閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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63話 ラマール州Ⅷ

 

 

 

「ガキ共、とりあえず二日間の特別演習、御苦労だったな」

 

 ブリオニア島から戻った《第Ⅱ》の生徒達を演習場に整列させてゼファーは彼らを労う。

 

「そう警戒すんなって、今日の演習はこれで終わりだ。夜中や早朝の抜き打ちの演習もない」

 

 その言葉に生徒達は安堵する。

 しかし、では何故わざわざ外部からの協力者のゼファーが取り仕切っているのかと疑問に首を傾げる。

 

「はは、この二日間は厳しくしたからな。ここら辺でちょっとした息抜きのゲームをしようと思ってな」

 

 ゼファーの提案に教官たちは苦笑いをする者と、嘆くようにため息を吐く者に分かれる。

 

「ゲームの内容は簡単だ。このジュノー海上要塞の独房からスタートして、警備を掻い潜って橋に辿り着けばそいつの勝ち……

 勝てた奴にはラクウェルで高い飯を奢ってやるってゲームさ」

 

 その言葉に生徒達はざわつく。

 軍が用意してくれる食事がまずいというわけではない。

 しかし、ここは帝国でも珍しい海の幸が豊富なラマール州。

 更に言えば、ラクウェルは帝国の中でも有数な歓楽都市。

 そこの高い食事と言われれば、育ち盛りな子供達は期待をせずにはいられない。

 

「参加は自由だ。かと言って不参加のペナルティも、負けたからって飯抜きになるってペナルティもない……

 せいぜい警備隊の模擬弾を喰らう程度だな」

 

 それぐらい士官学生なんだから我慢できるよな?

 挑発を含めた煽りをゼファーの言葉に生徒達はやる気を見せる。

 

「はっ! 良い面構えだ。当然、俺は警備隊側で参加するからせいぜいうまく出し抜いて見せろよ?

 それじゃあゲームに参加する意思がある奴は一時間後に牢区画に集合だ」

 

 

 

 

 一時解散となり、リィン達は自然とⅦ組で集まり、ゼファーが提案したゲームについて話し合う。

 

「何だか変な事になったな」

 

 今までの特別演習では考えられないゲームにリィンは困惑する。

 

「こう言った催しはミハイル教官は嫌いそうなのだが、どうなんだろう?」

 

「ですが統合軍側にもメリットがある話なのでしょうね……

 習慣化した警備の改め、実戦に限りなく近い条件での訓練を行うというのも限界がありますし」

 

 クルトの呟きにミュゼがゲームを受け入れた教官や要塞責任者の心情を推測する。

 

「要するに俺達は軍人様の当て馬って事か、上等じゃねえか」

 

「随分やる気みたいねアッシュ」

 

 拳を鳴らすアッシュにユウナは彼ならば真っ先に参加を決めるかと納得する。

 

「はっ! 機甲兵演習では散々やられたからな。生身なら……ククク……」

 

「…………そうだな」

 

 悪巧みの笑みを浮かべるアッシュにクルトは何か思う所を感じて頷いた。

 

「アルティナはどうするんだ?」

 

「わたしは別に……ラクウェルでの食事などに興味はありませんから。そう言うリィンはどうするつもりですか?」

 

「俺はこの後シュミット博士とライフルの事で話が――」

 

「ああ、シュバルツァー。お前は強制参加だ」

 

 辞退をするつもりだと言う前に、ゼファーが彼らの会話の中に入って来て告げる。

 

「ゼファーさん。それはいったいどういうことですか?」

 

「うちの娘の提案でな。お前さんの事を紹介して欲しいってお願いされてるんだよ」

 

「娘って……」

 

 ゼファー・イーグレットという名を思い出して、リィンはまず近くにいるミュゼを見るが、当然彼女は首を横に振る。

 

「ダーナさんが場を整えてくれるって言っていたのは、こういうことだったんですね?」

 

「ククク、まあそう言う事だ。タダで会わせてやるのも面白くねえからな。報酬は自分で掴み切ってこそだろ?」

 

 ゼファーの挑発にリィンは肩を竦めはするが、参加する理由ができた。

 

「リィンが参加するなら、私も――」

 

「ゼファー教官! そのダーナさんって娘さんは美人ですか!」

 

 アルティナの言葉を遮って、シドニーが物怖じせずに手を挙げてゼファーに尋ねる。

 

「ああ、お前さん達より……“少し”上のそこのミュゼのお姉ちゃんだぞ」

 

「またか、またリィンにお姉ちゃんが!」

 

「これが格差なのか、弟ブルジョワジーなのか」

 

「でも、ミュゼのお姉ちゃんなんだよな」

 

「………………」

 

 その一言に騒めいていた男子たちの嫉妬の怨嗟がぴたりと止まる。

 

「あらあら、皆さん、それはどういう意味ですか?」

 

 ミュゼは黒い笑みを浮かべて男子たちに凄む。

 しかし、男子は奇妙な一体感で明後日の方を向く。

 

「むー」

 

 男子の態度にミュゼは不満げに頬を膨らませるのだった。

 

 

 

 

「あら? ようやく来たの二人とも」

 

 一時間後、ゲーム開始の五分前に牢区画の扉の前にやってきたリィンとアルティナをユウナ達が出迎える。

 

「ああ、施設の地図の把握をアルティナとしていたから」

 

「ゲーム開始後に警備兵の巡回が始まるので完璧とは言えませんが、要塞の構造把握、逃走経路をいくつか見定めてきました」

 

 淡々としたアルティナの報告にユウナ達は固まった。

 

「え……それってありなの?」

 

「わざわざ一時間も準備時間を取っていたので、問題ないと思いますが?」

 

 アルティナの言葉に、真っ先に集まっていた生徒達は頭を抱える。

 

「まあ、小細工抜きに正面突破をするのだって策の内だから、良いんじゃないか?」

 

「事前調査も含めての実戦を想定した訓練……ゼファーおじ様らしいゲームですね」

 

 リィンとアルティナに続いて、ミュゼも到着する。

 

「後はアッシュ……あとクルトもまだか……?」

 

「クルトさんは意外ですね。ですがアッシュさんなら地図の把握だけではなくトラップを事前に仕掛けておくくらいするのではないでしょうか?」

 

「まさか、いくらアッシュでもそこまでしないわよ……しないわよね?」

 

 アルティナの言葉をユウナは自信なさげに否定する。

 

「フフフ……随分と面白そうな事をしているね」

 

「あれ? リィン、今何か言った?」

 

「いや、俺は何も……」

 

 ふいに聞こえて来た声にユウナはリィンに聞き返す。

 

「牢の奥から聞こえてきました。何だか聞き覚えのあるような声でしたが……」

 

 ミュゼは眉を顰め、牢の奥に目を向ける。

 

「現在、囚人は誰も収監していないとの情報でしたが……」

 

「……気配があるな。これは……一人」

 

「おお! つれない事を言わないでくれたまえ。この艶のある美声を聞いたら誰だかすぐに判るだろうに」

 

「こ、この根拠のない自信……」

 

「そして自分に酔った口調……」

 

 牢の暗闇の奥から聞こえて来る軽薄な言葉にリィン達は顔を見合わせる。

 リィンはまだゲームの開始時間を確認しながらも、“何故”か空いている牢区画の扉をそっと開いて中に入り、ユウナ達もそれに続いた。

 

「…………やっぱり、オリビエ?」

 

「ピンポ~ン♡」

 

 格子の奥で、以前サザーランド州の特別演習で出会った《旅の演奏家》オリビエ・B・アレイスターが我が家のように牢屋で寛いでいた。

 

「ああ、こんなところで再会することができるとは……やはりボクとキミたちは運命で結ばれているらしいね」

 

「あ、貴方は……どうしてこんなところにいるんですか!?」

 

 戯言を聞き流しつつ、リィンは思わぬ再会にオリビエに言葉を返す。

 

「しかも牢屋に閉じ込められているなんて……いったい何をしでかしたわけ?」

 

 遅れて我に返ったユウナがそれに続く。

 

「まーまー、そう一度に質問しないでくれたまえよ……これには海よりも深く山よりも高い事情があるのさ」

 

「あっそ、だったら聞かない。ていうか聞いちゃったらものすごく疲れそうな気がする」

 

 勿体つけるオリビエにユウナはあっさりと踵を返す。

 

「偶然ですねユウナさん……私も同じ予感がします」

 

「そういうわけだから話してくれなくて結構よ。あたしたちの健康と美容のために」

 

 そう言うとユウナとミュゼはさっさと通路の方へと戻って行ってしまった。

 

「ふ、二人とも……」

 

「…………行ってしまいましたね」

 

 深い意味はなく、足を止めてしまったリィンとアルティナは去って行く二人の背中を見送った。

 

「ふっふっふ。どうやらリィン君とアルティナ君は興味津々みたいんだね。それでは教えて進ぜよう。ボクの身に起きた悲劇的な事件をね」

 

「別に興味津々ってわけではないんですが」

 

「言っても無駄なようですね」

 

 そう言ってリィンとアルティナが何かを言い返す前にオリビエは語り始めた。

 

「キミ達とサザーランドで別れた後……

 ボクはクロスベルに行ったりしてね、昨日ラクウェルに辿り着いた」

 

「クロスベルに……」

 

「特別演習の時期に遭遇しなかったのは幸いですね」

 

「ラクウェルに辿り着いたボクは《ノイエ=ブラン》で食事を摂る事にしてね……

 そして存分に舌鼓を打った後、耳に響いてきたのはホールに流れるグランドピアノの音色だった……

 《星の在り処》という帝国の田舎では今も親しまれている定番の曲さ……

 ボクはあまりの懐かしさに、その場でこの美声の歌声を披露したわけさ」

 

「…………何と言うか、オリビエさんらしいですね」

 

「ですが、それがどうしてこんな牢屋に入れられることになるのでしょうか?」

 

「ああ、ここからが聞くも涙、語るも涙の話なのさ」

 

 リィンとアルティナの合いの手に気を良くしたオリビエは饒舌に語り続ける。

 

「《星の在り処》を熱唱したボクはその喉を潤すために近くのボーイが運んでいたワインを頂いてね……

 どうやらそれは貴族様にお出しするためのものだったらしくてね。その貴族様が激しく立腹し始めてねぇ……

 あれよ、あれよという間に貴族様と同伴していた兵士たちに取り押さえられてしまって、ここに入れられてしまったというわけさ」

 

「ワイン……」

 

「リィン?」

 

 オリビエの話を聞いてリィンは顔をしかめる。

 

「そのワインってもしかして《グラン=シャリネ》だったりしますか?」

 

 おそるおそるリィンは尋ねる。

 

「いいや、ノルディア州のユミルという土地で造られた新しいワインらしいね」

 

「……そうですか」

 

 オリビエの言葉にリィンはホッと胸を撫で下ろす。

 

「ユミルでワイン?」

 

 対してアルティナは聞き慣れない情報に首を傾げた。

 

「ユミルはまだいろいろと開墾途中なのはアルティナも知っているだろ?

 その復興の初期段階で土地の一部を遠方の貴族が買い取って、ぶどう園と醸造所を造ったんだ」

 

 リィンはテオから聞いた話をそのまま説明する。

 

「里で造られたワインの利益は全てユミルに還元する……

 その貴族の利益はせいぜいできたワインの優先購入権だけで良いって話だから、完全な道楽貴族だな。名前は……たしかルース・ヘルムート男爵だったかな?」

 

 その彼も土地の買い付けと、事業の計画を最初にテオに説明した以降はユミルに来ていないらしいのでリィンは会った事はない。

 

「ヘルムート男爵……」

 

「アルティナ?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 帝国にヘルムート男爵家など存在しない。その事実をアルティナはここで説明することはしなかった。

 

「全く酷い話だと思わないかい?

 このボクの美声の歌を聞いてワイン一本もおおらかな心で振る舞ってくれないとは、いったいいつから帝国人の心はここまで冷たくなってしまったのだろうか?

 “ラブ&ピース”が足りないと思わないかいリィン君!? アルティナ君」

 

「知りません」

 

「興味ありません」

 

「はあ……いつの時代でも天才は理解されないものだね……

 ガラスのように繊細なボクのピュアハートはブロークンだよ……

 リィン君、どうかボクを慰めてくれたまえ」

 

「謹んでお断りします」

 

 リィンは牢屋の中だと言うのに全くめげないいつもの調子のオリビエに疲れたように肩を竦ませる。

 

「リィン君、アルティナ。いつまでそいつと話してるの? そろそろゲームが始まるわよ」

 

「あ、もう時間か」

 

「無駄な時間を過ごしましたね」

 

 リィンとアルティナは揃ってもう一度ため息を吐く。

 

「それじゃあオリビエさん、とりあえずしっかり罪を償ってください」

 

 それを別れの言葉にしてリィンはオリビエに背中を向けて歩き出し、アルティナがそれに続く。

 

「おや? 待ってくれたまえリィン君……

 いいかい? 話しはここから面白くなるのだよ?

 ここに連れてこられてからも更なる試練がボクを待ち受けて……もしもーし? ちょっと聞いてますかー?」

 

 オリビエが呼び止める声を無視してリィンとアルティナは牢獄の扉をそっと閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 《トールズ第Ⅱ分校》と《ジュノー海上要塞警備隊》のゲームが始まった一方で、ほとんど人のいない食堂のテーブルには《鉄血の子供》の三人が集っていた。

 遠くに騒動の気配を感じつつ、食堂を満たすクレアが造る冷たい空気にレクターは自然と身を正した。

 

「どうやら新しい情報を得たみたいだな」

 

 新型の魔煌機兵のテストで何かと注目されているリィン・シュバルツァーと同行したクレアは要塞に帰って来てからおかしかった事にレクターは当然気付いていた。

 レクターとしては《零のオーブ》の実験で失態を犯しただろうクレアを大いに揶揄うつもりだったのだが、レクターは気持ちを引き締める。

 

「ええ、そうですね……」

 

 レクターの言葉にクレアは厳かに頷く。

 

「差し当って早急に考えなければいけない事が一つ、あります」

 

 クレアはテーブルの上に両肘を着き、手を顔の前で組んで凍てついた本気の目で告げる。

 その氷の顔を始めて正面から対峙したレクターは思わず喉を鳴らす。

 それ程のプレッシャーが今のクレアにはあった。

 

「どうすれば――」

 

「ごくり……」

 

「――リィン君にクレアお姉ちゃんと呼んでもらえるでしょうか?」

 

「…………」

 

 真っ直ぐに鋭い眼光でクレアに睨まれたレクターは、その視線から逃げるように顔を上げて明後日の方向、ミリアムに呼び掛ける。

 

「おいおいクレアが面白い事言い出したぞ。ブリオニア島で何があったんだよミリアム?」

 

 そんなレクターの質問に、ミリアムはテーブルに両肘を着いたクレアの姿勢を真似して厳かに告げる。

 

「どうすればアーちゃんにお姉ちゃんって呼んでもらえるかな?」

 

「お前もか!?」

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「――つまり今のリィンはノイとリン、二人の至宝が造り出した幻影なのか……」

 

 乱心したクレアを問い詰めること一時間。

 情報を整理したレクターはため息を吐く。

 

「あの二人が《リィン》を演じてたんだね。そう言えば内戦の時に見掛けて以来、ずっと見てなかったなぁ」

 

 ミリアムは学生時代に自分と《アガートラム》のように彼の傍にいた人形達の事を言われてようやく思い出す。

 

「あの子たちにとって、私たちはクロスベルに《彼》を送り出した元凶だったわけですから恨まれるのは当然でしょう」

 

「って言われてもな。あの時の記録が妙に曖昧になっていたのは“大樹”のせいだと思っていたが、そういうカラクリだったのか」

 

 レクターは記憶と記録の食い違いの正体に納得してため息を吐く。

 

「で、今更お前は何をしたんだ? ああ、シュバルツァーの話じゃねえぞ」

 

「それは……」

 

 レクターの問いにクレアは口ごもる。

 リィンに問い詰められて、何かをしなければいけないと焦ってみたものの、何をすれば良いのか分からないのが現状だった。

 

「そういうレクターは《黄昏》に向けて何かしないの?」

 

「《黄昏》か……」

 

 度々セドリックやルーファス、そしてオズボーンが漏らしているその言葉をミリアムから言われてレクターは天井を仰ぐ。

 

「俺達に出来る事は……もうないだろ?」

 

「レクターさん?」

 

「俺達は選ばれなかった。見つけられなかった。だからオッサンたちがいる土俵に上がれてすらいない。そうだろ?」

 

 この三人の共通点は《騎神》であり、表面的には友好を取り繕っていながら一線を引いた距離感にレクターは《黄昏》がどういうものか、おおよその見当はつけていた。

 

「ミリアムは《黄昏》が何なのか教えてもらってるんだろ?」

 

「ボク……? うん、一応ね」

 

 聞くなら教えて上げるよ、というミリアムの態度にレクターは首を横に振る。

 

「俺達に起動者たちの戦いに首を突っ込む資格はねえって事だ……

 クレアだって何をしたって《騎神》に太刀打ちできないって分かっているだろ?」

 

「ですが――」

 

「新型の魔煌機兵を使って《騎神》ですらない《ティルフィング》にボコボコにされたんだろ?」

 

「くっ……」

 

 痛い指摘にクレアは口ごもる。

 

「クレア、お前がトールズに通っている時、何度かオッサンに旧校舎について聞かれたんだろ?」

 

「それは……ええ、はい……」

 

「だがヴァリマールをお前を選ばなかった。《騎神》が選んだのは《子供達》の中ではルーファスだけだった」

 

 レクターとしてもオズボーンが実の父の様に人としての一線を超える気配があれば、何をしてでも止めるつもりだった。

 しかしその考えは帝国の内戦で改める事となった。

 狙撃銃で撃たれても蘇った事実。

 内戦でその力を見せつけた《騎神》たち。

 レクターの勘が告げる、おそらく七人目の《起動者》の正体。

 結論は、自分如きの手に負える相手ではないと言う事だった。

 

「ですが、レクターさんは《第Ⅱ》に“鼠”を紛れ込ませていますよね?」

 

「ちっ……」

 

 クレアの指摘にレクターは思わず舌打ちをする。

 

「かーごめ、かーごめ~♪」

 

「うん?」

 

 ミリアムは突然聞こえて来た歌に首を傾げた。

 二人はそれに気付かないまま、声を荒げる。

 

「それはお前には関係ないだろ!」

 

 苛立ちレクターは突き放すようにクレアからの質問に答える事を拒む。

 

「かーごの中の鳥は、いついつ出会う~♪」

 

 青年がリュートを爪弾き歌いながら食堂を横切る。

 

「関係ないとはなんですか! ラクウェル一の悪童をリィン君の傍にいさせるなんて、彼に悪影響が出たらどうするつもりですか!?」

 

「嫌われてるくせに姉気取ってんじゃねえよ! あいつが言うようにお前はクレアおばさんのくせに!」

 

「レクターさん! 貴方は言ってはいけないことを!」

 

「夜明けの番人~鶴と亀が滑った~♪」

 

「はっ! 何が言ってはいけない事だ。だいたい厳密に言えばリィンがノイとリンの子供なら“あいつ”は祖父で……その姉弟なら……

 ああ、めんどくせい! クレアおばあちゃんで良いだろ!?」

 

「っ――レクターさんっ!」

 

「後ろの少年だあれ~♪」

 

 思わず手を振り被ったクレアの視界が唐突に闇に覆われた。

 

「っ――」

 

 気配無く背後を取られたクレアは咄嗟に椅子から飛び跳ねる様に顔を覆う手を振り払い、後ろに立った青年を確認する。

 

「オリビエ・B・アレイスターッ!」

 

「…………やあ、昨日ぶりだねクレア君。今日も相変わらずお美しい」

 

 名を呼ばれたオリビエは前髪を掻き揚げてニヒルに笑う。

 

「牢屋にいるはずの貴方が何故、ここに!?」

 

「ふ……何やら面白いイベントが……もとい姉弟喧嘩の気配を感じてね……

 哀しいよクレア君。あれ程君には“ラブ&ピース”を説いたのに、未だに伝わっていないんだね」

 

「オリビエさん、今なら見なかった事にして上げます。ただちに牢に戻りなさい」

 

「ならば何度でも伝えよう……

 争いは何も生み出さない。ただ不毛な荒野を広げるのみさ……

 そんな君たちに、歌を贈ろう」

 

「黙りなさい」

 

「はい」

 

 クレアは導力銃を抜き、オリビエの顎下に押し当てて引き金に指を掛ける。

 

「アホだ……オレよりもアホがいる……」

 

「ふう、クレア君の突っ込みは日に日に激しくなっていくね」

 

 銃口から解放されたオリビエは何事もなかったようにそのテーブルに着く。

 そのふてぶてしさにレクターは毒気を抜かれたように呆れる。

 

「っていうかサザーランドにいたお前が何でここにいるんだよ?」

 

 《第Ⅱ》の四月の特別演習で会って以来、それとなく彼の動向を気にしていたレクターは意外な再会にため息を吐く。

 

「それで……何故牢に入っているはずの貴方が出歩いているんですか?」

 

「ボクのようないい男は掴みどころがないとよく言うだろ?」

 

「答えになってねえよ」

 

「しかし聞けば、君たちの喧嘩の原因はクレア君の呼び方の問題らしいじゃないか?」

 

「人の話をちゃんと聞けよ!」

 

「誰もそんな事で……いえ、その……」

 

 会話の主導権が取れずレクターは苛立ち、クレアは否定をしようとするが直前の冷静ではなかった自分を思い出して口ごもる。

 そんな反応にオリビエは腕を組み、うんうんと頷いて提案した。

 

「では、ここは間を取ってボクがクレア君を“お姉ちゃん”と呼んで上げようじゃないか」

 

「………………はっ?」

 

 絶対零度の視線を声が食堂の空気を一瞬で凍り付かせた。

 

「遠慮する事はない。ボクの“お姉ちゃん”はとある女性にとって導力車を暴走させる程喜んでくれたものでね。きっとクレア君も気に入ってくれるはずだよ」

 

「何ですか、その馬鹿な女性は?

 貴方のような軽薄な人に“姉”などと呼ばれて、喜ぶような軽い女だと思っているんですか?」

 

「レ、レクター……クレアが怖い……」

 

「し、喋るなミリアム。今俺達は地雷原にいる」

 

 クレアの氷の視線を気にも留めずにマイペースを貫くオリビエに、横にいるミリアムとレクターは揃って震え上がる。

 

「ほう……ではクレア君はボクの“お姉ちゃん”には動じないと言うんだね?」

 

「愚問ですね。貴方の言葉などに私の“氷”が溶かせるとは思いませんが、もし“それ”で私を呼ぶならその緩んだ眉間を撃ち抜かせてもらいますよ」

 

 一度納めた導力銃に手を添えてクレアは殺気立つ。

 流石にそれは見過ごせないと、レクターは勇気を振り絞ってクレアを止めるために声を上げた。

 

「やめておけクレア。ここで流血沙汰は准将に迷惑だ」

 

「っ……そうですね」

 

 レクターの指摘にクレアは導力銃から手を放し、次の瞬間鋭い足蹴りがオリビエの足を横から蹴り抜く。

 

「あいたっ!」

 

「さあ、牢に戻りますよ」

 

 しりもちを着かせたクレアはそのままオリビエの首根っこを掴んで引きづる様に歩き出した。

 

「はあ……やれやれ……」

 

 嵐が過ぎ去ってレクターは疲れたため息を吐いてから、いつのまにか静かになっていたミリアムに気付く。

 

「おい、どうしたミリアム? いつものお前ならなんか喋ってたろ?」

 

「レクターは……レクターとクレアは何であれと話ができるの?」

 

「は……?」

 

 いつも元気な末っ子が顔を蒼白にして本気で怯えた様子にレクターは目を疑う。

 

「お前……」

 

 ミリアムの尋常ではない怯えぶりは、彼女の言葉を信じるならキレたクレアに対してではない。

 

「オリビエに……?」

 

 その反応にレクターは困惑する。

 オリビエの噂は聞いていた。

 第一印象は“何故”か嫌悪を感じたが、表面的には自分やオリヴァルトと同じお調子者。

 少なくてもミリアムがこんなに怯える要素があったとは思えない。

 

「ミリアム……お前はあいつに何を見たんだ?」

 

 抽象的な質問。

 ミリアムも自分の怯えが何なのか分からないまま、思い付いた言葉を口にした。

 

「――怪物――」

 

 

 

 

 

 







補足説明
今回出した「かごめかごめ」の歌は地方によって歌詞が異なるそうです。
今回自分が引用したのはその中で、

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う
夜明けの番人 鶴と亀が滑った 後ろの少年だあれ?

を使わせていただきました。

エレボニアという籠の中、黄昏を超えた夜明けの番人、滑っている鶴と亀、そして後ろの少年と意味深に繋がると思いました。

なのでこの歌詞においては誤字ではありません。
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