閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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75話 帝国解放戦線

 

 

 

 

「……ここは……帝都か……?」

 

 ラマール州にいたはずなのに、眼下に広がっているのは帝都ヘイムダル。

 クロウは何故自分が遠く離れた帝都にいるのか訝しむ。

 

『元カイエン公の策略ね』

 

 考え込むクロウにどこからともなく答える声が響く。

 

「その声は……イソラか?」

 

『……少しは立ち直れたみたいね、クロウ君』

 

「……そういうお前は内戦の時と随分変わったな」

 

 無表情、無感情の人形だった彼女の人間らしさを感じる言葉にクロウは軽口を返す。

 その間にもイソラとの戦術リンクによって現状を把握する。

 《蒼》を利用した精霊回廊を利用した大規模転移による帝都強襲。

 

「ちっ……まんまと俺は利用されたって事か……」

 

 本来の作戦から考えれば、クロウは正規軍に欺瞞情報を流すために利用されただけだと理解する。

 してやられたと感じながらクロウは――

 

「《C》っ!」

 

 怒声と共に放たれた砲撃の光が《蒼》に襲い掛かる。

 

「《M》……」

 

 殺意の籠った砲撃にクロウは複雑な呟きをもらす。

 

「この裏切り者がっ!」

 

 砲撃に留まらず、《アスモダイン》は搭載されている全ての兵装を解放して《蒼》に放つ。

 ガトリング砲の掃射が、導力砲の砲撃が、無数に打ち上げられた導力ミサイルが、《蒼》に殺到する。

 雨のように降り注ぐ攻撃にクロウは昨夜の蹂躙されたことを思い出す。

 

「――っ」

 

 しかし臆することなく、《蒼》は双刃剣を構えて――空を翔ける。

 視界を埋め尽くして殺到する暴力の隙間を縫うように蒼の残光が軌跡となって空に線を引く。

 

「何だと!?」

 

 危なげなく無数の攻撃をすり抜けて突撃してくる《蒼》にアスモダインは両手の武装をガトリング砲から切り替えて――

 

「遅えっ!」

 

 手放したガトリング砲が地面に落ちるより速く、《蒼》は駆け抜けて、すれ違い様に放った一閃がアスモダインの右腕を斬り落とす。

 

「おいおい……何だ今のは?」

 

 あまりにも呆気なくアスモダインの右腕を斬り落とせたことにクロウ自身が戸惑う。

 第二形態であることを差し引いても、速度も膂力もそして今までにない程に高まり、勢い余り想像よりも遠くに離れたアスモダインとの距離に驚く。

 

『元々オルディーネにはこれだけの力があったのよ……今までの貴方はそれを生かし切れていなかっただけ』

 

「……は……そうかよ。悪かったなオルディーネ」

 

 クロウにとってオルディーネは復讐の道具に過ぎなかった。

 他の起動者たちのように信頼関係が結ばれていたわけではなく、道具として扱う起動者をオルディーネがどう感じていたのか考えたことなどない。

 

「少しは起動者として認めてくれるようになったって事か?」

 

『…………』

 

 クロウの呼び掛けにオルディーネは沈黙を返す。

 そこにどのような思惑が含まれているのか、クロウに察する事はできないが、悪い感情を向けられていない事だけは分かる。

 

「くそっ! くそっ! 裏切り者がっ!」

 

 右腕を落とされたアスモダインは首を振って《蒼》を見つけると、再び残った兵装を向ける。

 

「それはじゃあ――行くぜ!」

 

 騎神と一体になった今まで以上の万能感に高揚する気持ちを抑えてクロウは《蒼》を翔ばす。

 

「死ねっ! 煉獄で団長たちに詫びろっ!」

 

 導力砲に光が灯り撃ち出されるその瞬間、《蒼》が一瞬で間合いを詰めて導力砲を根元から切り裂く。

 

「っ――!?」

 

 切り飛ばされた導力砲が放物線の頂点を描く頃にはもう一方の導力砲もまた斬り飛ばされ、左腕、背後の兵装ユニット、足、首と《蒼》の光が交差する度にアスモダインは成すすべなく解体されていく。

 

「っ――オルディーネ……てめえ今までどれだけ手を抜いてやがった!」

 

 ダルマにして完全に無力化したアスモダインが倒れていく様を見送りながら、クロウは抗議を上げる。

 グノーシスで知覚速度を向上しているはずのアスモダインを、抵抗すら許さずに一方的に斬り伏せる事にクロウは呆れる。

 

『…………』

 

 やはり寡黙な相棒からの返答はなく、クロウは肩を竦めて刃を残ったアスモダインの胴体に突き付ける。

 

「もうやめにしようぜ」

 

「やめろだとっ!?」

 

 クロウの呼び掛けに対して《M》の苛立ちが伴った声はすぐに返ってきた。

 

「俺たちの戦いはもう一度、オズボーンを殺して終わったはずだ!」

 

「終わりなわけないだろっ!」

 

 クロウの言葉を《M》は拒絶する。

 

「あの男が生きている限り俺たちの戦いは終わらない!

 あの男を殺すことに失敗したお前は俺達と共に戦う義務があるはずだ!

 帝国解放戦線のリーダーの義務を果たせ《C》!」

 

 責任を果たせと迫る言葉にクロウは落ち着いた言葉を返す。

 

「今の俺は《トールズ第二分校Ⅶ組》のクロウ・アームブラストだ」

 

「ッ――ふざけるなっ!」

 

 はっきりとした拒絶に《M》はさらに怒鳴る。

 

「俺たちと一緒に過ごした時間も!

 団長やスカーレット、ギデオンとの関係も! 俺たちを奮起させたお前の言葉も!

 全部偽物だって言うつもりか!」

 

「それは……」

 

「あの内戦の戦いでお前は楽しんでいたはずだ!

 今更、善人ぶるなお前の両手は俺達と同じでとっくに血にまみれているんだ!」

 

 《M》の指摘にクロウは自分の手に視線を落とす。

 

「…………ああ、そうだな」

 

 始まりはどれだっただろうか。

 貴族の使い走りとして、時には平民を貶めた。

 ノルドでは共和国との戦争を誘発させるために、猟兵団を使い捨てにして両国の軍事基地を襲撃させた。

 帝都では鉄血宰相への宣戦布告として、暗黒竜を蘇らせた。

 クロスベルでは各国代表もろともにオズボーン暗殺を謀り、ガレリア要塞では仲間を含めて、多くの死者を生み出した。

 そして帝国の貴族派と革新派の内戦の最初の引き金を引いたのも、自身のこの手だとクロウは認める。

 

「この両手はとっくに血で染まってる……

 それこそあの鉄血宰相以上の罪を俺は重ねてきたのかもしれない」

 

「だったらその犠牲に報いろ! お前の中にまだ焔があるはずだっ!」

 

「…………俺の中にある焔はまだ消えてない」

 

「だったら――」

 

「だが……この焔の衝動に任せて、何もかもを巻き込んで復讐を果たす気にはもうなれないんだ」

 

 孤独だった頃は、鉄血の被害者という絆がクロウの全てだった。

 だが今はトールズでクロウが作った絆やスタークの復讐でつけられた傷跡がその焔の衝動に待ったをかける。

 

「そうか……ならばお前はもはや俺たちのリーダーなどではない! 鉄血と共に死ねっ!」

 

 殺気をまき散らす《M》にクロウは自分もこんな風に見られていたのかと何処か他人事のように感じながら応じる。

 

「これ以上、何ができるってんだ? お前たちはもう負けているんだよ」

 

 四肢も武装もなくなったアスモダインで何ができるのだとクロウはため息を吐く。

 周囲を見回せば、《蒼》の圧倒的な力を目の当たりにして残っている機甲兵は動きを止め、生身の猟兵たちも投降を始めている。

 

「潔く負けを認めろ。これ以上やっても無駄死にもならないだろ」

 

 クロウは投降を呼びかける。

 

「…………」

 

 しかしあれだけ高ぶっていた《M》の返答は沈黙だった。

 

「…………《M》?」

 

「ダメっ! 止めてクロウっ!」

 

 クロウの困惑にキーアの叫びが重なる。

 そしてアスモダインに変化が起きる。

 

「くくくく…………あはははは……」

 

 《M》の狂ったような笑い声が戦場に響き渡る。

 アスモダインからは黒い光が迸り、足元から蒼黒い花が溢れるように咲き狂う。

 

「おい、あれは……」

 

『霊力の急激な上昇を確認……それにあの花はプレロマ草……』

 

 クロウの困惑にイソラが答え、キーアの言葉が続く。

 

「あの人は《グノーシス》を飲んだの……それもかなりの量を……」

 

 咲き狂うプレロマ草は機体から大地へと侵食して地脈を狂わせ、《アスモダイン》の背後に幻獣が現れる。

 その幻獣の姿にクロウは見覚えがあった。

 

「あれは暗黒竜か!?」

 

「正確にはこの場所に残っている残留想念がグノーシスで一時的に具現化しただけで本物じゃないと思うけど……」

 

「そういえば、ここはあいつが《テスタ=ロッサ》と戦っていた場所か?」

 

 暗黒竜は咆哮を上げて、アスモダインと重なり、融合する。

 アスモダインは蒼い焔に包み込まれ、その姿を造り替えていく。

 

「アア……ココチイイ……」

 

 《M》の陶酔しきった声がクロウの耳に響く。

 

「コレガチカラ……オレハニンゲンヲヤメルゾ《シー》」

 

 蒼焔が治まっていく、《アスモダイン》の巨大な体は変質して錬成される。

 体のいたるところに《アスモダイン》の装甲を張り付けた機械仕掛けの蒼い竜。

 

『夜闇の蒼の魔竜……魔人化を超えて人間をやめてしまったようね』

 

「馬鹿野郎っ!」

 

 イソラの呟きにクロウは思わず叫ぶ。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 クロウの叫びに《魔竜》は咆哮を返す。

 それと共に放たれた黒い波紋の光。

 

「っ――導力停止現象か!?」

 

 思わず身構えた《蒼》だが、その光を浴びても騎神は停まることはなかった。

 代わりに大気が一瞬で凍てついた。

 

「なっ!?」

 

 一変した白銀の世界にクロウは絶句する。

 今は初夏。

 にも関わらず大気は凍てつき、大地は氷に覆いつくされていく。

 

「何をしやがった《M》!?」

 

 機甲兵のスケールによる導力魔法ではない。

 それこそガレリア要塞で見た終極魔法に匹敵する大規模の凍結魔法

 

「今のは導力停止現象の一種だよ」

 

 クロウの疑問にキーアが答える。

 

「でも導力じゃなくて、分子運動のエネルギーを奪って周囲を凍らせているみたい」

 

「ぶ、分子……何だって?」

 

 キーアの説明にクロウは疑問符を浮かべる。

 

「来るよっ! みんなっ!」

 

 《灰》が前に出て、鞘のドローンが追従する。

 《魔竜》は蒼炎をこぼす口を大きく開き――周囲から奪った熱を解放する。

 

 ――デストラクトキャノン――

 

 氷の世界に一筋の熱線が奔る。

 かつてクロウの同志の一人が使っていた技。

 もっとも威力は個人が扱えるものを優に超えていた。

 周囲の“熱”を奪い、一点に集中させた熱線はその余波で生み出された氷の世界を破壊し、一直線に帝都の外壁へと放たれる。

 《灰》はその射線に割り込み、ドローンと太刀を使って展開した防御障壁で受け止め、

 

「んんんっ! きゃああああっ!」

 

 熱線は空へと逸れ、《灰》はヘイムダルの外壁に叩きつけられた。

 

「キーアッ!」

 

 外壁にめり込んだ《灰》を振り返った《蒼》に《魔竜》の角を前に突撃する。

 

「っ――」

 

 巨体の突撃を《蒼》は受け止めきれずに数セルジュを一瞬で翔け抜けた《魔竜》は《蒼》を帝都の外壁に叩きつける。

 

「ぐあ……」

 

 息が詰まり、クロウは思わず喘ぐ。

 幸いなことに激突の瞬間に角は逸れ、《蒼》は串刺しにされることは免れた。

 しかし竜の巨体と壁に潰された衝撃は騎神は無事でも中のクロウにフィードバックされたダメージが通る。

 

「《M》……っ――」

 

 クロウの呼び掛けを無視して《魔竜》は倒れた《蒼》を踏みつけ、再び黒い光を放つ。

 

「ハハハ! ホロビロ! スベテホロビテシマエ!」

 

 大気から熱が奪われ、大地が更なる氷が覆いつくされる。

 そして黒い光の放出は一度では終わらない。

 光が放たれるたびに周囲から熱は奪われ氷が大地を侵食していく。

 その一方で《魔竜》が纏う蒼い焔は燃え滾る。

 

「オル…………ディーネ……」

 

 そして騎神もまた凍り付いていく。

 同時に踏み潰す足の熱が装甲を焼く。

 炎傷と凍結の相反する二つの痛みが《蒼》を蝕む。

 

「くそがっ!」

 

 踏みつけられて身動きが取れずに焔と氷に焼かれる《蒼》は腰の短砲を動かす。

 

「撃てっ!」

 

 銃口を《魔竜》の腹に押し付け、暴発の危険性を度外視してクロウは引き金を引く。

 

「っ――!」

 

 目の前で爆発が起きる。

 爆発の衝撃が二体の間にわずかな隙間を作る。

 

「オルディーネッ!」

 

 そのわずかな隙を逃さず《蒼》は全力で《魔竜》の足元から飛び出し、加速して弧を描いて突撃する。

 

「《M》っ! 手加減はしねえぞ」

 

 《魔竜》となったかつての仲間を気遣う余裕などもはやない。

 周囲の熱を無差別に奪う魔竜はもはや天災であり、その天災は願い通りオズボーンに届きかねない力がある。

 しかし、それは同時に帝都全土がこの氷の魔竜に蹂躙する事を意味する。

 内戦から復興する光景を見て来たからこそ、クロウはそれを止める。

 

「刺し貫えっ!」

 

 《蒼》は双刃剣を振りかぶり、光を纏わせる。

 

「ヴォーパル・スレイヤーッ!!」

 

 渾身の力を込めた全力の投擲。

 双刃剣は蒼の槍となって一直線に魔竜へと飛ぶ。

 飛行艇の導力砲を遥かに凌ぐ威力を秘めた必殺の一撃は――《魔竜》の目の前に現れた無数の氷の剣によって阻まれた。

 

「何っ!?」

 

 氷の剣が双刃剣の行く手を阻み、その身を犠牲にして双刃剣の破壊力を受け止める。

 結果、《蒼》の全力の一撃は《魔竜》の目の前に突き立って終わった。

 

「うそだろ……」

 

 騎神の力をいなされたクロウは絶句する。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 そんな彼の動揺に《魔竜》が吠えると《蒼》の周囲に氷が舞う。

 それはまるで教会の法剣による技だった。

 無数の黒い氷の刃が《蒼》に殺到する。

 

「ちっ――」

 

 《蒼》は空へと逃れながら、双銃を抜き、撃つ。

 縦横無尽に襲い掛かる氷の刃を《蒼》は精確に撃ち砕いていくが、数が多すぎる。

 

「それなら!」

 

 《蒼》は一気に加速して氷の刃から距離を取って、追従する氷の刃たちとその向こうの《魔竜》を見据えて全ての兵装の銃口を向ける。

 

「撃ち抜けっ!」

 

 クロウが引き金を引く。

 放たれた熱線と砲弾と弾丸の連射が迫る氷の刃を焼き払い、撃ち抜き、貫通して《魔竜》に降り注ぐ。

 瞬く間に《魔竜》は爆炎に包まれるが、《蒼》は引き金を引き続ける。

 

「…………やったか?」

 

 砲身が焼き付くまで撃ち続けた《蒼》は煙の中へと目を凝らし、次の瞬間黒い光を浴びて凍り付いた。

 

「くっ――」

 

 過熱した砲身と体が一瞬で冷却され、クロウは全身に亀裂が走る音を聞く。

 翼すら凍り付き、推力を奪われて落ちる《蒼》に氷を含んだ風が襲う。

 

 ――ブリザード・ストーム――

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 氷の刃が《蒼》を削り武器を砕き、氷漬けにして《蒼》を地面に叩きつけられ、更に氷の刃が突き立つ。

 

「くっ――」

 

 目の前のモニターが赤く明滅して危険な状態であることをクロウに知らせる。

 

『まずいわね』

 

 それと同じものを見ていたイソラは厳しい声で提案する。

 

『これ以上の戦闘は危険よ。戦域からの離脱を提案するわ』

 

「何だと……?」

 

 イソラの提案にクロウは顔をしかめる。

 

『今の彼は小さな暗黒竜の化身よ……

 元々《ゾロ=アグルーガ》は《緋のテスタ=ロッサ》が刺し違えて討滅した存在……

 本物の暗黒竜と比べて弱いと言っても、《緋》よりも“格”の低い《蒼》が単騎で倒すには荷が重い相手なのよ』

 

 イソラの悪意のない指摘にクロウは更に顔を曇らせる。

 

「“格”か……まあ《緋》は帝国の皇族の機体だからさぞかしお高いんだろうな……

 ちなみに他の序列はどうなってんだ?」

 

『《黒》は別格として、次いで《金》と《銀》……

 《千の武具》を与えられた《緋》。《蒼》《紫》《灰》の順番らしいわね』

 

「…………そうかよ……だったら、なおさら退けねえな」

 

『クロウ君!?』

 

 イソラの驚きを無視してクロウは《蒼》に霊力を注ぎ込む。

 

『クロウ君! 退くこと決して恥じゃないわ。とにかくあの《魔竜》と《蒼》は相性が悪すぎるわ』

 

「イソラ、少し黙ってろ」

 

 忠告は百も承知で、《蒼》は凍てつく吹雪の中を前に一歩踏み出す。

 

「これはあいつを見捨てた俺のケジメだ……そこから逃げるわけにはいかねえんだよ。それに……」

 

 これが暗黒竜に匹敵するというのなら尚更にクロウは逃げるわけにはいかなかった。

 二年前、伝説を軽んじて名声のために暗黒竜を復活させた罪。

 “後輩”によってその目論見は失敗に終わってしまったが、こんな災害を帝都に起こそうとした自分に自己嫌悪する。

 更に言えば、《蒼》よりも“格”が低い《灰》でそれを成した対抗心もある。

 

「ヴィータの奴が殴るわけだ……とはいえ……」

 

 体の感覚が寒さで失われていく。

 でたらめに放たれるゴスペルの光が際限なく大気から熱を奪い、氷の世界は広がっていく。

 

「くそ……」

 

 白い息を吐きながら、クロウは冷たさに遠のく意識を必死に繋ぎ止める。

 《蒼》の四肢は凍り付き、氷が広がって体中を覆い隠していく。

 せめて一瞬でもゴスペルが止まればと考えが過ぎり――クロウは繋がった。

 

「イソラッ!」

 

『焔よ彼の者を清めたまえ――キュリアっ!』

 

 魔女の術が行使され、《蒼》を覆った氷が砕け散る。

 それは一時しのぎにしかならず、黒い光が再び《蒼》から熱を奪う。

 しかし――

 

「ドラグナーハザードッ!」

 

 《魔竜》の背後。

 《灰》のドローンが作る黒い球体が現れて消えたと思った瞬間、《ヘクトル》が現れて渾身の一撃が《魔竜》の頭を蹴り抜いた。

 放とうとしたゴスペルの光が途切れる。

 

「オオオオオオオオオオッ!」

 

 《蒼》は雄雄叫びを上げて、体に纏わりつく氷を振り払い飛翔する。

 

「っ……行けっ! クロウッ!!」

 

 《魔竜》の頭を蹴り飛ばした《ヘクトル》に氷の法剣が殺到し、瞬く間に切り刻まれて氷に埋もれる。

 

「っ……」

 

 親友の叫びが途切れたことに唇を嚙みながらクロウは無謀に突進する。

 双刃剣は《魔竜》の足元。

 回収する暇はなく、ならばこの身を鋼の弾丸にして《魔竜》と刺し違える覚悟で《蒼》は――

 

「っ!?」

 

 突然、目の前に突き立った太刀にクロウは息を呑み――反射で速度を維持したままそれを拾って更に加速する。

 太刀を後ろに振りかぶり、一直線に《蒼》は飛ぶ。

 無数の氷の刃がその行く手を阻むが、《蒼》は構わず突き進む。

 

「ぐうううううううっ!」

 

 クロウは歯を喰いしばって体を削る刃に耐え――目の前に鋭い尾の切っ先が迫るのを見た。

 

「ちいっ!」

 

 左手を前に差し出し剣尾を掌で受け止め――更に加速を重ねて、左腕が肩からもぎ取られるのも構わず前に突き進む。

 言葉にできない気持ちをそのままぶつけるように体ごと、ひたすらに前へと翔ぶ。

 

「《M》っ!」

 

 《蒼》は太刀を前へと突き出す。

 《魔竜》は蒼焔を溜めた口を開いて迎え撃つ。

 蒼の一閃は焔を斬り裂いて、《魔竜》の胸を穿ち、その奥の金のオーブを貫いた。

 

 

 

 

 ――憎い、憎い、憎い――

 

 その男はただ怨嗟を吐き続ける。

 その姿にクロウは何も言えなくなる。

 

 ――■■の無念を晴らせ、家族を奪った奴を許すな――

 

 そこにはかつての自分がいた。

 帰る故郷もなければ、帰りを待つ家族もいない。

 だから己を顧みず、黒い衝動に急かされるままに突き進んだ。

 

「《M》……」

 

 未だに復讐を捨てきれない彼にどんな言葉を掛ければいいのかクロウには分からない。

 思えば、クロウは仲間の復讐心以外に彼らを知らない。

 同じ志を持つもの同士だからこそ“同志”。

 復讐心だけで繋がった歪な絆だからこそ、その身を生贄にすることも、させることも厭わない“仲間”でも“友”でもない自分たちの繋がり。

 その事にクロウは後悔せずにはいられなかった。

 

「《M》……俺は――」

 

「まだだっ!」

 

 クロウの言葉を拒絶するように《M》は叫ぶ。

 

 

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 《魔竜》が断末魔の咆哮を上げながら、ゴスペルの光を放つ。

 今までの中で最大の範囲の光が周囲の“熱”を奪い、氷の世界を作り出す一方で《魔竜》の体は蒼い焔を炎上する。

 

「っ――――馬鹿野郎っ!」

 

 クロウはやるせない声で叫び、《蒼》は蒼い焔にその身を焼かれながら突き立てた太刀を更に押し込む。

 

「っ――――ぐあ――しまった!」

 

 しかし集束する熱が生み出す焔の勢いに、太刀を残して《蒼》は吹き飛ばされる。

 

「まだだっ!」

 

 吹き飛ばされた《蒼》は運よく地面に突き刺さった双刃剣を掴み、取って返す勢いでもう一度突撃する。

 

「《M》っ!」

 

 氷の刃が《蒼》を削る。

 全身を鑢で削がれる痛みに歯を食いしばって耐えて、《蒼》は刃をもう一度《魔竜》に突き立てる。

 

「がああああああああああっ!」

 

「いい加減、眠れっ!」

 

 “返り血”を浴びながら《蒼》は刃を押し込む。

 悲鳴を上げる《魔竜》は《蒼》の頭上に剣尾を振り上げて――

 

「月光剣っ!」

 

 幻想の刃を握った《灰》がその剣尾を斬り飛ばす。

 次いで、先程氷漬けにされたはずの《ヘクトル》が《灰》の隣に――《魔竜》の背後に出現して拳を握り固める。

 さらに《灰》は返す刃に炎を纏わせる。

 

「ゼロインパクトッ!」

 

「業炎撃!」

 

 正面から《蒼》の刃が突き立ち、背後から《ヘクトル》の打撃と《灰》の斬撃が徹る。

 

「があああああああああああっ!!」

 

 しかし、それでもまだ暴走は止まらず《魔竜》の体は膨れ上がり――

 

「退くが良い」

 

 その声にクロウ達三人は反射的に従って後ろに飛び、次の瞬間《青黒のティルフィング》がランスを《魔竜》に突き立てる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 女の声に呼応するかのように外付けされたブースターが激しく火を噴き、《魔竜》の体を抉るように突き破った。

 

「あ……」

 

 集束された力は霧散し、《魔竜》の体は魔獣のように蒸発するように消えていく。

 クロウは思わず手を伸ばし――

 

「煉獄で待っているぞ《C》」

 

 帝国解放戦線の《M》は恨み言を最後に残して消滅した。

 

「…………」

 

 やるせない思いを噛み締めしめる。

 どうすることが正解だったのだろうか。

 《M》を討った事を間違いだと思わない。

 彼をここで止めなければ、オズボーンを殺すために彼は平気で帝都に住む全ての人を巻き込んでいただろう。

 彼を止めるには討つしかなかった。

 だが、思わずにはいられない。

 

 ――俺がもっと早く《M》を見つけてやれていれば……

 

 一人で腐って不貞腐れて引きこもらず、彼がカイエン公と巡り合う前に自分が会えていれば結末は変わったのではないかと考えてしまう。

 

「ああ……そういう事か……」

 

 クロウは近づいてくるアンゼリカが乗っている《ヘクトル》を見て、ようやく学友たちの自分たちに向ける気持ちを理解できた。

 

「クロウ……?」

 

「何でもねえよ」

 

 思わず憎まれ口を返しクロウは踵を返す。

 

「ここの後始末を任せていいか、ゼリカ?」

 

「任せて、か……その体でまだ戦う気か?」

 

 外から見た《蒼》の姿はひどいものだった。

 左腕は肩から引きちぎられたように喪失しており、体は氷と焔によって歪に歪み罅だらけ。

 更に付け加えると返り血を頭から被ったその姿は悲惨なことになっている。

 もはや無事なところを探す方が困難なほど。

 騎神と起動者の関係を考えれば、クロウの体も外傷こそないが《蒼》と同じくらいに傷ついているとすれば今すぐに安静にしなければならないほどの重症だろう。

 

「……もう一人、ケジメをつけなきゃいけない相手がいるんだよ」

 

 《蒼》は氷に覆われた帝都の外壁を見上げて翼を広げる。

 

「っ……損傷率がひでえな……どこまで飛べるか……」

 

 《蒼》に残された霊力も残りわずか。

 いつ停止してもおかしくないが、いかない理由はクロウにはない。

 が、飛び立つのをクロウは躊躇った。

 

「あ……ああ……その……なんだ……ゼリカ」

 

「どうしたクロウ?」

 

 挙動不審になったクロウにアンゼリカは首を傾げる。

 逡巡と葛藤をたっぷりとしたクロウは背中を向けたまま、アンゼリカに言う。

 

「今まで悪かった……あと助かった。これが終わったらトワ達を呼んで奢らせてくれ」

 

「は……?」

 

 クロウが奢る。

 思わずアンゼリカは耳を疑い。

 

「それじゃあ、行ってくるぜ」

 

 返事を待たず《蒼》は飛び立つ。

 アンゼリカは《ヘクトル》から出て、それを見上げて苦笑する。

 

「言うのが遅いんだ馬鹿者が」

 

 

 

 

 

 

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