7月11日――
「ふむ……これはまた見事に壊したものじゃのう……」
トールズ士官学院第Ⅱ分校にエマを経由して招かれたローゼリアはグラウンドの隅に鎮座している《蒼》を見上げてため息を吐く。
「うわーすごくボロボロだあ……でもヴァリマール程じゃない?」
イオも《蒼》の壊れ振りに感心しながらも、以前のヴァリマールと比べたらマシだと結論づける。
「おい……エマ教官よ……
このちびっ子たちが専門家なのか?」
《蒼》の前に並ぶ二人の子供の背にクロウは顔をしかめながらエマに尋ねる。
「はい……
イオさんは違いますけど、金髪の女の子の方は私たち“魔女”の長です」
「“魔女”の長ね……
てっきりヴィータやエマ教官の長だって言うから、もっとこうあれな女を想像していたんだけどな……トワの同類か……」
「今の婆様は眷族を分けてしまったからあの姿になっているのよ、本当の姿はそうね……なかなかの美女よ」
クロウの言葉にイソラが口を挟みながら懐かしむ。
「へえ……そいつは残念だな」
クロウが肩を竦めていると、検分を済ませたローゼリアがクロウの前に立つ。
「ふむ……貴様がヴィータが見初めた《起動者》か。こうして顔を合わせるのは初めてじゃな」
「っ……」
睨むようなローゼリアの目にクロウは思わず身構える。
「これがヴィータが見初めた《起動者》とはのう……」
「悪いなチンピラで」
ローゼリアの感想にクロウは皮肉な笑みを返す。
「まあまあロゼ。良いじゃない……資質はけっこう良さそうだし」
イオの言葉にローゼリアは深いため息を吐く。
「騎神を復讐の道具などに使いおって……
ヴィータが関わってなかったら、ここで貴様を燃やし尽くしておったぞ」
ローゼリアはクロウを脅して改めて《蒼のオルディーネ》を見上げる。
「それで……エマの便りで来てみたが、これを直すのを手伝って欲しいと言う話だったか?」
「ええ、僕たちの方でもいろいろ処置はしてみたんですが、これ以上できることはなくて」
ローゼリアの呟きにジョルジュが答える。
エマによって作られた魔法陣の中央に鎮座している《蒼》の姿はひどいものだった。
ロープと接合材のギブスで肩に押し付けるように固められた左腕。
一度溶解した装甲のいびつさも、細かな亀裂もまだまだ多い。
元の損傷がどれほどのものだったのか、想像するだけでも激戦だった事は分かるのだが……
「ヴァリマールよりマシと思ってしまうのは、どうなのだろうなあ?」
「そうだね。ヴァリマールよりも軽傷だよね」
ローゼリアの感想にイオも同意する。
「…………で、いつまでに直したいのだ?」
「夏至祭のレースの前、第Ⅱを出発する15日の早朝までにだな」
「ほうほう……15日までにか……ははは……今日を入れて五日しかないではないか……ははは、できるかっ!」
「それに15日の早朝だから実際は四日もないよね」
「そこはほら、魔女パワーで何とかできていたんじゃないのか? あいつの時も毎月の特別実習には修理を間に合わせて――」
軽く言おうとしたクロウはローゼリアに睨まれて口を噤む。
「簡単に言うでない。騎神の自己修復システムはそんな便利なものではないのだ」
「だけどよ……」
クロウがそう言って振り返った瞬間――
《火の魔剣》と《焔の機剣》を激しくぶつけ合わせていた《緋》と《零》の決着が着く。
「くっ……」
《緋》の手から大剣が弾き飛ばされ、赤熱した刃の一閃がその左腕を容易く溶断して斬り飛ばす。
「もらったっ!」
「まだだっ!」
更に追い打ちを掛けようとした《零》に《緋》は銀の右腕を開いて掌の砲口を突き付け――巨大な焔が《零》を呑み込んだ。
「っ……」
その焔を掻き分けるように後ろに飛んで距離を取った《零》は剣を構え、《緋》もまた油断なく拳を握り――
「そこまでっ!」
キーアの声が響き、《緋の騎神》は戦闘態勢を解いて、後ろに飛ぶ。
そして――
「それじゃあ次はキーアとヴァリマールの番だね……《ミラー》」
《灰》は《零》の前に立つと、四つのドローンが《灰》の背後に浮かぶ。
ドローンにそれぞれ内蔵されたジェネレーターが駆動し、導力で編まれた幻の体が構築される。
気付けばそこには四体の《灰》がそこにいた。
「残像による分け身じゃない、完全な魔術の分身か……それがキーアが決戦に備えた奥の手か」
「うん、その内の一つ……ヴァリマール、こっちの操縦は任せるね」
『うむ、任せるがいい』
そして始まる《零》と四体の《灰》の戦い。
一体の《零》に対して《灰》は数の有利を取って切り結ぶ。
その一方でグラウンドから離脱した《緋》は切り飛ばされた左腕を拾ってクロウ達の前に降り立った。
「エマ、出番よ」
「はい! キリシャ、サポートして」
「にゃあ!」
《緋》の中からセリーヌに呼ばれたエマは動揺することなく駆け出した。
エマは慣れた様子で右腕から分離したミリアムと《アガートラム》に抱えられて、《緋》の傷口に導かれる。
《緋》は傷口同士を合わせるように左腕を支え、そこにエマとキリシャの手が添えられる。
「焔よ、傷を癒せ」
傷口に焔が灯る事、数秒……
焔が消えた《緋》は調子を確かめるように繋がった左腕を開いて握るを繰り返す。
「ふう……なんとかなりました」
「…………」
その光景をローゼリアは終始黙って見続けていた。
「なあ魔女パワーでやっぱり直せるんじゃねえか?」
「何をやっておるエマッ!?」
ローゼリアの叫びがグラウンドに木霊する。
《零》と《灰》の戦闘が始まり、《緋》の修復も完了したセドリックは機体から降りてローゼリア達と対面する。
「お久しぶりですローゼリアさん。イオさんも壮健そうで何よりです」
「ええいっ! 挨拶はいい! お主ら、今何をしておった!?」
「お、お婆ちゃん落ち着いて」
興奮するローゼリアを宥め、エマは答える。
「実は先日、シュミット博士に騎神の設計図を提供してもらったんです」
「騎神の設計図だと!?」
エマの言葉にローゼリアは耳を疑う。
「それを読み込んで自己修復の術式を組むことができたから、使ってみたの」
どこかの誰かのように大破から完全回復するほどではない。
エマの魔力と技量では、今回のように欠損などの中破程度の損傷を魔術で修復する事ができるようになった。
今までも完全修復は専用のオーブを使えばできたが、あれは効率が悪く一つ準備するにも多くのミラが掛かるため今回の訓練には使えないのである。
「つまりオルディーネもエマ教官のその術で直せるのか?」
ならばとクロウはこれ幸いに尋ねる。
「いえ、私が《テスタ=ロッサ》を癒せるのは彼について、この二年間調査し、霊質を完全に把握できていたからです……
セリーヌが中から、キリシャが外から魔力を浸透させて損傷部分の一点に霊力を集中させて修復させているんです……
他の騎神では《ヴァリマール》くらいで、オルディーネについてはこの魔術では修復はできないと思います」
「そうか……」
「ふふ、クロウ。君にこの言葉を送らせてもらうよ」
「あん?」
突然のセドリックの言葉をクロウは怪訝な顔をする。
「僕たちは二年前から騎神の力をどうすれば上手く使えるか、研究し続けていたんだ……
起動者たちの立場の中で一番下にいるのは…………一番下に下がったのはクロウだよ」
「てめえ、何で言い直しやがった!?」
かつて彼に言った、起動者として先輩風を吹かせた言葉を返されクロウは叫び返す。
「はははっ!」
あの時の借りを返したと言わんばかりに笑うセドリックに、エマは呆れながら続ける。
「私の魔力は《テスタ=ロッサ》に調整しているので《オルディーネ》を直すことはできませんが……
術式を使い回せば、姉さんなら《オルディーネ》の修復はできると思います」
「ヴィータか……そう言えば今はどこにいるんだろうな……」
クロスベルでは彼女の影が見え隠れしていたものの、直接顔を合わせていないクロウは己の導き手の存在にどうしたものかと頭を掻く。
「はああああ……」
そんな彼らを他所にローゼリアは深いため息を吐いた。
「騎神の設計図に……バカ娘のイソラ……零の騎神……いったい何がどうなっておるのじゃ……」
嘆くローゼリアを他所に《零》と《灰》が激しく剣を交えていた。
「っ……すごいねリィン。四対一なのに押し切れない」
「剣士としてはだいぶ邪道だけど……まあいいとするか」
ハルバートを振り下ろした《灰》の一撃をいなしながら、《零》は計五体の《灰》を観察する。
太刀を持つ本体とは違い、四体の《灰》はそれぞれ別の得物を武器にしている。
「っ……」
《零》は背後に飛ぶとともに剣を振り、降り注ぐ魔術を躱して、放たれた弾丸を切り払う。
「特務支援課を意識した装備をそれぞれのヴァリマールに持たせているようですね」
「ああ、これは戦技では真似できないな……だけど……」
アルティナの言葉に頷きながらリィンは《零》に構えを取らせる。
「二の型――」
《零》は大地を蹴り、加速して突撃する。
「っ――」
五機の《灰》は身構えるものの、トンファー使いは一撃目で得物ごと両断され、ハルバート使い、銃使い、魔杖使いの《灰》は駆け抜けた《零》の一撃を喰らって吹き飛ばされる。
「でも、見えてるよ!」
四機の《灰》を犠牲にして《零》の太刀筋を見切った《灰》は迫る刃に己の太刀を振り下ろし――空を斬った。
「え……?」
目の前に迫っていたはずの《零》が霞となって消え、それに数瞬遅れて剣を振り被った《零》が《灰》に迫る。
「分け身の戦技!?」
キーアが使った精密な四体の分身ではなく、単純な一拍をずらすための簡単な幻術。
緩急を付けた疾風の一撃の刃をキーアは目前に捉えて――
――《灰》はあり得ない高速移動をして《零》の前から消えた。
「なっ!?」
《零》の剣が空を斬り、背後から《灰》は太刀を《零》の首元に突き付けた。
「そこまでだ」
《C》の号令が戦闘終了を告げる。
「この戦いはキーア君の勝利だ」
「…………」
《C》の裁定をリィンは黙って受け止め、キーアはほっと胸を撫で下ろし……
「リィンに勝てた……」
その事実を噛み締めて――
「それでは次は私が相手をしようキーア君」
「…………え……?」
《零》がグラウンドから離脱すると、入れ替わるように《桃》のシュピーゲルがグラウンドに走り込み、《灰》に向かって突撃する。
「待って《C》! 今の戦いでヴァリマールの霊力が――」
「これは勝ち抜き戦だと決めていたはずだよキーア君……
せっかくの機会だ、“奥の手”が不発した場合、闘いの後の漁夫の利を狙われた場合を想定して、その状態で頑張ってみたまえ」
「っ~~《C》のバカァァァッ!」
キーアは貴方にだけは言われなくないという衝動を込めて叫ぶ。
「いけールーファス! やっちゃえー!」
「ルリ君、ここでは私の事は《C》と呼んで欲しいと言ったはずだ」
「ええ、《C》なんてかわいくない」
《C》は同乗するルリ・グリムウッドに困った声を返しながら尋ねる。
「それよりもルリ君、剣との同調は大丈夫かね?」
「うん、全然平気だよ」
「では、試し斬りをさせてもらうとしよう」
銀色と金色の剣を両手に《桃》は霊力が枯渇寸前で動きの鈍い《灰》に斬りかかるのだった。
*
「侮っていたつもりはないけど、まさかキーアに一本を取られるとはな」
戦闘から離れたリィンは《零》から降りてため息を吐く。
「キーアも僕も、この二年間いろいろと準備をしていたという事です」
そんなリィンにセドリックは気安く話し掛ける。
「それにしてった以前の模擬戦の時に見せなかった戦法が多かったみたいだけど」
「今までキーア君は帝国に監視されている立場だったから外聞のために能力を制限されていたんですよ……
でもその制限が一部緩和されたのでキーアも大々的に至宝の力を使えるようになったんです」
「それがヴァリマールの分身と、あの高速移動というわけですか」
「もちろん訓練では使えない“奥の手”はキーアも僕も持っていますけどね」
「それは頼もしい限りですね……」
「キーアが使った術に関しての説明をしますか?」
「必要ありません、それくらい自分たちで見極めてみせます」
セドリックの提案を断り、リィンは視線を《蒼》に向ける、
「オルディーネの修復は難しいんですか?」
「ええ……
元々リーヴスはトリスタと違って霊脈が弱い土地ですから……
導き手のヴィータさんがいればエマが作った魔術も使えるかもしれないんですが」
「機体の修復なんて、気合を入れればできるのに」
「…………それができるのは貴方や《鋼の聖女》だけですよリィン君」
リィンの当たり前にセドリックはため息を吐く。
騎神の設計図を経てセドリック達が得た騎神の回復手段の他にはオーブによる全回復があるのだが、これは前準備に時間とミラが掛かる。
起動者への負担はないというメリットはあるものの、小破も大破も等しく一回だけ全快できる使い捨ての道具の使い勝手は決して良くない。
「……ああ、くそ。リィン! お前の力でなんとかオルディーネを直せねえのか!」
ローゼリアの小言から逃げて来たクロウはリィンに助けを求める。
「《零》の霊力は騎神とは合わないからな……
今のドラッケンとシュピーゲル、ユウナとクルトの機体と合体すれば直るんじゃないか?」
「それは考えたんだけど、二機と合体するためにはそもそもオルディーネが直ってないとできないんだ」
クロウの代わりにジョルジュが答える。
「…………ちなみにオルディーネがレースまでに直らなかったどうなるんですか?」
「特にペナルティを設けてはいないよ……
クロウが出るレースの主役は三高弟だから」
「そういうわけにはいかないんだよ!」
セドリックの言葉にクロウは反論する。
「レースで優勝した場合の賞金がなかったら、俺は来月までどう生活すれば良いんだよ!?」
「…………」
「…………」
「…………クロウ……」
堂々と言い切るクロウにリィンとセドリックは白い目を向け、ジョルジュはため息を吐く。
そんな中、セドリックが口を開く。
「そんなクロウに朗報だよ」
「何っ!?」
「実は騎神の損傷を一度だけ完全回復させる“Exオーブ”が実はあったりするんだよね」
「おおっ! 何だよそんな便利なもんがあるならとっとと――」
「今なら何と一つ500万ミラでご提供」
「ミラを取るのかよ!? んなミラねえよ! ってか500万ミラって高すぎだろ!?」
「命一回分の値段としたら安いくらいだと思うけど……
それにこのオーブを作るのにはそれくらいのミラが掛かっているから適正な値段だよ」
「レースに俺が出ないと困るんだろ!? それにどうせ当日になんか事件が起きるんだからオルディーネは直しておくべきだろ?
だから経費としてだな……」
「それじゃあこれは経費として、帝国政府がクロウに500万ミラ分の借金に――」
「おい、待て馬鹿皇子! やめろっ! やめてくれえええええっ!」
クロウとセドリックはぎゃーぎゃーと騒ぎ始める。
「…………500万ミラ……」
リィンは空を見上げて、オーブの値段を呟き――
「《グラン=シャリネ》十本分の値段か……」
「リィン?」
「何でもない?」
首を捻るアルティナにリィンは嫌な思考を振り払うように頭を振り――《灰》が戦場から退いて彼らの前に降り立った。
「はあ……」
霊力が枯渇した状態で終始防戦を強いられて一本を取られたキーアは《灰》から降りてがっくりと肩を落とす。
「お疲れ、キーア……それじゃあ次はユウナとクルトか」
リィンはキーアを労いながらグラウンドの中央へと視線を向ける。
そこには《灰》と交代して《ドラッケン》と《シュピーゲル》が《桃》と対峙していた。
「これは《騎神》じゃない……これは《騎神》じゃない……よしっ! 行くわよクルト君っ!」
「ユウナ、あれは……いや、何でもない」
対峙するピンクに塗装された《シュピーゲル》を騎神じゃないと念じて逃避するユウナにクルトは言いかけた言葉を呑み込む。
「来たまえ二人とも」
《C》は騎士然とした佇まいで二人を挑発して、次の模擬戦闘が始まった。
普段の生徒たちが行う機甲兵教練とは違い、騎神同士の手合わせは熾烈を極めたものだった。
なまじリアクティブアーマーの出力が上がり、基本防御力が向上したため、多少強い攻撃を喰らっても壊れないのを良い事に騎神訓練に巻き込まれた二人にリィンは少しだけ同情する。
「この後はエミリアさんとユリアさんのペア、そしてシャーリィとオーレリア分校長のペアと回って、セドリックに戻るんだよね?」
「ああ、一本勝負で負けた方が交代の勝ち抜き戦……」
リィンはキーアの呟きに頷き、待機しているエミリアたちに呼び掛ける。
「本当にエミリアさん達も混ざるんですか?」
「ああ、博士たちもあの通りだからね」
「一回限りになるかもしれないが、胸を借りさせてもらうよリィン君」
エミリアは一連の訓練風景をつぶさに観察している三高弟に目を向けて答え、ユリアは意気込みを語る。
彼女たちの機体は通常のドラッケン。
こんな壊れる事も織り込み済みの激しい手合わせをすれば、回復手段を持っている騎神と違って一度で機体は使い物にならなくなってしまうかもしれない。
しかしエミリアたちはそれを承知で、続くシャーリィとオーレリアに関しては、それで怯むような性格をしていないのはリィンもよく分かっている。
「おっと、どうやら出番みたいだ」
「では行くとしようかエミリア殿」
二機の機甲兵が《桃》の剣によって薙ぎ倒される。
それを見て、エミリアとユリアはそれぞれのドラッケンに乗り込んで出陣する。
「二人とも頑張ってー!」
キーアが声援で送り出し、《桃》と二機の機甲兵が戦い始める。
「ところでリィン、セドリックとクロウは何をしてるの?」
キーアに尋ねられてリィンが振り返ると、まだクロウの値切りは続いていた。
「騎神を修復するオーブの話だよ……
今の状態だとオルディーネは夏至祭まで普通の方法じゃ直らないから、オーブを使うしかないんだと」
「え……?」
リィンの言葉にキーアは首を捻る。
「どうかしたのかキーア?」
「うーん……えっとね……
オーブを使わなくても、クルトの“焔の剣”の霊力を使えばオルディーネは直せるんじゃないかな?」
「それも考えたみたいだけど、《シュピーゲル》と合体させるためにはオルディーネの方が直ってないといけないみたいなんだ」
「そんなことをしなくても、ローゼリアがいるんだから導力ケーブルで繋いで変換・制御してもらえば良いんじゃない?」
「………………ああ」
キーアの指摘にリィンは手を打つ。
「しまった……確かにキーアの言う通りだ」
なまじ自分が気合でできるからと失念していたとリィンは唸る。
「クロウ…………」
リィンはすぐにクロウにそれを伝えようとして、止まった。
「どうしたのリィン?」
「いや……クロウに伝えるのは後で良いかもしれないな」
「そうだね。今、キーア君が言った事の準備は僕がしておくよ」
セドリックと生き生きした様子で言い争うクロウにリィンとジョルジュはこのまましばらく放置しようと決める。
*
対蒼の騎神
クロウ
「よっしゃあ! 完全復活! 先輩の実力を分からせてやるぜっ!」
リィン
「空を飛ぶのが速いみたいだけど、《ゾア・ギルスティン》なら余裕で追いつけた」
セドリック
「飛翔では追いつけないかもしれないけど、《テスタ=ロッサ》には弓矢がある。場合によっては転移で先回りすれば良いと思うよ」
キーア
「遠距離攻撃なら全部“識える”よ……接近戦も加速は直線的だから《残月》で対応できると思います」
《C》
「制空権を取られるか……
ふむ。分け身も残像も使わず、速く飛ぶだけしか能がないか……
いや、君はそのままでいいと思うよ。さて、ではダークマターで引き寄せさせてもらうとしよう」
クロウ
「ちくしょうっ! イソラ! ジョルえもん! 何か都合の良い道具はないのか!?」
イソラ
「しょうがないわねクロウ君は」
ジョルジュ
「クロウ、次にその呼び方したら殴るよ。本気で殴るからね」
*
「随分と派手な訓練をしているのだな」
その男が現れたのは正午に差し掛かった頃だった。
「兄上っ!?」
精も根も尽き果て横たわっていたクルトはミュラー・ヴァンダールの姿に飛び起きる。
「お前はそのままで良い。今日はオリヴァルト皇子の遣いとして、来ているからな……
ユリア大尉……いや今は准佐だったか、久しぶりだな」
「ええ、お久しぶりでミュラー少佐……
しかし今の私は、リベールから客人として分校に機甲兵教練の生徒として厄介になっているみ、階級をつけた呼び方は控えていただきたい」
「ふ……相変わらずのようだなユリア殿」
「…………?」
ミュラーとユリアは軽い挨拶を交わして笑い合う。
まるで旧知のような間柄の空気にクルトは兄の知らない一面を垣間見て困惑する。
「あ、兄上……オリヴァルト殿下からの遣いと言うのは?」
「ああ、それは……」
ミュラーがクルトの言葉にグラウンドを振り返り――黒い閃光に《桃》が吹き飛ばされて隔壁に叩きつけられた轟音が鳴り響く。
「キーアは右から! 僕は左! クロウは上からっ!」
「うんっ!」
「応よっ!」
《緋》と《灰》と《蒼》の三機が、剣を持たない《零》に殺到する。
「っ――」
《零》が腕を振れば空に無数の黒いワームスフィアが乱立して《蒼》の装甲を削る。
「ちいっ!」
態勢を崩しながら《蒼》は二つの導力砲を《零》に撃ち込む。
「阻めっ!」
翳した手を中心に黒い光の壁が砲撃を受け止め、その隙に《緋》と《灰》は左右から《零》に肉薄する。
「もらったっ!」
「今度こそっ!」
「っ――」
迫る太刀と剣を《零》はその切っ先を掴むように受け止め――
「爆ぜてっ!」
次の瞬間、二つの黒い光が二体の騎神をそれぞれ呑み込むように広がって集束して消える。
「くっ……」
「うぅ……」
全身に亀裂を走らせた《緋》と全身を捻じ曲げられた《灰》はその場に膝と落として――
「まだだっ!」
《緋》は全身の装甲を焔に燃やすと同時に、壊れた装甲を“千の武具”の応用で装甲を作り直して踏み込み、銀の腕で《零》を上へと殴り飛ばした。
「ここっ! 碧空斬っ!」
捻じれた《灰》の姿が揺らぐ。
《灰》は虚像と入れ替わり太刀を振り、風の刃が浮き上がった《零》を更に上へと飛ばす。
「クロウッ!」
「ヴォーパル・スレイヤーッ!」
打ち上げられた《零》を待ち構えたいたように《蒼》は双刃剣を体ごと振り下ろす。
「っ――はこうけんっ!」
振り下ろす刃に《零》は拳で迎え撃つ。
刃と拳が激突し、刃が《零》の拳を砕く。
「勝った――うおっ!?」
クロウが勝ち誇った刹那、《零》の左腕が《蒼》の顔を掴む。
「くっ……待て待て! まい――」
モニターを覆い尽くす黒い光にクロウは慌てて降参をするが、遅かった。
「ブリューナクッ!」
《零》の掌から放たれた閃光の奔流は《蒼》を呑み込んで吹き飛ばし、グラウンドに堕ちて爆発に飲み込まれる。
「はあ……はあ……はあ……」
アルティナが荒くなった息を必死に整え――
「幻影剣っ!」
「紅天剣っ!」
天に向かって聳え立つ灰銀と緋色の光の剣が《零》の左右に現れる。
巨大な二つの光の剣は《零》を挟むように振り下ろされる。
「っ――」
《零》は左腕と、壊れた右腕でそれぞれ受け止める。
「くっ……」
「アイオロスセイバーッ!」
光の剣に拮抗する《零》に、地上から《桃》が黄金の剣を大きく振りかぶり――投擲する。
「あっ……」
《零》がその黄金の剣を視認した時にはもう遅かった。
黄金が直撃し怯む《零》は緋色と灰銀の光に圧し潰されるのだった。
………………
…………
……
「あれが《ゾア・ギルスティン》の力か……」
首根っこを掴まれて運ばれるオルディーネの中で、クロウは直前の戦闘を反芻する。
リィンが操縦すれば剣士として、アルティナが操縦すれば魔導士にもなる《零の騎神》にクロウは改めて――
「化け物だな」
「ひどい言い草だな」
「全くです」
クロウの感想にリィンとアルティナは遺憾の意を表明する。
「うるせえ! あんだけ暴れられてまだ本調子じゃねえとかふざけんじゃねえよ」
一通りの文句を吐き出して、息を吐いたクロウは改めて考える。
「お前たちは《黒の騎神》を《零の騎神》以上の存在だって考えているんだよな?」
「ゾア・ギルスティンは一度、《黒の騎神》に力を奪われているからな」
「は……ただでさえ最高の騎神だってのに、どんだけ盛るつもりなんだよ」
思わずクロウは愚痴る。
「……結局、今の所俺が一番下ってわけかよ」
今日の模擬戦でクロウは改めてその事実を認識した。
リィンも、セドリックも、キーアも、ただ騎神に乗って使うのでは、その性能を研究して十全に扱えるように鍛えている。
自分が起動者になって内戦を起こすまでの三年を省みれば、どれだけ怠惰に過ごしていたのか思い知らされる。
「速く飛ぶことしか能がない騎神か……」
模擬戦の最中に言われた言葉をクロウは思い出す。
「第二形態を使えていれば、もう少しマシな結果になっていたとは思うんだが……
イソラ、解析はどれだけ進んでる?」
「まだ半分くらいね。使う事はできるけど、暴走の危険性が高いからリーヴスではやめておきなさい」
クロウが虚空に向かって尋ねれば、武装デバイスとなっているイソラがすぐに答えを返してくれる。
「そうか……」
ブーストモードというクロウが持っていた手札は、前回の戦いによって異常が発生している。
イソラ曰く、《M》がなった暗黒竜擬きの血を浴びたり、内戦の時の獣化の影響により、《蒼》は《緋》ほどではないが呪われた事になった。
もはや矛先を見失った“憎悪”が《蒼》の中に残り、第二形態を強化する一方でそれはクロウを《鬼の力》のように獣に落とそうと《蒼》を蝕んでいる。
「となるとやっぱりクルトやユウナの機体との合体が俺には探るべき方法ってところか……」
「それなんだが、クロウ。お前が良ければ……いや、やっぱりいい」
独り言を呟くクロウにリィンは何かを言いかけて口を噤む。
「何だよ途中で止めるなよ」
クロウはそんなリィンに追及するが、リィンは無視して《零》を地上に着陸させた。
「着いたぞ……それじゃあ洗浄作業と修復作業が終わったら。午後の作業だ」
「うへ……もうそんな時間かよ」
クロウはリィンの言葉にめんどくさそうな言葉を漏らす。
「リィン君、クロウ」
そんな二人を騎神の足下からセドリックが呼んだ。
「どうかしましたかセドリック殿下?」
リィンは《零》に乗ったまま、言葉を返し――セドリックの背後に見覚えのある青年がいることに気付く。
「ミュラー少佐?」
「二人に兄上、オリヴァルト皇子から手紙が届いている」
「手紙だと? リィンだけじゃなく俺にも?」
セドリックの言葉にクロウも首を傾げる。
「正確には御二人の他にも僕とキーア、それからここにはいないルーファス総督にも同じ手紙が送られているらしい」
「へえ……」
クロウは説明を受けながら《蒼》から降りてセドリックと向き直る。
「このタイミングで放蕩皇子が起動者たちにいったい何の用だって言うんだ?」
「晩餐会の招待状だね」
セドリックは自分に宛てられた手紙を読み上げるように答える。
「明後日13日にカレル離宮で行う、兄上が主催する起動者の集まりの晩餐会に出席して欲しいという招待状だ」
「随分急な話だな?」
「そうだね……だけどそこにしかタイミングがなかったんだろう……
僕たちは15日に特別実習として帝都に出発する。その前日にやるわけにはいかないし、かと言って明日の12日は急過ぎる……
何でも兄上は《結社》の《鋼の聖女》と《猟兵王》の二人はもちろん、オズボーン宰相が伏せているだろう最後の一人を晩餐会に出席させると交渉を成立させたらしい」
「そいつは……」
セドリックの言葉にクロウは眉を顰める。
自分たちが戦うことになるだろう《黒の騎神》についての情報は漠然としたものばかりで、オズボーンがそうではないかと疑っているものの、本当にそうなのかまだ確証を得ているわけではない。
「全員で殺し合いをする前に、食事会とはなかなかぶっ飛んだ事をするじゃねえか」
「僕は良い考えだと思うよ……
“相克”に対しての彼らの意気込みをちゃんと聞きたい。それに《黒の騎神》の起動者を確認できるというのなら時間を割く価値はあるはずだ」
「それは確かにそうだな……」
「クロウは分かるけど、それは俺もなのか? 俺は起動者としては例外的な存在だと思うけど」
「良いんじゃないかな? 招待状はリィン君の分もあるし……
たしかに《ゾア・ギルスティン》は“七の騎神”ではないかもしれないけど、リィン君を部外者だと思っている起動者は一人もいませんよ」
「そ、そうか……」
「主役は起動者、付き人として二人《導き手》と《武器》の同行は認めてくれるらしい……
僕で言うところのエマとミリアムだね」
「そうなると俺はヴィータとイソラだが……ヴィータとの連絡の取り方なんて知らねえぞ」
「俺は……アルティナと……」
「はい、当然参加します」
リィンが言い切る前にアルティナは同意する。
「……良いのか? 起動者たちが集まるなら、あの子もきっと……」
「うっ……」
リィンの指摘にアルティナは顔をしかめる。
その様子だとまだ《OZα》の名前は決まっていないようだった。
「だ、大丈夫です……あと二日ありますから……」
アルティナは声を震わせながら、それでも拒否する言葉は出さなかった。
その様子にリィンは苦笑いを浮かべながら《ゾア・ギルスティン》を振り返った。
「明後日か……」
“相克”を前にして全ての起動者が集う。
いよいよ始まるという実感がリィンの中で大きくなっていく。
「…………」
同時に何かとてつもない胸騒ぎを感じずにはいられなかった。