾げるリィンとクロウを無視してランディは早口で続ける。
「想像力って人間の証だろ?
絶妙に隠されたボディライン、ドレープの間から出てる肌……そして黒いタイツで隠された脚……
服に隠れた秘密の花園……想像力を掻き立てられるだろ? それが、今、俺の求める女性の美だ」
「…………何を言っているのか分からない」
ランディの熱弁はリィンの理解の範疇を超えていた。
「はっ……下らねえな」
「何だと?」
鼻で笑うクロウにランディは顔をしかめる。
「何がおかしいアームブラスト?」
「お前があまりにも初歩的な勘違いをしているから思わず笑っちまったじゃねえか」
「クロウ?」
「へえ……俺のどこが勘違いだって言うんだ?」
「確かに低露出の美を認めるのは吝かじゃねえ……
だがな。真の美って言うなら違うと言わせてもらうぜ」
「言うじゃねえか、学年が下がった落第生がどんな理由で低露出を貶めるのか是非とも教えてもらいたいもんだな」
クロウの言葉に聞き捨てならないとランディは睨み、問い質す。
「真の美……それは“生脚”だ」
「な、生脚だと!?」
「足首まで隠すロングスカートでありながら深くまで切り込まれたスリットから覗く生の脚……
たとえるなら、夜、雲の隙間からわずかに見える妖艶な月光の煌き……
挑発だと分かっていながら、目を離せずにはいられない魔性……それが、今、俺が求める女の美だ」
「ク、クロウ……?」
熱弁するクロウの言葉の意味を一割も理解できないリィンは狼狽える。しかし――
「――っ……やるじゃねえか」
クロウの言葉をランディは顎の汗を拭いながら賞賛する。
「ははは……」
「ククク……」
ランディとクロウは睨み合い、分かり合ったように笑い合う。
そしてタイミングを合わせた様に二人は同時にリィンに向き直る。
「それでお前はどっちだ?」
「別の答えだって良いんだぜ」
「いや……どっちだって言われても……」
リィンは詰め寄られて言葉を濁す。
「じゃあ今日の部活動は実地訓練と行こうじゃねえか。お前に“生脚”の良さをじっくりと教えてやるぜ」
そう言ってクロウは《ARCUS》を握り締めた立ち上がる。
「おい待てよ。リィンを邪道に落とすな。今日は俺が“低露出”の良さを骨の髄まで叩き込んでやるよ」
そう言ってランディは《ARCUS》を握り締めて立ち上がった。
「ふ、二人とも!?」
リィンは意気込む二人を止めることはできず、引きずられるように導力カメラを持たされて部室から連行されるのだった。
*
「あ……ランディだ」
グラウンドで白線を引いていたキーアは校舎の方から現れたランディ達を見つける。
「おうキー坊。今日はユー坊の部活を体験か?」
「うん! ランディ達は何してるの?」
「俺達はそうだな……“聖なる探索”をしているんだ」
「んん?」
「ただの写真撮影に仰々しい言い方をしないでください」
首を傾げるキーアにリィンがランディを咎める。
「はは、それよりもユー坊たちだけじゃないんだな」
グラウンドにいるのはテニス部のユウナ、ゼシカ、ルイゼの三人だけではなく。
アルティナとミュゼを始めとした水泳部と茶道部の面々を揃っている。
さらにそこにはキーアのお目付け役のアネラスまで一緒に準備をしていた。
「キーアちゃんの体験入部って言う事もありますけど、あたしたちだけで部活動をしているとどうしても同じ相手とずっとすることになりますから」
ランディの言葉にユウナが近付いてきて答える。
何もこれは《第Ⅱ》にとって珍しい光景ではない。
それぞれが部活動を勤しむが、人数の不足や練習の成果の確認など他の部活の誰かを招いて活動を広げている。
かく言うリィンも写真部の活動をしながら、よくアルティナの水泳部やミュゼの茶道部、ティータの料理研究会にも参加している。
「丁度いいな。リィン、今日の題材はこれだ」
「ランディ教官……それはたぶん無理ですよ」
気合いの入っているランディと乗り気ではないリィンにユウナは首を傾げる。
「リィンの部活って事は写真部の撮影よね?」
「ああ、嫌ならいつものように断ってくれて構わないから――」
「ちょっとみんなに聞いて来る」
リィンの言葉の途中でユウナは踵を返して行ってしまった。
「ユウナ……変わったな」
「クロスベルの問題が終わって、いろいろ整理がついたんだろ」
「くぅ……ユー坊立派になって」
その後姿にリィンは苦笑する。
今までなら部活中は近付くなと威嚇してきたユウナのまさかの答えにリィン達は感動する。
「あはは……写真を撮るならリィン達も一緒にやる?」
キーアは苦笑いを浮かべてそう提案する。
「そうだな……」
普段の部活動もリィンは写真を撮らせてもらうだけではなく、参加させてもらった上で撮影している。
テニスはした事はないが良い機会だと思って頷き――
「クロウ君見つけたっ!」
背後から聞こえて来たのはトワの大きな声だった。
「おうトワ教官、どうしたんだ?」
「惚けないのクロウ君! 今日は補講するって言ってはずだよね!」
悪びれる事なく振り返るクロウにトワはめっと怒る。
「そうは言うがなトワ教官。俺達は見ての通り部活動中なんだ」
「え……? そうなの?」
「久しぶりの学院生活……久しぶりの部活動……そして何より今日はこんなに晴れているんだ教室で補講なんて勿体ないと思わないか?」
「うぅ……」
同情を誘うクロウの物言いにトワは怯む。
普段のクロウの立場を思えば、単位のための補講をしなければならないのだが、部活動による生徒達の交流を否定できるほどトワは人でなしではない。
「何だったらトワも一緒にどうだ?」
「わ、私も!?」
クロウの提案にトワは狼狽える。
「ランディ教官も混ざるし、それに最近事務仕事ばかりで体重が増えたとか愚痴って――」
「トワパンチ!」
「ぐはっ!」
トワの正拳突きがクロウの鳩尾に突き刺さるのだった。
*
グラウンドに二面のテニスコートを設置して、部活動が始まる。
遊びと真剣さが半々に入り混じったテニスを遠巻きにしながらリィンは構えた導力カメラから顔を上げて唸る。
「なるほど……」
まだ一度もシャッターを切っていないリィンはランディが言っていた言葉の意味を実感する。
普段ならば何も考えずにシャッターを切っているが、今回は“脚”に拘れと言う課題を与えられた。
それは何も“脚”をアップして撮れと言う指示ではない。
“脚”の魅力を引き立たせる構図を探し出せと解釈したリィンはだからこそ生真面目に考え込む。
「どうかしたの弟君?」
順番待ちで手持ち無沙汰のアネラスが導力カメラを構えては首を傾げるリィンに話しかけた。
「アネラスさん……いえ、改めて写真を撮る難しさを感じていたところです」
「そういうものなのでしょうか?」
「あ、アルティナちゃん」
リィンが答えたところでアルティナも会話に入って来る。
「アルティナ……ふむ……」
リィンは並んで立つアネラスとアルティナを上から下へと視線を流して考え込む。
「どうしたの弟君?」
「何かあったのですか?」
「アルティナ……」
リィンはアルティナを見て判断する。
蒼い制服に黒のタイツ。
それはランディが熱弁した“低露出”の実物。故にリィンは生真面目に許可を求める。
「“脚”を撮っても良いか?」
「“脚”……ですか?」
リィンの提案にアルティナは首を傾げる。
「……………」
「えっと、弟君それはどういう意味かな?」
黙り込むアルティナ代わってアネラスが問う。
「ランディ教官の課題なんです。“脚”を魅力的に見せる構図を探してみろって」
「ふーん……そっか……」
素直に説明するリィンはアネラスの声が一段低くなった事に首を傾げた。
「みんな! ちょっと中断してランディさんを捕まえてくれないかな!」
「アネラスさん?」
始まったテニスの試合を中断させるアネラスの言葉にリィンはもう一度首を傾げる。
「リィンさん……」
「アルティ……ナ……?」
振り返ったアルティナの背後には無音で《クラウ=ソラス》が展開されていた。
「不埒は鉄拳制裁です。クラウ=ソラス」
「え――?」
反応する間もなくリィンの頭に鋼の拳骨が振り下ろされるのだった。
ムーブメント
ミュゼ
「今のわたくしのムーブメントはおはだけです……
乱暴に解いたネクタイ、はだけたシャツから覗く鎖骨に胸板と腹筋……
真っ白なシーツの上に寝そべっていただければ、言う事なしです」
リィン
「よく分からないけど、ミュゼがそんな写真を撮りたいなら協力するぞ?」
ミュゼ
「…………本当ですか?」
リィン
「俺ばかりみんなの写真を撮らせてもらうのは不公平だからな。流石に裸はいやだけど、それくらいなら別に構わないんじゃないか?」
ミュゼ
「…………それはクロウ先輩達も含めての許可でしょうか?」
リィン
「ああ、元はと言えば“脚”を撮る事を言い出したのはクロウ達なんだから協力してくれるだろ」
ミュゼ
「…………ごくり」
ユウナ
「はい、ストップ! それ以上は言ったら憲兵隊に突き出すわよミュゼ」
アルティナ
「不埒はいけません」
ミュゼ
「二人とも! リィンさんとクロウ先輩、ついでにランディ教官の抱き枕カバーを作るための千載一遇のチャンスなんですよ!
例え後でエリゼ先輩に怒られようと、ここで前に進まなければ女が廃ると言うものですっ!」
リィン
「よく分からないけど凄い熱意だな……《リベル=アーク》に足りなかったのはこれなのか?」