閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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78話 妄執の終わり

 

 

 

 

 

「……《ゾア・ギルスティン》……どうしてここに?」

 

「貴方達の特別実習が終わった後、《ゾア・ギルスティン》はここに秘密裏に運び込まれたわ」

 

 リィンの呟きにルフィナが答える。

 

「霊子反応は消えて完全に沈黙……

 でも帝国政府はこれを危険視して、元々そう主張していた七耀教会に封印を依頼したわ」

 

「霊子反応がない……それじゃあ《零の騎神》はもう……」

 

「ええ、この後は封印処置をした格パーツをヘイムダルから各地の“始まりの地”に移動した上で更なる封印を施すことになっているわ」

 

「……そこまでしないといけないのですか?」

 

 死んだ機体に対して厳重過ぎる取り扱いにアルティナは顔をしかめる。

 

「帝国政府はデータ上、完全停止していると言ってもどこかで蘇るのではないかと考えているんでしょう」

 

「……そんな機体を見せてルフィナさんは、俺に何を求めるつもりですか?」

 

 どこか含みのある強張った声でリィンはルフィナに尋ねる。

 

「今朝、ある男が教会を訪ねてきて言ったわ」

 

 ――リィン君が次にここを訪ねて来たら、ここの地下へ案内すると良い――

 

 その時のことを思い出したのか、ルフィナはもう一度ため息を吐く。

 

「彼が言う通り、貴方が現れた……

 そして帝都の騒乱はまだ終わってない……ならリィン君には今、この子が必要なのかしら?」

 

 ルフィナ自身もまだ答えを持て余しているのか、確かめるようにリィンに尋ねる。

 

「それは……」

 

「貴方が望むなら《零の騎神》を蘇らせる事はできるかもしれない……私には一つだけその手段に心当たりがあるわ」

 

「っ……!?」

 

「ちょ!? ルフィナ姉さん!?」

 

 ルフィナの突然の言葉にリィンが驚くよりも、緑の髪の青年が驚きの声を上げる。

 

「こいつを蘇らせるって! ホンマか!?」

 

「そうだぜ! こいつはアタシたちも念入りに調べたんだぜ!」

 

「にわかには信じられませんね」

 

「貴方達は黙っていなさい」

 

 続く守護騎士たちの言葉をルフィナは一言で黙らせて、リィンに向き直る。

 

「その男はこうも言っていたわ……」

 

 ――いくら《ティルフィング》を強化したところで《黒の騎神》に勝つことはできないよ――

 

「リィン・シュバルツァーの行動は己の自尊心を満たすだけの欺瞞でしかない、と」

 

「…………欺瞞……か……」

 

 痛いところを突かれてリィンは顔をしかめる。

 薄々気付いていたことではあるが、現代の技術で作られた《ティルフィング》は《騎神》を超えることは極めて困難だということ。

 

「《黒の騎神》に挑むならば《零の騎神》くらい使いこなしてみせたまえ……

 以上が、その男からの伝言よ。リィン君はどうしたい?」

 

 ルフィナの問いにリィンは《零》の頭を見上げる。

 

「《零の騎神》があれば……俺は……まだ戦える……闘えるか……」

 

 自嘲するようにリィンは呟く。

 

「都合がいい……都合が良過ぎる……これはどこまでが仕向けられているんだろうな」

 

「リィン……」

 

 うわ言をもらすリィンにアルティナが不安そうな目で彼を見守る。

 

「ルフィナさん、どうして人は戦い続けているんですか?」

 

「リィン君……?」

 

 脈絡のないリィンの質問にルフィナは聞き返す。

 

「人間たちは今度は“ティルフィング”を――あの人が残したものを使って闘争を起こした……

 《七の騎神》でそうしたように、人は1200年経ってもまだ同じことを繰り返している……そしてそれは俺も……」

 

 戦っている時は夢中で考えている余裕はなかった。

 しかし、戦場から離れて考えてしまうのは何故こんなことが起きたのか怒りを感じながら、誰かに導かれるように《零の騎神》の下に来てしまった自分の行動に疑問を感じてしまう。

 

「…………俺は……《黒》と戦うために生まれて来たのに……俺は人ばかりと戦ってる」

 

 サザーランドで結社と、クロスベルと、そして今はクロワールが率いた貴族連合の残党と。

 

「“贄”として役割を終えたのに、まだ敵を滅ぼそうと、闘争を求めて戦いを人は続けるというなら……

 それが人の本質だと言うなら、例え《黒》を倒したとしても人の未来は……」

 

「…………そうね……」

 

 リィンの独白にルフィナは遠い目をして頷く。

 

「その気持ちは良く分かるわ……

 暴力で全てを解決しようとする人、聞く耳持たずに己の利益だけを求める人、無責任に守られることを求める人……

 世界には本当にいろいろな人がいるわ」

 

 実感の籠ったルフィナの言葉。

 “千の腕”と呼ばれるほどに、様々な人たちと関わってきたルフィナにはリィンが感じている苦悩は良く分かる。

 

「私もずっと、誰もが幸せになれる世界。それが存在し得ないと知りながら少しでもそれに近付けないかと必死になって足掻いて――戦ってきた」

 

「…………戦ってきた? ルフィナさんも?」

 

 聞き返すリィンにルフィナはええっと頷く。

 

「欲しいものを手に入れるための行為を“戦い”と言うならば、人の歴史はまさに戦い続けてきた歴史と言えるでしょう……

 でも“戦う”ことが相手を“滅ぼす”だけのものじゃないことはもう“あなた達”は知っているでしょ?」

 

 ルフィナの指摘にリィンは黙り込む。

 

「結局は“力”を手にした貴方がどうしたいか?

 私は貴方が《零の騎神》に乗ったとしても世界を滅ぼしたりしないって信じているわよ」

 

「…………分かってる……分かっているんです」

 

 “リィン”らしくない愚痴をもらし、躊躇っても既に心は決まっている。

 

「…………アルティナ、離れていてくれ」

 

「リィンさん、まさか!」

 

「《零の騎神》の影響がアルティナにどんな影響を出すか分からない……《ゾア・ギルスティン》には俺だけで乗る」

 

 そう言い切るリィンにアルティナは反論しようとして口を噤む。

 ただでさえ未知な《零》に自分という異物が入り込むリスクを考えれば、リィンがアルティナの同乗を拒むのは当然でもある。

 しかし不服と感じても、アルティナはこの場でリィンを説得する言葉を出すことはできなかった。

 

「ルフィナさん、よろしくお願いします」

 

「ええ……任せて頂戴」

 

 リィンとルフィナは頷き合い、リィンは《零の胴体》が封印された匣の前に進み出て、触れるとあっさりと中に入り込む。

 

「ちょっ!? 副長!?」

 

「いえいえ! 私はちゃんと封じてましたよ。まさかルフィナさんの仕込みですか?」

 

 驚く守護騎士たちに副長と呼ばれた男は自己弁護してルフィナを睨む。

 ルフィナは集まる猜疑の眼差しに穏やかな笑みを浮かべて、彼の名を呼んだ。

 

「ケビン、貴方がみんなの“力”をまとめなさい」

 

「ルフィナ姉さん、いったい何を……?」

 

「私が《彼》にもらったものを返すだけよ」

 

 気負うことなくそう言ってルフィナはリィンが取り込まれた《匣》の前に立つとその背に魔法陣のような光が広がった。

 

「……蛇の疑似聖痕」

 

 その力の波動、本来のルフィナ・アルジェントには持ち得ない“力”に守護騎士たちは思わず身構える。

 

「ルフィナ姉さん……本気か……」

 

 正直、説明不足で問いただしたいものだが、聞く耳を持たないルフィナにケビンは諦めて――

 

「我が深淵にて煌めく蒼の刻印よ」

 

 その背中に聖痕の光を現出させて、ルフィナとのパスを繋いで同僚たちに向き直る。

 

「まあ……そういう事なんで、《零の騎神》を起こすのに協力してもらえませんか?」

 

「いきなり何言ってやがる? 起こすも何もその《騎神》は霊的に間違いなく死んでるだろ?」

 

「仮にできたとしても、それは帝国政府の依頼と教会からの任務に背く事になりますよ」

 

 ケビンの申し出にセリスとリオンはうろんな眼差しを返す。

 そもそもこの封印は帝国政府から打診されたものでもあり、《零の騎神》を危険視する七耀教会としての任務でもある。

 帝国解放戦線のスカーレットの罪の貸しもあって、今は帝国政府の要請にはなるべく従うようにしているだけにエレボニアとアルテリアの関係を壊しかねない愚行に従う理由はなかった。

 しかし――

 

「我が深淵にて煌めく蒼金の刻印よ」

 

「ワジッ!?」

 

「ヘミスフィア卿、何故?」

 

 ケビンに続いて、ワジ・ヘミスフィアが聖痕を展開した。

 

「リィン君には先月にクロスベルを守ってくれた借りがあるからね……

 こっちの方が面白そうだし……ま、帝国政府への言い訳はグラハム卿に任せれば良いんじゃない?」

 

「おいおい……」

 

「ああ、怖いならそこで見ていれば良いよ。君たち程度が触ったら、火傷じゃすまないだろうしね」

 

「んだと! 上等だ!」

 

 ワジの挑発にあっさりとセリスが乗って、焔の刻印を展開する。

 

「やれやれ仕方ないですね」

 

 そんなセリスの姿にリオン肩を竦めて、氷の刻印を展開する。

 

「我が深淵にて震えし赫灼の刻印よ」

 

「我が深淵にて凍えし《氷焱》の刻印よ」

 

 四つの聖痕が展開されて、ケビンを経由して霊的なパスがルフィナへと繋がっていく。

 

「はあ……総長になんて説明しましょうかね」

 

 副長、トマス・ライサンダーは自分を抜きに勝手を始めた部下たちにため息を吐く。

 

「しかし……七耀教会が《相克》に食い込む駒にできるのならば、まあ良いでしょう。それに……」

 

 打算を巡らせる一方で《彼》の教官だった時の事を思い出して、トマスも聖痕を展開する。

 

「ありがとう、皆さん」

 

 ルフィナは目を伏せて、礼を言う。

 

「我が天壌に輝く《雲》の欠片よ」

 

 ルフィナの聖痕が一際輝き、光のパスが“始まりの地”に散らばった《零》の欠片と繋がる。

 

「リィン君!」

 

 その呼び声に答えるようにリィンは暗い操縦席の中で“力”を解放した。

 

「神気合一っ!」

 

 

 

*

 

 

 

 

「また私の前に立ちはだかるか!?」

 

 目の前に突然現れたクロワールは激昂する。

 しかしすぐにその怒りを納めて前向きに考え直す。

 

「女神よ、粋な計らいをしてくれる」

 

 かつて内戦の詰めを台無しにしてくれた怨敵の出現は考えを変えれば、その時の雪辱を晴らす絶好の機会とも言える。

 あの時は《蒼の騎神》に使われる事しかできなかったクロワールだが、今はその《蒼》に匹敵する自分の《藍》がある。

 条件が同じならば負ける道理などないとクロワールは笑みを浮かべる。

 

「《ゾア・ギルスティン》よ。良くぞ私の前に再び現れてくれた!」

 

 それに加え、よく見れば《零の騎神》は先月クロスベルに現れた時よりも一回り小さくなって貧相な姿になっている。

 神狼の爪も、灼獣の翼も、竜の鱗も、一角獣の角もなく、霊圧すら感じない。

 更には武装デバイスすらない“無手”。

 

「この超帝国人である新生クロワールの最初の相手としてお前ほどに相応しい相手はいない!」

 

 金の細剣に藍色の霊力が宿り迸る。

 

「喰らうが良いっ! 我が最大の一撃をっ!」

 

 全身全霊、放つ剣閃を纏い突撃して繰り出す神速の一突きが無防備に立ち尽くす《零》に放たれる。

 達人の腕から繰り出される刺突。騎神の力も相まって機甲兵ならば紙屑のように貫く一撃は――《零》がその切っ先を掴んで止めた。

 

「何っ!?」

 

 渾身の一撃を無造作に止められた事実にクロワールは驚愕する。

 

「ええいっ! 放せっ!」

 

 力任せに剣を引き、《藍》は《零》から距離を取る。

 

「い、今のは小手調べの一撃よ。私の技、そしてこの《藍》の力を合わせれば貫けぬものなどありはしないのだ!」

 

 翼を広げ、空を飛び、《藍》は更に《零》から距離を取って向き直る。

 

「コオオオオオオオオッ!」

 

 先の一撃以上に闘気を練り上げ、翼は大きく広がる。

 全身に力を溜め、一気に解き放つ――しかし《藍》は加速する前に《零》の掌に顔を叩かれて失速する。

 

「馬鹿なっ!?」

 

 直前までドライケルス広場に立っていたはずの《零》が気付けば目の前にいる事実にクロワールは目を剥く。

 何よりもその一撃はこちらを倒すための一撃ではなく、まるで親が子を叱るような手加減された一撃がクロワールのプライドを傷つける。

 

「この騎神の紛い物風情がっ!」

 

 憤りをそのままに細剣を振る。

 その一撃を《零》は振り下ろされる細剣の腕を掴んで止めて――

 

「もうやめろ」

 

 遣る瀬無さに満ち、同情心が籠った声がクロワールに掛けられた。

 

「その声はリィン・シュバルツァーか!?」

 

「力の差はもう分かったはずだ。もう貴方に勝ち目はない」

 

「誰にものを言っている! 私は《超帝国人》だぞっ!」

 

 掴まれた右腕を振りほどけず、《藍》は左の拳を《零》の顔に叩き込む。

 しかし、まともに当たっても《零》はその衝撃に小揺るぎもしなかった。

 

「ぐぬぬ……おおおおおおっ!」

 

 ならばと左手を右腕に添えて全力で押し込む。

 だが、《藍》の全力を《零》は片手で抑え切ってしまう。

 

「私は超帝国人だ! 超帝国人なのだ!」

 

 己を奮い立たせてクロワールは更に力を込め叫ぶ。

 

「…………っ」

 

 不意に《零》の手の力が緩み、《藍》はなりふり構わず足蹴にして拘束を振り解く。

 

「くっ……」

 

 仕切り直して相対するが、クロワールは悠然と佇む《零》に気押されて怯む。

 

「いいや! 私は負けない! 負けてたまるものか!」

 

 萎えかけた気持ちを奮い立たせてクロワールは叫ぶ。

 

「《藍の騎神》よ! もっとだ! もっと私に力を寄越せ!」

 

 貪欲にクロワールは願う。

 “闘争”を求めるクロワールに黒い瘴気が溢れ、《藍》の体の各所が開く。

 その変化する姿にリィンは息を呑む。

 

「第二形態……ぐっ!?」

 

 呟いた瞬間、《零》は胸を突き飛ばされていた。

 

「速いっ!」

 

「どこを見ている!」

 

 体制を立て直した《零》の背後に《藍》は回り込み剣を一閃する。

 

「おおおおおおおっ!」

 

 空を縦横無尽に翔け、《藍》は《零》に反応すらさせずに斬撃を重ねる。

 十一の斬撃を浴びせ、《藍》は最後に突進の一突きを放ち、空を一直線に駆け抜ける。

 

「ぬううっ!」

 

 渾身の必殺を繰り出したクロワールは突き出した剣が半ばから折られた姿に目を剥く。

 

「もう十分分かっただろ」

 

 《零》は掴んだ金の刀身を握り潰して振り返る。

 

「くっ……」

 

 あれだけの斬撃を浴びせたというのに《零》が無傷だという事実にクロワールは絶句する。

 

「この化物め!」

 

「…………投降してその機体を返せ。これ以上、それを使って暴れるなら容赦しない」

 

 慣れていないリィンの脅しにクロワールは嘲笑を返す。

 

「断る! 私はアルノールを滅ぼすまで止まるつもりはない!」

 

「っ……どうしてそこまで……?」

 

 憎悪とも感じる妄執にリィンは理解できないと首を振る。

 

「貴方はカイエン公爵家の大貴族だったんだろ!? それだけの力を持っているなら、帝国を捨ててどこでだって生きていけたはずだ!

 なのに何で帝国に戻ってきた! そこまでアルノール家を滅ぼしたがる!?」

 

「私にはそれ以外ないからだ」

 

「え……?」

 

「私はアルノールを滅ぼすために生まれてきた! 父も母も亡霊もずっと私にそうしろと言い続けてきた!」

 

 堰を切ったようにクロワールは語り始める。

 今まで誰にも打ち明けることがなかった思いを叫ぶ。

 

「貴族の振舞も! 剣術も! 知略も! 私が培ってきたもの全てがそのためのものに過ぎん!」

 

 《藍》は折れた剣を捨てて、新たな剣をその手に作り出して《零》に斬りかかる。

 

「くっ……」

 

 振り下ろされる刃は腕を掴まれて抑え込まれ、それでもクロワールは叫ぶ。

 

「エレボニアから逃げたところで私はアルノールを滅ぼす以外の生き方など知らぬ! それ以外を教わらなかった! 許されなかった!」

 

 力比べの形で剣を押し込みながらクロワールは叫び続ける。

 

「貴様に分かるまい! 物心が着く頃からアルノールを滅ぼせと言われ続ける人生がどれほどのものか!」 

 

「…………ああ、分かる」

 

 クロワールの慟哭に、リィンは静かに頷いた。

 

「何っ!?」

 

「分かる……ああ、分かる……俺にはその気持ちがよく分かる」

 

 リィンという“器”の奥。

 《鋼の意思》がクロワールの言葉に共感を示している。

 

 ――焔を滅ぼせ!

 

 大地の民はそう願った。

 

 ――大地を滅ぼせ!

 

 焔の民はそう願った。

 生まれ変わった後もそして今も――彼らは“滅ぼせ”という願いは続いている。

 

「その気持ちは知っている。だから――」

 

「っ――黙れっ!!」

 

 《零》は腕を抑え込んだまま、もう一方の手を《藍》に差し伸べて――クロワールは拒絶するように力任せに振り払い、《零》を突き飛ばす。

 

「私の半分も生きていない若造に理解されてたまるものか!」

 

「理解できたなんて大それた事を言うつもりはない……

 ただ貴方がどんな“願い”を抱えていたのか……それを知れて良かったと思う」

 

「っ――黙れ! 黙れっ!」

 

 カイエン公として培った能力がリィンの言葉に嘘偽りがないと判断してしまう。

 

「私を惑わせるなっ!」

 

 激情のまま剣を振るう。

 あらゆる技が、あらゆる駆け引きを使って、《藍》は何度も《零》を斬りつけるがまともな傷すらつけられない事実にクロワールは絶望する。

 

「それでも……私は……私は――ぐあっ!」

 

「…………そうか……止まり方すら、貴方は知らないのか」

 

 掌打を顔に叩きつけ突き飛ばしたリィンは諦めたように呟いた。

 

「そうだ……私はアルノールを滅ぼすまで止まることはない! だからそこをどけっ!」

 

「それはできない。帝都には俺の大切な人たちがいる……

 アルノール家についてだって、関係は薄いかもしれないけど他人じゃない……

 だから貴方の“願い”を知った上で、貴方の“願い”は叶えさせないと決めた」

 

「っ!」

 

 拳を固めて突き付ける《零》にクロワールは息を呑む。

 

「…………そうか……」

 

 呑んだ息を吐き、クロワールは空を仰ぐ。

 

「ここが私の終わりか……」

 

 ――《零の騎神》には勝てない……

 

 頑なに受け入れようとしなかった事実を認めた自分にクロワールは少なからず驚く。

 ここまで何一つ通じなかった事は揺るがないが、それでも諦めるという選択肢はクロワールにはなかった。

 なのに今はその事実を受け止めている。

 

 ――あまりにも《零》が強すぎるから? それとも彼の言葉のおかげか?

 

 リィンの共感に絆されたつもりはないが、彼の言葉は“囁き”と同じように不思議とクロワールの奥に響いていた。

 

「ふ……この光景を見れただけでも良しとするか」

 

 澄み渡った空から下に目を落とせばそこにはアルノールの居城とも言えるバルフレイム宮、そして広がるヘイムダルの街並みを一望できた。

 宮殿よりも高い場所から見下ろしているという事実にかすかに自尊心を埋めつつ、クロワールは笑みを浮かべる。

 

「決着を着けよう、リィン・シュバルツァー」

 

「…………今からでも投降しないのか?」

 

「私はもはや後戻りは出来ない、分かっているであろう?」

 

 クロワールの言葉にリィンは黙り込む。

 学生の自分でも理解できるほどに、クロワールが行ったことは大き過ぎる。

 例え誰が擁護したところで、彼が極刑になることは変えられないだろう。

 

「私は所詮、オズボーンの当て馬でしかなかったのだろう……だが、今はそんな事などどうでも良い」

 

 《藍》は左腕を後ろ腰に回し、剣先を眼前に翳すように剣を構える。

 

「今はただこの剣に全てを込めよう」

 

 先程までの激情もなく、静かな構えにリィンは――《零》は思わず佇まいを直して構えを取る。

 

「八葉一刀流、《初伝》リィン・シュバルツァー。若輩者ですが、受けて立ちます」

 

 構えるのは太刀ではなく拳。

 だが、そんな事は些細なことでしかない。

 

「八葉一刀流か……」

 

 ――剣の道を志す者ならばいずれ八葉の者と出会うか……

 

 どこかで聞いた言葉をクロワールは思い出し、失笑する。

 

「ついに私も巡り合えたか……」

 

 その言葉を呟き、クロワールは次の瞬間、気持ちを引き締める。

 

「私の最後の一撃……受けることができたのならば、そなたに《剣匠》をくれてやろうぞ」

 

 高らかに口上を叫び、《藍》は剣を振り被る。

 

「行くぞ――リィン・シュバルツァー」

 

「来い――クロワール・ド・カイエン」

 

 《藍》は空中を蹴るように疾走する。

 技も駆け引きもない。馬鹿正直な全力突撃。

 

「八葉一刀流、八の型――」

 

 愚かに思えるほどに真っ直ぐにその一突きを躱すことは容易だった。

 しかし、《零》もまた前へと飛翔する。

 

「はっ!」

 

 応えた《零》にクロワールは思わず笑みをこぼした。

 わざわざ付き合う必要はない。

 《零》の力なら、問答無用で無力化することだってできただろう。

 それをしなかった彼に感謝の念を感じる。

 

「はは……ははは……ハハハハハハッ!!」

 

 生涯に渡りアルノールを打倒するためだけにその身を捧げてきた男は、笑い声を上げて最後の正剣突きを繰り出した。

 

「破甲拳っ!!」

 

 繰り出される剣に対して《零》もまた拳を繰り出す。

 “剣”と“拳”はぶつかり合い、そして――

 

 

 

 

 

 空から二機の《騎神》が降りて来る。

 白亜の騎神は藍色の騎神の首根っこを掴んだまま、静かにドライケルス広場に着陸する。

 広場に緊張が走る。

 導力停止現象は静まり、オーブメントの機能が回復した正規軍人たちは素早く動き出し、二機を取り囲む。

 《零》は正規軍に囲まれながら《藍》を地面に置く。

 するとその胸から光が溢れ、光が降りる。

 それは人の形となり、横たわったクロワールが現れた。

 

「っ……」

 

 正規軍はその姿を見ると一斉に導力ライフルを構え――

 

「その必要はなさそうだ」

 

 一言で制してギリアス・オズボーンが進み出る。

 

「さて……クロワール・ド・カイエン。起きているかね?」

 

 オズボーンの声にクロワールはぴくりと反応する。

 仰向けに倒れたクロワールの目がゆっくりと開き、オズボーンの顔を見て明らかに落胆する。

 

「ふん……そなたか……」

 

 素っ気ない反応にオズボーンは肩を竦める。

 そしていつかの時と同じ言葉を送る。

 

「よくもまたこれほどまでに帝都を滅茶苦茶にしてくれたものだ」

 

 ジュノー海上要塞襲撃から始まった戦争はまだ一日も経っていないのに、甚大な被害を各地にもたらしていた。

 四機のアスモダインは全て撃破されたとはいえ、被害の規模を考えると今から頭が痛くなってくる。

 

「クロワール・ド・カイエン……元ラマール州領主よ……

 貴公を帝都騒乱の罪で拘束させてもらう。二度目は期待しないことだ、そなたをここで逃がすことはない」

 

 脅すオズボーンの言葉にクロワールは興味なさそうに一言を返す。

 

「好きにするがいい」

 

 あまりに覇気のない言葉にオズボーンは毒気を抜かれる。

 

「随分と変わったな……その髭を剃った顔に関係あるのかな?」

 

「ふん……勘違いするなよオズボーン。私は貴様やアルノールに負けたのではない」

 

「…………では貴公は誰に負けたと言うのだ?」

 

「そんなこと……答えるまでもないだろう」

 

 クロワールは呆れてオズボーンから視線を外し、首だけ動かして彼を見る。

 《零の騎神》からクロワールと同じように降りたリィンはふらついた体をアルティナに支えられる。

 その少年の姿にクロワールは笑みを浮かべる。

 

「私はリィン・シュバルツァーに……《超帝国人》に負けたのだ……ああ、そうだ……私の完敗だ」

 

「…………そ、そうか……」

 

「まるで手も足も出なかった……そう、あれはまるで親が子を叱るような……ふふ、存外に悪くないものだな」

 

「カイエン公? 貴公は何を言っているのだ?」

 

 不敵に笑いリィンの父性について語り出したクロワールにオズボーンは複雑な表情になる。

 オズボーンが戸惑っている内に、リィンはアルティナに支えられながらクロワールの下に辿り着く。

 

「シュバルツァー……」

 

「クロワール卿……」

 

「…………これを君にくれてやる」

 

 緩慢な動作でクロワールは煌びやかな装飾が施された鍵を取り出す。

 しかし差し出す力はなく鍵は手から零れ落ちるが、クロワールは気にしない。

 

「それは……?」

 

「君には《剣匠》をくれてやると言ったが、この際だ……

 私の全てを君に譲ろう……バラッドかあの小娘にくれてやるよりはマシだろうしな」

 

「ク、クロワール!? 貴様まさか……」

 

 鍵に心当たりがあるのか、オズボーンが動揺する。

 そんな動揺を見せる宿敵の姿にクロワールは気分を良くしながら続ける。

 

「シュバルツァー。君は私のようになるなよ」

 

「…………はい」

 

 クロワールの言葉をリィンは静かに受け止める。

 どこか分かり合った二人の姿にオズボーンはますます困惑して――

 

「お、お待ちください!」

 

 不意に背後で誰かが声を上げる。

 オズボーンは振り返ると、黒の軍服に身を包み、仮面で顔を隠した少年が兵士たちを押しのけて来るのが見えた。

 

「っ――」

 

 少年は軍刀を抜き放つとオズボーンの横を駆け抜け、倒れたクロワールに軍刀を――

 

「勝手なことをするな」

 

 少年の襟首を掴んでオズボーンはその凶行を止める。

 

「邪魔をするなギリアスッ!!」

 

 少年は邪魔をしたオズボーンに首を持ち上げられたまま、激昂する。

 

「邪魔をしているのはお前の方だ。彼には法廷に立ってもらう必要がある……

 お前の気晴らしに殺させてやるわけにはいかんのだよ」

 

「ふざけるな! こいつは“贄”の分際で吾を侮辱した! ここで斬り捨ててやる!」

 

 殺気立ち、騒ぎ立てる少年にオズボーンはため息を吐いて掴んだ手を放す。

 解放された少年は気を取り直して軍刀を振り被り――その頭にオズボーンの鉄拳が振り下ろされた。

 

「――――っ!? …………ギリアス、何をする!?」

 

 殴られた頭を抱えて悶えた少年を睨む。

 そんな彼をオズボーンは掌で肩を掴み、彼にしか聞こえない声で囁く。

 

「書き直した“預言”をまた変えるつもりか?」

 

「くっ……」

 

 オズボーンの指摘に渋々と言った様子で少年は軍刀を鞘に納めて踵を返して――

 

「ふん……」

 

 《零の騎神》を見上げ、傷付いた右手を一瞥して少年は鼻で笑う。

 

「この程度の小物に傷付けられたのなら大した事はないな……

 吾が《騎神》を使っていれば、そんな小物などすぐにどうとでもできたのだ」

 

 捨てセリフを残して少年は去って行く。

 

「やれやれ……」

 

 そのまま後姿を見送りオズボーンは肩を竦めた。

 

「オズボーン宰相……今のがまさか黒いティルフィングの起動者なのですか?」

 

 リィンは彼の姿に思わず尋ねる。

 仮面で顔は見えなかった。

 しかし、その背格好はあまりにも見覚えのあるものだった。

 

「それについては語るつもりはない」

 

 しかしオズボーンはリィンの疑問に答える様子はなかった。

 

「語るつもりはって……あれはどう見ても――」

 

 そんな彼に食い下がろうとするリィンの言葉は――強い風にかき消された。

 顔を上げれば、《蒼の騎神》が空から広場に降り立った。

 

「クロウ……」

 

「オルディーネも随分と損傷が激しいですね」

 

 リィンとアルティナは《蒼》の姿を見て顔をしかめる。

 左腕は肩からもぎ取られるように喪失しており、体は熱で歪み、亀裂も各所に見える。

 しかし、そんな傷だらけの《蒼》からクロウは軽やかに降りると、オズボーンとクロワールの下に歩いていく。

 

「よう……」

 

 片手を上げて、場違いと感じるほどに軽い調子でクロウは鉄血宰相と元カイエン公に声を掛ける。

 

「ふん、随分と遅い到着だな……

 元カイエン公爵はこの通り、リィン・シュバルツァーが生け捕りにしてくれたぞ」

 

「うっせよ。こっちだって暗黒竜擬きが出てきて死ぬかと思ったんだ……特別労働手当をもらわなきゃ割に合わねえっての」

 

 オズボーンの厳しい言葉にクロウは軽薄な憎まれ口を返す。

 その反応が意外だったのか、オズボーンは軽く驚き目を丸くする。

 

「ほう……それが本当ならば報奨を与えるのは構わないが、何を望む?」

 

「ジュライの真実」

 

 オズボーンの言葉にクロウは真っ直ぐに彼を見据えて即答する。

 

「ギリアス・オズボーン……それからクロワール・ド・カイエン……

 アンタたちがジュライにどう関与して、何を知っているのか、教えてくれ」

 

「それに意味はないと二年前のこの場で答えたはずだが?」

 

「ああ、アンタが言った通り俺は“嘘つき”だ……

 そんな奴に真実を語ったところで都合の良い嘘で自分を騙してアンタたちを憎み続けていただろうな」

 

 クロウは自嘲して、その時刺された背中をさする。

 

「だけど……もう嘘はつかない……アンタたちがどんな真実を語ったとしても受け入れる……

 祖父さんに俺の知らない顔があったとしても、ジュライが俺が思っていた綺麗な国じゃなかったとしても……

 俺はそれを受け入れる……だから、頼む」

 

 クロウは二人に対して頭を下げて願う。

 

「俺にジュライの真実を教えてくれ」

 

 真摯に頭を下げるクロウの真意を測るようにオズボーンは目を細めて思考を巡らせる。

 しかし、それを纏める前にクロワールが倒れたまま口を開いた。

 

「私がしたことは二つ……

 陸運業を制限することで海運貿易の関税の引き下げることを検討すること……

 もう一つは反アームブラスト派に兵器を密輸して売っていたことだ」

 

「反アームブラスト派?」

 

「当時のジュライにはアームブラスト市長を解任しようとする一派がいたのだよ」

 

 クロワールの言葉にオズボーンが補足説明をする。

 

「ノーザンブリアでの塩の杭の発現から十年……

 ジュライが衰退し続けるのはジョセフ・アームブラストの政治のせいではないかと考えを持つ者たちがいた……

 彼らはジョセフ氏を市長の座から引きずり落とすための計画を練っていた」

 

「じゃあ……鉄道爆破の犯人はそいつらが?」

 

「それは知らん」

 

 クロウの言葉にクロワールは否定する。

 

「ジョセフが実行したのか、それともジョセフの周りの者が行ったのか、反アームブラスト派が行ったのか、私にとってはどうでもいい話だった……

 私がジュライに干渉した目的は、この男への嫌がらせ……そのために私は火種になるものをジュライに振り撒いただけだ」

 

「…………そうか……」

 

「私を恨むと言うなら、今がチャンスだぞ?」

 

「恨まねえよ。もう誰かを恨んで、恨まれてはうんざりだ」

 

「ふん……後悔……してもしらんぞ」

 

 話疲れたのか意識が虚ろになっていくクロワールにクロウは思う。

 おそらくこれが最後の邂逅。クロウとクロワールは二度と顔を合わせることはない。

 

「なあクロワールのおっさん……俺はアンタのこと、そんなに嫌いじゃなかったぜ……

 なんだかんだでアンタがくれた復讐のために道筋が俺に今日まで生きる気力をくれたわけだから、それについては感謝してる」

 

「ふん……私は……《蒼》に選ばれた貴様が……心底妬まし……かった……ぞ……」

 

 その言葉を最後にクロワールは意識を途絶えた。

 

「…………死んだのか?」

 

「いや、生きている……ただの霊力消耗だな」

 

 クロウの言葉にオズボーンはクロワールの息を確かめて答える。

 

「そうか……それでアンタは答えてくれるのか?」

 

 クロウの眼差しにオズボーンは肩を竦めてから重い口を開いた。

 

「私ではない。私はただジュライでテロが起きると知っていただけだ」

 

「知っていた?」

 

「先程、元カイエン公が語った武器の密売も含めて、ジュライにテロの兆候があると知っていながら、私はあえて静観していた」

 

「静観だと? アンタが造った鉄路じゃなかったのかよ?」

 

「だとしても、ジュライ市国内での事件に対して帝国宰相の私が口を挟むことではない」

 

「……じゃあ事件からアンタの準備があまりにも良かったのは……」

 

「そんなものはジュライ併合計画の十七通りのパターンの一つに当てはまったに過ぎん……

 そして何より私は帝国とその周辺で起きる事件に前もって介入できない“枷”で縛られている……

 私ができたことなど、事件が起きた後の後始末だけだ」

 

 そう言うオズボーンはどこか哀愁を感じる気配を滲ませていた。

 

「“枷”?」

 

「それ以上はここで語るには相応しくないだろう。これ以上を聞きたければ場所を変える必要がある……

 しかし君の疑問を満足させるには十分な答えのはずだ」

 

「…………ああ、そうだな」

 

 息を吐いて、クロウは空を見上げる。

 結局、誰がジュライの鉄道爆破を行ったのか。その明確な答えは出なかった。

 オズボーンも、クロワールも、犯人ではなかった。

 クロウが望んだ答えではなかったが、ずっと引っかかっていた胸のとげが少しだけ抜けた気がした。

 

「だけど……そうなるとなあ……」

 

 バツが悪そうにクロウはそっぽを向いて頭を掻く。

 

「クロウ……? どうしたんだ?」

 

 突然のクロウの奇行にリィンは首を傾げる。

 

「おそらく、オズボーン宰相がジュライの鉄路爆破事件の犯人ではなかったと判明したことで内戦の切っ掛けとなった宰相を狙撃したことが冤罪によるものだと分かって気まずいのではないでしょうか?」

 

 淡々とアルティナがクロウの内情を指摘する。

 

「ぐう……」

 

 まさにアルティナの指摘の通りだった。

 オズボーンが犯人でなかったとしたら、クロウがしたことは復讐ではない冤罪によって彼の胸を撃ち抜いたことになる。

 本人が生きていたから良いというものではない。

 それが切っ掛けで貴族派と革新派の戦争を起こしたともなれば、今まで以上に罪の意識を感じずにはいられない。

 

「フッ……そんなこと気にする必要はあるまい」

 

 だが、それは杞憂だとオズボーンが鼻で笑った。

 

「どういう意味だそれは?」

 

「鉄路の爆破は私ではないが、それを利用してジュライ併合をジョセフ氏に迫ったのは私だというのは事実だと言っているのだよ……

 言ってみれば、鉄路爆破の濡れ衣をジョセフ氏に被せ、民意を彼の下から切り離す切っ掛けを作ったとも言えるだろうな」

 

「てめえ……」

 

 クロウの嫌な部分を的確に触れて来るオズボーンにクロウは怒りを感じる――よりも呆れた。

 わざわざそんな事を言う必要はない。

 態とクロウの怒りを煽る露悪的な態度。

 そういう振舞をするから、俺は道を踏み外したんだと文句を言いたくなる。

 

「…………そうだな」

 

 しかしクロウはオズボーンの言葉に頷いた。

 

「クロウ……?」

 

 リィンが訝しんだ次の瞬間、クロウは素早く踏み込み握り締めた拳をオズボーンの顔に叩きつける――寸前で止めた。

 正規軍の銃口が一斉にクロウに突き付けられる。

 しかしそれをオズボーンは手の動きだけで制して、クロウを促す。

 

「殴らないのかね?」

 

「ジュライの犯人がアンタじゃないなら俺に殴る資格なんてねえよ……むしろ……

 いや……だが、帝国解放戦線の《C》としては、他の奴らの願いを背負っちまった責任はまだある……と思ってる」

 

 本音を言えば、まだオズボーンへの復讐心を消火しきれてはいない。

 直前に戦った《M》の事もあり、クロウ個人の復讐が消えたとしても彼らの先頭に立ったリーダーとしての責任感が小さな火種として残っている。

 彼らの気持ちを汲みたいという気持ちはある。

 しかし、目の前の男をもう一度殺したいという気持ちにはなれない。

 

「“相克”……アンタも関わっているらしいな?

 だったらその戦いで合法的にこの拳をぶつけて良いって事だよな?」

 

「ああ、そうだな」

 

 クロウの問いにオズボーンは肯定する。

 

「なら俺はアンタをそこでぶん殴る。そして、そのいかつい悪人面をボコボコの涙目にして導力ネットにアップして世界中のの笑い者にしてやる……

 ついでに俺が勝って、アンタへの謝罪は踏み倒すっ!」

 

「クロウ……」

 

「言っていることが滅茶苦茶です」

 

「知るかよ」

 

 呆れるリィンとアルティナにクロウは言い切る。

 

「ノブレス・オブリージュも、起動者の使命も、英雄の役目も、世界の存亡を、全部どうだって良いんだよ……

 俺がそんなもんを真面目に背負うなんて本気で思ってるのか?」

 

「それは……」

 

「ありえないですね」

 

「だろ?」

 

 クロウは突き付けた拳を引き戻しておどけて見せる。

 感情の赴くままに喋れば、なんてことはない。

 

「俺は結局、アンタを一発殴れれば良かったんだ」

 

 口に出した言葉は思った以上にしっくりと来た。

 

「ま、そういう事だ。理不尽な八つ当たりだろうが、アンタがそれで良いって言ったんだ。顔を洗って待っていろよ」

 

 クロウは不敵に笑って見せて、オズボーンへ宣戦布告をする。

 対するオズボーンは――

 

「くっ…………ははははっ!」

 

 肩を震わせ声を上げて笑い出す。

 クロウにリィン、アルティナ、イソラ……そして己を支持する正規軍人たちが見守る中、オズボーンはひとしきり笑ってクロウに告げる。

 

「せいぜい足掻いて見せるがいい。クロウ・アームブラスト」

 

 ジュノー海上要塞から始まった戦役は終わる。

 それは同時に二年前の内戦から続いていた後始末の終わりでもあった。

 

 

 

 







 ジュライの事件の真相は結局闇の中にさせていただきました




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