オーレリア・ルグィンの激励と見送りを受けてトールズ士官学院第Ⅱ分校はリーヴスから出発した。
厳しい言葉で送り出され、最初こそはトールズ士官学院第Ⅱ分校の生徒達は最初こそ緊張していたものの、料理研究会が用意してくれていた夕食の弁当を食べた頃にはその緊張もほぐれていた。
入学早々の遠征演習でありながら、何処か遠足気分が抜け切れていない生徒達の空気は緩く、ブリーフィングルームに籠っている教官たちがいないのを良い事に遊び始めていた。
「ちょ、待て! 今のはなしだ」
「ククク、いいッスよ別に……それにしてもパイセンは本当に雑魚っすね」
食堂車の一角ではクロウとアッシュがブレードなるカードゲームに興じている。
「なるほど……クロウ先輩は雑魚……」
そんな彼らのやり取りに聞き耳を立てているタチアナの手はノートの上に澱みなくペンを走らせる。
「それじゃあ今日はトランプで勝負をしましょう」
「望むところよ! 帝国人なんかにトランプでだって負けないんだから!」
「ふん! 返り討ちにしてやる」
ルイゼの提案にユウナとゼシカは視線で火花を散らす。
「あ、あの皆さん……」
「ふふ、以前から思っていましたがアルティナちゃんの髪は本当に綺麗ですね」
「うん、正直羨ましいな」
「アルティナちゃんにはどんな髪型が似合うかな?」
普段は関わりが薄い他クラスの女子たちはここぞとばかりにアルティナを構い倒す。
「うう……」
狭い列車内。《クラウ=ソラス》を出して逃げるわけにもいかず、アルティナはミュゼの膝の上からリィンに視線で助けを求める。
「ミュゼ。後で導力カメラを持ってくるから頑張ってくれ」
「お任せください。リィンさん」
リィンの意を汲むようにミュゼは笑顔を返す。
「リィン!?」
「アルティナも女の子なんだからおめかしすれば可愛いと思うぞ」
抗議するアルティナをリィンは歯の浮くような言葉を掛ける。
「むぅ……」
リィンに言われたらとアルティナは不本意だと言わんばかりに眉を顰めてミュゼたちの成すがままにされる。
「………………あ……」
そんな光景をティータは懐かしい既視感を覚えずにはいられなかった。
――ほらほらアルティナちゃんにはこのリボンが似合うと思うよ――
――リーン、また不埒な人が来ました――
――そう言わず、少しくらい相手をして上げてくれないか――
「ぐす……」
「どうしたんだティータ?」
調理場のシンクでゴミの後片付けをしていたリィンは突然涙ぐんだティータに声を掛ける。
「な、何でもないです。リィンさん、クルトさん、お手伝いありがとうございます」
「いや、この程度は大したことじゃないよ。なあクルト」
「ああ、むしろ料理研究会には夕食を用意してもらったのだから後片付けくらいはさせてくれ」
リィンと同じように調理場の奥でゴミをまとめるクルトは頷く。
「そう言えばクルトさんはミュラーさんの弟なんですよね?」
「ああ……ティータは兄と面識があるのか?」
振られた話題にクルトは疑問を返す。
「はい。オリヴァルト皇子と一緒に《リベル=アーク》……
四年前にリベールに現れた《空中都市》に行く時に大変お世話になりました」
「君もあの《空中都市》に乗り込んだのか? 凄いな」
四年前のティータの姿を想像してクルトは感心する。
「何だクルトにはお兄さんがいたのか?」
「別に隠していたつもりはないんだけどな」
リィンの意外そうな言葉にクルトは肩を竦める。
「まあ俺達は同じクラスになったのにあまり互いの事を話さないからな」
年上のクロウは言うに及ばず、ユウナやアルティナとも家族の話はもちろん気軽な雑談もしていない。
そこまで考えてリィンはおもむろにクルトに向き直る。
「クルト、実は……」
「何だリィン? 改まって」
「俺にも姉がいるんだ」
「そ、そうか……いや、でも君はシュバルツァー家に拾われたはずじゃないのか?」
思わせぶりな素振りで出て来た言葉にクルトは苦笑いを返す。
「ああ、そのシュバルツァー家の長女が俺の義理の姉になるわけだがとても聡明で綺麗な人なんだ」
「そ、そうか……」
妙な迫力を出して語り始めるリィンにクルトは気押される。
「…………もしかしてスイッチが入っちゃったかな?」
その光景に既視感と自覚を感じながらティータは苦笑いを浮かべる。
分野は違えどティータの周りには好きなことや趣味の事で口数が多くなる人間は多く、ティータは自分もその内の一人だと自覚している。
唐突に始まったリィンの義理の姉の自慢。
そして時折挟まる姉弟子の自慢。
「…………これアネラスさんが知ったらどうなるんだろう?」
リィンの話を聞いて、ティータは故郷の遊撃士の事を思い浮かべて、頭を悩ませた。
*
教官たちのブリーフィングが終わり、Ⅷ組とⅨ組はそれぞれ呼び出されて今後の指示を受ける。
しかしⅦ組だけは呼び出されることなく、演習での行動は現地に着いてから発表されるとだけ指示された。
ユウナは早々に割り当てられた寝台に引っ込み、クルトは消灯まで格納車両の空きスペースで素振りを。
そしてリィンはアルティナと共にクレアと対面していた。
「これが私の導力カメラです」
そう言ってクレアはリィンが持ち込んだものに勝るとも劣らない大きなバックをテーブルの上に置いた。
その中から出て来たのは人目で高級品だと分かる導力カメラ。
「ラインフォルト製の最新モデルです……
戦車の砲撃にもスペック上では耐えられる仕様になっています」
「導力カメラにその性能は必要なんですか?」
「さあ……私は発売されたものを購入しただけなので何とも言えません」
リィンとクレアは揃って首を傾げる。
脆弱よりも頑丈なのは良い事だが、盾にするには小さく、果たしてそこまでの頑丈さが必要なのかと考えてしまう。
「噂ではラインフォルト社に煉獄の業火に耐えられる耐火性と城の城壁を破る砲弾に耐えられる強度が欲しいと陳述があり、それを切っ掛けに他国の工房も導力カメラの頑強性を追究することになったと聞いています」
「迷惑なクレーマーがいたんですね」
クレアの噂話にリィンは呆れる。
「でも乱暴に扱っても壊れないと言うのは仕事柄ありがたい性能ですね」
「それはそうかもしれないですね」
特務演習を始め、第Ⅱ分校の記録係を拝命したもののカメラについては素人でしかないリィンにとって壊れないと言うのは確かにありがたい。
「クレアさん、これは?」
ふとリィンはバックの内ポケットに入っている小さなアルバムを見つける。
「私がこれまで撮った写真ですね……
帝都で有名な《アイゼングラーフ号》にオルディスの《ブラウヘルツォーク号》……
他にも標準の列車でも場所とアングルを変えてもの……」
説明をしながらページをめくり、いくつもの写真に一喜一憂するリィンにクレアは思わず笑みをこぼす。
「リィン君は鉄道に興味があるんですか?」
「いえ、鉄道にはあまり興味はありません」
「…………そうですか」
期待をにじませた声は一転、クレアは肩を落とす。
「鉄道に興味があるのはパブロですね。俺は今のところ、特別何かに偏って写真は撮ってはいません」
《写真部》を立ち上げてからリィンは学院やリーヴスの街を散策することが日課になった。
剣とは別の日課。
最初は部活動をしているだけの振りだけのつもりだったのに、いつの間にか良い写真を撮りたいと思うようになっている変化にリィンは複雑な気持ちになる。
「……これは?」
無言でページをめくって行くと、列車の写真ではない写真が最後のページに収められていた。
「これはクレアさんの写真ですね」
「ええ、それは私の……今の家族の写真です」
「家族……」
そこに似ていない者達が並んでいた。
「私の隣にいる子がミリアムちゃん。アルティナちゃんのお姉さんですね」
「アルティナにお姉さんがいたのか?」
リィンはそれまで黙って座っていたアルティナを振り返る。
「ええ……不本意ですが彼女と私の生産番号は一つ違いなので近しい存在だと言う事は確かです」
「生産番号……」
不穏な言葉にリィンは顔をしかめる。
失言だったのかと口を噤むリィンにクレアは助け舟を出すように写真に話題を戻す。
「赤毛の男の人がレクターさん、それから金髪の人はルーファスさんと言います」
「このレクターさんと言うのはクレアさんのおと――」
「何か言いましたかリィン君?」
「な、何でもありません」
クレアの氷の微笑みにリィンは言いかけた言葉を呑み込む。
そして誤魔化すように写真を見直す。
「この人が父親役ですか?」
写真には母親らしい人物はいない。
そしてクレア達とは明らかに年齢が離れている壮年の男にリィンは注目する。
「リィン君も名前くらい聞いたことがあるんじゃないですか?
《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン……私達は彼の子供《鉄血の子供達》なんて呼ばれているんです」
「…………ギリアス・オズボーン」
「…………」
写真に見入るリィンにクレアはそれまでの和やかな雰囲気を一変して、彼の一挙一動をつぶさに観察する。
「リィン君――」
「――リーヴェルト、いるか?」
クレアの呼び掛けを掻き消すようにその男は食堂車に入って来る。
「ミハイル教官?」
「シュバルツァーと一緒だったか……」
振り返ったリィンとクレアを見比べてミハイルはわずかに顔をしかめる。
「リーヴェルト少佐、少々確認したい案件がある」
「…………分かりました」
ミハイルの言葉にクレアはテーブルに広げた導力カメラやアルバムを手早く片付けて行く。
「あ……クレア少佐。今日はありがとうございました」
「いえ、リィン君こちらこそありがとうございます。導力カメラのことで聞きたいことがあればいつでも連絡をください」
そう言ってクレアは自分の連絡先が書かれた名刺をリィンに渡す。
そのやり取りにミハイルは益々顔をしかめる。
「一生徒をあまり特別扱いして欲しくないのだがな」
「アーヴィング少佐……」
「随分と親身になって……“エミル”の代わりのつもりか?」
「……っ……」
ミハイルの出した名前にクレアは顔を曇らせる。
「“エミル”?」
「っ……今のは忘れろ」
リィンがその名をオウム返しにすると、そこでミハイルは失言だったと自分の口を押さえる。
「話は別室で伺いますアーヴィング少佐」
そんなミハイルにクレアは冷たい言葉を浴びせて食堂車から出て行く。
「…………はぁ……」
ミハイルは己を恥じるようにため息を吐く。
「教官……?」
「何でもない。それよりも明日は早い……間もなくハーシェルの放送があるが、就寝の準備をしておけ」
ミハイルは一方的に言い捨てるとクレアを追ってその車両を後にするのだった。
Q.ゼムリア大陸で球技スポーツは成立するのだろうか?
ゼシカ
「貫けっ!」
ユウナ
「くっ……何て重い打球! このままラリーを続けたらガットが貫かれる!?」
ゼシカ
「その程度がユウナ・クロフォード。シュライデン流の一撃に沈めっ!」
ユウナ
「なっ! 追い付けない――こうなったら“レイジングスピン”!」
ゼシカ
「何!? 私の打球がユウナに引き寄せられていく!?」
ユウナ
「これがクロスベル流のテニスよ! はああああっ! タイガーシュートッ!」
ゼシカ
「虎の闘気を纏った打球だと!? ぐっ! 馬鹿な……ラケットを弾く程の威力だと?」
ユウナ
「ふふん、どんなもんよ。帝国人なんかに負けないって言ったでしょ」
ゼシカ
「たかが一ポイント先取しただけで勝ったつもりか? シュライデン流の力はまだこんなものではない!」
………………
…………
……
ルイゼ
「うーん……テニスってこういうスポーツだったかしら?」
*
執筆のために閃Ⅲを見直していますが、ここら辺でユウナがリィンに対して「誰かさんと違ってクレアさんは尊敬できる」なんて言葉を面と向かって言っているんですよね。
確かに誰と明言はしていないですがここまで言っておいて本心は違うと言われてしまうと、改めてユウナは自分には理解が難しいキャラだと思いますね。