閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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82話 学業

 

 

 その日のミュゼ・イーグレットの目覚めはさわやかなものだった。

 

「…………ああ……」

 

 思わず感嘆のため息を吐き、目覚めの思考から覚醒させて頭を回す。

 しかし、いつも感じている焦燥はない。

 

「…………私はもう……」

 

 《指し手》などと気取っていたものの、表舞台に引きずり出されたミュゼが打てる手は厳しく制限されてしまった。

 首輪をつけられたのはリィンだけではなく、ミュゼも同じ。

 《盤面》に詰みは見え、一縷の光さえ見えない。

 ミュゼが唯一確保していたルトガーももはやミュゼがコントロールできる状態ではない。

 そしてこの先の仕込みについても、ミュゼだけが責任を取れば済む問題でもなくなってしまった。

 

 ――私だけなら良かった……でも姫様やリィンさんにまで責任が及ぶなら……

 

「はあ……もう投了するしかないですね」

 

 戦う前から詰まされた事にミュゼは嘆くが、そこに悲壮感はない。

 もう自分を追い立てる声は聞こえない。

 

 ――お前がオズボーンと――帝国と戦え――

 

 ――お前しか気付いていない――

 

 ――だからわたくしがやらないと……わたくししかいないのだから――

 

 自分を駆り立てていたものが貴族としての義務からなのか、人としての倫理観から来るものかは分からない。

 しかし一縷の希望も見えない詰みの敗北にようやくミュゼは背負った重圧から解放された。

 

「私に打てる手はない……でも……」

 

 カーテンを開き、曇った空を見上げてミュゼはもう一るの可能性を考える。

 

 ――私の盤面は詰んでしまった。でもまだリィンさんの盤面を利用すれば……

 

「……はあ……これでは叔父様をとやかく言えませんね……」

 

 意地汚く盤面にまだしがみつこうとしている自分にミュゼは自嘲する。

 

「んんん……ミュゼちゃん……? もうあさ……?」

 

 眠たげな眼を擦って同室のティータが体を起こす。

 その時にはもうミュゼはいつもの顔を取り繕っていた。

 

「おはようございます、ティータちゃん」

 

 

 

 

 皇族が主催する宴から帰り、七月を迎えたリーヴスにはこの時期に特有の雨の日が続いていた。

 特務演習の後片付けもようやく落ち着き始めた生徒たちだが、彼らの新たな試練が始まろうとしていた。

 それは――

 

 定期考査。つまりテストである。

 

 

 

 

 

「みしし……明日から予定通り四日間の定期考査を始めるヨ~」

 

 Ⅶ組のホームルーム。

 みっしぃ教官は明日の予定を伝える。

 

「通常の座学に、軍事学、、芸術、情報処理、実戦技術、多岐に渡るから頑張ってね~☆」

 

「テストか……何かすっごく普通の学生っぽいイベントよね」

 

「まあ……入学してからの数ヶ月……事件の密度が凄かったからなあ……」

 

 ユウナのぼやきにクルトは遠い目をして同意する。

 最初のサザーランド州での特務活動こそ、修羅場はあったもののまだ気軽に行動できた。

 しかし続くクロスベルとラマール州での特務活動は一歩間違えれば国際問題や帝国そのものがひっくり返る戦争の最前線だったと言える。

 それが終われば学院生活に戻るのは当然なのだが、戦争とテストと比べてしまうとどうしてもそのスケールを大きさを比較してしまう。

 

「……それにテストって言われても、あたしたち帰って来てからずっと博士たちのテスト三昧だったんですけど」

 

 ユウナはこの一週間を思い出してため息を吐く。

 良く分からないままに変異した機甲兵用ガンブレイカーの動作チェックのために、ユウナは自由時間の度に研究棟に呼び出されていた。

 クルトもそれは同じ。錬成された“焔の剣”について調べるため、暇があれば研究棟に引きずり込まれていた。

 正直、ユウナとクルトは定期考査期間中も構わず呼び出してくるだろう博士たちを想像して今から陰鬱な気持ちになる。

 

「あとそれからⅦ組は今日からテストが終わるまで技術棟および研究棟への出入りは禁止だヨ~」

 

「あら? それは……」

 

「はっ……命拾いしたじゃねえか」

 

 続くみっしぃからの言葉にミュゼとアッシュはそれだけで事情を察する。

 

「でもみっしぃ教官、あたしたちがどうこうするより、博士たちが――」

 

「博士たちにはテストが終わるまで、Ⅶ組を呼び出さないようにちゃんと言い含めておいたから大丈夫だヨ~」

 

 みっしぃの言葉にクルトとユウナは互いの顔を見合わせる。

 

「…………もう何時間も機甲兵の中にいなくていい?」

 

「……ああ……どうやらもうこれ以上、結晶回路を爆発させないでいいみたいだ」

 

 呆然と二人は無言で頷き合い、無言でハイタッチをした。

 

「お二人とも……そんなに苦労していたんですね」

 

「傍から見ていても容赦ねえからなあの爺さんたちは」

 

 アルティナとクロウはそんな二人のお労しい姿に同情する。

 

「それからリィン君はテストが終わるまで《零の騎神》と《ティルフィング》に触っちゃダメだよ~☆」

 

「っ――それはどうしてですか?」

 

「いろいろ焦っているのは分かるけど~今はちゃんとテストに集中した方が良いよね?」

 

「それは……まあ補習にならない程度に……」

 

「せめて親御さんに恥じないくらいに頑張りなさい」

 

「…………はい」

 

 みっしぃの指摘に不承不承と言った様子でリィンは頷く。

 

「ククク……まあせいぜい頑張るんだな」

 

 そんな後輩たちの姿をクロウは笑う。

 

「そう言うクロウは随分と余裕そうだな」

 

「そりゃあ何たってパイセンは余裕だろうよ」

 

「ああ、そっか……学年が下がってるから二回目のテストなんだ」

 

「正確に言えば二年生の、一歩先の応用まで習っている事になりますね……でも正直うらやましいとは思えませんが」

 

「ふ……何とでも言うがいい。せいぜい俺はこのテスト期間中は楽をさせてもらうぜ」

 

 テストに陰鬱な気分になるクラスメイト達を他所に、クロウは余裕の態度で勝ち誇る。

 

「その情報には少々語弊があると思います」

 

 しかしアルティナが口を挟み、ユウナが首を傾げる。

 

「え……どういう事?」

 

「情報局の調べでは本校生の時のクロウ・アームブラストの成績は実技を除いて平均以下……一時期は進級も危ぶまれた程です」

 

「…………クロウ?」

 

「ふ……」

 

 クルトの呆れた眼差しにクロウは不敵に笑う。

 

「加えて言うならば、文学や数学、歴史学などは別として……

 導力工学や情報処理は三年前と比べて技術の発展に伴って授業内容も更新されているため、彼の知識がどこまで活用できるか疑問です」

 

「はっ……これは期待できそうじゃねえか」

 

 アッシュは邪な顔をして笑う。

 

「……三年前の成績は解放戦線をやるために必要以上に目立たないようにするためのフェイクだ……

 俺が本気を出せば、余裕だって事には変わりねえ。何だったら賭けるか?」

 

「良いぜ。Ⅶ組で最下位だった奴がメシを奢るって事にするか」

 

「こらこら、勝手にあたしたちを巻き込まないでよ」

 

「仮にも教官の前で賭け事はやめてほしいな~」

 

 アッシュとクロウがどこまで本気が分からない煽り合いをして、ユウナが文句を呟く。

 クルトは困った顔をして遠巻きにし、ミュゼは楽し気に見守る。

 アルティナは言うだけ言って我関せずとなり、みっしぃはそれとなく注意をする。

 その光景にリィンはいつも通りのⅦ組だと、どこか遠くに感じながら安堵する。

 

「リィンさん……?」

 

「何でもない」

 

 違和感を覚えたミュゼが振り返ってリィンに声を掛ける。

 だが、取り繕うようにリィンは首を振る。

 

「実はもう一つみんなにお知らせがあるんだ☆」

 

「お知らせ……ですか?」

 

「うん、入ってきれ」

 

 みっしぃが教室の外に呼び掛けると、扉が開いて青い制服を着た女の子が入って来た。

 

「…………え」

 

「女の子……? アルティナよりも小さい……」

 

「む……」

 

 入って来た女の子は士官学院に入学するには早いと思うくらいに幼い。

 

「ふふ……」

 

 しかし彼女は堂々とした立ち振る舞いでみっしぃの隣に立つと、リィン達に微笑んで名乗る。

 

「正式な編入はテストが終わってからになりますが……

 今日から皆さんのクラスメイトになりますイソラ・ミルスティンです……そしてこの子は《アロンダイト》」

 

 イソラが指を鳴らすと、彼女の背後に蒼い戦術殻が現れる。

 

「なっ!?」

 

「これってアルティナの《クラウ=ソラス》と同じ!?」

 

「それにミルスティンって本校のエマさんの関係者!?」

 

「ちなみに私はクロウ君の所有物です」

 

「イソラ!? てめえ!?」

 

「ひゅう♪ こんなちびっ子に手を出すなんてやるじゃねえかパイセン」

 

「まあクロウ先輩にそんな趣味があったなんて! これは今すぐ皆さんに知らせないと」

 

 イソラの発言にアッシュが囃し立て、ミュゼは《ARCUS》を開いて操作する。

 その一方でアルティナは現れた戦術殻に驚き固まっていた。

 

「…………あなたはまさか……」

 

「貴女にはこう言った方が良いかしら? 初めましてアルティナお姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

「あ、あのリィンさん……」

 

 ホームルームが終わり、リィンが席を立つとミュゼが声を掛けて来る。

 

「ど、どうかしたかミュゼ?」

 

 呼び止められたリィンはぎこちない返事をしてしまう。

 

「えっと……」

 

 呼び止めたミュゼも後の言葉が続かず、思わず口ごもる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 リィンとミュゼは互いに顔を見合わせたまま固まってしまう。

 

「これは……どう思うアッシュ?」

 

「それはもうあれに決まってるだろ? ククク、まさかゆるふわ女狐がここまで雑魚になるとは思わなかったぜ」

 

「君たちは……あまりそういう下世話な事は言わない方が良いと思うぞ」

 

 クルトに窘められながら、ユウナとアッシュは二人の様子を遠巻きに見守りながら、微笑ましそうに笑う。

 リィンはそんな視線に居心地の悪さを感じながらミュゼの言葉を待つ。

 

「えっと……その……」

 

 普段ならばこちらをからかう様に絡んでくるミュゼだが、前回の特別演習が終わってからずっとこの調子だった。

 

「…………はあ……そうだな……」

 

 その姿に毒気を抜かれたリィンはため息を吐いて提案した。

 

「ミュゼが良かったら、一緒に勉強でもするか?」

 

「え……?」

 

 リィンから話を振られると思っていなかったミュゼは呆けて反応を返してしまう。

 

「ミュゼにはちゃんと話しておかないといけないこともあったし……どうだろう?」

 

「は、はいっ! よろしくお願いします」

 

 教室から食堂に移動して、リィンとミュゼ……そしてアルティナは広いテーブルに教科書とノートを広げる。

 

「あ、あのアルティナちゃん?」

 

「何か?」

 

 端的な言葉とジト目を向けられてミュゼは思わず怯む。

 

「い……いえ……何でもありません」

 

「…………ミュゼさん……やはり特別演習からおかしいですよ」

 

「そ、そんな事ありませんよ」

 

 嘘である。

 どうしてもあれから、リィンを前にすると平静を保てなくなってしまう。

 そんな自分にミュゼ自身が一番驚いていた。

 

「……ミュゼも災難だったな」

 

「え……?」

 

「ラマール州での責任問題と言い、無理矢理な婚約と言い、今回のミュゼは被害者だったのに変な態度を取って、すまなかった」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるリィンに、ミュゼは呼吸を整えてようやく切り替える。

 

「いえ、謝るのは私の方です……

 そもそも叔父がリィンさんに《聖剣》を譲らなければこんな面倒な事にはならなかったんです」

 

 ため息を吐いて、ミュゼは嘆く。

 いきなりの事で動揺はあったものの、思考を整えればあの場を切り抜ける方法は今ならいくらでも思い浮かぶ。

 それがあの時に出来なかったことは反省しつつ、次があればあんな醜態はさらさないとミュゼは決意を改める。

 

「ですが、本当にリィンはアルフィン皇女とミュゼさんと婚約なされるんですか?」

 

「あら? 気になりますかアルティナちゃん?」

 

「…………別に……」

 

「そんな顔しなくても良いんですよ? 何でしたらアルティナさんもリィンさんの第三夫人を狙ってみませんか?」

 

「……やはりリィンは不埒な人のようですね」

 

「どうして俺に!?」

 

 アルティナの理不尽な言葉にリィンは思わず声を上げて、ため息を吐く。

 

「ミュゼ……アルティナを困らせるな」

 

 瞬く間にいつもの調子を取り戻すミュゼにリィンはげんなりとしながら続ける。

 

「…………だけどやっぱりミュゼが責任を取らされることになるのか?」

 

「“見せしめ”が必要だという事ですね……

 何も今回の戦いだけではなく、保留にされていた内戦の責任を取るにしても叔父様だけで済む話ではありませんでしたから」

 

 裁かれるべき本人がいなかったからこそ、カイエン公爵家全体への責任処理は止まっていた。

 どこまでラマール州の貴族たちにメスを入れて切開するのか。

 それはオズボーンの胸先三寸で決まってしまうほど、危うい立場にラマール州の貴族はいた。

 

「もっともリィンさんがカイエン公を継いでくれるならば、このままお家が取り潰される心配をする必要がないのがせめてもの救いですね」

 

「俺は……」

 

 ミュゼの言葉にリィンは顔を曇らせる。

 了承したものの、やはりリィンは納得できていなかった。

 

「結婚……婚約っていうのはもっと大切なものじゃなかったのか?」

 

「私も姫様も、恋愛をして結婚なんてできる立場ではないので、リィンさんが憤りを感じる必要はないんですけど」

 

「そう言われても……」

 

「わたしとしてはエリゼさんをどうやって説得できたのかが気になりますが」

 

「――っ――」

 

 アルティナの問いにミュゼは蒼褪めて固まった。

 

「…………どうやらまだ触れない方が良さそうですね」

 

「え……ええ……そうして頂けると助かります」

 

 ミュゼは詰まらせて息を整えて深呼吸をする。

 そんなミュゼにリィンは特別演習から感じていた質問を投げかけた。

 

「なあ……ミュゼ、もしも……あくまでももしもの話だけど……

 俺がエレボニア帝国に反旗を翻したりしたら、その時の責任はやっぱりエリゼ姉さんやテオ父さんたちにまで追及されたりするのかな?」

 

「リィンさん?」

 

 突然振られた話題にミュゼは首を傾げつつも、チャンスだと察する。

 

「それは今回の叔父が起こした事をリィンさんがした場合の話ですよね?」

 

「……別に今回の話が嫌で国家転覆を考えてるわけじゃないから」

 

「そ、そんな! そこまで私たちとの婚約がそんなに嫌だったんですか!?」

 

 ミュゼはショックだと言わんばかりに大袈裟に驚き、顔を手で覆って泣き出したように俯く。

 

「あくまでも仮定の話だから!」

 

 慌てて取り繕うとするリィンにミュゼは何事もなかったように顔を上げる。

 

「そうですね……」

 

 リィンをからかいつつも、ミュゼは思考を巡らせる。

 ダーナやヴィータからリィンに課せられている使命の概要は聞いている。

 リィンが聞きたいのは、オズボーンと敵対した時のリスク。

 クロワールの戦いの後始末がミュゼが負うようになったように、リィンの戦いの責任が彼の家族に波及するというのならリィンはどうすれば良いのか迷ってしまう。

 

「重要なのは建前と後ろ盾でしょうか」

 

「建前と後ろ盾……?」

 

「帝国に対してリィンさんが周囲に共感させられる理由、それを支持してくれる権力者…… 

 ですが、それでも完全にエリゼ先輩たちへの影響がないとは言い切れません」

 

「そうか……」

 

「でもこんな方法もありますよ?

 私がリィンさんを籠絡したことにして、叔父様の意思を継ぐ事を建前にするとか……

 まあそんな事をしたら、私は極刑では済まないでしょうね」

 

「ミュゼさん……」

 

 笑って物騒な方法を上げるミュゼにアルティナは呆れる。

 しかしリィンは厳しい表情のままミュゼの提案を否定する。

 

「それはダメだ……俺なんかのためにミュゼを犠牲になんてできない」

 

「あら……?」

 

 リィンの言葉にミュゼは思わず色めき立つ。

 

「いなくなるとしたら、俺一人で済ませるべきなんだから」

 

 しかし続く言葉にミュゼとアルティナは息を呑んだ。

 

「リィン……」

 

「リ……リィンさん……?」

 

 どこか諦観を感じるリィンの表情にミュゼは察してしまう。

 

「あなたはもしかして……」

 

 その顔をミュゼは良く知っている。

 大義を成すために、自分さえも駒として割り切り、捨てられる者の目。

 

「ああ、リィンさん……貴方は本当に罪な人です」

 

 この人ならばとミュゼは隣に座るリィンの顔に手を伸ばす。

 

「ミュ……ミュゼ?」

 

「やはり欲しいですね……

 《零》の起動者としてではなく、先輩の大切な弟君でもなく……」

 

 それまで“力”だけしか見ていなかったミュゼは、自然と惹きつけられる。

 ずっと前からミュゼが背負ってきた重荷を分かってくれる人。

 自分の盤面が詰んでしまった自暴自棄も相まってミュゼはリィンを欲する。

 

「リィンさんのことを――貴方の心も魂も……」

 

「ミュゼさん!?」

 

 アルティナの声を無視してミュゼはリィンに縋りつくように体を寄せて、顔を近づけ――

 

「……やめてくれっ!」

 

 リィンは近づいてくるミュゼの肩を掴んで押し返した。

 

「あ……」

 

「そういうところはクロワール卿にそっくりだな」

 

「…………え……?」

 

 思わぬところで出てきた名前にミュゼは驚いて怯む。

 そうしている間にリィンは勉強どころではないと、広げた教科書とノートを片付け始める。

 

「ミュゼ、君が俺を利用しようとしていることは何となく分かる……」

 

「リ、リィンさん……?」

 

「だけど俺は君の“もの”にはなれない……もちろんアルノールの“もの”にも……

 俺が誰かの“もの”だとするならそれは……」

 

 言いかけた言葉をリィンは止めて、席を立つ。

 

「リィン……」

 

「…………アルティナ、ミュゼ……俺たちはクラスメイトだ……

 君たちの所属に俺は口を挟むことはしないし、どんな思惑があっても何かあればクラスメイトとして手助けはするつもりだ」

 

 言葉に迷いながらリィンは二人に告げる。

 

「だからクラスメイトとして情けがあるなら、俺の邪魔はしないでくれ」

 

 そう言ってリィンはその場を後にした。

 

「馬鹿か、俺は……」

 

 食堂を出てリィンは先日のオリヴァルトやクレアと会った時と同じように自嘲する。

 誰彼構わず敵視してしまっている現状を良いとは思えない。

 しかし、ミュゼの言葉はリィンの中にある《至宝》の記憶を連想させた。

 

「アルティナにまで当たり散らして……最低だな」

 

 オルディスの地下で自分の正体を知ったはずのアルティナが何を考えているのか分からないのも不安が募る。

 既に真実は帝国政府に報告しているのか。

 裏では自分を“偽物”だと吊るし上げる根回しをしているのではないかと、悪い考えばかりが浮かぶ。

 

「…………っ……」

 

 リィンは寮に帰ることも、勉強する気にもなれず歩き出す。

 そして辿り着いたのは技術棟の格納庫。

 リィンは並んだ《零》と《藍》の騎神を見上げる。

 

「…………どうして人はこんなものを作ってしまったんだろう……」

 

 ここにはない《七の騎神》を思い浮かべてリィンは考えてしまう。

 《黒》に至るための、本物の《騎神》と戦うための力を得たのにリィンの胸にあるのは安堵や高揚ではなく、空しさだけ。

 

「…………全てが終わったら……俺は……」

 

「Ⅶ組はテストが終わるまで格納庫には近づくなと通達したはずだが?」

 

 自問自答を続けるリィンに声が掛かる。

 

「…………オーレリア分校長……」

 

「…………ふむ……」

 

 振り返った覇気のないリィンにオーレリアはそれ以上咎めず、リィンに並んで二つの《騎神》を見上げた。

 

「クロワール卿の妄執の果てか……時にシュバルツァー、彼の最後の一撃はどうだった?」

 

 オーレリアは視線を下ろし、今はもうすっかり元通りに修復された《零》の右手に視線を巡らせて尋ねる。

 

「…………見事な一撃でした。ヴィクター師父がいっていた剣に魂を乗せるという意味が分かった気がします」

 

「そうか……そうか……やはり羨ましいものだな。騎神戦というものは」

 

 噛み締めるようにリィンの言葉にうなずき、オーレリアは笑う。

 そんな彼女にリィンは顔をしかめて尋ねる。

 

「…………分校長は……どうしてそんなに“闘争”を好むんですか?」

 

「帝国で“武”を修めたのならば一度は頂きに立ちたい、歴史に名を遺す偉業を立てたいと思うのは当然であろう?」

 

「…………俺にはよく分かりません」

 

「……そうか」

 

 リィンの言葉にオーレリアは短く答える。

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言が続く。

 《騎神》に迫れる進化を果たした《ティルフィング》を前にオーレリアは何も言わない。

 リィンが《零》に乗ることになれば、必然的に機体が空く。

 今ならシステムの掛け直しで、新たに認証を増やすことだってできるのに、オーレリアは今日まで自分を乗せろと言う事はなかった。

 

「分校長は《ティルフィング》に乗せろとは言わないんですか?」

 

「言えば乗せてくれるのか?」

 

 間髪返って来た言葉にリィンは思わず怯む。

 そんなリィンの姿にオーレリアは苦笑して踵を返す。

 

「せいぜい悩み畏れるがいい……

 それは私にはなかった“才能”だ」

 

「悩むことが……才能?」

 

「ああ、それがなかったせいで私は“皆伝止まり”だったからな」

 

 そう言い残してオーレリアは颯爽と去って行った。

 

 

 

 

 

 

 定期報告書。

 今日は四回、技術棟で爆発がありました。

 

 ……………

 ………

 ……

 

 

 情報局への定期報告の導力メールを前にアルティナの手は最初の一文を書いたところから止まっていた。

 いつも通り、手早く書いて明日のテストに備えなければいけない。

 それが分かっているはずなのに、アルティナの手は動かない。

 

「…………」

 

 アルティナの脳裏に浮かぶのはリィンの言葉。

 オリヴァルトへの言葉にミュゼに向けた言葉。そして遠回しに自分と距離を取りたがっている言葉。

 

「わたしは……何をしているんでしょうか?」

 

 表向きは所属が外れていることになっているが、今でもアルティナは帝国情報局の一員である。

 そんなアルティナが《第Ⅱ》に入学させられた任務はオーレリアを始めとした貴族連合の敗残兵たちや各国から集まった訳アリな生徒たちの監視。

 そしてリィン・シュバルツァーの正体を探るためだった。

 

「リィンの正体は判明した……それを報告すれば良いのに……」

 

 オルディスの地下で判明したリィンの正体。

 任務に則り、アルティナはそのまま帝国情報局に報告すれば良いのに、特別演習からアルティナはそれを報告できないでいる。

 

 ――彼は“本物”ではなかった……だったらわたしは……

 

「こんな事をしているから……わたしはリィンに信用されないのでは?」

 

 書きかけの導力メールを前にアルティナは考えずにはいられない。

 表向きには所属が外れていることになっているが、アルティナの内偵は公然の秘密でもある。

 更に言えば、アルティナだけではない。

 ミュゼは貴族連合の紐そのもの、アッシュもレクターが個別に用意したスパイ。

 ユウナとランディはクロスベルの。

 他にもクレアと繋がっているスタークや、ミハイル教官も鉄道憲兵隊に対して情報のやり取りを行っている。

 

「それがわたしのしていることの免罪符になるとでも?」

 

 公然の秘密だから、他の人達もしているから。

 だから自分もリィンに秘密に行動してもいい、“真実”も任務としてさっさと報告すれば良いと《黒兎》は言っている。

 しかし、アルティナの手はどうしても動かない。

 

「リィンはわたしに“真実”を打ち明けてくれた……なのにわたしは……わたしはリィンの敵?」

 

 クロスベルでの特別演習の後に突き付けられた命題を再びアルティナは考える。

 

「わたしは…………」

 

『レクター・アランドール特務少佐へ……

 貴方と宰相ギリアス・オズボーンと直接顔を合わせて話したいことがあります……

 7月9日以降に面会を希望します』

 

 そう文章を打ち込んで、アルティナは迷う。

 

「…………」

 

「ううん……まだ起きてるのアルティナ……?」

 

 同室のユウナがベッドの中から眠たげな声をもらす。

 

「だめだよ……あしたはテストなんだから……ちゃんと……ねない……と……」

 

「……はい、そうですね」

 

 ユウナの寝惚けた言葉にアルティナは頷き、書いた導力メールを送信して端末の導力を落とした。

 

 

 

 

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