「博士、それにお母さん……そこに座ってください」
ティータ・ラッセルは腕を組み、リィンに突撃しようと計画していた博士たちの前に立ち塞がる。
「今リィンさんはいろいろ試行錯誤して、人に歩み寄ろうとしているんだよ……
そこを博士たちが自分達の好奇心の赴くままにリィンさんが隠している事を暴き立てるのは良くないと思います」
「でもね、ティータ。リィン君が漏らしていた理論はサルベージした《リベル=アーク》を解析して出て来た――」
「お母さん、今はわたしが話しているんです」
弁明を遮りティータは続ける。
「しかしだなティータ。白のティルフィングをリベールで組み上げたのはわしらなのじゃから見る権利はあると思うのじゃが?」
「それでも今はリィンさんが命を預けている機体なんだよ……
せめてリィンさんの心の準備ができるのを待ってあげても良いんじゃないかな? 突然押しかけて来たお祖父ちゃん達だって悪いんだし」
「む……むう……」
孫に痛いところを指摘され、アルバートは唸る。
「それに博士たちは七月の夏至祭のレースに参加するんですよ?
せっかくエプスタイン博士の三高弟が集まる大きな大会になるのに、そこで既存技術から逸脱した技術を使った機甲兵を出すつもりですか?」
「それの何が問題だと言うんだ?」
ティータの質問にシュミットは堂々と言い返す。
そんな彼にティータはため息を吐く。
「博士……夏至祭の主役はあくまでも学生なんです……
そして博士たちに求められているのは、同じ導力技術の下での最高の技術のはずです……
今は博士たちがエプスタイン博士に教わったように、後輩に博士たちの立派な技術を見せてください」
「…………まさかラッセルのお孫さんにこんな正論を言われるなんてね」
ティータの訴えにハミルトンは感慨深く、感心する。
「くう……ティータよ。立派になって」
「ちっ……ここはティータに免じて夏至祭まで我慢して上げるわ」
「ふん……まあ良いだろう。夏至祭が終わるまでは待ってやるとシュバルツァーに伝えておけ」
アルバードとエリカはティータの成長を喜び、シュミットもエプスタインの名前を出されたのならばと引き下がる。
ティータは博士たちに我慢させる事を達成できたと胸を撫で下ろし――管制室の扉が開いてアルティナが入って来る。
「ティータさん、機甲兵用戦術オーブメントの製作を始めるそうです」
「あ、アルティナちゃん! うん、すぐに行くねっ!」
わーいとティータは先程までの毅然な態度を捨て、踵を返して駆け出して――四人の博士たちに肩を、腕を掴まれた。
「ちょっとティータ。随分面白そうなものを造ろうとしているわね?」
「ふむ……わしらが学生のレースに出られないのは技術的な格差によるものだと納得したが……」
「貴女がリィン・シュバルツァーの技術を教えてもらうと言うのなら、夏至祭レースに貴女が関わるのは他の学院に対して不公平になるのではないかしら?」
「流石はラッセルの孫だな。夏至祭が終わるまでシュバルツァーを独占するつもりだったか」
「そ…………そんな事ないですよ……?」
がっちりと手と肩を掴まれ、その場から動けなくなったティータは冷や汗を流しながら否定し、アルティナに視線で助けを求める。
「…………ティータは博士たちへの説得に失敗したとリィンに伝えておきます」
「ま、待ってアルティナちゃんっ!」
しかし無情にもアルティナはティータを切り捨てて、そっと扉を閉めた。
「ティータ、お母さんは悲しいわ。私は貴女をそんな風に育てたつもりは……育てたつもりは……つもりは……
とにかく! ティータだけ楽しむなんてズルいわ!」
「お、お母さんっ……くるしい……」
*
本校舎の戦略会議室において、六月の特別演習の行き先がミハイルによって発表された。
「次の特別演習は西ラマール州の州都にあたる海都オルディスを中心に行う」
ミハイルは生徒達の私語を慎ませる意味合いを込めて睨みを利かせながら続ける。
「今回、難しいのは二点……
『帝国領邦会議』の開催と重なる事と海都の北に位置するジュノー海上要塞にて新型機甲兵の試運転の相手をすることだ」
ミハイルの発表に生徒達は首を傾げる。
「『帝国領邦会議』はともかく……新型機甲兵の相手ですか?」
生徒達を代表する形でリィンが聞き返す。
帝国領邦会議とは、年に一度開かれる大貴族たちの会合。
参加できるのは伯爵位以上であり、シュバルツァー家には関係ないが、《四大名門》と呼ばれる四家が主催となって行われる貴族を集めた会合。
「現在、ジュノー海上要塞にて、新型機甲兵の開発が行われ、一先ず形になったと報告があった……
我々はその機甲兵の相手役を務める事となった」
「クレアの専用機もその一つなんだって」
ミハイルの言葉にミリアムが口を挟む。
「クレアさんの専用機!?」
ミリアムの言葉にユウナが大きく反応する。
「オライオン、余計な事を喋るな」
ミハイルは口の軽いミリアムを咎めてため息を吐く。
「……ミハイル教官。彼女は? アルティナの姉と――」
「姉ではありません」
リィンの言葉をアルティナが訂正する。
「ええ、アーちゃんひどい」
「ひどくありません。ミハイル教官、何故部外者の彼女がここにいるのですか?」
珍しいアルティナの強い主張にミハイルはこれからの前途多難を予感してため息を吐いて答える。
「彼女は今回の特別演習に当たり、帝国政府から派遣された特別教官だ」
「よろしくね、《第Ⅱ》のみんな! アーちゃんのお姉ちゃんのミリアム・オライオンだよ!」
「詳細な説明を求めます」
明るいミリアムの自己紹介を無視してアルティナは詰問を続ける。
「先程も言ったが、今回はジュノー海上要塞にて新型機甲兵のテストが行われる……
それに伴いシュミット博士が同行する事となった……
彼女は博士の護衛であり、同時に万が一の事態が発生した場合、正規軍との橋渡しとなる連絡役を担っている」
サザーランドとクロスベル、二度の想定外の戦いに巻き込まれ生徒達はミハイルの言葉に緊張を感じる。
「でも……そんな小さい子が突然教官だなんて言われても……」
ぼやいたユウナは、ふと視線を横にずらす。
生徒達もその視線に釣られるようにミリアムから横のトワへと視線を移した。
「あ、何でもありません……大丈夫です」
ユウナは言いかけた言葉を呑み込み、ミリアムの存在を受け入れる。
「あれ? どうしてみんなわたしを見たの? ねえ?」
トワの困惑の言葉をミハイルは咳払いをして黙殺し続ける。
「基本的に彼女は特別演習において周辺警戒と哨戒、シュミット博士の護衛を担当するため、直接お前達に関わる事は少ないだろう」
ミリアムはあくまでも臨時教官であり、特別演習に手助けをすることはないとミハイルは宣言する。
「演習範囲や日程など、これまで以上に厳しくなることも予想される……
各自、準備を怠らず、英気を養いつつ週末に備えて欲しい! 以上だ」
会議が終わると生徒達は思い思いに集まり、次の特別演習先について話し始める。
「ラマール州か、海産物とかもで有名だよね」
「おおっ! カジノで有名なラクウェルも実習の範囲に入ってるじゃん!」
「おいおいシドニー、いくら何でも実習中にカジノは無理だろう」
「オルディスだと帝都より一ヶ月早い、夏至祭の時期でもあるんですよね」
「例の《結社》の動きもさすがに気になるな」
「流石にクロスベルみたいな事が起こる事はもうないよね?」
口々に生徒達は期待と不安を混じった言葉を交わし合う。
「ラマール州か……帝国の西側だったよね?」
Ⅶ組も自然と集まり、ユウナは帝国の地図を思い出しながら話題を振る。
「ええ、貴族派最大の本拠地だった州でもありますね。ミュゼさんの故郷だとか」
アルティナは頷き、ミュゼは嬉しそうに応える。
「フフ、良い所ですよ。風光明媚で海も綺麗ですし」
「たしか君もそちらの出身だったよな?」
「クク、海なんざ見えねぇ峡谷の歓楽都市だけどな」
クルトとアッシュがそんな会話を交わす。
「ラマール州か……」
「クロウ……?」
「いや、なんでもねえ」
物思いにふけるクロウは会話の輪の中に入ることなく、会議室から一足先に出て行った。
「どうしたんだクロウは? いつもならカジノだひゃっはーとか言い出すと思ったのに」
「ラマール州は二年前の内戦で《蒼の騎神》が制圧を行っていた地域ですから、思う所があるのではないでしょうか?」
リィンの疑問にアルティナが答え、続ける。
「それに内戦終結時もジュライに逃げ込んだラマール領領主クロワール・ド・カイエンは未だに発見、及び逮捕する事が出来ていませんから」
「ラマール州はクロウの故郷のジュライに隣接していたんだったな……もしかしたら、それもあるのかもしれないな」
未だに見つかっていない前カイエン公とクロウが帝国の先兵として制圧したジュライ。
そこにクロウが何を思うのか、リィンには分からない。
「考えても仕方がないか……それよりもユウナ。行こう」
「あ……うん」
短い言葉にミュゼ達と話していたユウナは振り返って頷く。
ユウナはミュゼ達に一言断り、二人は――当然のようについて行く意志を示していたアルティナの三人は会議室を出て行こうとして、引き留めるようにミュゼが尋ねる。
「リィンさん、ユウナさん。どちらに?」
「ユウナのドラッケン用に戦術オーブメントと専用クォーツを作ったから、その調整だよ……
特別演習までにはちゃんと駆動できるようにしておきたいから」
「機甲兵用の戦術オーブメント?」
「はっ、随分と面白そうな事してんじゃねえか」
その話題にクルトとアッシュが興味を示す。
「言う程、大したものじゃないよ……
まだ組み込めるクォーツも一つか二つ程度だし、亜空間回路がないから拡張オーブのスロットを一つ潰すことになるから」
「亜空間回路と言うものはよく分かりませんが、でもリィンさんの手作りのクォーツなんて羨ましいですね」
「亜空間回路って言うのは《塔》の――いや、何でもない」
「……《塔》?」
リィンが言いかけた言葉にミュゼは首を傾げる。
それをフォローするようにユウナは口を挟む。
「戦闘に使う武器を羨ましがられても……
そう言えば、結局どの導力魔法を作ってくれるの?」
ミュゼの嫉妬の目を受け流しつつ、ユウナは質問する。
「いろいろ考えてみたけど、“アースガード”を使えるようにしようかと思ってる」
「“アースガード”って《地》属性の下位導力魔法の?」
「ああ、《大地》属性の“アースガード”だな」
ユウナの言葉にリィンは頷く。
「…………まあ、確かに“アースガード”は便利だけど……こう、もっと必殺技みたいなものじゃないの?」
「いやなら別に無理に搭載しなくても良いけど……」
「ああ! うそうそ、ありがたく使わせてもらいます!」
やめようとするリィンにユウナは慌てて前言を撤回する。
「むう、ユウナさんだけズルいです。リィンさん、私のケストレルちゃんにも何かプレゼントをください」
「いきなりそんな事を言われても…………ミュゼに、ケストレルに合うもの……アンチマテリアルライフルとか?」
「…………」
リィンが咄嗟に考えた答えにミュゼは揶揄う笑顔のまま固まった。
「くっ……アンチマテリアルライフル――対戦車ライフルがお似合いって……ククク……」
「アッシュ、笑うのは失礼だぞ…………ふ……」
アッシュとクルトはミュゼが身長を超える長大なライフルを携えている姿を想像し、不釣り合いでありながら意外と似合っていると思わず笑みをこぼす。
「あらあら、御二人とも何がおかしいんですか?」
ミュゼは固めた笑顔のまま、アッシュとクルトを振り返る。
「っ……」
「うっ……」
背中に気を付けろと言わんばかり目にアッシュとクルトは身を震わせる。
*
「はあ……せっかく来たと言うのに留守番とはな……」
「ふん、日頃の行いのせいだ」
愚痴るアルバードにシュミットは鼻を鳴らして、切って捨てる。
「私が特別演習に行っている間の雑用の処理は頼んだぞ」
「くっ……」
挑発的なシュミットの言葉にアルバートは顔をしかめる。
対するハミルトンは微笑みで応える。
「ええ、リィン君が開示してくれた“アースガード”の術式は大変興味深いですからね……
夏至祭のコースレイアウトを考える合間にしっかりと調べさせてもらうわ」
「それにしても、いくら新型の機甲兵のお披露目だからって貴方が出向くのは意外ね」
ふとエリカが口を挟み、シュミットの行動に疑問を投げかける。
「資料は見たけど《魔煌機兵》……ね……
これの中枢回路のクォーツってもしかして《鬼》の……いや、まさかね……」
機密情報を遠慮なく見てエリカは記憶に引っ掛かりを感じる。
「それにしてもやっぱり二人とも私を出し抜くつもりだったのね」
ハミルトンはため息を吐いて文句を続ける。
「帝国政府が共和国に提供したのは《シュピーゲル》……
《ティルフィング》よりも性能が低い機体を差し出しておいて、有利を取ろうだなんて随分せこい事をするようになったわね」
「ふん、勘違いするな。《ティルフィング》は生産性を度外視した機体だ……
所有権も皇族の機体となっているが、実際はシュバルツァー家の私物だ」
「そうじゃぞ……
そもそも《ティルフィング》の内部フレームは総ゼムリアストーンの上に、中枢のクォーツもブラックボックス化してわしらにも何が起きているのか分からん事になっておるからな」
「分からないって……いつの間に私の同期は謙虚になったのかしら?」
「わーグランマ。帝国のオーブメントって手足がもげても生えてくるんですね」
「カトル? 何を言っているの? オーブメントが勝手に直るなんて……何この映像……え……?」
ハミルトンは映像の中で《白》の装甲がゼムリアストーンのかさぶたを作るように修復されて行く様を見て困惑する。
「…………これを作った……? 二人が……?」
目の前のデータを疑い、ハミルトンはあり得ないと考えつつも頭の中で検証してしまう。
「こ、これで勝ったと思わないことね!」
「いや、これはわしらが組んだシステムじゃないからな」
「ふん、それよりもだ」
《白》の性能に狼狽えるハミルトンに愉悦を感じながらシュミットは届けられたばかりの機密情報を惜しげもなく彼らの前に表示した。
「これが私をオルディスに呼び出した目的のようだ」
「ほう……」
「これは……」
「導力ライフルのようだけど……これは……」
表示された機甲兵用の武装に一同は顔をしかめる。
その反応を観察しながらシュミットは続ける。
「導力ジェネレーター搭載型の魔導長銃……
これ一つでは単なる高出力の導力ライフルと変わらないのだが、問題は……」
細部データをモニターに表示させる。
映し出されたのは二つの魔導長銃が並列に連結したものと、三つの魔導長銃が連結した魔導長銃。
「《紅耀》と《蒼耀》の導力をフェンリルとして相互干渉させたエネルギーを放つ“ツイン・バスターライフル”……
もう一つは上位三属性をフェンリルで干渉させた導力砲“ドライ・バスターライフル”」
「っ――」
シュミットの言葉に博士たちは一様に息を呑む。
「相反する二つの属性をぶつけ合う消滅作用を利用した反応導力魔法――アンチマテリアルバースト」
「それを引き起こすこの導力砲を名付けるなら《反物質砲》――アンチ・マテリアルライフルか」
「ガレリア要塞を消滅させたのは至宝の力だったはずだけど、まさか帝国が実用化に成功したの?」
「まだ理論だけだ。このライフルは高出力の二連装、三連装の導力砲に過ぎん……
それを完成させてくれと領邦軍、いや今は帝国統合地方軍か、それの依頼だ」
「まさかシュミットよ……」
「二連装ライフルに関しては《フェンリル》の理論を使えば何とかなるだろう……
しかし三連装砲についてはどこから手をつけたものか」
考え込むシュミットだが、同時に導力砲に組み込まれた結晶回路の癖に一人の男を連想してしまう。
「シュミット?」
「……何でもない」
無愛想にアルバートからの呼び掛けをはぐらかすシュミットにハミルトンは呆れと懐かしさを感じながら愚痴を漏らす。
「アンチ・マテリアルライフル……帝国はいったい何と戦うつもりなのかしら?」
そこ問いに帝国人のシュミットも、大人しく隅で話を聞いているだけのジョルジュも答える事はなかった。