閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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59話 ラマール州Ⅳ

 

 

 

「さてと……オルディスに戻って来たのは良いが、何処から探すか」

 

 昼時のオルディス、昼食を屋台で購入した後、海を一望できる公園でクロウはガイウスに尋ねる。

 

「何か手掛かりになりそうな事はないんですか?」

 

「ガイウスさん達はオルディスに来てからどのような行動をしていたんですか?」

 

 ユウナとミュゼが質問を重ね、ガイウスは正直に答える。

 

「オルディスに来たのは一週間ほど前だ……

 今日まで周辺の霊脈の調査を並行してプレロマ草の発生の抑制と霊窟を見つける事を目的に行動していた」

 

「プレロマ草は手配魔獣が発生していた場所にも生えていたな」

 

「それに霊窟と言うのは?」

 

「霊窟とは古代の帝国人が建築した古代遺跡の一種だ……

 霊脈の活性化した時や、ある物質の生成が完了した時に現れるとされている」

 

「ある物質……ああ、ゼムリアストーンの事か」

 

 ガイウスの答えをリィンが補足するように付け加える。

 

「オルディスに限らず、この数ヶ月、アルバ教授の下について帝国各地の遺跡や霊窟を巡りつつ、ある人物を追い駆けていたのだが……

 いや、これは今はいいか……

 ともかく、教授がふらりといなくなるのはいつもの事なのだがな」

 

「な、なんか聞いているだけではた迷惑な人に感じるんだけど」

 

「悪い人ではない……と思う……

 質問すればちゃんと答えてくれる。だが……」

 

 ガイウスは言葉を濁し、誤魔化すように思い出した事を口にする。

 

「そう言えば騎神にまつわる遺跡を見つけたと言っていたな……

 二年前、《金の騎神》を召喚するために利用された闘技場はもう調べてみたんだが、そこにはそれらしい痕跡はなかった」

 

「げっ」

 

 ガイウスの言葉にクロウは顔をしかめる。

 その反応にリィンが尋ねた。

 

「何か思い当たる事があるのか、クロウ?」

 

「ああ……まあ……な……」

 

 クロウは頷きながら頭を掻く。

 オルディスの騎神。

 二年前に武術大会に利用された儀式が目立つが本来ならば、この地に縁の深い騎神は《蒼》のオルディーネなのだ。

 

「何か心当たりがあるのなら、行ってみるべきでは? それともここから遠いのか?」

 

「いや、街の中にあるが……まあ仕方がねえか」

 

 クロウは肩を竦め、こっちだと先導するように歩き出した。

 

「こっちだ、ついて――」

 

「――すまない」

 

 リィン達を振り返ったまま歩き出したクロウに男がぶつかる。

 男は一言謝って、何事もなかったように足早に去って行った。

 

「クロウ……?」

 

「何でもない。とっとと行こうぜ」

 

 クロウは拳を握り締め、一同を促した。

 

 

 

 

 案内されたのは港湾地区の片隅の扉だった。

 

「ここは?」

 

「地下水道への扉だな。公爵家の城内に繋がっているんだが、今はそれは良いか」

 

「公爵家のお城に繋がっているって……」

 

「ふふ、中世の時代に秘密裏に造られたカイエン家の緊急脱出路ですよユウナさん……

 もっともカイエン家に限らず、城や要塞といった古い建築物にはあって当然のものですが」

 

「そんな通路と《騎神》にどんな関係が?」

 

「その脱出路の中に《騎神》の“試し”が行われる場への扉があるんだが……」

 

 言いながらクロウは扉のノブに手を掛ける。

 施錠されているはずの扉を確かめるように少しだけ引くと、あっさりと開いた。

 

「どうやら正解のようだな」

 

 五年ほど前、ヴィータに導かれて踏み入った地下水道に再び踏み入れる事になったクロウはため息を吐いた。

 

「っ……」

 

 中に入ると街の下にあるとは思えない程の広い空間があった。

 

「これが海都の地下……潮の匂いが強いな」

 

 クルトの呟きに一同の視線がリィンに集中する。

 

「大丈夫?」

 

「気分が悪くなったなら外で待ってるか? 足手纏いはいらねえぞ」

 

「気遣いは無用だ」

 

 ユウナとアッシュの言葉にリィンは首を横に振る。

 地下水道に入った事で分かった潮に混じった“塩”とグノーシスの気配。

 オルディスに来た時に感じた不快感の正体はこれだとリィンは気付く。

 

「アルバ教授という名前には覚えはなかったけど……そういう事か」

 

「リィン?」

 

「何でもない」

 

 アルティナの呼び掛けにリィンはそれだけ返して、クロウに向き直る。

 

「それじゃあクロウ、案内を頼む」

 

「ああ、そんじゃ行くか。魔獣もいるから気を付けろよガキ共」

 

 

 

 

「ひゃあああ!」

 

 水路を道なりに進んでいると、道の先から情けない悲鳴を上げた学者が走って来た。

 その背後に無数の魔獣を引き連れた学者はリィン達の姿を見ると、助けを求める。

 

「どなたか存じませんがいいところに!

 女性にはあまり縁のない方なんですが、どういうわけか魔獣たちからは熱烈なアプローチを受けて困っています!

 

 どうかひとつお助けを!」

 

 魔獣の群れを蹴散らすと、それに追い駆けられていた学者は情けない程に懇願をしながら走って近付いてくる。

 

「……ガイウスさん、もしかして彼ですか?」

 

 リィンは太刀を抜きながらガイウスに尋ねる。

 

「ああ、彼がアルバ教授だ」

 

「ったく、人騒がせな……とりあえず魔獣の群れを蹴散らすぞ」

 

 クロウの号令に《Ⅶ組》はそれぞれの武器を構え、アルバ越しに向かって来る魔獣を迎撃し――撃破した。

 そして――

 

「すみません、ごめんなさいっ! 手持ちのミラは全てあげますからどうか命だけは助けて下さいっ!」

 

 その場で土下座をしそうな勢いでメガネの男は命乞いをする。

 

「…………」

 

 そんな情けない、どこにでもいそうな男の姿をリィンは冷めた目で見ていた。

 

「おい、落ち着けよオッサン」

 

「オッサン!? 私はまだ41歳の……って十分におっさんですかねぇ?」

 

 アッシュのオッサン発言に言い返そうとした男はがっくりと肩を落とす。

 そんな姿にガイウスはため息を吐いた。

 

「アルバ教授、探しましたよ」

 

「おや……よく見たらガイウス君じゃないですか……

 脅かさないでくださいよ。こんな場所に入り込んでくるんだから怪しい人達と思ったじゃないですか」

 

「怪しいって、そこに入り込んでいる貴方が言いますか?」

 

 クルトの指摘に男は誤魔化すように笑う。

 

「申し遅れました。私、考古学者のアルバと言います。古代文明の研究のためにこの地下水道を調べに来たんです」

 

「たった一人で? 魔獣がいるのならガイウスさんと一緒に来れば良かったのに」

 

「いやー好奇心が止められなくて、つい……おや、そこにいるのはアルティナ君ですか、久しぶりですね」

 

 ミュゼの指摘を笑って誤魔化したアルバは一同の中に見知った顔がいる事に気付く。

 

「アルバ教授……貴方の事でしたか」

 

「アルティナの知り合いなのか?」

 

「知り合いではありません」

 

 珍しく顔をしかめて嫌そうにするアルティナにリィンが疑問を投げかけると、やはり嫌そうな言葉が返って来る。

 

「リィンはこの人に近付かないようにしてください」

 

「アルティナ?」

 

 リィンの前に立って黒兎は黒猫のようにアルバを威嚇する。

 現れた《クラウ=ソラス》は威嚇するように鋼の拳でシャドーをする。

 

「落ち着こうアルティナ」

 

「ですが――」

 

「俺は大丈夫だから」

 

 気振るアルティナを宥めてリィンは改めてアルバと向き合う。

 

「おや、どうかしましたか?」

 

「…………違うな」

 

 不躾な視線を向けながらリィンはそう結論をつける。

 

「違うとはいったい……?」

 

「髪の色や目の色は似ている……気がする……でもリーヴスのアルバ神父じゃない」

 

「………………ほう」

 

「っ――」

 

 細い目が薄く見開かれて思わずリィンは身構える。

 しかし、プレッシャーを感じたのは一瞬、アルバは人の良さそうな笑みを作って笑った。

 

「アルバなんて珍しい名前じゃないですからね……

 ここから南のリベールには帝国で有名な“槍の聖女”の名前を持っている女の子がいるくらいですから」

 

「それはそうなんだけど……」

 

 アルバの物言いにリィンは唸る。

 目の前の男の本名が別にあることをリィンは知っている。

 ならば“アルバ”という名前は偶然の一致なのか。

 そうだったとしても何故不自然に“アルバ神父”の顔を思い出せないのか、リィンは頭を悩ませる。

 

「まあ、何でも良いだろ。あんたが俺達にブリオニア島の探索の依頼を出していたんだろ?

 とっととここを出て、島へ行こうぜ」

 

 クロウがその場を纏めてそう提案をする。

 

「おや、では君たちが噂のトールズ士官学院第Ⅱ分校の《Ⅶ組》でしたか、そして君があのクロウ・アームブラストですか」

 

「……そうだ。何か言いたい事でもあるのか?」

 

「いえいえ、かの有名な《蒼の騎士》にして《騎神》の起動者にこの場で会えるとは光栄です」

 

「お、おう……」

 

 いつもの学年が下がったいじりをされるかと身構えたクロウはアルバの《蒼の騎士》を賞賛されて、素気ない態度を取るものの気分を良くする。

 

「しかし少し待ってもらえないですかね?

 霊脈の流れを見るに“試し”の門はもう近いでしょう。この際、ブリオニア島の調査は撤回してここの探索の護衛に変更して頂く事はできませんか?」

 

「俺は問題ないぜ」

 

 アルバの言葉にクロウは快く頷く。

 

「ま、今からブリオニア島まで行くのは正直面倒だな」

 

「僕も異論はありませんが」

 

「私も問題ないわよ」

 

「ええ、その程度の変更でしたら、むしろこちらの方が楽なくらいですし」

 

 クロウに促されて一同はアルバの提案をあっさりと受け入れる。

 その光景をリィンは何とも言えない顔で見守る。

 

「…………すまない、リィン……君。気分屋というわけではないのだが学者肌過ぎるのか、好奇心に正直で」

 

「別にそれを咎めるつもりはないですよ、ガイウスさん」

 

 アルバの勝手な振る舞いを謝るガイウスにリィンは気にしなくて良いと返す。

 アルバの要求は常識の範囲内のものであり、拒絶する理由は少ない。

 ただ一癖も二癖もある《Ⅶ組》の誰もが簡単にアルバの提案を受け入れた事にリィンは思うところがあった。

 

「ダーナさんは信じられるけど……この男は……」

 

 自分の情報を開示して《彼》がしたように味方に引き込むべきか考える。

 

「リィン……」

 

 悩むリィンにアルティナは彼の制服を引き、首を横に振る。

 

「…………そうだな、彼の扱いは俺には手に余る」

 

 アルティナの意を汲んでリィンはそう結論をつけたのだった。

 

 

 

 

「そう言えば、今更なんだけどさ」

 

 アルバを加えて地下水道を歩く一同の中で、ユウナが徐に疑問を口にした。

 

「そもそも《騎神》って何なの?」

 

「ユウナ、君は……」

 

「本当に今更だな」

 

 その疑問にクルトとアッシュが呆れた言葉を返す。

 

「だったら二人とも、《騎神》が何なのかちゃんと説明できるの?」

 

「それは……」

 

 ユウナに言い返されてアッシュは口ごもる。

 

「帝国時報だと、《騎神》は機甲兵を個人用に改造した専用機みたいな扱いになっていたし、あたしもそれを信じてた……

 でも実際に《オルディーネ》や《ヴァリマール》を見たり、第Ⅱで導力機構学を教わって別物だってあたしは思った。クルト君達は違うの?」

 

「それは僕も感じていたけど……」

 

 クルトはそのままにしていた疑問に答えを窮する。

 

「はは、ユウナ君はなかなか優秀な学生のようですね」

 

 そんなユウナをアルバが褒めた。

 

「え……そんなあたしは……」

 

「常識として扱われている事を改めて質問する事はとても勇気がいる事ですよ。己の無知を認める事は難しい事ですから」

 

「ア、アルバ教授……」

 

 褒められたユウナは照れくさそうに頬を掻く。

 

「さて《騎神》とは何か? それに答えるにはまずセプト=テリオンについて語らなければならないですね」

 

「セプト=テリオン……?」

 

「古代人が女神より授かった力の事ですね。《七の至宝》と呼ばれる方が有名でしょう」

 

「…………」

 

 ミュゼの合いの手にアルバは気を良くして頷く。

 

「ええ、その通りです!

 彼らは、この至宝の力を借りて海と大地と天空を支配したそうです……

 さらに生命や時間の神秘すら解き明かしたと伝えられています」

 

「はっ、《七の至宝》なんて御伽噺のオカルトじゃねえのかよ?」

 

「アッシュ君、確かに《至宝》はこれまで御伽噺としか扱われていませんでした……

 ですが、昨今の学説では《至宝》は確かに存在していたとなっているんです」

 

「………………」

 

「君たちも数年前に起きたリベールの異変の時に現れた浮遊都市の事は記憶に新しいでしょう……

 あれこそがリベールの《至宝》である《輝く環》が天空を支配していた証明に他ならないのです」

 

「あれが《至宝》……」

 

「そして帝国の内戦と同時期に起きたクロスベル独立に造られ、ガレリア要塞を消滅させた力が《零の至宝》と呼ばれているそうです……

 あれは消滅した《幻の至宝》を模して錬成された《七の至宝》とは人が造り出した至宝だそうです」

 

「《零の至宝》って確か……」

 

「そして今、新たに女神が人に授けた至宝は“七つ”ではなく“八つ”だったのではないかという学説が出ています」

 

 アルバは拳を握りしめ力説する。

 

「………………………」

 

 リィンは冷め切った視線をアルバの背中に刺し続ける。

 

「そう! その《オクト=テリオン》の最後の一つこそが、《超帝国人》ではないのかと私は考えています」

 

「《超帝国人》……それが帝国に女神が授けた至宝なんですか?」

 

「帝国の各地に伝わっている“大いなる騎士”の伝承が《騎神》の正体だと思っていたけど違うのか?」

 

「いえ、帝国の至宝は二つ……《焔》を司る至宝《アークルージュ》と《大地》を司る至宝《ロストゼウム》と言われていますね」

 

 気持ち前のめりになって聞いていたユウナとクルトは突然、冷静になったアルバの言葉に肩透かしをくらう。

 

「リベールとクロスベルに一つずつだって言うのに、帝国は二つ、超帝国人も含めれば三つとは随分贅沢な話じゃねえか」

 

「それで《焔》と《大地》の至宝が《騎神》とどのように関わっているんですか?」

 

「それはですね……」

 

「おい! 授業はそこまでだ」

 

 続くアルバの言葉はクロウによって遮られた。

 

「目的の“試し”の扉だ」

 

 扉の前には短い階段がある扉。

 

「扉の紋章……トールズ本校の旧校舎で見たことがあるな」

 

「そうなんですか……カイエン家の紋章とは違いますし、どのような意味があるのでしょうか?」

 

 ガイウスの呟きにミュゼが続ける。

 

「二つの至宝を制御する起動式と言われていますね……これと同じモノをレグラムのローエングリン城で見たことがあります」

 

 アルバは興味深く扉に近付いて触れる。

 当然の事だが、扉が開く気配はない。

 

「クロウはこの先で“蒼の試し”を受けたんだな?」

 

「ああ、もっともこの先に残っているのは《蒼の台座》くらいだろ」

 

 リィンの問いにクロウは頷くと、その当時の事を思い出しながら扉に触れ――広間が鳴動した。

 

「は……?」

 

「おいおい、何しやがったパイセン!?」

 

「いや、俺は何も……」

 

「ほほう、実に興味深い」

 

 紋章の扉が中央部を残して左右に割れ、残った中央部は下へと納まる。

 そうして現れた先は騎神一体分の広間だった。

 その中央に一抱え程の大きさの球体が浮かんでいた。

 

「クロウ、あれは?」

 

「俺が知るか」

 

 何も知らないのは俺も同じだとクロウは言い返す。

 

「あれは……もしかして……」

 

「知っているのかアルティナ?」

 

「ええ、おそらくあれは戦術殻の――」

 

 アルティナが答えを口にしようとしたところで、女性の声が響く。

 

 ――これより蒼の追試を行います――

 

「……………おい、待て」

 

 クロウはその言葉に反射的に待ったを掛ける。

 

「……追試……」

 

「つまり落第の危機?」

 

「起動者として……たしか五年生、つまり一年生からやり直しでしょうか?」

 

「流石パイセン、とても真似できねえ」

 

「お前らっ!」

 

 追試と言う言葉に反応するユウナ達にクロウは振り返り文句を言おうと声を荒げる。しかし、女の声は構わず続く。

 

 ――示しなさい。貴方の力と意志を――

 

「だから待てって言ってんだろ! 追試ってなんだ!? “試し”にそんなもんがあるなんて初耳だぞ!?」

 

 クロウが叫ぶは無視され、彼の胸に蒼い光が輝き始める。

 そしてそれはクロウだけではなかった。

 

「え!? なにこれっ!?」

 

「クロウと同じ光、僕たちも!?」

 

「あらあら、これは困りましたね」

 

「おいパイセン。俺らを巻き込むんじゃねえよ」

 

「うっせえ、俺が知るわけ――」

 

 言葉の途中でクロウは蒼い光に全身を包まれ、奥の球体に吸い込まれるように消失する。

 更にユウナ達も同じように広間から消えて、残ったのはリィンとアルティナ、アルバとガイウスの四人だった。

 

「ふむ……《蒼の起動者》を起点に異空間に取り込まれたようだな」

 

「教授、何を呑気に言っているんですか!?」

 

 同じく取り残されたアルバは冷静に状況を観察し、ガイウスはそんなアルバに苦言をぶつける。

 

「しかしだねガイウス君。これは《蒼の起動者》であるクロウ君の追試……

 私たちに出来る事は、せいぜいここで祈ることくらいしかないのではないかね?」

 

「ですが――」

 

「“匣使い”ならまだしも君の“聖痕”では干渉は不可能だろう……

 試したいのなら、いくらでも試すと良い。もちろん君たちもだ」

 

 アルバは意味深にリィンとアルティナに視線を向けて笑う。

 まるで動揺していない。

 こうなる事を知っていたようなアルバの物言いにリィンはため息を吐く。

 

「これはもしかしてヴィータ・クロチルダの仕込みですか?」

 

「さて、何の事やら」

 

 リィンの問いにアルバは肯定も否定もしなかった。

 

「はあ……」

 

 頭が痛いとリィンはため息を吐き、その姿をガイウスは指摘する。

 

「リィン君……いやリィン。君は何故、ヴィータさんの名前を出した?」

 

「っ……」

 

「それに教授とまるで面識があるような……もしかして記憶が戻ったのではないか?」

 

 ガイウスの指摘にリィンは黙り込む。

 その指摘はある意味で間違ってはいない。

 そしてリィンの沈黙をガイウスは肯定と捉えて、喜び駆け寄る。

 

「それ以上、近付くなっ!」

 

 しかしリィンの言葉にガイウスは足を止めた。

 

「リィン……」

 

 ガイウスの目にリィンはもうこれ以上隠しておくのは無理かと、諦める。

 既にレンやルフィナを始め、真実を知っている者は多くいる。

 学院生活でも以前のリィンを覚えている者が今の自分との差異に違和感を強くしている事も気付いて見ない振りをしてきた。

 《旧Ⅶ組》との接し方、そして何より自分の補佐をしてくれているアルティナとの向き合い方を改めて決めなければいけないとリィンは考える。

 

「ガイウス……の言う通り、俺は記憶の整理はもうできている……」

 

「なら――」

 

「だから、はっきりと言う……俺は君たちが求めている“彼”じゃない」

 

「っ――」

 

 リィンの背後でアルティナがその答えに息を呑む。

 リィンは振り返らないまま続ける。

 

「俺はノイとリンが造り出した“彼”の記憶と体を導力魔法として出力しているシャード体、分け身のようなものなんだ」

 

「ノイとリンの……そうか、そう言う事だったのか」

 

 ガイウスはリィンの言葉に納得し、同時に気付く。

 

「それじゃあ本物の――」

 

「なあガイウス」

 

 言葉を遮ってリィンは続ける。

 

 ――待て、それは“俺”が言って良い事じゃない――

 

 内心でそう考えるも、リィンの口は真実を明かした勢いのまま“二人”の衝動に突き動かされるように動く。

 

「どうしてあの時……クロスベルへの侵攻の時、《Ⅶ組》は誰も“彼”について行かなかったんだ?」

 

「リィン……いや……」

 

 ガイウスはその言葉がリィンの言葉ではなく、ノイとリンの代弁だと気付く。

 リィンの中には二人の記憶がある。

 生徒としてではないが、同じ部活動をして世話になった感謝を《Ⅶ組》に対して感じている。

 

「《Ⅶ組》は“彼”の友達じゃなかったのか?

 友達というのは肩を並べて共に戦い、背中を護り合う相手の事じゃないのか?

 《Ⅶ組》はクリスが中心だったから、《緋》の準契約者になったから、“彼”は仲間でも友達でもなくなったのか!?」

 

「そんな事はない!」

 

 ガイウスは声を荒げて否定をする。

 

「俺は今でも友だと思っている……

 言ってくれたら、クロスベルに行く事だって躊躇わなかった!」

 

 この一年半、ずっと胸の奥にあった後悔をガイウスは叫ぶ。

 そんな彼にリィンは冷ややかな目を向けて言った。

 

「言うわけないじゃないか……」

 

「リィン……」

 

「力不足とかそういう問題じゃない……

 どんな形であれ、“あの人”は徴兵されて帝国はクロスベルに侵攻した……

 優しい“あの人”が友達に戦争に一緒に来てくれなんて、口が裂けても言うはずないだろ!」

 

「それは……」

 

 リィンの言葉にガイウスは俯く。

 その言葉の通り、“彼”ならばどれだけ不安を抱えていたとしても友に一緒に戦争に来てくれなどと言うはずがない。

 

「ガイウスは……君は《黄昏》から手を引くべきだ」

 

「リィン……」

 

「君が最優先にしているものは“彼”への友情じゃない……

 ノルドの平穏と家族の安寧のはずだ……

 このまま関わるなら、きっとガイウスもラウラ達のように《黒》に取り込まれるだろう」

 

「ラウラ……リィン。ラウラ達がどうなったのか知っているのか!?」

 

 その問いにリィンは答えない。

 

「《黒》だけじゃない……

 七耀教会が俺の存在を《外法》と認定したのなら、ガイウスは俺の敵になると言う事でもあるんだぞ」

 

「っ……」

 

「なかなか厳しい事を言うね、リィン君」

 

 それまで黙って成り行きを見守っていたアルバが黙り込んでしまったガイウスに代わって口を挟む。

 

「教授、貴方はガイウスに何を教えているんですか?

 “リベールの異変”の時、七耀教会は《塩の杭》を使って“外法”と認定した貴方と“彼”を謀殺しようとした前科があるのに」

 

「なっ!?」

 

 ガイウスにとってそれは初耳だったのか、目に見えた動揺を露わにする。

 

「それは本当なのか!?」

 

「ああ、事実だよ。ガイウス君……

 その経験があったからこそ、“彼”は第二の塩の杭の現出の時、その力を聖痕に取り込む事に成功したのだから」

 

 アルバの肯定にガイウスは更に絶句する。

 

「…………どうして……どうしてそんな大切な事を黙っていたんですか!?」

 

「甘えるなよ、ガイウス・ウォーゼル」

 

「っ――」

 

 それまでの優し気な口調が一変したアルバの言葉にガイウスは蛇に睨まれた様に息を呑む。

 

「君が質問をしなかったから、私は教えなかった……

 そして君は今まで当たり前の様に誰かが知りたい事を教えてくれる環境だったのだろう……

 だが、その様な受け身では今後も簡単に騙され、利用されるだけだろう」

 

「しかし――」

 

「私が言うのもなんだが、七耀教会は決して清廉潔白な組織ではない……

 仮に君は上がリィン・シュバルツァーを外法と認定して、抹殺する事を決定したとしたら従うかね?」

 

「そんなわけないっ!」

 

「君の家族が人質に取られたとしても同じ事が言えるかな?」

 

「っ……」

 

 二度目の問いにガイウスは答えを窮する。

 

「リィン・シュバルツァーが《Ⅶ組》を味方と思わないのはその点に尽きるのだろうね……

 呪いの起点になる“隙”……いや、呪いなどなくても、君を思い通りに操る方法などいくらでもある……

 そしてただのノルドの民だった君を操る価値と七耀教会の守護騎士である君を操る価値、この違いを改めて考えると良い」

 

「…………」

 

「ワイスマン、流石に言い過ぎだ」

 

 項垂れて何も言わなくなってしまったガイウスを見兼ねてリィンは口を挟む。

 

「ふふ、どうやらガイウス君はまだ君の前に立つには早かったようだ」

 

 リィンに諫められてアルバは素直にガイウスへの言葉攻めを止める。

 

「さて、魔女の要請は果たしたので私たちはここでお暇させて頂こう……

 ああ、そう言えば要請の報酬を渡さなければいけなかったね」

 

 アルバは柔和な笑みを浮かべて、リィンにずっしりと重い紙袋を押し付けるように渡した。

 

「…………これはいったい……っ――?」

 

 紙袋の口から中を覗き込んでリィンは思わず息を呑む。

 

「私にはもう価値のない代物だが、君なら有効活用できるだろう……

 さて、ガイウス君。宿に戻って補習をしましょうか。君に世界の汚さを存分に語って上げましょう」

 

「え……待ってください教授……教授っ!?」

 

 ガイウスはアルバが指を鳴らして出現させた戦術殻たちに両手を抱えられ、引きずられて去っていった。

 

「…………リィン……」

 

 静まり返った地下水道にアルティナの言葉が響く。

 リィンはゆっくりと振り返り、アルティナを正面から見据える。

 

「今の話は……本当の事ですか……?」

 

「……ああ……俺は“彼”の偽物だ」

 

 アルティナの質問にリィンは頷く。

 

「…………どうして……?」

 

「それが代償だからだ」

 

 リィンは目を伏せて答える。

 

「零の世界に押し込められて、現実では“彼”がいた因果は塗り潰された……

 魂と魄を切り分けた人間は、首と胴を切り分けられたのも同じ……

 “彼”は全てを覚悟して、あの内戦に《零の騎神》を使う事を選んだ」

 

「っ――」

 

 息を呑むアルティナに“リィン”は自分にも言い聞かせるように告げる。

 

「君が知っている“彼”はもう……いないんだ」

 

 

 

 

 

 







 個人的な感想ですが、ベルガルドが生きていたせいで聖痕継承がガイウスの人の好さにつけ込んだ詐欺なのではないかと感じています。






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