夕焼けに染まる演習場の中央には一体のヘクトルが巨大なバスターソードを肩に担いで仁王立ちしている。
その周辺には十数体の機甲兵が死屍累々、ペイント弾でカラフルに染め上げられた様子で倒れていた。
「おいおい、だらしねえな。それでも帝国のエリート学校の生徒なのか?」
ヘクトルは倒れた機甲兵達を見下ろすと器用に肩を竦めて見せる。
「何で……朝からずっと戦っているのに……」
ぜーはーと生徒の一人が愚痴を漏らす。
導力タンクの交換という小休止はあったものの、ゼファーが乗るヘクトルは第Ⅱの生徒達と朝から戦い続けているのに衰えることを知らない。
「俺達は交代で休んで作戦も立ててるのに、どうして少しも動きが鈍らないんだ」
近接戦に遠距離、包囲して、狙撃。
数で圧倒しているのに、試せる方法も、用意されている武装も全て使っているはずなのに鈍重なはずのヘクトルに手も足も出ない。
「落ち着けお前ら! 相手は化物かもしれねえが機甲兵に乗ってるんだ。必ず隙はある!」
ランディは動揺する生徒達に檄を飛ばしながら歯噛みする。
「親父と三日三晩戦い続けたって言うのは本当みたいだな」
少しも消耗した素振りを見せないゼファーにランディは苛立つ。
「ほらほら、どうしたランドルフ。生徒達が見ているぞ」
ゼファーは教官でありながら生徒達と同じようにヘクトルで戦場にいるランディ機に襲い掛かる。
「ランドルフって呼ぶなっ!」
バスターソードをスタンハルバードで受け止めながらランディは叫ぶ。
しかしランディの訴えを無視してゼファーは続ける。
「おい、ランドルフ。ベルゼルガーはどうした?」
「ああっ!? 持ってるわけねえだろ! 今、何を使って戦ってると思ってんだ!」
「勿体ぶるなよ。クロスベルで使わせていただろ?」
「あれは……」
ゼファーの言葉にランディは眉を顰める。
そんなランディの反応の鈍さにゼファーはため息を吐く。
「はあ……そんなだからザックスにやられるんだよ」
「っ――何処まで見ていやがった!?」
クロスベル、そしてサザーランドの特別演習を見ていた事を匂わせるゼファーにランディは苛立つ。
「うちの男どもといい、バルデルの奴には同情するぜ」
「うるせえ……」
「その点、シグムントはうまくやっていると言わざる得ないな」
「うるせえっつってんだよ!」
ランディは力任せにバスターソードに強撃を当てて弾く。
「もらったっ!」
「――はっ」
大上段から横薙ぎにされたスタンハルバードの一撃が空を切る。
「なっ!?」
「後ろです、ランディ教官!」
生徒の言葉にヘクトルは振り返り――機体が背中を押されて前のめりに転倒した。
「うぐっ――」
「はははっ! お前さんと違ってこっちは三年前からこの手の人形兵器を乗り回しているからな」
快闊に笑うゼファーにランディは悔しさに唇を噛む。
「すごい! 今のステップワーク。構造上は無理なはずなのに」
「言ってる場合かティータ! 前衛! ランディ教官のフォローに入れ!」
スタークの叫びが戦場に響くが、その指示への動きは鈍い。
「フォローしろって言われても……これ以上、どう戦えって言うんだよ……」
半日に及ぶ戦闘にすっかり士気が落ちた生徒達は尻込みする。
「くっ……」
様々な作戦を立て、総指揮官として指示を出し続けてきたスタークはその愚痴に反論する事はできなかった。
「だからって終わりの指示は……」
どれだけ様子を伺ってもゼファーも、自分達を監督している教官たちも演習の終了を告げる様子はない。
まだ戦えと言わんばかりの状況にスタークは――
「――参るっ!」
棒立ちになった機甲兵達の間をすり抜けて、一機の《シュピーゲル》が演習場を駆け抜ける。
その機体は今まで演習場にいなかった機体。
「クルトか! それに他のみんなも!」
「Ⅶ組が戻ってきた! これで勝てる……かな?」
「ともかくチャンスだ。攻めろっ!」
新たに導力レーダーの中に加わった四機の識別コードに終わりかけていた士気が息を吹き返す。
「はあああっ!」
「おっと」
双剣の一撃がバスターソードに激突する。
そこで止まらず、クルトの《シュピーゲル》は素早く剣戟を重ねる。
「ははは、遅い遅い」
「くっ……」
双剣の連撃をバスターソードを盾にして捌いていたと思うと、斬撃の隙間を突くようにバスターソードを刺突される。
「なっ――――」
双剣を交差して喉元を狙った刃を仰け反りながら滑らせ、ヘクトルは刺突から剣の腹でシュピーゲルを地面に叩きつける。
「次っ!」
「やあああああっ!」
雄叫びを上げてユウナのドラッケンがトンファーでバスターソードを下から上へと叩きつけ――
「おおおっ!?」
その衝撃にヘクトルは浮き、ゼファーは驚く。
「やるじゃねえか。嬢ちゃん!」
「まだまだ!」
ドラッケンがトンファーを当てる度に、ヘクトルは後退する。
「だが、単調過ぎるな」
「へ……?」
当たったはずの一撃に手応えがなくドラッケンは前のめりになり、バスターソードをブラインドにして軸線をずらしたヘクトルはドラッケンの足を引っかけてすり抜ける。
ドラッケンはそのまま前に倒れ込み、ヘクトルはバスターソードの刀身を開き、銃口が火を噴く。
「っ!?」
膝をついて狙撃のタイミングを伺っていたミュゼの《ケストレル》は連射されたペイント弾に瞬く間に紫に染められる。
「……さて」
一息を吐いて、ゼファーは新たに参加した《ヘクトル》に向き直る。
「くくく……イカした格好をしてるじゃねえか」
そのヘクトルは通常の機体とは違っていた。
基本の体はヘクトルと同じだが、違うのはバックパックと肩アーマーに設置された二種類の長大なライフル。
バックパックから伸びたサブアームに固定されたそれはゼファーにとって見慣れた武装。
「行くぜっ! おらっ!」
アッシュは気合いを入れるように叫び、両手にはヴァリアブルアクスを構え、肩のライフルが稼働して銃口を前に突き出して疾走する。
銃撃にバスターソードを盾にしながら、ゼファーのヘクトルは横に走り、《シュピーゲル》が追い縋る。
《シュピーゲル》の双剣がゼファーの《ヘクトル》を崩し、アッシュの《ヘクトル》が銃撃をやめてヴァリアブルアクスを振り上げる。
「もらったっ!」
「くらえっ!」
《シュピーゲル》と《ヘクトル》の挟撃がゼファーの機体を――
*
「リィン君はこっちに来てもらえるかな」
海上要塞に戻った《Ⅶ組》はクルト達は演習場に向かい、クロウはウォレスとミハイルに報告。
そしてリィンとアルティナはトワに連れられて別室へと案内された。
「トワ教官、俺はいったい何処に?」
てっきりみんなと同じ機甲兵演習を行うものだと思っていたリィンはトワに疑問をぶつける。
「うん……そのはずだったんだけど、シュミット博士がね……」
「そうですか、だいたい分かりました」
言い淀むトワにリィンはため息を吐きたくなる気持ちをぐっと堪える。
そうして案内されたのは海上要塞の格納庫の一つだった。
「シュミット博士、リィン君を連れて来ました」
「遅いぞ。シュバルツァー」
開口一番シュミットは不機嫌そうないつも通りの声でリィンを迎える。
「す、すいません」
「あ、アーちゃんお帰り!」
「ですからアーちゃんはやめてください。ミリアムさん」
シュミットの護衛のミリアムが真っ先にアルティナを労うが、当のアルティナはため息を吐いてミリアムに言い返す。
リィンは手に持っていたアルバからもらった紙袋をシュミットから隠すように背中に回しながら、尋ねる。
「それで博士、俺を呼び出して何を……」
そう問いながらリィンは視線を上に、右と左に動かし格納庫に立っている四機の見慣れない機甲兵に気付く。
「これは?」
「帝国が今の機甲兵を下地に新しく造った魔煌機兵だそうだ」
シュミットは振り返り、リィンと視線を合わせて《魔煌機兵》を見上げる。
「右からドラッケンに当たる汎用機のゾルゲ……
シュピーゲルに相当するメルギア、ケストレルに相当するモルドレッド、ヘクトルに相当するハンニバル」
「これを俺に見せて、何をさせたいんですか?」
「この機体の導力機関の中心にはリベールが昔造った《鬼》のクォーツと似た波長の核が使われている」
「っ……」
「まあ、それは今はどうでもいい」
体を強張らせたリィンを無視してシュミットは魔煌機兵から視線を切ってついて来いと言わんばかりに歩き出す。
リィンは黙ってその後ろに続き、アルティナとミリアム、そしてトワも続く。
「…………クレア少佐」
横目でメルギアの前で整備士と問答をしている知り合いを見つけながら、格納庫の最端の空きスペースまで来るとシュミットは端的に指示をする。
「ここに《ティルフィング》を出せ」
「分かりました」
リィンは頷き、《匣》に圧縮された機神の解放プログラムを走らせる。
解放が完了するまでの待ち時間、リィンはそのスペースに立て掛けられた長大なライフルに目を向ける。
「それで俺は何をするんですか?」
「今からお前にはこの魔導ライフルの最終調整を手伝ってもらおう」
「魔導ライフル……」
銃身が機甲兵の全長を超える程の長大なライフル。
それが五つもある。
しかし太刀使いの自分に何故、ライフルの調整を手伝わせるのかリィンは首を傾げる。
「このライフルは《ティルフィング》に使われているフェンリルの導力機関が使われている、いわば反応兵器だ」
シュミットは腕を組みながら暇を潰すように歩き出す。
リィンはシュミットを正面に捉え、背中のものを隠しながら会話を続ける。
「反応兵器……」
「二つの属性をぶつけ合わせて、その相乗効果を生み出し、その指向性を武器にする……
もっともまだ理論だけで、先程実験では二つの魔導ライフルを相克させた段階で爆発、消滅してしまったがな」
「それを俺にやれと言うんですか?」
「ティルフィングなら耐えられるだろう?」
「それは……」
ティルフィングの耐アーツ防御は《零》の消滅の力にだって耐えられる。
「…………まあカリキュラムの一環なら良いんですけど」
リィンは問答を早々に諦めて腹を括る。
「ねえねえ、リィン」
そこにミリアムがリィンの背後から声を掛ける。
「これってなーに?」
シュミットから隠していた紙袋に興味を示したミリアムは空気を読まずに尋ねる。
「何でもない。何でもないぞミリアム」
紙袋を彷徨わせるリィンに、シュミットの鋭い目で睨む。
挙動不審なリィンの様子はミリアムの興味を刺激する。
「ねえねえアーちゃんは、あれの中身知ってるの?」
「さあ……? 半球体の黒いオーブメントでしたが、操作盤もなく何の反応もしないガラクタのようでしたが」
淡々と聞かれたことにアルティナは素直に応える。
「半球体の黒いオーブメント……」
シュミットはリィンを睨み、リィンはそのプレッシャーに冷や汗を掻く。
「と、ところでティータがいないようですけど……」
「…………まあ、いい。四番弟子は機甲兵演習が終わった後に来るだろう」
シュミットはリィンに追及することなく、そして《ティルフィング》が格納庫に現出する。
「それでは実験を始めるぞ。さっさと《ティルフィング》に乗れ、シュバルツァー」
「は、はいっ!」
リィンは慌てて《ティルフィング》に乗り込み、実験が始まった。
*
「《西風の旅団》がオルディスへの襲撃を企てていたか」
ウォレスの執務室、クロウは部屋の主とミハイルに向き合って地域貢献、及び哨戒任務であった事を報告した。
「ああ、だが鵜呑みにするには怪しいと思うがな」
それを聞いたのはガイウスだったが、《西風》は一級の猟兵。
そんな彼らが作戦内容を口を滑らせたとは考え辛い。
「欺瞞情報の可能性があると君は考えているのか?」
「ま、可能性の一つとしてはだな……情報が少な過ぎてどう判断して良いか分かんねえよ」
「オルディスでは現在領邦会議が行われている。それの妨害を依頼されたと考えるのは妥当だが……」
「そもそも《西風》は一年半前の内戦の終わりに解散したって話だったよな?
それに内戦直後に貴族連合が雇った猟兵の一斉摘発もしてはずだが、その中には《西風》はいなかったぞ」
「その時の元西風はゼファー殿とオズボーン宰相が取引をして見逃されていたらしい」
ウォレスの答えにクロウは顔をしかめる。
「あのオッサンはまた……」
その情報を聞いてクロウは元猟兵だった仲間の事を思い出す。
「あくまでもその摘発のみでの取引だ……
彼らがそこで足を洗うのならば、追及はしないという条件で元西風の旅団のルトガー・クラウゼルはゼファー・イーグレットとして統合軍に押し付けられた」
「聞いているだけで頭が痛くなってくるな」
ミハイルはゼファーの正体にため息を吐く。
「当時の帝都の状況では致し方ない取引でもあったのだろう……
帝都が半壊し、貴族連合が負けたのを良い事に、雇われていた猟兵達は最後に各地での略奪を画策していた……
それを未然に防ぎ、猟兵たちを追い払ってくれるというルトガーからの取引に応じないわけにはいかなかったのだろう」
「《西風》の残党がオルディスに来ている話はゼファーのオッサンも知ってんだろ? 何か言ってたんじゃないのか?」
「好きにすれば良いと、彼らが新しい《西風》を名乗る事も、軍と対立する事になる可能性も興味を示さなかった」
「それはどこまで信じて良いものなのか……」
ミハイルは疑心暗鬼に頭を悩ませる。
オルディスで《西風》が動いているのなら、軍の内部に深く関わるようになった元団長の行動を警戒せずにはいられない。
「西風の団長についてはあまり知らねえが、騙し討ちが好きなタイプじゃねえと思うけどな」
「信用できるか、猟兵だぞ」
クロウの無責任な言葉をミハイルは一言で切って捨てる。
「ミハイル殿の懸念は分かるが、一年半、彼と付き合っていた事を経験から言わせてもらうならアームブラストの意見に賛成だな」
しかしウォレスはクロウの言葉を支持する。
「ウォレス准将……」
「もちろん警戒はする。だがやはり外の情報が足りず、判断材料が少ないのが現状だ」
「――と言うわけだ」
ウォレスの言葉を引き継ぐように執務室の扉が開き、赤毛の男が我が物顔で入って来る。
「レクター・アランドール」
「ククク、久しぶりだなアームブラスト」
「……まだ事件も起きてないこのタイミングでお前が来ていたって事は、最初からそのつもりだったって事か?」
「ま、そう言う事だな」
けっと不貞腐れるクロウに、はっとレクターは笑い、手に持った封筒から書類を取り出して読み上げる。
「帝国政府の要請を伝える……
《蒼の騎士》クロウ・アームブラスト……
《西風》の狙いを見極め、奴等を雇った黒幕の目的を暴いて来い」
「…………リィンや《Ⅶ組》のあいつらは?」
クロウは答えを返す前に、そう尋ねる。
「今回はお前さんの単独行動も許可されてるぜ」
「アランドール少佐!?」
レクターの言葉にミハイルは耳を疑う。
「…………はっ……正気か?」
クロウは自嘲しながらレクターに尋ねる。
そんなクロウの言葉にレクターは一度肩を竦めて告げる。
「“要請”とは別に、オッサンからの伝言だ……
ケジメが着けられたのなら、オッサンがどうジュライの事件に関わっていたか教えてやるってさ」
「っ――」
レクターの言葉にクロウは思わず椅子から立ち上がり、身を乗り出してしまう。
それはクロウが内戦で自分の罪を思い知らされた時から知りたがっていた真実の一端。
「ちっ……つまり《西風》の雇い主はあいつって事かよ?」
「流石に情報局もそこまで掴んでねえよ。だが、まあ心当たりはあるんじゃねえか?」
レクターの指摘にクロウはポケットに突っ込んでいた50ミラを取り出す。
それはオルディスでぶつかって来た男がクロウに押し付けた硬貨。
その表面には伝言のように黒い文字が書かれていた。