閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

61 / 115
61話 ラマール州Ⅵ

 

 

 オルディス特別演習二日目。

 その日の朝はけたたましい警報から始まった。

 

「くそっ! まだ日も出てねえんだぞ!」

 

 悪態を吐きながらアッシュは素早く身支度を整える。

 

「おい! シドニー起きろ! 警報が鳴ってるぞ!」

 

「うう……あと五分……」

 

「言ってる場合かっ! さっさと起きろっ!」

 

 クルトはベッドにしがみ付くシドニーを叩き起こす。

 

「二人一組で、身支度の確認! 全員の準備が完了次第、女子と合流して指定された格納庫に急ぐぞ」

 

「了解っ!」

 

「あわわっ!」

 

 リィンの指示に余裕で頷く者もいれば、鳴り続ける警報に慌てて準備にもたつく者もいる。

 全員の準備が終わる前にリィンは廊下に出て、対面の部屋の扉を叩く。

 

「そっちはどうだ!?」

 

 男子の部屋に負けないくらいの喧騒がドア越しに分かる女子の部屋に向かって叫ぶ。

 数秒遅れて、ドアが開くとアルティナが出て来て寝ぐせのついた髪を隠すように帽子を被る。

 

「――あと五分、いえ三分は掛かると思います」

 

「そ、そうか……」

 

 淡々と報告するアルティナにリィンは怯みながら頷く。

 

「男子ももう少し時間が掛かると思うけど……」

 

 リィンは《ARCUS》を開いて警報が鳴ってからの時間を確認する。

 そうして廊下に男子と女子が整列して格納庫に向けて走り出したのは五分後だった。

 

 

*

 

 

「遅いっ!」

 

 格納庫に辿り着いた《第Ⅱ》を迎えたのはミハイルの叱責だった。

 

「警報から九分三十二秒。統合軍の彼らは三分の時点で整列できていたぞ!」

 

 《第Ⅱ》の隣には完璧に軍服を着こなし、整然と軍人たちが並んでいる。

 緊急警報放送、しかも前日にそういう訓練があると告知された上での結果、招集に軍人たちの三倍の時間が生徒達の練度の低さにミハイルの叱責は続く。

 前日の長時間戦闘の疲労が残っている生徒達は眠い目を擦る事すら許されず、特別演習二日目が始まるのだった。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「それじゃあ今日の訓練内容の発表をさせてもらうぜ」

 

 長いミハイルの説教が終わり、入れ替わる様に出て来たランディに生徒達に緊張が走る。

 

「ははは、落ち着けって。昨日のような長期・消耗戦じゃないって」

 

 ランディのその言葉に何人かの生徒は安堵の息を吐く。

 

「とりあえず今回は新装備のテストがある……

 それぞれの機体別に分かれたカリキュラムになるが、まずは名前を呼ぶ奴は基地外での訓練になる」

 

 特別な演習と言われて生徒達は真っ先に《Ⅶ組》の事を連想するが、続くランディの言葉は予想から外れたものだった。

 

「リィン、ミュゼ、シドニー、マヤ、ティータ、スターク……

 以上の六名はリーヴェルト少佐との航空テストだ……

 アルティナはその組に随伴するシュミット博士の飛行艇に同乗しろ」

 

「了解しました」

 

「ランディ教官、選定の基準を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

 《Ⅶ組》の半分が別行動をする事にクルトが疑問を挟む。

 

「別に大した理由はないぞ……

 航空テストだから各種の機体を一つずつ、リィンの《ティルフィング》は安定して飛べるから万が一の救護要員……

 後は新型の導力ライフルのテストも行うらしいから、それを扱える奴等を選んだだけだ」

 

「そうでしたか……」

 

「他人を気にしている暇はないぞ」

 

 ランディはそう言って説明を続ける。

 

「今回のテストは政府から送られて来たオーブのテストだ」

 

「オーブ?」

 

 オーブが新しい装備だと言う事に生徒達は首を傾げる。

 

「何でも正規軍や本校の生徒達でも持て余しているオーブらしくてな……

 油断しているとお前達も醜態をさらす羽目になるから気合いを入れておけよ」

 

 脅すランディの言葉に緩みかけていた空気が引き締まる。

 それを確認してからランディは肩の力を抜くように笑い、締めくくる。

 

「そんじゃま、とりあえずは朝食だな」

 

 

*

 

 

「今日はよろしくお願いします」

 

 海上要塞に併設された飛空艇発着場に集合した生徒達をクレアが迎える。

 

「おおっ! もしかして新型か!」

 

 クレアの背後に膝を着いて鎮座している機体にシドニーは目を輝かせる。

 

「シュピーゲルに相当する第二世代機体のメルギアでしたね……これがクレア少佐の専用機ですか?」

 

 リィンはクレアに話しかける。

 

「ええ、一憲兵に専用機なんて身に余るとは思ったんですが……」

 

「ふふ、鉄道憲兵隊なのに地上装備ではなく飛翔ユニットを搭載しているんですね?」

 

 心苦しさを感じるクレアにミュゼが指摘する。

 

「必要かのテストでもありますね……

 鉄道で現地に到着しても、そこから導力車での移動などのロスを考えると、これからは飛行による移動も視野に入れた方が良いのかもしれません」

 

「クロスベルでは鉄道憲兵の出る幕がありませんでしたものね」

 

「…………」

 

「ミュ、ミュゼ?」

 

 棘のある言葉をクレアに向けるミュゼにリィンは困惑する。

 

「今日の訓練内容を説明させてもらいます」

 

 そんなミュゼを無視してクレアは本題に入る。

 

「私たちの訓練はここから北にあるブリオニア島への飛行訓練です」

 

「ブリオニア島……?」

 

「昨日、行くはずだった島ですね」

 

 リィンの呟きにアルティナは補足する。

 

「船で三十分……機甲兵の飛翔ユニットではどれくらい掛かるでしょうか?」

 

「いえ、貴方達には一時間かけて飛んでもらいます」

 

「い、一時間も機甲兵に乗りっぱなし!?」

 

「昨日の訓練よりはマシだけど……」

 

 シドニーとスタークは昨日の事を思い出して唸る。

 

「島に到着した後は、新型導力ライフルの試射とオーブのテストを行ってもらいます」

 

「あのクレア少佐、ライフルはともかくオーブのテストとは何でしょうか?」

 

「機体の性能調整に使うオーブの事ですよね?」

 

 マヤが問い、ミュゼも疑問を重ねる。

 しかしそこでクレアが答える事はなかった。

 

「詳しい説明は移動中にしましょう。総員! 機甲兵に搭乗!」

 

『了解っ!』

 

 クレアの号令に生徒は反射で応じて、それぞれのケストレルに乗り込む。

 

「僕たちも行こうアーちゃん」

 

「ですからアーちゃんはやめてくださいと何度も言っているんですが」

 

 それに合わせてミリアムとアルティナが飛行艇に乗り込む。

 

「リィン君」

 

 《ティルフィング》を立ち上げたリィンにクレアが通信で指示を告げる。

 

「貴方は最後尾を飛んで、他の機体に不具合が生じた場合の対処を優先してください」

 

「分かりました」

 

 こうしてクレア組はジュノー海上要塞を旅立った。

 

 

*

 

 

「これは……」

 

 《緋》のオーブをランディの指示通りに駆動させたクルトは三つ出て来た候補から一番上の名前を選択する。

 

「わあっ! これはすごい槍ねっ!」

 

 ゼシカは《シュピーゲル》の手の中に現れた金色の槍を嬉しそうに振り回す。

 金の槍は振り回される度に帯電した音が響き、ゼシカの《シュピーゲル》は腰を落として槍を構え――虚空に向かって槍を突き出す。

 次の瞬間、落雷の音が演習場に鳴り響く。

 槍の穂先から放たれた落雷は演習場の壁を黒く焦がす。

 

「すごい、これは魔槍なのか? 機甲兵サイズなのに」

 

「嬉しそうだなゼシカ」

 

「だって魔槍だぞ! 武人なら一度は憧れるだろ魔槍や魔剣は!」

 

「……その気持ちは分からなくもないけど……」

 

 クルトは翠の剣を軽く振る。

 すると風の刃が演習場の地面に線を刻む。

 《風の魔剣》。

 しかしクルトはゼシカのようにはしゃぐことはできなかった。

 

「これはセドリックが使っていた剣だ……」

 

 今でも鮮明に思い出せるセドリックと剣を交わす事になったクルトの黒歴史。

 三種の導力武装を使う自分と、どこからともなく無数の武器を呼び出したセドリック。

 今、クルトが《シュピーゲル》越しに握っている魔剣は彼が使っていたものによく似ていた。

 

「綺麗な剣だ」

 

「うおおおおおおっ!」

 

 ウェインの雄叫びが響き渡ると、演習場に火柱が走る。

 彼の《ドラッケン》が持っているのは紅の大剣。

 刀身には焔の残り火が揺らめいている。

 

「…………」

 

 クルトは無言でシステムを切り替え、《リヴァルト》から《ブリランテ》と選択を変える。

 すると翠剣は消えて、ウェインが使っていた紅の大剣が現れる。

 

「…………軽いな」

 

 両手剣とは思えない程に軽い大剣。

 しかしだからと言って脆そうな頼りなさはない。

 

「……………こんな剣を使っていたのか……」

 

 その言葉にはゼシカのような嬉しさもウェインの興奮もない。

 

「ランディ教官、あたしが使えるトンファーはないんですか?」

 

「このオーブで使える武具は三種類だけだ。我慢しろユウ坊」

 

 そんなやり取りがされている一方でクルトは胸の奥に生まれた黒い炎を自覚してしまう。

 

「ずるいな……こんな剣を使えば強くなって当然じゃないか」

 

 そんな事を言ってしまったクルトは自分を嫌悪した。

 

 

*

 

 

「で、オッサン。俺達は何をするんだ?」

 

 三種の武具で遊んでいる班を横目にしながらアッシュはゼファーに尋ねる。

 

「そう身構えんなって、昨日みたいな訓練じゃないってランドルフの奴が言っていただろ?」

 

「はっ! 俺は別に同じでも良いぜ。昨日はまだ本気じゃなかったからな」

 

「お、おいアッシュ」

 

「お前は途中参加だったからそんな事言えるんだ」

 

「そうだ。本当に煉獄みたいだったんだぞ!」

 

 ゼファーに喧嘩を売るアッシュに巻き込まれてなるものかとレオノーラとグスタフは必死に止める。

 

「ククク、元気なのは良い事だ……ま、俺と遊びたいって言うなら課題こなしたらいくらでも遊んでやるぜ」

 

「ちっ……で、俺らに何をやらせようってんだ?」

 

 一先ず矛先を納めてアッシュは尋ねる。

 

「機体に追加されている導力魔法があるだろ? それの駆動に成功したらこの班の課題は終了だ」

 

「あん? それだけか?」

 

「ああ、それだけだ。簡単だろ?」

 

 昨日の様にずっと戦い続ける課題じゃないと聞いてアッシュ以外の生徒達は安堵の息を吐く。

 

「《空の匣》……聞いたことねえ導力魔法だが、こんなもん速攻で終わらせてやるぜ」

 

「おう、頑張れよ」

 

 こうしてB班の課題は始まる。

 それぞれの機体が導力魔法の駆動を始めて……一分が経過する。

 

「ふー」

 

 ゼファーはヘクトルの肩に座り煙草を吹かす。

 二分が経過する。

 

「おい、どうした威勢の良い兄ちゃんよ。まだできないのか?」

 

「うっせい! 話しかけんなっ!」

 

 ゼファーにアッシュはイラついた言葉を返して意識を集中する。

 原理は機甲兵も生身での導力魔法は変わらない。

 機甲兵に搭載された演算器のおかげで普段の導力魔法は生身と同じ感覚で使える。

 だが《金のオーブ》の刻まれた術式は膨大で複雑だった。

 

「何だこの術式は!? 上位アーツでもここまで複雑じゃないぞ!」

 

「ああっ! ダメだ崩れる!」

 

 術の複雑さに七耀の力の組み方を間違える者もいれば、膨大な術式が完成する前に始点の崩れて術式が瓦解するものが続出する。

 天才と呼ばれているアッシュも、普段の装備が魔導杖の者達も《金のオーブ》の導力魔法を駆動する事に四苦八苦する。

 

「ああ、そう言えばリィンの奴は昨日の時点で成功したらしいな」

 

「んだと!?」

 

 ゼファーの言葉にアッシュは対抗意識を燃やして集中を強くする。

 だがそんな根性論でうまく行くはずもなく、アッシュ達は時間いっぱいまで導力魔法を駆動し続けるのだった。

 

 

*

 

 

「無事に到着できましたね」

 

 ジュノー海上要塞から北に位置するブリオニア島。

 メルギアは砂浜に着地し、一人も欠ける事がなかった機甲兵達を振り返る。

 

「まずは小休止の後、《銀》のオーブのテストを行います……

 それを利用して新型導力ライフルのテストも行います。よろしいですねシュミット博士」

 

「ああ、問題ない」

 

 その言葉に生徒達は一時間の長い空の旅から解放されて、機甲兵から降りる。

 

「ああ、地面だ! そして広いっ!」

 

 狭い機甲兵の操縦席と代わり映えしない景色から解放されたシドニーは砂浜に降りてはしゃぐ。

 

「シドニー、あまり砂まみれになるなよ。操縦席の掃除が大変になるぞ」

 

 機甲兵の背中から飛び降りたシドニーとは違い、訓練通りの手順でゆっくりと降りたスタークは苦言をしながらも大きく伸びをして孤島の解放感に浸る。

 

「うふふ、水着でも持って来れれば良かったですね。マヤさん」

 

「ミュゼ、一応訓練中なのだから自重しなさい」

 

 思い思いに小休止が取られている中でリィンは《ティルフィング》に乗ったまま島を見回した。

 

「ここがブリオニア島……」

 

 感慨に浸る様に呟いてからリィンはクレアに通信を繋ぐ。

 

「クレア少佐」

 

「どうしましたリィン君?」

 

「島の安全の確認をしようと思います。単独行動の許可をお願いします」

 

「そうですね……」

 

 クレアはリィンの提案について考え、答える。

 

「ではお願いします」

 

 クレアはこれからすぐに《メルギア》のログをシュミットに渡さなければいけないこともあり、リィンに哨戒を任せる。

 空から見下ろしたブリオニア島はかつて管理棟があった南側が大きく抉れ、当時の戦闘の激しさが読み取れる。

 北側に位置する岩山には不自然な空洞もあり、リィンはその前で《ティルフィング》を滞空させて周囲を見回す。

 

「…………猟兵団や野盗の気配はないか……」

 

 元々、見るものが少ない島。

 リィンはわずかな期待の空振りにため息を吐き、踵を返して戻ろうと――視界の隅に鎧の騎士の姿が掠めた。

 

「っ――」

 

 思わず《ティルフィング》は振り返り、身構えるが空洞を見下ろせる崖上には誰もいなかった。

 

「気のせいか……? いや……」

 

 見間違えを気のせいだと割り切るよりも、リィンは各種センサーを起動して、彼女の痕跡を探り――

 

『リィンッ!』

 

 逼迫したアルティナの通信越しの声に中断する。

 

「どうしたアルティナ!?」

 

『至急戻ってください。皆さんが――』

 

 最後まで聞かずにリィンは《ティルフィング》を飛ばす。

 そこまで広くない島。

 ものの数秒で《ティルフィング》は上陸した砂浜に戻り、そこで見たものは――

 

「うげえー」

 

 シドニーが朝食を海に戻している姿だった。

 それは彼だけではなく、スタークやマヤ、ミュゼも口元を押さえて《機甲兵》から転がり落ちていた。

 

「…………アルティナ、説明してくれ」

 

『リィンが戻る前に触りで《銀》のオーブを説明とテストをしたところ、こうなりました』

 

「《銀》のオーブ……《零》のアナライズか、こうなって当然だな」

 

 リィンは予想していた結果の範疇だったことに安堵の息を吐く。

 

『リィン、《零》のアナライズって何?』

 

 アルティナに代わって通信機からミリアムが質問を投げかける。

 

「《零》のアナライズはキーアの目を再現した導力魔法だ……

 内戦の時に使われたものを性能を落として量産したものらしいが、それでも膨大な情報が一度に集得されて大半のテスターもこうなったらしい」

 

 《零》のアナライズは既製品のそれと違いリミッターが存在しない。

 熱源、音波、気圧、振動、導力波、光波、霊子、七耀力、生体反応さえも認識できるようになる。

 問題はそれらの情報が術者に一度に入力される事により、処理し切れない情報量の洪水に気が狂わせられてしまう事。

 

「シュミット博士、こうなると分かっていたのに忠告はしなかったんですか?」

 

『まずは先入観のないデータを取る必要があっただけだ……

 これまでのデータでも死に至るような状態にはなっていないのだから、問題はあるまい。それに――』

 

「それに?」

 

「作った本人は例外として、ルーファス・アルバレアはオリジナルスペックを使いこなしたぞ」

 

『博士……ルーファス総督は例外中の例外だと思います』

 

 唯一、機甲兵のテストを他より遅く始めて難を逃れたティータは砂浜に蹲るクラスメイト達を介抱しながらシュミットの言葉に反論する。

 

「はあ……クレア少佐は大丈夫みたいですね』

 

 ため息を吐きながら、リィンは何事もないように立っているクレアの《メルギア》に言葉を掛ける。

 

「……クレア少佐?」

 

 返って来たのは沈黙。

 リィンがもう一度呼び掛けると通信機に彼女の声が響く。

 

『…………て……き……』

 

「クレア少佐?」

 

 次の瞬間、《メルギア》から黒い瘴気が溢れる。

 

『閣下の敵……排除する』

 

 氷のような冷たさで淡々とクレアは呟き、《メルギア》は両手に持っているバスターライフルの一方を《ティルフィング》に向けた。

 

「クレアさんっ!?」

 

 次の瞬間、長大なライフルから発射された膨大な光の奔流が《ティルフィング》を呑み込み、海を抉り吹き飛ばした。

 

 

*

 

 

「ええっ!?」

 

 突然の《メルギア》の暴走にティータが悲鳴を上げる。

 

「ほう……」

 

「ほう、じゃないよ! クレア何してるの!? リィンは無事!?」

 

 興味深そうに笑うシュミットに突っ込みを入れてミリアムは通信機に向かって叫ぶ。

 

「安心しろ。両機のバイタル情報はリアルタイムでこの飛空艇に送信されている、シュバルツァーには何の問題もない」

 

 シュミットが言う通り、飛行艇の導力モニターには《ティルフィング》の危険を知らせるアラートは静かなままだった。

 それが正しいと示すようにバスターライフルが着弾して爆発した海の水柱から《金》のベールを纏った《白》がミリアム達の視界に現れる。

 

「いきなり何をするんだ!」

 

「閣下を惑わす贋作はここで消えなさい!」

 

 《メルギア》はバスターライフルを《白》に向けて引き金を引く。

 

「っ――」

 

 先程の壁のような極大な砲撃ではなく、銃口に相応の大きさの導力ビームが連射される。

 

「本気かっ!」

 

 体を擦過する導力ビームは訓練用ではなく実戦のそれ。

 《白》は海水の雨の中、縦横に飛んで《メルギア》の狙撃を躱し――背後に衝撃を受ける。

 

「何っ!?」

 

 振り返れば、そこには小さな鏡が浮いていた。

 そしてそれは背後だけではなかった。

 

「そこっ!」

 

 《メルギア》があらぬ方向にバスターライフルを撃つ。

 一直線に何もない空に向かって撃たれた導力ビームは、狙い済ましたかのように現れたミラーデバイスに命中すると反射して《白》に死角から襲い掛かる。

 

「原理はヴァリマールのビットと同じか! だけど威力が違い過ぎる!」

 

 反射されるビームの元は《メルギア》の高出力導力ライフルからなので、ヴァリマールのビットのような弱い攻撃ではない。

 更にヴァリマールのビット攻撃と違って厄介なのは反射のため、攻撃の気配が小さく、一度躱した導力ビームが二度三度襲ってくるため一度や二度躱しても油断はできない。

 

「くっ……」

 

 《白》が怯んでいる隙に戦場に放たれる光線が数を増し、《白》を閉じ込める光の檻となる。

 

「動きを止められた――なら次は……っ!?」

 

 最大出力のバスターライフルを警戒した《白》が見たのは、唐突に目の前の光の檻が開き、氷雪の鬼の気を宿す翠剣を携えた《メルギア》だった。

 

「百式軍刀術――蒼氷撃っ!」

 

「っ――」

 

 太刀で《メルギア》の一撃を受けた《白》はそのまま光の檻を突き破り、水面に叩きつけられる。

 

「貴方さえ……貴方の“呪い”さえなければ私の家族は――!」

 

 海の中、クレアは激昂して剣に鬼気を漲らせる。

 凍てつく氷の力は鍔迫り合いを起点に《白》を周囲の海共々凍てつかせていく。

 

「…………」

 

「閣下の邪魔をすると言うのなら、このまま氷の棺に抱かれて海の底に沈んでいなさい!」

 

「うるさい、黒の眷族の分際でっ!」

 

 次の瞬間、凍った海が解けて爆ぜる。

 焔を纏った螺旋の一撃が上から斬り潰そうとした《メルギア》を大空へ打ち上げる。

 

「っ――」

 

 《メルギア》は態勢を立て直すとバスターライフルを眼下に構えて連射する。

 《白》は水面を飛び、降り注ぐ導力ビームが着弾する度に巨大な水柱が生まれる。

 

「二の型――《疾風》」

 

 水飛沫に紛れ、《白》は水面を蹴って一気に《メルギア》の高度まで飛翔して、太刀を振り抜いて――空振りする。

 

「っ――四の型、《紅葉斬り》」

 

 《メルギア》の背後で急制動を掛けてからの横薙ぎの一閃。

 それを一瞥することなく《メルギア》は前に転がる様に回避して、天地を逆さまにしながらバスターライフルの銃口を《白》に突きつける。

 

「くっ――」

 

 《白》の左腕に《金のベール》が生み出される。

 《金》のオーブを原形にリィンが組み直した簡易絶対障壁がバスターライフルの奔流を受け止め、《白》は弾き飛ばされる。

 

「こっちの攻撃が全部見切られている?

 彼女の能力か、それとも《零》のアナライズのせいか」

 

 攻撃が届かないもどかしさにリィンは舌打ちする。

 その間にも《メルギア》からの砲撃は止むことはない。

 

「だったら!」

 

 《白》は《メルギア》から踵を返すとあらぬ方向へと飛び立つ。

 《メルギア》は砲撃を中断し、その後を追いバスターライフルを構えたまま飛翔する。

 《白》は背後から追い駆けながら撃ち込まれる導力ビームを躱しつつ、ブリオニア島の岩山に辿り着き、太刀を岩肌に突き立てそのまま一周する。

 

「七の型――暁」

 

 一気に速度を上げて《メルギア》を突き放すと、《白》は岩山に向けて無数の斬撃を繰り出し――

 

「六の型――孤影斬っ!」

 

 斬り刻んだ岩山を無数の石礫に変え、剣閃に乗せて《メルギア》に放つ。

 

「――っ!?」

 

 クレアの目を持ってしても数え切れない無数の礫。

 《零》のアナライズとクレアの《氷の目》は無視するべき石礫を無意識に一つ一つを認識、演算してしまいその思考を処理落ちさせてしまう。

 結果、無防備に石礫を浴びた《メルギア》は反射的に呼び戻したミラーデバイスが盾となり、一命を取り留めるが致命的な隙を晒す事になる。

 

「三の型――業炎撃」

 

 気付けば《白》は《メルギア》に肉薄し、焔を纏った太刀を振り被る。

 

「くっ――」

 

 《メルギア》は石礫によって空になった手に新たな魔剣を現出させて、《白》の一撃を受け止め――ようとして《白》の左手に顔面を掴まれた。

 

「あっ……」

 

 《白》は《メルギア》の頭を掴んだまま急降下し、ブリオニア島の大地に叩きつけた。

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

「…………」

 

 なんとか原形を留めている《メルギア》をリィンは冷めた目で見下ろす。

 それが纏っていた黒い鬼の気はリィンが見ている間に鎮まって、消えた。

 

「…………」

 

 通信機の向こうから聞こえるクレアの声はなく、荒々しい息遣いだけが聞こえてくる。

 贋作。呪いの元凶。

 戦闘の合間に聞こえて来たクレアの叫びを反芻し、リィンは彼女が真実に辿り着いた事に気付く。

 

「……だからどうした」

 

 リィンは自分に言い聞かせるように吐き捨てる。

 既にその真実を察している者は多く、先日もガイウスやアルティナに明かしたばかり。

 彼や彼女から、自分の正体が露見するのは既に覚悟している。

 

「だからどうした!」

 

 リィンの耳に残るクレアの呪いの言葉。

 

「――っ!」

 

 暗い衝動にリィンは揺れて、《白》は太刀を彷徨わせ――

 

「えーいっ!!」

 

 ミリアムを抱えた《アガートラム》の拳が《白》の頭を殴打した。

 

「っ――ミリアムっ……」

 

 《白》はたたらを踏んで後退り、目の前で障壁を張る《白兎》にリィンは揺らいだ焔を燃え上がるのを感じた。

 

「黒の眷属……お前も敵かっ!」

 

 《白》は太刀を振り上げて、渾身の力を込めて一息に振り下ろす。

 

「リィン、ダメっ!!」

 

「っ――」

 

 アルティナの制止の声にリィンははっと我に返るが、振り下ろした太刀は止まらない。

 

「待ってっ!」

 

 リィンは自分に向かって叫ぶが、太刀は――何処からともなく飛来した騎上槍が刃を根元から砕き――太刀は空振り、刃は《白兎》を捉える事なく宙を舞い、砂浜に突き立った。

 

 

 

*

 

 

「ドライケルスの子供達……ふふ、世話のかかる者達ばかりのようですね」

 

 低くなった岩山の上で全身甲冑の女騎士はそう呟くと、魔法陣の光に包まれてその場から消え去った。

 

 

*

 

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 リィンは転がる様に《白》から這い出て、砂浜に大の字に倒れる。

 

「何て無様だ……」

 

 リィンは自分の手を見て、凶行に及ぼうとした自分を恥じる。 

 クレアの不自然な暴走。

 彼女が吐いた“呪い”の言葉。

 そして拳を使って止めようとしたミリアムに自分は何をしようとしたのか。

 

「くっ……」

 

「クレアッ! 大丈夫!」

 

 悔やむリィンを無視して、当の本人は、命の危機だった事を忘れたかのように半壊した《メルギア》に駆け寄っていた。

 

「リィン……」

 

 仰向けに倒れたリィンの顔に影が落ちる。

 

「アルティナ……」

 

 覗き込んで見下ろすアルティナの視線から逃れるようにリィンは顔を背ける。

 自分の凶行に自己嫌悪しているリィンにアルティナは何と声を掛けて良いか迷う。

 

「クレア! 返事をして! 中から開けられない!?」

 

 気まずい二人の空気を他所に、ミリアムは《アガートラム》が転がしてうつ伏せにした《メルギア》の背中を叩く。

 どうやら戦闘の影響で外部からの開閉装置が壊れてしまったようだった。

 ミリアムは何度も装甲を叩いて呼び掛けるがクレアは呻くだけでまともな返事はない。

 

「リィン……」

 

「何が言いたいアルティナ?」

 

「いえ、別に……《クラウ=ソラス》や《アガートラム》では装甲だけ破壊してクレアさんを救出するのは不可能だと思います」

 

「…………そうだな」

 

 アルティナの言葉にリィンは頷く。

 どちらかと言えば大雑把な攻撃をする戦術殻に繊細な作業は向いていない。

 

「…………」

 

「はあ……分かったよ」

 

 アルティナの無言の訴えにリィンはため息を吐いて体を起こす。

 砂を払い、《白》の中に格納してあった太刀をアルティナから受け取ったリィンはミリアムに声を掛ける。

 

「ミリアム、どいてくれ」

 

「リィン……うん、お願い」

 

 素直にミリアムは場所を開ける。

 その素直さにリィンは毒気を抜かれ、太刀を構え――一閃する。

 《メルキア》のハッチが二つに斬り裂かれて落ちる。

 リィンは太刀を納め、装甲の奥にあるクレアの背中に呼び掛ける。

 

「クレアさん、聞こえていますか?」

 

「うぅ……」

 

 リィンの言葉にクレアは呻く。

 リィンはため息を吐いてクレアの腰に手を廻す。

 

「引き抜きますよ」

 

「だめ……はなれてりぃんくん」

 

 小さな抵抗を無視してリィンはクレアを《メルギア》の操縦席から引き吊り出す。

 

「うぷっ――」

 

「え……?」

 

 目の前には蒼白なクレアの顔があった。

 その顔にリィンは“彼”の記憶の既視感を刺激される。

 

 ――あれは確か……サラさんが限界まで泥酔した時と同じ顔色……

 

「ま、待ってください。クレアさん!」

 

 リィンの頭に過るのは、シドニー達がなっていた《零》のアナライズによる情報酔い。

 そしてリィンの預かり知らぬところではあるが、止めを刺したのは必要だったとはいえ《メルギア》を転がしたミリアムのせいでもある。

 ともかく、先の連想にリィンは思わずクレアを抱えていた腹部に知らずの内に力を込めてしまう。

 

「うぐっ」

 

 ――あっ……詰んだ……

 

 クレアの予兆にリィンは悟る。

 ここでクレアを突き飛ばせば、自分は守れるかもしれない。

 しかし、今平衡感覚を失っているクレアが《メルギア》から落ちればただでは済まない。

 

「ミリアム、アルティナ……」

 

 咄嗟に二人にクレアをパスしようとするが、二人は予兆を感じ取ったのか既にリィン達から距離を取っていた。

 

「くっ……」

 

 結局リィンはクレアを突き飛ばす事は出来ず、限界に達したクレアに諦めて目を伏せた。

 

 

 

 そして……リィンは穢された。

 

 











 ブリオニア島
 前回の被害
 島の南側、管理棟と霊窟があった場所を中心に焼失

 今回の被害
 島の北側、巨人像があった岩山が平らになり、海岸部分はバスターライフルの流れ弾や余波でボロボロになる



 クレアの暴走原因
 《メルギア》に搭載されている魔煌機関がクレアの中の《力》に共鳴して箍が緩む。
 その状態で《零》のアナライズを使用して、クレアが一度に処理し切れない過剰情報に晒される。
 クレアの能力《統合的共感覚》と《アナライズ》が噛み合い、リィンの正体、呪い、そして近い未来オズボーンと対峙する事に気付いてしまう。
 思考が処理落ちしているため、理性が働かずリィンに攻撃をするに至る。

 個人的な見解ですが、《統合的共感覚》という能力がありながらクロウ=《C》にクレアが手遅れになるまで、気付けなかったのは普段はその能力を封印しているからなのではないかと考えています。
 リィンは《鬼の力》で魔獣を獣の精神で滅多切りにしたのに対して、クレアは《共感覚》で叔父を冷徹に罪の証拠という刃で滅多切りにして死刑に送り込んだ。
 というように、魔獣か人、鉈か罪の違いはあっても二人の行いには共通点が多いのではないかと考察しています。
 リィンの方は《鬼の力》がもたらす《焔》の激情を克服できましたが、クレアの方は《共感覚》がもたらす《氷》の非情に対してまだ折り合いがついていないとして、今回はそれが露呈して話になります。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。