閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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5話 部活動

 

 

 

「はぁ……」

 

 分校長室から退出したリィンはつかれたため息を吐いた。

 

「部活動か……正直、遊んでいる暇はないんだけどな」

 

 ユミルで目覚めた時から胸の奥に感じる説明できない焦燥感にリィンは不安に揺れる。

 

 ――強くならなければいけない――

 

 理由も分からない衝動。

 それに従うがまま、そこにいたユン老師に師事を仰ぎとりあえずマシに太刀を振るう事ができるようになった。

 しかし、《第Ⅱ》に進学してリィンは理解したのは実力的に言えば小さなアルティナにさえ劣ると言う不甲斐なさ。

 

「もう時間がないのに……」

 

 無意識に焦燥を口に呟き、リィンはため息を吐いて気持ちを切り替える。

 

「一度宿舎に戻るか……」

 

 『自由行動日』であり、朝一番で分校長を尋ねたため、まだ生徒達は登校していない。

 これでは他の者達の部活動を見学することもできないと、リィンは今後の予定を頭で考えながら一度帰路に付く。

 

「おや、お早いんですね」

 

 その途中、リィンは街の人に声を掛けられた。

 

「あ……お、おはようございます」

 

 戸惑いながらもリィンは振り返り挨拶を返す。

 

「ええ、おはようございます。《第Ⅱ》の生徒さんですよね?」

 

「はい、リィン・シュバルツァーと言います」

 

 名乗ってリィンは向き合った青年に違和感を覚える。

 

「これはご丁寧に」

 

 礼儀正しく頭を下げるリィンに彼は眼鏡の奥の目を細めて朗らかに笑う。

 

「私はアルバ。このリーヴス礼拝堂で神父をしております」

 

「…………アルバ神父……」

 

 聞き覚えがある名前にリィンは首を傾げる。

 

「ところでリィン君。何やら悩んでいるようですね?」

 

「え……?」

 

 初対面の相手に言い当てられてリィンは面を喰らう。

 

「どうですか? 君さえ良かったら中で話だけでもしていきませんか?」

 

「え……でも……」

 

 アルバの提案にリィンは思わず尻込みする。

 

「ふふ、そう身構えないでください……

 実は私もこの礼拝堂に配属されたばかり。そういう意味では君達と同じ新入生なんですよ……

 《第Ⅱ》の生徒とはこれからも顔を合わせることになると思うので仲良くして行きたいだけです……

 それに人の悩みに耳を傾けるのは神父の本懐ですからね」

 

「は……はあ……」

 

 押しの強いアルバ神父にリィンはタジタジになるが、何故か悪い気はしない。

 

「それじゃあ……お邪魔させていただきます」

 

 最初に感じていた警戒心はいつの間にか解け、リィンはアルバ神父の提案に促されて礼拝堂に入って行った。

 

 

 

 

「フフ、なかなか楽しいひと時でしたよ。良かったらいつでも来てください」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 すっかり話し込んでしまったリィンは受け取った土産の事も含めて頭を下げ、礼拝堂を後にした。

 

「…………不思議な人だったな」

 

 時間を忘れて話し込んでいたことにリィンは驚く。

 

「…………良い人だったな」

 

 クラスメイトとどうぞ、と渡されたお土産の袋の中を覗き込みながらリィンはアルバ神父の事を考える。

 流石は神父と言うべきなのか、悩みの相談を聞くのが上手く、リィンを駆っていた焦燥感はだいぶ薄れて前向きに『部活動』の事を考えられる気がした。

 

「今度、御礼に行かないとな」

 

 改めて学院に向かうため、貰った土産を部屋に置いて来ようとリィンは宿舎に入る。

 

「うん……そう……今日、郵便で出したから明日には着くと思うから」

 

 誰もいないと思っていた宿舎の玄関ではユウナが《ARCUSⅡ》の通信を行っていた。

 

「…………私なら大丈夫だよお母さん。ここなら衣食住は学院が用意してくれて生活にミラなんて必要ないんだから」

 

 どうやら母親と話す事に夢中でリィンが帰って来たことにユウナは気付いた様子はない。

 

「うん……ちゃんとやってるもう友達だってたくさんできたんだから」

 

 ユウナの言葉にリィンは首を傾げる。

 授業で何かと帝国人には負けないと息巻くユウナは基本的に一人で行動している事が多い。

 そんな彼女を見兼ねてクルトが傍にいるが、それ以外の生徒がユウナと談笑している姿をリィンはこの二週間で見たことはない。

 

「それじゃあ……切るよ……うん、じゃあまた余裕が出来たら連絡するから。またねお母さん」

 

 何処か急いだ様子でユウナは通信を切って息を吐く。

 

「ユウナ……」

 

「へ……?」

 

 リィンの呼び声にユウナは間抜けな声を漏らして振り返る。

 

「リィン君……い、いつからそこに?」

 

「ついさっきだけど……親御さんと話していたのか?」

 

「う……そうよ。なんか文句でもあるの!?」

 

 ユウナは思わず喧嘩腰になってリィンを睨む。

 

「いや特に言う事はないけど……」

 

「けど、何よ?」

 

「友達ができたってあまり見栄を張らない方が良いんじゃないか? いや、親御さんを心配させたくないのは分かるけど……」

 

「なあっ!?」

 

 リィンの指摘にユウナは赤面して頭を抱える。

 

「よりによって何でこんな奴に聞かれちゃうのよ私っ!?」

 

 唸るユウナにリィンは生温かい目で見守る。

 昨日はアッシュにへこまされて消沈していたが、すっかり元気になったユウナに安堵する。

 しかし、同時に別の懸念が生まれる。

 

「なあユウナ。君が帝国を嫌っているのは分かるけど、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫って何がよ?」

 

 ユウナは息を吐いて佇まいを直してリィンに向き直る。

 

「そんなんじゃいつまで経っても友達ができないんじゃないか?

 『部活動』だって二人以上いないと認められないわけだけど、ちゃんと決められるのか?」

 

「な……な……何でそんなことアンタに心配されなくちゃいけないのよ!」

 

 リィンの気遣いにユウナは声を上げて反論する。

 

「友達なんて……部活なんて、アンタに心配されなくたってちゃんと決めてやるわよ――ふんっ!」

 

 ユウナはそのまま勢い良く宿舎を出て行ってしまった。

 

「やれやれ……」

 

 そんなユウナの後ろ姿を見送り、アルバ神父からもらったお土産を共用の大型導力冷凍庫に入れてからリィンも再び学院に向かうのだった。

 

 

 

 

「えっと……」

 

 校門の前で立っていたアルティナにリィンは思わずたじろぐ。

 

「どうしたんだアルティナ?」

 

「…………別に……」

 

 無表情ながら不機嫌な雰囲気を纏うアルティナは冷めた視線でリィンを睨む。

 

「《クラウ=ソラス》のセンサーがリィンさんを見失っていたので、どちらに行かれていたのか気になっていたという事はありません」

 

「センサーって……」

 

 別におかしなところにいたわけではないが、もしかしたら神聖な礼拝堂はアルティナの探知範囲外なのかとリィンは考える。

 

「ちょっと街の方にいただけだよ。アルティナが心配するような事はないから……

 それよりアルティナは『部活動』はもう決めたのか?」

 

 リィンの指摘にアルティナは視線を逸らす。

 その態度でリィンは察して苦笑する。

 

「リィンさんはどの部活に参加するつもりですか?」

 

「…………俺もまだ決まっていない」

 

「なら――」

 

「俺と同じ部活に入りたいのか?」

 

「…………ん……」

 

 リィンの問いにアルティナは逡巡の末、小さく頷く。

 

「そうすれば新たな部活動を作る事もできますし、誰かが作った部活に入るにしても二人の方が入り易いと思います」

 

「確かにそうだな……」

 

 アルティナのリィンは頷く。

 《剣術部》の設立させるならば、アルティナを引き込んで上でオーレリア分校長に申請しに行けば良かった。

 理由は分からないが、懐いてくれているアルティナはリィンと同じ部活に入りたがっているのはリィンも察していた。

 

 ――それでも良いのかもしれない……

 

 そう考えながらもリィンはアルティナに対して言葉にできない罪悪感を覚えた。

 

「悪いが俺はアルティナと同じ部活に入るつもりはない」

 

「…………え?」

 

 まさか拒絶されるとは思わなかったアルティナは呆然となってリィンを見上げる。

 

「結果的に同じ部活になるのは仕方がないと思うけど、俺を判断基準にしてアルティナには部活を決めて欲しくない……

 『部活動』はアルティナが興味を持って、したいと思った事をするべきだ。それに俺には君の好意を受け取る資格はない……?」

 

 言って、リィンは自分が言った資格と言う意味に自分で首を傾げる。

 何をもって資格の有無を言うのか、どうして口に出て来たのか分からない違和感のある言葉。

 もっともアルティナはその意味を考える余裕はなく、拒絶された衝撃に立ち尽くしていた。

 

「えっと……だから……」

 

 どうやって彼女を説き伏せようかとリィンは続く言葉を考える。

 そこに――

 

「あのあのリィンさん」

 

「すいませんリィンさん」

 

「お話し中失礼します、リィンさん」

 

 校門で話し込んでいたリィンに掛けられた声が三つ。

 

「え……?」

 

 顔をアルティナから外して校舎の方を見れば、同時に声を掛けた事に困惑した様子で顔を見合わせている三人の少女がいた。

 

「えっと……君たちは確か主計科の……」

 

「は、はい。《Ⅸ組》主計科のティータ・ラッセルですっ」

 

「同じくヴァレリーです」

 

「ミュゼ・イーグレットと申します」

 

 三人の少女たちはそれぞれ名乗る。

 

「俺の事は知っているみたいだけど、名乗らせてもらうよ。リィン・シュバルツァーだ……それで君達は俺に何の用なんだ?」

 

「えっと……」

 

 ティータは他の二人の様子を伺いながら口を開く。

 

「リィンさん、私と一緒に料理研究会に入りませんか?」

 

「え……?」

 

 突然のティータの申し出にリィンは目を丸くする。

 

「あらティータさんもですか?」

 

 しかしそんなリィンの反応を気にせず、笑みを浮かべてミュゼが言う。

 

「私もリィンさんに是非茶道部に入って頂けないかとお誘いに来たんです」

 

「わ、私も……入る部活が決まっていないなら軽音部に入りませんか?」

 

 ティータの勧誘に続けてミュゼとヴァレリーがそれぞれの部活動をリィンに勧めて来る。

 

「えっと……」

 

 突然の三人の勧誘にリィンは何と答えて良いのか迷っていると、その視線を感じた。

 

「ア……アルティナさん?」

 

「…………何か?」

 

 冷めたジト目を向けて来るアルティナにリィンは思わずたじろぐ。

 

「やはりリィンは不埒な人のようです」

 

「だからどうしてそうなるんだ!」

 

 アルティナの非難の呟きにリィンは名誉のために弁明する。

 

「フフ、もしかしてアルティナさんもリィンさん勧誘中でしたか?」

 

「え…………? いえ……私は……」

 

 ミュゼに話を振られてアルティナは思わず口ごもる。

 

「あ、もちろんアルティナちゃんも良ければ一緒に」

 

「軽音部も私を入れて三人だから、君も一緒に入ってくれればありがたい」

 

「もちろん茶道部もアルティナさんを歓迎しますよ。ふふ、アルティナさんに着物……凄く似合うと思いますし」

 

「え……え……」

 

 勧誘の矛先を向けられて、今度はアルティナがたじろぐ。

 

「うぅ……《クラウ=ソラス》」

 

 三人の視線の圧に耐え切れずアルティナは黒い戦術殻を呼び出すと、戦略的撤退として空に逃げて行った。

 

「あらあら逃げられてしまいましたね」

 

 かわいい反応にミュゼは顔を綻ばせる。

 

「あう……」

 

 そしてティータとヴァレリーは肩を落として反省する。

 

「でもリィンさんを射止めることができたらアルティナさんも一緒に入部してくれそうですよね」

 

 ミュゼの煽るような物言いにティータとヴァレリーは顔を上げる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 その圧にリィンは逃げることもできず、順番に見学と言う形で少女三人に捕まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 一通りの部活動を体験させてもらったリィンは夕方の校舎の屋上で一人黄昏る。

 

「これじゃあユウナやアルティナの事をとやかく言えないな」

 

 項垂れる理由は未だに部活動を何にするか決められないため。

 ティータの料理研究会、ヴァレリーの軽音部、ミュゼの茶道部。

 他にもいくつか立ち上げられた部活動に顔を出したものの、リィンはこれだと言えるものを見つける事はできなかった。

 

「俺がしたいことか……」

 

 リィンの中にあるのは強さへの渇望。

 それ以外は望んではいけないとさえ考えてしまう。

 

「…………いっそ時間が取られない部活を適当に選んで……ん?」

 

 夕日に染まった空を見上げて妥協案を呟いたところでリィンはその気配を感じて振り返る。

 まずは音が聞こえ、空の向こうから小さな《蒼》がこちらに向かって飛んで来る。

 

「あれは……《オルディーネ》?」

 

 リィンが呆然とそれを見え挙げていると、《蒼の騎神》は分校の屋上に着地した。

 

「おう、黄昏てるな少年」

 

 光となって《蒼の騎神》から降りたクロウは気安くリィンに話しかける。

 

「お疲れ様ですクロウ先輩」

 

「ああ、全くだぜ……くそっ、アランドールの奴、人の事を飛行船みたいに使いやがって」

 

 肩にかけていたザックを下ろしクロウは悪態を吐く。

 

「で、お前さんはどうしてこんなところで黄昏てるんだ? いつもの黒兎はどうした?」

 

「アルティナとは別行動ですよ……俺はまだ部活動が決められなくて」

 

「何だそんなことか」

 

「そんなことって……俺にとっては難しい問題ですよ」

 

「…………記憶がないんだってな」

 

 クロウは探る様にリィンについて聞いていた質問をする。

 

「ええ、半年前ユミルで拾われた以前の記憶はありません……

 だから趣味や好きなことをしろって言われても……その困ると言うか……」

 

「重傷だな」

 

 ため息を吐いて項垂れるリィンにクロウは呆れる。

 呆れるほどに真面目。

 目の前の“少年”がどんな存在なのかはまだ分からないが、こういった生真面目さは“彼”を思い出させる。

 

「そう言うクロウ先輩はどうするつもりですか?」

 

「ん? 俺か、俺は帰宅部だな」

 

「……部活動は必須と教官は言っていたはずですが?」

 

「俺は例外だな」

 

 リィンの疑問にクロウはため息を吐きながら答える。

 

「俺は不定期に今回みたいな帝国政府からの“要請”を受けることになってるからな……

 そうやっていつ抜けるか分からない俺が部活に入っても邪魔になるし、年上の俺が入っても居心地を悪くさせちまうからな」

 

「…………確かに」

 

 この学院で学年が下がって一年生をやり直しているクロウは普通の生徒と同じ扱いにならないことにリィンは納得する。

 

「うん……」

 

 本気で悩んでいるリィンを見ていてクロウはある事に気付く。

 

「今のこいつなら良いカモに……リィン・シュバルツァー君。そこまで言うなら俺がお前に“遊ぶ”と言う事を――」

 

『Ⅶ組特務科のリィン君、校内にいるなら至急分校長室に来てください。繰り返します……Ⅶ組特務科のリィン君――』

 

 クロウの言葉を遮って、校内放送に乗ったトワの呼び出しが響く。

 

「…………え……?」

 

「おいおいいきなり分校長からの呼び出しかよ、何やったんだ?」

 

「いや、そんな呼び出しを受ける様な心当たりは…………まだ部活を決められていないくらいしか思いつかないんですけど」

 

 突然の呼び出しにリィンは唸る。

 

「まあ、行ってみれば分かるか」

 

「……ついて来るつもりですか?」

 

「おうよ」

 

 顔をしかめるリィンにクロウは良い笑顔で応えた。

 

「…………オルディーネはここに置いておいて良いんですか?」

 

「ああ、それは問題ない。オルディーネ……格納庫に戻ってくれ」

 

『うむ』

 

 クロウの呼び掛けに《蒼》が返事をすると屋上から飛び立っていった。

 

「良し行こうぜ」

 

 意気揚々に促すクロウにリィンはため息を吐き、屋上を後にした。

 

 

 

 

「失礼しました」

 

 リィン達が分校長室に辿り着いた所で、中から四人の男女が退出するところだった。

 

「あ……」

 

 その内の一人、アルティナはリィンを見つけて声を漏らす。

 

「アルティナ……どうやら部活は決められたみたいだな」

 

「…………はい」

 

 自分以外の誰かといることに一抹の寂しさを感じながら、その事にリィンは嬉しさを感じる。

 

「何の部活に入ったんだ?」

 

 リィンは改めてアルティナと他の三人を見回す。

 Ⅷ組戦術科のレオノーラとウェイン。

 それからⅨ組主計科のスターク。

 

「私達は水泳部だよシュバルツァー」

 

 リィンの質問にレオノーラが答える。

 そしてその流れに便乗するようにアルティナがおずおずと口を開く。

 

「あ、あの……リィンさん。もしまだ部活を決めてないのなら――」

 

「悪いアルティナ。その話は後にしてくれ。分校長に呼び出しをされているんだ」

 

 入れ違う形でリィンは分校長室の扉の前に立ち――

 

「クロウ先輩?」

 

 一緒に来たはずのクロウが足を止めていた事に気付いて振り返る。

 

「……いや……何でもない」

 

 クロウは頭を振って、リィンに続く。

 

「っ…………」

 

 その背後からスタークがクロウを睨んでいる事に気付きながらもリィンは分校長室の扉をノックした。

 

「リィン・シュバルツァーです」

 

「うむ、入れ」

 

 許可を得て入室する。

 そこには朝と同じように大きな執務机に座っているオーレリアがいた。

 しかし、そこにいるのはオーレリアだけではなかった。

 

「呼び出しに応じて来ましたが、何かしてしまったのでしょうか?」

 

 怒られるのではないかと警戒しながらリィンは切り出す。

 そんなリィンにオーレリアは苦笑をする。

 

「そう固くなるな。其方を呼び出したのは咎めるためではない……

 其方に少々面倒な客人が来たという話だ」

 

「俺に客人?」

 

 オーレリアの答えにリィンは執務机の前にいる女性に目を向ける。

 知り合いなど数える程しかいないリィンに訪ねて来る人などいるはずがない。

 現にリィンは目の前の女性に対して見覚えなどなかった。

 

「初めまして、ボクはこういう者だよ」

 

 そう言って女性は名刺を差し出した。

 

「《カプア特急便》支社長、ジョゼット・カプアさん……」

 

 差し出された名刺に書かれている名前を読み上げ、リィンは改めて女性、ジョゼットを見てその脇に置かれている大きな段ボール箱を見る。

 

「つまり俺の宅配便のために呼び出されたんですか?」

 

「うん、宿舎に先に行ったんだけど君は登校しているって聞いてね……

 ただ荷物がちょっと特殊で直接会って話したかったんだ」

 

「はぁ……」

 

 ジョゼットが言いたいことが理解できずリィンは曖昧な返事をする。

 

「最初に訊くけど、こういう荷物が届くって誰かから連絡を受けていたりしたかな?」

 

 ジョゼットは脇の段ボール箱を指して尋ねる。

 

「いいえ、特にそう言った連絡はありません」

 

「そっか……リベールに知り合いは?」

 

「いません……あ、留学生のティータが確かリベールの出身だと聞いています」

 

「そっちは大丈夫。でもそっか……」

 

 リィンの答えにジョゼットは困ったと言わんばかりにため息を吐く。

 

「えっと……」

 

「察していると思うけど、ボクは君への荷物を預かっていたんだ……でもこの通り」

 

 そう言ってジョゼットが差し出した伝票の届け先には『トールズ士官学院第Ⅱ分校生リィン・シュバルツァー』の名前が書かれていた。

 しかし――

 

「依頼主が空白ですね」

 

「そっ……まあそれだけなら会社を始めた時に良くあった書類不備なんだけどね」

 

「だから俺に直接宅配の予定があるか聞きに来たんですね」

 

「うん、だけど心当たりがないわけだから……どうしようかなこれ……」

 

 途方に暮れたようにジョゼットは段ボールを見下ろす。

 

「もしかしたら連絡が遅れているだけかもしれませんけど」

 

「心当たりがあるの?」

 

「連絡手段が手紙だとしたら、贈ってくれそうな人は共和国の方にいますけど……」

 

 自分を驚かせるためならばそう言う事をしそうな姉弟子の顔を思い出す。

 しかし、それを断言する自信はリィンにはなかった。

 

「なあそもそも中身は何なんだ?」

 

 それまで黙って成り行きを見ていたクロウが興味本位で尋ねる。

 

「そう言えば……」

 

「そうだね中を見て貰えば、何か分かるかもしれないか」

 

 ジョゼットはクロウの提案を受け入れてリィンに箱を開けるように促す。

 

「悪いけど、差出人不明だったから一度開封して中身は検閲させてもらってるから、とりあえず爆発物とかそう言うのはないから安心して」

 

 ジョゼットの補足を聞きながら、リィンは箱を開ける。

 

「これは……導力カメラ?」

 

 大きな箱の中にあったのは新品の導力カメラの箱。

 

「ツァイス工房最新の導力カメラに交換用のレンズが三種類、三脚、それから専用の導力プリンターに、現像用の写真用紙が100枚」

 

 リィンが取り出した導力カメラの箱以外の物をジョゼットは口頭で告げて行く。

 

「ひゅう……それはまた随分と大層な贈りもんだな。いったい何処の金持ちなんだ?」

 

 羅列された品物の数々にクロウは口笛を吹いて感心する。

 

「それがウチの会社の従業員は依頼主と顔を合わせてないんだよ」

 

「は……?」

 

「しかもウチだけじゃないんだよ。ツァイス工房での購入、梱包、宅配依頼。商品の引き渡し……

 調べてみたんだけど、全部導力ネット上で決算されていて誰が購入して、リィン君に贈り付けたのか、誰も分からないんだよ」

 

「そいつは随分ときな臭い話じゃねえか」

 

 導力ネットの発展により、物流の概念も変わりつつある。

 その気になれば、帝国にいながら共和国の品物を取り寄せることさえ可能となった時代。

 しかしだからと言って、全く痕跡を残さずにできるものなのかと疑ってしまう。

 

「ちなみに総額でいくらぐらいの代物なんだ?」

 

「100万ミラ……だからちょっと扱いに困っているんだよ」

 

「100万っ!? おいおいマジかよ」

 

 値段を聞いてクロウは吹き出す。

 

「で、これはどうするつもりなんだ?」

 

「ウチとしては正規の代金を払ってもらっているから、届けない理由はないんだけど……

 処分するならそっちに丸投げしたいのが本音だね」

 

 明らかに面倒な宅配物なのでジョゼットはこのままリィンに押し付けてしまいたいと本音を語る。

 

「かあー羨ましいなこの野郎……ってリィン?」

 

 高価な導力カメラを無償で貰えることにクロウは本気で羨ましがり、導力カメラの箱を手に固まっているリィンに気付く。

 

「おいリィン!」

 

「え……?」

 

「え、じゃねえよ。話聞いていたのか?」

 

「あ……はい……聞いていました。《グラン=シャリネ》二本分の導力カメラですよね?」

 

 放心した様子でリィンはクロウの言葉に頷く。

 

「いや、誰がそんな最高級ワイン単位の話をしたんだよ?」

 

 挙動不審になっているリィンにクロウは呆れる。

 

「フフ、どうやら其方にも興味があるものがあったではないか」

 

 そんなリィンの様子にオーレリアが笑みを浮かべた。

 

「分校長?」

 

「ジョゼット嬢、荷物に関しては私が保証人として受け取ろう。以後、依頼主が名乗りを上げたのなら私が責任を持って対処しよう」

 

「それは助かるよ」

 

 ようやく肩の荷が下りたとジョゼットは肩を竦める。

 そんな彼女を横目にオーレリアはリィンに告げる。

 

「それではリィン・シュバルツァー。ここに『写真部』の設立を認めよう」

 

 余談だが、幽霊部員としてクロウも『写真部』の一員となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 







軽音部体験

パブロ
「それにしてもヴァレリーが《Ⅶ組》のリィンを誘って来るのは意外だったなぁ」

リィン
「そうなのか? 俺はクラスが違うから普段の彼女の姿を知らないんだけど」

グスタフ
「もしかして二人は知り合いだったりするのかい?」

リィン
「いや……この学院で初めて会った……はずだけど」

ヴァレリー
「ええ、私とリィンさんは初対面です……でも……」

パブロ
「でも?」

ヴァレリー
「リィンさんは似ているんです……
 第二の《塩の杭》の出現から故郷を救ってくれた《超帝国人》の銅像に……
 だから声を掛けさせてもらいました」

リィン
「超帝国人って何っ!?」




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