――カチリ――
と何かがハマった。そんな手応えを目覚めたリィンは感じた。
「俺はたしか……機神の教練を受けていて……」
目覚めたリィンは体を起こして、そこが自室のベッドの上だと理解する。
窓の外は既に暗く、夜の帳が降りていた。
昼前の教練からずっと意識を失っていたとのかと理解するが、それよりもリィンは今の自分を顧みる。
「ああ……そうだ……俺は……」
目覚めたリィンはようやく自分がどう言った存在なのか理解する。
「アリサ……アリサさんには感謝しないといけないのか?」
言葉にしてリィンは目を伏せ唸る。
思い出す《翠》の戦い方には教練を超えた私怨があったように感じて素直に感謝する気にはなれなかった。
何より――
「――足りない」
額を手で押さえながらリィンは足りてないと自覚する。
「…………いかなくちゃ……」
ふらりとベッドから降りて、素足のままリィンは歩き出す。
「行かなくちゃ……」
目指すのは《白の機神》。
まだ完全とは言えない。もっと《白の機神》の中にある“力”と同調しなければいけない。
そうしなければ――
「俺はリィン・シュバルツァーだから……」
リィンはそう自分に言い聞かせて扉を開き――消灯した廊下に静かに佇んでいたみっしぃの闇夜に輝くつぶらな瞳と目が合った。
「う――」
リィンが驚き思わず声を上げようとした瞬間、みっしぃは音もなく間合いを詰めて大きな肉球でリィンの顔を覆い尽くしてその声を塞ぎ、そのままリィンを自室に押し返すのだった。
「もがもが――」
「ダメだよリィン君、もう消灯時間は過ぎているから静かにね~」
「もがっ」
みっしぃの注意にリィンは我に返って頷く。
それを確認してみっしぃはリィンから肉球を離した。
「目が覚めたみたいで良かったヨ……少し前まではアルティナちゃんもいたんだけどね~」
「アルティナが……」
みっしぃの言葉にリィンは顔を曇らせる。
「んん? どうかしたの~リィン君?」
「いえ、何でもありません。それよりも教官、《ティルフィングS》は今、格納庫ですね?」
「リィン君?」
急いた様子のリィンにみっしぃは首を傾げる。
「退いてください。俺は《ティルフィング》に乗らないと……乗れば……」
手を伸ばせば何かが掴める。
そんな予感に突き動かされてリィンはみっしぃを押し退ける。
「ダメだよリィン君。今の君を《ティルフィング》に乗せるわけにはいかない」
「今更何を言っているんですか? こうなる事を貴方達は望んでいたはずだ」
部屋から出て行こうとするリィンをみっしぃは押し留めて、二人は拮抗する。
「それにどうせシュミット博士だって俺が目を覚ましたらすぐに来いって言っているんでしょう?」
「さ、流石に博士もそこまで人でなしじゃないよ……?」
リィンの物言いに自信なさげにみっしぃは言い返す。
「良いから邪魔をするな……邪魔ヲスルナラ例エ教官デモ……」
リィンの気配が揺らぐ。
閉め切った部屋に風もないのにリィンの髪は揺れ、瞳が妖しく光る。
「っ――リィン・シュバルツァー君。ボクの指示に従えないと言うのならボクにも考えがあるよ☆」
剣吞なリィンに対してみっしぃは何処までも緩い調子のまま言い返す。
「そうですか……なら――」
実力行使も辞さないとリィンは拳を握り締めて――
「エリゼお姉ちゃんに言いつけるよ」
「…………」
拳を振り上げたリィンはその一言で固まった。
「それにアルティナちゃんもすっごく心配していたんだよ」
「むぅ……」
みっしぃの畳み掛ける言葉にリィンは苦悩しながらも拳を下ろした。
「うんうん、良い子だねリィン君は~」
「やめてください」
頭に手を伸ばして来るみっしぃの手から逃れてリィンはため息を吐く。
纏っていた気配は霧散する。
何かを得られる手応えを見逃すことは惜しいと感じても、義姉やアルティナを怒らせたり悲しませて突き進むほどの覚悟をリィンは固めることはできなかった。
「そう落ち込まないでヨ、別に《ティルフィングS》に乗っちゃダメとは言わないからさ」
「それでも……今乗れないと意味はなかったんです」
そう言いながらも、実際に乗ってどれだけのものを掴めたかはリィンには分からない。
「リィン君……君が強くなりたいことについては分校長から聞いているよ~」
「……それが何か?」
別に隠し立てしているわけでもないが、気の抜けた声で話しかけてくるみっしぃにいい加減リィンは苛立ちを感じ始める。
「もしもリィン君が良ければ、分校長との特訓をボクも手伝って上げるよ」
「…………いえ、正直みっしぃ教官から学べることはないと思うので気持ちだけ受け取っておきます」
「そう言わないで……実はこれはみんなには秘密なんだけど……」
みっしぃは内緒話をするようにリィンに顔を寄せて続ける。
「ボクもリィン君と同じ《八葉一刀流》の剣士なんだよ☆」
「………………は?」
みっしぃの告白にリィンは目を点にした。
それ程までにみっしぃの告げた言葉は非現実的で受け入れがたいものだった。
「い、いきなり何を……? みっしぃが《八葉一刀流》?
確かに姉弟子は兄弟子たちは喰えない人達ばかりだって言ってましたけど」
「その物言いはもしかしてシズナちゃんの事かな?」
「シズナ――ちゃん!?」
具体的な姉弟子の名前まで出され、更には彼女をちゃん付けするみっしぃにリィンは慄く。
「まさか本当に……?」
「もしかしたらボクは破門されてるかもしれないけどね~」
みっしぃは遠くを見て黄昏る。
しかし、すぐに気を取り直したのかリィンに明るい声で向き直る。
「とにかく強くなるためとは言えリィン君が無理をするのは良くないヨ☆
どんな時でもエンジョイみっしぃの心を忘れちゃいけないんだよ~」
「みっしぃ……」
「さあリィン君。ボクと一緒に――」
「みんなに迷惑だから静かにしてください」
「………………は~い」
ドライなリィンの言葉にみっしぃはしょんぼりと肩を竦めて項垂れた。
*
4月18日。早朝――
「おはよう、リィン・シュバルツァー君」
校門の前にその女性、アリサ・ラインフォルトは待ち構えていた。
「お、おはようございます……」
緊張に体を強張らせながらリィンは挨拶を返して尋ねる。
「まだいらしていたんですね。お忙しいと聞いていたからてっきり昨日の内にルーレ市に帰っていると思ったんですが」
「ちょっとね……これからすぐに出発するけど貴方と話しておきたいことが――」
アリサはリィンに近付こうと一歩、足を踏み出す。
「…………ん」
そんなアリサとリィンの間にアルティナがそれ以上近付くなと言わんばかりに割って入って《クラウ=ソラス》を背にアリサを威嚇する。
「あ、アルティナ? それは流石に失礼じゃないか?」
「ですが……」
「別に良いわよ」
自分をリィンに近付けまいとするアルティナとそれを宥めるリィンの姿にアリサは懐かしいものを感じながら、その場から話を続ける。
「それで……えっと……」
改めてリィンを前にしてアリサは口ごもる。
「お嬢様、そろそろ列車の時間です」
背後に控えていた秘書の男がそんなアリサを急かすように促す。
「っ……ええ、分かっているわ」
その一言でアリサは意識を切り替える。
背筋を伸ばし、余裕のある笑みを作り、それでいて舐められない様に母をイメージした鋭い態度でリィンと相対する。
「っ――」
「リィン・シュバルツァー……君……
何かあったらこれに連絡しなさい。いつでも助けになるわ」
「は……はぁ……」
強引に押し付けるように差し出された名刺にリィンは手を伸ばし――アリサに近づくよりも先に《クラウ=ソラス》がそれを受け取った。
《クラウ=ソラス》はそのまま右から左にその名刺をリィンに渡す。
「…………まあ良いわ」
いろいろ言いたいことをぐっと呑み込みアリサは告げる。
「それじゃあこれで失礼するわ」
そう言ってアリサは秘書を引き連れて颯爽と去って行った。
「…………何だか凄い人だったな」
その背中を見送りながらリィンは呟く。
「……それは……」
「うん?」
神妙な顔をするアルティナにリィンは首を傾げる。
「それを使ってあの人に頼るんですか、リィンさんは?」
「…………さあ、どうだろうな」
リィンは目を伏せて貰った名刺をしまう。
「それより早く教室に行こう。俺が気絶した後、何か重大な発表があったんだろう?」
「それは……はい……今週の金曜の夜から……」
アルティナの話を聞きながら、リィンの意識はもうアリサから離れていた。
そして再び《ティルフィングS》に乗るも、リィンが求める何かを掴むことはできなかった。