閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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65話 クロウ

 

 

「変わらねえね、ここは……」

 

 《第Ⅱ》の生徒達がそれぞれの演習に勤しむ一方でクロウは単身、導力バイクを走らせてラクウェルに来ていた。

 帝国西部の歓楽都市。

 ジュライを旅立ったクロウにとっては、帝国に入り始めて立ち寄った都市でもある。

 

「……さて、どうすっかな?」

 

 クロウは50ミラを取り出して眺めながら独り言ちる。

 硬貨の面に書かれているのは帝国解放戦線時代に使っていた符丁。

 トリスタのトールズ本校に通っていた時は《オルディーネ》を持っているせいか、気軽に呼び出してくれたせいで単位をいくつか落とした元凶でもある。

 導力バイクを止めて、街に入る。

 クロスベル程ではないが歓楽都市なだけあってラクウェルにも表と裏はある。

 クロウは煌びやかな表通りの店を素通りして、街の奥へ奥へと入って行く。

 

「…………生きていたんだな《M》」

 

「ああ、《C》か……」

 

 路地裏で壁に背を預けて昼間から飲んだくれている男は顔を上げて“赤い目”でクロウを見上げる。

 この男の目はこんなに赤かったかとクロウは首を捻る。

 しかし昨日は目を疑ったが、クロスベルで全滅したと聞かされていた《帝国解放戦線》の仲間の生き残りがいたことをクロウは素直に喜ぶ。

 

「…………ついて来い」

 

 《M》は顔をしかめて立ち上がると酒に酔った足取りで歩き出す。

 

「おい、大丈夫かよ?」

 

 《M》はクロウに気遣いに答えずに進む。

 クロウは肩を竦めて大人しく《M》について行く。

 路地裏を通り、空き家に入る。

 そこはクロウも良く知っている場所だった。

 

「こっちだ……」

 

 《M》は我が家のように奥へと進み、地下への階段を下りる。

 そして重い扉の先に辿り着いたのは、広大な地下空間だった。

 

「変わらねえね、ここは……」

 

 扉を開けた瞬間に怒号と歓声がクロウの耳朶を響かせ、懐かしそうに目を細める。

 広間の中央には金網で円形に囲まれたリング。

 それを見世物に囲むようにテーブル。

 壁際にはバーや賭博の遊技台がある。

 大人の事情で隠され、表通りの煌びやかなカジノでは満足できないギャンブル中毒やバトル中毒者が集まる掃き溜め。

 国が黙認している非合法賭博場。

 身寄りもなければ先立つモノもなかったクロウはここで日銭を稼ぐとともに殺し合いに近い喧嘩に明け暮れ、最後にはヴィータに見初められた始まりの場所でもある。

 

「あの方がお待ちだ」

 

 《M》はその席を示すと指して、手近なテーブルの席に着く。

 指名された席には一人の男がいる。

 《M》の事も気になるが、クロウは促されるままその席に近付いた。

 

「相変わらず、ここは騒々しい場所だな」

 

「あんたは…………誰だ?」

 

 見覚えのない男にクロウは眉を顰める。

 その反応に男は不快そうに顔を歪める様を見れば、クロウの顔見知りなのかもしれないがやはりその顔に見覚えはない。

 

「相変わらず、教養のなっていない野良犬のようだな」

 

「野良犬って……は!?」

 

 その呼び方にクロウには心当たりが一つだけ思い浮かぶ。

 しかしその男と目の前の男が結びつかず、驚きのままクロウはその名を叫ぶ。

 

「あんたクロワール……カイエン公かっ!?」

 

「ふんっ」

 

 クロウの言葉を肯定するように男――クロワールは鼻を鳴らす。

 

「いやいや待て……あんた髭はどうした!?」

 

 着飾った貴族の服ではなく市井に紛れる様な朴訥な服。

 オレンジ色の髪は無造作に後ろに纏め、体つきは内戦の時の記憶から一回り大きくなっているような気がする。

 しかしそれ以上にクロウを驚かせたのはクロワールの顔にあった特徴的な口髭と顎髭が綺麗さっぱり剃り落とされていた。

 

「潜伏のために剃ったに決まっているだろ」

 

 貴族、威厳の象徴を自らの手で落とした屈辱を思い出すようにクロワールは震える。

 

「はっ……はは……そっちの方が男前だぜ」

 

 クロウは意外なクロワールの姿に苦笑しながら周囲を油断なく見回す。

 闘技場では見覚えのある男が見覚えのある拳法で遊んでいる。

 壁際の遊技台ではカードで遊びながらも、自分の動向を注視している《西風》もいれば、ここに案内した《M》も赤い目でクロウを睨んでいる。

 

「敵地なのは分かっていたが、それでもまさかあんたが直接出向いて来るとは思っていなかったぜ」

 

 内戦の頃のクロワールには想像できないのか、それともクロウが彼の事を知らなかっただけなのか、その胆力に感心しながらクロウは彼の対面に用意されていた椅子に座る。

 

「てっきりジュライにこのまま一生隠れているか、とっくに別の国に高飛びしてんじゃねえかと思っていたがどうして帝国に戻って来た?

 俺はあんたを捕まえるように帝国政府から指示されているんだぞ?」

 

「ふん……すっかり鉄血の狗になったか」

 

 脅すクロウにクロワールは怯む様子はない。

 

「貴様が私をこの場で捕まえてあの男に差し出すと言うのなら、私はこれを奴に提供しよう」

 

 そう言ってクロワールがテーブルに出してクロウに見せたのは一枚の契約書だった。

 その一番上には“借用書”と書かれ、名義にはクロウのサインと血判が押されていた。

 

「は……?」

 

「貴族連合が《帝国解放戦線》に出資したミラは別として……

 クロウ・アームブラスト。私はカイエン家当主として、貸し出した《オルディーネ》の滞納したレンタル料を支払ってもらうことを要求する」

 

「…………レンタル料……滞納……? 《オルディーネ》の……?」

 

「忘れたか?

 いくら魔女の推薦があったとしても何処の馬の骨とも分からない野良犬の貴様にカイエン家が隠し管理して来た《オルディーネ》を無条件で貸し出す事はできんと言ったはずだ」

 

「…………言っていたな……」

 

 クロウは書面にある自分のサインから当時の事を思い出しながら目を泳がせる。

 当時の事は正直あまり良く覚えていない。

 偉そうに品定めをするクロワールへの反発や、ヴィータに見初められた優越感、更にはこの闘技場で負けなしになって増長していたこともあり、《オルディーネ》を貸し出す交換条件にオズボーンを必ず抹殺しろと約束を交わした事は思い出し。

 その時、ヴィータが用意した契約書にサインをしたのだが、クロウはオズボーンを抹殺できれば全て精算できる条件だけ聞いて、その契約内容をちゃんと読んだ覚えはない。

 

「しかし貴様はオズボーンの抹殺に失敗して、その契約を不履行にしたまま《オルディーネ》をおよそ五年、乗り回し続けていた事になる」

 

「お、おう……」

 

 最初の強気は何処に行ったのか、気付けばクロウはクロワールの自信に満ちた言葉に気押されて頷いていた。

 

「分かり易く一年に一億として、五億ミラ。賠償金として私は君に請求しよう」

 

「ご、五億ミラだと!?」

 

 法外な金額にクロウはテーブルを叩いて叫ぶ。

 

「帝国に七機しかない“大いなる騎士”の一つを貸し出されていたと思えば安い値段であろう?

 貴様は内戦の頃、正規軍を蹴散らし、貴族連合からは持て囃され、随分と楽し気だった姿を私は覚えているが?」

 

「ぐっ……」

 

 痛い所を突かれてクロウは唸る。

 

「だが、私も理不尽を押し付けるつもりはない」

 

「何……?」

 

「謀られたとはいえ、貴様が鉄血に狙撃を成功させた事は確かな成果だ……

 故に五億のミラの支払いの対価については別の形で清算するというのはどうかね?」

 

「……いや、もう一つ方法があるぜ」

 

 そう言うとクロウは奪うように素早くテーブルの上の契約書を取る。

 

「こんな契約書、こうして――」

 

「馬鹿者っ! やめんか! それは魔女が書いた契約書なのだぞ!」

 

 書状を両手を掴んだクロウをクロワールはそれまで余裕を捨てて叫ぶ。

 

「っ――ヴィータの……」

 

「そうだあの魔女だ! 私たちの知らない方法でその契約書に細工をされている可能性があるのだぞ!」

 

「そんなまさか……いや、ヴィータならありえる……」

 

 クロワールの物言いにクロウは破ろうとした契約書をおそるおそるテーブルに戻す。

 

「別の形で清算ってなんだ?」

 

「貴様が今学年を下げてまで通っている――」

 

「俺の意志じゃねえ!」

 

「――トールズ第二分校の“リィン・シュバルツァー”を五億ミラの代わりに引き渡してもらう、というもので手を打とうではないか」

 

「…………は、正気か?」

 

 クロウは目の前の男の正気を疑う。

 

「あんたがしようとしている事は“人身売買”だぞ?

 犯罪としておよそ最悪の部類の……帝国法だけに留まらない国際法で重罪と取り決められている犯罪だぞ!?

 いくら遊撃士協会が帝国では活動が自粛させられているからっても総力を挙げて叩き潰しに来るような案件だぜ?」

 

「それはどうかな?」

 

 クロウの指摘をクロワールは余裕の言葉を返す。

 

「あの少年は果たして本当に“人”なのか?」

 

「…………それはどういう意味だ? あんたはあいつの何を知っていやがる?」

 

「ふっ……テロリストとなっておよそほとんどの犯罪に手を染めて君が今更何を気にすると言うのだね?」

 

「っ――」

 

「テロリストとして友を裏切り、貴族連合を裏切り、そして故郷のジュライさえも裏切った君が、今更新たな裏切りを行うのに何を躊躇う?

 “リィン・シュバルツァー”さえ引き渡してくれるなら、国外逃亡の手引きもしてやっても良いのだぞ?」

 

「ふざけろ……いくら俺が最低のクズだったとしても、超えちゃいけない一線くらいは弁えてるぜ」

 

「ふむ……ではもう一つの案だが」

 

「…………は?」

 

 あっさりと人身売買の案を引っ込めたクロワールにクロウは拍子抜けする。

 その呆けたクロウにクロワールは人を喰ったような笑みを浮かべて、告げた。

 

「《蒼の騎神》オルディーネとの契約を破棄して、返して欲しい」

 

「………………は?」

 

 クロワールの要求にクロウは耳を疑う。

 

「オルディーネとの契約を破棄しろ……だと……そ、そんなこと……できるのか?」

 

 エマにそれとなく確認したが、キーアのような特殊な例でない限り無理だと言われた《起動者》をやめろという提案にクロウの心が動く。

 

「魔女の技術では無理だろう。しかし、私の協力者は可能だと言った」

 

 クロワールは首だけ振り返って、壁際のバーカウンターからこちらを伺っている男に視線を向ける。

 

「アルベリヒ・ルーグマン……

 彼にはジュライ脱出からいろいろ助けてもらった私の盟友だ」

 

「アルベリヒ……」

 

 誇らしげに紹介するクロワールにクロウは違和感を覚える。

 クロウにとっても“初めて”見る男のはずなのに、どこかで会った事があるような気がしてならない。

 

「悪い取引ではなかろう?」

 

 クロウの戸惑いを他所にクロワールは話を続ける。

 

「ギリアス・オズボーンへの復讐を諦めた君に《騎神》は不要……

 ならばあるべき持ち主の下に返す事が筋のはず」

 

「代わりにあんたが《オルディーネ》に乗るって言うのか?」

 

「それは君が気にする事ではない」

 

 クロウの質問にクロワールはそれ以上の説明を拒む。

 だがクロウはそれを追究するよりも、《オルディーネ》の起動者をやめられるという事実に呆然とする。

 

「やめられる……本当に……?」

 

 《黄昏》と《相克》。

 《七の騎神》とその起動者に強制された運命はその日が来るまでクロウを生かし続ける“呪い”になっていた。

 一年半前の内戦が終わってどれだけ死にたいと思ったか。

 どれだけ自殺を試みたか。

 《第Ⅱ》で一年生をやり直す事になってからの多忙な日々と、少しだけ弟分――スタークの仲が改善した事もあり、忘れていた陰鬱な感情を思い出す。

 

「ふふ……」

 

 その反応にクロワールは微笑みを浮かべる。

 

「急な話である事は分かっている……少し考えてみるといい」

 

「っ……」

 

 猶予を与えられてクロウは我に返る。

 

「とは言え、私たちも明日は忙しいがね」

 

「忙しいだと……?」

 

 クロワールのその一言にクロウはここに来た要件を思い出す。

 

「君とは共にオズボーンに立ち向かった仲として教えよう」

 

 わざとらしく、白々しい言葉だが今のクロウにそれに気付く余裕はない。

 

「私たちは明日、オルディスで行われる領邦会議を襲撃する」

 

 

 

 

 

 

 

 クロワールとの会合が終わると、クロウは引き留めることすらせずに解放された。

 前を歩く見送りの《M》の後を夢心地のような足取りで歩き、クロウは地上へと出る。

 

「もう夕方か……」

 

 すっかり話し込んでしまったとクロウは時間を確認する。

 

「…………」

 

「えっと……」

 

 そして改めて沈黙を保つ《M》に向き直る。

 《M》は幹部でもない戦闘員の一人であり、元はヴァルカンの猟兵団の数少ない生き残りの一人でもある。

 スカーレットとギデオン以外の生存者がいてくれたことは素直に嬉しい。

 しかし《M》からずっと向けられている感情は決して友好的なものではなかった。

 

「なあ……《C》」

 

 《M》はゆっくりと振り返り赤い目を濁らせて尋ねる。

 

「お前……何で生きてる?」

 

「な、何でって……それは……」

 

 悪運のせい、起動者だから、オズボーンにとって利用価値があったから。

 思い浮かぶ答えのどれが正しいかと悩んでいるクロウに、《M》はその胸倉を掴んで壁に押し付ける。

 

「ぐっ――」

 

「みんな死んだんだぞ……」

 

「っ――」

 

 血走った目をまじかに囁かれ、クロウは震える。

 

「クロスベルで、ガレリア要塞で、そしてザクソン鉄鉱山でも俺達の仲間はみんな死んだんだぞ」

 

「え……《M》……」

 

 激昂せずに淡々と《M》はその事実をクロウに告げる。

 

「お前達が立てた作戦で、オズボーンへ辿り着くための捨石の礎になって、みんな死を恐れずに戦ったのに……

 団長も最後まで戦って散ったって言うのに、どうしてお前達《幹部》だけが生き残っている?」

 

「それは……くっ……」

 

 《M》の目を正面から見る事ができずにクロウは顔を俯かせる。

 

「生きているならどうしてオズボーンを殺しに行かない?」

 

「…………」

 

「お前には義務があるはずだ」

 

「…………義務……だと……?」

 

 心当たりがないクロウは《M》の言葉を繰り返す。

 

「そうだ……お前が《騎神》を――《巨いなる騎士》の力を見せたから俺達は立ち上がる事を決意した……

 お前が《騎神》なんてモノを見せびらかさなければ、みんな燻ぶったままでいられたのに」

 

 ――お前が殺した――

 

 真っ赤な目がクロウに雄弁にそれを突き付ける。

 

「俺達を裏切って得た地位はそんなに嬉しいのか?

 俺達を売ってやり直す青春はそんなに楽しいのか?」

 

「ち、違う……俺は……俺は……」

 

 ひどく一方的な主張にも関わらず、クロウは何も言い返せない。

 

「なあ……答えろよ、帝国解放戦線リーダー《C》」

 

「…………」

 

 何も言い返さないクロウに《M》は胸倉を掴んでいた手を放す。

 

「お前はクズだ」

 

 そう言い残して《M》は賭博場への道へと戻っていく。

 一人残されたクロウは、そのままへたり込み、頭を抱えた。

 

「ああ……そうだ……分かってる……分かってた……俺はクズだ……」

 

 《起動者》をやめられるかもしれないという希望は吹き飛び、クロウは突き付けられた罪を再認識させられる。

 

「………………これが罰か……」

 

 クロウは自嘲する。

 償えていたと思っていた。

 帝国政府の狗として働くことで、オズボーンの手足となって働く事でその屈辱は禊だと言い聞かせてきた。

 だが、クロウの罪はそれだけではなかった。

 仲間を生贄にした罪。

 仲間の願いを踏みにじった罪。

 その全てがクロウに戻って来た。

 

「祖父さん…………俺は……俺は…………」

 

 夕暮れのラクウェルでクロウは昔のように一人、途方に暮れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 原作だとこの《M》はシャーリィに捕まり、生かされた帝国解放戦線の生き残りになります。
 そんな彼と閃Ⅳのクロウの絆イベントで出て来た、おそらく元アマルガムをしていた猟兵の要素を混ぜて解放戦線メンバーにして登場させました。

 この時空の話だとクロスベルを襲撃したメンバーは屋上に残った《G》以外は赤い星座に処刑されましたが、比較的損傷がマシだった彼はある薬物を投与されて蘇生に成功したことにします。

 彼のコードネームはモブの《M》です。



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