閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

91 / 113
91話 怪物

 

 

 帝都ヘイムダルの地下には怪物が住んでいる。

 

 

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 カルバード共和国軍・特殊部隊《ハーキュリーズ》。

 その05小隊に所属し、帝国本土への潜入任務に自ら志願した最も若い少年――コーディ・マクミランは息を荒げて愚痴をこぼす。

 

「くそっ! 何で帝都の地下にあんな怪物が――」

 

「そこか!」

 

 小さな言葉を漏らした瞬間、紫電の閃光がコーディのすぐ横を擦過して古いレンガ造りの通路の壁に弾ける。

 

「ちっ――外した」

 

「ひっ……」

 

 殺気だった女の声にコーディは口を覆って悲鳴を押し殺す。

 

 ――何で……何で……姿は見えていないはずなのに!

 

 共和国製第五戦術オーブメント《RAMDA》の機能によって自分の姿は周囲から見えていないはずなのに、追ってきている女は紙一重でコーディを追い立て続けている。

 

 ――怪物は本当にいたんだ……

 

 良くある都市伝説の一つだと高を括っていたコーディはそれが真実だったと痛感する。

 舌打ちして目を血走らせ、殺気を撒き散らしながら周囲を油断なく警戒する女にコーディは体を震わせる。

 右手には剣。左手には導力銃。

 変則的で特徴的な戦闘スタイルから、それが帝国遊撃士のサラ・バレスタインだと分かる。

 A級遊撃士で有名な彼女が何故こんなところに、とコーディは自分が敵う相手ではないとすぐに撤退を決意して、わずかに後ずさりをして――

 

「サラさん、前方40、左に10°に修正」

 

「了解っ!」

 

 氷のような指示が飛ぶ。

 サラはその言葉に従って、銃口を修正して引き金を引く。

 しかし紫電の弾はあらぬ方向へと飛んでいった。

 

 ――どこに撃っているんだ?

 

 やはりラムダの機能で奴らは姿を見えていない。

 そう確信して――

 

「ぐあっ!」

 

 コーディが次に聞いたのは、隣にいたはずの隊長の悲鳴だった。

 

「え……?」

 

 サラが斬り上げたブレードによって打ち上げられた男は、一瞬遅れて姿を現し大きな放物線を描いて落ちた。

 

「た、隊長っ!」

 

「ば――馬鹿者っ!」

 

 狼狽える隊員たちに倒れた隊長が 責を飛ばすが遅かった。

 

「はあっ!」

 

 薄暗い地下に清廉な風が舞い、駆け抜けた剣の乙女の剣閃が動揺した隊員たちを薙ぎ払う。

 

「み、みんな――」

 

 コーディは懐に隠した導力銃に手を伸ばし――

 

「そこまでだ」

 

 抜くよりも早く、コーディはその手を青年に掴まれると同時に足を払われて、関節を極められて床に押し倒された。

 

「ふう……ようやく確保できたわね」

 

 サラは光学迷彩が切れて姿を現した五人の《ハーキュリーズ》を見下ろして息を吐いた。

 

「…………くっ……何故俺たちを見つけられた……?」

 

 《RAMDA》のステルス機能のおかげでこれまでの潜入調査は滞りなく進んでいた自負から隊長は思わず尋ねる。

 

「貴方達はやり過ぎたんですよ」

 

 隊長の呟きに答えたのは氷のような眼差しの女性――クレア・リーヴェルトだった。

 

「度重なる挑発行為。地の利を無視してこちらの追跡を撒く手腕……

 何かしらのギミックがあると分かっていれば、対処の方法はいくらでもあります……

 私なら音の反響で貴方達の存在を感知できるというところでしょうか?」

 

 クレアは眼鏡の縁を持ち上げて、知的に振舞って答える。

 もっともこれは半分は嘘である。

 確かに音の反響で割り出すこともできるが、今回は生体波を感知できる眼鏡を用意していただけの話だった。

 その場にいるサラも、ロイドも、エレインも、更に後詰に配置しているマキアスとルネもこの眼鏡を装備しており、《ハーキュリーズ》の姿は丸見えだった。

 音で判別しているのも手段の一つだが、手の内を明かしたくないブラフでもある。

 

「大人しく投降しなさい……貴方達がしている行為は明確な共和国の侵略行為です」

 

「っ――我々はまだ捕まるわけにはいかんのだ!」

 

 隊長はクレアの宣告を拒絶して、何かを取り出すとそのまま投げた。

 

「何をっ!?」

 

 サラが投げられた何かに素早く反応し、銃口を向けた瞬間――それは閃光を溢れさせるように爆ぜた。

 

「閃光弾っ!」

 

 クレアの注意が飛ぶが、一同の反応は遅かった。

 

「――しまった」

 

 閃光に目が眩んで拘束を緩めてしまったロイドは強引に突き飛ばされる。

 

「きゃああああ! 目が! 目があああああっ!」

 

 光の直撃を受けたサラは目を抑えて悲鳴を上げて、《ハーキュリーズ》は好機として叫ぶ。

 

「撤退だ。ポイントΔ」

 

 短い符丁に《ハーキュリーズ》たち――コーディは再び《RAMDA》のステルスを駆動させ、まずは早急にその場から離脱するのだった。

 

 

 

 

 

「あああああああ…………行ったみたいね」

 

 顔を手で覆って悲鳴を上げていたサラは、周囲の気配が十分に遠ざかったのを確認して、何事もなかったかのように顔を上げた。

 

「サラさん、ちょっと演技が大袈裟過ぎじゃないですか?」

 

「良いのよこれくらい。そっちこそわざわざ取り逃がしたわけだけど、ちゃんと付けられた?」

 

 サラはロイドに応えながら聞き返す。

 

「はい。彼に発信機は無事に取り付けることはできました。これで良かったんですよねクレアさん?」

 

「ええ、ここで《ハーキュリーズ》を五人程度、捕縛しても全体の数からみて焼け石に水ですから」

 

 わざと取り逃がしのは、彼らが仲間と合流したところを一網打尽にするため。

 

「ロイドさん、発信機と盗聴機の様子はどうですか?」

 

 マキアスが後方から近付いてロイドに尋ねる。

 

「少し待ってください……」

 

 ロイドは《ARCUS》を操作して年若い《ハーキュリーズ》に付けた発信機兼盗聴機のシステムを立ち上げる。

 

『うわあああああああっ!』

 

 最初に聞こえてきたのは年若い《ハーキュリーズ》の悲鳴だった。

 

「な、なんだ!?」

 

『な、何だお前は! どうしてみんなが……お前がやったのか!?』

 

 盗聴機の向こうで悲鳴に混じって、銃火器の炸裂音が聞こえてくる。

 

『コーディ逃げろこいつは帝国の《兎》だ! リィン・シュバルツァーの――』

 

『クラウ=ソラス』

 

 男たちの悲鳴に混じって聞こえて来た鈴を鳴らしたかのような幼い声がロイドの《ARCUS》から聞こえてきて、次いで鈍い打撃音が響いたかと思うとプツリと盗聴が途切れた。

 

「い、今のは……」

 

 ロイドは《ハーキュリーズ》の悲鳴を思い出して、すぐに駆け出し――

 

「待ちなさい」

 

 ロイドが走り出す前にサラがその肩を掴んで止める。

 

「サラさん、止めないでください! いくら《ハーキュリーズ》だからって見殺しにするつもりですか!?」

 

「そんな事は言わないわよ……だけど、今《クラウ=ソラス》って聞こえたわよね?」

 

 一同に確かめるようにサラは尋ねる。

 

「その名は確かリィン・シュバルツァーの相棒のアルティナ・オライオンが操る戦術殻の名前だったな」

 

 サラの問いにルネが答える。

 

「それってまさか、彼女がここに来ているって事? 彼女にも《ハーキュリーズ》の暗殺計画は秘密にしていたはずなのに」

 

「問題はそこじゃないわよ」

 

 エレインの言葉を聞き流しながらサラはクレアに向き直る。

 

「その《クラウ=ソラス》は先日、アルティナが政府に返還したはずよね?

 まさかアルティナとは別の《Oz》がもう投入されたのかしら?」

 

「……いえ、そんな話は聞いていません」

 

 クレアもまた困惑しながら首を横に振る。

 

「《クラウ=ソラス》は工房で厳重に封印されたと私は聞いています……

 ですが、そもそも《クラウ=ソラス》は他のアルティナちゃん以外の《Oz》には使用できないはずなんです」

 

「そうなの?」

 

「はい……

 アルティナちゃんの《クラウ=ソラス》、ミリアムちゃんの《アガートラム》……

 これらは二人に専用機であるために、他の《Oz》の操作を受け付けないシステムになっているそうです……

 むしろシステムを書き換えるくらいなら、新しい戦術殻を作った方が楽なくらいだと」

 

「じゃあ……今の《クラウ=ソラス》は……それにあの声は確かにアルティナちゃんだった……?」

 

 サラは聞こえて来た声を分析してそう結論付ける。

 だが、サラはその答えに何か違和感を覚えた。

 

「うわああああああああああっ!」

 

 しかしその違和感が何か突き止める前に《ハーキュリーズ》の少年の悲鳴が響き渡り、地下道が揺れる。

 

「っ――」

 

 それにロイドが駆け出し、エレインが続く。

 

「サラさん」

 

「ええ、分かってるわよ」

 

 思考を中断してサラはクレアに促されて駆け出す。

 紫電を纏って先に駆け出したロイドとエレインを一瞬で抜き去り、サラは地下道を駆け抜け――

 

「だ、誰か……助け……」

 

 負傷した体を引きずって少しでも遠くに逃げようとする少年の背後に黒い戦術殻がその鋼鉄の腕を振り上げる。

 

「紫電一閃っ!」

 

 駆ける勢いをそのままに、さらに加速してサラはブレードを一閃する。

 剣と拳が激突する大音が地下道に響き渡り、サラと戦術殻は弾き合って距離を取る。

 

「…………クラウ=ソラス」

 

 対峙したサラは改めて黒い戦術殻を観察し、その名前を呟く。

 

「――――――――」

 

 《クラウ=ソラス》はいつもの機械的な言葉を呟くと、バツが悪そうに身じろぎする。

 

「どういう事よ? あんたは帝国政府に回収されたはず……

 まさかアルティナちゃんがここに――」

 

 問いただすよりも先に答えはやってきた。

 《クラウ=ソラス》の背後の曲がり角から、現れたのは小さな子供だった。

 

「アルティナ……?」

 

 その子供の姿にサラは顔をしかめる。

 体をすっぽりと覆い隠すフードとマント。肝心の顔は白い紋様が刻まれた仮面で隠されているため、誰かは把握できない。

 唯一の特徴は肩から前に流すように垂れ下がった銀髪の三つ編みとそれを纏める大きなリボン。

 それらはやはりアルティナを彷彿させるものなのだが、子供が《クラウ=ソラス》に並び立つと、そこにサラは違和感を覚えた。

 

「アルティナ……じゃないわね?」

 

 戦術殻と子供の体を比較してサラはその可能性を除外する。

 アルティナよりも小さな子供。

 しかしサラの思考には何かが引っかかり、子供がアルティナである可能性を捨てきれずに迷う。

 

「何者よあんた?」

 

 サラは子供と侮らず、油断なく尋ねる。

 少なくても《ハーキュリーズ》を圧倒するだけの戦闘力を持っていると判断できる子供はサラの問いに――

 

「…………………」

 

 何も答えず仮面越しにジッとサラを見つめる。

 

「サラさん、これは!?」

 

「そいつを確保しておきなさいロイド」

 

 遅れて到着したロイドに《ハーキュリーズ》の少年の確保を頼みながら、サラは続けて呼び掛ける。

 

「サラさん、この子は?」

 

 エレインは困惑しながらサラの横に並び、剣を構える。

 

「さあね……《ハーキュリーズ》じゃないみたいだけど、帝国の黒騎士の一人なら、こっちの味方なんかしら?

 そこのところどうなの?

 まさかあんたも《C》だって、名乗ったりしないわよね?」

 

「………………」

 

 二度目の呼び掛けにも子供は何も応じない。

 

「ちょっと何か言いなさいよ!」

 

「サ、サラさん。落ち着いて」

 

 沈黙を保つ子供にサラは声を上げる。

 

「…………はあ……」

 

 ため息を吐いて気持ちをリセットして、できるだけ優しくサラは呼びかける。

 

「あなたの名前は何かな?

 こんなところで何をしているの?

 ちょっとお姉さんに話してくれないかな?」

 

「お姉さん……?」

 

 ようやく反応した子供の声は女の子のそれ。

 その声は仮面越しにくぐもっていたが、アルティナのそれとよく似ている気がした。

 

「サラ・バレスタイン……

 帝国のA級遊撃士というだけあって、その戦闘能力は執行者に勝るとも劣らない」

 

 先程の沈黙から一転、子供は淡々と独り言を呟くように言葉を紡ぐ。

 

「……ただの子供じゃないわね」

 

 分かり切ったことだが、遊撃士の内情と執行者の言葉が出てきてサラは改めて警戒心を尖らせる。

 

「警戒レベルは《B》ですが、要注意が必要になるかもしれない……

 お姉さん……お姉さん……サラおばさん?」

 

「誰がおばさんよっ!」

 

 サラは激怒した。

 

「サ、サラさん」

 

「っ…………大丈夫、大丈夫……あたしは冷静よ」

 

 深呼吸をして、笑顔を作って優しく呼び掛ける。

 

「あたしはまだ27のお姉さんよ。おばさんじゃなくて、お姉さんと呼びなさい」

 

「…………ん?」

 

 子供はサラの言葉に小首を傾げる。

 明らかに分かっていない様子にサラはもう一度念を押そうと――

 

「サラさん、これはいったい……」

 

「やはり例の戦術殻だったようだが……」

 

 マキアスとルネが追いつき――

 

「ロイドさん、上だっ!」

 

「え……?」

 

 マキアスの声にロイドが上を見上げれば、灰色の戦術殻が体ごと降って来た。

 

「《フラガラッハ》」

 

 子供の――《人形遣い》の声が響く。

 

「ちいっ!」

 

 《ハーキュリーズ》を狙って降って来る戦術殻の拳をロイドは両のトンファーで受け止めて、マキアスとルネの銃撃によって《フラガラッハ》は距離を取る。

 

「このっ!」

 

 サラはその奇襲に反応して、《人形遣い》に斬りかかり《クラウ=ソラス》がそれを止める。

 

「悪いけど、少し手荒くなるわよ」

 

 《クラウ=ソラス》の脇を駆け抜けてエレインが《人形遣い》に肉薄する。

 二つの戦術殻を操る子供をただの子供と判断せず、少し強めてに殴って無力化する。

 エレインはそう考えて剣を振り――

 

「ヴァリアント」

 

 《人形遣い》の両手に装着された鋼の籠手がエレインの剣を受け止めた。

 

「なっ!?」

 

 子供に自分の剣が受け止められたことにエレインは驚き、わずかに硬直してしまう。

 

「轟雷撃」

 

 その隙に《人形遣い》はエレインの懐に入り込み、真っ直ぐに雷を纏った正拳を突く。

 

「ぐっ――」

 

 まともに喰らったエレインは大きく吹き飛ばされ――

 

「カルバリー」

 

 《人形遣い》の呼び声に新たな黄色の戦術殻が増え、その周囲に浮かぶ《眼》から一斉に光弾が撃ち出される。

 

「くっ……」

 

 空中で追撃を見たエレインはせめてもの抵抗として剣を前に盾として構えて――

 

「おおおおおおっ!」

 

 エレインに迫る光弾をロイドが全て叩き落した。

 

「ロイドさん、助かりました」

 

「礼は良い……それより……」

 

 トンファーを掴む手の痺れ。

 光弾の重さを感じながら、三つの戦術殻を操る子供にロイドは警戒心を最大にする。

 

「見た目通りの子供じゃないな……

 君には、危険度Sの手配魔獣に対処するノリで当たらせてもらう」

 

「…………」

 

 凄んで見せるロイドだが、《人形遣い》は何を考えているのか分からない無反応を貫く。

 

「…………君の目的は何だ!?」

 

「ん……」

 

 ロイドの問いかけに子供は《ハーキュリーズ》を指差して言う。

 

「万死に値する」

 

「ひっ」

 

 《人形遣い》の言葉に《ハーキュリーズ》の少年は竦み上がる。

 

「随分と物騒ね……

 だけど、ここで貴女にこの子を始末させるわけにはいかないのよ」

 

「そうですね」

 

 サラの言葉にクレアは続く。

 

「他の《ハーキュリーズ》がどうなったのか、いろいろと彼から話を聞かなければならないようですし……

 できるなら貴女にも憲兵隊の基地に同行して欲しいのですが」

 

「…………」

 

「……あ、あの……?」

 

 反応がない《人形遣い》にクレアは調子を狂わせながらもう一度声を掛けて――

 

「レイジング」

 

「っ――」

 

 赤い戦術殻が現れて男たちは身構える。

 

「ヴォーパル」

 

 紅の戦術殻が現れて女たちは身構える。

 

「ありえない……」

 

 計五体の戦術殻を従えた《人形遣い》にクレアは信じられないものを見たと絶句する。

 クレアは戦術殻を使っているわけではないが、二機使っていたアルティナや一機だけで増やすことは無理だと言っていたミリアム。

 子機を増やせば倍々で負担が増えていく。

 その言葉を信じるのなら、五体を同時に操る《人形遣い》にどれだけの負荷があるのか想像すらできない。

 そんなクレアの戸惑い、一同の警戒に、《人形遣い》は――

 

「ユニゾンフォーム」

 

 新たに増えた二つの戦術殻と黄色の戦術殻がぶつかり合うように一つにまとまって――消えた。

 

「っ……」

 

 代わりに現れたのは子供の周囲に浮かぶ八つの《眼》。

 それが何を意味するのかロイド達はどんな攻撃が来ても対処できるように身構えて――

 

「多重戦術殻――ヤマタノオロチ」

 

「くっ――」

 

 《眼》を起点に発射された巨大な刃をロイドは後ろに吹き飛ばされながらトンファーで弾き、目を見開く。

 弾いたはずの巨大な刃が空中で止まる。

 《眼》と《大刃》を繋ぐ《蛇腹》の鋼。

 それはさながら東方の武器の鎖鎌を彷彿とさせ、弾いた《大刃》は物理法則を無視してロイドに再び襲い掛かる。

 

「はあっ!」

 

 頭上から降って来た《大刃》をエレインが弾く。

 

「エレイン――」

 

「来るわっ!」

 

 エレインの叫びにロイドが見たのは、宙に浮く八つの《大刃》。

 蛇のように宙にのたうつ八つの刃。

 一つ一つが意思を持つように蠢く刃が一斉に動き出し――

 

「っ――」

 

 巨大な八つの刃は地下道を薙ぎ払った。

 

「うわああああっ!」

 

 巨大な刃が小さな竜巻のように暴れ出す。

 刃は壁や床を砕き、蛇腹はでたらめに空間を薙ぐ。

 八つの刃が広間を埋め尽くしてのように押し寄せる。

 

「クレア、あんたたちは《ハーキュリーズ》を回収して下がりなさい!」

 

 周囲をでたらめに破壊しながら攻撃してくる《大刃》をサラは弾きながらクレアに叫ぶ。

 

「くっ……」

 

 乱雑に繰り出される《大刃》の強撃にサラは苦悶に顔を歪める。

 

「分かりました。だけどサラさんは――」

 

 刃の嵐から逃げ惑いながらクレアは《ハーキュリーズ》の少年を確保しながら下がる。

 

「あたしたちは――」

 

 サラは壁から天井へと刃の群れを飛び越えて――

 

「はああああっ!」

 

 エレインは躍るように刃の群れを掻い潜り――

 

「おおおおおっ!」

 

 ロイドはトンファーで刃の群れをこじ開けて――

 三人は《人形遣い》に肉薄する。

 

「ちょっと痛いわよ」

 

「大人しくしなさい!」

 

「子供を殴るのは気が引けるが――」

 

「ミスティック」

 

 新たな水色の戦術殻が《人形遣い》の背後に現れて、その両手が守るように彼女を包み込む。

 それに合わせて《人形遣い》を中心に球状の障壁が展開される。

 

「がっ……」

 

「なっ……」

 

「くっ……」

 

 攻撃点をずらされて障壁に激突して三人は仰け反り、体制を崩す。

 背後で蛇腹の鋼の擦れる音を響く。

 

 ――まずい……

 

 致命的な隙を晒してしまった三人は死を覚悟して、折り返した鋼の大蛇たちに飲み込まれ――金の斬撃が全てを薙ぎ払った。

 

「なっ……!?」

 

 三人はそのまま後方に倒れ込み、鋼の雨が散らばる中、受け身を取って着地して顔を上げればそこには金の剣を携えた象牙色のコートが目に入った。

 

「あんた……まさか……《剣帝》レオンハルト?」

 

「人違いだ」

 

 サラの言葉に青年は背中を向けたまま、否定する。

 

「嘘言ってんじゃないわよ。その剣にその姿、どう見ても……」

 

「俺はリベール王国《R&Aリサーチ》所属、ロランス・ベルガーだ」

 

「…………ああ、そう……ユリアさんが言っていたリベールの協力者はあんただったのね」

 

 建前の設定にサラは呆れながらも、頼もしい援軍に安堵する。

 

「ともかく助かったわ。あんたがいればあの怪物も制圧できそうね」

 

「…………」

 

 サラの言葉にロランスは何も返さない。

 

「…………ちょっとどうしたのよ?」

 

 ロランスの横にサラは並び立ち、彼の横顔を伺えばそこには混乱の色が見て取れた。

 

「…………お前は……」

 

 《人形遣い》を凝視し、ロランスは信じられないものを見たと言わんばかりに大きく目を見開き尋ねる。

 

「お前は誰だ?」

 

「…………ん」

 

 ロランスの言葉に応えず、《人形遣い》は距離を取り、呼び声一つで戦術殻を陰に沈ませるように格納する。

 

「もしかして話をしてくれる気になってくれたのかしら?」

 

「いや……」

 

 サラの希望的観測をロランスが否定する。

 それを示すように《人形遣い》は手を掲げ――告げる。

 

「大戦術殻――黒龍――」

 

 《人形遣い》の足下の影が広がり、巨大な影が這い出る。

 

「あれは……」

 

 影は太く、長い蛇のように床から天井へと体を伸ばして空中に浮かぶ。

 長い蛇のような漆黒の大蛇。

 それは東方では龍と呼ばれる。西にとっての竜なのだが、ロイド達が目を見開き驚いたその魔獣の巨大さだからではない。

 

「戦術殻……?」

 

 そこには《クラウ=ソラス》がいた。《フラガラッハ》がいた。

 《カルバリー》が《レイジング》が《ヴォーパル》が《ミスティック》がいた。

 同型機体の《アガートラム》が、《アロンダイト》が、サラたちの知らない無数の戦術殻たちが折り重なり、積み重なり、様々な色が混ざり合い、黒く染まった一体の《龍》を形づくっていた。

 

「何……これ……?」

 

「…………小さな魚は群れを作って大きな魚と誤認させて天敵を退けると聞いたことがありますけど……」

 

 クレアは天井を見上げ、《龍》にどれだけの戦術殻が使われているのかを数え絶句する。

 

「ブリューナク」

 

 《人形遣い》の言葉が響き、龍の胴体に押し固められた戦術殻たちの目が一斉に光る。

 

「ちょ――」

 

 薄暗い地下道が真昼のように照らされる。

 

「掃射」

 

 短い《人形遣い》の言葉によって、龍から無数の破壊の雨がサラたちに降り注いだ。

 

 

 

 

 静かな地下道の広間の天井に蒼い魔法陣が輝くと、そこに数人に人間が現れる。

 

「うわあああああ!」

 

 《ハーキュリーズ》の少年の悲鳴を聞き流しながら、マキアスは慣れたものだと空中で体制を立て直して、危なげなく着地する。

 

「…………ここは?」

 

 周囲を警戒しながらマキアスは油断なく視線を巡らせる。

 地下道は鳴動して、どこか遠くで断続的な爆撃が行われているのを肌で感じる。

 

「ここはあの場所から一つ下の階層よ」

 

 マキアスの疑問に杖を構えた女が答える。

 

「貴方は……まさか……」

 

 その姿を見た瞬間、マキアスは思わず後退る。

 

「ヴィ、ヴィータ・クロチルダさん!?」

 

「いいえ、違うわ」

 

 マキアスの上擦った言葉に女は静かに首を振って否定する。

 

「え……でもどこからどう見てもオペラ歌手の……それとエマ君の……」

 

「私はリベール王国の《R&Aリサーチ》のミスティ・ミルスティンよ」

 

 女――ミスティははっきりとそう名乗った。

 

「あんたもか」

 

 サラはそんなミスティにため息を吐きながら剣と銃を納める。

 

「全員無事みたいね」

 

「ええ、あの場にいる人たちは私がここまで転移させたわ」

 

 サラはあの場にいた誰も欠けていないことに事に安堵の息を吐き、切り替える。

 

「あれは何よ?」

 

「私に聞かないでよ。むしろ教えて欲しいくらいだわ」

 

 サラの問いにミスティは肩を竦める。

 

「私とロランスもリベール王国からの依頼で《ハーキュリーズ》を追っていたんだけど、全く見つからなかったのよ」

 

「結社の関係者じゃないの?」

 

「私は違うし、聖女様があんな子を連れているなんて聞いたことはないわ」

 

「じゃあ帝国の黒騎士関係とか?」

 

 サラはクレアに話を振る。

 

「私も知りません……いえ、閣下が憲兵隊に彼女の情報を流していないだけなのかもしれませんが……」

 

 サラの視線にクレアはまともに答えられないことを恥じるように目を逸らす。

 

「ここに来て《ハーキュリーズ》でも《結社》でも帝国政府でもない第三者か……」

 

 マキアスは思わずため息を漏らす。

 正体も、目的も、規模も分からないたった一人の子供。

 分かっているのは、《ハーキュリーズ》を制圧し、公安七課とクレアを交えた戦力を圧倒する能力を持ち、数多の戦術殻を操る常識外の存在と言うことだけ。

 

「とは言え、今回で彼女の手の内を知れて撤退できたのは大きいかもしれないな」

 

「そうですね。初見でないのなら、対処の方法もあるだろう」

 

 ルネの言葉にマキアスは同意する。

 

「ミスティさんとロランスさんが協力してくれるなら心強いですし」

 

「いや、俺は失礼する」

 

 マキアスの言葉をロランスは否定して背を向ける。

 

「ロランス?」

 

 ロランスのただならぬ雰囲気にミスティは首を傾げる。

 

「確かめたい事ができた……あれは……あの子は……」

 

「心当たりがあるのロランス?」

 

「…………」

 

 ミスティの言葉にロランスは黙り込み、振り返る。

 

「サラ・バレスタイン……」

 

「な、何よ……?」

 

 ロランスはサラを見つめ――

 

「いや、何でもない」

 

 頭を振ってロランスは今度こそ歩き出した。

 

「…………何だったのかしら?」

 

 地下道の闇の中に消えていく背を見送り、サラは首を傾げる。

 

「とは言えこれからどうしますかクレアさん?」

 

「そうですね……元々は《ハーキュリーズ》の捜索でしたが……」

 

 クレアは少年を見下ろす。

 

「私たちは報告も兼ねて地上に戻りましょう……

 サラさんは一度、先程の戦闘地帯に戻って《人形遣い》の痕跡を探ってみてください……

 ただし、彼女が残っていた場合は交戦は避けてください」

 

「それは良いけど、アンタのところの親玉に《クラウ=ソラス》の事についてちゃんと聞いておきなさいよ……

 戦術殻の情報は全部、帝国政府に流れてるって悪趣味な話なんでしょう?」

 

「それについては……はい、すぐに閣下に確認を取ります」

 

「…………まあ、良いわ。それじゃあちょっと行ってくるわ」

 

 クレアの指示にサラは頷くと、紫電を纏い駆け出した。

 

「ミスティさん、お互い手持ちの情報は少ないですが、彼女について意見を交換しませんか?」

 

「ええ、構わないわ」

 

「それでは……貴方は私たちと一緒に来てもらいます。抵抗はしないでくださいね」

 

 クレアは脅すように少年を凄み。

 

「くっ……何でこんなことに俺は……俺たちは……」

 

 がっくりと項垂れ、少年――コーディ・マクミランは己の不幸を嘆くのだった。

 

 

 ……………

 ………

 ……

 

 

「帝都の地下には怪物が住んでいる……か……」

 

 ミスティは天井を見上げながら独り言を呟く。

 噂の怪物は二年前の夏至祭において討伐されている。

 だから、もうその噂は根も葉もない都市伝説でしかないのだが、先程の《人形遣い》がミスティを悩ませる。

 

「ロランスだから遅れを取ったりはしないでしょうけど……」

 

 妙な胸騒ぎを感じながらミスティはクレアたちと共に地上へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや?」

 

 その気配に仮面の男が顔を上げる。

 広い広間には同じような仮面とフードを纏った者たちが四人。

 それ以外には眼鏡の男性と鬼の面を被った少年が一人と場違いなメカが一匹。

 同志から《銃使い》と呼ばれる《C》は《暗黒竜の寝所》と呼ばれるこの場所の唯一の通路へと顔を向ける。

 

「随分と大漁だったようだね」

 

「…………ん」

 

 《銃使い》の出迎えに《人形遣い》は短く首肯して応える。

 彼女の背後から付き従うように戦術殻たちが気を失った共和国人たちを担いで寝所に入って来る。

 

「共和国の特殊部隊《ハーキュリーズ》とやらか……

 あれほど一人で動くなと言ったはずだが?」

 

 別の仮面の男が戦術殻たちに纏めて積み上げられていく共和国人たちに顔をしかめる。

 

「んっ」

 

「まあまあ、彼女も悪気があるわけじゃないから良いじゃないか《拳使い》君」

 

「ん……」

 

「やるなとは言っていない。やるなら私たちの誰かと合流してからでもよかったはずだ」

 

 一同の中で一番背の低い《c》と呼ばれた《棒使い》はため息を吐く。

 

「みんな、君の事が心配だったんだよMISISI」

 

 メカみっしぃは窘めるように《人形遣い》の頭を軽く叩く。

 

「んっ……」

 

 怒られて肩を竦める《人形遣い》に一同は気まずい空気になる。

 

「彼らの扱いは私たちがしておきましょう。君は休むと良い」

 

 《魔導使い》は苦笑して《人形遣い》を労う。

 

「んっ……」

 

 《人形遣い》は頷き、共和国人たちを彼らに任せて小走りで寝所の中央に駆け出した。

 部屋の中央には黒い導力器が取り付けられた杭が突き立っている。

 傍らには二人。

 一人は杭に備え付けれた計器を観察している《教授》と鬼の面を被り、ただ無言で立ち尽くす少年がいる。

 《人形遣い》は迷わず少年の方へと駆け寄る。

 

「おや戻ったんですね……これはこれは、随分とたくさん捕まえて来たんですね」

 

 近付いた《人形遣い》の気配に《教授》が振り返り、詰まれた共和国人たちに感嘆する。

 しかしそんな呟きを無視して《人形遣い》は鬼の面の少年の前に立ち、その手を取る。

 

「…………」

 

 少年は何の反応を示さない。

 それは《人形遣い》も分かっている。

 何をしても、何を話し掛けても、何の言葉も返してくれない人形のような彼。

 しかしそれでも、言葉を掛けてくれる事に意味があると、《人形遣い》は知っている。

 それでも《人形遣い》は仮面を外し――銀の女の子は彼に言う。

 

「ただいま、リーン」

 

 

 

 

 








 お帰りクラウ=ソラス
 7話と数日ぶり(リアル時間と一ヶ月ぶり)にクラウ=ソラス復帰
 暗黒竜の代わりのボス化おめでとう



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。