4月20日木曜日――
「サザーランド州はエレボニアの南部にある、白亜の旧都セントアークを州都としたハイアームズ侯爵が治める領地だよ」
学生食堂の一角で、大きなテーブルに地図を広げてトワ・ハーシェルは二人の生徒に補習を行っていた。
「旧都と呼ばれる由来は七耀暦270年……
突如現れた《暗黒竜》の瘴気によって帝都ヘイムダルが死の都となりました……
そこから逃れた時の皇帝アストリアスⅡ世と生き残った民によって、現在の州都であるセントアークが築かれ、以降およそ百年、371年に皇帝ヘクトルⅠ世によってヘイムダルが解放されるまで帝国の首都として機能していたことから旧都と呼ばれるようになったんだよ」
トワは真剣な顔で講義をノートに取るリィンに満足そうに頷き、その横のクロウに視線を向ける。
「すー……すー……」
「もうっ! クロウ君!」
頬杖をついて真面目に聞いているふりをしながら寝息を立てているクロウにトワは声を上げる。
「んっ? どうしたトワ?」
クロウは何事もなかったように目を開いて惚ける。
「今寝てたでしょ? それからトワ教官って呼ぶように言ったはずだよ」
「ははは、ちゃんと起きていたに決まってるだろ。トワ教官」
白々しい言葉にトワは頬を膨らませる。
「いや明らかに寝ていたと思いますが……」
ノートを取り終わったリィンはへらへらとトワの叱責を受け流すクロウに呆れたため息を吐く。
「折角俺達のためにトワ教官が補習をしてくれているんですから、少しは真面目に受けたらどうですか?」
「そうは言うけど考えてみろ。俺にとってはこんな帝国地理の授業なんて三年前に受けている。つまりそう言う事だ」
リィンの指摘にクロウは得意気な言葉を返す。
「ではサザーランド州の南部、パルムは何で栄えている街ですか?」
「パルム……確かあそこは地ビールの産地だったな」
「違います」
「クロウ君……」
自信満々に間違えるクロウにリィンはため息を吐き、トワは嘆いて項垂れる。
「クロウ君は《Ⅶ組》のリーダーなんだよ。《特務活動》としてサザーランド州を哨戒してもらうからちゃんと覚えておいた方が良いんだよ」
「そうやって余計なことまで覚えようとして寝不足になっていたのは何処のどいつだ?」
「それは……」
クロウの指摘にトワは思わず目を逸らす。
「…………御二人は……」
「ん?」
「どうしたのリィン君?」
リィンの言葉に二人は期待するように振り返る。
「御二人はもしかしてお付き合いしているんですか?」
二人がトールズ士官学院の本校で同級生であることは周知の事実。
だが、それだけで収まらない絆があるように感じてリィンはその疑問を口にしていた。
「おいおいリィン。俺はロリコンじゃねえぞ」
「クロウ君。それはどういう意味かな?」
「いや、ここは俺のためにもお前のためにもしっかりと誤解は解いとくべきだろ……
俺はもっとグラマラスな大人の女の方が好みなわけだから、トワと付き合ってるとかお前の思い過ごしだ」
「クロウ君……?」
トワに凄まれクロウは肩を竦めてそれ以上のコメントを控える。
そんなクロウの言葉にリィンは首を傾げる。
「トワ教官は十分大人で魅力的な女性だと思いますよ」
「リ、リィン君!?」
「授業は分かり易いですし、質問すれば丁寧に教えてくれる……
今もこうして俺なんかのために補習をしてくれているんですから……それに比べて俺の姉弟子は……」
「リィン君……」
「こいつやっぱり本物じゃねえか?」
褒め殺しの言葉にトワが感激する一方で、自然とトワを口説くリィンの姿にクロウは訝しむ。
「俺の事よりも問題はクロウ先輩の方じゃないんですか?
そんないい加減な態度で《特務活動》が務まるんですか?」
「は、なるようになるだろ」
「そんないい加減な態度だからユウナとクルトとの関係もいつまで経っても改善しないんじゃないんですか?」
現在の《Ⅶ組》の教室の空気は最悪と言っていい。
戦闘訓練でも《ARCUSⅡ》による戦術リンクの接続もうまくいかず、《騎神》と《神機》の合体の兆しもない状況にシュミット博士の小言が増えて行く。
「ユウナは無理としても、クルトと合体できるように――」
「ぶふっ!」
リィンの言葉の途中、背後の席で誰かが咳き込んだ。
振り返れば、そこにはミュゼとタチアナがいた。
「どうかしたか?」
「いいえ、お気になさらずお話を続けてください」
咳き込むタチアナに変わってミュゼがにこやかな顔で何でもないと答える。
「でも……」
「続けてください」
「…………はい」
笑顔のプレッシャーに押されてリィンは顔をクロウ達の方に戻す。
「とにかく《Ⅶ組》の空気が悪いのはクロウ先輩のせいなんですからどうにかしてください」
「いや無理だろ」
リィンの意見にクロウは無理だと返す。
ユウナがクロウを嫌う理由はオズボーン宰相を暗殺するためにクロスベルを巻き込もうとしたこと。
クルトがクロウを嫌う理由は内戦を起こし、ヴァンダール家の名誉を地に落とす切っ掛けとなったから。
だがクロウとしてもどちらにも言い返すだけの言い分はある。
そもそもクロスベルの襲撃はオズボーン宰相と共和国のロックスミス大統領の暗殺はクロスベル側から持ち掛けられて実行を決めた作戦である。
――一般人のユウナに言ってもしかたねえが、こっちを使い捨てにする事を前提にしていたのはクロスベルの方だ……
通商会議にテロリストを呼び込んだのはクロスベルであり、その後の独立宣言からなる戦争も侵略もクロスベルの自業自得。
それを弁えず帝国に当たり散らしているユウナを見ると、クロウは同族嫌悪を感じずにはいられない。
「でもこのままだとシュミット博士が何をするか……クロウ先輩がクルト達とは合体できないって言うなら誰とならできそうですか?」
「おい……この状況でそれを聞くかお前!」
リィンの背後で聞き耳を立てているミュゼとタチアナが良く見えるクロウは顔を引きつらせる。
そんなクロウにリィンは意味が分からないと首を傾げながら続ける。
「スタークはどうなんですか? 見たところ知り合いのようですけど」
「スタークはユウナ達以上にあり得ないだろ」
「じゃあアッシュは? ちょっと口は悪いですけど、そこに目を瞑れば性格的に相性は良いんじゃないですか?」
「やめろ! この話をこれ以上するなっ!」
本気で嫌がるクロウにリィンは口を噤む。
伝聞で知ったクロウの元テロリストと言う複雑な立場であり、その心境は確かにリィンは無遠慮に踏み入ってはいけない領域なのかもしれない。
「クロウ×アッシュ……」
「クルト×クロウ……いえ、いっそうこの三人での三角関係と言うのはどうでしょう? 聞くところによれば《蒼の騎神》は三機合体みたいですし」
背後で展開されるミュゼとタチアナの華やかな会話を聞き流しながら、トワが口を開く。
「でもクルト君はともかくユウナちゃんはちょっと心配かな」
「やっぱりですか」
「うん……ユウナちゃんのとにかく帝国人に張り合おうとする姿勢を快く思わない人は多いみたい……
部活動はレミフェリアから来たルイゼちゃんに誘われてテニス部に入ったんだけど、そこでゼシカちゃんと喧嘩をしちゃって……」
「ゼシカ……確かノルティア州のシュライデン伯爵家の人ですよね? ユウナはいったい何をしでかしたんですか?」
「詳しい経緯は私も聞いただけだけど……
ユウナちゃんがいつものように帝国人なんかに負けないとか言って」
「…………その光景が目に浮かびますね」
トワの言葉にリィンは肩を竦める。
自分は気にしなかったが、“初伝止まり”や“帝国の昔ながらの剣なんか”などと言われれば誰だって気分は良くない。
ましてや帝国はそう言った古い伝統や流派を受け継いでいる文化があるだけに、ユウナの何気ない言葉は多くの反感を買っている。
「今はランドルフ教官にユウナちゃんの事を任せているんだけど――」
「おいユウ坊ちょっと待てっ!」
「学院内でユウ坊はやめてくださいと言ったはずですランドルフ教官!」
噂をすれば影。
肩を怒らせて足早に進むユウナとそれを追い駆けるランドルフが食堂を横切って行った。
「…………マキアスよりも酷いんじゃねえか?」
「そんな事はない……と思うよ?」
クロウの呟きにトワは自信なさげに応える。
「マキアス・レーグニッツ…………」
そしてリィンがクロウが漏らした名前を繰り返すとトワが耳ざとくそれを指摘する。
「リィン君。マキアス君の事知ってるの?」
期待を瞳に宿し尋ねる。しかし返って来た言葉はその期待に応えてくれるものではなかった。
「名前だけならオリエンテーリングの時にクロウ先輩が漏らしていた名前ですね……
後はアリサ・ラインフォルト社長代理の事を導力ネットで調べた時に、《Ⅶ組》の関連記事にあった名前ですね」
「あ…………うん……そうだよ……
マキアス君は君達《Ⅶ組》の前身になった本校の卒業生なんだよ。今は共和国に留学しているけど」
「入学した頃のあいつの狂犬ぶりはそれはもう凄かったぜ」
トワの説明にクロウが笑みを浮かべながら続ける。
だが、当のリィンは特に関心がないのか大きな反応は見せなかった。
代わりに――
「そのマキアスって人の所に《ティルフィング》の一機はあるんですか?」
「え……?」
突然振られた話題にトワはその意図を計りきれず戸惑う。
「…………いえ、今のは忘れてください」
リィンは食堂の時計を確認するとテーブルに広げていたノートや資料を片付け始める。
「今日はありがとうございましたトワ教官。自分はこれで失礼します」
「あ……うん……」
トワもクロウも去って行くリィンに言葉を掛けることはできず、ただその背中を見送るのだった。
………………
…………
……
「クロウ×クルト×アッシュ……君と合体したい。どうでしょうかミュゼさん!」
「拝読させていただきますタチアナさん」
*
4月21日金曜日、夕方――
トールズ士官学院第Ⅱ分校は慌ただしく動いていた。
学院に併設された貨物用ホームに生徒達は持ち込んだ荷物を置き、列車が来るのを待つ。
「おっしゃあ、来たでぇ~!」
その時を今か、今かと待ちわびていたパブロの歓声に一同はホームの先の線路に注目する。
「リィン! カメラだ! タイミングをしくじるなよ!」
「はいはい……」
興奮するパブロを宥めながらリィンは三脚で固定している導力カメラを覗き込む。
速度を落として近付いて来る銀の列車をパブロが吟味したタイミングでシャッターを切る。
タイミングは一瞬。
緊張で止めていた息を吐けば、その列車はリィンの横を通り過ぎてホームに停車する。
「キレイ……」
「銀色の列車か……」
ティータとクルトは真新しい銀の列車の威風に目を奪われる。
「よっしゃリィン! 前に行くぞっ!」
「落ち着けパブロ。資材搬入が先だ。写真を撮れるかは時間に余裕があればだ」
興奮するパブロを宥めながらリィンは導力カメラや三脚を分解し、アルティナに渡して専用ケースに片付ける。
そうしていると列車から作業員と軍服の女性が降りて来た。
「――フン、来たか」
彼女の顔を見るや否やミハイルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ええっ……!?」
顔見知りは彼だけではなくユウナもそうだったのか、彼女の顔を見ると大きな声を上げて驚いていた。
「ふふ……」
軍服の女性は一同を見回して微笑み、リィンをジッと見つめた。
「おいリィン。お前も知り合いか?」
「……いや、そんなはずはないけど」
「…………」
パブロの問いにリィンは首を傾げながら否定する。
その横でアルティナは無言を貫く。
そんな空気の中、軍服の女性はミハイルを始めとした教官と《第Ⅱ》の生徒達に向けて敬礼をして名乗る。
「初めまして。第Ⅱ分校の生徒と教官の皆さん……
鉄道憲兵隊少佐、クレア・リーヴェルトといいます。第Ⅱ分校専用、特別装甲列車《デアフリンガー号》をお渡しします」
………………
…………
……
「07コンテナ――《ティルフィングS》搬入、並びに固定作業終了しました」
「はい。確認しました……ユウナちゃんの作業が遅れているみたいだからリィン君達はそっちを手伝って上げてくれる」
「分かりました」
自分の作業が終わったとトワに報告すれば、次の作業を指示される。
「ユウナ、手伝いに来たぞ」
「あ…………リィン……それにアルティナとパブロ君達……」
一人で《ドラッケン》をコンテナの中に固定しようと四苦八苦していたユウナはリィン達が来たことに思わず身構える。
「ほら、早く終わらせよう。パブロとヴァレリーは右側を左側はユウナとグスタフが回ってくれ……
《ドラッケン》の上には俺とアルティナが上がる」
「了解しました」
「応、任せとけ」
リィンの指示にアルティナ達は動き出す。
「ちょ、ちょっと! 勝手なことしないでよ! この程度私一人で出来るんだから」
「そういうのは良いから、早く搬入を済ませたいんだ」
食って掛かって来るユウナをリィンは宥める。
他の《機甲兵》の搬入はそれぞれ手伝ってくれる者もいるが、ユウナは避けられるように誰一人手伝おうとするものがいない。
単純に人手が少ないというのもあるが、これまでのユウナの言動から顧みれば当然の扱いとも言える。
「定刻までに準備が終わらなければ連帯責任を取らされるのは俺達なんだ。それは分かるだろ」
「ぐぬぬ……」
帝国人なんかの手を借りなければいけないという葛藤にユウナは唸る。
「それに……パブロがあれだからな」
「よっしゃ! 受け取れ《クラウ=ソラス》!」
ワイヤーを投げるパブロ。
明らかに一人だけテンションがおかしいことにユウナは思わず尋ねる。
「何あれ?」
「どうにも《デアフリンガー号》に興奮しているみたいだ……
パブロは軽音部を立ち上げる前に《鉄道部》を作ろうとして却下されていたみたいでな」
彼の鉄道、とりわけ列車に掛ける情熱に《写真部》であるリィンは巻き込まれる事となってしまった。
「定刻までに作業を終わらせれば、その時間を使って写真を撮りたいらしい……だからこれはユウナを手伝っているんじゃなくてパブロのためだと思ってくれ」
「…………そういう事なら……」
渋々とユウナは認め、改めて《ドラッケン》の固定作業に移る。
流石に複数人。
それも空に浮いてワイヤーの橋渡しが楽にできる《クラウ=ソラス》のおかげもあって固定作業は程なくして終了する。
そしてトワ教官に報告に行けば、それで作業は終了となり出発まで自由時間を与えられた。
「あ……」
「ユウナ……?」
突然立ち止まったユウナにリィンが振り返るとそこにはクレアとみっしぃが向き合って話していた。
「…………改めて見ると異常な光景だよな」
軍服とマスコット。
おおよそ接点のない二人にリィンが苦笑するとユウナが駆け出した。
「なに二人で話してるんですか!」
「ユウナ!?」
普段の声とは違う明るい声で駆け寄ろうとするユウナの首根っこをリィンは咄嗟に掴む。
「ぐえ――ちょっと何するのよ!」
「何するはこっちの台詞だ。仮にも、あれでもみっしぃ教官は上官だぞ仕事の話をしてるかもしれないところに割り込むつもりか?」
「う……それは……」
学生気分でクレアに駆け寄ろうとしたユウナは口ごもる。
とりあえず勢い任せに突撃しないと判断してリィンはユウナから手を放す。
「リーヴェルト少佐とは知り合いなのか?」
「ふんっ! そんな事貴方に話す義理はないわよ」
不貞腐れてそっぽを向くユウナにリィンは肩を竦める。
「おーい! リィン早く!」
「ああ、今行く」
呼ぶパブロの声に応え、リィンは導力カメラを収めたバックを抱え直す。
「ユウナ。詮索はしないがせめて節度を持った行動をしてくれ」
「分かってるわよ」
そっぽを向いたままの返答に一抹の不安を感じながらリィンはパブロ達が集まっている先頭車両へと足を向けるのだった。
ファーストコンタクト
クレア
「初めまして。貴方がリィン・シュバルツァー君ですか……」
リィン
「は、はい。《Ⅶ組特務科》リィン・シュバルツァーです」
クレア
「それは先月リベールで発売した最新の導力カメラですね」
リィン
「リベール製なのは間違いないんですが発売日までは分かりません。リーヴェルト少佐はカメラにお詳しいんですか?」
クレア
「ええ、嗜む程度には……リィン君がよろしければ私が導力カメラの取り扱いについて教えて上げましょうか?」
リィン
「それはありがたいですけど、良いんですか?」
クレア
「現地に着くまで教官とのブリーフィングが終わってからになりますが……
ところでリィン君、私の事はクレアおね――」
アルティナ
「じー」
クレア
「いえ何でもありません。忘れてください」
リィン
「…………んん?」
*
シドニー
「くっ……ラインフォルトの社長代理の次は憲兵隊のお姉様かよ。どうしてあいつだけあんなにモテるんだ!」
ランディ―
「シドニー。それはあいつが弟ブルジョワジーだからだ」