6月24日。
特別演習を終えてリーヴスに戻って来た生徒たちはようやく緊張から解放され、後始末に追われることになる。
消耗した備品の整理や、大きく損傷したデアフリンガー号の修理の手配。
変異した《ティルフィングA》と《零の騎神》ゾア・ギルスティンが校舎の格納庫に運び込まれた際にはひと悶着があったものの、三度目になる特別演習の後始末は滞りなく進んだ。
そして一通りの後始末が終わった週末、第Ⅱの生徒たちは鉄血宰相ギリアス・オズボーンに招かれてバルフレイム宮で行われた祝賀会に参加する事となった。
「クロスベルに続き、内戦の後始末とも言える此度の戦い……
そなた達の働き、誠に大義であった。ささやかながらそなた達を労う宴を用意させてもらった。今宵は存分に楽しみ、英気を養ってくれ」
皇帝陛下から直接労いの言葉を受け、普段では到底味わう事のない宮廷料理に生徒たちは一喜一憂して宴を楽しむ。
そしてまだ正式な発表は夏至祭の後となったが、次期カイエン公候補の第一候補にしてアルフィン皇女の婚約者となったリィン・シュバルツァーは――
――宴に参加することはなく、トールズ第Ⅱ分校のトイレ掃除を行っていた。
「…………」
黙々とリィンは一人、ブラスを床を擦る。
「…………ふう……こんなものか」
一通りの作業を終えたリィンがそこを出るとアルティナが出迎えた。
「お疲れ様ですリィン」
「アルティナ……そっちこそ」
労いを交わし合い、リィンと同じように女子トイレの清掃をしていたアルティナは顔をしかめた。
「やはり納得いきません。わたしはともかくリィンが祝賀会に出られないというのは」
「待機命令を無視したんだから仕方ないさ」
不服だと訴えるアルティナを宥めてリィンは歩き出す。
「だけどわざわざアルティナも付き合わなくて良かったのに」
「待機命令を無視したのはわたしも同じです……
ですがそれに見合う情報の提供および帝都防衛と打ち消すだけの功績を上げたのに」
「ミハイル教官が頑として認めなかったからな……
まあサザーランド州で独断専行したアルティナ達と同じにしないと示しもつかないだろう」
皇族が主催する祝賀会にも関わらず、ミハイルは先に決めていたリィンとアルティナの懲罰を優先した。
流石に不敬ではないかと意見されたが、ミハイルは折れず曲がらなかった。
「……それに正直、そっちの方がありがたい」
顔を伏せてリィンは小さくぼやく。
その言葉をアルティナはしっかりと聞き留めるものの、あえて聞かなかった振りをする。
職員室へ赴き、リィン達を監督と言う名目で祝賀会への出席を断ったミハイルに清掃と反省文を提出して学生寮への帰路に着く。
「そう言えば来月の夏至祭はどうするんだろうな」
「どうする……とは?」
何気なく振られた話題にアルティナは聞き返す。
「戦いのほとんどは帝都の外でやっていたけど、暗黒竜の冷気は一度帝都全体を凍らせたわけだからな……
夏至祭そのものもそうだけど、例の機甲兵レースも開催できるんだろうかな?」
「その事についてはハミルトン博士とラッセル博士たちが行政府に乗り込んで説得中らしいですね……
本人たちは国から帰国を促されているようですが、断固として残ると主張しています」
「それは……夏至祭よりもゾア・ギルスティンとかを調べたいんじゃないかな?」
リィンはため息を吐いて、この一週間を振り返る。
自分の預かりとなった《零の騎神》と変異して戻ってきた《藍の騎神》。
更にはクルトと“焔の剣”とユウナの“月の盾”に“鋼のクォーツ”とバスターライフルなど彼らの興味を引きものが今回の演習で大量に手に入った。
「これをシュミットに独占させるなんてさせるものかっ!」
「国に帰っている場合じゃないわ!」
二人の叫びを思い出してもう一度リィンはため息を吐く。
「当分はユウナとクルトに二人を押し付けよう」
「それが良いかと思います……
ですが、これからまた格納庫に?」
「ああ……一度寮に戻って……」
不意にリィンの足が止まり、アルティナもまた立ち止まって振り返る。
「リィン……」
じっとその場に立ち尽くし七耀教会の礼拝堂を見上げるリィンにアルティナは声を掛ける。
「……すまないアルティナ。先に行っていてくれ」
「……いえ、わたしも同行します」
この数日間で繰り返した同じやり取りをしてリィンとアルティナは礼拝堂に入る。
鍵はリーヴスの町会から借りており、中に入れば埃っぽい空気が漂っていた。
「…………アルバ神父は……やっぱりいないのか……」
特別演習から帰ったその日に、リィンは直ぐにこの教会に訪れたがいつもいたアルバ神父は出迎えてくれることはなかった。
それどころか、教会の中は荒れてはいないものの半年以上は誰も手入れをしていない程に荒れていた。
そして一番不気味だったのは礼拝堂の至る所に放置されていた本だろう。
《Rの軌跡》現四巻のセットが十数セット。
どの本も擦り切れるほど読み込まれ、更には娯楽小説にも関わらず判別不能ほどに書き殴られた書き込みが所狭しとページを埋め尽くしている。
「…………いったい貴方は何だったんだ?」
リィンは女神のステンドグラスを見上げて問いかけるが、それに答えをくれる者はいない。
「リィン……」
「…………行こう、アルティナ」
後ろ髪を引かれながらもリィンはアルティナを促して礼拝堂を後にした。
「やあ……リィン君。奉仕活動お疲れ様」
礼拝堂を出ると変人がいた。
「…………何をしているんですかオリヴァルト殿下?」
「嫌だなリィン君。ボクはオリヴァルト殿下ではなく、《漂白の詩人》オリビエとでも呼んでくれたまえ」
金髪に白いコートの青年はにこやかな笑みを浮かべて名乗った。
「……そうですか……それでは失礼します」
オリビエだと言うのなら人違いだとリィンは切り捨てる。
オリヴァルトなら今頃、バルフレイム宮の祝賀会に主催者側として出席しているはず。
ならばオリビエなる人物とは面識はないと冷ややかに踵を返して――
「ああ! 待ってくれたまえリィン君。オリヴァルトだから話を聞いてくれたまえ!」
「……はあ……」
リィンはげんなりと項垂れて足を止めて、オリヴァルトに向き直った。
「改めてお礼を言いに来たんだ。君のおかげで帝都は守られた。ありがとうリィン君」
「……大した事はしていません」
頭を下げるオリヴァルトにリィンは静かに首を横に振る。
「全てはゾア・ギルスティンの力……みんながいたからあの程度の被害で済んだんです」
オルディス、ラクウェル。ミルサンテ、そしてヘイムダル。
広範囲に渡って広がった戦場の内、リィンがしたことはクロワールが撃ったバスターライフルを防ぎ、彼を討ち取っただけ。
「それはもちろんクロウ君や第Ⅱの生徒たちにも感謝の念は尽きないよ……しかし……」
オリヴァルトはリィンの素っ気ない態度に困り顔になる。
「やはり……怒っているかな?」
「…………別に……」
おそるおそる尋ねたオリヴァルトの言葉にリィンは淡々と答える。
「ラマール州からの戦いをあそこで止めるために必要だったのは分かっています……
アルフィン皇女やミルディーヌ公女との婚約についても、これ以上の無用な争いを避けるためには必要だった……
それに男爵家の養子である俺に貴方達の決定に異を唱えるわけにはいけません」
「リィン君、ボクたちは決して無理強いをするつもりは――っ」
言い訳にしかならないとオリヴァルトは口を噤む。
どれだけ尊重すると言っても、皇族が提案した縁談を男爵が断ることなどできない。
皇族に許された数少ない強権を使ったが、そうでもしなければ《零の騎神》を得たリィンを守れないからと思った。
「昨日の今日だったのに、随分と早く話が通りましたね……
まるでずっと前から根回ししていたように」
「それは……」
図星を突かれてオリヴァルトは口ごもる。
いざという時のためにアルフィンに話を通し、更にはオズボーン宰相の賛同も得ていた。
しかし、リィンにだけは余計な気遣いをさせたくないとオリヴァルトは秘密にした。
そもそもその手札を使うのがこんなに早く訪れたというのがオリヴァルトの計算外でもあった。
「別に貴方達が秘密にしている事を全て話せなんて言いません……
貴方達にとって俺は秘密を明かせない、信用できない怪しい存在でしかないのは分かっています」
「リィン君……君はもしかして……」
リィンの口振りにオリヴァルトはある可能性に気付くが、構わずリィンは続ける。
「貴方達が俺を利用するならそれでも良いんです……
俺の“リィン・シュバルツァー”の願いはテオ父さん達やエリゼ姉さんが平和に暮らせることだけだから……
それを守ってくれるならいくらでも利用してくれていい……その代わり、俺も……」
「リィン君……」
「俺が言いたいのはそれだけです……それでは、失礼します」
「あ……」
いっそう不敬と取られかねない素っ気ない態度でリィンはオリヴァルトに背中を向けて歩き出す。
その背に思わずオリヴァルトは声を漏らすが、結局それ以上の事は何も言えなかった。
「…………はは……何をしているんだろうねボクは……」
思わずオリヴァルトは自嘲する。
「あの……オリヴァルト殿下。今のリィンは――」
「大丈夫だよアルティナ君……分かってる……
いやー……リィン君にお兄ちゃんと呼ばれるのはいつになるだろうね」
取り繕うようにおどけるオリヴァルトにアルティナは無言でジト目を返すのだった。
一方で、学生寮への道を歩くリィンは先程のオリヴァルトへの態度を反省していた。
「…………馬鹿か、俺は……」
オリヴァルトに言っても仕方がない事なのは分かっているはずなのに、子供のように八つ当たりをしていた自分に嫌悪を抱く。
オリヴァルトが、帝国政府が提示した婚約と言う枷は多くの人にとって利益となる事は理解している。
しかし一方で、“偽物”の自分が《婚約》なんて人の運命や未来に関わる契約をする事に後ろめたさと罪悪感を覚えずにはいられない。
何よりも“本物”の彼に対して申しわけない気持ちが込み上げてくる。
「…………はあ……」
何度目になるか分からないため息を吐く。
こんな風に陰鬱な悩みを抱えた時、いつもなら教会でアルバ神父に話を聞いてもらうのに、その彼はどこにもいない。
「……俺はどうすれば良いんだろうな」
その呟きに答える者はおらず、リィンは無心に歩を進めて――
「お……お疲れ様ですリィン君」
学生寮の前、帰って来るのを待っていたクレアが先程のオリヴァルトと同じような顔でそこにいた。
*
第Ⅱの生徒たちを労い持て成した宴が終わり、片付けが始まる会場を見下ろしてプリシラ皇妃はため息を吐いた。
「まさかリィン君が祝賀会を欠席されるなんて……」
「仕方あるまい。華々しい活躍をしたとはいえ命令を違反した懲罰中だと言われれば、士官学院を卒業した身としては無理は言えんよ」
嘆くプリシラをユーゲントは慰める。
祝賀会の目的は第Ⅱの生徒たちを労う一方で義息になるリィンとの顔見せという目的もあった。
しかし第Ⅱの頑迷な教官はあくまでも第Ⅱの生徒たちの労いならばと、リィンの祝賀会の参加を認めなかった。
皇族の言葉を一教官が拒絶するのはあまりにも越権が過ぎるのだが、懲罰とは別に今の状況にリィンが一番戸惑っていると言われてユーゲントは今回の顔合わせを見送ることに決めた。
「ですが楽しみにしていたんですよ……
セドリックやアルフィン、それにオリヴァルト殿下が夢中になっているリィン君に会えるのを……
それにリィン君はわたくしたちの命の恩人ですから」
「……そうだな……」
プリシラの言葉にユーゲントは頷く。
クロワールが盗んだ《ティルフィング》が放った新型の導力砲の光はユーゲントの記憶にまだ新しい。
あの光を見た瞬間、ユーゲントは死を覚悟したがリィンによって光は弾き飛ばされて自分はもちろんバルフレイム宮にいた全ての者が救われた。
彼には感謝してもしきれない。
しかしその一方で褒美の名目で勧めたアルフィンとの婚約、実質は貴族たちのこれ以上の暴走を防ぐための政略結婚に利用したことに罪悪感を覚えずにはいられない。
「やはり、不満があるのでしょうか?」
皇妃とはいえプリシラも情勢を知らないわけではない。
アルフィンを正妻にラマール州の公女を妾に男爵家の男児に嫁がせるという無茶に政治的な思惑がないはずがない。
身分に関係なく、恩人に対してそんな不義理を働いているのではないかとプリシラは懸念する。
「そなたが気にすることではない……全ては私の至らなさのせいだ」
クロワールとの付き合いは長く、彼の内に秘めたアルノールへの執着も知っていた。
しかし知っていながらも、結局クロワールと相対する事をユーゲントは選ばなかった。
「夏至祭には改めて顔を合わせる場を作ろう……今は彼にも気持ちを整理する時間が必要なのだろう」
「……そう……ですね」
ユーゲントの言葉にプリシラは頷き――
「――両陛下、失礼します」
衛士が二人の会話に割り込んだ。
「オズボーン閣下が拝謁を賜りたいとの事ですが……」
「分かった、通してくれ」
許可を与えると、衛士に先導されてギリアス・オズボーンがユーゲントの前に現れる。
「お寛ぎのところ失礼します。陛下、プリシラさまも」
「いえ……お役目、お疲れ様です」
定形的な挨拶にも関わらずギリアス・オズボーンの圧に気押される。
「それではわたくしは下がらせて頂きます」
これから行われるユーゲントとギリアスの政治的な話が行われる事を察してプリシラは身を退くようにその場を後にした。
その背を見送り、ギリアスは困ったように顔をしかめた。
「やはり今回の政略結婚のことでご不快にさせているようですな」
「こればかりは致し方あるまい……
我々の不手際のしわ寄せを一人の少年に押し付けてしまったのだから……
それに今回の婚約も、ただ貴族への重しというわけではないのだろう?」
「さて、どうでしょう」
はぐらかすような物言いにユーゲントは物珍しさを感じながら続ける。
「これも《史書》の通りと言うわけか?」
「歪みが生じない範囲内……と言ったところでしょうか……
アルフィン皇女の婚約は別としても、全ては“それ”に至りつつあるのは確かでしょう」
「リィン・シュバルツァーは“それ”に介入すると?
既に七つの席は埋まり、彼が座る余地はないはずではないのか?」
「彼は言わば席ではなく、盤面そのもの……彼が介入したところで“史書”の結果が変わることはありますまい」
「そうか……出来る事ならば、アルフィンとプリシラを連れて全てが終わるまで国外の旅行にでも行ってもらえれば良かったのだが」
せめて妻と娘だけは安全な場所にと卑怯な事を考えたユーゲントは肩を竦める。
「リィン・シュバルツァーが逃げることはないでしょう……
ですが宜しいのですか? このまま私に任せても」
最後の確認をするようにオズボーンはユーゲントに尋ねる。
「14年前に言った通りだ」
諦観を滲ませてユーゲントは続ける。
「“それ”が避けられぬのなら、まずはそなたに任せると決めた……
だがセドリックがそんな諦観を超えて成長してくれた。ならば私は息子の勝利を女神に祈ろう」
「ええ、私もセドリック皇子には期待しております……むっ……」
不意に足元が揺れた。
大地のかすかな揺れは数秒続き、すぐに治まる。
「地震か……先の戦いからたびたび起きているようだが、これも“それ”の予兆の一つなのだろうか?」
「どうでしょう……郊外とはいえ暗黒竜が現れた事で地脈に不具合が生じたのかもしれませんが、時期に正常化するでしょう」
「巷では幽霊騒動や、時季外れの霧が夜に発生していると聞く……
せめて最後の夏至祭を民たちには憂いなく楽しんでもらいたいものだな」
「そうですね……」
ユーゲントの呟きにオズボーンは頷く。
例え未来が“それ”に至る事は変えられないとしても、平和な祭りが行われることはギリアスにとっても望むもの。
「――――承りました、陛下」
ギリアス・オズボーンは恭しく礼をして、王命を引き受けた。
*
ざくり、ざくり――
夜の霊園に不自然の音が聞こえてくる。
ジョルジュ・ノームは不気味な静寂の中に聞こえてくる音を頼りに音を忍ばせて歩く。
「何で僕がこんなことを……」
気弱な呟きを漏らしながら、導力銃を握る手はいつでも引き金が引けるようにしておく。
切っ掛けは一つの導力メールに送られてきた命令。
――ヒンメル霊園に向かえ――
たったそれだけの短い言葉で意図も分からないが、ジョルジュは慣れたものだと深く考えずに従ってそこに来た。
「墓荒らしか……女神を恐れない蛮行だけど、何で僕なんかに……」
文句を言いながらジョルジュは霊園の奥へと進み、音の発生源に辿り着く。
「そこで何をしている!?」
導力銃を構え、ジョルジュは古びた墓の地面を掘り起こしている男に警告をする。
「手を上げてゆっくりとこっちを向くんだ。従わなければ撃つよ」
男はジョルジュの警告にシャベルを持つ手を止めて、振り返る。
「おやおや、どうしましたかこんな夜遅くに?」
男は何一つ疚しいことをしていないと言わんばかりの素振りで振り返る。
「っ……その顔……貴方はゲオルグ・ワイスマン?」
「そういう君はジョルジュ・ノーム君だったか……なるほど、君が獅子身中の“虫”だったということか」
「っ!?」
穏やかな笑みから突き付けられた指摘にジョルジュは息を呑み、ワイスマンの底知れない不気味さに反射的に引き金を引いていた。
しかし凶弾はワイスマンの胸を穿つことなく、二人の間に割って入った仮面の少年の棒によって弾き飛ばされた。
「《C》っ! いや《c》か!?」
ジョルジュが知っている《C》よりも小柄な仮面の子供。
それがクロスベルで現れた《c》だとジョルジュは察して、もう一度引き金を引こうとして――最後から首根っこを掴まれて投げ飛ばされた。
「うがっ――!」
背中から地面に叩きつけられて、ジョルジュを投げた男は期待外れだと肩を竦めた。
「何だ……黒の尖兵はこの程度か……」
地面に倒れたジョルジュを見下ろすのは《c》とは色違いの《C》の仮面の男。
「君は……いや、君もまさか……」
「そう……私も《弑》だ」
素手の《弑》にジョルジュはすかさず導力銃を向けて――撃つ。
「ふむ……」
充填された導力が切れるまで連射するが、《弑》の腕がそれに合わせて目にも止まらない速さで動き、銃弾は全て弾き飛ばされる。
「ナグルファルッ!」
ジョルジュが虚空に叫ぶと、その背後に紅の戦術殻が現れる。
「いけっ!」
ジョルジュの意思に従って、《ナグルファル》は鋼鉄の腕を振り被り《弑》に襲い掛かる。
「破甲拳」
迫る鋼の拳に対して《弑》は拳を無造作に放つ。
戦術殻と生身の拳がぶつかり合い、次の瞬間《ナグルファル》の拳が砕け散った。
「なっ――ぐあっ……」
驚愕し、ジョルジュは戦術殻からフィードバックして右腕の激痛にその場に蹲る。
「おやおや、少しは手加減をしてあげた方が良かったのではないかな?」
「十分にしたさ」
ワイスマンの指摘に《弑》は素っ気なく答える。
そんな反応にワイスマンは肩を竦めて、ジョルジュの前に進み出る。
「僕を……どうするつもりだ……?」
「別にどうもしないさ……
君が派遣されたということはアルベリヒも私の動向を掴んでいるのだろう?
ならば記憶を消したところで意味はないだろう」
「なら……」
「しかしせっかくだ。君が第Ⅱの生徒たちに危害を加えないように心を縛っておくくらいはしておこうかな」
「っ――」
ワイスマンの言葉にジョルジュは息を呑む。
精神防壁を意識する一方で、第Ⅱを――親友たちを傷付けない免罪符に心が揺れる。
「いけないなあ」
ワイスマンはジョルジュの動揺を見透かして、指を鳴らす。
「あ……」
次の瞬間、ジョルジュの目の前は真っ暗になった。
「う…………あ……」
立っているのか、倒れているのかも分からない。
音も光もない。上下左右も分からなくされたジョルジュの意識は闇へと落ちて行った。
「では君に一つ指令を与えよう。私たちを工房に――《Ozシリーズ》の工場に案内してもらおうか」
「…………はい」
何も感じない。何も分からない。
しかしワイスマンのその言葉はジョルジュに深く響き、虚ろな顔で彼は頷いた。
「本当にそれが必要なのか?」
ワイスマンに《c》が訪ねる。
「あれば役に立つものだろう……価値がなければその時はその時だよ……さあ、ジョルジュ君――」
「待て」
立ち尽くしたジョルジュを急かそうとしたワイスマンを《弑》が呼び止める。
「せめてあれは片付けた方が良いだろう」
《弑》は半端に埋め直した状態の墓を指す。
「おっとこれは失礼。しかしやはり君も“彼女”の墓を掘り起こすことには抵抗があったかな?
私としてはもう少し憤るか、躊躇うか、もしくは感動の再会に喜んで欲しいところではあるのだがね」
「俺の心はとうに壊れ切っているのだろう?」
意地の悪いワイスマンの問いかけに《弑》は素っ気ない言葉を返す。
「……それに……本にも出てこなかった知らない人の墓だ」
《弑》は無感情に墓を見下ろす。
長く土に埋まっていた棺は朽ち果て、土にまみれた亡骸も既に白骨化していて生前の姿は分からない。
「…………」
何も感じない。
そう言ったはずの《弑》は――《c》はじっと“それ”に見入っている。
「私が調べたいことは既に調べた……もうここには用はないのだが……
少し休憩させてもらってから、埋め直すとしようか」
《C》達を促すことも急かすこともせず、ワイスマンは彼らの気が済むまで見守り続けるのだった。
掘り起こした墓の石には――
『カーシャ・オズボーン』
――そう刻まれていた。