閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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52話 金策

 

 

 

 

 6月10日土曜日。

 アジサイが咲き始め、初夏の兆しが見えて来た頃。

 帝都に程近い西のリーヴスでも断続的に小雨が続いていた。

 

「ふう……もう週末かぁ……

 クロスベルの特別演習が終わって三週間、あっという間に過ぎ去った感じねぇ」

 

 窓の外を眺め、ユウナはそれまでの時間を振り返る。

 

「正確には19日間ですね」

 

 そんな彼女にアルティナが冷静な指摘をする。

 以前ならアルティナのそんな生真面目な返答を嫌味に感じていたユウナは穏やかに授業で固まった体を伸ばしながら言葉を続ける。

 

「うーん、雨晴れないかなぁ。 放課後は練習したかったんだけど」

 

 授業が終わり、明日の自由行動日に向けてそれぞれが思いを馳せる。

 そんな日常を横目にリィンは授業の片付けを手早く済ませていた。

 

「リィンは明日の自由行動日は何するの?」

 

 席を立つリィンにユウナが声を掛ける。

 

「俺は外出届を出してるから、明日は学院にいないよ」

 

「え……?」

 

「どこに行くんだ?」

 

 初耳だと目を丸くするアルティナを横目にクルトが尋ねる。

 

「ヘイムダルに……ちょっと人と会う約束があるんだ」

 

「へえ、こんな時に逢引とは随分な身分だな」

 

 リィンの答えに茶化すようにアッシュが笑う。

 

「《ティルフィング》の整備、改修にリィンさんが資金繰りを始めたと聞きましたが、本当なのですか?」

 

 更にミュゼが噂の真偽を確かめるように質問を重ねる。

 

「……まあ、そんなところだ……

 知り合いの紹介で資金提供をしてくれるって言う人がいるらしいから、とりあえず一度会ってみる」

 

 もっともリィンはそれが誰なのか、名前までは知らされていない。

 が、通信越しのレンの様子から嫌な予感が止まらない。

 

「しかし、そんなに気にする事なのか?

 二回の特別演習で帝国政府からの評価は高まってる。資金面や装備面、設備だって更なる充実が図られる事になっているんだ」

 

 クルトはリィンの行動を分校の資金難からの事だと考えて指摘する。

 

「その資金だって《ティルフィング》だけに独占させるわけにはいかないだろ?

 今まで通りの整備ならそれでも良いかもしれない。だけど新しいものを造るなら、何もかも全然足りないくらいだ」

 

 やりたい事、できる事。

 したい事、できない事。

 試行錯誤するのにだってミラが掛かる。

 分校の予算も無限でもなければ、リィンが《ティルフィング》を強化したいと思う気持ちは我儘でしかない。

 

「現にミハイル教官は自由予算を逸脱する実験は認めてくれなかったからな」

 

 そこまで言ってリィンは会話を打ち切る。

 

「それじゃあ俺は明日の準備があるから、これで」

 

 そしてリィンは止める間もなく教室を出て行ってしまった。

 

「……あ……」

 

 何かを言いかけたアルティナは追うように差し出した手が空を切り――固く閉ざしたドアは拒絶するような――

 

「リィンさんっ!」

 

 すぱんっと勢いよくⅦ組の教室のドアが乱暴に開かれた。

 

「あ……ティータ」

 

「今日こそは――って、またいない! 逃げられた!」

 

 最初は驚いていた授業が終わった瞬間にⅦ組に来るティータにも一同はすっかり驚かなくなった。

 

「シュミット博士! 学院から寮までに仕掛けたトラップを発動しましょう!

 明日の自由行動日を楽しく迎えるため! お母さんのトラップを改造したリィンさん捕獲装置で必ず捕まえるんだから!」

 

 《ARCUS》に向かって叫ぶティータ。

 

「ええ……」

 

「ティータちゃんって、こんな子だっけ?」

 

 今日までは力を溜めていたと知ってクルトとユウナはティータの新たな一面に複雑な顔になる。

 

「リィンさんが悪いんですよ。あんな面白そうなものを隠しているから」

 

「ティータさん……怖い……」

 

「おいおい、ティータ。ベルゼルガーの調整は――」

 

「もう終わってます。それじゃあ、みなさん失礼しました」

 

 現れた時と同じくらいの勢いでティータは《Ⅶ組》の教室から出て行った。

 

「……しかし解せませんね」

 

 静寂が戻った教室にミュゼが呟いた。

 

「解せないって何がだ?」

 

 クルトは考え込むミュゼに聞き返した。

 

「どうしてリィンさんは《ティルフィング》の改造のために資金繰りをしようなどと考えたのでしょう?

 技術の開発に政府に横槍を入れられたくない。政府に技術を盗まれる可能性を危惧しているのかもしれませんが、政府からの資金提供が嫌ならシュミット博士に頼めば良いんです」

 

「シュミット博士だって一応は政府側の人間だろ?」

 

「ですが開発中の技術を守ることについてはシュミット博士の理解は得られるでしょう……

 それに博士ならリィンさんの望む資金くらいポケットマネーで賄えるはず、いえむしろティータさんの様子を見る限り捻じ込んでも介入して来ると思います」

 

「言われてみればそうだな……」

 

 この一週間のティータやシュミットのリィンへの熱烈なアプローチを思えば確かにと納得する。

 

「それにリィンさんの実家のシュバルツァー家には皆さんが見た七耀石の大樹があります。実家に頼めば――」

 

「それは無理よミュゼ。テオさん達ユミルの人はクロスベル被害者の治療費を寄付してくれたんだもの……

 今、クロスベルだけじゃなくてノーザンブリアの人達への支援とかに七耀石の大樹の利益は使われてるからリィンがお願いするわけないわよ」

 

「……っ、そうでしたね」

 

 貴族特有の感覚から実家にお願いする方法を思い浮かべてしまったミュゼは恥じた。

 

「ひとまずリィンさんが博士たちからミラを受け取らない理由は置いとくとして……

 何故、明日リィンさんはヘイムダルに行くのでしょうか?」

 

「…………それはアルバイトじゃない?」

 

「おいおい《機甲兵》がいくらすると思ってんだ? 改造費だってそんなバイトで賄える程の安くねえだろ」

 

 ユウナの思い付きをアッシュが鼻で笑う。

 

「じゃあアッシュは何だと思うのよ?」

 

「それは……」

 

「はっ……分かってねえなガキ共」

 

 静観していたクロウが徐に口を挟む。

 

「クロウ……」

 

「明日、そして帝都ヘイムダル、そして金策……

 この三つが当てはまる条件は一つしかねえだろ」

 

「それはいったい……?」

 

 厳かな雰囲気で語るクロウに一同は唾を飲み、答えを待つ。

 

「それは――“競馬”だ」

 

『…………』

 

「明日は夏至祭のレースに向けた予選のファイナルレースが開催される……

 つまりリィンは特別演習で得た臨時ボーナスをつぎ込んで万馬券を引き当てるつもりなんだ!」

 

 拳を握って力説するクロウに《Ⅶ組》一同の視線はジト目を向ける。

 

「その様子だとクロウさんはもしかして……」

 

「おうよ、明日の外出届は提出済みだぜ」

 

「ちっ……そんなおもしろそうなイベントがあるなら先に教えてくれよパイセン」

 

「こらこら」

 

 同調しようとするアッシュをユウナは咎める。

 

「クロウさんの言い分はともかく、あながちユウナさんの案が間違っていないかもしれませんね」

 

「あたしの……アルバイトが?」

 

「ええ……平民たちの間で流行っていると言われる、そう援助交際というものです」

 

「……いやいやリィンは男よミュゼ」

 

 自信満々に言い切ったミュゼにユウナはあり得ないと否定する。

 

「援助交際……?」

 

「それはいったい何なんだ?」

 

「くく……援助交際つうのはな」

 

 首を傾げるアルティナとクルトにアッシュは耳打ちし――

 

「なあっ!?」

 

「ふふふ、不埒です!」

 

 二人は揃って顔を赤くして狼狽えた。

 

「失礼します。ティータちゃん来てませんか?」

 

 控えめなノックの後、恐る恐ると言った様子で教室にサンディが入って来る。

 

「ティータならさっき来たけど、リィンを追い駆けて――」

 

 ユウナが答えている途中、校舎の外で爆発が起きる。

 

「…………まさか……ね……」

 

 冷や汗を掻くユウナ達。

 サンディはとりあえずティータがリィンを追い駆けて行った事実にため息を吐く。

 

「あのさ、みんなからもリィン君に言ってくれないかな?」

 

「言って欲しいって何を?」

 

「何をしているか知らないけど、ティータちゃんがあんなに頼んでいるんだから聞いて上げれば良いのに……

 《ティルフィング》の調整で何度もティータを困らせていたのに、クロスベルから戻ったら触らないでくれとか勝手すぎるんじゃないかな?」

 

「それは……」

 

「《Ⅶ組》は特別だって分かってるけど、主計科の仕事を取られているみたいで、不満に思っている人もいるんだよ?」

 

「そちらのクラスはそんな事になっているのか?」

 

 温厚なサンディの愚痴にクルトは聞き返す。

 

「うん……まあ《ティルフィング》がティータちゃん専属みたいでリィン君の被害を私たちは直接受けた事はないんだけど……

 その点ではみんなの《機甲兵》の調整は楽だよ。マニュアル通りに仕上げれば良いんだから」

 

「…………ああ、リィンには後で言っておく」

 

 悪気のないサンディの言葉にクルトは絞り出すように応えた。

 

「七月の夏至祭でのレースの事もあるからよろしくね……それじゃあ」

 

 笑顔で教室を出て行くサンディをクルトは複雑な気持ちで見送った。

 そしてその気持ちはクルトだけではなく、《Ⅶ組》全員が少なからず感じているものだった。

 

「リィンには二回の特別演習で、ティータを困らせる程の課題を見つけていたって事だよな?」

 

 その言葉は静かな教室に大きく響いた。

 対する自分達はどうだろうか。

 二ヶ月の運用、そしてクロスベルでの《零の魔神》との戦いを経ても、《機甲兵》について扱いを持て余している。

 強いて変化を上げるならアッシュがSウェポンなる武装デバイスを使うようになったが、あれはティータの趣味の産物でしかない。

 

「……さてと、それじゃあ俺は明日の準備があるからここら辺で退散させてもらうぜ」

 

「クロウ……」

 

「あんまり気にすんな。内戦の準備をしていた貴族の連中だって《機甲兵》は扱い切れてなかったんだ……

 お前達が悪いわけじゃねえって」

 

「でも……それでも……」

 

 他の誰かはそれでも良いかもしれないが、クルトが体験したのはセドリックの戦場でもある。

 《機甲兵》に乗れて初めて立つことが許される戦場。

 生身同士ならばもっとマシに戦えたはず、なんて言い訳は戦場には通用しない。

 そこまで考えたクルトは一つ思い出す。

 本校との模擬試合。あの時、セドリックはシュピーゲルを使って戦った。

 

「クロウ、一つ聞いて良いか?」

 

「何だよ藪から棒に?」

 

「《緋の騎神》に乗ったセドリック殿下は……どれくらい強いんだ?」

 

 試合では勝った。

 しかしセドリックはシュピーゲルに乗っており、その試合もチーム戦だった。

 クロスベルでの戦いまでは漠然と《騎神》と《機甲兵》の差はそこまで大きくないとクルトは考えていたが、もしかしたらそれは間違いなのではないかと考える。

 

「何を言い出すかと思ったら、今更そんな話か?」

 

 クロウは呆れたように肩を竦め、そう言えば彼がセドリックの元護衛役だったことを思い出す。

 

「少なくともあの後にお前達がボコられた《灰》と同等……対集団戦ならむしろ《緋》の方が強いかもな」

 

 ま、それはキーアの方にも言える事だが、と付け加えるがクルトには届いていなかった。

 改めて突き付けられたセドリックとの差。

 

「ま、気にすんなって……お前はもうあいつの護衛役じゃないんだから。ここで楽しい学院生活を送ってりゃいいんだよ」

 

「だけど、セドリック殿下があんな戦場に立つって言うなら――」

 

「俺に言うなよ」

 

 クルトの言葉をクロウは遮る。

 

「お前らがどんな不満を抱えていようが、かまってアピールに気にしている程リィンは暇じゃねえんだろ」

 

「そう言うクロウさんは随分と余裕ですね?」

 

 肩を竦めるクロウにミュゼが口を挟む。

 

「リィンさんが介入しようとしているものが騎神同士の戦いなら、クロウさんも他人事ではないのではありませんか?」

 

「俺は良いんだよ……勝とうが負けようが俺には欲しい未来なんてないんだから」

 

 そう言い残して去って行くクロウを誰も呼び止めることはできなかった。

 

「…………何か、改めてリィンもクロウの事も良く分からなくなって来たわね」

 

 ふとユウナはそんな事を呟いた。

 クロスベルでの戦いを経て、帝国人の在り方を受け入れたユウナはむしろリィンとクロウとの距離が遠くなったように感じる。

 

「はっ、別に良いんじゃねえか?」

 

 そんなユウナの懸念をアッシュが鼻で笑う。

 

「あんな修羅場、三度目は御免だな。あんなの命がいくつあっても足りやしないぜ」

 

 サザーランドとクロスベル。

 二度に渡ってリィン達の戦いに関わって死にそうな目にあったアッシュは付き合い切れないと言い出した。

 

「ちょっとアッシュ」

 

「お前達だってあの怪物のような存在と二度と戦いたくないだろう?」

 

 アッシュの言葉にユウナ達は黙り込む。

 《零の魔神》と戦い、自分達が無事だったのは相手が見向きもしなかったからだという事はユウナ達も痛感している。

 

「俺は次の特別実習では絶対にあいつらの戦いには関わらないからな」

 

 誰に指摘されるでもなく、アッシュはそう言って関わらないと宣言する。

 

「…………他の三人も同じ気持ち?」

 

「いいえ、わたしはリィンの太刀ですから」

 

 ユウナの問いにアルティナは即答を返すが、クルトとミュゼは明確な答えを言えなかった。

 その気持ちはユウナも痛い程分かる。

 普通の軍事演習ならば、普通の修羅場ならば命を懸けて戦う事はできる。

 オーレリア分校長は《第Ⅱ》を“捨石”と称したが、改めて“捨石”として命を捨てる覚悟などを持てと言われても困る。

 

「…………よし……そうね」

 

 みんながリィン達の戦いに尻込みをしている事に、ユウナは想う事を感じて一人頷くのだった。

 

 

 

 

「リィン君、ちょっと良い」

 

 その日の夜、リィンが寮の自室でレンから送られて来たノート型導力端末を前に唸っていたところでドアがノックされた。

 

「どうぞ、鍵は開いている」

 

 この気配はユウナかと考えながらリィンは入室の許可を出す。

 一拍遅れてドアが開き、読み取った気配のユウナがリィンの部屋に入って来た。

 

「どうしたんだユウナ。こんな時間に?」

 

 時計を見れば消灯時間の一時間前。

 既に風呂も済ませた様子の姿にリィンも早く入浴に行かなければいけないことを思い出す。

 

「うん……えっとね……」

 

 歯切れの悪いユウナをリィンは訝しむ。

 が、特に急かす事もなくユウナがそれを口にするのを待つ。

 

「よし……! リィン、あたしのドラッケンを強くして!」

 

「無理だ」

 

「即答!?」

 

「要件はそれだけか? ならば帰った方が良い。いくら寮でもこんな時間に婦女子が男子の部屋を訪ねるのは外聞が悪いだろ」

 

「ちょっと待って! 話を聞いて!」

 

 すげないリィンの対応にユウナは懇願する。

 仕方がないとリィンは肩を竦めて、ユウナの続きを聞く姿勢を取る。

 

「ほら、クロスベルで戦った《零の魔神》みたいな相手と今後も戦う事になるなら、あたしのドラッケンを強くしておいた方が良いでしょ?」

 

「ティータやシュミット博士に頼むのが先じゃないか?」

 

「それはもうお願いしたんだけど、二人ともできないって言うのよ。だからもうリィン君に頼るしかないじゃない!」

 

「ユウナ……」

 

 嘆くユウナにリィンは呆れ、指摘する。

 

「ティータやシュミット博士も頭ごなしにできないなんて言わないだろ……

 そもそもユウナは《ドラッケン》をどんな風に強化したいんだ? 漠然と強くしてくれじゃ、二人だって何も分からないだろう」

 

「……でも他に何て言えば良いのよ?」

 

「《ドラッケン》の何が不満なんだ? どんな戦い方をしたいんだ? どんな方向に強化して欲しいんだ?

 あとは《ドラッケン》に文句を言う前に、ユウナ自身が《ドラッケン》の性能を引き出せているのか?」

 

 ティータやシュミットが言いそうな言葉をリィンは上げていく。

 

「だからそれが分からないのよ」

 

 項垂れるユウナにリィンはため息を吐く。

 

「だったら《ドラッケン》じゃなくて他の機種に乗りたいとかはないのか?

 ユウナの戦闘スタイルなら《ドラッケン》より《ヘクトル》の方が合うだろうし」

 

「そうなの? でも《ヘクトル》は男の子っぽくてかわいくないじゃない」

 

「《機甲兵》に可愛さを求めてどうする……

 ユウナのガンブレイカーは受けを主眼に置いた戦闘スタイルだろ?

 敵の攻撃に押し負けないパワーと重量。それにガンブレイカーの射撃兵装は《ヘクトル》の脚の遅さを補える武装だ」

 

「へえ……自分が使う機体じゃないのによく見てるんだ」

 

 リィンの指摘にユウナは感心する。

 

「じゃあ、そこら辺も踏まえてもう一度ティータに相談するんだな」

 

 用事は終わったなとリィンは改めてユウナを追い返しにかかる。しかしユウナはリィンの増えたノート端末に視線を向けて出て行こうとしない。

 

「まだ何かあるのか?」

 

「うん……ドラッケンとは別件なんだけど、あたしの事を鍛えてくれない」

 

「断る」

 

「また即答!? 今度はどうして!?」

 

「俺はまだ《初伝》で人にものを教えられるような立場じゃない……

 それからユウナのような天才に教えられるものもない」

 

「天才? あたしが?」

 

「そうだろ? 二年前まで戦いとは無縁な一般家庭で過ごしてきたんだから」

 

 ユウナの経歴を考えると、遊撃士志望でも警察志望でもなかったが特務支援課に憧れを持って鍛え始めた。

 彼女が強くなるために費やした時間は決して多くない。

 そして質も真面目に取り組んできただろうが、死に物狂いで強さを求めたわけではない。

 

「そんなユウナが物心着いた頃から剣を学んでいるクルトと一対一で戦えている事がおかしいから」

 

 それもクルトのヴァンダール流は帝国の双璧と呼ばれる程に知名度が高く、今は解任されているが皇子の護衛役として同年代よりもクルトは抜きん出ているはずなのだ。

 

「ふふん……まあこれがクロスベル人の底力みたいな――」

 

「まあ、たぶんクルトの事だから本気でやってないだろうけど」

 

 鼻を高くしようとしたユウナはリィンの一言に眉を顰める。

 

「どういう事よ……本気でやってないって?」

 

「本人はたぶん真面目に、それこそ真剣にやっていると思うけど、女子に本気になれないとかクルトは言いそうじゃないか?」

 

「それは……うん、凄く想像できる」

 

 リィンの指摘にユウナは思わず頷いてしまう。

 

「話が逸れたな……

 手加減があるとはいえ、クルトと戦いを成立させられるユウナなら俺なんかに教わって変な癖をつけるより、みっしぃ教官やオーレリア分校長に教わった方がずっとユウナの糧になるはずだ」

 

「アリ――みっしぃ教官に教わるのは恐れ多いし、分校長は死んじゃうわよ!」

 

「それじゃあ、なおの事、俺には無理だ」

 

「そんな簡単に諦めないでよ」

 

 嘆くユウナにリィンはため息を吐く。

 

「…………ユウナ、いくら改心したからって少し馴れ馴れしいんじゃないか?

 ユウナはクロスベルの人間で、将来的には帝国人と敵対する事になるかもしれないのに、嫌いな相手に教えを乞うのか?」

 

「その節は本当に悪かったと思ってるわよ」

 

 リィンの指摘にユウナはまた謝罪をする。そして――

 

「でもリィン君の事は嫌いじゃないわよ」

 

「…………」

 

 そんな事を言い出したユウナにリィンは胡乱な目を向ける。

 

「うん、そうね……何だかんだであたしを見捨てずにいてくれたこの《第Ⅱ》のみんな、あたしは好きよ」

 

「そ、そうか……」

 

 臆面もなく言い切るユウナにリィンはたじろぐ。

 クロスベル特別演習の前では信じられないユウナの態度にリィンは別人を疑ってしまう。

 

「確かに次にクロスベルが何かした時、あたしがみんなを裏切ってクロスベルに着くかもしれない……

 でもそれは帝国が間違った事をした時、クロスベルが間違った事をしたら、あたしはクロスベルとだって戦える……ようになりたい」

 

「断言しないんだな」

 

「そんなすぐに割り切れないわよ……

 それで……えっと……そして、もしもリィン君と戦う事になるなら、それは……そう! リィン君が間違えた時よ」

 

「…………」

 

 真っ直ぐリィンの目を見てユウナは告げる。

 世界はクロスベルだけが正しく、帝国がとにかく間違っていると言い続けていた人間だとは思えない程に真っ直ぐな目。

 改めてユウナの本質はこちらなのだとリィンは受け入れる。

 

「それにリィン君の事はテオさんとルシアさん、それにエリゼさんからもよろしくお願いされてるからね……

 今のリィン君の態度は良くないわよ。みんなに不信に思われているわよ」

 

「…………そんな事は分かってる」

 

 突然姉ぶるユウナにリィンはため息を吐く。

 

「俺は君が苦手だ」

 

 どうにもこの目とこの気質の少女を突き放し切れないとリィンは嘆く。

 

「そう? あたしは何だかリィン君がただの生意気に弟に見えてきたんだけど――」

 

「表に出ろ」

 

 笑うユウナにリィンは白い目を向けて告げる。

 

「ちょっと冗談よ。そんなに怒らないでよ」

 

「違う」

 

 慌てて取り繕うユウナにリィンは首を横に振る。

 

「強くなるために鍛えて欲しいんだろ? 大した事は教えられないが、ユウナが使えそうなもので良いなら教えるよ」

 

「本当っ!?」

 

「ただしそれを生かせるかはユウナの努力次第だからな」

 

 リィンは部屋を出て、外に向かいながらそう釘を刺す。

 

「それはもちろん! それで何を教えてくれるの!?」

 

 リィンの後を追い駆けたユウナは好奇心の赴くままに尋ねる。

 

「ユウナに教えられそうなのは《螺旋》と呼ばれる型と立ち回りだ」

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「リィン君……これすっごく地味なんだけど……」

 

 なお鍛錬はユウナに大変不評だった。

 

 

 

 

 

 翌日、練習メニューだけを与えてユウナを放置したリィンは帝都にいた。

 

「ここがレンが指定した待ち合わせ場所か……」

 

 帝都ヘイムダル、指定された場所に着いたリィンは複雑に顔をしかめる。

 七耀教会ヘイムダル大聖堂。

 女神を祀るそこに思う所はあるのだが、リーヴスのアルバ神父と良く話をしているので今更とリィンは割り切る事にする。

 

「でもリーヴスと違って人は来ているんだな」

 

 内戦では奇蹟的に倒壊を免れ、復興に協力的だった事もあり、七耀教会のシスターが鉄血宰相を暗殺未遂のテロリストだった悪評も帝都ではそこまで浸透していなかった。

 今も丁度ミサが終わったのか、多くの人が礼拝堂か出て来ている。

 

「七耀教会で待ち合わせか……いったいどんな人だろう?」

 

 レンの紹介ならばヨルグ・マイスターが一番有力かもしれない。

 結社に繋がりはあるものの、彼は独自の工房を持っているので資金も技術力も申し分ない。

 他に考えられるのはヴィータ・クロチルダだろうか。

 《焔の眷族》にして《蛇の使徒》という部分は想う所はあるが、クロスベルで帝国軍人の犠牲が最小で済んだのは彼女の手腕によるところが大きい。

 いろいろ思う所はあるが、利用され利用する関係と割り切れると言う意味では良いかもしれない。

 

「他には《鋼の聖女》とか……いやあり得ないか」

 

 リィンは思い付いた名前を思い浮かべて否定する。

 どのみち、誰がそこにいるのかは入って見れば分かるとリィンは教会に踏み込んだ。

 

「失礼しま――」

 

「どーんっ!」

 

 教会に入った瞬間、リィンは小さな子供にタックルをされて腰に抱き着かれる。

 

「おっと……危ない……ぞ……?」

 

 軽い衝撃を受け止めて、小さな女の子の行動を咎めようとしてリィンは思わず固まった。

 

「…………えへへ……つかまえた」

 

「ナ……ユタ……」

 

 独特な水色の髪をしたキーアによく似た女の子がリィンを見上げる。

 その目を、顔を認識した瞬間、リィンの背後で開いていたはずの大きな扉が大きな音を立てて閉まる。

 

「あ…………ああ……」

 

「ようこそ、いらっしゃいました」

 

 奥からコツコツと静寂に染まった礼拝堂に彼女の足音が響く。

 

「な…………何で……貴女はアルテリア法国にいるはず……」

 

 ナユタに腰にしがみつかれたまま狼狽えるリィンの前で、彼女は足を止めて名乗る。

 

「アルテリア法国より派遣され、このヘイムダル大聖堂の大司教として務めさせてもらっているルフィナ・アルジェントです」

 

 朗らかな笑みでリィンを迎えるのは素朴ながら仕立ての良い祭司の法衣を纏った女性だった。

 もっともリィンにはその朗らかな笑みが猛獣の威嚇のようにしか感じなかった。

 

「はあ……久しぶりに顔を合わせて第一声がそれですか……いえ、貴方とは初対面かもしれませんが」

 

 ルフィナの言葉にリィンは佇まいを直して首を横に振る。

 

「確かに俺はルフィナさんとは初対面ですが、互いの事情はちゃんと把握しています……

 俺はノイとリンが造り出した《リィン・シュバルツァー》のシャード体です」

 

 紡いだ言葉が因果に塗り潰される感覚にリィンは顔をしかめる。

 

「……それでルフィナさんは何故、帝国に?」

 

 リィンはナユタを腰に付けたまま及び腰になって尋ねる。

 

「アルテリア法国は帝国に対して出来ることはないと言っていたじゃないですか?」

 

「ええ、そうね」

 

 リィンの言葉にルフィナは頷く。

 

「スカーレットが犯したテロ事件もあって、二度に渡る温情をふいにされた帝国としては遊撃士協会を閉鎖したように七耀教会の帝国内での活動に制限を掛けたわ」

 

 そのせいもあって教会の典礼省と封聖省の対立はより溝を深める形となった。

 各地の教会の管理や神父などの派遣を行う表側の典礼省。

 女神の秘蹟とされるアーティファクトなどの回収管理を目的とする裏側の封聖省。

 同じ七耀教会でありながら、その思想は大きく異なっている。

 

「それでもナユタを帝国に置いておくのは危ないからアルテリア法国に保護してもらったのに……」

 

 隠居するならばユミルやノーザンブリアという選択もあったが、いざ何かが襲ってきた場合に対処できる場としてルフィナは教会の古巣を頼った。

 その判断にリィンは文句を言うつもりはない。

 彼が消えた事で、ルフィナは《空》と《鋼》と《幻》の至宝の意志を宿す器となった。

 七耀教会でも丁重に扱われる存在であり、決して扱いが良くなるとは限らない帝国に派遣されるような立場ではない。

 

「もしかして司祭になったのは俺のせい?」

 

「あなた達が気にする事じゃないわ……

 典礼省と封聖省の思惑、ナユタも帝国に戻りたいと言っていたから、もちろんあなた達の心配もしていたけど」

 

 そう言ってルフィナはリィンの頭に手を伸ばして優しく撫でる。

 

「いろいろお説教はあるけど、よく頑張ったわね」

 

「むぅ……」

 

 労いの言葉を振り払えず、リィンは甘んじてそれを受け入れるしかなかった。

 

「レンから話は聞いているわ。ナユタ」

 

「うん!」

 

 リィンの腰にしがみついていたナユタは手を放すと手に持っていたそれをリィンへと差し出した。

 

「これは……通帳?」

 

 意図が分からずリィンはルフィナに振り返る。

 

「《彼》が残したナユタの養育費よ」

 

「つかっていいよ。リィン」

 

 笑顔で差し出すナユタに対してリィンは絶句して、思わず叫ぶ。

 

「そんなの使えるわけないだろ!」

 

 リィンの反応が予想通りだとルフィナは笑う。

 

「大丈夫よ。そもそもそれは貴方の口座なのだから」

 

 その言葉を訝しみながらリィンは通帳を開く。

 

「……グランシャリネが一本……グランシャリネが十本……グランシャリネが――」

 

 記載されているミラにリィンは眩暈を感じずにはいられなかった。

 

「ルフィナさん!? 何ですかこの大金は!?」

 

「カレイジャス建造の融資への返還金とノーザンブリア支援の利息、それから機甲兵のパテント料が主ね」

 

「前の二つはともかく機甲兵のパテント料って何ですか?」

 

 少し長くなると前置きをしてルフィナは説明を始める。

 

「内戦が終わったけど、その後の問題として《機甲兵》の利権問題が出て来たのよ……

 特許となる技術も多いし、そこで生じる権利や利益を貴族連合やその協力者であったラインフォルト社に渡す事に一部の革新派が待ったを掛けたの……

 だけど将来的にその利益は膨大。帝国政府がこれを独占してしまうと貴族連合の不満が大きくなって遺恨が残ってしまう……

 そこで宰相は同時期に開発されていた《ティルフィング》を理由にその利権の半分を分割したのよ」

 

「ル、ルフィナさんが交渉したんですか?」

 

「いいえ、内戦後に私たちの行方を捜してアルテリアに接触して来たオズボーン宰相が一方的に押し付けに来たわ」

 

 元々ナユタのために“彼”は《雲の至宝》を分割させルフィナを受肉させた時点で資産を分けてあった。

 なのでそれがなかったとしてもルフィナを中心にナユタ達が隠棲する事は問題なくできたはずだった。

 

「…………ルフィナさん、俺は……」

 

「貴方達が今の選択をした事を咎めるつもりはないわ」

 

 謝ろうとしたリィンの言葉をルフィナが遮る。

 

「貴方達が女神の枷を超えて、自分から人の世に干渉しようとしたこと……

 きっと《彼》も貴方達の行動を喜んでいてくれるわ」

 

「本当に……そうなのかな?」

 

 ルフィナの言葉にリィンは不安に揺れた言葉を返す。

 

「テオ父さんやルシア母さん、エリゼ姉さんを騙して……みんなを騙している俺がしている事は本当に正しいのかな?」

 

 システムが正常に走り、自分が何者か理解してからリィンが感じていた不安。

 “彼”の家族を、友人を騙している罪悪感。

 ひたすらに前を向いて走っていたが、レンとは違う意味で真実を知るルフィナとナユタを前にリィンは取り繕う事を忘れて、懺悔する様に吐き出す。

 

「たくさん悩みなさい。そしてたくさん迷いなさい。間違えたって良いのよ……

 間違えたのならやり直せばいい、間違いに気付かなかったのなら私が貴方達を叱って上げる……

 だから自分達が胸を張って信じた道を進みなさい。リィンの代わりにリィンが大切にしたものを護りたいんでしょ?」

 

「…………うん、ありがとうルフィナ」

 

「“欺瞞”の嘘でも貫けば立派な真実よ……

 リィン君が《超帝国人》を本物の伝説にしたようにね」

 

「あれは!」

 

 おどけたルフィナの言葉に“リィン”が反応する。

 

「ふふ……私とナユタはここにいるわ。そして貴方達の選択を見届けさせてもらうわ」

 

「がんばってね、リィン」

 

「ああ……ありがとう二人とも」

 

 ルフィナとナユタに認められた事でリィンはそれまで感じていた蟠りを幾分か軽くして七耀教会を後にするのだった。

 

 

 

 







ルフィナの流れは以下の通りです。
内戦時、ナユタの安全を第一にアルテリア法国へと逃げ延びる。
内戦終了後にはユミルへ戻っているが、復興の忙しさとテオ達がナユタを覚えていてもリィンを覚えていなかった事で距離を取る事を選択。
内戦後、七耀教会はスカーレットの咎を理由に帝国から責められて、帝国内での教会の活動を縮小。
内戦時に避難民を受け入れたとはいえ、七耀教会への不信が植え付けられた帝国、それもヘイムダルで教会を運営することは針の筵であることが予想され、しかも封聖省の尻拭いという側面もあるため成り手がいなかったところをルフィナが立候補した。

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