閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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54話 仮想戦闘

 

 

 

「おい、シュバルツァー。何とかしろ」

 

「そうですよ。ティータさんをあそこまで不機嫌にさせるなんて相当ですよ」

 

 アインヘル小要塞の管制室で整列する《Ⅶ組》は顔をしかめて頬を膨らませているティータを前にリィンを小突く。

 

「そう言われてもな……」

 

 レンの支援やルフィナの支援を受けてミラの問題は解決したものの、次は資材確保の伝手なども発生してリィンの計画は遅々としてしか進んでいない。

 それにティータは夏至祭レースの中心になるのだから、なおの事リィンは距離を取っているのだが、本人はそれが納得できていないようだった。

 

「揃っているな」

 

 ティータが造る気まずい空気の中、遅れて現れたシュミットはリィンを一瞥してからティータを促した。

 

「今日の試験の説明はもうしたのか?」

 

「あっ……はい」

 

「《機甲兵》を使って小要塞を攻略しろという話ですが、それはどういう事なんでしょうか?」

 

 ティータが頷き、クルトは先程彼女に説明された訓練内容の詳しい解説を求める。

 

「こちらに来てください」

 

 そう言ってティータが案内したのは隣の広間だった。

 そこには《ティルフィング》と《オルディーネ》とは別に手足を外され、頭と胴体だけになった《機甲兵》が箱に詰められた状態で鎮座されていた。

 

「…………何だこりゃ?」

 

 訝しむアッシュにティータは説明を始める。

 

「今日のテストはこの《機甲兵》に乗って行ってもらいます」

 

「乗るって言っても、《機甲兵》に手足がなくちゃ何もできないわよ?」

 

 ユウナは当然の疑問を口にする。

 

「そこは大丈夫です。攻略するのは管制室から送信するデータ上の小要塞です……

 簡単に説明すると《機甲兵》のモニターだけを指標にしてプログラムの中の小要塞の中を動いてもらいます」

 

「モニターだけ……やる事そのものは確かに普段の操作と同じだな」

 

 なるほどとリィンは頷く。

 《機甲兵》の操縦席から得られる情報は全て導力モニターやセンサーから送られてくる信号だけ。

 肉眼による目視ではないため、そこに導力モニターの映像に合わせて動作を連動させれば、《機甲兵》はその場から動かずにプログラムの中では動いていることになる。

 

「これは二年前の本校の学院祭でやった《ティルフィング》の操縦と同じか……」

 

「リィンさん……?」

 

 ティータの声にリィンははっとなって口を噤む。

 

「じー」

 

「…………」

 

 物言いたげな疑いの眼差しをティータはリィンに向ける。

 

「リィンさん、もしかして――」

 

「いつまで無駄な時間を使っている。さっさと《機甲兵》に搭乗しろ」

 

 ティータの言葉はシュミットのそれに遮られ、Ⅶ組一同は促されて動き始める。

 

「あの……わたしはどうするんでしょうか?」

 

「アルティナちゃんはわたしと一緒に管制補助をお願いね」

 

「了解しました」

 

 アルティナはティータの指示に従って管制室の席に座る。

 

「それでは特別訓練を開始します」

 

 

 

 

 《ティルフィング》に乗り込みいつものようにリィンはシステムを立ち上げる。

 《機甲兵》とは違い、手足はそのままだがシステム的には手足の動きはロックされており動くことはない。

 

「《ティルフィング》と《オルディーネ》には特別なクレーンを装着します」

 

 ティータの声と共に天井から伸びたアームが背中から掴むように二機を掴んで少しだけ地面から持ち上げる。

 

「それでは仮想空間テストを始めます」

 

 リィンの《ティルフィング》に同調していた視界が歪み、切り替わる。

 気付けば、五体満足の機械人形達はいつものアインヘル小要塞の中に立っていた。

 

「凄いな……本当に立っているみたいだし。腕を振った反動もある」

 

 クルトの《シュピーゲル》は仮想世界で調子を試すように剣を抜いて素振りをする。

 

「本当だ。本当に乗ってるみたいに機体も傾く」

 

 ユウナの《ドラッケン》も左右に体を動かし、本物さながらの慣性を体感していることに驚く。

 

「どうやら《機甲兵》を入れていた箱が機体を振動させて体感を現実に近いものに再現しているようですね」

 

 ミュゼの《ケストレル》はライフルを構え、そこから来る微細な機体の震動に違和感を覚える。

 

「しっかし違和感がすげえな。《機甲兵》に乗ってるのに天井が随分とたけえし広間も生身と同じくらいの広さだぞ?」

 

 アッシュの《ヘクトル》は周囲を見回し、そう感想を述べた。

 

「言われて見れば、そうだな」

 

 遅れて《シュピーゲル》は《ヘクトル》に倣って要塞の壁や天井に視線を向ける。

 小要塞の中での《機甲兵》のテストは初めてではないが、いくら変形・組み換えが自由でも人より大きい《機甲兵》での室内訓練は窮屈さを感じてしまう。

 だが、今の状態は六体が並んでも余裕がある程に広々としていた。

 

「データ上の空間だから、物理的な制限はプログラムでどうとでもなるんだろう」

 

「はい、クロウ先輩の言う通りです」

 

 クロウの言葉をティータが肯定する。

 

「皆さんの機体は現在人間の成人身長とほぼ同じくらいに設定して、小要塞のデータに置いています……

 これを利用するとこんな事もできるんですよ」

 

 楽し気な声に一同は警戒心を高める。

 が、その警戒はすぐに解かれた。

 

「…………ポムか……」

 

「ポムね……」

 

 目の前に現れた魔獣ポムにクルトとユウナは少し困惑する。

 

「見慣れた魔獣のはずなのに機甲兵越しに普段と同じサイズの魔獣を見ると違和感が凄いな」

 

「でもこのポムって、昔どこかで見たことがあるような……」

 

「みんな今すぐ攻撃しろ!」

 

 クルトとユウナが攻撃の気配がない“光沢を誇るように光り輝いている”だけのポムを前に唸っていると、リィンの叫びが響き渡る。

 

「え、何……?」

 

「リィン……?」

 

 リィンの突然の声に一同は目を丸くする。

 

「おいおい、確かに珍しい色のポムだが所詮はポムだぜ。そんな焦るような相手じゃ――」

 

 アッシュがリィンの狼狽ぶりを揶揄うように言葉を返している途中で、ポムは凄まじい速度で逃げ出した。

 

「あらあら……」

 

「すげえ逃げ足だな」

 

 ミュゼとクロウはその逃げっぷりに感嘆し、ティータの声が一同に届く。

 

「第一試験は鬼ごっこです。今逃げたシャイニングポムを撃破、もしくは捕獲してください」

 

 知る人ぞ知る、非情なミッションが始まった。

 

 

 

 

「帝国では見ない種類のポムですね」

 

 アルティナは機械人形から逃げ回るポムを見つめながら呟いた。

 

「シャイニングポム……

 わたしの故郷、リベールに生息していた魔獣です。昔はクロスベルでも見掛けたみたいですが、近頃の目撃情報は少なくなったみたいです」

 

 ティータの説明になるほどとアルティナは頷く。

 

「稀少種というものですか、そういえば特定の魔獣が乱獲されて絶滅の危惧にあると授業で習いましたが、あれがそれですか」

 

 アルティナは仮想世界で六体の機械人形達から赤い光を誇る白いポムに視線を戻す。

 

「ちなみに速さは三倍に設定したよ」

 

「…………リィンとクロウが本気で追い駆けているのに捕まらない理由はそれですか」

 

 やり過ぎちゃったかなと舌を出すティータにアルティナは特に文句を言わなかった。

 

「しかし、何故こんなテストをしなければならないのでしょうか? もしかしてリィンへの嫌がらせでしょうか?」

 

「ち、違うよ!」

 

 アルティナに睨まれてティータは慌てて否定する。

 

「鬼ごっこにしたのは戦闘では得られないデータが欲しかったからだよ」

 

 そんな彼女にジョルジュが助け舟を出す。

 

「この機甲兵を納めているオーブメントは、夏至祭レースに向けて練習のため各校に配布するものでな……

 疑似的にだけど、仮想空間内で起きた《機甲兵》の動作を連動させて震動させたり傾いたりするんだ」

 

 その説明にアルティナは隣の広間を除けば確かに画面の中の彼らの動きに合わせて頭と胴体だけの《機甲兵》は激しく揺れている。

 

「ふむ……どうやら連携してポムを追い詰め始めたな」

 

 シュミットは順応し始めた《Ⅶ組》を確認するとティータに目配せをした。

 

「はい、それじゃあデコイを追加します」

 

 そう言い、ティータが端末を操作すると画面の向こうで《Ⅶ組》の悲鳴が上がる。

 

「ちょっと何よこれ!?」

 

「いきなりポムが増えた。何体いるんだ!?」

 

「女郎蜘蛛、そっちに行ったぞ! ああ、くそっ! 邪魔だ!」

 

「え……!? あ、ごめんなさい。抜けられました」

 

「…………ひどいですね」

 

 画面いっぱいに溢れるポムの海。

 現実ではあり得ない光景であり、無数のカラフルなポムの中でシャイニングポムは目立つがそれでもモニターを埋め尽くすポムの群れにⅦ組は翻弄されてしまう。

 結局、彼らがシャイニングポムを撃破するのには二時間も掛かった。

 

 

 

 

「それじゃあ次の試験を始めるよ」

 

 ジョルジュの言葉にリィンの視界は一転する。

 

「ここは……」

 

 気付けばリィンは一人で広い平原にいた。

 周りにクラスメイト達はいない。

 状況説明を待っていると、リィンの前に《零の騎神》が現れた。

 

「ゾア・ギルスティン……」

 

 仮想世界のデータ上の存在だと分かっているが、現れたそれに《白》は素早く身構える。

 

「次のミッションは、個人で用意された仮想体との戦闘になります」

 

 ジョルジュから引き継いで、アルティナが状況を説明する。

 

「個人で戦う……他のみんなも《ゾア・ギルスティン》と?」

 

「いえ、他の皆さんは別の相手です……

 ドラッケン、ヘクトル、と段階を上げての連戦になりますが、リィンに関しては最初から難易度を最高に設定しているようです」

 

「…………そうか」

 

 シュミットかティータ、どちらの発案か分からないがリィンは納得する。

 

「基本的に《ゾア・ギルスティン》はデータ上の存在なだけで、導力魔法的なものは使いません……ただし……」

 

 アルティナの説明に合わせて、《零》の目の前に太刀が現れる。

 

「アリオス教官が操作するので……その……御武運を」

 

「準備は良いなシュバルツァー?」

 

 新たにアリオスの声が通信回線に加わる。

 

「俺もまだ、機甲兵の操作の勝手は分からないが、現実では教えられない死線を教えよう」

 

「っ――分かりました」

 

 次の瞬間、何の合図もなく《零》は《白》の目の前に踏み入り、抜刀の一閃が《白》を両断した。

 

 

 

 

「っ――もう一度お願いします!」

 

 撃破判定を受け、画面が暗転して開放されたハッチに目もくれずクルトは叫ぶ。

 

「クルト君、これで何度目?」

 

 一通りの作業を終わり、小休止を取っていたユウナは休む事もなく仮想戦闘にリトライをするクルトに呆れる。

 

「今ので十回目ですね……」

 

 ユウナの疑問に答えたのは一番初めにゲームオーバーとなったミュゼだった。

 

「ふーん……今のクルト君の相手ってあの緋いの?」

 

 導力モニターに映し出されたシュピーゲルと向き合う緋色の機体。

 

「《緋の騎神》テスタ=ロッサ……セドリック皇子の本来の機体ですね」

 

 モニターの中でシュピーゲルが疾走し、《緋》は宙に無数の剣群を生み出して迎え撃つ。

 弾幕のように乱れ撃たれる剣の雨。

 シュピーゲルは双剣で命中する剣を見極めて、弾き、逸らし、突破する。

 

「抜けたっ!」

 

 全速力でシュピーゲルは《緋》に接敵すると双剣を突撃の勢いのまま振り抜き――導力の刃を消して空振りした。

 受け止めようと剣を盾にした《緋》の背後でシュピーゲルは双剣の柄を合体させ、剛剣にして横薙ぎに切り払う。

 しかし、《緋》はいつのまにか握っていた剣を放棄し、両手に刃渡りの短いナイフを持ち替えて剛剣の一撃を受け止める。

 

「あっ――」

 

 怯み後ろに逃げようとするシュピーゲルの足の甲を《緋》は踏みつけ、バランスを崩したシュピーゲルの胴と首の装甲の隙間にナイフが突き立てられた。

 画面の中でシュピーゲルが爆発し、それに合わせて現実のシュピーゲルのハッチが開く。

 

「もう一度!」

 

 クルトはそこから出て来る事はせず、もう一度と《緋》に挑む。

 

「…………男の子をしてますね」

 

 ムキになっているクルトにミュゼは微笑ましいと笑う。

 

「《騎神》と戦ってるって事はゴライアスをクリアしたのよね。それだって十分すごいのに」

 

「ゴライアスまで行けたユウナさんも十分ではないですか? 私なんてケストレル相手でもう無理でしたから」

 

 ミュゼは高速で動き回るケストレルを思い出してため息を吐く。

 同じ機体でもライフルを主武装とした遠距離型と、七耀教会の法剣を主武装とした近距離型の違い。

 そして高速で動き回りながら、高速で動く相手を捉える事の難しさをミュゼは思い知らされた。

 

「よっしゃ! 見たかこのデカブツがっ!」

 

 そこでアッシュの歓声が上がった。

 モニターを見れば、ゴライアスが四つの鎖で地面に繋がれ炎上し、肩の砲身は“テスタ=ロッサ”が火花を散らして食い込み、頭に組みついたヘクトルがベルゼルガーの刃を突き立てていた。

 

「武装デバイスを次から次へと呼び出しての圧殺……

 現実ではこうは行きませんが、システムの穴をうまく突いたアッシュさんが上手かったと言えますね」

 

「うーん……あたしももうちょっと頑張ろうかな」

 

「はは、よくやるなあ」

 

 アッシュの奮闘にユウナが唸るとクロウが感心した。

 

「クロウ先輩はもう終わりですか?」

 

 既にテストは終了し、今は各自自由時間となっている。

 

「ああ、アリオスのオッサンはともかくプログラムのあいつらじゃ俺と《オルディーネ》の敵じゃねえからな」

 

 ゴライアスを突破した先、ヴァリマールやテスタ=ロッサのプログラムを難なく撃破したクロウは本物よりも弱いと断言し、ミュゼとユウナは再び敗北しているクルトに同情の目を向ける。

 

「別にクルトの奴が弱いわけじゃねえぞ……こればかり《騎神》と《機甲兵》の差だからな」

 

 機体の性能差を考えればゴライアスを撃破できている時点で十分な戦闘力と言えるだろう。

 

「《騎神》と《機甲兵》の差か……じゃあクロウ先輩、あたしと対戦してくれませんか?」

 

 今一つその差を実感できていないと感じていたユウナはクロウにそう提案する。

 

「勘弁してくれ。テストはもう終わったんだ。俺は帰って寝る」

 

「じゃあ十回勝負でクロウ先輩が全勝したら、来週のお昼にお弁当を作って上げるって言う条件ならどうですか?」

 

「ふ……さっさと準備しなユウナ」

 

 金欠のクロウはユウナの提案にあっさりと乗り、颯爽と《蒼》に乗り込むのだった。

 

 

 

 

「…………」

 

 リィンの《白》とアリオスの《零》が延々と戦う様をアルティナはじっと見つめていた。

 

「アルティナちゃんも参加する? 今ならミュゼさんの機体が空いているけど」

 

「いえ……」

 

 ティータの提案にアルティナは首を横に振る。

 

「アルティナちゃんはどの機体も平均以上に乗りこなせていましたよね? だったらリィンさんとアリオス教官との戦いに参加する事も――」

 

「わたしの技量では二人の邪魔にしかならないでしょう」

 

 モニターに映し出されている《白》と《零》の戦いは模擬戦の域を超えた殺し合いだった。

 仮想世界のため、アルティナが剣を錬成する事ができない事にもどかしさを感じてしまう。

 

「ふふ……盛り上がっているようだな」

 

 アルティナがただ見守る事しかできないでいると、そこに新たな声が聞こえてきた。

 

「この声は……」

 

 アルティナが振り返ると、我が物顔で管制室に入って来たオーレリアは腕を組んで大型モニターに映る生徒達の姿に満足そうに頷いた。

 

「シュバルツァーとアリオスは共に高みを登っているか……

 弟弟子のクルトの方は……ふふ、どうやら《壁》に打ちのめされているようだな」

 

「分校長、どうしましたか?」

 

「まさか分校長も参加したいと?」

 

 ティータとアルティナは獲物を狙う目をしているオーレリアに警戒する。

 

「うむ、実に魅力的な提案だ」

 

 機甲兵のメリットを最大限活用するシステムにオーレリアは大いに興味を引かれつつ、要件を口にする。

 

「シュバルツァーに取次ぎを頼む。お前に客人だとな……

 他にもオライオン、ラッセル、そしてシュミットにもな」

 

 その言葉にティータとアルティナは顔を見合わせて首を捻る。

 いくら要件がそれでも分校長がそれを伝えに来る理由を考えながら、二人はオーレリアが目配せした背後に視線を向ける。

 

「あ……」

 

「貴女は……」

 

「二週間ぶりですね。ティータさん、アルティナさん。いつもリィンがお世話になっています」

 

 恭しく頭を下げたのはリィンの義姉のエリゼ・シュバルツァー。そして――

 

「やっほー、アーちゃん! お姉ちゃんが遊びに来たよ!」

 

「…………ミリアムさん」

 

 勝手に名前を略し、元気よく手を挙げて主張する水色の髪の少女にアルティナは顔をしかめる。

 

「ティータ!」

 

 さらに待たされていた扉から一直線に走り、その女性は椅子に座っていたティータを軽々と抱え上げた。

 

「ああ、かわいい! やっぱりこの子はかわいいわ!! ぎゅうううぅぅっ……」

 

「お母さん!? どうして《第Ⅱ》に!?」

 

「久しぶりねティータ! 大丈夫? ちゃんとご飯食べてる? シュミットの爺にいじめられてないわよね?」

 

「お、おかあさん……くるしい……」

 

 熱烈な抱擁にティータは質問に答える余裕はなく呻く。

 

「ふん、誰かと思えば貴様らか……」

 

 ティータに熱い抱擁をするエリカを横目に、まだ扉の前で待っている二人をシュミットは一瞥してため息を吐いた。

 

「あら、直接会うのは久しぶりだと言うのに、相変わらずねシュミットは……」

 

「はは、ハミルトンよ。こやつに礼節を求めても無駄じゃよ」

 

「あわわ、グランマ、それにラッセル博士。そんな言い方したら失礼ですよ!」

 

 呆れる長い髪の老婆と禿げ頭の老人が笑う。

 付き人の銀髪の男の子はそんな二人の態度にあわあわと慌てふためている。

 

「ふむ……分校長よ。ここは士官学院とは言え、軍事施設だぞ?」

 

「固い事を言う必要はあるまい。私が許可を出したのだから」

 

 シュミットの指摘にオーレリアは何も問題はないと言い返す。

 事を知ったらミハイル教官がどんな反応をするのかアルティナはねーねーと絡んでくるミリアムをあしらいながら考える。

 

「ふふ、壮観だな。まさかこの《第Ⅱ》にエプスタインの三高弟が集うとは……さて、何が起きる事か」

 

 オーレリア分校長はこれから起こる事に期待を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 

 場所はバルフレイム宮。

 

「…………オズボーン宰相、リベールとカルバードからラッセル博士とハミルトン博士が入国許可を求めていると連絡が入ったのだけど」

 

「おや、オリヴァルト皇子。夏至祭にはまだ早いですよ」

 

「いや、何でも早めに現地を確認しておきたいと、観光と言う名目で一般人として入国審査を受けているらしくてね」

 

「それは……こちらから誘った手前、強く拒否する事はできないというわけですか……

 クレアとレクターを派遣して御二人を迎えに行かせましょうか?」

 

「いや、御二人は既にリーヴスの宿を予約しているそうでね……」

 

「そうですか……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………後はセドリックに任せるとしようか、オズボーン宰相」

 

「ええ、そうしましょう。オリヴァルト皇子」

 

 

 

 

 

 

「エ、エリゼ姉さん……どうして《第Ⅱ》に?」

 

「どうして、じゃありません」

 

 学生寮の食堂でリィンはエリゼと向き合っていた。

 その様子はユウナ曰く、悪い事をして誤魔化そうとしている弟らしく。

 エリゼも同じ感想を抱いていた。

 

「ユミルから戻って、一度も連絡が着かないと思えば、ルフィナさんに会いに帝都まで来ていたそうね……

 薄情なリィンは姉が嫌いになったのかしら?」

 

「そ、そんなことあるわけない!」

 

 エリゼの言葉をリィンは慌てて否定する。

 それは疑っていないとエリゼは苦笑しながらも厳しい目を向ける。

 

「でも、あまり良くない話を耳にしたわよ……

 ティータさんを振り回しているとか、部屋もだいぶ散らかしているとか……シュバルツァー家の男子がそんなことでは困ります」

 

「それは……忙しくて……」

 

 目を逸らすリィンにエリゼはため息を吐く。

 

「ティータさんには《機甲兵》の事で特にお世話になっているんですから、恩はちゃんと返さないといけませんよ」

 

「もっと! もっと言ってくださいエリゼさん!」

 

「はい、ティータさんはこちらに……」

 

 エリゼの気遣いに同調するティータはミュゼによって口を塞がれ、アルティナとユウナによって食堂から強制退去される。

 もっとも四人は食堂から出ただけで、廊下から二人を覗き込んでいた。

 

「別に……ティータにはちゃんと感謝してるし、意地悪をしているつもりは……ない……」

 

 気まずげにリィンは言葉を小さくして反論する。

 

「リィンが人を信用できないというは少し分かるわ……

 ミュゼなんて、何を考えているか私も分からないもの」

 

「あれ? エリゼ先輩、何で唐突に私が批難されているんでしょうか?」

 

 距離を取って二人の会話を聞いていたミュゼは辛辣なエリゼからの評価に異を唱えるが、無視される。

 

「今リィンが悩んでいるのは分かるわ。でも出来たら少しだけティータさんやアルティナちゃんを信じて上げてくれないかしら?」

 

「エリゼ姉さん……」

 

「エリゼ先輩、私は……?」

 

「はい、ミュゼはちょっと黙ってましょうね」

 

 廊下でミュゼの口をユウナが塞ぐ。

 

「正直、クロスベルの……あんな戦いがこの先もあると言うのなら今すぐにでも士官学院をやめて欲しいのが私の本音よ」

 

「エリゼ姉さん、それはきっと意味がないよ」

 

「ええ、そうね……

 だから私の願いは、負けても良いから必ず生きて帰って来て欲しい……それだけよ」

 

「…………姉さん……」

 

 凛として真っ直ぐに見つめてくるエリゼの眼差しにリィンは居心地を悪くする。

 その言葉を本当に自分が受け取って良いのか。リィンは悩む。

 その内心を見透かしてなのか、エリゼは微笑むと続ける。

 

「私もセドリック皇子から、この先帝国に何が起きるのか簡単に聞いているわ……

 でも“みんなで生きて帰る”……そこだけはどんな心変わりがあっても変わらないと信じてあげることはできないかしら?」

 

「みんなで生きて帰る……」

 

 エリゼの言葉をリィンは口に出して反芻する。

 

「…………うん……その理由なら信じて良いかもしれない……」

 

 エリゼの言葉にリィンはみんなを信じる重心を見つけられたと感じ、張り詰めていた気持ちが緩み――

 

「ふふ、あんまり心配させないで――」

 

 エリゼは俯くリィンに手を伸ばして頭を撫で――

 

「リィンさん、終極合成魔法って何ですか!?」

 

 今までお預けをされていたティータが勢いよくリィンに詰め寄った。

 

「空間投影式七耀回路は結晶回路とどう違うんですか!? ハイロゥ技術はどれだけ応用が利くんですか!?」

 

 矢継ぎ早にティータはリィンに縋りついて質問を重ねる。

 

「ねえ、教えて教えて~!!」

 

 年齢がいくつか下がったようなティータのおねだりにリィンとエリゼは目を丸くして、苦笑するのだった。

 

「リィンさん!」

 

 そこでユウナ達を押し退けて、《本校》にいるはずのセドリックが駆け込んで来た。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

「セ、セドリック皇子……?」

 

「…………ラッセル博士と……ハミルトン博士は……どこに……?」

 

 息を必死に整えながらセドリックはリィンに尋ねる。

 

「ふ、二人なら……アインヘル小要塞でシュミット博士と話をしているはずですけど……」

 

「そうですか……お騒がせしました。失礼します」

 

 礼儀正しくセドリックは一礼して寮から学院へと駆け出した。

 

「ま、待ってください。セドリック皇子……」

 

 その後をクリスが追い駆けて行く。

 今日のリーヴスは夜になってもまだ、慌ただしかった。

 

 

 

 

 

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