7月10日、深夜――
生徒たちは既に寮や列車へと下校し、消灯時間も過ぎた頃。
「アインヘル小要塞、パターン99を実行します」
制御室でティータは端末を操作すると建物全体が静かに鳴動して、壁や床が動いて模様替えが行われる。
「中心部に部屋を設定……周辺に隔壁は三つ……周回魔獣はゼロに設定……」
決められた設定を打ち込んでいき、ティータは一息吐く。
「それではケビン神父、エマ先生、よろしくお願いします」
「任せとき、ティータちゃん」
「はい、期待に沿えるように完璧な結界を張ってみせます」
ティータに促されて、ケビンとエマが再構築した要塞内部へと入っていく。
「ひとまずはこれでよしっと……あとは……」
「博士、使用する資料はこれで全部ですか?」
「ああ、その箱でいい」
リィンがシュミットに確認を取って、一抱えある箱を三つ台車に乗せる。
「あら、リィン君大変そうな。運ぶくらいなら私が手伝って上げましょうか?」
「余計な事をするな、エリカ・ラッセル。お前の役目はここで要塞内に誰も近付かないか監視することだけだ」
「ちっ……分かってるわよ」
シュミットに窘められて、箱に伸ばした手をエリカは舌打ちをしながら引っ込める。
「ほほほ、諦めるんじゃなエリカよ」
娘の悪あがきをアルバートは余裕に満ちた態度で笑う。
「このクソジジイ……自分はユリア様と一緒に話が聞けるからって」
エリカは悔しそうに拳を握り締めて震える。
「手伝おうリィン君、椅子の台車は私が運ぼう。エミリア殿はそちらのテーブルを運んでくれ」
「りょーかいっと」
エリカとアルバートのやり取りを他所に、ユリアとエミリアは率先して雑用に従事する。
「これくらい俺達に任せてくれりゃあいいのにな……
しかし、なんだかんだで関係ない奴までいるな」
頑なに関係者以外に手伝わせようとさせないシュミットに呆れながら、ランディは肩を竦めながら端末室を見回す。
教官として施設監督者という名目でランディはこの場にいるが、シュミット主催の秘密の深夜の会合。
要塞の機能を使って、物理的に侵入困難な導力ネットから隔絶した部屋を作り、更に周囲の隔壁には法術と魔術で霊的な作用への対策も行っている。
そこまで厳重にする話し合いが何なのかランディには分からないが、彼と――ロイドの懸念は一つ。
「こんな時間までキーアを夜更かしさせたとエリィやティオに知られたら、どうなるかな?」
「言うなロイド。想像するだけでも恐ろしい」
ロイドの呟きに修羅と化した二人を想像してランディは身震いする。
「う~ん、エリィとティオもこんなことじゃ怒らないと思うけどなあ」
「キーア、俺達はここで待っている事しかできない……
危険な事はないと思うけど、頑張ってくれ」
「うん、ありがとうロイド」
せめて彼らの話の邪魔を外からさせないとロイドはキーアの笑顔に意気込む。
「ふあ……とっとと始めてくれねえか? 明日だって授業はあるんだし」
あくびをしながらクロウは訴える。
「シュミット博士、ケビン神父とエマ先生の結界構築が終われば、すぐに始めるんですか?」
「いや、予定通り23時まで待つ。もう一人、呼んでいるが時間までに来なければそれまでだ」
「もう一人……」
「リィンとアルティナは例外で、カルバードとリベールの博士と軍人……
そして俺たちは起動者ってことは……」
「博士、もう一人と言うのは……」
「みんな~お邪魔するヨ~☆」
セドリックが尋ねようとしたした瞬間、研究室の扉が開き脳天気なみっしぃの声が響く。
「博士、お客さんだよ」
「ふん、来たか……」
みっしぃが案内してきた者をシュミットは一瞥して、挨拶もなく集まった者たちに告げる。
「では、ここからは要塞内の部屋へと移動する。《ARCUS》などの端末はここに置いておけ。行くぞシュバルツァー、ティータ」
「は、はい」
「あ、待ってください」
一方的に言うだけ言ってシュミットはリィンとティータを促して要塞へと入って行く。
「やれやれ、相変わらず忙しない御方だ」
現れた者はシュミットの背中に肩を竦めて、セドリックに向き直った。
「えっと……ル――」
「お久しぶりですセドリック殿下。ルーファス・アルバレアの代理として馳せ参じさせていただきました――《C》です」
貴族風の服装に黒いヘルメットの被った青年がセドリックに恭しいく頭を下げる。
「おい……」
クロウは現れた《C》に詰め寄ろうと声を上げて――
「イアン先生、どうしてここに!?」
《C》に付き添うように入って来た恰幅の良い男にロイドが驚きの声を上げた。
「ロイド君か……それにキーア君も……
君たちに合わせる顔はなかったのだが、私にも少し事情があって。《C》君に付き従う事を条件に仮釈放させてもらっているのだよ」
「事情ですか?」
「それについては私たちの会議をしている間に話をすればいい」
さて、シュミット博士を待たせたら締め出されかねないので私たちも早く――」
「待てこらっ!」
無視して歩き出そうとする《C》にクロウが声を大にしてその前に立ち塞がる。
「何かな? クロウ・アームブラスト?」
「何だじゃねえ! 何だその仮面は! それに《C》だと!?」
「何か問題でも? 私以外にも既に《c》と名乗る者がいる上、私は二年前からこの名を名乗っている……
それに私の身元はセドリック殿下が保証してくれるだろう」
「なっ!?」
「…………ええ、彼は内戦の時に僕たちを支援してくれたルーファス総督の協力者です」
驚き確かめるように振り返るクロウにセドリックは《C》を保証する。
「昨日、ルーファス総督の下にシュミット博士から重要な会議に参加するように打診がありましてね……
しかしルーファス総督はクロスベルを納めることに多忙な方……
故に私が彼の代理として、派遣されたのだよ」
「だからって……」
「シュミット博士とは二年前の内戦の時に顔を合わせている……
ルーファス総督の方からも《C》が出席すると博士には許可を得ている。君に文句を言われる筋合いはないと思うが」
「くっ……だからって、その仮面は……」
「肖像権でも主張するつもりかね? もしくは名誉棄損とでも?」
「っ……」
「不満があるというのなら……そうだね……
来週の夏至祭のレースの勝敗を決めるというのはどうだろう?」
「何!?」
「《C》?」
「ルーファス総督の代理として来たのは何もこの会合ではないのだよ……
セドリック殿下、例の夏至祭レースの件について、この《C》が引き受けるとルーファス総督から承りました」
「何だと……どういうことだ?」
「……ルーファス総督には夏至祭レースで、クロウが出る博士たちのエキシビションに参加できる人がいないかと相談したんだよ……
でも貴方が出場するという事は……」
「今やルーファス総督は東の脅威から帝国を守るための防波堤……
彼自身が《ハーキュリーズ》に狙われている事も含め、《金の騎神》も共和国への牽制のためにクロスベルから動かすわけにはいきません……
なので私が派遣されたという事ですよ」
「いや……貴方の機体は……」
「ええ、《シュピーゲル・アサルト》。二年前の内戦からカスタマイズを重ねた私の専用機……
決して三高弟や《蒼の騎神》に劣らないと宣言させていただきましょう」
自信満々な《C》にクロウは眉を顰め、嘲笑するように口元を歪めた。
「思い出したぜ……
たしか《緋》と《灰》の周りにいた派手な《ピンク》のしょぼい機甲兵だな」
「しょぼい……」
クロウの言葉をセドリックは遠い目をして繰り返す。
「上等だ。その仮面――レースに勝ってぶち壊してやるぜ!」
「御二人とも、言い争いはそこまでにした方がよろしいかと」
《C》とクロウの睨み合いに口を挟んだのはガイウスだった。
「これ以上シュミット博士を待たせてしまったら、本当に締め出されてしまうでしょう」
言われてセドリックは周囲を見回せば、既に自分たち以外の参加者は制御室にはいなかった。
結界を張りに行ったケビンとエマも戻ってきており、残すは自分たちだけだった。
「おっとガイウスの言う通りだね。僕たちも急ごう」
セドリックは二人を促し、それにガイウスも続く。
「そう言えばガイウスもシュミット博士のお眼鏡に適ったんだね?」
「俺はおまけのようなものだ……
七耀教会の結界術が必要だったことと、Ⅶ組だったことと、ルフィナさんの代理……
正直、あの人の代理ならば、同席させてもらうのはケビン神父の方が相応しいと思ったんだが」
肩を落としてガイウスはセドリック達の最後尾を歩く。
あれからワイスマンを再補足できていない事も不安の材料だが、オルディスの地下で叫ばれたリィンの慟哭にガイウスは思い出してしまう。
リィンの前にどんな顔をして立てばいいのか、まだ答えは出ていないのに上司からの命令で行けと言われれば守護騎士として従わなければならない。
その指示がよりガイウスを曇らせる。
状況は自分の成長を待ってくれない。
七耀教会で学び、鍛えたものは自分にとって何だったのか、ガイウスは振り返って考えてしまう。
「何をしている遅いぞ」
そこにセドリック達が辿り着いた時にはもう、全員が用意された席に着いていた。
「申し訳ありません」
セドリックが一言謝り、それぞれが空いている席へと向かう。
「ガイウス君」
それに続こうとしたガイウスを鉄扉の向こうからケビンが声を掛ける。
「ケビン神父……」
「あんま教会のためとか気張らん方がええで……ガイウス君はオレらと違ってまともなんやから」
「…………いえ、無理を言ってバルクホルン老師の聖痕を受け継いでいるんです……
ワイスマン教授に撒かれてしまった汚名を濯ぐためにも、守護騎士として必ず役目を果たしてみせます」
意気込み背中を向けるガイウスにケビンは居たたまれなくなる。
ガイウスのやる気は好ましいが、ガイウスはとにかく腹芸に向いていないというのがケビンのこれまで彼を鍛えた評価だった。
それはそれで役に立てる場はあるのだが、果たしてガイウスの誠実さがこの場で通用するのかケビンには読み切れない。
「ケビン神父……」
「ああ、リィン君……」
「扉、閉めてよろしいでしょうか?」
「ああ、外はオレとエマちゃんに任せて会議がんばってな」
ケビンは笑って手を振り、鉄の扉が閉まっていくのを見送った。
*
「外との導力ネットワークとの切断を確認……
魔導杖とエイオンシステムを機能停止させます」
リィンが物理的に扉を閉めて、アルティナが最後の確認として導力ネットワークの干渉波がない事を確認する。
「では四番弟子、資料を配れ」
「はいっ!」
シュミットの指示にティータはリィンが運んだ箱から分厚い紙の束を取り出して参加者に配り始める。
「今時、紙の資料とはのう……」
「ここと言い、導力ネットの遮断……随分と厳重な情報統制をするのですね」
物理的な隔壁に、魔女と教会の術による結界。
考えられる術を全て徹底的に利用してこの場を作ったシュミットにアルバートとハミルトンは改めてこの会議で明からされる話に期待を膨らませながら配られた資料のページをめくる。
「ふむ……」
「これは……」
アルバートとハミルトンは数ページをめくった後に、食い入るように資料に釘付けになる。
「博士たち……何をそんなに……」
セドリックは遅れて資料を読む。
最初の資料は『帝国と至宝の成り立ちについて』とまとめられた歴史の資料。
帝国の至宝が二つあり、今の《鋼》がどう生まれて、《騎神》との関係が簡潔にまとめられている。
「……これは……」
問題はその後だった。
めくったページから出てきたのは図解と解説が伴った設計図。
「ヴァリマールの設計図……テスタ=ロッサのもある」
「それだけじゃねえ。オルディーネも、ゼクトールもあるじゃねえか」
「エル・プラド―にアルグレオン……そしてこれが《黒の騎神》イシュメルガですか……
なるほど確かにこれは情報規制が必要な情報ですね」
起動者たちは自分たちが乗る機体の設計図に驚き、更にはここにいない三機のものまである。
「これが……《黒の騎神》……僕たちが倒すべき巨悪」
名前は時折耳にしていたが、設計図でとはいえその騎神の中でも禍々しさを持つ《黒》にセドリック達は気持ちを張り詰めていく。
「しかし……」
七の騎神の設計図を同じように眺めていたユリアはおもむろに疑問を口にする。
「シュミット博士、こちらの資料は――」
「出所は聞いてくれるなよ。答えたところで意味はない。が、ある信用できる筋から手に入れたものだ」
「そうですか、分かりました」
出鼻をくじかれたユリアは口を噤む。
「それにしてもこの機体の設計図……図解の方には見た事もない書き込みがあるのに解説の方はあたしでも読めるのね……
考古学には詳しくないけど、騎神って1000年以上前の技術なんだったわよね?」
「ああ、解説に着いてはシュバルツァーに現代語に翻訳させたからな」
エミリアの疑問にシュミットは答え、それにセドリックは流石リィンだと感心する。
「へえ……リィンさんに翻訳を…………え……?」
「どうしたのセドリック?」
「いや……まさか……シュミット博士、いったいいつからこの会議をやると考えていたんですか?」
「オルディスの特別実習から戻った後からだな」
「オルディスの実習の後……あれ?」
シュミットの答えにキーアは首を傾げる。
「おい、リィン……
特別演習の後ってことはテスト前にこの資料を作らされたのか?」
「ああ、シュミット博士に頼まれたから」
クロウの質問にリィンは素直に頷く。
「シュミット……」
「貴方という人は……」
資料に釘付けになっていたアルバートとハミルトンは呆れた眼差しをシュミットに向けてため息を吐く。
「ええいっ! そんな事よりも話を進めるぞ!」
二人だけではない、そこに集まった者たちのリィンを除く批難の眼差しに言い返すようにシュミットは声を上げる。
「しかしじゃのシュミットよ、こんなものを見せられて落ち着いて話など――
「その資料に大した価値はない。読み込むなら持ち帰った後にしろ」
「これほどの資料が価値がないと言うの?」
「ああ……」
ハミルトンの言葉にシュミットは頷く。
「《緋》は暗黒竜の血を浴び魔王化している……
《灰》も最適化が行われて当時の性能から“格”が上がっている……
《黒》に関しては、《零の至宝》の力を奪っている事を考えれば、その資料はあくまでも起動者たちが己の力を確認する程度にしか役に立たないだろう」
「例えそうだったとしても……
こうして《黒》と《緋》の差を目の当たりにできたのは嬉しい情報です」
シュミットの言葉にセドリックはこれだけでも来た価値はあったと告げる。
「それで、シュミットよ。皇子たちならともかくワシらに何故これを見せた?」
「これは言わば“保険”だ」
アルバートの問いにシュミットが不服そうに答える。
「保険……?」
「そこの起動者たちが《黒の騎神》に負けた場合、これの相手をすることになるのはカルバードとリベールになるだろう……
その時に、その資料があるかないかでゼムリアの滅びを変えられるかもしれない……そのための保険だ」
「安心してください。博士たち……
僕たちは必ず《黒の騎神》を倒してみせます。そのためにこの二年、僕やキーア、ルーファス総督は準備をしてきたんですから」
セドリックは自分の決意を改めてその場で表明し、それに同調するようにキーアと、何故か《C》が頷いて――
「それは違いますセドリック殿下」
その決意にリィンが水を差した。
「リィン君……違うって何が?」
「セドリック殿下たちはもちろん、俺も本当に倒す相手は《黒の騎神》イシュメルガではありません」
「え……でも帝国を裏で操っているのはこの《黒の騎神》のはずですよね?」
「確かに“滅び”を主導しているのは《黒の騎神》になります……
だけど、帝国が本当に戦わなければならないのは《黒の騎神》ではなく《鋼の至宝》の方です」
「……《鋼の至宝》……?」
リィンの言葉にセドリック達は聞き入る。
「《黒の騎神》が求める“滅び”の根源は《鋼の至宝》から漏れる“闘争”の呪い……
イシュメルガがそうなったのは彼が、封印の蓋として最も大きく、最も《鋼》に近かったからです……
だから例え《黒の騎神》を倒したとしても、《鋼の至宝》の呪いを壊さない限り、帝国の闇は払われることはないでしょう」
「それはつまり、仮にルーファス総督が《黒》に勝ったとしても、その役割が《金》にすり替わるだけだという事かな?」
「分かりません。こればかりは前例がないことなので断言はできません……
でも、《黒の騎神》を倒したとしても、《鋼の至宝》にとって別の騎神が《至宝の器》に昇華するだけで大した差を感じないでしょう……
《騎神》の意識も《鋼》に取り込まれない保証はないと思います」
「なるほど……どうやらこれは根本的に考察を改める必要があるようですね」
《相克》は前座に過ぎない。
本当の戦いはその後に控えている。
《C》はリィンのその仮定を受け入れて考え直す。
「ただ起動者の皆さんはあまり深刻に考えなくても良いかもしれません」
「え……それはどうして?」
前言を覆すようなリィンの言葉にセドリックは聞き返す。
「七の騎神の戦いである“相克”の果てが一つの《鋼の騎神》だったとしても……
こちらには“相克”に関わらない《零の騎神》があります……
それに至宝と対抗できる武装デバイスを得た機甲兵の存在もある……
錬成された《鋼の騎神》も《零の騎神》があれば、破壊できるかもしれません……いいえ、何としても破壊してみせます」
意気込むリィンにセドリックは顔をしかめる。
まるで“相克”で誰が勝ち抜いたとしても関係ない。最後は自分が蹴りをつけるというリィンの意志に危うさを感じる。
「これについては明日にでも《テスタ=ロッサ》達に相談しようと思うんですが、構いませんか?」
「ああ、その資料も含めて好きにしろ」
投げやりな承諾にセドリックは安堵して、首を傾げた。
「資料の持ち出しも、騎神との相談も良いのならどうしてこんなに厳重な情報統制をしたんですか?」
「秘匿しておきたい情報はむしろここからだ」
シュミットの厳かな言葉に場の空気が張り詰める。
「シュバルツァーが言っていた事もあるが、私の方でも《黒の騎神》か《鋼の至宝》を破壊する兵器に心当たりがある」
「本当ですか?」
「ああ、夏至祭が終わり次第。シュバルツァーと共にその材料を集めることになるだろう……
そしてもう一つ、ヴァリマールや白のティルフィングで起きた“騎神化”の目途が立った……
夏至祭が終わり次第、《翠のティルフィング》と《蒼の騎神》でその実験を行う……
ウォーゼルとアームブラストはその気でいろ」
「お、俺達ですか?」
「おいおい、“騎神化”って何だよ?」
突然話を振られたガイウスとクロウは反応に困る。
「待ってください博士!」
そんな彼らの困惑を無視してティータが声を上げた。
「“騎神化”ってティルフィングの変異の事ですよね!
いつの間に解明したんですが!? だってティルフィングにはその時のログは何も残ってなかったのに!」
「ああ、あれは一度帝国政府に接収されそうだったから、メモリクォーツをすり替えておいたんだ」
「………………」
「ティ、ティータ……?」
光りが消え、感情が消えた目でティータに凝視されてリィンは狼狽える。
「“騎神化”の解析……そんな重要かつ大変そうな作業をいつ行っていたんでしょうか?」
続いてアルティナがジト目でリィンを見据えて疑問を投げかける。
「えっと……それはテストの前にシュミット博士に頼まれて……」
「シュミット……」
「貴方と言う人は……」
リィンの答えにアルバートとハミルトンは呆れ果てる。
「ええい! 帝国どころかゼムリア大陸の存亡が掛かっている事象を前に、シュバルツァー一人の成績など気にしていられるか」
「さ、最終的に了承したのは自分ですから」
「そんな事をしていたからユウナさんに五点差で負けたのではないでしょうか?」
「うっ……」
アルティナの鋭い指摘にリィンは言葉を詰まらせる。
「ともかくだ!」
場の居たたまれない空気を強引にシュミットが戻す。
「《蒼の騎神》の“格”を上げる作業が成功した場合、《緋》と《金》もそれをするかどうか決めろ……
必要ないと言うのならそれまでだ、処置が終わり次第この情報は破棄する」
「その口振りですと、まるで《黒》にも同様に“格”を上げる余地があるということでしょうか?」
セドリックは思い浮かんだ疑問をそのまま尋ねる。
「その通りだ。故に、この情報だけは外部に漏らしてくれるなよ」
シュミットの言葉とそれを話すためだけにこれだけの準備があった事にセドリックはシュミットとリィンの本気さを感じ取る。
「…………なあ、俺の意見は?」
そんな空気の中、勝手に《蒼》の実験を決められたクロウが手を上げて、控えめな抗議をする。
「モル……オズボーンに一泡吹かせたいのだろう?」
「だ、大丈夫だクロウ。事ここに至ってなら、起動者が“相克”以外で死ぬことはないって因果律とか予言で決まってるから大丈夫なはずだ!」
「その言葉のどこに安心があるんだよ! しかも博士は今モルモットって呼ぼうとしたよなあっ!」
シュミットとリィンの言葉にクロウは騒ぎ立てる。
「ふむ……何にしても夏至祭が終わった後は大変になりそうじゃの……」
「ええ、そうですね。同時に少しワクワクしていますが……」
アルバートとハミルトンは苦笑いを浮かべながら、果たしてどんな実験をするのか考えて――
「何を言っている? 夏至祭の後はお前たちはそれぞれの国に帰るのだろう?」
シュミットの言葉にアルバートとハミルトンは固まった。
「な……な……な……何だとっ!?」
「たしかに私たちは夏至祭までしか滞在申請していませんでしたが……くっ……」
未知の技術を鼻先にぶら下げられて取り上げられそうになっている二人は大いに動揺した。
「くくくっ……貴様たちは国に帰って、その遥か昔の騎神の設計図とでも向き合っておるが良い」
「シュミット貴様……こうなったら何としても夏至祭が終わった後も――」
「御自重くださいラッセル博士! ただでさえ、訪問予定を前倒しにしたというのに!」
アルバートの意気込みをユリアは慌てて止める。
「うーん……《至宝》との戦いについては後学のためにも是非見ておきたいわね……どうやって説得しようかしら」
「えっと……ハミルトン博士。一応あたしは博士の護衛が建前の立ち場だったりするんですけど……」
静かに熟考するハミルトンにエミリアがため息を吐くのだった。
*
「リィン君」
それからいくつかの確認として会議は終わり、セドリックはリィンを呼び止めた。
「何ですかセドリック殿下?」
「さっきの話の中で一つ気になった事があったんですけど……」
セドリックは言葉を濁しながら、まず前提を切り出した。
「キーアから聞きました。今のリィン君の正体について……」
「そうですか……それで?」
アルティナが《クラウ=ソラス》を返還した際に、キーアもオズボーンに呼ばれていた。
そこでアルティナからアネラス、キーアからセドリックへと情報が流れて行ったとしてもそれをリィンは咎めるつもりはない。
「リィン君、君は僕たちが本当に倒さなければいけないのは《鋼の至宝》だって言っていた……
だけど、《鋼の至宝》を倒したら……リィン君、君はどうなるんだい?」
「…………」
セドリックの質問にリィンは答えない。
しかし動いたリィンの表情からセドリックは察してしまう。
「考え直しましょうリィン君、《鋼の至宝》を倒さず、“呪い”を解く方法を探して――」
「そんな方法はありません」
セドリックの訴えをリィンは否定する。
「魔女も地精も匙を投げた……
“彼”も《鋼》を救う道を模索して、その隙を突かれた……
セドリック殿下、貴方が守るのは帝国の民であり、《鋼の至宝》ではないはずだ」
「僕にとって、いやⅦ組のみんなもノイもリンもかけがえのない仲間だと思っている……
君が犠牲にして未来を得たとしても、僕たちは“あの人”に胸を張って報告することなんてできない」
「俺は……ノイはこれを“犠牲”だなんて思っていません……
《鋼》はもう十分に救われている……
だからせめて最後は“彼”が愛して守ろうとした世界を守って終わらせたい……
それが呪いの中にいる《鋼》の願いなんです」
「リィン君……くっ……」
「話はそれだけなら失礼します」
そう言って背中を向けるリィンの後ろ姿にセドリックは、クロスベルへと赴く“彼”の事を思い出せた。
――同じ過ちを繰り返すのか?
自問してもセドリックには今のリィンに掛ける言葉は思いつかない。
――こんな時、兄上なら……
そして次の瞬間、セドリックは天啓を得た。
「リィン君! 明日の放課後、僕と帝都でデートをしませんか?」
セドリックの突然の提案に、去ろうとしていたリィンは足を止めた振り返った。
「い、いきなり何を言い出すんですかセドリック殿下?」
「思えばアルフィンの婚約とか性急に話を進め過ぎましたからね……
ここは一度、じっくりと親睦を深めるためにデートをしましょう……
明日は帝都にレールハイロゥのテストの行くので、その後にでも兄上やレクターさんに教えてもらったお店に一緒に行ってみましょう!」
ずいっとセドリックはリィンに歩み寄り、その手を――魔導杖を掴んだ。
「おや?」
「不埒な気配を感じました」
二人の間に割り込んだアルティナがジト目でセドリックを睨む。
「ふ……何だったらアルティナも一緒に――っ!」
次の瞬間、セドリックは言葉を途切れさせて目を剥き、内股になってその場に崩れ落ちた。
「行きましょうリィン」
「あ、アルティナ? 今、何をセドリック殿下にしたんだ!?」
「問題ありません」
「いや、問題ないって……」
リィンはアルティナに手を引かれながら、倒れたセドリックを振り返る。
「ふふ……これが兄上が言っていた新しい境地……な、なるほど新しい扉が開きそうだ……がくり……」
意外と余裕そうに伏したセドリックにリィンは何と言って良いか分からずに、アルティナにされるがままにその場を後にするのだった。