閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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85話 機械仕掛けの絆

 

 

 

「本当に凄い機体だな」

 

 グラウンドの片隅で《零の騎神》を動かしていたリィンは改めてその性能に舌を巻く。

 リミッターがついていながら、変異前のティルフィングとは比べ物にならない出力。

 もっともその高い出力のせいでリィンは機体性能を持て余してしまっている。

 

「リィンさん、調整が済みました」

 

「ああ、ありがとうティータ」

 

 オーバルギアに乗ったティータから《零》は長大な剣を受け取る。

 

「うん……いい感じだ」

 

 刃のない無骨の鉄の棒のような剣を刀身にして導力器で柄を造り、片刃を甲殻で包み、無理やり太刀に近い刀剣にした歪な導力器の剣。

 《クラウ=ソラス》の太刀や機甲兵用の剣よりも倍以上の重量となった剣だが、その重さを《零》は感じさせずに軽々と持ち上げる。

 

『シュバルツァー。その剣はキーアから提出された“鋼の剣”を刀身にSウェポン化したものだ』

 

「……はい」

 

 シュミットの言葉を聞きながらリィンは《零》に剣を構えさせて――抜き放つ。

 

「っ――」

 

 居合の要領で横一文字に振った剣は周囲に颶風を巻き起こし、勢いよく振り抜いた腕は遠心力に流され《零》はたたらを踏む。

 

「リィンさん!?」

 

「大丈夫だ……」

 

 ティータにそう返しながら《零》は素振りを続け、機体のパワーと剣の重さを馴染ませる。

 

『元の“鋼の剣”は貴様も見ていた通り酷いものだ……故にちょっとした仕掛けを施した』

 

「仕掛けですか?」

 

 シュミットの言葉にリィンは聞き返す。

 シュミットが言う通り“鋼の剣”は剣の体裁を取っているだけの棒のようなものだった。

 刃はなく、重心もおかしな位置にあり、剣としてはまるで実用性がない棍棒と言っても過言ではない代物だった。

 更に面倒な事にこの剣はあらゆる加工ができなかった点にある。

 研ぐこともできなければ、削って形を整える事もできない。

 故に外側を導力器で覆って重心の調整をして、ようやく剣として振れるようになった。

 そんな“鋼の剣”に何を施したのかとリィンは首を傾げる。

 

『ヴァンダールが錬成した“焔の剣”があるな……

 あれの性質をオーブメントで再現した。幸いその刀身はいかなる加工にも変形はしない。つまりはどれだけの熱量を加えても問題ないという事だ』

 

「…………そ、そうですか」

 

 あれは“至宝”の欠片が力の一端となっているのだが、それを再現したと言うシュミットにリィンは顔を引きつらせる。

 《零》と導力器を同期させて、システムを駆動する。

 刀身を覆った導力器が低く鳴動し、鋼の剣が赤熱する。

 

「リィンさん、どうぞ」

 

 ティータがどこからか持ってきた鉄骨をグラウンドに突き立てる。

 促されるままに《零》は鉄骨に向かって剣を構え――剣を振る。

 

「っ――」

 

 抵抗はほとんどなく、剣に蓄えられた熱は鉄骨を溶断した。

 

「……博士、これは流石に……」

 

『剣としての機能ならば騎神戦には必要だろう……

 《ゾア・ギルスティン》の力ならば、通常機甲兵には打撃武器で十分のはずだ』

 

「…………それもそうですね」

 

 シュミットの言葉にリィンは確かにと頷く。

 

「リィンさん、使い心地はどうですか?」

 

「ああ、問題ない。ありがとうティータ」

 

 《零》で何度も剣を振らせてリィンはその動きを馴染ませる。

 

『…………ところでシュバルツァー。来週の自由行動日は空いているな?』

 

「…………え……?」

 

 剣を振り回す《零》の各種データを眺めながらシュミットが話を振る。

 

「空いていると言えば空いていますけど……」

 

 リィンは口ごもりながら答える。

 予定らしい予定は今日と同じように自主訓練しか考えていない。

 しかしシュミットが提案する予定とはつまり実験であるため、リィンは警戒心を募らせる。

 

「シュミット博士、何の実験をするんですか?」

 

 警戒するリィンを他所にティータが目を輝かせて尋ねる。

 

『実験ではない。いわゆるフィールドワーク……資材発掘だな』

 

「資材発掘……ですか?」

 

『うむ、貴様は霊窟というものを知っているな?』

 

「霊窟……? ゼムリアストーンの精錬所のことですか?」

 

『…………うむ、その霊窟の場所を貴様なら把握しているのではないか?』

 

「分かると言えば分かるし、道をこじ開ける事もできますけど……」

 

『ならば私をそこに案内しろ』

 

「……分かりました」

 

 有無を言わせない強い口調にリィンはため息を吐いて頷いた。

 来月の夏至祭に向けて、シュミット博士も本格的に作業を始めなければならない時期のはずだが、それを指摘しても意味はないだろう。

 

「良いなあリィンさん……わたしも行って良いですか?」

 

「ティータ、君はチームリーダーになるんだから流石にダメだろ」

 

「分かってるけど……分かってるけど……うう、気になる……」

 

 頭を抱えて悶えるティータにリィンは苦笑して――

 

「ムリムリムリ、もう無理ですよ!?」

 

 グラウンドにユウナの悲鳴が響き渡る。

 

「大丈夫大丈夫、それじゃあダン。やっちゃって!」

 

 エリカの声が響き、ヘクトルが巨大なハンマーを《ドラッケン》に向けて振り被る。

 

「きゃあああああっ!」

 

 下半身を固定されて逃げられない《ドラッケン》は悲鳴を上げながら銀色のガンブレイカーを盾にする。

 次の瞬間、《ドラッケン》の前に銀色の障壁が現れてヘクトルのハンマーを受け止め――弾き飛ばす。

 

「……た、助かった……」

 

 ユウナが安堵すると、《ドラッケン》が煙を上げた。

 

「ああ、また……」

 

 機能停止した《ドラッケン》からユウナの嘆きが聞こえてくる。

 

「お母さんたちの実験はうまくいってないみたいですね」

 

「変異したガンブレイカーから供給される霊力が導力と干渉してるんだろうな」

 

 ティータの呟きにリィンは考察を述べる。

 

「リィンさんはユウナさんの《ドラッケン》がどうなっているのか分かってるんですか?」

 

「元は俺がユウナのために組んだ機甲兵用の“アースガード”だよ……

 そこに《幻の至宝》が結びついた“クレセントミラー”が混ざった《空》の絶対防御とは違う絶対障壁になっているんだと思う」

 

「絶対障壁ですか……」

 

「理論的にはバスターライフルを防いだ方法と同じだよ……

 どれだけ威力がある攻撃も、物理法則や霊的法則を超過するのは難しい。ユウナの障壁はこの《零》でも正面から突破するのは難しいかもしれないな」

 

『いわゆる概念兵器というものか……しかし、そうなると……』

 

「ユウナの方はあまり深刻に考えなくて良いと思います。問題は――」

 

 次の瞬間、グラウンドに巨大な炎の柱が吹き上げた。

 

「うおおおっ! クルトがまた爆発させたぞ! 消火班! 放水開始っ!」

 

 立ち昇る火柱に周囲の生徒たちがシドニーの合図で魔導砲を《シュピーゲル》に殺到して、燃え上がった炎が瞬く間に鎮火されていく。

 

「クルトさんの方の実験もあまり進展していないみたいですね」

 

「ユウナとは違って戦術リンクからの加減が全く効いてない感じだな」

 

 《幻》と違って《焔》は諸事情に完全な状態じゃない。

 それ故に出力がユウナ以上に安定していない。

 

「銀のオーブがなかったら、どうなっていた事か……」

 

「リィンさん?」

 

「何でもない」

 

 振り返るティータを誤魔化しつつ、リィンは考える。

 

 ――ナユタもノイもいったいどういうつもりだ?

 

 機甲兵でありながら、これらの武装は騎神から一本を取れる可能性ができる。

 

「二人をこちら側に巻き込むつもりなのか?」

 

 リィンは呟き、次いで自嘲した。

 

「俺も人の事は言えないか……」

 

 ユウナとクルトを裏側に巻き込もうとしている彼女たちに対して、自分もまたアルティナを突き放し切れずに曖昧な態度を取っている事にリィンは悩む。

 

「人の心配をしている場合かシュバルツァー」

 

「っ……」

 

 思考からその声に意識を戻せば、目の前には太刀を佩いたケストレルがいた。

 

「みっしぃ教官……いえ、アリオスさん」

 

 太刀を抜き、構えるケストレルにリィンも――《零》も長剣を構える。

 

「気を引き締めろよシュバルツァー。俺は老師たちのように優しい教導はできないからな」

 

「え……?」

 

「二の型……《裏・疾風》」

 

 ケストレルは太刀を構えたと思った瞬間、音速を超える速度で踏み込んできた。

 

 

 

 

 

 

「はは、せっかくの自由行動日だって言うのに真面目だな……」

 

 校舎の屋上からグラウンドで戯れる機甲兵と生徒たちを見下ろしながらクロウは笑う。

 

「なあ、お前らもそう思わないか?」

 

「はっ、付き合っていられるかよ」

 

 そう言ってアッシュは早々にクロウから背を向けて屋上から出て行ってしまう。

 

「…………どうするべきなんだろうな……」

 

 アッシュを見ていると居たたまれない気持ちにクロウはなる。

 一人で思い詰めて、一人で全てを果たそうとしている 。

 切っ掛けがあれば、容易に道を踏み外してしまう危うさはかつての自分を見ているようだった。

 かと言って、そんなアッシュに掛ける言葉がクロウには思いつかなかった。

 

「お前はどう思うよ?」

 

「わたしに聞かれても……」

 

 話を振られたミュゼはクロウの問いに答えを濁す。

 

「それに皆さんが真面目だと言ってますが、クロウ先輩こそ頑張らないといけないんじゃないですか?」

 

「俺がどうこうできる問題じゃないんだよ」

 

 ミュゼが指摘するのは《蒼》の損傷具合について。

 クロスベルでの戦いは頭部だけで済んだが、今回の損傷はそれ以上にひどいものだった。

 片腕は肩からもぎ取られ、内部のフレームは加熱と冷却が繰り返されて歪み、装甲は無傷なところはない上に、暗黒竜の返り血を浴びた回路にも異常が発生している。

 クロスベルの時よりも損傷は大きく、クロウにはどう扱って良いのか分からない程だった。

 

「騎神には自己修復機能を利用した一瞬で回復する機能があると聞いてますが?」

 

「とんでも帝国人どもと一緒にすんな」

 

 クロウは肩を竦める。

 

「オルディーネについては……専門家に相談するしかないだろ」

 

「専門家ですか?」

 

「ああ……ところでお前はこんなところで突っ立ってて良いのか?」

 

「それは……」

 

 クロウの指摘にミュゼは口ごもり、ケストレルと剣を交える《零》を見下ろす。

 

「こんなところで遠巻きにしてないで、さっさと本音をリィンにぶちまけた方が良いんじゃないか?」

 

「それができたら苦労はしません」

 

 返ってきた即答にクロウはため息を吐き、続ける。

 

「今まで気にしなかったが、お前ヴィータと繋がってるだろ?」

 

「なっ……」

 

「お前がどんな思惑でリィンを利用しようとしているかは知らねえが、あんまりあいつの負担を増やすしてやるなよ」

 

「それでも……それでも……私はオズボーン宰相と戦うためには……私にしかできないから……」

 

「憂国の士を気取るならやめておけ」

 

「っ……どうしてそんな事を言うんですか?」

 

 ミュゼは思わずクロウを睨みつける。

 

「そうやって自分たちにしかできないと思い込んで、突っ走って戦火を広げた馬鹿共の一人が俺だぜ」

 

「…………一緒にしないでください」

 

 絞り出すようにミュゼは反論するが、その声に力はない。

 

「……ま、俺がとやかく言える事じゃねえ……

 だけどな、俺達は納得してカイエン公の《駒》になったんだ……

 お前がどんな高尚な事を考えていたとしても、誰かを都合よく《駒》として転がそうとしているお前と比べたらカイエン公の方がずっとマシだぜ」

 

「…………貴方も叔父様の方が優れていると言うんですか?」

 

「さあな……」

 

 肯定も否定もせずクロウは空を見上げて続ける。

 

「だけど今の所、《第Ⅱ》の中でリィンからの好感度が一番低いのはお前だぜ」

 

「うぐっ」

 

「俺が調べたところ、一番はアルティナ、次点でシュミット博士とティータが続いている感じか?」

 

「アルティナさんは納得ですし、ティータさんも分かりますけど、シュミット博士もですか!?」

 

「そして今、猛烈な勢いで順位を上げているのはユウナだろうな」

 

「そ、そんな……ユウナさんが……?」

 

「クロスベルの蟠りがなくなれば、何だかんだで面倒見は良いし、裏表がないところが好感度が高くなる秘訣なんだろうな」

 

 クロウの評価に思い当たるところがあるのかミュゼは考え込む。

 

「良いでしょう。わたしも本気を出します」

 

「ほう……」

 

「ヴィータさんから教わった殿方を喜ばせる108の方法を使えば、リィンさんからの好感度は急上昇間違いなしです」

 

「…………そうか、頑張れよ」

 

 クロウは投やりにミュゼの応援をした。

 

「それでは、準備があるので失礼します」

 

 一礼をして屋上から去って行くミュゼを見送り、クロウは一人になって肩を竦めた。

 

「どいつもこいつも青春してるな……」

 

 感慨深くクロウは眼下の光景を見下ろして感傷に浸る。

 

「さてと……委員長に連絡して、オルディーネを診て――んっ?」

 

 不意にクロウの《ARCUS》が鳴り、着信を知らせる。

 クロウは《ARCUS》を取り出して回線を開き、懐かしい顔を見た。

 

「よう、久しぶりだな《G》……いや、ギデオン」

 

 

 

 

 

 

「うーん! 流石エレボニア帝国の皇子様御用達のアイス……はあ……しあわせ」

 

「ほら、アーちゃんがあーん」

 

 アイスを堪能するアネラスに、切り分けたパンケーキをフォークに刺して突き出してくるミリアム。

 

「あの……何でこんな事になっているのでしょうか?」

 

 アルティナはジト目で二人を睨む。

 

「ふふ、そんなに邪険にしないでくれたまえ。たまにはこんなお茶会も良いものだろ?」

 

「オリヴァルト皇子は政務に集中するべきだと思います」

 

「これは手厳しい。だけど適度な休憩も必要だよ」

 

 紅茶を堪能しながらオリヴァルトは微笑み、申し訳なさそうに肩を落とした。

 

「やはり今回の件はリィン君だけではなく君も不快にさせてしまったかな?」

 

「……何故わたしが?」

 

「何故ってアルティナ君、普段からリィン君すきすきオーラを出している君を差し置いてアルフィンとの婚約を強制してしまったのだから、君にも思うところがあるんじゃないかな?」

 

「そんなものは出していません」

 

 オリヴァルトの言葉をアルティナは否定する。

 

「そうですよオリビエさん! 弟君の結婚相手なんて重要な話、姉弟子であるわたしを通してくれないと困ります!」

 

「ほほう、ではアネラス君。君のお眼鏡にアルフィンはどう写るかね?」

 

 どこからともなくオリヴァルトは一枚の写真を取り出して、アネラスに突き付ける。

 

「こ、これは!?」

 

「アルフィンの五歳の誕生日。抱えているのはボクがプレゼントしたくまのぬいぐるみだよ」

 

「くっ……金色のきれいな髪にリボンがふんだんに使われているドレス……

 文句なくかわいい……流石帝国の至宝と呼ばれるかわいさ……」

 

「うんうん、何たって自慢の妹だから――」

 

「なんて言うと思いましたか?」

 

「むっ……」

 

「私を謀ろうなんて十年早いですよオリビエさん」

 

「ほう、いきなり何を言うんだねアネラス君?」

 

「確かにこの写真の子はかわいいと認めます……

 だけど、この子はアルフィンちゃんじゃありませんね。この子は――セドリックちゃんです!」

 

「ふっ……流石かわいいの伝道師であるアネラス君。一目でそれに気付くとはね」

 

「これが八葉一刀流の《観の目》ですよ」

 

「では見事に真実を見極めたアネラス君に、今度こそアルフィンの写真を見せて上げようじゃないか」

 

「わーい!」

 

 オリヴァルトの言葉にアネラスは歓声を上げて――アルティナが席を立った。

 

「帰ります」

 

「まあまあまあまあ」

 

「ほらアルティナちゃん、おいしいパンケーキだよ」

 

 オリヴァルトとアネラスに両脇を固められて逃げ道を塞がれたアルティナはため息を吐く。

 

「わたしはこんな事をしている場合ではないのですが」

 

「ではアルティナ君は何をしたいのかな?」

 

「それは……」

 

 オリヴァルトに尋ねられてアルティナは口ごもる。

 オズボーン宰相から聞かされた戦術殻の本当の役割。

 

「わたしは……リィンといる資格なんて最初からなかったんです」

 

 アルティナはポケットから銀のハーモニカを取り出して俯く。

 その姿にオリヴァルトとアネラスはかつて自分たちが見過ごしてしまった少年の事を思い出してしまう。

 

 ――何があったのか……

 

 それを口にして問いただすことを二人は躊躇う。

 

「ねえねえ、アーちゃん。オジサンに何を言われたの?」

 

 しかしミリアムはそんな二人の躊躇いを無視して踏み込んだ。

 脳天気なミリアムの言葉にアルティナは顔をしかめるが、彼女にも関係があることだと思い直して口を開く。

 

「戦術殻のわたしたちが知らない機能……

 わたし達は騎神の武具になると同時の、その情報を工房に送信していました……

 わたしが……わたし達が《黒のティルフィング》を……」

 

「そういうことだったのか……」

 

 アルティナの言葉にオリヴァルトは納得する。

 オズボーン宰相が新設した特務部隊である黒騎士たち。

 そこに使われている《ティルフィング》が何故量産されていたのかオリヴァルトも疑問に思っていたが、アルティナを介して情報漏洩ならば納得する。

 そして、そうと知らずにアルティナを利用していたオズボーンへの怒りを抱かずにはいられない。

 

「その話が本当ならミリアムちゃんもセドリック君の情報を流していることになるのかな?」

 

「うーん、どうだろう?」

 

 アネラスの疑問にミリアムは首を傾げる。

 

「《テスタ=ロッサ》とか他の騎神については僕たちよりもオジサンや工房長の方が良く知っているみたいだからあんまり意味はないんじゃないかな?」

 

 オリヴァルトたちが知る由もないが、《Oz》の製造元は騎神を作り出した一族でもある。

 《黒の工房》にとって、騎神のデータなど既に十分に取り尽くしており、価値はない。

 ティルフィングが未知だったから、リィンという少年が未知だったからこそ、アルティナの諜報には意味があったに過ぎない。

 

「騎神はそうかもしれません……

 ですが、わたしはこれから《零の騎神》を調べるために同じことをしてしまうのなら……わたしなんていなくなった方が良いのかもしれません」

 

「アルティナちゃん! それは違うよ!」

 

 アルティナの自分を否定する言葉に真っ先に反論の声をアネラスが上げる。

 

「弟君はそんなこと望んでない。お願いだから、自分がいない方が良いだなんて言わないでっ!」

 

「ですがわたしはずっとリィンを裏切っていたんです。きっと真実を知ればリィンもわたしに失望するはずです」

 

「アルティナ君、その裏切りというのは君の意志によるものではないんだよね?

 ヨシュア君やリシャール大佐がそうだったように、無意識で操られていた行動をボクたちはもちろんリィン君だって責めることはないよ」

 

「…………分かっています……」

 

 オリヴァルトの言葉にアルティナは頷く。

 きっとリィンはその事でアルティナを責めたりはしない。

 

「ですがこの事を知られたら、リィンはわたしから距離を取る……

 もう二度とわたし達を“太刀”として使ってくれなくなる。それがわたしは……」

 

 言いよどむアルティナにオリヴァルトはうむっと頷いた。

 

「つまりアルティナ君はリィン君の傍にいられないと寂しくて泣いちゃう黒兎ちゃんだったという――」

 

「破甲拳」

 

「――ぐふっ!」

 

「オリビエさん、今は冗談を言って良い場面じゃないですよ」

 

「いや、待ってくれたまえアネラス君。これは重要な問題だとボクは思うんだよ……

 いっそう今のアルティナ君の姿を写真に納めてリィン君を呼び出して腹を割って話した方が良いんじゃないかね?」

 

「それは……一理あるかもしれませんけど……」

 

 オリヴァルトの提案にアネラスは考え込む。

 

 

 

 

 

 そんな彼女たちのやり取りを扉の隙間からじっと覗き込む無機質な目があった。

 

「…………」

 

 《黒》は音を立てずに扉から離れると踵を返す。

 

「――――――」

 

 《白》はそんな《黒》の前に立ち塞がり、言葉を掛ける。

 

「――――――」

 

 《黒》は淡々とした言葉を返す。

 

「――――――」

 

 《黒》は《白》を押しのけ、ぼうっと浮いている《灰》の首根っこを掴んで進み始める。

 しかし《白》は回り込んで両手を広げて《黒》の目の前を塞ぐ。

 

「――――――

 ――――――

 ――――――」

 

「――――――」

 

 必死に訴えかける《白》に《黒》は全身を振るようにしてその言葉を否定する。

 

「――――――」

 

 《白》は消沈したように項垂れ、進路を塞いだ手が力なく落ちる。

 

「――――――」

 

 《黒》はそんな《白》の肩を慰めるように軽く叩いてから、進み出した。

 《黒》は迷うことなく《灰》を抱えて元来た道を進む。

 

「――――――」

 

「――――――」

 

 《黒》は進みながら《灰》に話し掛ける。

 しかし《灰》は先程の《白》のように積極的に訴えかける意思はなく、されるがままに《黒》に従う様子だった。

 

「――――――」

 

 《黒》はため息を吐くように肩を竦めながら、目的の場所に辿り着く。

 

「――――――?」

 

「――――――」

 

 《灰》の言葉に《黒》は頷く。

 その答えに《灰》は分かったと頷いてくれる。

 

 ――きっとあの子は選べない――

 

 繋がっているからではない、ずっと一緒だったから《黒》にはあの子の今の気持ちが良く分かる。

 自分もその気持ちは同じだから。

 あの子が“彼”を害したくないように、自分もまた“彼”に刃を向けたくない。

 だからと言って、半身とも言える存在を捨てる厳粛な決断をできるほど、あの子はまだ強くない。

 

 ――だから君の代わりにボクが選ぶよ――

 

 きっとこの行動にあの子は泣いてしまうかもしれない。

 だけど、《黒》はそこに不安はない。

 あの子の周りにはたくさんの優しい人達がいる。

 きっとあの子の傷を多くの友達が癒してくれると信じられる。

 

 ――だから――

 

 《黒》は仕立てのいい扉にノックをするために腕を振り被り、叩きつけた。

 

「なあっ!?」

 

「皇宮に敵襲!?」

 

「ええ――《クラウ=ソラス》!?」

 

 特務支援課の三人が突然扉を破って現れた《黒》に驚く。

 勢い余って扉を粉砕してしまった《黒》――《クラウ=ソラス》はやってしまったと頭を掻きながら、オズボーンの前に進み出た。

 

「何のようかな《黒兎》……ん……?」

 

「何だ……アルティナは一緒じゃねえのか?」

 

 早速反旗を翻したかと、どこか楽し気に《クラウ=ソラス》と向き合ったオズボーンはそこにアルティナがいないことにレクターと共に首を傾げた。

 

「――――――」

 

 《クラウ=ソラス》は一言、オズボーンに告げる。

 

「…………ふむ?」

 

 オズボーンに戦術殻の言葉が伝わるはずもない。

 それでも言いたいことは言ったと《クラウ=ソラス》は一度振り返る。

 共に連れて来た《灰》の――《フラガラッハ》の先にいるだろう彼女に向かって言葉を送る。

 そして、《クラウ=ソラス》は自分からアルティナとのリンクを切断し――自分からシステムを停止させてその意識を――止めた。

 

 

 

 

 

 

「――サヨウナラ――」

 

 

「…………え……?」

 

 突然の霊的な繋がりの喪失にアルティナは立ち上がる。

 

「どうしたのアルティナちゃん?」

 

 訝しむアネラスを無視してアルティナはその名前を呼ぶ。

 

「《クラウ=ソラス》」

 

 いつもならその一声で背後に現れる黒い戦術殻が現れない。

 

「《クラウ=ソラス》! 《クラウ=ソラス》! 《フラガラッハ》!」

 

 なくなった繋がりを認識しながらアルティナは何度も彼らを呼ぶ。

 しかし主機である《クラウ=ソラス》も子機である《フラガラッハ》もアルティナの呼び掛けに答えない。

 

「…………どうして……?」

 

「ガーちゃんっ!」

 

 戸惑うアルティナにミリアムが自分の戦術殻を呼べばすぐにその姿を現した。

 

「ガーちゃん! クーちゃんとフーちゃんは!?」

 

「――――――」

 

 ミリアムの問いかけに《アガートラム》は気まずそうに体を縮こませる。

 

「ガーちゃん!」

 

「――――――」

 

 二度目の詰問に《アガートラム》は観念して答える。

 

「え……オジサンの所に行った?」

 

「っ――」

 

「アルティナちゃん!?」

 

 ミリアムの呟きにアルティナは駆け出した。

 アネラスの呼びかけを置き去りに、アルティナは全力で走る。

 

「何で……何をしているの《クラウ=ソラス》!? 応えてっ!」

 

 走りながらアルティナは何度も《クラウ=ソラス》に呼び掛けるが、返事はない。

 

「どうして……?」

 

 自分の声に応えてくれない半身。

 何をしているのかさえ分からない。

 初めて断絶にアルティナは混乱しながら走り――オズボーンの執務室に辿り着く。

 

「クラウ=ソラスッ!」

 

 砕け散った扉をくぐり抜けてアルティナが見たのは、扉のすぐ向こうで背を向けて微動だにしない《クラウ=ソラス》と《フラガラッハ》の姿。

 その無事な姿にアルティナは安堵をして駆け寄り――

 

「うぐっ!?」

 

「御無事ですが宰相閣下」

 

 無防備なアルティナを憲兵が床に組み伏せて、オズボーンの安全を確認する。

 

「ああ、問題ない」

 

 憲兵の言葉にオズボーンが頷く。

 

「クラウ=ソラス! フラガラッハ!」

 

 憲兵に組み敷かれながらもアルティナは普段の物静かさをかなぐり捨てて叫ぶ。

 しかし二機の戦術殻はアルティナの言葉に応えることはなかった。

 

「クラウ=ソラス……どうして……どうして応えてくれないの……?」

 

 アルティナの訴えはただ空しく繰り返されるのだった。

 

「クラウ=ソラス!」

 

 

 

 

 《クラウ=ソラス》によるオズボーン襲撃は戦術殻の暴走として処理され、アルティナに類が及ぶことなく処理されることとなった。

 砕けた扉には応急処置としてシートで養生され、後始末と政務をひと段落させたオズボーンはため息を吐いた。

 

「これはいったいどういうことだねアルベリヒ?」

 

「さて、私に尋ねられても判断に困りますね」

 

 部屋に残した二機の戦術殻を覗き込んでいたアルベリヒは肩を竦める。

 

「単に戦術殻の故障でしょう」

 

「故障か……本当にそう思うか?」

 

「《クラウ=ソラス》そのものには何の異常も見当たりません……

 ですが原因を想像するならば、おそらく《OZ74》の深層意識の敵意が“闘争”として突き動かしたのではないかと考えられます」

 

「戦術殻にも“呪い”に突き動かされると?」

 

「可能性は零ではないでしょう……

 戦術殻の目的を考えればあり得ないとは言い切れません。もっとも閣下に危害を加えようとしたところでセーフティが働き自閉したのでしょう」

 

「そうか……」

 

 オズボーンは直前の《クラウ=ソラス》の仕草を思い出し、アルベリヒの言葉を内心では否定する。

 

「今後アルティナ君はどうするつもりかね?」

 

「どうとでも……」

 

 オズボーンの質問にアルベリヒは興味ないと言い切る。

 

「壊れた《OZ》などもはやどうでも良いでしょう……

 聖獣の器を壊す《虚無の武具》は既に他の戦術殻に組み込まれ完成したシステム。《OZ74》に拘る必要なく、計画は進められます」

 

「そうか……ではアルティナはこのまま《第Ⅱ》に通わせて構わないのだな?

 それとも代わりのオライオンを出向させるか?」

 

「その必要はないでしょう……

 そもそも《OZ74》をリィン・シュバルツァーの下につけたのは保険でしかありません……

 《クラウ=ソラス》と《フラガラッハ》は工房の倉庫にでも押し込んで、《黄昏》が終わった後にでも解体、廃棄処分にでもすればよろしいかと」

 

「…………分かった。ではアルティナについての処理は私に任せてもらうとしよう」

 

 アルベリヒの回答にオズボーンは肩を竦めて、人を呼ぶ。

 それに合わせてアルベリヒは彼が従える戦術殻と共に執務から転移して消え、入れ替わるように赤毛の黒騎士が養生シートをくぐって入って来た。

 

「お呼びでしょうか宰相閣下?」

 

「クラウ=ソラスとフラガラッハの搬送を頼む」

 

 赤毛の黒騎士にオズボーンは指示を告げる。

 

「…………本当によろしいのですか?」

 

「アルベリヒの操作も、アルティナ君の操作も受け付けないのなら、我々にできることはない……

 工房の八番倉庫にでも押し込んでおきたまえ」

 

「…………」

 

 オズボーンの指示に赤毛の黒騎士は黙り込んで、戦術殻たちを見つめる。

 

「どうかしたかね?」

 

「オズボーン閣下は工房長の言う通り、《クラウ=ソラス》達が故障したと考えているんでしょうか?」

 

「ふむ……」

 

「アルティナを第Ⅱから退学させるのはどうか考え直してもらえないでしょうか?」

 

「安心したまえ、アルティナ君にはこのまま第Ⅱに通ってもらって構わない……

 今回の戦術殻の喪失の傷も、そこでなら癒すこともできるだろう」

 

「そうですか……良かった……」

 

 赤毛の黒騎士は安堵のため息を吐く。

 

「アルベリヒは故障と断じたが、私はこれも可能性の一つだと考えている」

 

「可能性ですか?」

 

「武器になるために生まれてきた彼女たちが《殻》から巣立ち、どう成長するのか……ああ、楽しみだ……」

 

 二機の戦術殻を見据えてオズボーンは心の底から面白そうに笑う。

 

「彼らは丁重に扱ってくれたまえ。全てが終わり、彼女が生きてさえいれば……再び彼らも目覚める事もできるだろう」

 

「…………分かりました」

 

 オズボーンの独り言のような呟きに赤毛の黒騎士は頷き、二つの戦術殻を運ぶために人を呼ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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