閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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62話 ラマール州Ⅶ

 

 

「ふむ……これが魔煌機関か」

 

 大破した《メルギア》をオーバルギアでこじ開けさせて中身をシュミットは改める。

 

「博士、何か分かりましたか?」

 

「大人しく待っていろ」

 

 ティータにそう返しながらシュミットは《メルギア》の中身を見てそれまで感じていた不信を確信に変える。

 

「この組み方……やはり、あやつか……」

 

 未知の技術が使われているところはあれど、結晶回路の癖にシュミットは現れなかった《魔煌機兵》の設計者について考える。

 

「博士……?」

 

「何でもない。もう――んっ?」

 

 見たいものは見た。

 シュミットはそう満足して、我慢の限界が近いティータに譲る様に《メルギア》から離れようとして不自然なクォーツを見つけた。

 一見すれば結晶回路の一部の部品だが、よく見れば繋がっているように偽装されているだけで、どこにも回路が繋がっていない。

 全く意味のないクォーツ。

 そもそも集積回路ですらない

 

「博士、まだですか?」

 

「ああ、後は好きにするがいい」

 

 シュミットはそのクォーツを取り、ティータに《魔煌機関》を譲る。

 

「わーい!」

 

 歓声を上げて調べ始めるティータを他所にシュミットは迷わず飛行艇に戻り、見つけたクォーツを解析に掛ける。

 

「…………ただの音声データか……」

 

 そう呟き、シュミットはデータを再生する。

 

『まずはこの音声がシュミット先生、貴方に届いている事を願います』

 

 オーブメントが発する声はシュミットに懐かしさを感じさせるものだった。

 

『クレア君には悪い事をしたと思っています。ただ私にはこの方法しかこのデータを渡す手段はありませんでした……

 申し訳ありませんが、先生の方から謝っておいてください』

 

「さっさと本題に入らんか」

 

『……って、先生ならそんなことより、さっさと本題に入れと言いそうですね』

 

「むっ……」

 

 録音に見透かされた事にシュミットは眉を顰める。

 

『シュミット先生、貴方がどこまで関わっているか僕には分かりません……

 ですがこのエレボニア帝国は程なくして、ゼムリア大陸全土を巻き込んだ大きな闘争が生まれることになるでしょう』

 

 当然のことながら、音声はシュミットの反応を待たずに続く。

 

『《メルギア》に装備するバスターライフルは見てもらえましたよね?

 気付いておられると思いますが、今のバスターライフルは少し強力な戦艦の主砲程度の威力しかありません……

 四属性による相克理論も上位三属性による三理論の魔法の理論も“彼”の存在の目を誤魔化すためのでっち上げに過ぎません』

 

「…………なるほど、そういう理由だったか。しかし甘いな」

 

 昨夜の実験にあった違和感の正体にシュミットは納得するも、不敵な笑みを浮かべる。

 

『ここに本当のバスターライフルの設計図を添付しておきました……

 これは《黒の騎神》もしくは《巨いなる一》に対抗できる手段になるでしょう……

 “七耀”の力を一纏めにする“第八理論”。その要となる無垢な七耀石をノルティア州の霊窟と呼ばれる場所に隠しました……っ……』

 

 再生されている言葉に苦悶の声が混じる。

 

『彼が起きるか……どうやら時間はもうないみたいです……

 後は……ライフルの設計図とは別に、失われた《七の騎神》の設計図も同封しておきました……

 どうか先生、これらを貴方が信頼できる人に託してください』

 

 息も絶え絶えにしながら男は最後までその役割を全うする。

 

『ぐっ……では先生……どうかよろしくお願いします』

 

 別れの言葉さえなく、録音された音声はそこで止まる。

 音声の再生が終わった事で、クォーツに記録された情報のロックが解かれ、添付された情報にアクセスできるようになる。

 

「…………馬鹿者が……」

 

 それに手を付けることなく、シュミットは一分程度の短いメッセージに文句を呟くのだった。

 

 

 

 

 

 砂浜の片隅でリィンは体育座りをして、黄昏ていた。

 

「おい、リィン。そろそろ女子たちの着替えが終わるぞ」

 

 そんなリィンにシドニーは軽い調子で声を掛ける。

 

「そう落ち込むなよ……

 飛行艇には着替えの軍服がわざわざ人数分用意してあったくらいなんだから、それにミュゼなんて下手に耐えたもんだから操縦席に――」

 

「シドニーさん、余計な事は言わないでください」

 

 他の例を挙げるシドニーの肩を領邦軍の軍服に着替えたミュゼが掴み、凄む。

 

「まあリィンのあれは災難だったと言わざる得ないが、いつまでもそうしていても仕方ないだろ? 早く着替えて来なよ」

 

「…………ああ、そうだな」

 

 スタークに促されてリィンは立ち上がる。

 

「しかし、俺達だけがこんなテストなのか?」

 

 スタークが呟いた疑問にリィンは海水で洗った制服を手に取りながら答える。

 

「いや要塞に残ったみんなも同じテストをしているって聞いてるぞ……

 《アナライズ》の他にも《武器創造》、《空の極大導力魔法》……

 軍でもテストは行われていたらしいけど、《アナライズ》に関しては結果は散々みたいだったらしい」

 

「つまり、今の演習場は……いや、これは言わないでおこう」

 

 スタークは想像した光景に顔を蒼くして頭を振る。

 

「だけど、今の実験と似たようなものが後二つ……」

 

 軍服に着替えたマヤはこの後を想像して気が滅入る。

 

「他は《アナライズ》程に操縦者に影響が出るものじゃないから安心して良い。それじゃあ、俺は着替えてくる」

 

 一言断って会話を打ち切り、リィンは飛行艇に向かって歩き出す。

 そうすれば必然的に彼女――クレアとすれ違うことになる。

 

「あ……」

 

 正面から歩いて来るリィンにクレアは羞恥を気まずさに足を竦ませる。

 

「リ――いえ……その……先程はとんだ迷惑を……」

 

「大した事はしていません」

 

 申し訳なさそうに謝るクレアにリィンは素っ気ない言葉を返す。

 

「ですが――」

 

「今回の実験の主導は軍でも、俺も予め知らされていて黙っていた側ですから貴女を責める資格はないでしょう」

 

「いえ……その事よりも私は貴方に変な言い掛かりをして……それにあんな事まで……怒って、いますよね?」

 

「あんな事?」

 

 クレアの言葉にリィンは首を傾げる。

 

「……それは…………私が吐い……戻してしまったモノの後始末とか……」

 

 クレアは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「吐いたくらいなんだって言うんですか?

 俺なんてユミルで老師達に吐くまで走らされたり、殴って吐いたり、斬られて血反吐を…………」

 

 自分の経験を語り出したリィンはその途中で修行の日々を思い出して顔を蒼くする。

 

「と、とにかくお詫びをさせてください!

 あんな……サラさんみたいな醜態をさらして何もしないなんて!」

 

 触れてはいけないものの片鱗を感じてクレアは強引に話題を進める。

 

「…………ですから、別に何もしてくれなくて良いですから」

 

「それでは私の気が納まりません。何でも言ってください!」

 

「できない約束を持ち出しても白々しいだけですよ」

 

「リ――それはどういう意味ですか?」

 

 聞き返すクレアにリィンは冷めた目でそれを投げかけた。

 

「では、オズボーン宰相を裏切って俺と一緒に戦ってください」

 

「…………」

 

 その願いにクレアはすっと目を細めて氷のような凍てついた声で応える。

 

「やはり貴方は“偽物”のようですね。《彼》ならばそんな事は言わないはずです」 

 

「本当にそう思っているなら、貴女はこれ以上、こちら側に関わらない方が良いですよ」

 

「…………」

 

 リィンの言葉に、クレアは黙り込む。

 まるで“鉄血の子供”はオズボーンが抱える事情には無関係だと言わんばかりの態度に苛立つ一方で、クレアは以前にもこんな話をした既視感を覚える。

 

「だ、だからと言って貴方がしている事は“本物”を知っていた人達への冒涜です」

 

「それを貴女が言いますか?」

 

 クレアの糾弾にリィンは冷めた目で言い返す。

 

「《黒》の尖兵として、《彼》をクロスベル侵攻に徴兵して送り出したのも……

 内戦をあそこまで激化させて、《彼》に《零の騎神》を使わせたのも、他ならぬ貴女たちなのに」

 

「…………え……?」

 

 その言葉にクレアは耳を疑った。

 

「…………私が……《彼》を……嵌めた……?」

 

「オズボーン宰相にとって《彼》は邪魔な存在になっていた。だから世界から除外しようとした……

 まあオズボーン宰相は全てが終わるまでの間、隔離しておくだけのつもりだったのかもしれませんけど」

 

「しょ、証拠があるんですか!?」

 

 思わず声を荒げてクレアは問い質す。

 

「いえ、そうじゃない……閣下には深い考えがあったはず! あの人が“本物”の子供を手に掛けるなんて事があるはず……あるはずは……」

 

 否定しようとした言葉を自分で信じ切れずにクレアは苦悩する。

 鉄血宰相と呼ばれているオズボーンならば、例え“本物”の子供であっても必要ならば切り捨てる。

 

「だから貴方が《彼》の代わりをすると言うんですか!? 

 《彼》を知る者を騙して、一人で帝国と戦うだなんてそんな無駄な事を――」

 

 クレアはリィンの目を見て、言葉を止めた。

 怒るでも、反発するでもない、敵意のある目ではないその目にクレアは既視感を覚え、怯む。

 

「どうして……貴方が私をその目で見るんですか?」

 

 思わず口に出した疑問に、クレアの能力が瞬時に答えを導き出す。

 

 ――証拠などない、あったとしても有力貴族を味方に付けている――

 

 ――証拠があるんですか!? 閣下には深い考えがあったはず!――

 

 ――騒いでも無駄だし、逆に一人だけ生き残った事を疑われるぞ?――

 

 ――《彼》を知る者を騙して、一人で帝国と戦うだなんてそんな無駄な事を――

 

「ち、違う……私はあの人と同じなんて……」

 

 声を震わせてクレアは後退る。

 

「クレアさん?」

 

「そんな目で私を見ないでっ!」

 

 様子がおかしいクレアにリィンは思わず声を掛けるが、差し出された手は乱暴に振り払われて拒絶される。

 

「あっ……」

 

 その瞬間のリィンの顔にクレアは忘れられない表情を見る。

 悔しくて、やるせなくて、裏切られて、何処に行けば良いのか分からない迷子の子供。

 リィンにそんな顔をさせたという事実が、クレアの心を締め付ける。

 

「…………クレアさん、俺は――」

 

『いつまで遊んでいるシュバルツァー! さっさと次の実験の準備をせんか!』

 

 言いかけた言葉はシュミットの声に掻き消される。

 

「あ…………」

 

 飛行艇から聞こえて来た拡声器の大音響。

 リィンはクレアと飛行艇を交互に見て、迷う。

 

「…………行ってください」

 

「クレアさん……?」

 

 シュミットが急かす声を切っ掛けにクレアは我に返って、憲兵としての仮面を取り繕う。

 

「今のは忘れてください……いえ、先程の醜態も合わせて後で改めてお詫びします」

 

「…………分かりました」

 

 リィンもまた感情に任せた失言をしていた事もあり、互いに腫れ物を扱うようにすれ違う。

 

「一つだけ、聞いても良いですか?」

 

 横を通り過ぎるリィンにクレアは振り返らずに尋ねる。

 

「…………何ですか?」

 

「今の貴方の意識は《彼》なんですか? それとも“呪い”の意識なんですか?」

 

 クレアから投げかけられた質問にリィン冷めた言葉を返す。

 

「俺を“偽物”と罵りたいなら、そちらの陣営にいる《黒騎士》はどうなんですか?」

 

「そ、それは……」

 

 痛い所を指摘されてクレアは口ごもる。

 オズボーンに尋ねても、知る必要のない事だと突き放されて碌な説明もされていない、宰相直属の機甲兵部隊。

 そのリーダーも仮面で顔を隠してはいたが、背格好は目の前の少年と瓜二つだった。

 

「あれは違う、あれが“本物”であるはずがない!」

 

「リィン君……」

 

 怒りを滲ませるリィンの物言いにクレアはそれ以上の言葉を言えなくなってしまう。

 らしくない侮蔑を吐いて、リィンは昂った感情のままクレアを睨む。

 

「クレアさん、貴女がこれ以上《彼》の義姉振ると言うなら俺にも考えがありますよ」

 

「っ……べ、別に義姉振っているつもりはありません」

 

 クレアは目を彷徨わせながら否定する。

 そんなクレアにリィンは冷めた目をしながら彼女を指差した。

 

「っ――」

 

 クレアは緊張に身を強張らせると同時に心を《氷》に徹しさせる。

 

 ――私は氷、ミハイル義兄さん達にどれだけ罵られようとも心を動かさなかった《氷の乙女》――

 

「俺にとって、貴女は――」

 

「あ、貴方が何を言ってとしても、私は閣下を裏切る事はありませんっ!」

 

 そう宣言するクレアにリィンは告げた。

 

「――クレアおばさん」

 

 次の瞬間、クレアは膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「博士、本当にこの実験をやるんですか?」

 

「無論だ。そのためにわざわざこんな無人島に来たんだ」

 

 リィンの確認にシュミットは大きく頷く。

 

「でも昨日の実験では失敗ばかりで……」

 

「それについてだが、貴様に試してもらいたいのは《火》と《地》の二つの属性の合成だ」

 

 シュミットが提案した実験にリィンは眉を顰める。

 しかしそんなリィンを気にせず、シュミットは説明を続ける。

 

「バスターライフルの理論は相反する二つの属性をぶつけ合わせて、その時に生じる消滅現象を攻撃手段にするものだ」

 

「そうですね。その理論では《火》と《地》では消滅にはならないんじゃないんですか?」

 

「それを調べるための実験だ」

 

 乗り気になれないリィンに対してシュミットは続ける。

 

「貴様が先日、クロフォードに作った《アースガード》の機甲兵用クォーツだが、あれは《地》属性とは言えないものとなっていた」

 

「え……?」

 

「キーアが造り出した《零のオーブ》は《空》や《時》の属性が緻密なバランスで組み込まれているが、芯になっているのはあくまでも《幻》の導力魔法の延長にあるものだ……

 しかし貴様が造り出したのはクォーツは《地》でありながら《火》でもある……

 私達が顔を付き合わせて協議したても結論が出なかった」

 

「……それは……」

 

「貴様にそれを説明しろ、論文を書けとは言わん……

 おそらく貴様はその分野において、理論ではなく感覚で合成できるのだろう……

 それをしろと言っているのだ」

 

「…………それはできません」

 

 シュミットの言葉にリィンは首を横に振って拒絶した。

 

「ユウナに作ったクォーツがそうなっているのなら完全に俺の落ち度です……

 他の実験の手伝いならいくらでもします。でも同じものを作れと言うなら無理です」

 

「ほう……それは何故だ?」

 

 シュミットはその拒絶に対して怒らず、聞き返す。

 リィンは迷いながらも口を開く。

 

「その“力”は人の手には負えないものだと判断されて封印されたものと同質のもの……

 それをユウナのクォーツは防御だったからたまたま安定しているに過ぎないと思います……

 もしもこの“力”を破壊の力として作ったら、きっと世界を壊してしまう」

 

「ふん、何だそんな事か」

 

 リィンの苦悩をシュミットは鼻で笑う。

 その態度にリィンは顔をしかめるが、構わずシュミットは続ける。

 

「どれだけ否定しようと、貴様の手の中にはその“力”がある。それは変えようのない事実だ」

 

「だから、俺は……」

 

「シュバルツァー。未知を畏れるな」

 

「え……?」

 

「今は当たり前に認知されている《導力》もそうだった……

 限りない汎用性と半永久的に持続する革新的であり理想的なエネルギー。それがもたらす発展がどこまで進むかなど、当時の研究者たちは期待と同時に畏れを感じたものだ……

 だからこそ、貴様のそれを封印した者は大馬鹿者だな」

 

「お、大馬鹿者っ!?」

 

 シュミットの評価にリィンは驚く。

 本人がもしそこにいればその罵倒に固まる事は間違いない罵倒は続く。

 

「ああ、大馬鹿者だ。手に負えないと言って、知ろうともせずに封じるなど科学者にはあるまじき愚行だ」

 

 シュミットは憤慨してリィンに言い切る。

 

「“それ”が手に負えないと誰が決めた?

 その誰かとやらは貴様にとって本当に信頼に足る人物なのだろうな?」

 

「それは……」

 

 シュミットの指摘にリィンは二人の長の姿を思い出す。

 

「あれ……?」

 

 我欲で別の至宝を求め、行き着くところまで至宝を争わせた闘争本能を制御できなかった眷族たち。

 そして何故か、この後に及んで未だにリィンの前に姿さえ現さない秘密主義の《魔女》の長。

 

「その者は私よりも優れた頭脳を持っているとでも言うのか?」

 

「……いえ、たぶんシュミット博士の方が……優れていると思います……」

 

「ならばその者達が出した結論などに義理立てする必要はあるまい」

 

 リィンの答えにシュミットは言い切り、続ける。

 

「良いか、シュバルツァー。貴様のそれはまだ何も分かっていない“力”に過ぎん……

 それを愚かな者達の言う通り、厄介ものとして“ない”ものとするか、有効活用できるものにするかは貴様次第だ」

 

「俺次第……ですが、もし制御に失敗したら……」

 

「その時は何度でも試せばよかろう。幸いな事に今は私には劣るがラッセルとハミルトンの二人もいる、その愚か者よりは貴様の力になれるだろう」

 

「シュミット博士……」

 

 とってつけたように二人の名前を出すシュミットにリィンは苦笑して、思い出す。

 

「……力は所詮、力……か……」

 

 それは老師の教え。

 

「シュミット博士、俺は昔トマトを育てた事があるんです」

 

「ほう、それで?」

 

 突然の無駄話をシュミットは遮ることなく促す。

 

「その時は知識もなくてダメにしそうになって、今言っていた“力”とは別の“力”を使ってトマトを実らせようとしたけど失敗して、沢山の人に迷惑を掛けた事があります」

 

「そうか……」

 

「でも、もう一度やろうって新しいトマトの苗を買ってくれた人がいた……

 一緒に植物の事を勉強してくれる人がいた……」

 

 リィンは言葉を切り、自分のものではない記憶を反芻する。

 

「――失敗しても、そういうのは次に活かせばいい……」

 

 あの日、教えてくれた《彼》の言葉。

 それは、いつかに太陽の様な“彼女”が掛けてもらった言葉でもある。

 

「何だ。分かっているではないか」

 

「ええ、ようやく《彼》の教えが胸に落ちた気がします」

 

 今まで漠然としか考えていた《黄昏》に挑む手掛かりに掴んだ手応えをリィンは感じる。

 《焔》と《大地》に見限られ、誰も見向きもしない“力”の存在。

 

「《鋼》の力の制御……それは《彼》にもできない、俺だけの可能性……」

 

 そう考えると乗り気になれなかった実験にも前向きな気持ちになれる。

 

「あの、博士……」

 

「何だティータ・ラッセル? 今、最後の一押しをするところだ。邪魔をするな」

 

「博士、その言い方はどうかと思います。って、そうじゃなくてジュノー海上要塞からの船が沖合に確認できました」

 

「船……?」

 

 ティータの報告にリィンは首を傾げる。

 

「はい、今回の的として廃棄船を用意してもらえたので、それを目掛けて撃ちゃってください」

 

「では役割分担を伝える……

 スタークとシドニーの両名は機甲兵の導力を《ティルフィング》に供給……

 シュバルツァーは二機から供給された導力を合成して弾丸を生成……

 マヤはシュバルツァーが生成した弾丸をバスターライフルを用いて廃棄船を狙撃しろ」

 

「あの、博士。私は何をすればよろしいんでしょうか?」

 

「ミュゼちゃんは海上で、観測主と着弾の記録をお願いします……

 あとあとアルティナちゃんはわたしと一緒にスタークさんとシドニーさんの供給導力の微調整を手伝ってね」

 

「分かりました」

 

「役割は把握したな。ではさっさと持ち場に――」

 

「はかせー」

 

 シュミットの号令が今度はミリアムによって遮られる。

 

「クレアはどうするの?」

 

 その言葉に一同はミリアムの足下に膝を抱えて蹲っているクレアに注目する。

 

「ちがう……違う……わたしは……わたしは……ぐす……」

 

「おい、リィン。クレアさんに思う所はあるだろうけど、何をしたんだ?」

 

 彼女に恩があるスタークは普段の凛々しいクレアから想像もできないいじけた姿にリィンを咎める。

 

「…………別に……事実を言っただけなんだけど……」

 

 まさかあそこまで動揺するとは思っていなかったリィンは困ったように頭を掻く。

 

「ふん、使い物にならないなら捨ておけ」

 

 シュミットは早々にいじけるクレアを切り捨てる。

 

「他に問題はないな? それなら――」

 

「あ……」

 

 三度、口を挟んだのは狙撃担当のマヤだった。

 

「何だ? まだ疑問があるのか?」

 

「い、いえ……疑問というか……その……」

 

 シュミットの視線の圧にマヤは気押されながら、自身が感じた懸念を口にして……

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

「リィン、不埒な事を考えていませんか?」

 

「考えてないからな!」

 

 

 

 

 

 

 午後の演習が終わり、《第Ⅱ》の生徒達は海上訓練ということで船に乗り、オルディスの海の上にいた。

 湖上の遊覧船に乗った経験があるクルトは初めての船にはしゃぐ同級生たちの輪から外れて甲板で一人、海を眺めていた。

 

「何だ坊ちゃんは船酔いか?」

 

 ここぞとばかりにアッシュが呆けているクルトに絡む。

 

「そんなんじゃない。少し考え事をしていただけだ」

 

「《魔剣》にはしゃぐなら、あいつらの中に入らないのかよ?」

 

「…………」

 

 アッシュの言葉にクルトは沈黙を返す。

 今、甲板にいる《第Ⅱ》の生徒達は海に夢中になっているか、直前の演習の醜態を忘れるように唯一の成功だった《魔剣》についての感想を交わしている。

 演習の最初の浮かれた時ならば、クルトはその輪の中にいたかもしれない。

 しかし、今は続く《零》と《金》のオーブの実験により増長しかけた気持ちは冷めてしまった。

 

「結局、全てのオーブを駆動できていたのはリィンだけと言う事か……

 少し意外だったな。君なら卒なくこなしてしまうと思っていたのに……あんな――」

 

「うるせえ、俺だって別に何でもできるなんて自惚れてなんていねえぜ」

 

 クルトの言葉を遮って、アッシュは苛立ちを吐き捨てる。

 その姿にクルトは思わず苦笑する。

 駆動そのものが困難だった《金》と違い、《零》のオーブの実験の結果は二つに分けられる。

 適性のない者は情報過多に早々に意識を手放すが、優秀な者は半端に耐えてしまい限界を超えてしまった。

 アッシュの結果はもちろん後者である。

 

「それでも何回か繰り返せば、モノにできるんじゃないか?」

 

「……さあ、どうだろうな。別にオーブの《術》なんか使わなくても、俺の《ヘクトル》なら導力源として使ってやれないこともねえな」

 

 その言葉にクルトはアッシュの《ヘクトル》を思い出す。

 基本の部分はそのままに、両肩に武装ラックを増設してクルトにも馴染みがあるブレードライフルとチェーンソーライフルを搭載するようになった。

 武器の持ち替えはもちろん、武装ラックにマウントしたまま銃火器を使える事で《ヘクトル》の足の遅さをカバーする試みは結果的に成功を納め、彼との模擬戦ではクルトは黒星が続いている。

 

「《ベルゼルガー》を使うのにランディ教官の許可は取ったのか?」

 

「は! 何で武器を使うのにオルランドの許可が必要なんだよ?」

 

「それは……」

 

 アッシュの反論にクルトは口ごもる。

 

「別に《ベルゼルガー》も《テスタ・ロッサ》も、元はオルランドが造ったもんってわけでもねえんだぞ……

 それとも何か、俺が双剣を使うのにはお前の許可が必要なのか?」

 

「そんな事は言わないけど……」

 

 ランディの想いを知っているだけに、何も知らずにそれを振り回しているアッシュにクルトは複雑な思いを感じずにはいられない。

 それともアッシュのように開き直れば、自分も強くなれるのではないかと考えてしまう。

 

「アッシュ、僕には何が足らないと思う?」

 

「は? 知るかよ」

 

 意を決したクルトの問いをアッシュは軽く一蹴する。

 

「島が見えて来たぞ!」

 

 クルトががっくりと肩を落としていると甲板に生徒の声が響き、船が一度揺れる。

 

「何だ?」

 

「後ろに牽引していた廃棄船を切り離したみたいだな」

 

 クルトの疑問にアッシュは船尾の方を見ながら答える。

 

「こんな場所で? そもそも廃棄船を何に使うつもりなんだ?」

 

 何も聞かされていないクルト達は首を傾げる事しかできない。

 まだ目的地のブリオニア島までセルジュ単位で離れているだろう海域に廃棄船を放棄した事の意味をクルト達が知るのは島に上陸してからだった。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「何これ?」

 

 ブリオニア島に上陸したユウナ達の目に最初に飛び込んで来たのは異様な光景だった。

 《ドラッケン》の胸に顔を埋めるように砂浜で押し倒しているのはリィンの《ティルフィング》。

 《ドラッケン》の搭乗者がマヤであり、生身なら不埒案件なのだが《ティルフィング》の背中に乗せられた長大な導力ライフルがユウナ達の判断を困らせる。

 

「これは……」

 

「知っているのレオノーラ?」

 

「ああ、って言っても大したことじゃないけどな……

 ああいう長いライフルを使う時は銃先がぶれない様に地面に銃床を付けるもんだけど、それがない時に人間を代用する方法があるって聞いたことがある」

 

「それがあの不埒な体勢ってこと……?」

 

 一応の納得をしながら、ユウナは改めて砂浜を見回す。

 《ティルフィング》に押し倒されながら導力ライフルを構える《ドラッケン》。

 その背後には《ヘクトル》と《ケストレル》が膝を着いて導力エンジンだけが激しく駆動している音が遠く離れているユウナ達にも聞こえて来る。

 

「いったい何の実験をしているのかしら?」

 

 ユウナは銃口の先の海を見れば、途中で切り離した廃棄船が豆粒のような大きさであることに気付く。

 

「えっとスナイパーライフルの有効狙撃距離は……あれ? 機甲兵の場合はどうなるんだっけ?」

 

 座学で習った知識と機甲兵に当てはめる事の差異にユウナが首を傾げていると――それは起きた。

 

「っ――!?」

 

 《ティルフィング》が光り始めると、鋼色の結晶がケーブルで繋がる三機の機甲兵を浸食し始める。

 キラキラとした結晶が増殖するように大きく広がる様は幻想的な一方で、霊感のないユウナ達を震え上がらせる恐怖を感じさせる。

 

「な、何よこれっ!」

 

「わ、分かんねえよ!」

 

「落ち着けお前らっ!」

 

 狼狽える生徒達を宥めるようにランディが叫ぶ。

 

「…………へえ……」

 

 その背後でゼファーは愉し気に口元を緩めた。

 

 

 

 

 

「マヤ、アナライズの状態はどうだ?」

 

「…………ええ、とくに問題はないわ」

 

 リィンの呼び掛けにマヤは拡大された視野を眺めながら答える。

 《零》のアナライズにリミッターを付け、ライフルのスコープに連動させた視界は先程マヤが経験した周囲のあらゆる情報を収得して混乱するという状態を解消してくれている。

 

「凄い《目》ね……数セルジュ先の廃棄船の的もそうだけど、空を飛んでいるミュゼの機体のネジの数も数えられそう」

 

 手を伸ばせば空に浮かぶ空にも手が届きそうだとマヤは感心する。

 

「視覚情報だけに限定しているけど、それに合わせた射撃管制プログラムはないんだけどな」

 

「そこは私が何とかするから、貴方は弾を作るのに集中して」

 

「……了解。シドニー、スターク始めてくれ」

 

「応よ」

 

「分かった。導力エンジン、フル稼働」

 

 《ドラッケン》の背後に膝を着く、二機からそれぞれの導力が《ティルフィング》に送り込まれる。

 外部から供給された導力に各所の増幅器が激しく駆動する。

 ティータとアルティナによって供給された導力はそれぞれ《ニードルショット》と《ファイアボルト》として《ティルフィング》の中に構築されて、その主導権をリィンに移譲される。

 《ティルフィング》の中に、リィンの手の中にある“琥耀”と“紅耀”の力。

 

「…………合一開始」

 

 リィンはその二つを混ぜ合わせるように合わせる。

 

「っ――」

 

 反発する力にリィンは顔をしかめる。

 大地の力は火を押し潰さんとして、火の力は大地すら焼き尽くさんとする。

 火と水、風と地との相反する属性をぶつけ合わせた時の対消滅の反応とは違う、相手の存在を一方的に呑み込み糧にして自分だけが生き残ろうとする闘争じみた反応。

 

「くっ……」

 

 《ティルフィング》の中の導力が膨れ上がり、無数の鋼色の結晶が《ティルフィング》の装甲の内側から突き破り、リィンの体に激痛を走らせる。

 

 ――いたい、くるしい、やめたい――

 

 内臓から結晶に切り裂かれるような激痛に体を焼き尽くそうとする《焔》と、体を石に変えようとする《大地》にリィンは意識を手放したくなる。

 

「――失敗しても……いい……」

 

 リィンは歯を食いしばりながら合一を続ける。

 

「これは……魔女と地精の言う通り、畏ろしい“力”なのかもしれない……」

 

 それでも今は……

 

「何かよく分からないけど、頑張れリィン」

 

「シドニー、出力をもっと一定しろ」

 

 導力を供給役の二人はリィンに声援を送りながら、自分の仕事を全うする。

 

「…………」

 

 狙撃手のマヤは寡黙に、リィンが弾丸を生成する事を信じて集中する。

 

「リィン……」

 

「リィンさん……」

 

 アルティナとティータがリィンの身を案じる声が萎えそうになる気持ちを押し留める。

 

「俺は……前に進むよ」

 

 それは誰に言うでもなく呟く。

 それは魔女と地精が決めた《理》から、畏れを抱きながら一歩前へと踏み出した。

 

「琥紅合一」

 

 二つの導力魔法は互いを喰い合うことなく集束し、一つの《鋼の弾丸》となる。

 

「マヤッ!」

 

 《ティルフィング》と繋がったケーブルからそれはバスターライフルに装填され、マヤは一瞬で数セルジュ離れた廃棄船に照準を合わせ、引き金を引いた。

 砲撃の衝撃に四機の体を包んでいた鋼色の結晶は砕け散り、放たれた魔導の弾丸は一直線にラマールの海を飛び――

 

「着弾…………確認、今! え……!?」

 

 着弾観測をしていたミュゼは次の瞬間、閃光と共に膨れ上がる廃棄船に恐怖を感じ、《ケストレル》を離脱させる。

 次の瞬間、海に太陽が現れた。

 

 

 

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