閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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79話 鬼と蛇

 

 

 

 オルディスの埠頭を中心に繰り広げられていた戦闘は終息を迎えていた。

 不釣り合いに取り付けられた《蒼の腕》が砕け散り、ハンニバルは崩れ落ちる。

 

「がはっ……」

 

 ハンニバルの中でレオニダスは全身を揺さぶる衝撃に昏倒する。

 

「ほらよっ!」

 

 次いで、赤毛のルトガーは一足飛びでゾルゲの頭まで跳躍すると、木刀を突き立てた。

 

「くそっ!」

 

 途切れた視界にゼノが悪態を吐いた次の瞬間、木刀が薙ぎ払われてゾルゲの首が吹き飛び視界が開ける。

 

「あ……」

 

「ははっ! なかなか面白かったぜ」

 

 呆けるゼノに対してルトガーは獰猛な笑みで笑いかけると、木刀を構え――後ろから掬い上げるように切り上げる。

 

「うがっ!?」

 

 木刀がゾルゲの胸甲を打ち、それをかませてゼノはゾルゲの中から吹き飛ばされる。

 残ったのは上半身を無残に抉られたゾルゲだったもの。

 その上からルトガーは戦場を見下ろして不敵に笑う。

 

「ま、こんなとこか」

 

 ルトガーは上半身を吹き飛ばしたゾルゲに腰を下ろして戦場を見下ろす。

 その戦場はすでに終息していた。

 数機あった機甲兵はゾルゲと同じように無残に抉られて大破し、百人以上いた猟兵たちはいたるところで地に伏せていた。

 

「ううう……」

 

「うそだ……百人いたんだぞ……それもあんな棒切れで壊滅……」

 

「はは……夢だ……これは夢だ……」

 

 痛みに呻く者もいれば、現実逃避に嘆く者もいる。

 一人として立っている者はおらず、用意された兵器もそのほとんどがひしゃげているか、砕けて使い物にならない。

 完膚なきまでの猟兵たちの敗北だった。

 

「随分と派手にやりましたね」

 

 死屍累々の光景の中、クレアは警戒をしながらルトガーが腰かけているゾルゲだったものに近付いて声をかけた。

 

「よう、氷の嬢ちゃんか。結社の剣士と戦っていたみたいだが、その様子だと痛み分けって感じか?」

 

「ええ……あの大規模な転移術が発動した際に……」

 

 ルトガーの言葉にクレアは顔を歪ませながら頷く。

 目標の達成を見届けると、憎まれ口と捨てセリフを言い残して転移で消えたデュバリィを思い出してクレアは苛立つ。

 

「それにしても本当に……これほどとは……」

 

 クレアは港湾区を見回して肩を竦める。

 百人を超えるの猟兵を一人で、殺すことなく殲滅したその戦闘力の高さ。

 噂に違わない“猟兵王”の力と彼の印象を大きく変えている赤い髪に、彼の戦闘力の見積もりを修正する。

 

「これから貴方はどうなさるつもりですか?」

 

 だからこそ、クレアはルトガーの次の行動を警戒する。

 

「これからか……」

 

「アスモダインが転移したことでオルディス一帯の導力停止現象は治まりました……

 ですが四機のアスモダインの脅威は別の場所に移動しただけで今も健在です。貴方はその解決に協力してくれるのですか?」

 

「そうだな……ミュゼの嬢ちゃんがまだ戦っているだろうしな……」

 

 含みのある言葉を作りながらルトガーもまたクレアの探るように見据える。

 

「嬢ちゃん的には、こいつらを全員捕まえておきたいってところか?」

 

「それは否定しません。ですが、今はアスモダインを止める事の方が先決です」

 

 いくら無力化したとはいえ百人を超える猟兵たちを拘束して回るのは手間でしかない。

 それを仕方がないとクレアは割り切って、ルトガーの次の行動を探る。

 

「貴方はそれに協力してくれるのですか?」

 

「…………はは……」

 

 クレアとルトガーは数秒睨み合い、先に笑って素行を崩したのはルトガーの方だった。

 

「仕方ねえ。美人の頼みとあっちゃあ働かねえわけにはいかないか。それに爺さんたちのためにも姪は守ってやらねえとな」

 

 そう言ったルトガーにクレアは安堵して――

 

「――待てや」

 

 踵を返したルトガーを呼び止める声が響いた。

 クレアは無言で導力銃を抜き――ルトガーはクレアを背中で遮るように彼に向き合った。

 

「なんだもう目が覚めたのかゼノ?」

 

 しばき倒した張本人は何事もなかったように膝を立てて立ち上がろうとしているゼノに言葉を掛ける。

 

「まだや……まだ終わってあらへん!」

 

 叫びながらゼノは導力銃を抜いて、それは手の中から空しく零れ落ちて地面に転がった。

 

「くっ……」

 

「無理するなよゼノ。もう終わりだ」

 

 もはや戦う力は残っていないゼノにルトガーは優しく諭すように語り掛ける。

 

「お前たちが用意した祭りはなかなか面白かったぜ……

 即席とはいえお前たちがまとめた猟兵団。確かに見せてもらった」

 

「そんなことはどうでもいいっ!」

 

 褒めた言葉をかき消すようにゼノは叫ぶ。

 

「アンタはまたオレをそうやって見逃すつもりか!?」

 

「ゼノ……」

 

「アンタも猟兵なら、ちゃんとオレらの命を取れや!」

 

「貴方は……何を言っているんですか?」

 

 自分にとどめを刺せと訴えるゼノにクレアは困惑する。

 

「今更善人ぶっとるやない! アンタは“死神”と呼ばれる猟兵の王様やろが!」

 

「ゼノ……」

 

「敵対したオレをまた見逃すつもりか!? そんなの認めない!

 アンタがオレを殺すまで……オレは……オレらは止まらない」

 

「そういう事だ……団長」

 

 ゼノの言葉に呼応するようにレオニダスがハンニバルから這い出て、戦闘継続の意思を示す。

 

「はっ、そんな死に体で粋がってるんじゃねえよ……

 猟兵は殺人鬼じゃねえ。生き残った奴をわざわざ殺す趣味はねえって前に言ったはずだ」

 

 息巻いても立つことも苦しい二人をルトガーは鼻で笑う。

 

「結局、お前たちは俺がいないと何もできないってわけか? どこまで俺を失望させるんだ?」

 

「…………それはこっちのセリフや……」

 

 失望された眼差しにゼノは言い返す。

 

「……何……?」

 

「今のやり取りで確信した……

 団長、アンタはフィーとの戦いに勝つ気があらへんやろ?」

 

「…………」

 

 ゼノの指摘にルトガーは黙り込む。

 

「は……図星かいな?

 オレらに偉そうな事言っとたくせに、フィーと戦う覚悟を決め切れとらんやないか」

 

「別に全くないわけじゃないぞ」

 

 少し困ったようにルトガーは言い返す。

 

「いいや、今のアンタに“闘神”と戦った時より弱い!」

 

 ゼノは断言して続ける。

 

「《鬼の力》が使えるとかそんな問題やない!

 負けても良いなんて考えてるアンタにフィーを任せられるか!?」

 

「俺たちは貴方に“最強”でいてもらいたい……

 貴方がフィーに負ける姿など見たくない。そして《槍の聖女》を《鉄血宰相》を《至宝》も全てを薙ぎ倒して頂点に立ってほしい……

 それしか《闘神》との決闘を穢した償いは思い浮かばなかった」

 

 ゼノの言葉にレオニダスが続く。

 

「そんな理由で俺にお前たちを殺せって言うつもりか?」

 

 ルトガーは二人の主張に呆れ切ってため息を吐く。

 

「死んだはずの人間やから生きている俺らに遠慮しとるんやろ?

 俺らの命で割り切る切っ掛けになるなら安いもんや」

 

「あの時は膝を折ってしまったが、俺たちは死ぬまで戦い続けてみせよう」

 

 死に体だった闘気が二人の“闘争心”に呼応して活力を与える。

 それは《鬼の力》ほどの劇的な変化をもたらしてはいないが、彼らの宣言通り死ぬまで“闘争”をやめない意思の表れだった。

 

「…………好き勝手言いやがる」

 

 ルトガーはもう一度ため息を吐いて空を仰ぐ。

 長い付き合いだけあって、二人の指摘はルトガーのおおよその心情を言い当てていた。

 《工房》から自由の身になってもルトガーは自分が“猟兵”だと自認している。

 今は雇用主が変わったが、“相克”という騎神の戦いに挑むことも受け入れている。

 しかし、肝心の“相克”にルトガーは熱を感じることはなかった。

 伝説の《槍の聖女》も《鉄血宰相》も、優秀な若手の貴公子や皇子、果ては至宝にもルトガーは血が沸き立つ期待を彼らに向けられなかった。

 

「例え気が乗らなかったとしても、そこに戦場があるのなら手を抜くつもりはねえぜ」

 

 しかしどれだけ気が乗らないとしても、割に合わない端金だったとしても依頼を受けた以上は負けるつもりはないとルトガーは言葉にして宣言する。

 

「なら――」

 

「そんなに気が乗らないならさあ! シャーリーが代わってあげようか?」

 

 その宣言にゼノが言葉を返す言葉を遮って、第三者の声が響き渡る。

 

「この声はシャーリィ・オルランド?」

 

 クレアは声の主を探して周囲を警戒するが、赤毛のの少女の姿はどこになく――

 

「お……」

 

「あ……」

 

「む……」

 

「まさかっ!」

 

 三人の視線が自分に集まり、クレアは導力銃を抜きながら背後を振り返る。

 しかし、そこには誰もおらずクレアは――背後から誰かに抱き着かれた。

 

「なっ!? きゃあああっ!」

 

 背後を取られた驚愕と胸を鷲掴みにされた羞恥にクレアは悲鳴を上げる。

 

「うーん、ユミルの時から一度触ってみたいと思っていたけど……うんうん、期待通り」

 

 突然現れたシャーリィは全身ずぶぬれだと言うのに構わずクレアの背中に抱き着いてクレアの体を堪能する。

 

「あウンッ! ちょ――やめなさ――やあっ!」

 

 必死に抵抗するも、鍛えているはずのクレアを無理やり抑え込み、シャーリィの蹂躙は続く。

 

「お……おい……シャーリィ・オルランド……?

 今、ちょっとシリアスな場面なんやけど」

 

 戦場に似つかわしくない嬌声にゼノは気まずくなり声を掛けるが、《人喰い虎》はそんな言葉で止まることはなかった。

 数分後、解放されたクレアはその場に崩れるようにへたり込んでしまった。

 

「ふう……それでさ“猟兵王”。そんなに気が乗らないならシャーリィが代わってあげるよ」

 

 何事もなかったように満面の笑顔でシャーリィはルトガーに提案する。

 

「こいつ……」

 

「フリーダム過ぎやろ」

 

「やはりフィーに距離を取らせるべきではないだろうか……」

 

 頭を悩ませる三人に構わずシャーリィは続ける。

 

「“猟兵王”が気が乗らないのは、相手がみんな正統派の騎士だからじゃない?

 それに起動者としての使命とかだって煩わしいんでしょ?」

 

「そいつは……」

 

 ルトガーが感じていた悩みをシャーリィは言い当てる。

 どれだけ強者であっても他の起動者たちは皆騎士であり、ルトガーが求める猟兵としての戦いではない。

 更に言えば、ダーナやミュゼは帝国の未来のためと奮起していても、そこにルトガーの共感が乗ることはない。

 

「聞いているんでしょ“ゼクトール”」

 

 シャーリィは言葉を澱ませるルトガーを無視して、虚空に向かって呼び掛ける。

 応える声はないが、構わずシャーリィは続ける。

 

「アンタが選ぶ条件が“強さ”だけなら、シャーリィでも良いんでしょ?

 だから“猟兵王”に勝ったらシャーリィを起動者にしてよ」

 

「おいおい……」

 

「“ゼクトール”はうちのご先祖様を起動者にした事もあるんでしょ?

 だからシャーリィと相性は悪くないと思うんだよね。それに“猟兵王”と違って女の子だし、若いし」

 

「……呆れたもんだ。そこまでして騎神の戦いに関わりたいのか?」

 

 ここぞとばかりに自分をアピールするシャーリィにルトガーは呆れる。

 

「だって世界一を決める闘いだよ?

 日陰者の猟兵には縁のない大舞台なんだからチャンスがあるならやってみたいじゃん……

 それに聖女様に勝てたら――ってこれは良いか」

 

 余計な事を言いかけたシャーリィは咳払いを挟んで、改めて尋ねる。

 

「だからさあ、やる気がないならシャーリィにその席と“王様”の看板を譲ってよ、死にぞこないっ!」

 

「…………どうやら教育が必要みたいだな」

 

 舐めた口を利くシャーリィにルトガーは木刀を構えて凄み、赤い闘気を漲らせる。

 

「あはっ!」

 

 “闘神”の力を宿した“猟兵王”の気当たりにシャーリィは笑みを深めて――

 

「その必要はないかな」

 

 第三者の声が二人の間に割り込んだ。

 

「お……?」

 

 一同は一斉に空を見上げる。

 数秒遅れて、空から降りてきたのは黒の機械人形。

 

「ティルフィング……」

 

 黒い装甲に碧の線で装飾された《機神》は音を立てて着地すると、背中を開いて中から一人の少女が現れる。

 

「…………間に合ったかな?」

 

 黒衣に目元を隠した仮面。

 銀色の豊かな髪を海風に靡かせた少女は戦場の猟兵たちを見下ろして告げる。

 

「私はエレボニア帝国特殊部隊《鉄血の騎士》ヴァルトラウテ……

 貴方たちをオルディス騒乱の――」

 

「あれ? フィーじゃん、そんな恰好で何してるの?」

 

 黒衣の騎士の宣告を遮ってシャーリィは気安げに声を掛ける。

 

「違う……私はフィー・クラウゼルじゃなくて《ヴァルトラウテ》だから」

 

「ええっ! その体つきは間違いなくフィーだよ。西風もそう思うよね?」

 

「せやな、その声は間違いなくフィーや」

 

「重心の取り方と背格好に立ち姿……間違いなくフィーだな」

 

 シャーリィに振られてゼノとレオニダスはそれぞれの視点から肯定し、それにルトガーは呆れる。

 

「おいおい、てめえらそこは分かっていても言わないお約束だろうが」

 

「…………」

 

 ルトガーの気遣いにヴァルトラウテは黙り込み、体を震わせる。

 

「どうすんだ? お前たちが乗らねえから泣き出したじゃねえか」

 

「泣いてないから」

 

 ルトガーの言葉にヴァルトラウテは声を大にして否定する。

 

「まあ、それはともかく帝国の騎士様か……要件はこいつらを捕まえに来たってところか?」

 

「建前はそうだけど、それは正直どうでも良いよ」

 

「何……?」

 

 ヴァルトラウテの言葉にルトガーは眉を顰める。

 

「ルトガー・クラウゼル。工房長からの伝言……

 『《黄昏》から降りると言うなら自由にすれば良い。その代わり《紫の騎神》はヴァルトラウテに任せることになる』……だってさ」

 

「…………何だと?」

 

 それまで飄々としていたルトガーの気配が鋭く変わる。

 しかしヴァルトラウテはルトガーの強い視線に物怖じせずに続ける。

 

「私たち《鉄血の騎士》の役割は来る《相克》を円滑に進めるための露払いと《起動者》の予備……

 今の《起動者》になんらかの不備が生じた場合、私たちが代わるために存在している……

 だからルトガー・クラウゼルがこの時点で《相克》を放棄しても、次の《紫の起動者》は私になることが決まってる」

 

「ふざけるなっ! 起動者になることの意味をちゃんと分かってるのか!」

 

「もちろん分かってるよ」

 

 激昂するルトガーに対してヴァルトラウテはどこまでも冷めていた。

 

「《相克》に弱い起動者はいらない……貴方にやる気がないなら、早く私に代わって」

 

「…………はっ……《人喰い虎》といい、小娘どもが俺を舐め過ぎじゃねえか?」

 

 赤い闘気を迸らせてルトガーは木刀を構える。

 それに対してヴァルトラウテは――

 

「――鬼気解放――」

 

 黒い瘴気のような闘気がヴァルトラウテを覆い隠し、その姿が一変する。

 

「…………は……?」

 

 ルトガーのように髪の色が変化する変身ではない。

 一回り大きく、少女から女に変わった黒衣の騎士はティルフィングの肩の上で深く体を屈伸させ――

 

「シャドウブリゲイド」

 

 残像を置き去りにしてヴァルトラウテの膝がルトガーの頬にめり込んでいた。

 

「ぬおっ!?」

 

 予想外の一撃にルトガーは後ろに仰け反り、一方ででたらめに木刀を一閃。

 しかし、その一閃はヴァルトラウテの残像を薙ぐだけに終わり、次の瞬間にはルトガーは背中を蹴り飛ばされていた。

 

「くっ……」

 

 たたらを踏みながら背後を振り返っても。既にヴァルトラウテの姿はそこにはなく、そうしている内に死角からルトガーは蹴り飛ばされる。

 

「ちっ……」

 

 二度、三度、蹴り飛ばされ気付けば三人のヴァルトラウテにルトガーは囲まれていた。

 

「羽ばたけ――アズール・グリオン」

 

 三人のヴァルトラウテは双銃剣を抜き放つと風を纏った剣閃を放つ。

 三対六刃の風の刃はルトガーを中心にぶつかり合って竜巻を生み出して、彼を空へと打ち上げる。

 

「リーサル・クルセイド」

 

 ヴァルトラウテの手はそこで止まらず、双銃剣を高速回転させて投擲する。

 

「舐めるなよっ!」

 

 竜巻に自由を奪われながらもルトガーは迫る二つの円刃を木刀で切り払い――円刃の《罠》が爆ぜた。

 爆炎に飲み込まれて墜落したルトガーにヴァルトラウテは銃を突き付けて――引き金を引くことなく下ろした。

 

「おおっ! やるじゃんフィー」

 

「だからフィーじゃないって」

 

 歓声を上げるシャーリィにヴァルトラウテはため息を吐きながら否定する。

 

「それより、それってどうなってるの?」

 

 そんなヴァルトラウテの反応を他所にシャーリィは《鬼の力》を使った変身に興味津々と言った様子で尋ねる。

 

「私の《鬼の力》の適正はかなり低いから、無駄になる力を私と言う《魄》を“成長”させる術式に置き換えたの」

 

 ヴァルトラウテは長くなった手足を確かめるようにしながら答える。

 

「だいたい二十五くらいになるのかな? つまり私と団長たちの間に合った年齢ってアドバンテージはこれでなくなったって事」

 

「ほうほう、今の姿はフィーが二十五歳くらいなんだ……」

 

 シャーリィはヴァルトラウテの姿を上から下へと舐めるように観察する。

 サザーランドで出会った時の猟兵の名残を感じる露出の多い服装とは違う。

 体にフィットした全身スーツに短いマントを羽織った姿。

 体の線がはっきりと分かる恰好、そこから感じる戦闘力にシャーリィは思わず舌なめずりをしてしまう。

 

「ちょっと味見を――」

 

 おもむろに手を伸ばしたシャーリィの手からヴァルトラウテは無音で距離を取る。

 

「…………」

 

「…………」

 

 シャーリィとヴァルトラウテは無言で睨み合い、牽制し合い、そして――

 

「団長っ!」

 

 ゼノの声がそこに響き渡った。

 

「しっかりしてください団長!」

 

「狼狽えるな……」

 

 抱き起こそうとしたレオニダスの手を払いのけ、ルトガーは立ち上がるとヴァルトラウテを睨む。

 その強い眼差しにヴァルトラウテは動じることなく、指を鳴らすと彼女が纏っていた瘴気は晴れ、女は少女へと戻る。

 

「伝言の続き」

 

 顎に伝う汗を拭いながらヴァルトラウテは一方的に告げる。

 

「猟兵王、貴方の全てを掛けて“相克”に挑むことを期待している……だってさ」

 

「っ……満足させられなかったら、お前が“贄”になるって言う事か?」

 

「そうなるね……もっとも“贄”で終わるつもりはないけど」

 

 ヴァルトラウテは踵を返すと跳躍して、ティルフィングの肩へと戻る。

 

「それじゃあ頑張ってね、団長」

 

 そう言い残してヴァルトラウテはティルフィングに乗り込むと、空へと舞い上がっていく。

 

「フィー……」

 

「何故……こんなことに……」

 

 彼女に一瞥すらされなかったゼノとレオニダスは茫然と飛び去って行くティルフィングを見送るしかできなかった。

 そしてルトガーは……

 

「やってくれたな! アルベリヒッ!」

 

 普段の飄々とした余裕の態度を崩して、憤怒の感情を叫び散らす。

 それに呼応するように彼の赤い闘気は燃え上がるように吹き出していく。

 その勢いは、その密度は猟兵連合を蹴散らしていた時とは比較にならない程に力に満ちていた。

 

「いいぜアルベリヒ……そっちがその気なら俺も本気でやってやるぜ」

 

 ルトガーとしても自分の中にこれほどの激情があったと少なからず驚いていた。

 彼女が“猟兵”となった時にその生も死も受け入れる心持ちだったが、フィー・クラウゼルを人質にする所業はルトガーの逆鱗となって燃え上がらせる。

 

「おおっ!」

 

「団長……」

 

 気焔を昂らせ荒ぶる猟兵の王の姿にゼノとレオニダスは感激に打ち震える。

 

「ゼノ、レオニダス」

 

 そんな二人にルトガーは背中越しに声を掛ける。

 

「勝手で悪いがお前たちが集めた猟兵連合は俺がもらう」

 

「だ、団長……?」

 

「まさか……」

 

「ダーナの嬢ちゃんには魔煌兵を揃えてもらわねえとな……」

 

 兵力を整える算段を頭の中で巡らせながらルトガーの呟きにゼノとレオニダスは高揚する。

 

「《西風》はもう使えないからな……お前たちはこれからヴァイスラント軍の一員として役に立ってもらうぜ」

 

「団長……もちろんや。フィーを取り戻そう!」

 

「この命は最初から貴方に預けている。好きに使ってください」

 

 ルトガーの言葉を躊躇なく受け入れるゼノとレオニダス。

 “猟兵の王”が本気で《相克》に挑むことが決まる。

 その光景にシャーリィはため息を吐いた。

 

「《紫》の起動者になるのは無理かあ……」

 

 なんとか《相克》に食い込めないかと考えていたシャーリィは覇気を漲らせたルトガーを眺めて諦める。

 先程までの覇気のないルトガーならば万が一もあり得たが、今のルトガーではそれすら望むのは難しいだろう。

 

「どうしよっかなあ……やっぱり《蒼》を……ん……?」

 

 不意に鳴った《ARCUS》の着信にシャーリィは首を傾げながらオーブメントを開けば見知らぬ番号が表示されていた。

 

「ふむ……」

 

 怪しいタイミングだが、シャーリィは臆することなく通信回線を開いた。

 

「もしもし」

 

『やあ《紅の戦鬼》面白い話があるんだが一枚噛まないかい?』

 

 通話の相手は名乗りもせずに本題に入る。

 

「その声は……確か内戦の時にいたメガネの……へえ……」

 

 聞き覚えのある声にシャーリィは笑みを浮かべる。

 盛り上がっている元西風から気配を消して、その場を離れながらシャーリィは通話を続ける。

 

「その話、詳しく聞かせてよ《教授》」

 

 

 

 

 

 

「《蒼》は息を吹き返し、《零》が目覚めましたか」

 

 ジュノー海上要塞の屋上。

 アリアンロードは空間に投影された映像から実験の結果を反芻する。

 

「とりあえず貴女が出る事態にならなくて良かったと思えば良いのかしら?」

 

 同じものを見ていたヴィータはグリアノスの口で安堵の息を吐く。

 

「…………それほど“彼”が気になるのでしたら貴女が導き手を続ければ良かったのではないでしょうか?」

 

「な、何を言っているのかしら聖女様?」

 

「あの手の男はきちんとこちらで手綱を握らないと苦労しますよ」

 

「と、ともかくこれで《七の騎神》はちゃんと揃ったわね」

 

 ヴィータは誤魔化すように話題を変える。

 闘争心を失ったクロウでは来る《相克》にどのような影響が起きるか分からなかった。

 最悪は予言を成就させるために、戦いに狂う獣にされるかもしれないと危惧したものだ。

 

「それにしてもリィン君はリィン君ね……

 まさか教会が封印したはずの《零の騎神》を目覚めさせるなんて」

 

 予想外の事態ではあるが、同時に朗報でもある。

 未だに姿を現さず、力の底を図り切れない《黒》に対して良い指標になるだろう。

 

「どうかしら聖女様、貴女は彼らに勝てるのかしら?」

 

「…………厳しい戦いになるでしょう」

 

 アリアンロードは見栄を張ることなく認める。

 

「起動者は未熟。しかし騎神の“格”は未知数……………………ちょっと一当てしてきてもよろしいでしょうか?」

 

「やめておきなさい」

 

 観戦中、いつの間にか手に持っていたランスをゆらりゆらりと尻尾のように振っていた聖女の突然の、それでいて予想通りの提案をヴィータは止める。

 

「しかしですね魔女殿。クロワール卿のあの突きがリィンにとって最高のものとされるのは……

 いえ、流石はオルトロスの末裔と言える一撃でしたが、それでも突きについては……」

 

 ヴィータの制止を受け入れつつも、アリアンロードは葛藤する。

 

「どうやら聖女様のお墨付きも得られたようだし、これで少しは状況もマシになるかしら?」

 

「……それはどうでしょうね」

 

 ヴィータの言葉にアリアンロードは葛藤をやめて答える。

 

「それはどういう意味の言葉なのかしら?」

 

「《零の騎神》の力は認めます……

 クロスベルの時よりも安定しており、“格”だけならば《銀》を上回るでしょう。リィンの今後の成長も期待できます。しかし……」

 

 続く言葉をアリアンロードは澱ませる。

 

 ――出来る事ならば、あのリィンには戦いから離れて欲しかった……

 

 その気持ちがどうしても拭い切れない。

 リィンと《零》に期待している一方で、アリアンロードは言葉にできない虚無感を覚えずにはいられない。

 

「ちなみに今のリィン君と戦って聖女様は勝てる?」

 

「当然です」

 

「大した自信ね……あのリィン君も十分に強いと思うけど?」

 

「ええ、リィンも《零》も侮れない相手となるでしょう」

 

 《零の騎神》は確かに強いだろう。

 おそらく《金》と《銀》を超えて 未だに姿を見たことのない《黒》に近い“格”を持った機体だという事は疑わない。

 

「ですが……そうですね。マクバーン風に言うなら、彼らには“熱さ”を感じないのです」

 

「“熱さ”……?」

 

「ええ……」

 

 瞼を伏せてもはや覚えていないその姿に思いを馳せる。

 

「あのリィンは私の“好敵手”にはなりえない」

 

 サザーランド、クロスベル、そして今回の戦いを経て見極めた答えをアリアンロードは口にする。

 もうあんな心躍る戦いをすることができないという嘆きは胸の奥へとしまう。

 リィンと《零》。

 確かに彼らは大きな壁となるだろう、彼らを倒せたら更なる高みに自分も《アルグレオン》は至れると確信できる。

 しかし、同時に何かが足りないとも感じてしまう。

 

「頼もしい言葉ね……これなら《破戒》に協力を求める必要はないかしら?」

 

「いいえ、その話は予定通り進めてください。いえ、こちらから出向いた方が良いでしょうね」

 

「その必要はないぜ」

 

 アリアンロードの言葉に重ねるように第三者の声が二人の間に割って入る。

 振り返れば広い屋上をゆっくりと歩いて近寄って来る男が一人いた。

 顔の左半分に火傷のような痕がある顔の、派手な青いコートの男は葉巻を弄びながらアリアンロードの前へと歩いていく。

 

「来ていらしたのですか。破戒殿」

 

 アリアンロードは意外そうな声で男に応える。

 

「帝国側は私たちの領分だったはずだけど、どうしてここにいるのかしらエルロイ・ハーウッド?」

 

「そう睨むなよヴィータ」

 

 グリアノス越しに睨まれて、男は――ハーウッドは肩を竦めておどけてみせる。

 

「あの白面の教え子らしい“超帝国人”とやらにも興味はあってな」

 

「だからって……」

 

「それに何かお願いがあるって前振りをしていたのは聖女様なのは知ってるだろ?

 そいつを直接聞きたくて、来たわけだ」

 

 ハーウッドの言葉にグリアノスはアリアンロードに振り返る。

 その問いにアリアンロードは行動で答える。

 

「破戒殿、こちらを」

 

 アリアンロードが差し出したのは銀色の花。

 

「へえ……」

 

「それは……」

 

 ハーウッドとヴィータはその花に目を見張る。

 

「そいつがクロスベル特産のプレロマ草か?」

 

「いえ……聞いていた色とは違うみたいだけど」

 

 訝しむ二人にアリアンロードは頷く。

 

「プレロマ草をアルグレオンの霊力で栽培したものです……

 これで私に効く《グノーシス》を造って頂きたい」

 

 アリアンロードの言葉に二人の使徒は思わず言葉を失う。

 

「おいおい、本気か?」

 

「聖女様、本当にそこまでする必要があるの?」

 

「はい」

 

 戸惑う二人にアリアンロードは頷く。

 

「《黒》はキーアから《零》の力を奪っています……

 それに対抗するには私も外法に手を出すべきなのでしょう……それに……」

 

 アリアンロードはその言葉と共にもやが掛かった記憶を反芻する。

 その言いよどむアリアンロードの態度を躊躇いと感じたハーウッドは忠告をする。

 

「言うまでもないが、ドーピングなんて使ったらあんたが鍛えた技術を曇らせちまうぜ」

 

「《黒》との戦いは私にとって最後の戦いです……

 勝てなければどれだけ鍛えた技も意味はなく、勝てるのならば積み重ねた技を捨てることも惜しくはありません……

 それに■■■は――彼はクスリの力さえも高みに昇るために利用しました。ならば私にやれない道理はありません」

 

 決意の固いアリアンロードの言葉にハーウッドは目を丸くして、笑う。

 

「あんた程の武人にそこまで言わせるとはな……前の温泉旅行、俺も参加しておけばよかったな」

 

 葉巻を一吸いして、ハーウッドは昔を懐かしみながら、煙を吐く。

 彼女と会った当時は既に完成していた武人だと思っていたが、この数年でまた強くなっているアリアンロードの気配には呆れる。

 以前はどこか死人のように達観していた彼女が、今は強くなることに貪欲に生き生きとしているように見える。

 彼女をそうな風に変えた“超帝国人”とやらにハーウッドは改めて興味をそそられる。

 

「クスリの件については了解した……

 しかし、不死者に効くような霊的なクスリか……ククク、どんな調薬を試してみるかな」

 

 笑うハーウッドにヴィータは顔をしかめる。

 

「良いの本当に?」

 

「薬物の扱いにおいて結社の中で破戒殿の右に出る人はいません」

 

 不安に揺れているヴィータにアリアンロードは割り切った言葉で答える。

 

「彼が――好敵手のいない今の私が更なる高みに至るためならば、私は――」

 

「ふ……悲しいね」

 

 決意を呟くアリアンロードの言葉を遮るようにその言葉は投げかけられ、リュートの音色が屋上に響いた。

 

「人は何故、争い合うのだろうか?」

 

 儚いため息を吐き、抱えたリュートを引きながら、白のコートの青年が歌を口ずさみながら歩いてくる。

 

「いがみ合い、憎しみ合い、滅ぼし合う……

 それが人の願いであり、闘争本能によるものだとしたら、人はいつまで戦い続けなければいけないのだろうね?」

 

 二人と一羽は青年を振り返り、顔をしかめる。

 

「蟠りなど捨て、手を取り合い、共に歌えばそれだけで世界は平和になるとは思わないかい?」

 

 そんな使徒たちの反応を気にせず、青年は続ける。

 

「君たちも高みの見物なんてしていないで僕と一緒に愛と平和の歌を――」

 

「アングリアハンマー」

 

 青年の誘いにアリアンロードは雷の戦技で応えた。

 雲一つない青天の空から降り注いだ雷が問答無用で青年に落ちる。

 悲鳴さえ上げることなく、落雷が巻き起こした土煙の中に消えた青年にハーウッドは思わず呆れる。

 

「おいおい、いきなりそれはないんじゃないか聖女様よ?」

 

「彼はサザーランド州での実験にも現れ、妨害しました……

 デュバリィ達から聞いていましたが、なるほど確かに不快な男のようですね」

 

 油断なく睨むアリアンロードの顔に二人が視線を戻せば、雷が巻き起こした煙の中から青年は何事もなかったように現れる。

 

「やれやれ結社の聖女様は随分と喧嘩早いものだ」

 

 白いコートの埃を払う青年にアリアンロードは兜の中で顔をしかめる。

 

「私の一撃を避けるとは……只者ではありませんね」

 

「イヤン、バカン、アリアンロード君のエッチ。ミステリアスな美人の謎は無闇に詮索するものじゃなくてよ」

 

「…………どうやら死にたいようですね」

 

 アリアンロードはその手に槍を持ち、構える。

 

「死んだわねあの男……」

 

「まさかうちの聖女様にあんな口を利ける奴がいるとはな」

 

 ヴィータとハーウッドは青年の末路に呆れ果てる。

 戦闘が主軸ではない二人でも簡単に判断できるほど、青年は弱い。

 闘気や霊力の類はほとんど感じず、物腰も隙だらけ。

 何だったら自分たちでも余裕で退けられるほどの路傍の石。

 そして彼我の実力差を欠片も理解できていないだろう青年を哀れにすら感じる。

 

「馬鹿馬鹿しい、付き合うだけ無駄よ……状況はもう全て終わってるから撤収しましょう」

 

「だな、そんな男にあんたの槍は勿体ない」

 

 今にも槍の一撃を繰り出しそうなアリアンロードを二人の使徒は宥める。

 

「…………貴方は……“何”ですか?」

 

 しかしそんな二人の忠言も耳に入らずアリアンロードは目の前の青年に困惑して槍を下ろせなかった。

 ヴィータがハーウッドが判断したように、目の前の青年には何の脅威も感じない。

 むしろ相対しているだけで、顔も見たくない“嫌悪感”ばかりが増していくのだが、武人としての“勘”が青年から目を離せないでいる。

 

「いえ……そもそも何故、私の雷を避けられた?」

 

 対峙している感覚が正しいのなら、先程の雷を青年が避けられるはずない。

 

「フフ、僕の秘密が知りたいというのであれば、ここは一日デートに付き合って――」

 

「道化ゴッコに付き合うつもりはありません……貴方の目的は何ですか? 力尽くで吐かせても良いのですよ」

 

 このオルディスを発端とする貴族連合の最後の戦いに全ての注目が集まる中、観客として徹していた自分たちの前に現れた青年を問いただす。

 

「……別に道化ゴッコをしているつもりはないんだけどね……

 これが地の性格なのか、擬態なのか僕にも分からない。本当の僕を知っているのなら、教えて欲しいくらいさ」

 

「……何を訳の分からないことを」

 

 アリアンロードの言葉に青年は苦笑する。

 

「僕の目的は簡単さ。結社《身喰らう蛇》の使徒である君たちに会うために馳せ参じた次第さ……

 まあ、ここに破戒殿がいたのは僕としては予想外だけどね」

 

「へえ……俺の事も知っているのか……」

 

 自分を名指しされた事にハーウッドは目を細める。

 帝国での知名度はほぼない自分を結社の使徒である事を言い当てたことに、初印象の嫌悪感よりも好奇心が勝り始める。

 

「単刀直入に要件を言おうか……

 《身喰らう蛇》の諸君、僕に従うつもりはないかい?」

 

「…………は?」

 

「ほう……」

 

「…………」

 

 青年の言葉に使徒たちは三者三葉の反応を示す。

 

「今、このエレボニア帝国には二つの計画が蠢いているのは君たちに説明するまでもない……

 僕も昨日まではそれを静観するつもりだったのだけど、事情が変わってね。君たちの《幻焔計画》を乗っ取ることにしたんだ」

 

「結社の計画を乗っ取るとは随分と大胆じゃねえか」

 

「……既に起動者の枠は七つ埋まっている。部外者である貴方に何ができるというのかしら?」

 

「その説明を今、君たちにしたところで“理解”されることはないだろうね」

 

 ハーウッドとヴィータの言葉に青年ははぐらかすようにおどけて見せる。

 

「話にならないわね。交渉材料もなく結社を利用しようだなんて、随分と軽く見られたものだわ……

 聖女様、そこをどいてくれるかしら? 彼は私が排除するわ」

 

 そう言うとヴィータの言葉を代弁していたグリアノスは蒼い光に包まれて巨大な鳥へと変貌する。

 威嚇するように蒼い巨鳥は翼を広げて甲高い雄叫びを上げる。

 風と霊圧をぶつけられながらも、青年は笑みを絶やさず――それがいっそう不気味に三人の目に映る。

 

「魔女殿の言い分はもっともだ……

 だからこうしないかい? 僕が《鋼の聖女》を倒したら、結社は僕に従ってもらうと」

 

「……は……?」

 

「ルールは無用。アルグレオンを使おうが僕は構わない。なんだったら君たちも聖女様に加勢したって良いさ」

 

 “無手”の青年は気負うことなく言ってのける。

 しかし、《鋼の聖女》を知るヴィータとハーウッドにとっては正気を疑うものだった。

 

「《騎神》の名まで知っているのね……」

 

「狂ってるなあ」

 

 そして聖女は――

 

「良いでしょう」

 

 青年の蛮勇とも言える挑戦を受け入れた。

 

「私に勝てたなら、私は貴方に従いましょう」

 

「ちょ!? 聖女様!?」

 

「ただし私だけです。何も明かさない貴方にできる譲歩はそこまでです」

 

「そんな譲歩なんてしなくても、それこそ私たち三人で囲んでしまえば良いんじゃないかしら?」

 

「いや、俺は別に構わないぜ」

 

「ハーウッド!?」

 

「俺達を前にこれだけの啖呵が切れる奴だ……

 それが無知からくる蛮勇なのか、それとも勝算があっての挑戦なのか……

 どっちだとして、面白いじゃねえか」

 

 青年へ嫌悪よりもその好奇心が勝りハーウッドはその提案を受け入れる。

 

「ふふふ、これで魔女殿の方が少数派になったね……

 それとも君は“結社最強”の実力を信じられないのかな?」

 

 青年の挑発を含んだ言葉にヴィータは苛立つ。

 

「ああ、もう勝手にしなさい!」

 

 投槍にヴィータもアリアンロードに全てを任せることを決める。

 

「聖女様、さっさと終わらせてくれるかしら」

 

 グリアノス越しでも相対したくない不快感からヴィータはアリアンロードを急かす。

 

「ええ、分かっています」

 

 この後の予定は詰まっている。

 一日とて無駄にしたくないとアリアンロードは頷いて、改めて青年と対峙する。

 

「時に……」

 

「ん? 何だい?」

 

「私たちの事は良く調べているようですが、名前くらい名乗ったらどうですか?」

 

「…………ふふ、名乗るほどの者じゃないよ」

 

 そう言って名乗ることを拒絶した青年の乾いた笑みにアリアンロードは何とも言えない感情がこみ上げてくるのを感じた。

 それが何なのか、言葉で当てはめるよりもアリアンロードは興味を失う方が早かった。

 

「そうですか……では……始めるとしましょう」

 

 槍を構える聖女に対して、青年は構えを取ることはしない。

 

「……どうしました? 早く構えなさい、武器を抜くくらいは待ちますよ?」

 

「お気遣いありがたいが、僕はこのままで結構だよ」

 

 その答えにアリアンロードは訝しむ。

 

 ――素手格闘術の使い手か……しかし、この違和感はいったい……?

 

 隙だらけに佇む青年にアリアンロードは困惑する。

 どれだけ殺気を当てても。どれだけ小さな挙動で威嚇しても青年はのほほんとした何を考えているのか分からない笑みを浮かべているだけ。

 自惚れるわけではないが、自分と対峙してここまで自然体を保っていられる敵にアリアンロードは戸惑いを感じずにはいられない……しかし……」

 

「……何故? 私は昂っている?」

 

 青年の挙動を観察しながら行っていた練気は、彼への期待の低さとは裏腹に無意識に本気で闘気を練り上げている。 

 理性は取るに足らないと判断しているのに、本能が全力を出せと訴えている。

 

「なるほど……よく分かりませんが、良いでしょう!」

 

 困惑を振り払い、アリアンロードは本能に従って力を開放する。

 

「神騎――」

 

「星洸陣っ!」

 

 アリアンロードの言葉は第三者の声によって遮られ――

 

「おっ?」

 

「あら……?」

 

「おや……?」

 

 次の瞬間、神速の風が吹く。

 

「プリズムキャリバーッ!!」

 

「ごふっ!?」

 

 気合一閃。

 神速で屋上を駆け抜けたデュバリィの剣戟が佇む青年を正面から捉えて吹き飛ばす。

 屋上をバウンドするように転がる青年に、神速に遅れて《剛毅》が追従する。

 

「洸裂斬っ!!」

 

「ぎゃふんっ!」

 

 洸を纏ったハルバードの一撃が青年を大きく打ち上げて――

 

「シャイニングアロー」

 

 洸気纏う矢が青年を直撃、爆散する。

 

「あ~れ~!」

 

 青年は更に空へと舞い上がり、大きな放物線を描いてオルディスの海へと落ちていった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「ふう……成敗っ!」

 

 呆然とする三人の使徒を他所に、《神速》のデュバリィはやり切ったと誇らしげに勝鬨を上げる。

 

「…………デュバリィ」

 

「御無事ですかマスターッ!」

 

 勝利の余韻に浸るよりも早く、呼ばれたデュバリィは素早くアリアンロードの前に膝を着き、頭を垂れる。

 

「あの男は千害あって一利なしの変態です!

 マスターの視界に入ることさえ汚らわしい存在! マスターが相手をするような者では決してありません!」

 

 サザーランドでの鬱憤を晴らすように捲し立てるデュバリィにアリアンロードは答えず、彼女に遅れて自分の前に膝を着いたアイネスとエンネアに視線を向ける。

 

「アイネス……エンネア……貴女たちもデュバリィと同じ意見ですか?」

 

「はい、あのような低俗な男にマスターの槍を穢すような事はあってはならないかと」

 

「私も二人と同じ意見です。あれはこの世に存在してはいけない者です」

 

 嫌悪を隠そうともせずアイネスとエンネアは自分たちは間違っていないと言い切る。

 

「…………そうですか……」

 

 練り上げた“神気”を持て余しながらアリアンロードは自分を心酔する三人に、静かに告げる。

 

「三人とも、そこに正座をしなさい」

 

「え……マスター」

 

「正座をしなさい」

 

「お、お待ちください。私たちは――」

 

「正座をしなさい」

 

「あ、あのマスター」

 

「正座をしなさい」

 

 静かに繰り返される言葉に三人はアリアンロードの怒りを察する。

 

「あうあう……」

 

「は、話を聞いてくださいマスター」

 

「わ、私たちは――」

 

 次の瞬間、ジュノー海上要塞の屋上が激震した。

 

「ひっ!?」

 

 轟音を立てて突き立てられたランスが屋上に亀裂を走らせる。

 

「次は……ありませんよ」

 

「「「は、はいっ!」」」

 

 鉄機隊はアリアンロードの声に竦み上がって、言われた通り正座をするのだった。

 その一方で……

 

「……これは死んだか?」

 

 夕暮れの赤に染まった海を見下ろしてハーウッドは呟く。

 鉄機隊の渾身の三連撃を喰らい、ジュノー海上要塞の屋上から海へと落とされた。

 例えしたが水であったとしても、この高さでは常人ならば生きてはいないだろう。

 

「自業自得じゃないかしら? むしろ聖女様の一撃よりも原型は残っているんじゃないかしら」

 

「ひでえ言い様だな」

 

「正直、《鉄機隊》の子たちをよくやったと褒めてあげたいのだけど……」

 

 ヴィータは振り返り、訥々と横槍を入れた三人にお説教を始めたアリアンロードにため息を吐く。

 

「大口を叩いていたけど、所詮はその程度だったという事でしょうに」

 

「ま、そうだな……」

 

 まだ向き合っている状態での不意打ち。

 自分やヴィータですら反応できたデュバリィの一撃に対処できなかった青年の実力は結局の所、その程度でしかなかった。

 そう判断するのが妥当なのだが、ハーウッドは妙な違和感を覚えずにはいられない。

 

「…………わざと受けたのか?」

 

 呟いて考えてみるが、意味のない仮説だとハーウッドは否定する。

 青年の目的がアリアンロードであり、《幻焔計画》の乗っ取りならばそんなことをする必要はない。

 

「お前はどう思う?」

 

 ハーウッドはいつの間にか横に立っている女に意見を求める。

 

「…………」

 

 それは聖女でもなければ、魔女でもない。

 暗殺者風の露出の激しい衣装に目元を覆い隠した女はハーウッドの質問に沈黙を保ち、にこりともせずに踵を返して歩き出した。

 

「やれやれ……すっかり昔に戻りやがって」

 

 そんな女の態度にハーウッドはため息を吐く。

 

「さて、俺はどう立ち回るとするか……」

 

 とりあえず聖女の依頼の《グノーシス》の研究方法を思い浮かべながら、ハーウッドは青年の存在を記憶の片隅へと追いやって思考を巡らせるのだった。

 

 

 

 青年が消えた海は夜の“漆黒”に染まっていく。

 使徒たちの評価は大言壮語の取るに足らな弱者と“認識”され、青年の存在はすぐにその他大勢の有象無象の変人。

 それが“彼”と“使徒たち”の邂逅の結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡る。

 ジュノー海上要塞で《ティルフィング》の強奪が起きている頃、ゲオルグ・ワイスマンはリーヴスにいた。

 

「ふむ……」

 

 深夜のリーヴスは時分相応に静かであり、西の地で二年前の内戦の続きが始まる予兆すらそこにはない。

 静かな街をワイスマンは迷いのない足取りで進み、辿り着いたのはリーヴス七耀教会。

 先の内戦で主要都市以外の七耀教会は閉鎖され、リーヴスの教会も例にもれず今は管理する神父や司祭はいない。

 

「さて……鬼が出るか、それとも蛇が出るか……」

 

 ワイスマンは聖堂の扉に手を掛けて独り言を呟く。

 そして笑みを浮かべて力を籠めれば、閉鎖されているはずの扉はあっさりと開いた。

 

「私が再び教会に踏み入ることになるとはね」

 

 感慨深いものを感じながら、ワイスマンは臆することなく教会へと入る。

 月明かりが差し込む窓だけが光源。

 埃っぽい空気は長い間、人が出入りした様子を示している。

 

「人の気配は……」

 

「…………………」

 

 どこから調べようかと考えたワイスマンの耳はかすかな声を聞き逃さなかった。

 

「あ…………」

 

 かすかに聞こえる声に導かれるようにワイスマンは歩を進める。

 

「…………お……い……」

 

 小都市の教会の規模は小さく、ワイスマンはすぐに“それ”を見つけることができた。

 女神のステンドグラスの下。

 祭壇に罰当たりにも腰を掛け、虚空に虚ろな視線を彷徨わせながらうめき声を発し続ける少年がいた。

 

「これは壊れているな」

 

 その姿にワイスマンはある少年の事を思い出す。

 言葉と感情を失い、食事も摂らずにハーモニカだけを吹き続けて瘦せ衰えていった男の子を。

 目の前の少年はその時の男の子と同じ。

 

「いや、ヨシュアよりもひどいか」

 

 ワイスマンは周囲を見回してみるが、《Ⅶ組》から聞いたアルバ神父という男の姿はどこにもない。

 ならばやはり目の前の少年がアルバ神父であり、目的の人物だと察する。

 

「ふむ…………エリゼ・シュバルツァーの結婚が決まったよ」

 

「……………………ら……」

 

 ワイスマンの呟きに少年はぴくりとも動かず、呻き続けるだけだった。

 

「こほん……」

 

 掴みが失敗した事を誤魔化すように咳払いをして、何事もなかったようにワイスマンは呼びかけた。

 

「君が■■■・■■■■■■■かな?」

 

 紡いだ名前にノイズが走る。

 そして……少年の呻きが止まった。

 

「…………」

 

 ゆっくりと虚空を見つめていた少年は首を動かしてワイスマンを見る。

 その目には壊れたと思ったはずの理性があった。

 

「…………あ……なた……は…………?」

 

「私はゲオルグ・ワイスマンと言う者だよ■■■・■■■■■■■君」

 

 その名を口にすると再び世界にノイズが走る。

 その言葉に少年は緩慢な動きで首を巡らせて、何度も頷き呻くように言葉を作る。

 

「あ…………あ…………おれは……おれは……ちゃんといたんだ……」

 

 そして――少年は倒れた。

 物音一つない静寂が教会に満ちる。

 

「ふふふ……ははは……ハハハハハッ!」

 

 そんな静寂を破るようにワイスマンは堪え切れない衝動に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





地の秘術
ローゼリアのように一時的に肉体を活性化させて“器”を最盛期に成長させる魔法
フィーではなヴァルトラウテに《鬼の力》の適正は起動者たちよりも低く、100の力を注いでも30くらいしか強化限界されません
なので余剰の70の力を“器”を成長させるという魔法に利用し、フィーではなくヴァルトラウテの欠点である肉体を強制的に成長させて、ゼノとレオニダスとのアドバンテージを埋めています

なお無理やり成長させる秘術ではありますが、必ずしもその姿に成長するとは限らず、誤差の範囲でならある程度、身長を始めとした体つきを操作することができます

一応フォローさせて頂きますが、今回一方的にヴァルトラウテがルトガーを殴り倒していますが、初見殺しの動揺とスピード特化の勢いで誤魔化しているだけで仕切り直して戦闘すればあんな一方的な戦闘にはなりません。
現にルトガーはいろいろと喰らってますが、ダメージはそこまで大きくなくすぐに立ち上がれていますから。

ちなみにこの秘術を使ったとしてもトワの背が伸びることはありません
この秘術を使ったとしてもトワの体が大きくなることはありません

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