閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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80話 領邦会議

 

 

「この責任をどう取るつもりだっ!」

 

 クロワール・ド・カイエンが起こしたテロは彼が捕まった事を皮切りにして、各地の騒動も鎮圧されていった。

 一夜明け、残党の掃討に被害状況の把握と対処。

 それらがひと段落した頃にはもう日は落ちていたが、オルディスの領主館の一室に大きな声が木霊した。

 

「この責任をどう取るつもりだ!?」

 

 上座を陣取ったバラッド侯爵が部屋の中央に立たせられたウォレス・バルディアスを糾弾する。

 

「言い訳のしようもありません」

 

 領邦会議のために集められた各地の貴族たちに囲まれ、非難の目を集中させられながらもウォレスは毅然とした態度でその言葉を受け入れる。

 ジュノー海上要塞の新型機甲兵とティルフィング強奪から始まった事件の責任を統合地方軍の責任者であるウォレスに追及される。

 もっともラマール州の暫定領主であるバラッド侯爵も糾弾される立場なのだが、それをおくびにも出さずにウォレスを責め立てる。

 

「私についての処罰については異論はありません……

 しかし、何故彼女が同席しているのでしょうか?」

 

 ウォレスは隣に立たされている少女――ミュゼについて説明を求める。

 

「その女は海上要塞に賊を手引きした容疑が掛けられている」

 

 ウォレスの疑問にバラッドではない貴族が答える。

 

「ミュゼ・イーグレット……

 いや、ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエン。何か申し開きはあるかな?」

 

「はい、私が叔父を手引きしたなどとは全くの――」

 

「嘘を吐くな!」

 

 弁明は最後まで言わせてもらえず怒声によって塗り潰される。

 それに合わせて取り囲んだ貴族たちがミュゼを一斉に罵り出す。

 

 ――やられましたね……

 

 ミュゼは内心で己の失態を悟る。

 会議室にはミュゼが頼りにできるユーシスやハイアームズ侯爵などの良識派はいない。

 

 ――生贄と言うわけですか……

 

 事件の責任をウォレスに押し付ける一方。

 ラマール貴族たちは保身のための生贄をミュゼに求めた。

 クロワールに内通していた者もいれば、二年前の内戦の責任を今度こそ取らされると不安になっている者もいる。

 罪を擦り付ける相手として、功績をでっち上げる相手としてクロワールの姪であるミュゼは絶好のスケープゴートになる。

 

 ――さて、どうやって時間を稼ぎましょうか……

 

 幸いなことにバラッド侯爵の私兵に逮捕されたのはⅦ組で活動していた時、ユウナやクルトたちがミハイルに報告すればすぐにでも冤罪は晴れるだろう。

 

「惚けても無駄だぞ。貴様が雇っているゼファー・イーグレットなる者が、今回の賊を匿ったと調べはついているのだからな」

 

「…………え……?」

 

 その情報はミュゼにとって青天の霹靂だった。

 

「そ、そんなはずは――っ」

 

 思わず呟いてしまった言葉が失言だったとミュゼは気付くが、それは取り返しがつかない失態だった。

 

「皆のもの聞いたな!」

 

「やはりミルディーヌ嬢がクロワールと繋がっていたか」

 

「ち、ちが――」

 

「カイエン家の者としてお前が責任を取れっ!」

 

 ミュゼの声は容易く搔き消されて無視される。

 

 ――この流れはまずい……

 

 想定外のイレギュラーにミュゼは焦る。

 二年前の内戦で一度表舞台に立ってしまい、顔を周知させてしまった事がここに来て裏目になる。

 しかしあの内戦で功績を作っていなければクロワールの連座でカイエン家そのものが取り潰しになっていた可能性は高い。

 

 ――違う、今はそれよりもこの場を切り抜けないと……

 

「何とか言ったらどうだ!?」

 

「う…………ぁ……」

 

 ぶつけられた怒声にミュゼは呻き、体が震える。

 経験した事のない悪意の言葉の数々はミュゼの殻を容赦なく叩き、彼女の未熟な部分を刺激する。

 

 ――考えないと……考えないと……

 

 思考が空回る。

 一度情報を整理して熟考して立て直さなければいけないが、周りがそれを許してくれない。

 

「っ……いい加減に――」

 

 顔を蒼白にして立ち尽くするミュゼをウォレスが見かねて声を上げ――

 

『いい加減にしろっ!』

 

 その声はミュゼから広い会議室の隅々に届くほど大きく響き渡った。

 

「え……? その声は……リィンさん」

 

 我に返ったミュゼは帝都にいるはずのリィンの声を探して周囲を見回すが、彼の姿はない。

 

『ミュゼ、それからウォレス准将もそこを動かないでください』

 

 声はミュゼの《ARCUS》から発せられ、次の瞬間ミュゼ達の頭上に白亜の《騎神》が前触れもなく現れた。

 

「なああああああっ!?」

 

「こ、これはいったい!?」

 

「この騎神はまさか二年前の!?」

 

 《零の騎神》ゾア・ギルスティンは膝を折ってミュゼ達の背後に降り立つと、それを合図にして会議室の扉が勢いよく開け放たれた。

 

「そこまでにしていただこうかバラッド侯爵達よ」

 

 颯爽とまず部屋に入ってきたのはオーレリア・ルグィン。

 

「やれやれ、流石貴族様って奴かな? こんな時ばかり仕事が早くて困るぜ」

 

 それに続いて肩を竦めてレクター・アランドールが。

 

「これと比べられるのは業腹なのですが」

 

「まあまあ、ユーシス君。このような無法を見過ごしてしまった私たちの失態でもあるのだから」

 

 そんなレクターの言葉にユーシス・アルバレアが反論し、それをリィンと一緒に帝都にいるはずだったのアンゼリカが宥める。

 そして――

 

「ラマール州の貴族の皆さん、御機嫌よう。今回の事件についての調停役として帝国政府より派遣されました……

 アルフィン・ライゼ・アルノールです」

 

 緋いドレスを纏った皇女は彼女や彼らを付き従えるように前に出て名乗る。

 

「ひ、姫様……?」

 

 イレギュラーの連続にミュゼは思考を真っ白にして驚く事しかできなかった。

 

「さて、それでは皆さん。お話し合いを始めましょうか?」

 

 アルフィンは《零の騎神》を従えるように立って、宣言するのだった。

 

 

 

 

「あ、あのリィンさん。どうしてここに?」

 

 ミュゼとウォレスの私刑場から一転、会議室にアルフィン達が座る席が用意され慌ただしくなる中で、ミュゼは部屋の隅にいるリィンに声を掛けた。

 

「トワ教官に帝都から連絡をしていた時に、ユウナ達からミュゼが領邦軍に連れて行かれたって聞いて、《ゾア・ギルスティン》で転移してきたんだ」

 

「せ、精霊回廊というものでしょうか?」

 

「いや……たぶん普通の次元転移……だと思う」

 

 自信なさげにリィンはミュゼの疑問に答える。

 

「次元転移ですか……そうですか……次元転移……」

 

 自分がバラッド侯爵の私兵に捕まった時間から逆算して、移動時間はほぼ0だと気付いてミュゼの中の常識が崩壊していく。

 

「で、ですが……私の危機に駆けつけてくれたおいしい状況……」

 

 しかし前向きにミュゼは今の好転した状況を受け止める。

 白馬の騎士ではないが、白亜の騎神で己の窮地に駆けつけてくれたリィンに感謝とときめきを感じずにはいられない。

 

「改めてありがとうございますリィンさん」

 

「お礼なら俺じゃなくてユウナ達に言って上げてくれ」

 

「ええ、それはもちろん後ほど……」

 

「ミュゼ……いやミルディーヌなんだったな」

 

「…………今まで隠していて申しわけありませんリィンさん」

 

 名を偽っていたことをミュゼは謝る。

 

「ミュゼというのは幼い頃の愛称……

 亡き両親が呼んでいたものでした」

 

「ですが両親が事故で亡くなって跡継ぎが叔父クロワールに代わり、叔父がカイエン公を継ぐにあたり、わたくしは帝都に遠ざけられました……

 アストライアの初等科に封じ込められ十年近くを過ごしていました」

 

「アストライア女学院……エリゼ姉さんの」

 

「はい、エリゼ先輩には昔からよくして頂きました」

 

 ミュゼは当時を懐かしみながら続ける。

 

「ですが二年前の内戦、激化する戦争を前に一つの懸念が生まれてわたくしは戦場に立つことにしたんです」

 

 十月戦役と呼ばれ、第二次獅子戦役とまで呼ばれた貴族連合と革新派の戦い。

 

「やり過ぎた叔父が敗走した場合、カイエン家そのものが取り潰されてしまう可能性がありました……

 それを防ぐためにわたくしはオーレリア将軍たちを纏めて革新派に寝返りました」

 

 結果はミュゼの目論見通りに進み、最低限の力を手元に残せた一方で、予想外の駒とオーレリアを始めとした大物からの信頼を得ることができた。

 しかし一方でバラッド侯爵たちのようにミュゼの存在を敵として見る者も現れてしまった。

 

「まだまだですね……《盤面》は見えていたはずなのに、少し人の悪意を甘くみていたのかもしれません」

 

「ミュゼは……クロワール卿の姪らしいな」

 

「はい……愚かなる叔父です……リィンさんにはわたくしの血縁が大変なご迷惑をお掛けして申しわけありませんでした」

 

 ティルフィングの強奪を含め、改めてリィンにカイエン家が掛けた迷惑を考えてミュゼは頭を下げる。

 

「…………クロワール卿は……愚かなだけな人じゃなかったよ」

 

「え……?」

 

「ミュゼや他の人達から見たら、過去の妄執に取り憑かれていただけなのかもしれない……

 でも、あの人はそれを分かっていながら突き進んだ。その妄執の先に得られるものがあると信じて」

 

「リィンさん……」

 

「もちろんクロワール卿がミュゼや民にしたことは許される事じゃないんだろうけど……

 俺は彼と戦えて良かったと思う。だからその事についてはミュゼが気に病む必要はない」

 

「え……あ……はい……ありがとうございます……?」

 

 全く想定外のリィンのクロワールを擁護する言葉にミュゼは間の抜けた返事をしてしまう。

 

「シュバルツァー。イーグレット、お前たちはこっちに来い」

 

 会議の準備が整ったのか、レクターがリィン達を呼ぶ。

 

「分かりました……行こうミュゼ」

 

 壁際から離れてリィンは指定された席へと歩き出す。

 

「…………」

 

 その背をミュゼは無言で見送りながら、おもむろに耳を塞ぎ、目を閉じる。

 

「《盤面》を応用……」

 

 ミュゼは先程のリィンの言葉、声音、表情、態度を頭の中に再入力して思考を回転させる。

 それはミュゼの“異能”とも呼べる能力の応用。

 リィンのクロワールへの関心と、自分への態度を比較してミュゼは――結論に至る。

 

「あれ……? わたくしの方がもしかして好感度が低かったりしますか?」

 

 愚かと断じた叔父に、ミュゼは初めて敗北感を突き付けられるのだった。

 

 

 

 

「では、今回の改めて今回の会議の調停を務めさせて頂くことになりました……アルフィン・ライゼ・アルノールです」

 

 新しいテーブルが用意され、アルフィンを上座にユーシスやアンゼリカ、オーレリア、ハイアームズの面々が席に着く。

 改めて領邦会議に集まっていた貴族たちが対面する。

 

「そう固くならないでください。わたくしはただの見届け役になります……

 実際の進行はレクターさんに一任させて頂きます」

 

 緊張を解すように微笑みかけるアルフィンだが、紹介されたレクターに貴族たちにいっそうの緊張が走る。

 レクター・アランドール。

 “かかし男”の異名で有名な《鉄血の子供》の一人。

 むしろ彼こそが本当の交渉役であり、敵だと貴族たちは睨みつける。

 

「おうおう、元気なこった……」

 

 そんな敵意を向けられているにも関わらずレクターは飄々とした態度で会議を始めた。

 

「さて、今回のクロワール・ド・カイエンが起こしたテロについてラマール州貴族の意見を聞きたいんだが、その前に……

 まず今回の件についての責任者を決めてくれるか?」

 

 レクターの言葉に貴族たちの視線はバラッドに集まる。

 現在のラマール州の統治者は帝国政府から暫定的にヴィルヘルム・バラッド侯爵が任命されている。

 今回の騒動での一番の責任者はやはり彼ではないのかと言う空気が流れ、バラッドは慌てて言い訳を叫ぶ。

 

「ち、違う! わ、私ではない! 私は――」

 

「責任を取れと言うなら私でしょう」

 

 バラッドの言葉を遮るように名乗りを上げたのはウォレスだった。

 

「どのような処罰でもお受けします……

 ですが、どうか部下たちには寛大な扱いを望みます」

 

「そう固くなんなって、今回の会議であんたの処分を決めるわけじゃねえ……

 昨日の今日で調査もまだ不十分だし、クロワール卿への事情聴取だってあるからな」

 

「っ――」

 

 レクターの言葉に後ろ暗さを持つ貴族たちは息を呑む。

 

「ま、こんな場を作っておかないと先走る奴がいるから、付き合ってくれよ」

 

「公平な判決がされるのならば、私に否はありません」

 

「良い覚悟だ」

 

 ウォレスの潔い態度にレクターは笑う。

 

「貴族って大変なんだな」

 

 そんなやり取りを壁の片隅、《零の騎神》の足元で見ていたリィンはため息を吐く。

 オズボーン宰相の書簡を持ったアルフィンとオーレリア、アンゼリカの三人をここに連れて来たリィンにはもうできることはない。

 ミュゼへの冤罪もレクターならば晴らしてくれるだろう。

 

「トワ教官たちに連絡をしないとな……」

 

 リィンは報告のために《ARCUS》を取り出して――

 

「前カイエン公のクロワール卿の言葉をここで発表させてもらうぜ……

 『クロワール・ド・カイエンの名の下に、次期カイエン公を“リィン・シュバルツァー”に指名する」

 

 その代弁に貴族たちが一斉にざわつき、部屋の隅にいたリィンに視線が集まった。

 

「…………え……?」

 

「良かったなシュバルツァー。男爵から公爵に陞爵だ……

 いや、まだシュバルツァーは家督を継いだわけじゃないから授爵か?

 ともかくエレボニア帝国は今回の事件とクロスベルの事件を合わせて評価して、リィン・シュバルツァーの独立と授爵を認めるって話だ」

 

「なっ……」

 

 レクターの言葉にリィンはくらりと眩暈を起こして《零》の足に寄りかかる。

 

「ど、どどこの世界に男爵の! それも出自の分からない浮浪児の養子を! 公爵にするって言うんだ!」

 

「いや……出自が分からない浮浪児って、お前なあ……」

 

 リィンの言葉にレクターは呆れた様子で《零の騎神》を見上げる。

 普通ならこの異例な出世に対して、それこそリィンが自分で言った文句や難癖をつけるはずの貴族たちは静かだった。

 

「それに乗れるのは帝国の中でお前だけだろ?

 そういう意味じゃ、これからお前の“血”は特別になるんじゃないか?」

 

「そんなわけないでしょ……だいたいいきなり公爵になれって言われても困ります」

 

「お前が望むならラマール州をそのままくれてやっても良いって、鉄血のオッサンも言ってたぜ?」

 

「だから困りますって……」

 

 レクターの言葉にリィンは頭を抱える。

 

「些か話が飛躍し過ぎていないかなレクター特務少佐殿」

 

 そんな二人のやり取りにバラッドが口を挟む。

 

「その少年に爵位を与えると言うのは百歩譲って良いとしましょう……

 しかし“公爵”を与えるには実績もなく、知識も不十分と見受けられる……

 ましてやあのクロワールが“家督”を譲るなどとは到底信じられませんな」

 

「……もっともな意見だな。シュバルツァー、クロワール卿から譲られた鍵をこいつらに見せてやれ」

 

「鍵……? これのことですか?」

 

「っ……!?」

 

 リィンがクロワールから受け取った鍵を取り出すと、訝しんでいた貴族たちがざわめきだす。

 

「静粛に!」

 

 オーレリアが短い言葉で貴族たちを諫めると、手を叩く。

 それを合図に会議室に二人の兵が入って来た。

 二人掛かりで一つの大きな宝箱を持ち、リィンの前に下ろす。

 

「シュバルツァー。それが鍵の箱だ。開けてみろ」

 

 いつの間にかオーレリアは席を離れ、リィンの隣に立って促す。

 

「えっと……」

 

 言われるがままにリィンは宝箱の鍵穴に鍵を差し込み、回す。

 抵抗なく鍵は回ってロックは外れ、リィンが宝箱を開くとそこには――

 

「……剣……?」

 

 リィンが振り返るが、オーレリアは早く手に取れと無言で促し――リィンは仕方なく宝箱から剣を取り出した。

 

「おおっ!」

 

 それだけで貴族たちがざわめく。

 その事にリィンが困惑していると、オーレリアがようやく説明を始めた。

 

「その剣は代々カイエン公爵家に伝わる宝剣だ……

 ルグィン家に伝わる“アーケディア”。アルゼイド家に伝わる“ガランシャール”……

 アルバレアとログナー、ハイアームズにもそれぞれ伝わっている武具の一つだ」

 

「ええ、我がアルバレア家には兄弟剣として“イシュナード”と“エルヴァース”が受け継がれています」

 

「ルグィン家とアルゼイド家の宝剣の来歴は獅子戦役の頃だったかな?」

 

「四大名門の剣はそれこそエレボニア帝国建国から受け継がれているものなのだよ」

 

 ユーシスに続いて、アンゼリカとハイアームズが説明を補足する。

 

「そんな剣を俺なんかが……」

 

 躊躇うリィンにオーレリアの目は早く抜いて見せろと急かしていた。

 

「ぶ、分校長?」

 

「式典で遠目にしか見たことがなかった剣故にな……さあ早く抜くがいいシュバルツァー」

 

 リィンはため息を吐き、箱の中の剣を手に取った。

 

「長いな……“暁鴉”くらいか?」

 

 鞘に納められたままの状態でリィンは重さと長さを確かめ――一息に抜き放った。

 

「ほう……」

 

「片刃の長剣か」

 

「美しい蒼の刀身か……まさにカイエン家に相応しい剣だ」

 

 周りからもれる感想を聞き流しながら、リィンは二度、三度と蒼の宝剣を振るう。

 

「長さは“暁鴉”よりも少し長い……造りは反りのない騎士剣としての片刃、その分剣幅があるけど……これくらいなら……」

 

 リィンは真っ直ぐに宝剣を振り下ろして、止めて――息を吐く。

 

「うむ……皆の者、見ていたな?」

 

 その姿に満足そうにオーレリアは頷き。貴族たちに向き直る。

 

「カイエンの聖剣を継承されたリィン・シュバルツァーを次期カイエン公として――」

 

「いや待ってください分校長!」

 

「何が不満なのだシュバルツァー?」

 

「そんな大事な剣を俺がもらうわけにはいかないですよね?

 それに俺にはダーナさんに造ってもらった“太刀”があるんですよ」

 

「しかしシュバルツァー、そなたは“八葉一刀流”の他にも私と同じ“ヴァンダール”と“アルゼイド”も修めているであろう?

 その剣ならばそちらの剣術も扱えるのではないか?」

 

「確かにこの剣なら太刀よりも“剛剣術”を扱いやすいですね……

 これなら“黒神”の剣の方も……それにキーアからもらった“剣”にも近いけど……あ……」

 

 リィンが失言に気付くが既に手遅れだった。

 顔を上げるとそこには満面の笑顔を浮かべるオーレリアがいた。

 リィンは助けを求めるように貴族たちの方へと顔を向けるが、彼らはアルフィンもミュゼもレクターも誰一人リィンと顔を合わせようとしない。

 ここで異を唱えれば、すなわち《黄金の羅刹》を敵に回すと事になる。

 

「しかしリィン・シュバルツァー君に公爵としてラマール州を治める能力がないというのは明白ではないのですかな?」

 

 そんな中、バラッドがオーレリアの笑みに臆することなく声を上げた。

 

「どうかねシュバルツァー君。君さえ良ければ、私が君の後ろ盾になってあげようじゃないか」

 

「えっと……」

 

「おっとまだ名乗っていなかったな。私はヴィルヘルム・バラッド……前カイエン公のクロワールの叔父となるな」

 

 ここぞとばかりにバラッドはリィンに自分を売り込む。

 既に彼の頭の中には自分がカイエン公になるよりも、政治慣れしていないリィンに誰よりも早く取り入ってその威を借りる算段を考えていた。

 それを察した貴族たちはオーレリアの笑みの威嚇など忘れてリィンに――

 

「はいはい、そこまでだ。バラッド侯爵に続こうとしている貴族も一旦落ち着け」

 

 その機先をレクターが制した。

 

「帝国政府だって何もシュバルツァーにいきなりラマール州を丸投げするつもりはないって……

 ま、シュバルツァーにラマール州の貴族令嬢と婚約してもらうくらいは考えているが」

 

「こ、婚約っ!?」

 

「それでしたらうちの孫娘などどうかな?」

 

 レクターの言葉に狼狽えるリィンにすかさずバラッドは言葉を掛ける。

 

「だから待てって。タダでラマール州にシュバルツァーをやるわけにはいかないんだよ」

 

「レクターさん、ここからは私が」

 

 レクターの言葉を遮って、ここまで沈黙を保っていたアルフィンが主張する。

 

「……まさか皇女殿下がわざわざお越しになられたのはそういうことか……」

 

「姫様、まさか……」

 

「え……まだ何かあるのか?」

 

 アルフィンの存在を思い出した貴族たち、ミュゼが慄く一方でリィンは再び話が飛躍する気配に項垂れる。

 

「リィン君に公爵となってラマール州を治めて頂くにしても、皆さんが懸念する通り領地を治める能力はありません……

 ですので、私の弟であるセドリックが立太子の儀を済ませ正式に皇位を継ぎ、わたくしの降嫁が決まり次第、わたくしはリィン君に嫁ぐことにします」

 

「…………え……?」

 

「くっ……それでは実質、アルノール家の乗っ取りではないか!」

 

「この機会にリィンさんを手籠めにするつもりですね! 姫様ずるいっ!」

 

「わたくしはリィン君とは違い帝王学を始め、領地経営の基礎は学んでおります……

 その点においてわたくしはリィン君の不足を補うことができるでしょう」

 

 アルフィンは自分の利点を提示して、

 

「とはいえそれではラマール州の方々を蔑ろにしすぎるでしょう……

 先程、レクターさんが仰っていた通り、ラマール州の貴族の顔を立て、血を残すためにも第二夫人の婚約も……この場合の第一候補はミルディーヌかしら?」

 

「流石姫様! 一生ついて行きます」

 

 アルフィンの言葉にミュゼは掌を返して絶賛する。

 

「えっと……」

 

「今回の事件と内戦の責任で実質カイエン家はお前に乗っ取られる形でお取り潰しにする……

 ただ領地を治める事を期待できないからアルフィン皇女を正妻につけて、ラマール州の貴族の顔を立てるために妾を許可したって感じだな」

 

 一人、理解できていないリィンにレクターが嚙み砕いて帝国政府の思惑を説明する。

 

「良かったなシュバルツァー。公爵就任、あとはハーレムだぜ」

 

「あの……俺の意見は?」

 

「残念だが、これが政治なんだよ」

 

 レクターは茫然と立ち尽くすリィンの肩を優しく叩いて憐れむ。

 

「って言うか、お前はこの期に及んで恋愛結婚ができると思ってるのか? それとも好きな女でもいるのか?」

 

「恋愛って……別に好きな相手がいるわけじゃないですけど……

 でもだからって政略結婚されるような価値が俺なんかにあるとは思えない」

 

「俺なんかじゃねえだろ……

 《零の騎神》を安全に動かせる唯一の人間で、皇族はもちろん鉄血宰相にも一目置かれて……

 サザーランド、クロスベル、そして今回の事件であれだけの活躍をした《超帝国人》に相応しい褒美を与えないと、政府のメンツが悪くなるってもんだ」

 

「別に俺だけで事件を解決したわけじゃないのに……」

 

「とは言えこの話もあくまでも暫定だ。テオさんやルシアさんに不義理はしたくねえって言うのは俺も、オズボーン宰相も同じ考えだ」

 

「…………実はこの機会に事故物件だって言っているアルフィン皇女を押し付けようとしていませんか?」

 

「ぶっ!?」

 

 リィンの物言いにレクターは思わず吹き出す。

 

「おいおいアルフィン皇女が事故物件だなんていったいどこの貴族がお前に吹き込んだんだ!?」

 

「なっ!? アランドール特務少佐!?」

 

 声を潜めていたはずなのに、突然大きな声量で叫んだレクターにリィンは顔を蒼白にする。

 

「あらあら、わたくしは事故物件だったんですか?」

 

 アルフィンは気を悪くした様子はなく、にこやかな笑みを絶やさずに聞き返した。

 

「う……あ……」

 

 威圧されているわけではないが、その笑顔にリィンは思わず怯む。

 その横でレクターは舌を出して、この状況を楽しんでいた。

 

 ――オッサンからは一人二人は見せしめにしろって指示されていたからな……

 

 リィンの失言を丁度よく利用しようと考えたレクターはアルフィンの隣に立ってリィンを詰問する。

 

「で、誰がそんな不敬な事を言ったんだ?」

 

「それは…………セドリック殿下ですけど」

 

「…………」

 

「…………」

 

 レクターとアルフィンはその答えに笑みを浮かべたまま固まった。

 おそらく帝国で数少ないアルフィン皇女を事故物件呼ばわりしても不敬にならない存在にレクターは早々に考えたプランを放棄する。

 しかし――

 

「へえ……セドリックが……うふふ……何だか久しぶりに剣のお稽古がしたくなってしまいましたわね」

 

 笑みを絶やさず、それでいて黒いオーラを纏うアルフィンにリィンは思わず後退る。

 

「あー話を戻すが、シュバルツァーとアルフィン皇女の婚約はまだ決定じゃない……

 シュバルツァー家にはまだ話を振ってすらいないし、本人もまだ学生だ……

 卒業までに公爵になれる“器”を示さなければ、この話はなかったことにしても良い」

 

「しかし、では私たちは……」

 

「シュバルツァーを次期カイエン公候補と認めるなら卒業まで、ラマール州はこれまでと同じようにバラッド侯爵を暫定の統治者として治めて良い……

 ただし、今回のような事件がまた起きたとしたらシュバルツァー。お前には《零の騎神》でラマール州を平定してもらうことになる」

 

「アランドール少佐……それは……」

 

「それくらい協力してもらうぜ。安心しろって、こいつらがやらかさなければお前が《零の騎神》で暴れる必要はないんだから」

 

 レクターの言葉で貴族たちに緊張が走る。

 振り返り、自分たちを見下ろすようにそこにいる《騎神》の姿を見て改めて自分たちが危機的な状況にいることを突き付けられる。

 

「…………もし俺が断ったらどうなるんですか?」

 

「そうなったら、ここにいるラマール州の貴族の内、半分は路頭に迷うことになるだろうよ。そこにいるイーグレットも含めてな……

 ま、お前さんが気にすることじゃないがな」

 

 おどけて軽く言うレクターだが、切り捨てられる自覚がある貴族たちにとっては無慈悲な最後通告でもあった。

 

「っ……」

 

 自分に集中する眼差しにリィンは顔をしかめる。

 猜疑心はあるものの、自分たちが生き残るために媚びを売ろうとしているのが手に取るように分かる。

 もしもここにアルフィンやレクター、オーレリアがいなければ、リィンはたちまち彼らに取り囲まれていただろう。

 

「あ、あのリィンさん……」

 

「やめておきたまえミュゼ君。今ここで不用意な発言をしてもリィン君を追い詰めるだけだ」

 

「“貴族の義務”とは違う“力を持つ者の義務”とでも言うものか……しかしこれはあまりにも……」

 

 この場において他地方の貴族でしかないアンゼリカとユーシスは口を挟む権利はない。

 挟めたところでレクター以上の案を出すことはできない。

 それ程までにリィンの王配にしてカイエン公爵にさせる影響力は大きい。

 むしろ男爵のままでは、ユーシス達がいくら後ろ盾になっても《零の騎神》の起動者となったリィンを貴族の群れから守り切ることはできないだろう

 

「くそ……嫌になるな」

 

 ユーシスは自己嫌悪せずにはいられない。

 オズボーンが描く絵図は理解できる。

 《零の騎神》を得たリィンに枷を付けておきたい帝国政府。

 貴族派もリィンを中心に纏まることができれば、まだ生き延びることができる。

 リィンにも皇族と公爵の後ろ盾を得ることでシュバルツァー家を守れることにも繋がる。

 多くの者が納得できる落とし所。

 人情を排して互いの損得を計算している自分にユーシスは嫌な貴族だと自嘲する。

 

「俺ならもっとうまくやれるはずだと思っていたのだが……」

 

 気付けばユーシスは考えてしまう。

 リィンとの友情かアルバレア領主か、どちらを優先するべきかを。

 リィンと貴族。リィンと領民。《零》の危険性と安全。

 

 ――これはリィンにも利が大きい縁談だ……

 

 ユーシスは自分にそう言い聞かせる。

 その一方で別の考えも浮かんでいた。

 

 ――リィンが断るのならば俺がそれを支持しなければな……

 

 ユーシスは黙してリィンの答えを待つ。

 もしもその場に彼の兄がいれば呆れながらこう言っていただろう。

 

『君は本当に父上にそっくりだな、ユーシス』

 

 会議室はリィンの答えを待って静まり返る。

 

「で、どうするシュバルツァー?」

 

「…………分かりました」

 

 葛藤の末、リィンは一人で考え――多くの人の幸福を優先して帝国政府の提案を受け入れるのだった。

 

 

 

 

 





祝? 政略結婚
ミュゼ
「わ、わたくしがリィンさんと第二夫人とはいえ婚約……あうあう」

アルフィン
「あくまでも正式な婚約とは程遠い、契約よミルディーヌ……
 それよりもこれからが大変よ」

ミュゼ
「え……どうしてでしょうか? これで貴族派はリィンさんを中心に纏まり、そうなればわたくしは――」

アルフィン
「シュバルツァー家に対して説得をわたくしたちはしなければいけないわね」

ミュゼ
「そんなお父様とお母様にご挨拶だなんて…………あら……?」

アルフィン
「そうね……テオさんとルシアさん、それからエリゼに……エリゼにリィン君をくださいって頭を下げにいかないといけないのよね」

ミュゼ
「……………………(がくがくぶるぶる)」

アルフィン
「シュバルツァー家の皆さんはそれは良い人達ですから、わたくしやミュゼの立場を尊重してくれるでしょうけど……
 それだけに心苦しいと思わないミュゼ?」




 *

 カイエン家の聖剣
 暁鴉並みに長い片刃の長剣。
 イメージはヴァリマールの太刀を反りのない長剣にしたものをイメージしています
 太刀より長く重い、大剣よりも短く軽い
 銘は《ゼーシュヴァル》、和名で書くと《海燕》になります

 なお余談ではありますが、この剣の存在を知ったらシズナは指導二割、残り八割で折りに来るでしょう



 政治劇は難しいと感じました
 整理させていただくと

貴族派
・クロワールを陰ながら支援していたり事件の責任逃れのためにミュゼとウォレスをスケープゴートにする
・零の騎神の起動者となったリィンにすり寄ることで自分たちの地位を守ろうとする


革新派(オズボーン)
・とにかく調査のためにも時間が欲しい
・零の騎神(リィン)に首輪をつけておきたい
・今後リィンに群がるだろう貴族たちへの牽制
・《零》を重しとすることで貴族派の再犯防止
・孫の――

皇族アルノール
・とにかくリィンやシュバルツァー家の立場や安全を優先

リィン
・全部《零》の力で自分は大したことをしていないと思ってる



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