閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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70話 ラマール戦線Ⅲ

 

 

 

「はは、最高じゃねえか」

 

 アスモダインに薙ぎ払われた統合軍を見て猟兵は愉悦に笑う。

 

「おい、油断するなよ。導力停止現象が駆動しているからって気を抜き過ぎだ」

 

「分かってるよ」

 

 仲間にそう返し、城壁の外縁の巡回をしながら猟兵は気分が高揚せずにはいられなかった。

 この導力文明において、その源である導力を停止させる現象の強さはかつてのリベールで証明されている。

 精強で知られている王国軍を、こちらが一方的に導力兵器を使って蹂躙する。

 

「猟兵冥利に尽きるって奴だな」

 

 この後に控える帝国の本隊との戦いに思いを馳せれば、やはり楽しさを感じずにはいられない。

 最新の機甲兵も、無数の銃火器もアスモダインの導力停止結界の中では、むしろ強化する贄でしかない。

 更に言えば自分達に支給されている銃火器は戦術オーブメントを含めて対導力停止現象の処理が行われている。

 例えどれだけの大部隊が来たとしても、自分達が圧倒的な優位な立場にいる。

 

「だから油断するなって。リベールの時を忘れたのか?」

 

「それは……」

 

 仲間の指摘に猟兵はヘルメットの奥で顔をしかめる。

 

「お前だって覚えているだろ? リベールの時の白い悪魔を」

 

「ぐっ……思い出させるなよ」

 

 仲間の指摘に猟兵は思わず腹を擦る。

 その存在は覚えてはいない。しかし覚えてはいるという奇妙な記憶を反芻する。

 リベールの導力停止現象においての遊撃士狩りを始め、好き放題に略奪ができるという謳い文句で参加した王都グランセルの攻略戦。

 しかし、百人は集まっていただろう猟兵達は王都に踏み入れる事無く、“何か”に撃退された。

 《白い悪魔》《白髪鬼》《超帝国人》。

 それの渾名は思い出せるのだが、“何か”の姿も顔も思い出せない。

 ただその時の感じた恐怖だけが克明に思い出せるだけに、不気味な存在として猟兵達の間で語り継がれている。

 

「ふっ……あの時の俺とはもう違う。今なら例え相手が《白い悪魔》だろうと《赤い死神》だろうと返り討ちにしてやるぜ」

 

 猟兵は意気揚々に告げる。

 そんな彼の姿を仲間達は咎める事はしない。

 彼らは出身の猟兵団は違えども、同じ苦汁を飲み、内戦からの猟兵団の摘発に手と手を取り合って今日まで共に戦い抜いて来た戦友なのだから。

 

「ま、確かに同感だな。今の俺達なら《白い悪魔》なんて――」

 

 その時、和やかに会話を楽しむ猟兵達の中心に“それ”は音もなく着地した。

 あまりにも静かな着地に猟兵の反応は遅れる。

 

「あっ――」

 

 “それ”は顔を上げ、猟兵はその顔を正面から見て絶句する。

 その顔に見覚えはない。

 しかし魂が理解する。故にその衝動をそのまま口にして叫ぶ。

 

「うわあああああああっ! 超帝国人だあああああっ!!」

 

 錯乱しながらも猟兵は素早く導力ライフルを構えて――

 

「破甲拳っ!」

 

 その拳の一撃は腹に突き刺さり、猟兵は白目を剥いて倒れた。

 

 

 

 

 

「何で……?」

 

 自分を見た瞬間に超帝国人と叫んで錯乱した猟兵達にリィンは首を傾げ、考えても仕方がないとリィンは首を振る。

 

「制圧完了しました」

 

 先に決めたノルマの二人を素早く制圧したリィンが振り返る。

 

「おう、ご苦労さん」

 

 そこには既に四人の猟兵を制圧して縄で拘束していたゼファーが労いの言葉を返した。

 

「…………」

 

「ん? 何だ? もしかして張り合うつもりだったか?」

 

「……そんなつもりはありません」

 

 リィンは揶揄うように笑いかけてくるゼファーに無愛想な返事をしながら周囲を警戒する。

 

「どうやら本当に気付かれていないようですね」

 

「当然」

 

 リィンの呟きに紫の戦術殻に抱えられたシオンが応える。

 

「周辺には《ミストルテイン》が遮音結界を張っています……

 結界内ならば例え導力爆弾が炸裂しても外に音は漏らしません」

 

「へえ、《クラウ=ソラス》にはない機能だよな?」

 

「《ミストルテイン》は旧型の《クラウ=ソラス》とは違いますから」

 

「むっ」

 

 シオンの物言いにアルティナは顔をしかめる。

 

「聞き捨てなりませんね。《クラウ=ソラス》があなたの戦術殻に劣っていると?」

 

「旧型よりも新型の方が優れているのは当然ではありませんか?」

 

「いいえ、姉より優れた妹などいません」

 

 淡々と事実を告げるシオンに対してアルティナは珍しく意地を張るように主張する。

 

「ですが貴女が旧型の汎用機なのは事実。わたしはゼファー専用に調整された専用機の《Oz》なのです」

 

「せ、専用機っ!?」

 

 シオンの言葉にアルティナは衝撃を受ける。

 

「えっと……」

 

「とりあえず早く彼らの装備を借りようか?」

 

 二人の少女のやり取りにリィンが戸惑っているとダーナが促す。

 

「そうですね」

 

 リィンは頷き、猟兵達からヘルメットとアーマーを剥ぎ取り、大型の導力ライフルを手に取って振り返った。

 

「えっと……クレアさん、使いますか?」

 

「いえ……その規格の導力ライフルは私の手には余りますから……」

 

「なら、こっちの大剣は?」

 

「残念ですが、大剣の心得がありません」

 

「そ、そうですか……」

 

 焦点の合わない死んだ目でクレアは乾いた返事をする。

 

「噂の《氷の乙女》も導力がなければ無能で役立たずか」

 

「うぐっ!」

 

 ゼファーの言葉にクレアは胸を押さえて蹲る。

 

「ゼファーさん、いくら本当の事だからって」

 

「本当の事……」

 

 リィンのフォローにクレアは膝を着いて項垂れた。

 

「せ、せめて軍刀があれば……軍刀ならオズボーン閣下の手解きを受けていますから扱えます」

 

「そう言われても……」

 

 リィンは改めて猟兵達の装備を見回す。

 しかし、猟兵達の持ち物にクレアが使えそうな武器はない。

 

「…………クレアさん、やっぱり今からでも戻った方が良いんじゃないですか?」

 

「っ……」

 

 リィンの気遣いにクレアは怯む。

 導力停止現象下ではクレアの導力銃もミラーデバイス、《ARCUS》も機能しない。

 一応護身用のスタンロッドは持っているが、導力停止現象の中ではただの警棒でしかなく戦力は著しく落ちている事は認めざる得ない。

 

「このゴスペル、クレア少佐が使いますか?」

 

「いえ、それはアルティナちゃんが使ってください」

 

 気遣って自分よりも導力に依存しているアルティナの提案にいたたまれなくなる。

 

「ゴスペルはないのに《ミストルテイン》は動けるんだな」

 

「最新型ですから」

 

「むむむ……」

 

 リィン達の会話にクレアは疎外感と申し訳なさを感じずにはいられない。

 偉そうな事を言って同行したはずなのに、今のメンバーの中で一番戦闘力が低い、足手纏いだという事実にクレアは本当にこのまま同行して良いのか悩む。

 

「ほれ、いつまでもお喋りしてる暇はないぞ」

 

「あ……」

 

 ゼファーが投げた猟兵のヘルメットをクレアは反射で受け取る。

 見ればリィン達も拘束した猟兵達から剥ぎ取ったアーマーを着込んで、変装をしている。

 

「どうしますか?」

 

「…………行きます。行かせてください」

 

 クレアは不安を押し隠して変装をするのだった。

 

 

 

 

 

 アスモダインの砲撃によって海上要塞の近くにデアフリンガー号を中心に設置された陣には混乱が生じていた。

 

「何だ今の砲撃は!?」

 

「ウォレス准将は無事なのか!? 通信兵は何をしている!?」

 

「分かりません。現在オルディスを中心に未知の通信妨害が起きています! ウォレス准将たちの部隊との交信は現在不可能です」

 

 様々な報告が陣内で飛び交う。

 ウォレスから残った部隊の指揮を任された将校はあまりにもあっさりと先駆けの部隊が撃退されたことに今後の方針に悩む。

 

『大変な事になっているみたいですね』

 

「ええ……」

 

 通信で陣の状況を見ていたセドリックの呟きにミハイルは頷く。

 

「ウォレス准将の先駆けで判明した事は敵の《魔煌機兵》には戦車の射程を上回る導力砲があるというだけ……

 皇子、《紅き翼》でのオルディスへの接近は十分にご注意ください」

 

『そのようですね……ところでミハイル教官、リィンさん……いえ《第Ⅱ》は今後どうする御予定ですか?』

 

「それは……」

 

 セドリックの質問にミハイルは答えあぐねる。

 《第Ⅱ》は捨石であることは今更な話だが、かと言って死地に何の対策に生徒達を投げ込むような事は容認できない。

 

『あ、あの……ミハイル教官』

 

「タチアナか? どうした?」

 

『今……リィン君が目の前から消えてしまって、その報告を』

 

「何っ!? くっ……分け身の戦技か」

 

 タチアナの報告にミハイルは驚きながらもやはり動き出したかと唸る。

 

『あとアルティナさんも、突然戦術殻に姿を変えたと思ったら動かなくなってしまって……』

 

「何だそれは?」

 

 ミハイルはその報告を思わず聞き返す。

 

「まあ良い……おそらく二人はオルディスに――」

 

『あの……ミハイル教官』

 

「今度はラッセルか……どうした?」

 

『リィンさんとアルティナちゃんから連絡です……

 《アスモダイン》には導力停止現象を引き起こす装置が搭載されているため、半径2セルジュ以上は不用意に導力器で近付かないようにとの事です』

 

「導力停止現象だと!?」

 

 ティータの報告にミハイルは耳を疑った。

 《導力停止現象》はかつてリベールの異変で起きた無差別に導力が使えなくなると言う技術。

 その効果はリベールだけでは収まらず、南のパルムにまで及んでいた。

 

「元カイエン公のバックには結社がいると言う事か!? 

 《導力停止現象》が起きるとなれば既存の兵器は全て使用不能となるのか?」

 

 統合軍がウォレス准将の犠牲を引き換えにしても得られなかった情報にミハイルはすぐに報告しなくてはと考えながら、ティータが更に爆弾を落とす。

 

『それからクルトさんの《シュピーゲル》の応急処置が終わりました……

 あとあと、Ⅶ組の機体に《零力場発生装置》の組み込みも完了しました』

 

「…………待て、ラッセル」

 

 続く報告にミハイルは顔を引きつらせる。

 

「《シュピーゲル》の応急処置、これは良い……《零力場発生装置》と言うのは何だ?」

 

『あ……《零力場発生装置》はお祖父ちゃんが開発した対導力停止現象用の装置のことです……

 でもでも実際につけたのはお祖父ちゃんの装置じゃなくて《ゴスペル》で……

 えっととにかく《オルグイユ》みたいに導力停止現象の中でもオーブメントが駆動し続けられるようになる装置です』

 

「ほう……それは随分と画期的な装置だが、そんなものがあると報告は受けていないぞ?」

 

『えっと……リィンさんが万が一のためにっていくつかの《ゴスペル》を渡してくれました……

 ミハイル教官の許可があれば、すぐにデアフリンガー号にも付けますよ?』

 

「またシュバルツァーかっ!!」

 

 恐る恐る、ミハイルの顔色を伺いながら進言するティータにミハイルは堪らずに叫んだ。

 独断専行を咎めれば良いのか、収拾できなかった情報を獲得して報告して来た事を褒めれば良いのか、対策の根回しまでしていた準備の周到さに感心すれば良いのか。

 何一つ報告せずに独自で動いているリィンを咎めるべきなのだが、その独断専行による貢献が大き過ぎてミハイルは頭を抱える。

 

『話を聞くにリィンさんは《導力停止現象》を予見していたんでしょう……

 もっともそれを報告したところで、ウォレス准将が出る前では根拠のない妄想でしかなかったのでしょう』

 

「ええ……そうなのでしょう」

 

 セドリックのフォローにミハイルは忌々しいくも頷く。

 事前に報告されていたとしても、根拠も実証もないリィンの予測を真に受ける事はない。

 ウォレス准将が何もできずに敗走したからこそ、ミハイルは《導力停止現象》の可能性を半信半疑ながらも受け入れる事が出来たのだから。

 

「言いたい事は山ほどあるが、ラッセル……

 シュバルツァーとの連絡は着くのか?」

 

『いえ……ただ分け身が消えたとなるとリィンさんはオルディス内に潜入した上で誰かと交戦状態になっているはずだって予め言われてました』

 

「オルディスへの潜入に成功しているだと……?」

 

『ふふ、流石リィンさんですね』

 

 戦慄するミハイルに対してセドリックはそれでこそだと笑う。

 

『ところでティータ。《零力場発生装置》というのはカレイジャスにも搭載されていたりするのかな?』

 

『あ……はい。カレイジャスには設計段階で《零力場発生装置》は搭載されているので大丈夫です』

 

『それを聞いて安心したよ。それではミハイル教官、半刻後に直接会いましょう』

 

 そう言ってセドリックとの通信が終わる。

 

「…………」

 

『わ、わたしも失礼します』

 

 黙り込むミハイルにタチアナは怯えて通信を切る。

 

『わたしはこれからリィンさんから送られて来たオルディス内に設置されている装置の写真をシュミット博士と精査します……何か分かり次第報告します』

 

 ティータからの通信も切れて、ブリーフィングルームには重い沈黙が流れた。

 

「…………」

 

「あ、あの……ミハイル教官……?」

 

 恐る恐る今までの会話や報告された情報を纏めていたトワは消えたモニターに向かって項垂れるミハイルに声を掛ける。

 

「ぐうううううううっ」

 

 ミハイルはただ胃を押さえて呻くのだった。

 

 

 

 

 

「…………意外とすんなり入れましたね」

 

 猟兵の鎧に身を包み、ヘルメットの中でリィンは呟く。

 オルディスの門をくぐり、街に続く通路を歩きながらリィンはこれまですれ違った猟兵達の事を考える。

 同じような装備に身を包んでいたが、年齢も性別もバラバラ。

 最初は怪しまれると思っていたアルティナやシオンと同じくらいの少年少女たちが当たり前のように銃火器を持っている姿にはリィンも少し驚いた。

 

「ま、これだけ猟兵が集まってるからな。全員を一人一人なんて完全に把握なんてしてないだろう……それに……」

 

「それに?」

 

「いや、何でもない」

 

 前を歩くゼファーは何かを言いかけて首を振る。

 リィンはその背中に首を傾げつつ、門の通路を抜けてオルディスに踏み入れた。

 

「っ……」

 

「オルディーネが……」

 

 最初に目に飛び込んで来た光景にリィンとアルティナは顔をしかめる。

 先日の特別演習で来た時とは違い、閑散とした静寂が満ちる憩いの場に、《碧のオンディーネ》の像の前には見せしめの様に十字架に磔にして掲げられた《蒼の騎神》の姿があった。

 

「映像で見たよりも損傷が激しいな……それに《蒼》を磔にしている杭は……あれもオーブメント?」

 

 映像で見た頭以外にも両腕がなくなっていることに違和感を覚えながら、リィンはアルティナに指示を出す。

 

「アルティナ、あの杭の写真をティータに送ってくれ」

 

「分かりました。ですが……」

 

「……ああ、そうだな」

 

 言い淀むアルティナにリィンは頷き、磔にされた《蒼》の下にいる三人を確認する。

 

「ようやく来たか」

 

「あはっ! ほら! シャーリィの予想通り《猟兵王》と一緒に来たよっ!」

 

「くっ――何で《第Ⅱ》は黒兎だけしか連れて来てないんですか!?」

 

 見た目がちぐはぐな三人は猟兵に扮したリィン達を当然のように正体を看破して捲し立てる。

 

「《痩せ狼》」

 

「そっちは《星座》のシャーリィか? しばらく見ない間にまたでかくなったな」

 

「やっほー《猟兵王》。内戦の時、以来かな? そっちの二人は《兎》だとして……」

 

 真っ赤の髪のシャーリィは猟兵の鎧とヘルメットで変装したクレアとダーナを凝視して――

 

「あたしの《観の目》によると……憲兵隊のお姉さんとダーナっていうお姉さん!」

 

「おい……」

 

 八葉の極意の目の総称に不埒な扱いをしたシャーリィにリィンは冷めた突っ込みを入れる。

 

「はあ……適当な事を、何で《鉄血の子供》が潜入して来ると言うのですか?」

 

 シャーリィの見極めに女騎士、デュバリィは呆れる。

 

「どうやらこちらの行動は筒抜けのようですね」

 

「ええっ!」

 

 応えたクレアの声にデュバリィは驚きの声を上げる。

 

「あはは……どういう状況なんだろうね?」

 

 待ち構えていたというには殺気がない三人にダーナは困ったようにリィンを見る。

 

「……《導力停止現象》の気配を感じた時から、まさかと思っていた……

 元カイエン公のバックには《結社》がいるんだな?」

 

 《痩せ狼》と《紅の戦鬼》。そして鉄機隊の筆頭である《神速》。

 どれも結社《身喰らう蛇》のエージェントであり、元カイエン公に技術を提供した組織であり、サザーランド州とクロスベルでの騒動を思えば当然の暗躍とも言える。

 

「半分あたりだが、半分は外れだな」

 

 三人を代表してヴァルターが答える。

 

「《結社》が関わっていると言うか、《結社》の末端の十三工房ってところが元カイエン公に協力しているだけだな……

 俺達は一年半前の内戦に関わった誼として、元カイエン公の最後の足掻きを見届けに来たに過ぎねえよ」

 

「あとは道案内ってところかな? 猟兵王、アンタを呼んでいる相手は港湾地区で待ってるってさ」

 

「ああ、そうか……」

 

 シャーリィの言葉にゼファーは頷くとリィン達に向き直る。

 

「そう言うわけだ。俺たちはここで別行動させてもらうぜ」

 

「ん……」

 

 ゼファーとシオンの離脱の表明。

 

「貴方を呼び出すと言う事は、やはり要塞から魔煌機兵を奪取して《蒼》と戦っていたのは彼らなのですね?」

 

「そういう事だ。さて、どんな答えを出したのやら」

 

「ゼファーさん、ここにない《蒼》の両腕……きっとその人達は貴方の“不死”に届く因果の一端を得ています……どうかお気をつけて」

 

 クレアに続いたダーナの忠告にゼファーは嬉しそうな笑みを浮かべて歩き出し、それにシオンが続く。

 ゼファーとシオンを見送り、一同は改めて相対する。

 

「俺達もこのまま見逃してくれる……というわけではなさそうだな」

 

「分かってるじゃないリィン」

 

 そう言って前に進み出たのはシャーリィだった。

 

「ここで会ったが百年目だっけ? とにかくサザーランドでの続きをしようよ!」

 

 チェーンソーライフルの《テスタ・ロッサ》をリィンに突きつけてシャーリィは獰猛な笑みを浮かべる。

 リィンはヘルメットとアーマーを無言で投げ捨てて、太刀に手を掛けシャーリィ達に身構える。

 

「ああ、安心してよ。あの時と同じ一対一だから。お姉さんたちと黒兎は他の二人に任せるからさ」

 

「…………どういう意味だ?」

 

 リィンとタイマンがしたいという気持ちは分かる。

 しかし、その気配を持っているのはシャーリィだけではなくヴァルターもデュバリィも同じ。

 この二人が獲物を譲ると言う事にリィンは不信感を募らせる。

 

「大した意味はねえよ。俺達はどいつもやるならタイマンでお前と戦いたいってだけだ……

 だがお前は一人だけだから、こっちで簡単なゲームをして誰がやるか決めたってわけだ」

 

 リィンの疑問にヴァルターが答える。

 

「お前が一人で来たら、俺と……

 猟兵王と来たら、《人喰い虎》と……

 《第Ⅱ》のお友達と来たら《神速》と……

 外した奴はタイマンができるようにするための露払いって、感じでな」

 

「……付き合っていられないな。俺には――」

 

「お前の機体なら公爵家の城館にあるぜ」

 

「…………」

 

「取り返したいなら早くした方が良いぜ。元カイエン公があの人形を使って何かをやるつもりみたいだからな」

 

「ちょっと勝手に仕切らないでよ。リィンの相手はシャーリィがするんだから」

 

「分かってるよ」

 

 シャーリィの指摘にヴァルターは黙る。

 その姿にデュバリィは違和感を覚えずにはいられなかった。

 

「…………随分と聞き分けが良いのですわね?」

 

「人聞きが悪いな。俺はいつだって理性的だぜ?」

 

 デュバリィの胡乱な眼差しにヴァルターは心外だと肩を竦める。

 

「相手が例えザコの兎でもちゃんと露払いに徹するぜ」

 

「っ……聞き捨てなりませんね」

 

 ヴァルターの物言いにアルティナはむっと顔をしかめて反論する。

 

「わたしがザコとはどういう意味ですか?」

 

「そのまんまの意味だ。お前達の中で、お前が一番弱い……

 導力が使えない《氷の乙女》よりもな。何だったら証明してやろうか?」

 

 ヴァルターはポケットに手を突っ込んで前に進み出ると無防備な仁王立ちでリィン達の前に立つ。

 

「…………《クラウ=ソラス》」

 

 アルティナの呼び声に黒い傀儡が彼女の背後に現れる。

 

「待て、アルティナ。挑発だ」

 

「そうです。アルティナちゃん。敵の言葉に耳を貸してはいけません」

 

「向こうが一対一を望んでいたとしても、こっちがそれに合わせる必要はないかな」

 

 リィン達が勇むアルティナを宥めるように声を掛ける。

 しかしアルティナはそれを拒絶するように《クラウ=ソラス》を操る。

 

「いいえ、ここまで言われて引き下がるわけにはいきません。わたしが新型に劣らないということ、証明してみせます!」

 

 聞く耳持たないアルティナは《クラウ=ソラス》でヴァルターに挑む。

 

「《クラウ=ソラス》!」

 

 アルティナの戦意に連動して《クラウ=ソラス》は拳を構え、ゴスペルがそれに呼応して《クラウ=ソラス》の出力を高める。

 

「へえ、良い練気じゃねえか」

 

 感心して褒めるがヴァルターは構える事もせず、無防備な仁王立ちのまま《クラウ=ソラス》を迎え討つ。

 

「《クラウ=ソラス》――破甲拳っ!」

 

 拳に光を纏わせて《クラウ=ソラス》は突撃する。

 

「はんっ……」

 

 対するヴァルターはやはりポケットに手を突っ込んだまま、無造作に前蹴りを放つ。

 渾身の拳と気の抜けた前蹴りが激突し――《クラウ=ソラス》は吹き飛ばされてオルディスの城壁に頭から突き刺さった。

 

「っ――!? 《クラウ=ソラス》っ!? きゃあっ!?」

 

 右手にフィードバックされた痛みにアルティナは怯みながら吹き飛ばされた《クラウ=ソラス》を追って振り返り――いつの間にか間合いを詰めていたヴァルターに足を払われる。

 綺麗に両足を揃えて払われたアルティナは背中を地面にしたたかに打ち付け、ポケットに手を入れたままのヴァルターの足がアルティナの腹を押さえた。

 

「これがお前の弱味だ」

 

 欠伸を噛み殺すようにしながらヴァルターは続ける。

 

「お前の戦闘力の大半はあの戦術殻に集中している……

 なら離してしまえば、お前は見た目通りの貧弱なガキでしかない」

 

 足で押さえつけられたアルティナはもがくが、ヴァルターの足は重みも感じないと言うのにびくともしない。

 

「くっ……このっ……《クラウ=ソラス》!」

 

 ジタバタとヴァルターの足の下でもがく事しかできないアルティナは相棒を呼ぶが、《クラウ=ソラス》は頭を壁に突き刺してアルティナの様にもがくだけだった。

 

「うぐっ!」

 

「クカカッ! このままプチっと踏み潰すか? 兎はどんな声で泣いて叫ぶか――おっと」

 

 ヴァルターはポケットから手を抜き、手甲でリィンの太刀を受け止める。

 

「その足をどけろ」

 

 静かな、それでいて怒気を滲ませた白髪のリィンがヴァルターを睨む。

 

「どうやらシュバルツァーは俺をぶっ殺したいみたいだな。こうなっちまったら俺達が勝手に決めたゲームの勝敗は関係ないな」

 

「は……?」

 

「はあっ!?」

 

 そんな事を言い出したヴァルターにシャーリィとデュバリィは目を剥く。

 

「かー! 仕方ない! 何って言ってもシュバルツァーが俺と戦いたいって言うんだから!」

 

 白々しく強調する言葉をリィンは戯言と聞き流し、受け止められた太刀を力任せに振り抜いてヴァルターをアルティナの上から退かす。

 

「おっと!」

 

 ヴァルターは派手に吹き飛ぶように跳ぶと、民家の屋根の上に乗り――リィンが追い縋る。

 アルティナ達と結社の二人を置き去りにして、拳と剣が打ち合う音が遠ざかっていく。

 

「な……な……な……なあっ!?」

 

「あちゃー、まんまと出し抜かれちゃったかー」

 

 地団太を踏むデュバリィを他所に、クレアとダーナは倒れたアルティナに駆け寄って助け起こす。

 

「大丈夫、アルティナちゃん?」

 

「…………わたしは問題ありません……ですが……」

 

 悔しそうに顔を歪ませるアルティナにクレアは何と声を掛けて良いか迷う。

 

「ああ、もうどうしますの貴女は……っていない!?」

 

 デュバリィが一通りの罵詈雑言を空に叫んでシャーリィに振り返るが、そこに彼女の姿はなかった。

 

「え……《紅の戦鬼》はどこに……?」

 

「待ってよ二人とも! シャーリィも混ぜてよ! っていうかこの際だから二人ともシャーリィが食べて上げるっ!」

 

 オルディスの空にシャーリィの叫び声を響き渡る。

 一人取り残されたデュバリィはワナワナと震え、叫んだ。

 

「これだから執行者は!?」

 

 デュバリィもまた彼らを追い駆けるために駆け出し――クレアのスタンロッドの一撃を盾で受け止めた。

 

「くっ――アイスメイデン!?」

 

「貴女までリィン君の後を追わせるわけにはいきませんっ!」

 

 クレアはデュバリィを押さえ込みながら背後に向けて叫ぶ。

 

「アルティナさんは《クラウ=ソラス》を回収してリィン君を追ってください!

 ダーナさんは予定通りクロウさんを叩き起こしてください!」

 

「あ……はい……」

 

 クレアの指示にアルティナは緩慢な動作で動き出す。

 その姿をダーナは心配そうに見送りながら、磔にされた《蒼》の向かって駆け出した。

 

「ふん……導力が使えない貴女如きがわたくしを止めるとは随分と大言を吐きましたわね」

 

「っ――確かに戦力の幾分かは封じられていますが、私にはまだオズボーン閣下から手解きを受けた百式軍刀術があります」

 

「軍刀術……?

 ふん、警棒を振り回しておいて何を言うかと思えば……それに鉄血宰相など裏でコソコソと悪巧みをするしかできない姑息な文官上がりの男……

 そのような男の手解きでわたくしと張り合おうだなんて片腹痛いですわ……

 その点、わたくしのマスターは偉大なる導き手、麗しくも凛々しく、誇り高くも慈悲深き方、“武”の頂点を極めし超絶素晴らしき方ですわ!」

 

「何が素晴らしいんですかね?」

 

 デュバリィの自慢にクレアは冷ややかな氷の言葉を投げかける。

 

「結社の使徒《鋼の聖女》……ええ、その者がどれだけの実力者かはこの身を持って経験しました……

 ですが、所詮賑やかしの組織の幹部の女が気高いなんて笑わせないでください……

 それに比べて閣下は確かに誤解される所は多いですが、質実剛健であり、厳しいようで私の様な者を拾い上げてくれた慈悲深い御方……

 文官でありますが、だからと言って閣下が弱いなどと決め付ける貴女如きのマスターの実力も程度がしれますね」

 

「…………」

 

「…………」

 

 デュバリィは悟る。目の前の女はラウラ・S・アルゼイドとは別の意味で相容れない敵だと。

 クレアは悟る。目の前の女はリィンと関わらせてはいけない、相容れない敵だと。

 思えば、二人が出会ったのは旧ユミルの温泉卿ですれ違っただけの関係。

 まともに会話を交わした記憶はなく、クレアにとっては《結社》の下っ端の剣士、デュバリィにとっては帝国の雑兵の一人と言う印象しかなかった。

 

「上等ですわ! シュバルツァーの前に貴女を叩き伏せてやりますわっ!」

 

「やってみなさい《神速》のデュバリィ!」

 

 その二人は初めて相手を敵として認識し合う。

 《鉄血の子供》と《聖女の子供》がここに激突する。

 

 

 

 

 

「アスモダイン壱号よ! 帝都へ向けて進撃を開始せよっ!」

 

 クロワールの号令によって、それまで佇んでいたアスモダインの一機が歩き出す。

 その進行に海上要塞から遅れて展開した部隊に動揺が走る。

 

「怯むなっ! 戦車部隊は前に! 機甲兵は長距離砲を装備して戦線に立て!」

 

 予め街道の導力灯は機能を停止させ、停止現象の連鎖反応に対する対策はしてある。

 

「飛行艇部隊は2セルジュ範囲に絶対に近付くな!」

 

 一機だけ突出して進撃して来るアスモダインに統合軍は囲うように横に広がって展開する。

 通常の機甲兵と比べて三倍はあるだろう巨大な機体。

 平地で戦うならば射程の関係上、戦車や飛行艇の方が有利を取れるはずだが2セルジュの導力停止現象の境界は広い。

 

「…………攻撃開始っ!」

 

 これで良いのかと葛藤があるものの、展開する部隊に歩みを止めないアスモダインに将校は攻撃開始を告げる。

 アスモダインを遠巻きに取り囲んだ兵器たちが一斉に砲撃を開始する。

 戦車が砲弾を打ち上げ、機甲兵が長大なライフルで狙撃し、飛行艇がミサイルを投下する。

 たちまちアスモダインは爆炎に包まれる。

 

「やったか!?」

 

 一機の大型機甲兵には過剰な攻撃の戦果に期待が高まる。

 しかし煙が晴れた先にあったのは光の障壁に包まれたアスモダインの姿だった。

 

「導力障壁だと……そんなものまで……」

 

 将校は絶句する。

 近付けば導力停止現象で抵抗する事もできず、遠距離からの攻撃は導力障壁に阻まれる。

 アスモダインが歩き、踏み潰す街道の導力灯が自分達の姿なのではないかと嫌な想像をしてしまう。

 

「敵の進行止まりません……いかがしますか?」

 

「くっ……撃ち続けろ! セドリック皇子が到着するまで少しでも奴の足を止めるのだ!」

 

 唯一の活路は内戦の英雄であるセドリック皇子の《緋の騎神》。

 それを希望に将校は兵を鼓舞する。

 しかし、アスモダインが空に向けて打ち上げた導力ミサイルがそれに絶望を与える。

 上空に打ち上げられた導力ミサイルは長い弾頭が散らばると無数の小型ミサイルを撒き散らす。

 

「あ…………」

 

 空を埋め尽くす導力ミサイルに将校たちは死を想像し――

 

「ダブルバスターキャノンッ!」

 

 野太い導力砲がミサイル群に撃ち込まれ、照射され続ける砲撃を薙ぎ払ってミサイル群を撃ち落とす。

 

「っ――助かった……のか? いや、今の攻撃はどこからのものだ!?」

 

 危機を脱して放心した将校はすぐさま、それが自軍の武装ではない事に気付いて報告を求める。

 答えは通信から流れる声だった。

 

『こちら公安七課マキアス・レーグニッツ。これより《琥珀のティルフィング》により戦闘に参加します』

 

 統合軍の陣地を後方から突っ切るのは琥珀色の機体とそれを運搬する専用のトレーラー。

 

「ああ、くそっ! どうして僕がこんな事をまたしなくちゃいけないんだ!」

 

 立ち尽くす機甲兵達の間をすり抜けて前線に飛び出したマキアスは機神の中で愚痴をもらす。

 

「文句言わない。やるって決めたのはあんたでしょ!」

 

「分かってます。だけど――」

 

 サラの激励にマキアスは言い返しながら、アスモダインからの砲撃を《琥珀》は右へ左へと回避しながら接近を試みる。

 

「導力停止現象範囲まで後30――20――10――今っ!」

 

 追従するトレーラーでルネが距離を測って合図を送る。

 

「っ――僕の歌を聞けっ!」

 

 ヤケクソにマキアスは叫び、《琥珀》に内蔵されている導力スピーカーから場違いな演奏とマキアスの歌が流れる。

 

「リバイバルシステムの駆動を確認。導力停止現象のフィールドと干渉……ロイド、このまま突っ切って!」

 

「了解したっ!」

 

 エレインの号令に頷いてロイドはアクセルを踏み込む。

 アスモダインからの2セルジュ、導力停止現象下への突撃。

 理論上は中和できると言う《琥珀》の仕様を試すのは今回が初めて。

 ロイドは緊張を感じながらもアクセルを緩めず、2セルジュの境界線を――走り抜けた。

 

「アスモダインの2セルジュ内に侵入、トレーラーの導力に異常はない」

 

「了解! ラマール地方統合軍に伝えます。あたしは公安七課のサラ・バレスタインよ」

 

 外部スピーカーと通信、両方を使ってサラは一帯に声を飛ばす。

 

「マキアスの歌が敵の導力停止現象を中和・無効化しているわ!

 戦える兵は銃と剣を持ってマキアスに続きなさいっ!」

 

 先陣を切り、突撃し歌い出した《機神》とトレーラーの姿に統合軍は一度呆然となり、すぐに我に返った。

 

「うおおおおっ! マキアス・レーグニッツに続けっ!」

 

「導力停止現象がなければこんな奴に遅れを取るものかっ!」

 

「内戦のサザーランドの奇蹟の時からずっとファンでしたっ!」

 

 絶望しかなかった統合軍が息を吹き返す。

 

「凄いわね……本当にマキアスの歌で士気が蘇った……」

 

「まさか本当に歌で導力停止現象を中和できるとはな」

 

 半信半疑だったエレインとルネはむしろその光景に戸惑ってしまう。

 

「はいはい、驚くのは後にして仕事をするわよ」

 

 サラは手を叩いて、促す。

 

「ルネはこのまま導力停止現象をモニターで監視、ロイドとエレインは先遣隊のウォレス准将を始めとした部隊の救助」

 

「了解……しかしバレスタイン。本当にやるのか?」

 

「素直に撃破できるならそれに越したことはないでしょうけど、保険ね」

 

 ルネの言葉にサラは気軽い調子で返す。

 

「生身でアスモダインに取り付いてコックピットを制圧……

 やはり統合軍に周知した方が良いんじゃないのか?」

 

「必要ないわよ。機甲兵の距離で撃たれたライフルなら見てから余裕で回避できるわよ」

 

 ロイドはサラの身を案じた提案をする。しかし、サラは軽い言葉を返し――

 

「それじゃ、後は任せたわよ」

 

 走る導力トレーラーから臆することなくサラは飛び降りて、戦場に《紫電》が走る。

 

「…………あれがA級遊撃士か……」

 

「とんでもないわね」

 

 ルネの呟きにまだB級遊撃士のエレインはため息を吐く。

 

「腐っていても仕方がない。俺達は俺達に出来る事を一つ一つこなして行こう」

 

「ああ、その通りだ。オルディスにはまだ三機のアスモダインもある十分に気を付けるとしよう」

 

「ウォレス准将たちの捜索ね。無事だと良いけど」

 

 ロイドは戦場を迂回するように導力トレーラーをオルディスへ向けて走らせた。

 

 

 

 

 

 

 遠くから砲撃や銃声が連続して聞こえて来る。

 

「何をしているんだ僕は……」

 

 窓の外、見えない戦場を感じながらクルトはベッドに腰かけて項垂れていた。

 時間が空いた事で頭は冷め、昨夜からの醜態に、クルトはただひたすらに打ちひしがれていた。

 幸いな事に《第Ⅱ》は準警戒態勢が敷かれており、いつでも戦闘状態ができるように待機し謹慎状態にあるクルトを見舞う余裕がある者はいない。

 

「……無様だな」

 

 ヴァンダールという武の双璧と呼ばれた自分が誰からも見向きもされずにいることにクルトは自嘲する。

 そして、それに同意する声があった。

 

「本当にその通りですね」

 

「…………?」

 

 聞き覚えのない声にクルトは緩慢な動きで顔を上げて振り返る。

 通路への扉の前にはいつのまにか全身鎧の女が佇んでいた。

 

「ヴァンダールの末がこのような体たらくとは、嘆かわしい限りです」

 

「…………ヴァンダールの末、それはどういう意味だ?」

 

 見るからに怪しい女騎士にクルトは武器を探す前に言葉で聞き返す。

 

「…………」

 

 女騎士は無言でクルトの前に歩み寄る。

 

「え……?」

 

 クルトは女騎士が肉薄するのにただ驚き――次の瞬間、頬を張られた。

 

「判断が遅い。それでよく皇室護衛役などという大役を務めていましたね」

 

 軽い張り手でクルトを身体ごと吹き飛ばした女騎士はやれやれと肩を竦めて兜ごしに分かるため息を吐く。

 

「単刀直入に聞きます。力が欲しいですか?」

 

「…………」

 

 女騎士の問いにクルトは答えない。

 

「答えなさいヴァンダールの末よ、力が欲しいですか?」

 

「………………………」

 

 女騎士の問いにやはりクルトは答えない。

 というか、頬を張られて倒れたクルトは動かない。

 

「…………ふむ」

 

 女騎士は倒れたクルトに触れ、呼吸と脈拍を確認する。

 

「気絶しているだけのようですね。はあ……ヴァンダールのくせに貧弱な」

 

「いや、貴女の張り手を喰らえば誰でもそうなると思うわよ」

 

 列車の室内にも関わらず現れた蒼い鳥が女騎士の肩に止まって人の言葉を話す。

 

「しかし魔女殿。獅子戦役の頃のヴァンダールやドライケルスはこの程度で気絶するという醜態をさらしたことは――」

 

「はいはい、言い訳は良いからその子をベッドに座らせて……」

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「ヴァンダールの末がこのような体たらくとは、嘆かわしい限りです」

 

 その言葉にクルトは振り返り、見覚えのない全身甲冑の女にクルトは咄嗟に身構える。

 

「何だ貴女はっ!? どこから入って来た!?」

 

 一目で目の前の女騎士は自分が足元にも及ばない圧倒的な強者だとクルトは悟る。

 相対しただけで膝が屈してしまいそうになる初めての感覚にクルトは体を震わせる。

 何故か、頬がジンジンと痛むがそれを気にする余裕はクルトにはなかった。

 

「ふむ……」

 

 品定めするように女騎士はクルトを観察する。

 

「っ……」

 

 兜越しの視線にクルトは体が金縛りにあったように硬直させる。

 

「単刀直入に聞きましょう。力が欲しいですか?」

 

「ち、力……?」

 

 突然現れて、突然の質問にクルトは彼女の意図が分からずに困惑する。

 一見すれば怪しい勧誘。

 普通ならば迷うことなく断る事案なのだが、女騎士の圧倒的な強者の存在感がクルトを惑わせる。

 

「それがあればカイエン公にも勝てるのか?」

 

「無理でしょう」

 

 思わぬ即答にクルトは絶句する。

 

「どれだけ強力な剣を持っても、どれだけ強固な鎧を纏っても使い手に勝つ気がないのなら宝の持ち腐れです」

 

「僕に勝つ気がないだと!?」

 

「貴方の剣は欺瞞ばかりです」

 

 女騎士の言葉にクルトは息を呑む。

 

「義務感と惰性。才能と感性で取り繕った魂の籠らない剣。それが貴方です」

 

「それは…………」

 

 女騎士の言葉に図星と感じていることもだが、昔誰かに言われた事があるような既視感にクルトは困惑する。

 

「どんな条件に差があったとしても、負けても仕方がないと考えるようではそれ以上の成長は望めません」

 

「っ――」

 

 その指摘にクルトは心当たりがあるのか息を詰まらせる。

 心の何処かでカイエン公と剣を交えた時、クルトは思ってしまった。

 

 ――僕なんかが《剣匠》の称号を持つ達人に勝てるわけがない……

 

 そんな弱気を見透かす女騎士にクルトに恐怖を感じる。

 

「その点、セドリック皇子は虚勢や勢いでも私を倒すと啖呵を切ったくらいです。貴方にそれができますか?」

 

「なっ!?」

 

 続く言葉にクルトは再び絶句する。

 

「彼ならば、私の提案を利用して高みを目指すでしょう……

 もう一度聞きます。ヴァンダールの末よ、力が欲しいですか?」

 

「僕は……」

 

 二度目の問いにクルトは答える事ができずに迷う。

 

「……どうして僕に貴女程の強者がそんな提案をするんですか?」

 

 答えを先延ばしにするようにクルトは女騎士に尋ねた。

 

「…………ただの気まぐれです……

 この“力”を貴方を使って試そうとしている打算もあります……

 ヴァンダールの双剣をここで腐らせるのも惜しいと言う気持ちもあります。あとは……」

 

「後は……?」

 

 黙り込んだ女騎士にクルトは先を促す。

 

「あとはそうですね……潔く“負け犬”になってきなさい」

 

「ま、負け犬っ!?」

 

 クルトの動揺を他所に女騎士は何処からともなく白銀のオーブと一枚の紙を取り出すと、机の上へと置いて背を向けた。

 

「そこにカイエン公の企みの一端を記しておきました……それをどう扱うかは貴方に委ねます……

 せめて貴方が納得できる道を選びなさい」

 

「あっ……」

 

 鍵が掛かっていたはずの扉が当たり前のように開き、閉まる。

 クルトは慌てて彼女を追って通路に出るが、そこにはもう女騎士の姿は何処にもなかった。

 

「な……何だったんだ……?」

 

 あまりの出来事にクルトは白昼夢を疑うが机の上のオーブと紙が彼女がいたことを証明している。

 

「…………僕は……どうしたいんだろうな……?」

 

 答えが出せないまま、クルトは女騎士が置いて行った紙を取り、何気なくその内容に目を通して――

 

「え……?」

 

 その内容にクルトは顔をしかめた。

 

「これがカイエン公の狙い……?

 精霊回廊って……ミシュラムからガレリア要塞への移動に使った道の事で……まさかっ!」

 

 クルトはその一文の意味を理解して焦る。

 

「すぐにミハイル教官にこの事を――」

 

 そこでクルトは扉を前に迷う。

 謹慎を言い渡された身であり、この情報の出所を追究されてもクルトは説明できない。

 しかし無視できない情報であることも事実であり、真面目なクルトはどうするべきか迷う。

 

「っ……」

 

 しかし様々な感情を振り払って、クルトは謹慎部屋から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「随分と気を掛けるのね。聖女様、てっきりリィン君だけが特別だと思っていたのだけど?」

 

「そうですね……」

 

 鳥が喋る魔女の言葉に女騎士は頷く。

 

「私の心残りはドライケルスにまつわるものだけだと、思っていたのですが……」

 

「ロラン・ヴァンダール……もしかして仲が良かったのかしら?」

 

「いいえ、私がドライケルスと合流したのは彼が亡くなった直後。直接の面識はありません。面識があったのはむしろ彼の子供の……」

 

 兜の下で女騎士――アリアンロードは目を伏せて、過去に思いを馳せる。

 

 ――聖女様! 僕にも槍を教えてよ!――

 

 ――あなたには父君が残した双剣があるじゃないですか――

 

「こんな感傷が私にまだ残っていたとは……」

 

 あの子とクルトが似ているわけではない。

 しかし、重ねてしまった面影につい口元に笑みを作ってしまう。

 

「聖女様?」

 

「何でもありません。それより魔女殿、あれから教授はどうしましたか?」

 

「依然、彼の痕跡は何処に見つけられないわ。流石ヨシュア君を育てた教授と言うべきかしらね」

 

「何か企んでいるのかもしれません。警戒は厳にして、私たちは彼らの戦いを見極めましょう」

 

 そう言って、女騎士と蒼い鳥はジュノー海上要塞の屋上から彼らの戦場を見下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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