閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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64話 ラマール州Ⅸ

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――この手のミッションはわたしの得意分野ですからね……

 

 《クラウ=ソラス》に抱えられながらアルティナは巡回する警備兵の背中をゆっくりと追う。

 光学迷彩と遮音結界。

 更には宙を浮いている事もあり、足音で気取られる心配もない。

 内戦時代にも単独で潜入した事もあり、勝手知ったる要塞ということもありアルティナは余裕を持って外を目指す。

 

 ――とはいえ流石ウォレス准将が率いている部隊ですね……

 

 《クラウ=ソラス》のスニーキング状態も決して万能ではない。

 激しく動けば空気は動き、その流れから不可視の存在に気付く武人が決していないわけではない。

 油断はできないとアルティナは息を潜めて、ゆっくりと慎重に進む。

 

 ――この警備兵の行く先は……演習場でしょう……外に出ればもう成功したのも同然ですね……

 

 アルティナの思惑通り、巡回警備兵は要塞内部の演習場に出る。

 海に面したそこから外に出ればアルティナと《クラウ=ソラス》を止められる者はいない。

 アルティナが警備兵の背中から意識を外に離し――その瞬間、警備兵はその瞬間を待っていたかのように振り返り何も見えないはずの空間に向けて魔導ライフルを向けた。

 

「っ――《クラウ=ソラス》!」

 

 気付かれていた事に驚きながらもアルティナはステルスを解除すると同時に前面にバリアを張る。

 バリアが正面からのゴム弾を弾く一方で、演習場にある複数の出入り口から警備兵達がなだれ込み、アルティナと《クラウ=ソラス》を取り囲む。

 

「《フラガラッハ》」

 

 背後に灰色の戦術殻を呼び出して、バリアの密度を高め、全方位からの一斉掃射にアルティナは耐える。

 足を止めた防御に徹するアルティナ。

 警備兵達がひたすらに弾幕を張り、その一部が意図的に薄くなると二人の警備兵が駆ける。

 二人が警棒のオーブメントを《戦術殻》のバリアに突き刺すと、干渉が起こりアルティナを守っていたバリアが消失する。

 

「くっ――」

 

 ゴム弾の弾幕がアルティナを襲い、《クラウ=ソラス》と《フラガラッハ》はアルティナを守る様にその身を盾にする。

 

「《クラウ=ソラス》《フラガラッハ》! 強行突破を――」

 

 言いかけたアルティナは二つの戦術殻の隙間からそれを見る。

 

「導力砲!?」

 

 ライフルで銃撃を続ける警備兵の背後で二人、大口径の導力砲をアルティナ達に向けていた。

 放たれた砲弾。

 《クラウ=ソラス》と《フラガラッハ》はアルティナから離れて、その砲弾に対して盾となる。

 

「だめっ!」

 

 アルティナの脳裏に二体の戦術殻が破壊される姿が過る。

 もっともそれは杞憂だった。

 

 ――べちゃり――

 

 水をぶちまけた音を響かせて、《クラウ=ソラス》と《フラガラッハ》は流体系魔獣のドローメのような水の塊に全身を包まれて地面に磔にされる。

 

「…………え……?」

 

 呆けている間に、無防備なアルティナに同じ砲弾が命中しアルティナは粘性の高い水に呑み込まれる。

 

「これは……?」

 

 全身に纏わり付くゼリー状の液体の不快感にアルティナは顔を歪めながら、その変化に気付く。

 ゼリーは空気に触れると硬化を始め、ゴムのように固まりアルティナや戦術殻たちの体を固めてしまう。

 

「暴徒鎮圧用のトリモチ弾だ」

 

 アルティナの疑問に、彼女がつけ回していた警備兵の男が答える。

 

「…………何故、わたしの存在に気付けたんですか?」

 

「リベールのツァイス工房で開発された生体感知機のおかげだな。俺達が何度お前達、《兎》に出し抜かれて来たと思ってる?」

 

 その言葉にアルティナはぷいっと目を逸らす。

 

「お前は……」

 

 そんなアルティナの態度に警備兵は呆れる。

 

「この程度の拘束でわたし達を捕まえられたと思ったら、大間違いですよ」

 

 凄むアルティナに警備兵達に緊張が走る。

 しかし、話をしていた男がそれを諫める。

 

「《兎》、これは訓練だ。そうだろ?」

 

「…………そうですね」

 

 その言葉にアルティナは無理をする場面ではないと、素直に判断して敗北を認めた。

 

 アルティナ・オライオン、脱落。

 敗因は戦術殻の性能の過信。

 

 

 

 

 

 

 ユウナ・クロフォードは警備兵の巡回をやり過ごすために入った部屋の片隅で立ち尽くしていた。

 

「…………どうしよう……?」

 

 巡回の警備兵はやり過ごした。今ならば廊下を誰にも見られず進む事ができるだろう。

 しかし、それを実行するよりもユウナを惑わせるモノがあった。

 

「…………ダクトがある……」

 

 中世に造られた要塞だからなのだろうか。

 比較的大きな通風孔のダクト。

 無理をすれば通れるのではないかとユウナは考える。

 

「鍵は……簡単な金具を掛けるだけみたいね」

 

 フックを外せば格子は簡単に開く。

 覗き込んだ孔は漆黒の暗闇。

 だが風の流れは感じるため、外に繋がっているのは明白だった。

 

「…………いやいや、それはないわよ」

 

 しかしダクトである。

 ユウナが憧れる特務支援課の――英雄の武勇伝としてもあるダクトを超えた先の“宝物”と“壁”の向こうの未来。

 何より本能に囁く謎の声がユウナの心を惑わせる。

 

「隠し通路……宝箱……正規ルート……」

 

 迷うユウナ。

 ここを通れば警備兵に気付かれることなく外に出られる可能性は高い。

 同時にこのまま普通に進んだとしても、その手のスキルに乏しいユウナでは見つかってしまう方が可能性の方が高い。

 

「いや、でもダクトよ」

 

 ユウナはうーんと考え込み――

 

「おい、いたか?」

 

「いや、こちらにはいなかった」

 

「っ――」

 

 ユウナが隠れる部屋の前、扉越しに聞こえて来た声にユウナは悲鳴を上げそうになった口を両手で押さえる。

 

 ――しまった、考え過ぎた……

 

「この辺の部屋を調べるか、お前は廊下を見張っていてくれ」

 

「ああ」

 

 二人のうち一人が、ユウナが隠れる隣の部屋に入るのを気配で感じた。

 

「どうしよう……」

 

 廊下には警備兵が見張っている。

 そしてもう一人が周辺の部屋を改めている。

 このままユウナが部屋に隠れていられる猶予は残り僅かだろう。

 

「…………」

 

 ユウナは足元のダクトを見下ろした。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「…………ここにもいないか……」

 

 拳銃を前に構えながら、警備兵はその部屋の中に入り人がいない事を確認する。

 

「この周辺にはいないようだな…………ん?」

 

 警戒を解いた警備兵小さな違和感を覚え、部屋の中を見回し、気付く。

 

「ダクトのロックが外れてる?」

 

 ダクトの格子はしまっているが、枠を固定して開かないようにしている金具が外れていることに気付く。

 警備兵は拳銃を構え直し、ダクトを携帯導力ライトで照らしてみる。

 照らされたダクトの奥には何もない。

 

「……考え過ぎか」

 

 警備兵はそう結論付けると、格子の留め具を掛け直して部屋を出るのだった。

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「うう……くらいよー……せまいよー」

 

 ダクトに入ったユウナは早速後悔した。

 《ARCUS》に搭載されている導力ライトの小さな光を頼りに這い進む。

 ダクトの中は狭く、埃っぽく、虫もいる。

 

「もうやだー。どこでも良いから早く外に出よう」

 

 ユウナは根を上げて、ダクトの中を進む事を諦める。

 距離にして一区画を超える程度の匍匐前進をして、ユウナは辿り着いた別室のダクトの出口に辿り着く。

 

「やっと着いた……ああもう、二度とダクトになんて入らないわよ!」

 

 愚痴をもらしながらユウナは格子を手に取って、そこで固まった。

 

「…………あれ?」

 

 押しても退いてもビクともしない格子扉。

 当然の事だが、ダクトの中から留め具を外せる構造にはなっておらず、ユウナが格子を掴んでいくら揺さぶっても開く気配はない。

 

「…………ど、どうしよう……」

 

 狭いダクトの中とはいえ、《ARCUS》を使えば格子など簡単に吹き飛ばす事はできる。

 しかし狭いからこそ、その余波は術者本人まで及ぶし、偶発的ならともかくこんな理由で施設を破壊したら後のミハイル教官の雷が落ちる事は簡単に想像できてしまう。

 

「他の部屋に行く……それとも戻る……え、戻る? この態勢で?」

 

 細長いダクトの中で方向転換などできるわけもなく、ユウナは今の状況に冷や汗を浮かべる。

 別の部屋も目の前の格子のように鍵が掛かっているかもしれない。

 それを考えると素直に侵入したダクトに戻る方が確実だとユウナは判断する。

 

「くっ……もう二度とダクトになんか入ったりしないわよ!」

 

 乙女的に服が最悪な乱れ方をしている事に羞恥心を感じながらも四苦八苦してユウナは元来たダクトを逆走して、侵入口に辿り着く。

 

「え……うそっ!?」

 

 ガンガンと足で格子を蹴るが、ビクともしない。

 誰かが格子の鍵を閉めたのだと気付くと、ユウナは全身から血の気が引くのを感じた。

 

「ちょ――そんな! 誰か! 助けてっ!」

 

 ユウナ・クロフォード、脱落。

 敗因、ダクトの使用。

 ダクトは本来人が通れるように設計されていません。

 また向こう側が必ずしも施錠されていない保証もなく、一本道である事はまずありません。

 良い子のみんなは決して無暗にダクトに入ってはいけません。

 

 

 

 

 

「ふふ、皆さんは随分と甘いですね」

 

 ミュゼ・イーグレットはそんな事を呟きながら堂々と廊下を歩いていた。

 スタートは他の生徒達と出遅れたものの、順調に要塞を進んでいた。

 

「あ……」

 

 余裕の足取りを止める。

 見れば向こうの曲がり角から警備兵が一人現れた。

 

「お疲れ様です」

 

 ミュゼは動じることなく敬礼をする。

 

「ん……? ああ、御苦労!」

 

 警備兵は少しだけ訝しむが、ミュゼと同じ敬礼を返す。

 脱走犯を見つけた反応ではないのはミュゼが第Ⅱ分校の制服ではなく、昼に貸与された統合軍の制服を身に纏っていたからに他ならない。

 

「突然、このような訓練になって大変ですね」

 

 一般兵を装いミュゼは警備兵を労う。

 

「普段の訓練が慣れでやってしまっていたところもあるからな、たまにはこういう訓練も悪くはないさ」

 

 ミュゼの言葉に警備兵は笑う。

 犯人役も警備役も勝手知ったる要塞の中では意表を突く動きや想定外は必然的に少なくなってしまう。

 そう言う意味では要塞の内部を知らない《第Ⅱ》の生徒達の動きは警備兵にとって予測がつかないものであり、警備兵も訓練に身が入るというものだ。

 

「そういうものですか……ああ、こちらをどうぞ。差し入れです」

 

 と、ミュゼは予め用意していた缶ジュースを警備兵に差し出す。

 

「ああ、ありがとう。後で頂くよ」

 

 警備兵はそれを受け取って、ミュゼと別れる。

 

「ふふん、私もやればできますね」

 

 うまくやり過ごせた事にミュゼは上機嫌になって歩き出す。

 その背を警備兵がじっと見つめ、彼女の姿が通路を曲がって見えなくなったところで通信機を取り出した。

 

「生徒一人を確認、統合軍の制服を着て偽装しているが既定のルール、偽装の質から三回……いや四回は見逃すものとする」

 

 通信機で司令室に情報の共有が行われる。

 ミュゼ・イーグレットの脱落まで猶予は三回。

 

 

 

 

 

 

『くそっ! ここは俺が引きつけるお前達は行けっ!』

 

『そんな行き止まりっ!』

 

『あと少し! あと少し! ここで捕まってたまるかっ!」

 

『ひいっ!』

 

「くくく、中々頑張ってるようだな」

 

 要塞に掛かる橋の上で通信機から聞こえて来る子供たちの阿鼻叫喚な悲鳴をゼファーは愉し気に笑う。

 猟兵時代、様々なルールで行った疑似戦闘を思い出す。

 

「これが士官学生の授業なんだね」

 

 送迎用の大型導力バスの屋根の上に座って見物しているダーナは自分が通わせてもらった聖アストレイア女学院との違いに思いを馳せる。

 決して普通の士官学院が行うカリキュラムではないのだが、ダーナの勘違いを正す者はそこにいない。

 

「ははは、嬢ちゃんも参加したいか?」

 

「そ、そんなことないかな?」

 

 ゼファーの指摘をダーナは笑って誤魔化す。

 

「さて、何人橋まで来れるだろうな?」

 

「リィン君は来れるかな?」

 

「さあな。シュバルツァーがいくら戦闘力があったとしても別だからな」

 

 責任者のバラッド侯爵は別としてウォレス准将によって統率されている統合軍の練度はゼファーの目からしてもかなりのもの。

 仮にゼファーが脱走役だったとしても、絶対に勝てるゲームだと言う程に自惚れるつもりはない。

 

「……ゼファー」

 

「お? どうしたシオン?」

 

「ん」

 

 短くシオンは頭上を指差し、彼は落ちて来た。

 ダンっと橋の石畳に大きな音を響く。

 その音の大きさにかなりの高さから落ちて来たのだと分かるが、少年は痛痒を見せることなく立ち上がる。

 

「へえ……わざと警備の薄い上の階まで登って、そこから落ちて来るとは……随分と大胆な方法で突破して来るじゃねえか」

 

 ゼファーは少年の思惑を言い当てて感心する。

 

「この強化服の性能があってこその無茶です」

 

 誇ることなく少年、クルト・ヴァンダールは制服の下に着ている強化スーツのおかげだと謙遜する。

 

「いやいや、オーブメントの性能があったとしてもあの高さから飛び降りるのには相当な勇気が必要だっただろ?」

 

「それは……」

 

 謙遜をしているのに手放しで褒めるゼファーにクルトは調子を狂わされる。

 

「貴方の事はランディ教官から聞いています」

 

「……ほう?」

 

「二年前の内戦で貴族連合に雇われていた《西風の旅団》の元団長」

 

「そう言うお前は皇族守護役だったらしいな?」

 

 クルトの指摘にゼファーが言い返す。

 

「私怨か?」

 

「……いいえ」

 

 クルトは首を横に振り、導力剣の刃を展開して構える。

 

「最強の猟兵に一手指南を頂きたい」

 

「一手指南も何も、昨日と今日で散々可愛がってやっただろ?」

 

「…………」

 

「それとも機甲兵じゃない生身同士なら、自分は勝てるとでも言いたいのか?」

 

「…………」

 

 ゼファーの問いにクルトは顔をしかめて答えない。

 

「ま、そっちの思惑はどうでもいい。どうせ俺がやる事は変わりないからな」

 

 生徒達の勝利条件は突破だった。

 しかしクルトはゼファーの撃破に勝利条件をすり替えて独りで挑む。

 

「来いよお坊ちゃん」

 

「っ――」

 

 ゼファーが自分を呼ぶ言葉にクルトは顔をしかめる。

 だが反論は剣で語ると言わんばかりにクルトは闘気を高める。

 

「クルト・ヴァンダール――参るっ!」

 

 

 

 

 

「クルト・ヴァンダールが橋に現れただと!?」

 

「くそっ! いったいどうやって!?」

 

「ゼファー殿の援護に向かうか?」

 

 クルトとのゼファーの戦いに気付いた警備兵たちは浮足立つ。

 そんな空気の中、格納庫では影から影へと静かに移動する人影があった。

 

「ククク、最高のタイミングじゃねえか」

 

 アッシュ・カーバイドはほくそ笑み、隠れながらも悠々と目的のモノに辿り着く。

 整列した《機甲兵》。その中から《ヘクトル》を選んで背中によじ登る。

 

「さてさて……」

 

 二年前の内戦を思い出しながら、コックピットのハッチを開いて誰にも気付かれないまま《機甲兵》に乗り込む。

 《デアフリンガー号》を目指して、自分の専用機を使っても良かったのだが、後で難癖をつけられることを考慮してアッシュは要塞の《機甲兵》を利用する方法を選択した。

 

「内戦と同じでザルなセキュリティだな」

 

 アッシュは一年半前の内戦の時、地元の仲間達を率いて《ファフニール》なる組織を結成して貴族連合に対抗した。

 その際、アッシュは貴族連合の《機甲兵》を盗み出す事に成功した。

 その経験を生かし、アッシュは《機甲兵》を奪取して橋の突破を試みる。

 

「とっとと動けよ……」

 

 ハッチを閉じてシステムを立ち上げる。

 導力エンジンが動き出し、《機甲兵》の初期起動から完全に動けるまでおよそ二分。

 そこで警備兵に見つかるかどうかは賭けだった。

 

「誰だ《機甲兵》を動かしているのは!?」

 

 《機甲兵》の外でその起動に気付く声がアッシュの耳に届く。

 

「ちっ、早く動けっ!」

 

 たった二分を長く感じながらアッシュは耐えるように待つ。

 その間にも警備兵達は導力エンジンを始動させている《ヘクトル》を取り囲み、一人がハッチがある背中に取り付こうと《ヘクトル》の装甲を掴み――

 

「来たっ!」

 

 アッシュは歓声を上げて、《ヘクトル》を立ち上がらせる。

 

「怪我をしたくなければ離れてるんだな」

 

 警告を告げて、《ヘクトル》は威嚇するように両手を振り回し発進した。

 

 

 

 

「ほらほらどうした!」

 

「うぐっ――」

 

 上段から振り下ろされたバスターソードの一撃を双剣を交差させて受け止め、クルトはその圧力に膝を着く。

 

「ほらよっ」

 

 バスターソードが頭上から外れたと思うと、剣の横腹にクルトは殴られて橋を転がる。

 

「くそっ!」

 

 転がりならその勢いでクルトは立ち上がりゼファーを睨む。

 

「どうして……」

 

 ゼファーの大剣を睨みクルトは何故と思わずにはいられない。

 《剛剣》を思わせる両手武器。

 聞くところによれば中に銃火器を仕込んであるらしいが、それをゼファーが使う素振りはない。

 それは良い。

 問題はゼファーの大剣捌き、それがクルトを苛立たせる。

 

「導力刃――モード《剛剣》」

 

 二つの柄を直列に接続してクルトは大剣となった導力刃を構える。

 

「へえ……面白い武器を使ってるじゃねえか」

 

「行きます」

 

 クルトは姿勢を低くして駆け出し大剣を叩きつける。

 

「おおっと!」

 

 余裕の表情でゼファーはその一撃を受け止めて、激しい斬り合いが始まる。

 

「――っ! どうして――!」

 

 才能がないと言われたクルトも初伝レベルの《剛剣》の体捌きは習っている。

 更には兄や父の姿を見続けていたから、体捌きへの目は肥えている。

 そのクルトの目から見て、ゼファーの剣をヴァンダールの《理》で読み解くならば、“滅茶苦茶”と評価するしかない。

 踏み込みはデタラメ。

 手先で大剣を振り回して体は随所で泳いで隙を晒しているが、それを狙っても危なげなく受けられる。

 

「もう終わりか?」

 

 剣を交えながらも退屈そうなゼファーの言葉にクルトはムキになる。

 強化スーツの出力を上げ、パワーを上げた一撃がゼファーの大剣を大きく弾く。

 

「おおっ!?」

 

「好機っ――ぶっ――」

 

 チャンスと思って飛び込んだクルトはゼファーの拳を顔面に喰らって仰け反る。

 

「おいおいあからさまなチャンスに無防備に飛び込んじゃあダメだぞ」

 

「くっ……」

 

 顔を拭いながらクルトはゼファーの剣の性質を考える。

 前へ前へと出て来る暴力を下地にした《修羅》の剣ではない、かと言って己の動きの細部まで制御して最適な動きを追究する武術の動きでもない。

 飄々とした芯のない自由な型。

 滅茶苦茶なのに強いと言う矛盾がクルトの心を惑わせる。

 

「ほら、どうした? どうした?」

 

 攻めあぐねるクルトにゼファーは容赦なく剣をぶつける。

 

「なかなか粘るな……ならこれならどうだ?」

 

 次の瞬間、ゼファーが突きを繰り出した。

 

「ぐっ――え……?」

 

 気合いを込めて受け止めた一撃は想像よりもずっと軽く、クルトが困惑していると刀身が開いて銃口が目の前に現れる。

 

「あっ――」

 

 撃たれるそう思った瞬間、強化スーツが自動でクルトの意志を読み取って銃口とクルトの間に障壁を展開する。

 しかし、それは無駄に終わった。

 刀身は開いたと思った瞬間、銃口が火を噴く事無く閉じる。

 

「え――? あ――!?」

 

 想像した銃撃がなく、無意味な刀身の開閉が何だったのか、その答えはすぐに判る。

 閉じた刀身はペンチの様にクルトの導力剣を挟み――

 

「よっと――」

 

 ゼファーは剣を捻ると梃子の原理で剣がクルトの手からもぎ取られた。

 

「これで終わりだな」

 

 切先を突き付けられてゼファーは勝利宣言を行う。

 

「くっ……」

 

 クルトは屈辱に顔を歪め、次の瞬間――

 

「どけどけっ!」

 

 猛スピードで《ヘクトル》が要塞から飛び出して来た。

 

「おおっ!?」

 

 ゼファーはクルトに剣を突き付けたまま《ヘクトル》を振り返り――

 

「――――はあああああっ!」

 

 その一瞬の隙にクルトは拳を握り締め、剣を払って襲い掛かる。

 

「馬鹿が」

 

 ゼファーは押し払われた大剣を手放し、クルトの拳を顔面で受けながら彼の襟首を掴むとその場から大きく跳び退いた。

 直後、そこを《ヘクトル》が駆け抜けた。

 

「…………あ……」

 

 遅れてクルトは自分が危険な事をしていたことに気付く。

 

「これでお前はおしまいだ」

 

「っ――!?」

 

 ごつんと、頭に拳骨を落とされて、クルトは痛みに身悶える。

 

「どうだ! 見たか!?」

 

 一番乗りで橋を抜けてゴールを決めた《ヘクトル》は要塞を振り返って勝ち誇る。

 

「へえ、わざわざ軍の《機甲兵》を盗んでクリアしたか」

 

 感心していると、《ヘクトル》が生み出した混乱に乗じて《第Ⅱ》の生徒達が橋に突入した。

 見晴らしの良い橋の上。

 脇目も振らずに走る者もいれば、導力銃で追撃してくる警備兵を威嚇しながら橋の先を目指す者もいる。

 

「はは、がんばれがんばれ!」

 

 ゼファーは生徒達と警備兵の最後の勝負を高みの見物に徹する。

 走り抜ける者もいれば、背中を撃たれて倒れた者もいる。

 威嚇に徹して追い付かれて制圧された者もいれば、うまく立ち回ってゴールに辿り着いた者もいる。

 程なくしてゴール出来た者と目前で捕縛された者と分かれた結果が出た。

 

「だいたい終わったか?」

 

 事前の報告と合わせて人数を数えてゼファーが呟く。

 

「リィン君がいないかな……あとはティータちゃんと、ユウナちゃんもまだ捕まっていないみたい」

 

 ゼファーの疑問にダーナが答える。

 

「ほう……今の混乱に乗じて来なかったって事か……」

 

 本命が来ていないと言う事にゼファーは獰猛な笑みを浮かべながら落としたバスターソードを拾って――

 

「皆さん! 道を開けてください!」

 

 大きな少女の声が人で溢れた橋に響き渡る。

 何事かと振り返った要塞のゲートの前には三つの人影があった。

 

「方向ヨシ、仰角60度……導力充填率10%…………いっけええっ!」

 

 その先頭にいる少女は赤いヘルメットを被り、導力砲を空に撃った。

 大きく宙に撃ち上げられた導力弾は炸裂して、花火のような火花を散らして日が落ちたばかりの橋を照らす。

 

「これを見てください!」

 

 赤いヘルメットの少女は警備兵達に背後の二人を見えるように場所を開ける。

 そこには腕を組んで不機嫌そうな顔をしているシュミット博士と、そんな彼に黒いヘルメットを被って鞘に納めた太刀を突き付けている少年がいた。

 

「見ての通り、シュミット博士はわたしたちの手の中にあります! 博士を無事に返して欲しければ道を開けてください!」

 

 少女は高らかに叫ぶ。

 橋の上の警備兵と第Ⅱの生徒達は少女の脅迫に沈黙を返した。

 

「わたしは本気ですよ! わたしは凶悪な誘拐犯の特務兵なんですよ!」

 

 少女は悪ぶって導力砲を乱射する。

 芸は細かく、音と光だけが派手の導力弾が橋に着弾する。

 

「ほらほら、リィンさんも何か言ってください」

 

「え……ああ……」

 

 赤いヘルメットの少女に促され、黒いヘルメットの少年はシュミットに鞘を当てたまま告げる。

 

「一身上の都合により、義に背き、道を外れ、勝手を貫かせてもらう!

 シュミット博士の命が惜しければ、退くが良い警備兵よ!」

 

 少年の口上に対しても警備兵も、生徒達も無反応。

 

「早くしないと本当に博士を――」

 

「ティータ、ちょっと落ち着こうティータ」

 

 あまりの無反応に少年は少女を諫める。

 

「ティータじゃないです。今のわたしは残虐非道な特務兵ロラ――」

 

 黒いヘルメットの少年はおもむろに少女の赤いヘルメットを鷲掴みにすると、そのまま上に持ち上げて、取り上げた。

 

「ああっ! 何をするんですかリィンさん、返してください! それがないとわたしはわたしは――」

 

 ぴょんぴょんとティータは跳んで少年から赤いヘルメットを取り返そうとする。

 涙目になったティータに少年はため息を吐き、赤いヘルメットを戻す。

 すると少女は落ち着きを取り戻して警備兵達に向き直る。

 

「もう一度言います。シュミット博士を無事に返して欲しければ道を開けてください!

 もしこの要求を拒絶するなら博士はわたしの部下が斬り捨てちゃいますからね」

 

 悪者ぶった少女の言葉に同級生たちは彼女の新しい一面を見たと感心しながらも、人質作戦はありなのかとゼファーに視線が集中する。

 

「ちょっとタイムだ!」

 

 その視線に答えるためにゼファーは二人の特務兵に向かって声を掛ける。

 

「は、はい!」

 

 行儀の良い少女の返事を聞きながら、ゼファーは司令室に確認を取るため通信を繋げる。

 

『オルランド! 貴様、生徒に何を教えている!』

 

『誤解っすよ。俺は別にあんなやり方教えてないって』

 

『ティータちゃんが不良になっちゃった』

 

『みしし……ど、どうしてこんなにもお腹が……』

 

 阿鼻叫喚な司令室の様子に笑いを零しながらゼファーは最高責任者に尋ねる。

 

「大将、これはどうなんだ?」

 

『問題ない。ゲームは続行だ』

 

 ウォレスはゼファーの問いに即答した。

 

「その心は?」

 

『脱獄犯が施設内の人員を人質に取る可能性は十分にある。それ以上の理由が必要か?』

 

「いいや、その通りだ」

 

『今回の人質は要人としては最高クラスだ。警備兵一同は博士が傷付けられた判定が受けないように細心の注意を払ってもらおう』

 

 さらりとウォレスは警備兵に難易度の上昇を告げ、それを聞いていた彼らは顔を蒼くする。

 

「よーし、じゃあ続行だ!」

 

 ゼファーが改めて宣言すると少女は悪者の仮面を被る。

 

「さあ! 道を開けてください! 今度は本当に当てちゃうんだから! 本当に本気なんだから!」

 

 導力砲をこれ見よがしに振り回す少女に警備兵たちは屈辱に顔を歪めながら、言われた通りに道を開ける。

 

「ふふん! さあ、行きましょう!」

 

 上機嫌で歩き出す少女に、少年とシュミットが続く。

 

「まさかティータにこんな一面があったなんて」

 

「ラッセルの孫だからな……だがまあヘルメットがなければ良心の呵責に耐えられないところはまだまだだな……

 それよりあれがダーナ・イーグレットか」

 

「え、ええ……はい……」

 

 人質役なのに堂々としているのはどうなのだろうか、と考えながらもリィンは警備兵たちの視線に居心地を悪くしながら橋を渡り切るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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