閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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6話 機神教練

 

 

 4月17日――

 

「そんな……」

 

「馬鹿な……」

 

 機甲兵用の格納庫の中で集められた生徒達は言葉を失った。

 今日は一限目にこれまで習って来た《機甲兵》についての復習を行い、二限目からは実機を交えた実習のため生徒達は格納庫に移動した。

 そこで待っていたのは戦術科の教官であるランディ・オルランドとみっしぃだった。

 しかし、そのみっしぃはこれまで生徒達が見て来た姿と変わっていた。

 

「あ、あのみっしぃ教官?」

 

 誰もが慄き思考を止めている中でユウナが前に進み出て質問する。

 

「フフフ、今日から《機甲兵》の教練が始まるからね~ボクはドラッケンに乗って指導するからよろしくね☆」

 

「はい……よろしくお願いします……ってじゃなくてその体はどうしたんですか!?」

 

 ユウナは流されそうになりながらも突っ込みを入れる。

 これまでのみっしぃはテーマパークのマスコットらしく大きな頭に二頭身ほどのアンバランスな体だった。

 しかし今はどうだろうか。

 緩い顔はそのままに、頭は二回りほどに縮小して体は六頭身くらいにすらりと伸びて人間的になっている。

 確かにみっしぃなのだが、ファンからすればこれは違うのではないかと思ってしまう変化にユウナは戸惑う。

 

「機甲兵の中は狭いからね~こんな風にしないとボクは操縦席に入れないんだよ~」

 

 くるりと回ってみっしぃはスリムになった体を生徒達にアピールする。

 

「だから今日は気合いを入れて体をちょっと変えて来たんだよ☆」

 

「ちょっと?」

 

「ぬいぐるみが人型人形になる程の変化、気合いでどうにかなるものなのか?」

 

「でもこれはこれで良いかも?」

 

「それって着ぐるみを着替えただけじゃ……」

 

「東方の内気功の一種だよ~クロスベルにはボク以外にも使える人がいるヨ」

 

 みっしぃの言葉に生徒達は一斉にユウナを見る。

 

「ちょ――何で私を見るのっ!? ちょっとみっしぃ教官適当なこと言わないでください!」

 

「本当のことなのに……」

 

 みっしぃはしょんぼりと肩を竦める。

 しかしすぐに気を取り直して説明を続ける。

 

「Ⅷ組とⅨ組のみんなには《ドラッケン》と《ヘクトル》の二つを回し乗りしてもらうよ~Ⅶ組のアルティナちゃんもそっちに混ざってね☆」

 

「はい、分かりました」

 

 みっしぃの言葉にアルティナは頷く。

 

「Ⅶ組のクロウ君、ユウナちゃんとクルト君、リィン君。それぞれの専用機に乗ってボク達教官のサポートをしてもらうからよろしくネ☆」

 

「へいへい」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

「最善を尽くします」

 

 それぞれが自分に与えられた専用機を見上げ――

 

「はっ……こっちは二つの機体を乗り回しなのに《Ⅶ組》は新型の専用機か。羨ましいもんだな」

 

「文句なら教官たちに言ってくれ」

 

 アッシュのやっかみをリィンは適当に流す。

 

「専用機って言っても、どちらかと言えばシュミット博士の趣味に走った機体らしい……

 一年前の内戦では新型が戦場でオーバーフローして大爆発した事もあったってトワ教官が言っていただろ?」

 

「それは……」

 

「それにあのシュミット博士の俺達を見る目は実験動物を見る目だった」

 

 遠い眼差しをしてリィンはこの二週間の事を思い出す。

 《剣》を教えてくれた師達は厳しいながらもその根底に彼らなりの優しさがある事には気付けた。

 しかし、シュミットの眼差しは彼らの誰とも違う。

 まだいろいろな経験の少ないリィンでも、ユウナが良く口にしていたマッド博士と言う意味を理解した。

 

「それでもアッシュは代わりたいか?」

 

「はっ……俺は量産型で満足しておくぜ」

 

 先程の発言を撤回するアッシュにリィンは苦笑する。

 

「それじゃあⅨ組には《機甲兵》を校庭に運搬してもらいます」

 

「Ⅷ組は先に校庭に出て演習の流れを説明するぞ」

 

 トワとランディがそれぞれのクラスの生徒達に指示を出す。

 

「みっしぃ教官、僕たちはどうするんですか?」

 

 周りが動くの見送りながらクルトがみっしぃに話しかける。

 

「それだけどⅦ組は起動作業の前に――」

 

「もう良いかしら?」

 

 みっしぃの言葉を遮ってその女性は現れる。

 

「っ……」

 

 その女性が放つ威圧感にリィン達は思わず息を飲む。

 長く美しい金髪に白いキャリアスーツに身を包んだ女性。

 物腰は堂々としており、一目で仕事ができるキャリアウーマンと言う立ち姿は見る者を委縮させる圧があった。

 

「…………貴方が《Ⅶ組》のリィン・シュバルツァーね」

 

 女はそう言ってリィンを睨みつける。

 

「は、はい……」

 

 恐縮し切った様子でリィンは女の問いに答える。

 だが、それ以上は何も言わず女はジッとリィンを睨む。

 

「…………あ、あの……」

 

「何かしら?」

 

「っ……」

 

 怒気を含んだ声音にリィンはさらに委縮して言葉を呑み込む。

 

「おいおいアリサ。リィンが怖がってるぞ」

 

 そんなリィンの様子を見兼ねてクロウが女を宥める。

 

「怖がってるって、そんなはずないでしょ」

 

 ――いいえ、凄く怖いです――

 

 女の視線がクロウに向いた視線の圧力から解放されたリィンは内心でクロウの言葉を肯定して感謝する。

 

「それよりもほれ、さっさと自己紹介したらどうだ?」

 

 知り合いなのかクロウは女に名乗れと促す。

 

「…………そうですね」

 

 女はそれに首肯して、再びリィンを睨む。

 そして一拍置いてから名乗った。

 

「アリサ・ラインフォルトよ」

 

「ラインフォルトって……確か《列車砲》を作った武器商人――」

 

「ユウナ」

 

 失礼な物言いをするユウナをクルトは諫める。

 流石に失言だったと口を噤むが、ユウナはアリサの圧に負けじと睨みつける。

 そんなユウナの様子にクルトはハラハラしながらアリサを取り直そうと口を開く。

 

「あ、あのアリサさん……今のは……」

 

「別に構わないわよ。ガレリア要塞の《列車砲》は確かにウチが受注して開発したものなんだから」

 

 ユウナの批難の眼差しをアリサは涼し気に受け流す。

 

「……それで何でアリサがここにいるんだ?」

 

 改めてクロウはアリサがここにいる理由を尋ねる。

 今のアリサの立場はラインフォルト会長代行。

 代行であっても決して暇ではない立場の人間である。

 

「大した理由じゃないわ……

 《本校》もそうだけどこの《第Ⅱ》に配備された《機甲兵》はラインフォルト製のものだし、今後は資材の発注とかで関わるようになるから挨拶に来るのは当然よ」

 

「まっ……そんなところか」

 

 建前の一つとしては嘘ではないことをクロウは察して口を噤む。

 ラインフォルトとしての口実だけではないのは、アリサのリィンへの眼差しで分かっている。

 

「みっしぃ教官」

 

「は、はいっ!」

 

 凄みのある声にみっしぃもまた震え上がる。

 

「予定通り、今日の《機甲兵教練》においてリィン・シュバルツァーへの教導は私が引き受けます」

 

「えっ!?」

 

 突然のアリサの申し出にリィンは声を上げる。

 

「何か文句でもあるの?」

 

「…………で、でも……貴女は部外者で……その……」

 

「私は《第Ⅱ》の支援者の一人だから部外者ではないわ……

 それに貴方の《白の機神》は私が持ってきた《翠の機神》の兄弟機だから、教導するのは私が適任よ」

 

 有無を言わせない鬼教官の気配にリィンは体を震わせる。

 

「ククク、良かったじゃねえかリィン。美人とのマンツーレッスンだぞ」

 

「この人と一対一なんて怖すぎるんですけど」

 

 肩を叩いて来るクロウにリィンは情けない声を返す事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 校庭で初めての《機甲兵》の操縦に生徒達が一喜一憂しているその上で、《白》と《翠》がリーヴスの空を舞う。

 

「くそっ――」

 

 リィンは《白の機神》で《翠の機神》を追い翔けながら悪態を吐く。

 風を生み出し風に乗って空を自在に飛ぶ《翠》に対して、《白の機神》の飛び方は重力制御と教えられた。

 教えられたからと言ってもすぐにできるわけでもなく、リィンは四苦八苦しながら《翠》を追い翔ける。

 

『どうしたのその程度じゃないでしょ?』

 

 言葉と共に《白》は肩に銃撃を受けて仰け反る。

 

「くっ……」

 

 訓練用のため、機体を壊す程の威力はない。

 しかし、太刀の間合いの遥か遠くからライフルで責め立てて来る《翠》にリィンは苛立つ。

 

『その機体の特性を引き出せばこの《翠の機神》にも追い付けるはずよ……たぶん……』

 

「たぶんって何だ!?」

 

 あまりにも理不尽なアリサの声にリィンは目上の存在だと言う事を忘れて怒鳴り返す。

 

『仕方がないでしょ? その《白の機神》は博士たちが好き放題、時間の許す限りいじり回して誰も実働テストができていなかったんだから」

 

「そんなものを押し付けたのか!?」

 

 聞き捨てならない事を知ってリィンは叫ぶ。

 シュミット博士一人でもおっかないと言うのに、その同類がまだいるという恐怖にリィンは慄く。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』

 

 何故か管制を担当しているティータが謝罪を連呼しているが、リィンは続く《翠》の狙撃を必死に躱すことに集中してそれどころではなかった。

 

『貴方が“リィン・シュバルツァー”ならできるはずよ!』

 

「どういう無茶振りなんだ!?」

 

 アリサの無茶振りにリィンは言い返し、音速を優に超える銃撃を見切る事などできず《白》は逃げ惑う。

 

『逃げてばかりじゃ演習は終わらないわよ!』

 

「このっ!」

 

 焦燥しているリィンの声に、得も言えない優越感を覚えそうになるのを抑えながらアリサは更に銃撃の間隔を短くして《白》を追い詰める。

 

「――こうなったら!」

 

 回り込むように接近を試みていた《白》の動きに変化が現れる。

 とにかく銃口を向けられるのを避けていた《白》は覚悟を決めた様に太刀を前に構えて――突貫する。

 

『甘いわよ』

 

 《翠》は迎え撃つと空に足を止めて、導力ライフルを構えて引き金を引いた。

 両手で太刀を突き出して突貫して来る《白》の頭に導力の弾丸は命中して砕ける。

 訓練用の質力で固めた弾丸の強度では撃ち抜けないのは織り込み済み、《翠》は動じることなく二発三発と《白》の頭に弾丸を当てて行く。

 

「この程度で――」

 

 撃たれる度に頭に響く鈍痛に耐えながらリィンは《白》の飛翔を緩めず《翠》に肉薄する。

 

「もらったっ!」

 

 太刀の切先が届く。そう確信したリィンを嘲笑う様に《翠》は太ももに設置されていた趣味の悪い装飾の短剣を抜き放ち、《白》の太刀にぶつけた。

 

「なっ!?」

 

 激しい火花を散らして太刀と短剣が交差し、《白》と《翠》はすれ違う。

 

「終わりよ」

 

 体を回しながら《翠》は長大なライフルの銃口を突き付ける。

 

「くっ――」

 

 《白》はその銃身を左手で抑え込み、銃口を外しながら太刀を横薙ぎに振る。

 右腕のライフルを抑えられた《翠》は迫る太刀を短剣で受け止める。

 

「ここで――!?」

 

 膂力の差で押し切ろうとした《白》は唐突に失った抵抗に太刀を空振らせる。

 

「なっ!?」

 

 目の前で《翠》がライフルと短剣から手を放し、背面の推進器を吹かしてその場で回転すると《白》の頭に踵を叩き落とした。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「…………はぁ」

 

 落ちて行く《白》を見下ろしてアリサはため息を吐いた。

 

「勝っちゃった……」

 

 その結果に何とも言えない顔をする。

 ちょうど二年前、《Ⅶ組》として九人掛かりで蹂躙された事を考えれば《機神戦》だったとはいえあの時の雪辱を返せたとも言える。

 だがアリサはそれを喜ぶことはできなかった。

 学生生活、内戦、そして今も仕事の合間に鍛錬は怠っていない。

 あの時よりも実力をつけたと断言できるが、それでもまだ“リィン”に一人で勝てると自惚れる事はない。

 

「やっぱりあの子は“リィン”じゃないわね」

 

 一連の戦闘でアリサは落ちて行く《白》に結論をつけて――

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 耳をつんざく咆哮が響き渡った。

 

「なっ何っ!?」

 

『ティ、ティルフィング《S》の“核”が異常活性しています!』

 

 通信からティータの慌てた声が響き渡ると同時に《翠》は――アリサは激しく揺さぶられた。

 

「が――いったい何が……」

 

 狭いコックピットが赤いアラートで染まる。

 その中で、アリサは《翠》の目で見たのは落ちたはずの《白》が“光の翼”を背に、もぎ取った《翠》の右腕を握り潰していた。

 

「っ――第二形態……?」

 

 目の前の《白の機神》は装甲の各所が割れて白い光を纏い輝いている。

 

「ティルフィングにそんな機能はないのに……まさか……まさか……」

 

 アリサはその姿に目を奪われ、その可能性を感じて見入ってしまう。

 《白》は《翠》の右腕を投げ捨てて太刀を構える。

 

『洸ヨ……我ガ剣ニ集エ……』

 

 太刀に眩い洸が集い、アリサはそこで向けられた殺意に身を震わせる。

 

『オオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 獣の様な雄叫びを上げて《白》は太刀を振り上げて――

 

『コラ、何する気だテメエ!』

 

 《蒼の騎神》が今にも踏み出そうとした《白》を背後から羽交い絞めにした。

 

『ガアアアアアアアアアッ!』

 

『っ――これが《鬼の力》かよっ!?』

 

 もがき突き進もうとする《白》に《蒼》は引きずられ、スペック以上の膂力に息を巻く。

 

『おいアリサ! ここは任せて――うおっ!?』

 

『あ……………』

 

 そのリィンの声が通信越しに聞こえると、唐突に《白》は力を失って脱力するように項垂れ《蒼》に身を預ける。

 

『おいリィンッ!?』

 

 呼び掛けても返事はなく、リィンの意識の喪失に合わせて《騎神》の第二形態のような姿をしていた《白》は元に戻り、背中の“光の翼”も消える。

 

「…………やっぱり……リィンなの?」

 

 その一連の出来事に、アリサは殺される寸前だったことも忘れて呟く。

 仕様書にない第二形態。

 かつて《灰の騎神》が使った“光の翼”。

 そして獣の如き《鬼の力》。

 一度は否定した可能性の浮上にアリサは戸惑う。

 

 ――あまりいじめないでくれないか、アリサ――

 

「別にいじめたつもりはないわよ」

 

『あん? 何か言ったかアリサ?』

 

「え……? 私、何か言ってた?」

 

 クロウからの呼び掛けにアリサは首を傾げる。

 

「いや、別に良いんだが……《機神教練》はこれで終わりで良いな?」

 

「…………ええ、《白の機神》を預けておくには十分な資質を見せてもらったわ」

 

 クロウの問い掛けにアリサは困惑する疑問を呑み込んで、教練の終わりを宣言するのだった。

 

 

 

 

 




それぞれの感想

アリサ
「結局、本当のリィンかは分からなかったけど……
 強くて仕事ができる大人の女ってアピールできたかしら?」

リィン
「強くておっかない……
 帝国の最大企業をまとめてるって言われて納得できる鋼鉄の女社長(代行)だと思います」

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