閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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お待たせして申し訳ありません。

とりあえず、もう界の軌跡については考えないで書こうと思います




74話 ラクウェルの戦い

 

 

 

 

 

「くそがっ!」

 

 アッシュは悪態を叫びながら《ヘクトル》の銃撃をアスモダインに浴びせる。

 その攻撃にアスモダインは見向きもせずにラクウェルの街を破壊し続ける。

 無造作に歩けば家屋を足蹴に薙ぎ払い、導力砲の熱線は街を焼き、歓楽街として有名だったラクウェルの街は刻一刻と瓦礫と化していく。

 

「ふざけんなっ!」

 

 《テスタ・ロッサ》と《ベルゼルガー》の二つの銃撃を導力が続く限りアッシュは乱射する。

 しかし無数の弾丸はアスモダインの装甲を空しく叩くだけで、その破壊を緩める有効打にすらなっていなかった。

 

「こっちを向きやがれっ!」

 

 自分を無視して街を破壊しているアスモダインにアッシュは叫び、《ヘクトル》を接近させるとアスモダインがいきなり振り返る。

 

「っ――」

 

 振り返ると同時に向けられた砲門に集束する光をアッシュは見る。

 それ以上の接近は許さないと言わんばかりに放たれた主砲の野太い光線がアッシュの視界を埋め尽くし――

 

「このぉっ!」

 

 追従していた《ドラッケン》が《ヘクトル》の前に出てトンファーを起点に展開した導力障壁で砲撃を受け止めて、逸らした。

 

「前に出過ぎよアッシュ!」

 

「うるせえ! 下がってどうなるっ!?」

 

 ユウナの声にアッシュはアスモダインへの憤りをそのままに怒鳴る。

 助けてあげたのに返ってきた乱暴な言葉にユウナは顔をしかめるが、それに文句を返す気にはなれなかった。

 アッシュにとって故郷であるラクウェルが目の前で破壊されている。

 もしもクロスベルで同じことが起きていれば、ユウナも冷静でいられる自信はないのだから。

 

「だからって闇雲に突っ込んでも――」

 

 言いかけた言葉を無視して《ヘクトル》と《ドラッケン》の横を《シュピーゲル》が駆け抜ける。

 

「クルト君っ!」

 

 呼ぶ声を無視してクルトは無心で《シュピーゲル》を走らせる。

 他のⅦ組の機体と違い、銃火器を携行していない《シュピーゲル》は剣が届く間合いに入らなければ牽制もできない。

 故の特攻。

 雨のように降り注ぐ機関銃の弾丸を右へ左へと跳びはねて避けながら進み――突然隆起した石柱に空に突き飛ばされた。

 

「なっ!? 導力魔法まで使うのか!?」

 

 予想外の攻撃にクルトは目を剥き、宙に浮き上がった《シュピーゲル》に二つの導力ミサイルが放たれる。

 

「くっ――」

 

 身動きができない空中で迫る二つの導力ミサイルに《シュピーゲル》は身を守るように双剣を盾にして――導力ミサイルは撃ち抜かれて爆散した。

 

「クルトさん! 前に出過ぎです!」

 

「ミュゼか!? すまない助かった!」

 

 遠方から導力ミサイルを撃ち落とした《ケストレル》に感謝しながら《シュピーゲル》は地面に着地する。

 

「アッシュも焦りすぎよ! あたしたちの役目はオルディスにいた戦力が追いつくまでも時間稼ぎと市民の安全確保のはずでしょ!」

 

「そんなもんあのデカブツを倒せば済む話だろ!」

 

「それが簡単にできないって言ってるのよ!」

 

 アッシュの叫びにユウナも叫び返す。

 オルディスで暴れていたアスモダインの内の一機。

 その時でさえ《ティルフィング》を中心に十数機の機甲兵や導力戦車が総力を挙げて戦い撃破に至らなかった。

 それがたった四機で討ち取れると考えられるほどユウナは楽観することはできなかった。

 そしてユウナが理解していることを、アッシュやクルトが分からないはずがない。

 

「だったら、このままあいつがラクウェルをめちゃくちゃにするのを黙って見ていろって言うのか!」

 

「そうじゃない……そうじゃないけど……」

 

 普段、斜に構えたアッシュの珍しく熱い焦燥の言葉にユウナは言葉にできない共感を覚える。

 目の前に広がる破壊を止めることができない無力感。

 機甲兵という力がありながら、近づくことすらできない現状に学院で学んだことを何一つ活かせていない自分に憤る。

 

 ――力がほしい?――

 

「え……?」

 

 ユウナは幻聴を聞き、幻覚を見る。

 

「リィンと……誰?」

 

 目の前にクラスメイトの小さな幻影とそれとピンクの髪の妖精がユウナの目の前に現れては消え、機甲兵の画面が勝手な表示を映し出す。

 

「何……勝手に動いてる?」

 

 ユウナが操作していないにも関わらず、画面に無数の文字の羅列が上から下へと流れていく。

 そして表示が止まると、戦術リンクのシステムが立ち上がった。

 

「何……? システムゴスペル……何これ?」

 

 聞き覚えのないシステムが立ち上がり、画面にはユウナが何もしていないにも関わらずプログラムが打ち込まれていく。

 そして画面が切り替わり、戦術リンクの欄に新たに増えた項目をユウナはなぞるように読む。

 

「戦術リンク……

 アークルージュ? ロストゼウム? それにデミウルゴスとオーリオール。それから――」

 

 その名前にユウナは戸惑い、画面を凝視しているとそれ以外の名前も増えた。

 

「今度は何!?」

 

「新しい戦術リンク……どうやら先輩たちが到着したようですね」

 

 ユウナの戸惑いを他所に同じものを見ているはずのミュゼは増えた戦術リンクの選択肢で増援の到着に安堵の息を吐く。

 

「先輩たち……ティルフィングG……アリサさんっ!?」

 

 ユウナが声を上げて振り返る。

 その瞬間、地表すれすれを飛翔していた飛空艇が《ドラッケン》の横を突き抜けて――アスモダインに激突した。

 

「なっ!?」

 

 巨大なアスモダインは飛空艇の体当たりに吹き飛ばされてラクウェルの空を舞う。

 その様はまるで導力車が起こした人身事故。

 宙を舞い、轟音を立てて街の外まで撥ね飛ばされたアスモダインの姿にユウナは絶句する。

 

「待たせたわねっ!」

 

 そして何事もなかったようにアリサの声が通信に流れた。

 直前で飛行艇から降りていた《翠》は吊るしていた二つのコンテナを地上に落とす。

 そこに二人の男性が駆け寄っていく姿をユウナは見てからアリサに向って声を上げる。

 

「あ、アリサさんっ!? 無茶苦茶です!」

 

「このくらい普通よ。ほら、まだ動くわよ」

 

 アリサの言葉にユウナは轢き飛ばされたアスモダインに目をやれば、それは何事もなかったように立ち上がろうとしていた。

 

「そんな……あれを受けてまだ立てるなんて」

 

「リアクティブアーマーと導力停止現象による防御力は流石ね……でも完璧じゃないわ」

 

 気後れするユウナにアリサは冷静な言葉を返す。

 飛行艇の突撃にさえ耐えたアスモダインは立ち上がるものの、その装甲の一端に亀裂が入っていた。

 

「マキアスの部隊ももうすぐ到着するわ。一気に畳みかけるわよ!」

 

 意気込むアリサの言葉に応えるように二つのコンテナが開き、《青》と《紅》のティルフィングが立ち上がる。

 加えて、アリサが言う通り後方から近づいてくる一団を導力レーダーで捉える。

 

「これなら勝てる」

 

 総数は二十機を超える機甲兵。

 対するは一機のアスモダイン。

 多数に無勢に感じるが、ユウナは倒すべき相手は目の前のアスモダインだけではないと自分に言い聞かせて不満を飲み込んだ。

 

「アッシュ!」

 

「ちっ! 分かってる!」

 

 アッシュからの足並みを揃えるという意思を戦術リンクで感じ取ってユウナは胸を撫で下ろす。

 自分たちの成果ではないとしても、アスモダインを街の外に追い出すことができた。

 まだ一体目のアスモダインを倒せていないが、それでも一歩ずつ前進しているとユウナは自分に言い聞かせるのだった。

 そしてアスモダインが黒い光を放ち、琥珀色の結界がアスモダインの周囲に展開される。

 

「こいつまたっ!」

 

 導力停止現象からのアースガードによる守りに徹する構え。

 自分たちの火力ではアスモダインの結界を貫く事はできない事にユウナは苛立ち――そこにミュゼが声を上げた。

 

「いえチャンスですっ!」

 

「ミュゼ!?」

 

 突然のミュゼの声にユウナは思わず振り返る。

 

「これまでのデータからアスモダインは導力停止現象中には攻撃をしてくることはありません」

 

 自信に満ちた断言。更にミュゼの言葉は続く。

 

「それから導力停止現象後のリアクティブアーマーの使用率と攻撃に使われた導力、防御結界の維持……

 アスモダインが一度に蓄積できる導力の総量を考慮して……

 この布陣で五分、攻撃を続ければリアクティブアーマーを突破することは可能なはずです」

 

 蓄積した戦闘データを頭の中で計算してミュゼは勝機を見出す。

 

「聞いていたわねマキアス?」

 

「ああっ! 僕たちもすぐに到着する! 先に攻撃を開始してくれっ!」

 

 ミュゼの言葉を疑わず、アリサはマキアスに呼び掛け、それが正規軍に伝達される。

 

「良しっ! ここが踏ん張り所ってわけねっ!」

 

 ユウナは気合を入れ直して、《ドラッケン》のガンブレイカーを掃射する。

 

「ちっ! 女郎蜘蛛が仕切ってんじゃねえよ!」

 

 アッシュは舌打ちをして文句を言いながらも、《ヘクトル》がベルゼルガーとテスタ・ロッサを乱射する。

 

「とにかく攻撃を続けてください! 防御結界に当て続けるだけでも導力は消耗しています!」

 

 ミュゼは更に細かい指示を出し、《ケストレル》がアスモダインの注意を引くように狙撃する。

 

「くそ……この距離じゃ僕は……」

 

 クルトは銃撃する味方の邪魔はできないと歯噛みをし、《シュピーゲル》は剣閃を飛ばして攻撃に参加する。

 

「オーバルエネルギー充填……ジャッジメントアローッ!」

 

 アリサの《翠》から放たれる矢が更に重なる。

 間断なく攻撃は続き、更に追いついた《琥珀》と正規軍の攻撃が加わる。

 敵はリアクティブアーマーに閉じこもりながら苛立つ。

 

 ――何故、導力停止現象を駆動させているのに機甲兵が動くのか――

 

 本来ならば一方的に蹂躙して、破壊を楽しめたはずだった。

 しかし、現実は導力停止現象を無視して動く機甲兵たちに囲まれて追い詰められている。

 

「くそっ……こうなったら――」

 

「もう少し……もう少しです」

 

 二十機を超える機甲兵が間断なく銃撃を浴びせ続ける。

 アスモダインが攻撃に転じる間を与えず、二度目の導力停止現象を駆動することも挙動を見せれば《ケストレル》の狙撃が妨害する。

 

「いける……このまま押し込めっ!」

 

「いい加減、落ちろっ!」

 

 守りを固めて沈黙を続けるアスモダインに包囲網は狭まり、攻撃はより苛烈に続く。

 そしてそれはアスモダインを守る防御結界が割れ、貫通した弾丸が背中に着弾して小さな爆発を起こす。

 遂にリアクティブアーマーの導力が尽きたかと勝利を確信した瞬間、落ちたバックパックが爆発して黒い煙を戦場に撒き散らした。

 

「いけないっ!」

 

 大量のスモークグレネードの黒煙は瞬く間に戦場の視界を奪う。

 

「それでも――」

 

 ミュゼは直前の記憶を頼りに煙の闇の中、《ケストレル》はライフルを構えて引き金を引く。

 黒煙を貫き、一発の弾丸が飛ぶ。

 弾丸は今まさに導力停止現象のための駆動を行うオーブメントに着弾し――次の瞬間、アスモダインを中心に衝撃波を伴う黒い光が爆発した。

 

 

 

 

 

「っ…………いったい何が起きたのよ!」

 

 《ドラッケン》の中で仰向けになったユウナは跳び起きて狭い操縦席に頭をぶつける。

 

「いたた……もう……次から次へと……」

 

 ユウナは愚痴りながら《ドラッケン》を立たせる。

 慎重に操作しながら、ユウナは何が起きたのか考える。

 おそらくはスモークグレネードを自発し視界を奪い、これまでにない未知の攻撃で自分たちを吹き飛ばした。

 

「どれくらい気絶していたんだろ……? ミュゼ聞こえる?」

 

 戦術リンクを意識して話しかけるが返事はない。

 

「クルト君、アッシュ……トワ教官っ」

 

 続けて叫ぶがやはり返答はなく、ユウナは立ち上がらせた《ドラッケン》で周囲を見回した。

 

「…………うそ……これって……」

 

 見回した光景の変わりようにユウナは絶句する。

 森も街道の名残などそこにはない。

 大きく抉れた大穴。

 小規模だがガレリア要塞で見た消失現象。

 

「ううん……違う……」

 

 ユウナは気を失う直前の事を思い出しながらそれを否定する。

 導力停止現象に似た黒い光を浴びた自分たちは一斉にアスモダインに引き寄せられた。

 そしてその反動を解放するように《ドラッケン》はでたらめに吹き飛ばされた。

 

「ああ、もう! こういうのはミュゼの役目でしょ!」

 

 何をされたのかユウナの頭ではその原理まで解析できないと叫ぶ。

 

「ミュゼは、みんなは何処っ――っ!?」

 

 仲間の安否を確認しようとユウナが視線を巡らせて、最初に見つけたのはこちらを正面から見据えるアスモダインだった。

 胸の装甲は爆ぜて損傷しているが、他の装甲が開き、隙間から漏れ出る結晶回路の輝きが異常稼働している様は《蒼》のブーストモードを彷彿とさせる。

 

「あ……」

 

 遠く離れた間合いで、アスモダインは更地となった荒野に一人立った《ドラッケン》に導力砲を向ける。

 

「逃げないと――あ……」

 

 咄嗟に回避を選択したユウナは背後にラクウェルの街があることを認識して足を止める。

 

「っ――アースガードッ!」

 

 ユウナは逡巡することなく、ガンブレイカーを盾に構えて導力魔法を展開して壁を造り――無慈悲な砲撃の光が叩きつけられた。

 

「うぐっ…………」

 

 結界と装甲越しの熱がユウナに襲い掛かり、《ドラッケン》は危険を知らせるアラートでモニターを明かす明滅させる。

 わずか数秒の放射を永遠に感じるほどの感覚で乗り切った《ドラッケン》は体の至る所を溶解させながら膝を着く。

 

「はあ……はあ……はあ……生きてる……でも……」

 

 第二射の砲撃が満身創痍の《ドラッケン》を襲う。

 

「きゃああっ!」

 

 機体の至る所で爆発が起こり、ユウナは悲鳴を上げる。

 しかし砲撃は《ドラッケン》を完全に破壊するには至らなかった。

 まるで弄るように威力を調整された砲撃が《ドラッケン》が辛うじて維持している結界に叩きつけられる。

 

 ――逃げたい――

 

 迫り来る死の恐怖にユウナは体を震わせる。

 

 ――でもわたしが逃げたらラクウェルの人たちが……

 

 同時にこの極限状態では他者を案じるユウナの善性が迷わせる。

 

 ――逃げて良いじゃない。どうせ犠牲になるのは嫌いな帝国人なんだから――

 

 魔がユウナに囁く。

 

 ――この戦いだって、元はと言えば帝国人の内輪揉め。わたしが命を懸けて戦わないといけないわけじゃない――

 

 ――わたしは生き残らないといけない。家族への仕送り、もう一度ケンとナナに会うためにも――

 

「そうよ……わたしは良くやったわよ。一回でも砲撃を防いだんだから……もう……」

 

 内なる言葉をユウナは認め――

 

「って! できるわけないでしょ!」

 

 倒れかけた《ドラッケン》はユウナの意思に応じるように踏ん張る。

 

「わたしはお姉ちゃんなのよ! 特務支援課の! ロイドさんの後輩よ! 帝国人だからって誰かが犠牲になるのを見過ごせるわけないでしょ!」

 

 意地を叫ぶユウナに呼応して消えかけた防御結界が光を戻す。

 確かにユウナは帝国が嫌いだった。

 しかし、今のユウナは全ての帝国人がクロスベルを苦しめていたわけではないと知っている。

 そして一か月前のクロスベルの事件で命を懸けて戦ってくれたのも帝国人だった。

 

「さあ来なさい! 何度だってあんたみたいな奴の攻撃なんて防いでやるわよ!!」

 

 弱者を弄ることに快楽を感じる最低な猟兵なんかに決して負けないとユウナはアスモダインを睨み。

 

 ――ふふ、それじゃあすこしだけ力を貸してあげる――

 

「え……キーアちゃん……?」

 

 キーアによく似た声をユウナは聞いた気がした。

 その戸惑いを他所に《ドラッケン》のモニターに一文が表示される。

 

『戦術リンク――ナユタ・デミウルゴスⅡ』

 

 ガンブレイカーが銀色の染まる。

 展開されているアースガードの防御結界もまた銀色に染まり、放たれた砲撃を飲み込むように受け止め――跳ね返す。

 反射した砲撃は正確にアスモダインの導力砲を貫き、爆発させる。

 

「よ、よく分からないけど助かった?」

 

 安堵の息を吐いたユウナだが、《ドラッケン》は限界に達したのか結界を消失させて倒れた。

 

「ちょっとまだ倒れないで!」

 

 ユウナは導力砲を破壊したが、まだ健在なアスモダインを確認して《ドラッケン》を立たせようと操縦桿を乱暴に操作する。

 しかし、《ドラッケン》に反応はなく、アスモダインが近づいてくる地鳴りが機体を無常に揺らす。

 

「いい加減にしろっ!」

 

 今度こそ万事休すかとユウナが諦めたその瞬間、クルトの声が響く。

 荒野を駆けて《シュピーゲル》がアスモダインに斬りかかる。

 機銃の掃射による迎撃を右へ、左へと回避しながら突き進んだ《シュピーゲル》は大跳躍から剣戟をアスモダインに叩き込み、命中する前に光の壁によって弾き飛ばされた。

 

「くそっ! また防御結界か!」

 

 結界で剣戟を受け止められたクルトは歯噛みして、アスモダインの次の行動に息を呑む。

 両手のガトリング砲を捨て、取り出したのは巨大な双斧。

 通常の機甲兵の全長を超える巨大な斧の一撃が振り下ろされ――《シュピーゲル》は咄嗟に回避する。

 

「くっ……」

 

 巨大な質量が巻き起こす颶風と大地を穿つ衝撃波が《シュピーゲル》を叩く。

 一撃で割れた大地の威力にクルトは息を呑みながら、もう一度斬りかかる。

 掠っただけでも致命傷に至りかねない双斧の暴風を搔い潜り、双剣で斬りつけるが光の壁は《シュピーゲル》に近寄ることさえ許さない。

 

「こんなところで足止めされるわけにはいかないのに!」

 

 クルトはその結果に苛立つ。

 双斧は巨大で、その質量と膂力によって生み出される破壊力は脅威だが技はなく、ただ振り回しているだけ。

 しかしバリア任せの怯まない攻撃は掠ることも許されないクルトの神経を消耗させる。

 

「くそっ……何でお前たちはこんな事を平気でできる!?」

 

 斧の太刀筋に感じる人間性と先程のユウナを弄る砲撃に、クルトは愚痴るように叫ばずにはいられない。

 技もなく、弱者を蹂躙する事を楽しみ、追及した暴力の化身。

 クルトにとって剣は“誇り”だからこそ分からない。

 ランディ・オルランドという“元猟兵”を知っているからこそ、クルトは目の前の“猟兵”の在り方を理解できない。

 

「くそ……」

 

 そして何よりも全く尊敬できない戦士に手も足もでない自分に何よりも苛立つ。

 

 ――ヴァンダールだ! 何が帝国の双璧だ! 何がロランの再来だ!――

 

 しかし現実は非常だった。

 クルトが長い年月を積み上げてきた剣は、双剣はアスモダインにも、元カイエン公にも通用しなかった。

 

 ――力が欲しい――

 

 双剣を全力で叩き込み、砕けるように折れた刃を前にクルトは願わずにはいられない。

 

 ――この外道を斬る力が欲しい。理不尽を全てホロぼす力が欲しい――

 

 折れた双剣を捨て、《シュピーゲル》は両手にビームザンバーを持ち替えて斬りかかる。

 しかしどれだけ斬撃を重ねても光の薄膜すら突破できないヴァンダールの双剣は無力だった。

 

「くそっ! どうして僕はこんなにも無力なんだっ!」

 

 嘆くクルトの《シュピーゲル》の動きが精細さを欠く。

 そのわずかな揺らぎに巨斧が掠り、《シュピーゲル》は激しく揺さぶられる。

 

「――しまったっ!」

 

 続く一方の斧撃を《シュピーゲル》は剣を盾にするが、導力の刀身はあっけなく砕け散り分厚い刃が《シュピーゲル》を捉え――吹き飛ばす。

 

「がっ――ぐふ……」

 

 弾き飛ばされた《シュピーゲル》の中でクルトは全身を打ち付ける。

 

「っ…………リアクティブアーマーがなければ……即死だった……」

 

 皮肉なことに上位機種に搭載されているリアクティブアーマーは《シュピーゲル》にも搭載されている。

 導力がある限り、装甲は強靭にするそれは巨斧の一撃からクルトを守ったが、その衝撃まで打ち消されたわけではない。

 痛みに打ち震えるクルトの前にアスモダインは巨斧を振りかぶる。

 

「くそ――」

 

 絶体絶命にまだ痛みによって体が動かないクルトは悪態を吐く。

 せめて気持ちだけは屈しないとクルトはアスモダインが振り下ろす巨斧の刃から目を反らずに身構えて――銃声と共に斧は《シュピーゲル》の横の大地を爆発させた。

 

「なっ!?」

 

 衝撃に転がった《シュピーゲル》は何が起きたのかと顔を上げれば、横に倒れたまま銃撃を行った《ドラッケン》が目に入る。

 

「ユウナ……?」

 

 もうまともに動けないだろう機体で無理やり銃撃したその姿にクルトは絶句する。

 そしてそんな《ドラッケン》に対してアスモダインは巨斧を大きく振りかぶる。

 

「待て……何をしている……やめろ!」

 

 その切っ先は銃撃した時のまま、横たわっている《ドラッケン》に向けられる。

 身動きが取れない《ドラッケン》にアスモダインのパワーで巨斧を投擲されればひとたまりもない。

 

「動けっ! 動け《シュピーゲル》!」

 

 逸る操作に《シュピーゲル》がもがくように四肢を動かす。

 

「早く……早く……早く立ってくれ!」

 

 ――いや、これは好期だ……

 

 焦るクルトは魔が差した声を聞いた。

 

 ――アスモダインの意識は完全にユウナに向け、バリアを解いている。今なら剣は届く――

 

 魔が囁く通り、クルトは隙だらけなアスモダインを目に見定める。

 投擲を妨害するには遠く、ましてやユウナを守るには更に遠い。

 だが、ユウナを見捨てれば渾身の一撃を繰り出せるほどに近い。

 

「僕は……」

 

 ――敵を倒せ……帝国の敵をホロボセ――

 

 内なる自分が目の前の敵を滅ぼせとクルトを急き立てる。

 

 ――ユウナはもう無理だ。だから代わりに敵を討て! ヴァンダールの役目を果たせ!――

 

「――――うるさいっ!」

 

 アスモダインは巨斧を《ドラッケン》に向けて投擲した。

 同時に《シュピーゲル》が地を這うように駆け出した。

 双剣を投げ捨てて、各所に搭載した予備の剣のオーブメントもパージし、少しでも身軽にして《シュピーゲル》は巨斧を追い駆ける。

 

 ――何をしている敵をホロボセ! クルト・ヴァンダールーー

 

「うるさい! ヴァンダールの剣は――敵を滅ぼすための剣じゃない!」

 

 その瞬間、クルトはアスモダインへの敵意も元カイエン公への焦りも忘れて走ることに集中する。

 

「ヴァンダールの剣は――守るための剣だっ!」

 

 導力魔法の追い風を作り、《シュピーゲル》は疾走する。

 

「届けっ! 届けっ!! 間に合えっ!」

 

 限界を超えた速力に《シュピーゲル》の体が軋むが、構わずに走らせ続ける。

 その念を受けたのか、《シュピーゲル》は更に加速してついに巨斧に並走する。

 

「くっ……」

 

 しかしそこで《シュピーゲル》は手段に詰まる。

 少しでも身軽にするために全ての剣を捨てた《シュピーゲル》に巨斧を攻撃する手段はない。

 もっとも剣を残していたとしても、自分の軽い剣では重量のある巨斧を弾くことはできなかっただろうとクルトは自嘲する。

 

「なら……やれることは一つか」

 

 クルトは《シュピーゲル》を最後に加速させて、巨斧の前に回り込む。

 

「クルト君っ!?」

 

 ユウナの声を背に急停止した《シュピーゲル》は目の前に迫る巨斧に両手を広げて迎え撃つ。

 

「ユウナ、君は僕が守る!」

 

 ――それが貴方の答えなんだ――

 

「え……?」

 

 迫る巨斧を遮るように幻覚の少女をクルトはミル。

 

「誰だ……君は……?」

 

 桃色の髪の人形のような女の子はクルトの問いに答えず、指を一振りする。

 女の子の姿は消え、《シュピーゲル》のモニターには一文が表示される。

 

『戦術リンク――ノイ・アークルージュ』

 

 どこかに繋がる感覚と同時にクルトは本能に従ったまま無手の右手を振りかぶる。

 《緋》のオーブが戦術リンクと呼応するように光り輝き、その手に錬成されるのは“焔の剣”。

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ! 破邪顕正っ!」

 

 巨斧という死を前にクルトは手にした剣を無我夢中で振り抜き、一閃を繰り出す。

 巨大な鉄塊と焔がぶつかり合う。

 が、その手応えはあまりにも軽く、眼前には何事もなかったように鉄塊が迫る。

 

「くっ……」

 

 空振りを錯覚しクルトが改めて死を覚悟した瞬間、鉄塊は真っ赤に焼けた鉄の飛沫となって飛び散った。

 

「え……?」

 

 燃え盛る剣を振り切ったまま、《シュピーゲル》は――クルトは何が起きたのか理解できず固まる。

 

「っ……」

 

 前にたたずむアスモダインにクルトは我に返って“焔の剣”を構える。

 だが、巨斧を構えたまま固まるアスモダインは微動だにせず、身構えたクルトは困惑していると、アスモダインに赤い線が走り――ずれた。

 

「っ!?」

 

 防御結界も、リアクティブアーマーも、そして間合いも関係なく焔の刃で両断されたアスモダインは音を立てて崩れ落ちていく。

 

「…………何だこれは……?」

 

 紅い刀身の剣を見下ろしてクルトは困惑する。

 セドリックが使っている“魔剣”とは比べ物にならない力を秘めた剣。

 たった一振りで離れたアスモダインを両断することなど、《緋》にもできないだろう。

 

「だけどこの剣のおかげで守れたのか……」

 

 “剣”への疑問は尽きないが、クルトはまずはそのことを噛み締める。

 

「…………撃破の報告をしないと……それからカイエン公を追うためには……」

 

「クルト君っ!」

 

 ぼんやりと今後の事を考えるクルトの耳にユウナの悲鳴のような声が響く。

 

「ユウナッ!? しまった。まだ敵がいたか!?」

 

 残敵の確認を怠ったと、クルトは慌てて《ドラッケン》に振り返る。

 しかし、それは横転したままだったが特に危険は見当たらなかった。

 

「ユウナ……?」

 

「違う! クルト君! 燃えてる! 手が!」

 

 何を言っているのだろうかと、クルトは顎を伝う汗を拭いながら《ドラッケン》の様子を観察する。

 その《ドラッケン》も酷い有様だった。

 高出力の導力砲を正面から受けた熱で前面は焼け溶けた痕が痛々しい。

 だが、機体に火はついておらず、ユウナをとにかく落ち着かせようとクルトは深呼吸をして――

 

「なんだか熱いな」

 

 ふと周囲を見回すとクルトの目の前には轟々と燃える炎があった。

 

「……え……?」

 

 燃えていたのは《シュピーゲル》の右腕だった。

 

「なっ!?」

 

 鉄の塊の腕が何故燃えているのかクルトは理解できず、慌てて炎を消そうと腕を振る。

 しかし、燃え盛る炎の勢いは止まらず、溶解した手は“焔の剣”を手放すこともできない。

 

「くっ……」

 

 際限なく大きくなっていく炎にクルトは、横転したままの《ドラッケン》を一瞥する。

 

「このままじゃユウナを巻き込む。なら――」

 

「落ち着くんだクルト」

 

 どこか人気のない場所へ移動しようとした《シュピーゲル》の肩を誰かに掴まれた。

 振り返るより早く、クルトは聞こえた声の主の名前を呼ぶ。

 

「セドリック殿下!?」

 

 その呼び声に応えず、《緋の騎神》は燃え盛る炎の中に躊躇なく手を入れて“剣”の刀身を掴み、セドリックは魔女の名前を呼ぶ。

 

「エマッ!」

 

「はいっ!」

 

 遠く離れたミルサンテからエマはセドリックとの繋がり利用して、一時的に《緋》の主導権を借りる。

 

「“理”の原初の焔……

 焔の末裔たる魔女の代表として何としても封じます!」

 

 その手に紅の長杖を掲げ、エマは術を行使する。

 

「セリーヌ、キリシャ、サポートして!」

 

「はいはい、全く何でこんなことになってるのよ?」

 

「にゃあああ!」

 

 エマの呼び掛けに黒と白の猫が声を上げて、エマの魔法陣をそれぞれの魔法陣を繋げる。

 

「猛き焔よ……どうか鎮まりたまえ」

 

 《緋》を中心に魔法陣が広がり、《シュピーゲル》を燃やす炎は小さくなっていく。

 程なくして炎は完全に消え去り、“剣”は緋色の鞘が封じられた。

 

「ふう……これで大丈夫です」

 

「ありがとうエマ」

 

 セドリックは労いの言葉を送る。

 

「セドリック……殿下……? どうしてここに? ミルサンテのアスモダインは……?」

 

「そっちはもう倒したよクルト」

 

 あっさりと返ってきた答えにクルトは《緋》の体を見た。

 炎に焼かれた痕はあるものの、損傷らしい損傷は《緋》にはない。

 対して《シュピーゲル》は傷だらけ。

 

「全く……酷い差だ」

 

 大勢で取り囲んで、更には不思議な“剣”の力を借りてクルトが成したことを《緋》はあっさりとやって退けていたとなれば遣る瀬無さを感じずにはいられない。

 

「でも……まあいいか……」

 

 クルトはユウナとラクウェルの街並み、そしてようやく態勢を立て直した機甲兵たちを見回しながら、この戦場に決着がついたことに事に安堵した。

 

 

 

 

 

 

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