閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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58話 ラマール州Ⅲ

 

 

 

 

「それじゃあリィン君、特別演習頑張ってね」

 

 オルディスの門まで見送りに来てくれたダーナにリィンは返事をする前に黙り込んでしまう。

 

「ん? どうかしたかな?」

 

「っ……」

 

 微笑み、覗き込んでくるダーナにリィンは言葉を詰まらせる。

 

 ――貴女は俺の正体に気付いているんですか?

 

 そもそもあの時ユミルにいた者達がそれに気付かないような人たちではない。

 老師も剣匠も雷神も、そして姉弟子も分かっていて見逃されていたのではないかと今では思う。

 《彼》の代わりに全て自分が戦うんだと言う最初の意気込みはもう既にない。

 この数ヶ月で自分一人では《相克》の戦いの席にすら、辿り着けない事は思い知らされた。

 今はダーナ・イーグレットと言う現代の名前を持っているが、彼女は元地精の長。

 ミュゼの方は今一つ信用に欠けるが、既に人の《理》の外にあるダーナなら信用は出来る。

 

「えっと……」

 

 しかし改まって、どう切り出せば良いのかリィンは迷う。

 そんな姿にダーナは微笑みを浮かべる。

 

「そうだね。私もリィン君には話さないといけない事があるかな」

 

「ダーナさんも?」

 

「うん、例えばリィン君がクロスベルで見た《黒騎士》について」

 

「っ――ダーナさん!」

 

 ダーナの口から出て来た言葉にリィンは思わず声を上げていた。

 

「詳しい話は後で……えっと宿泊先はジュノー海上要塞だったから演習中に会うのは無理かな?」

 

「脱走してでも時間を作ります」

 

「こらこら」

 

 気を逸らせるリィンにダーナは苦笑する。

 

「ゼファーさんが場を整えてくれるって言っていたし、演習中は無理でも私からリーヴスに出向くことも出来るから無茶な事はしないでね」

 

「…………はい」

 

 ダーナに諭されてリィンは不満を抱きながらも頷く。

 

「うん、聞き分け良くて偉いよ……もしも駄々を捏ねるようならエリゼちゃんを呼ぶことになっていたかな」

 

「それだけはやめてください」

 

 伝家の宝刀を前にリィンは全面降伏をする。

 

「うん、それじゃあ改めて特別演習頑張ってね」

 

 

 

 

 

 

「いやっほうっ! 海だ~!」

 

「ユウナさん、海水に濡れると後が大変だと思いますが」

 

 手配魔獣を討伐して安全が確保された砂浜でユウナが歓声を上げて駆け出す

 その一方でリィンは砂浜と街道の間を隔てている所にある二つの大岩を見上げていた。

 

「これは……」

 

 隣に並んだクルトはリィンと同じものを見上げて目を疑う。

 

「切断の痕……まさかこの大岩を剣で斬ったのか?」

 

 見上げる程の巨大な大岩。

 左右に分かれて間には人一人分の隙間が空いており、その間は自然に割れたとは思えない程に一直線の平面だった。

 

「お目が高いですね」

 

 そんな二人にミュゼが言葉を掛ける。

 

「その岩も《超帝国人》が斬ったものだと言われています」

 

「…………」

 

「ここでも《超帝国人》か……」

 

 黙り込むリィンに対して、クルトは再び出て来たその名前に唸る。

 

「他の州と比べると随分、その伝説が残っているんだな」

 

「いや、このくらい《達人級》の剣の腕さえあれば誰だってできるだろ」

 

 リィンの言葉にクルトは身近な父やそのライバルを思い出す。

 

「それもそうか」

 

「それで納得すんのかよ? つくづく武人って奴は規格外だな」

 

 あっさりと納得するクルトにアッシュは呆れる。

 

「手配魔獣の討伐も済んだんだ。とっとと街に戻って次の依頼に行こうぜ」

 

 談笑する一同をクロウは居心地が悪そうに促す。

 

「次の依頼は確かブリオニア島の調査だったか? そのブリオニア島とは何処の事なんだ?」

 

「ブリオニア島はオルディスから船で三十分程の所にある孤島です……

 昔は巨人像があったんですが、内戦の前の謎の爆発によって島は半分程消失し、その巨人像も消えてしまいましたが」

 

「それも《超帝国人》が関わっているのか?」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

「…………」

 

「おい、リィン……リィン」

 

「え……?」

 

 クルトとミュゼの会話の背後、最後尾を歩いていたリィンはクロウが呼び掛けに顔を上げる。

 

「どうしたんださっきからぼうっとして?」

 

「いや、いろいろと考える事が多くて」

 

「《相克》の概要は大まかに聞いちゃいるが、気にし過ぎじゃねえのか?」

 

「いや、今はその事じゃなくて巨人像は何処に消えたのかって……」

 

「ああ……確かあの時は《灰》と《緋》がブリオニア島で大暴れしたんだったな」

 

「…………」

 

 クロウの言葉を肯定も否定もせずリィンは黙り込む。

 世間的に巨人像が消えたのはそのタイミングになっているが、リィンは真実は違う事を知っている。

 ブリオニア島の巨人像とノルド高原の巨人像。

 二つの至宝の残骸は《彼》に回収されているが、今のルフィナの《箱庭》の中にはない。

 《彼》と共に“零の世界”の深淵にあるのか、それとも――

 

「止まれ」

 

「身をかがめてろや」

 

 砂浜から街道に上がろうとしたところで、先頭を歩いていたクルトとアッシュが鋭い指示を出す。

 一同は素早くその言葉に従い、身を低くして街道と砂浜を繋ぐスロープの影に身を隠す。

 そして少し遅れて黒いジャケットを纏った武装集団が一同の前を横切って行った。

 

「…………今の黒いジャケットは《西風の旅団》のものですね」

 

「知っているのかアルティナ?」

 

 武装集団をやり過ごし、リィンは立ち上がってアルティナに尋ねる。

 

「ええ……ですが《西風の旅団》は解散しているはず」

 

「だな。それに見たところ分隊長の姿も今の一団にはいなかったが……」

 

 アルティナの言葉にクロウは頷いて、訝しむ。

 

「海都近郊……人通りの少ない裏道へ向かっているようですが、どうします?」

 

「…………ウォレス准将から注意事項を受けていたが、姿を確認できただけでも十分だろう……

 その上で聞くが、どうしたい?」

 

 ミュゼの問いにクロウは一同に向けて問い返す。

 

「ハッ……当然ここは行くだろ?」

 

「勿論、何か企んでるならここで制圧しておかないと」

 

「全力を尽くします」

 

 真っ先にアッシュとユウナ、クルトの三人が追い駆けると主張し、残った三人も無言でそれを支持する。

 

「しゃーねえ、行くか」

 

 クロウは肩を竦め、《Ⅶ組》は武装集団の追跡を開始した。

 

 

 

 

 

「おい、そこで何してやがる?」

 

 海岸道の脇道、その奥まった場所に屯っている武装集団にクロウはユウナとアッシュ、クルトの四人を伴って声を掛ける。

 

「トールズ士官学院第Ⅱ分校Ⅶ組だ。特別演習の一環でな……

 哨戒活動中の不審者……一緒にジュノーまで来てもらおうか?」

 

 クロウは銃を向けて投降を呼びかける。

 

「クロウ・アームブラスト……」

 

「裏切りの蒼の騎士……」

 

「士官学院の制服……まさか本当に学生をやり直しているのか!?」

 

 武装集団はクロウの姿を見て騒然とする。

 

「ちっ……それはどうでも良いんだよ……それよりお前達は《西風の旅団》だな?」

 

 お決まりの反応に辟易しながらクロウは問いを重ねる。

 

「分隊長のあの二人の姿は見えねえが、ここで何を企んでいやがる?」

 

 凄むクロウに対して武装集団は怯むことなく、それぞれの武器を構える。

 

「どうする? ここで奴を確保するか?」

 

「いや、今はまだ時期尚早だ」

 

「悪いがここで捕まるわけにはいかないのでな。その程度の人数で《西風》を止められると思うなよっ!」

 

 わずかな逡巡から《西風》は雄叫びを上げ、クロウ達に襲い掛かり――

 

「――ぐあっ!?」

 

「――ぎゃっ!?」

 

「――何だと!?」

 

 背後の丘の上から降り注ぐ、ミュゼとリィンとアルティナの導力魔法が降り注ぎ一網打尽にされるのだった。

 

 

 

 

「楽勝だったな」

 

 囮として正面から話しかけたクロウは呆気なく捕縛できた《西風》に拍子抜けをする。

 

「ユウナ、車の通信機で要塞に連絡して来い」

 

「え……?」

 

「俺達だけじゃ、こいつらを連行するのは無理だろ?」

 

「あ、ああ……そっか」

 

 クロウの指示にユウナは頷き、街道の離れた場所に置いてある導力車に向かって駆け出した。

 

「さて、迎えが来るまでの間、洗いざらい吐いてもらうぜ」

 

「ふ……それはどうかな?」

 

 脅しつけるクロウに《西風》は不敵に笑う。

 

「ミュゼ、アルティナ!」

 

 鋭い声はクロウ達の頭上から。

 一拍遅れて、三人が陣取っていた丘の上の狙撃地点が爆発し、リィンがミュゼを抱え、アルティナが《クラウ=ソラス》に抱えられて飛び降りて来た。

 

「リィン!?」

 

「別動隊だ。すまない、不意を突かれた」

 

 ミュゼを横抱きにしながらも危なげなく着地したリィンは直前まで自分達がいた場所に陣取った《西風》を忌々し気に睨む。

 

「クロウ、後ろから――ユウナ!?」

 

 クルトは振り返り、背後から現れた新手の集団に身構え、その内の一人が導力車に向かったはずのユウナを引き連れていたことに驚く。

 

「ご、ごめん……みんな……」

 

「ハハ、形勢逆転だな」

 

 上からの狙撃地点を取り、数十人と強化魔獣。そしてユウナを人質にして《西風》は勝利を確信して笑う。

 

「やれやれ……まさかこんなに潜んでるとはな」

 

 完全に敵の戦力を見誤った状況にクロウは肩を竦める。

 

「月並みだが、あの娘の命が惜しかったら武器を捨てて投降しろ」

 

「ちっ……分かったよ」

 

 クロウは舌打ちをして銃を捨てた。

 

「クロウ!?」

 

 あっさりと降伏するクロウにリィンは驚きの声を上げて、彼の肩を掴む。

 

「《ティルフィング》の展開を用意しておけ」

 

 小声のクロウの指示にリィンは抗議の言葉を止め、説得された風を装って太刀を置く。

 

「ふ……どうやらツキが回ってきたな」

 

「まさか目標が自分から来てくれるとはな。おかげで手間が省けた」

 

「目標……? へえ、それはいったい誰の事なんだ?」

 

 《西風》の呟きにクロウが聞き返す。

 

「それは――」

 

「おい! まだ油断をするな。《蒼の騎士》は転移術で《騎神》を呼び出せるらしいぞ」

 

「ちっ」

 

 警戒を緩めない《西風》にクロウは思わず舌打ちをする。

 

「分隊長たちを待つ必要はない。ここで――」

 

「そこまでだ!」

 

 最初の襲撃は空から飛来した鷹だった。

 

「な、何だ!?」

 

 ユウナを捕まえていた《西風》は襲い掛かってくる鷹に動揺し――

 

「うりゃあああっ!」

 

 その隙を突いてユウナは男の手を取って警察学校で覚えた制圧術で投げ飛ばす。

 

「くっ――この!」

 

 一斉にユウナに銃口が集中する。

 

「二の型――」

 

 リィンが太刀を拾い上げ、そのまま疾走しようと足に力を込め――

 

「オオオオオオオッ!」

 

 長身の青年の雄叫びと共に白馬が戦場を駆け抜けた。

 

「なっ!?」

 

 褐色の肌の青年は馬上から十字槍を振り回して《西風》の陣形を引き裂き、さらに馬上から跳躍して丘の上に陣取っていた《西風》に襲い掛かる。

 

「おお! ガイウスか?」

 

「知っているのかクロウ?」

 

 彼の名前を漏らしたクロウにクルトが聞き返す。

 

「ああ、旧Ⅶ組の一人……いや、今はそれよりこいつらを制圧するぞ!」

 

 紹介を省き、クロウは丘の上の《西風》をガイウスに任せ、自分達はガイウスの奇襲から立ち直っていない《西風》を制圧する事を促す。

 

「悪いなぁ。それはさせへんわ」

 

「――っ、クラウ=ソラス」

 

 次の瞬間、戦場に数えきれないほどの鉄杭が雨の降り注ぐ。

 

「なっ!?」

 

 《クラウ=ソラス》が上空で傘になる様にバリアを展開して鉄杭を弾く。

 一方で地面に突き刺さった鉄杭は末端の導力器を作動させる。

 

「お前ら、伏せろっ!」

 

 クロウが叫んだ直後、鉄杭が閃光と音を撒き散らして炸裂し、辺りには黒いスモークが立ち込める。

 

「リィンッ!?」

 

 丘の上で黒く染まった低地を振り返りガイウスが叫び――何処からともなく現れた大男の巨大なガントレットがガイウスを捉えた。

 

「くっ――」

 

 槍でその一撃を受け止めたガイウスは衝撃に身を任せて後ろに跳び退く。

 

「総員、ここは退くぞ」

 

「分隊長、しかし――」

 

「オルディス襲撃の前に戦力を減らすわけにはいくまい」

 

 団員の躊躇いを大男は静かな言葉で却下し、ガイウスに向けて手榴弾を投げる。

 

「――――っ」

 

 更にガイウスは距離を取り、手榴弾が爆ぜると閃光が当たりを塗り潰す。

 

「…………閃光弾か……俺もまだまだだな」

 

 奇襲を警戒して身構えていたガイウスは、光が治まった時にはもう周辺に誰もいなくなっていたことに肩を竦めた。

 

「…………逃げたか……」

 

 時間が経つと周りを覆っていたスモークが晴れる。

 しかし、その時にはもう数十人はいた《西風》は一人もその場に残っていなかった。

 リィンは周辺を警戒しながらも、太刀を納め、声を上げる。

 

「ユウナ! 無事か!?」

 

 《西風》に掴まり、《クラウ=ソラス》のバリアの範囲外にいたユウナの安否を気遣う。

 

「目がっ!? 目がああああっ!?」

 

 返って来たのは目を押さえて地面をのたうち回っているユウナの声だった。

 

「………………無事だな」

 

 《西風》は撤退にユウナを連れて行くことは邪魔になると判断したのか、《Ⅶ組》が欠けることがなかったことにリィンは安堵する。

 

「よう、ガイウス。助かったぜ」

 

「元気そうで何よりです。クロウ先輩」

 

 丘の上から降りて来たガイウスをクロウが労う。

 

「クロウ、彼はいったい?」

 

 戦闘中で後回しにした問いを改めてリィンが尋ねる。

 

「っ…………」

 

「こいつはお前達の先輩の旧Ⅶ組の一人だ」

 

「ノルド出身、ガイウス・ウォーゼルだ。見知りおき願おう、新Ⅶ組のみんな」

 

 そう名乗ったガイウスに、アルティナは首を傾げた。

 

「一年半前の内戦からアルテリア法国、七耀教会の守護騎士となった貴方が何故、帝国に?」

 

「七耀教会って、帝国で活動していたテロリストの支援をしていたとかって話しよね?」

 

「教会の活動は一部を除いて制限されているはずですが、貴方はどのような目的でオルディスに?」

 

 アルティナの言葉に続いて、ユウナとミュゼが疑いの眼差しをガイウスに向ける。

 

「ちゃんと政府の許可は取っている……

 現に君達に要請を出した《ブリオニア島》の調査は俺が出したものなんだ」

 

「え……貴方が?」

 

 ガイウスの答えにリィンは目を丸くする。

 

「って言うと、お前さんは俺達を催促しに来たって言うわけか?」

 

「…………いや、そうではない」

 

 クロウの指摘にガイウスはきまりが悪そうに首を否定する。

 

「先程、俺が依頼を出したと言ったが、正確にはブリオニア島を調査したいと言い出したのは俺の同行者なんだ」

 

「同行者……?」

 

「その人が……まだ約束の時まで時間があるからと、ふらりと出かけてしまい戻って来なくてな……

 ユーシスの馬を借りて、探し回っていたところで今の場面に出くわしたんだ」

 

 ため息を吐くガイウスに随分とその誰かに振り回されているのだと苦労を感じる。

 

「おいおい、依頼人が行方不明かよ?」

 

「申し訳ない」

 

 クロウのぼやきにガイウスは自分の事のように謝罪する。

 

「この場合、依頼はどうするんだ?」

 

 アッシュがめんどくさそうに口を挟む。

 

「とりあえずは依頼人を探してみるか、ガイウス。そいつの特徴は?」

 

「丸い眼鏡をしていて学者風の男です。クロウ先輩にはトマス教官に似た人だと言えば分かるでしょう」

 

「ああ、あの胡散臭いメガネか」

 

「名はアルバ――」

 

「アルバ……もしかしてアルバ神父の事ですか?」

 

 ガイウスの口から出て来た名前にリィンが口を挟む。

 

「神父……いや、彼は仲間内からは《教授》と呼ばれているが……何故神父だと?」

 

 リィンの言葉にガイウスは首を傾げる。

 

「なら偶然ですかね? リーヴスの七耀教会にアルバ神父という人が勤めているんです」

 

「はあ?」

 

「え……?」

 

「あら……?」

 

「あれ?」

 

「ん……?」

 

 リィンの言葉にⅦ組一同が今度は首を傾げた。

 

「おいおいリィン、何言ってんだ?」

 

「クロウ?」

 

「リーヴスの七耀教会は閉鎖されていて、誰も住んでいないぞ」

 

「………………え……?」

 

 クロウの指摘にリィンは耳を疑った。

 

「はい、クロウの言う通りです……

 現在帝国では主要都市以外での教会の活動は自粛、閉鎖してその活動は著しく制限されています。リーヴスも例外ではありません」

 

「いつも登下校の時に前を通るけど、神父がいるなんて初耳なんだけど」

 

「ええ、アルティナさんとユウナさんの言う通りです。教会に限らず、リーヴスにはアルバという方は存在していません」

 

 ミュゼに断言されてリィンは言い返す。

 

「そんなはずはない……俺は何度もあの人に会って、話して、お土産だって何度ももらって来たじゃないか!?」

 

「あれはリィンが作った物じゃなかったのか?」

 

「はっ、そのアルバ神父がお前の妄想じゃないんだって言うなら、どんな顔してるのか言ってみろよ」

 

「それは――――どうして?」

 

 アッシュの問いに答えようとしたリィンはその顔を思い出そうとしてその特徴が口から出て来ない。

 どんな会話をしたのか、どんな出会いをしたのか、ちゃんと思い出せるのに、彼の顔が雲がかかったように記憶が覆い隠されている事に愕然とする。

 

「なんで俺……いつも会っているあの人の顔が思い出せないんだ?」

 

「リィン……」

 

 尋常ではない動揺をするリィンにアルティナが寄り添い、案じる。

 

「なあガイウス。そのアルバ教授って奴がお忍びでリーヴスにいたって事はねえのか?」

 

「いや、彼には付き切りではないがないが勉強を見てもらうこともあった。リーヴスに行っていたという話はこれまで聞いた事はない」

 

 クロウの問いにガイウスはその可能性は低いと首を横に振る。

 その答えに一同の間に悪寒を感じる空気が流れる。

 

「とりあえず、ここで話しているのも危険ですし、オルディスに戻りませんか?」

 

「そ、そうよね。街に戻れば依頼人のアルバ教授が戻っているかもしれないし」

 

「先程の猟兵が援軍を引き連れて戻って来られたら厄介だからな」

 

 ミュゼの提案にクルトとユウナが賛同する。

 リィンが意味のない嘘を吐くとは思えない。

 現にオルディスに到着した時以上にリィンは顔を蒼白にして、その姿はとても演技とは思えない。

 そしてそれはクルト達にとっても他人事では済まない問題でもあった。

 閉鎖されているはずの七耀教会。

 リィンと懇意にしていたアルバという存在。

 そんな得体の知れない怪しい存在が自分達のすぐ近くにいたという事実に――嫌悪感を覚えずにいられなかった。

 

 

 

 

 





 七耀教会にとって、ガイウスはオリヴァルトの承認により人格を保障されて帝国に合法に潜り込ませられる巡回神父にして聖痕奪還のための猟犬。
 目下の悩みはリィンを育てたという自称の実績とこの一年半の間も模範的な先生をしていた事もあり、ガイウスの信頼が厚くなっているので、ワイスマンの監視役の意味が半減していること。

 帝国政府にとって、ガイウスはワイスマンと取引をして本人が承諾した猫の鈴役。
 政府はワイスマンを補足する事は困難だが、ガイウスなら監視できるので守護騎士の入国を許可した。

 ワイスマンにとって、ガイウスは《黒》の干渉を観測するためのカナリヤ。
 打算があるものの、ガイウスの守護騎士教育の教師役は真面目にやっており、教え方も他守護騎士よりも数段優れている。



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