閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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95話 白の翼

 

 

 

 二機のドラッケンが金色の道を走る。

 リィンが操縦する一号機が先頭を走り、ティータが操縦する二号機がそれに追従する。

 

「とりあえず、更新された本番で使うコースのデータはこんなものだな」

 

「はい、ありがとうございますリィンさん」

 

 リィンの言葉にティータは元気のいい返事をする。

 

「とりあえずはデータ上で当日まではこれで練習してもらうことになる……

 それじゃあ今度は競争してみるか」

 

「…………はい、そうですね」

 

 リィンの提案にティータは浮ついた返事をする。

 コース確認の時もそうだったが、どこか集中力を欠いた様子のティータにリィンはその理由を察する。

 

「そんなにみんなの事が気になるか?」

 

「いや……ううん……はい……」

 

 シミュレーターの外ではティータが乗る実機を生徒たちが組み直している。

 戦闘を主眼に置かないからこその必要な装甲の有無の選別に、導力エンジンの調整。それに第Ⅱ分校の機甲兵だと示すための塗装。

 様々な作業で生徒たちは忙しなく動いているだろう。

 

「設計図と仕様書はまとめてみんなに渡したんだろ? なら任せて良いんじゃないか?」

 

「それは……そうなんですけど……」

 

 画面のティータは不安そうに瞳を揺らす。

 

「まあティータの気持ちは分かる……

 練習を始める前に少し見たみんなの動きはいつもより精細を欠いていたからな」

 

 普段ならば機甲兵を始めとしたオーブメントに関する取りまとめはティータが率先して行っている。

 ティータが指示書を作り、現場で先頭に立って指示を出していたからこそ、最大効率で動けていた。

 

「みんなは優秀だ。最初は戸惑うかもしれないけど、スターク辺りがまとめてうまく回しているだろう」

 

「……はい、それは心配してないんですけど」

 

 そう答えるものの、やはりティータは集中し切れていない様子だった。

 

「あ……あのリィンさん! ハミルトン博士はどんな風にドラッケンを改造しているんですか?」

 

「…………集中できてなかった理由はそれか?」

 

 ティータの知的好奇心に輝く目にリィンはため息を吐く。

 

「あ……」

 

 リィンの指摘にティータは一度口ごもってから続ける。

 

「だって気になるじゃないですか、おじいちゃん達のドラッケンも気になるし、シュミット博士もどんな改造するんだろう」

 

「それに関しては三人の博士たちとエリカ博士からティータに伝言を預かっている」

 

「え! 何ですか!?」

 

「当日までのお楽しみ……だそうだ」

 

「そんなあ……」

 

 画面の中でティータはがっくりと肩を落とす。

 

「こんなことならわたしもオリヴァルト殿下のコネを使ってⅦ組に参加させてもらえば良かったのかな?」

 

「こらこら……」

 

 不穏な事を呟くティータをリィンは窘め、次の提案をする。

 

「とりあえず、あと二周くらいコースを覚えるために走って、その後に実戦形式で競争してみるか」

 

「はいっ!」

 

 二機のドラッケンはデータ上のコースで並走して走り出す。

 

「ところでリィンさんはわたしの練習に付き合ってもらって良いんですか?

 ハミルトン博士のお手伝いをしないといけないんじゃなかったんでしょうか?」

 

「そっちは組み立て作業に入ったからな。全部の作業を俺にするわけにもいかないから、今はユウナ達が中心で博士にこき使われているよ……

 俺がこき使われるのは完成した後になるな」

 

「そうですか……」

 

 肩を竦めながら答えるリィンにティータはそう返しながら、一号機の後を追い駆ける。

 

「今のうちに作った導力魔法の特性を説明しておくか……」

 

「あの……リィンさん」

 

 興味を惹かれる話題をぐっと堪えてティータはリィンに話題を振る。

 

「アネラスさんから聞きました。今のリィンさんの状態の事……」

 

「…………そうか」

 

 ティータの言葉をリィンは驚きもなく受け止める。

 アルティナに説明し、先日の彼女の弱り具合を考えれば口を滑らせてもおかしくはない。

 それを責めるつもりもなければ、もう限界だと感じていた秘密でもある。

 

「ティータになら、もう少し詳しく説明できるけどな」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ」

 

 首を傾げるティータにリィンは頷く。

 

「俺の体は《リベル=アーク》でゴスペルを発行する時に読み取った“彼”の情報が元になっている」

 

「ゴスペル……たしかクローゼさんと一緒に発行してもらった時に手に入れたものですね」

 

「ああ、そこから《影の国》の要領で現実世界に干渉できる体を作って、リンとノイが知っている“彼”の記憶を馴染ませた存在……

 それが俺になる。方法としてはアルティナが“あの子”の記憶を知識として継承したのと同じだな」

 

「そういう事だったんですね」

 

 ティータは第Ⅱ分校に入学した時からずっと感じていた疑問が氷解した。

 

「この話はエステルお姉ちゃん達にしても大丈夫ですか?」

 

「……好きにすればいい……

 でも意外だな。アルティナから話を聞いた時点でリベールには俺が“彼”の偽物だって報告すると思っていたのに」

 

「……アネラスさんがちゃんとリィンさんとお話してからにしようって言っていたんです……

 だけど、そうしようとしたらアルファちゃんが来て、驚いて……

 リィンさん、あの子はいったい誰なんですか?」

 

「それは…………俺が聞きたいくらいだ」

 

 ティータの質問にリィンは《OZα》の顔を思い出しながら顔をしかめる。

 《OZα》とアルティナは確かに似ていたが、瓜二つというわけではなかった。

 身長という差もあり年齢と言う幼さも含めて考えても双子と言うよりも姉妹の近似。

 

「容姿も違う、声も違う……それでもあの立ち振る舞いと物言いは“あの子”だと彼の記憶は判断している……

 だけど、あの子は死んだはずだ……死んだはずなんだ」

 

「リィンさん……」

 

「それに加えてアルティナが“おかあさん”って……いったい誰が父親なんだ」

 

「…………」

 

 リィンの呟きにティータは口を噤む。

 昨夜の女子会で、アルティナの御相手が判明することはなかった。

 冷静になって考えれば、アルティナが《OZα》を産んだことはありえないのだが、タイミングが悪いことにイソラ・ミルスティンがエマの母だと告白したことで女子たちの間ではもしかしたらという疑惑が生まれていたりもする。

 

「アルティナちゃんはリィンさんに一緒に名前を考えて欲しいって言わなかったんですか?」

 

「え……? ああ、一人で頑張るって言っていたけど」

 

 ティータの質問にリィンは特に疑問を感じずに答える。

 

「ふーん……」

 

 何やら含みがありそうなティータの顔に妙な威圧感を覚えてリィンはたじろぐ。

 

「えっと……何か悪いことをしてしまったか?」

 

「いえ、リィンさんは悪くありません。この場合はアルティナちゃんの方が悪いんです」

 

「そ、そうなのか……」

 

 良く分かっていないリィンにティータはため息を吐き、そう言えばと別の話題を振る。

 

「リィンさんの事は話してないんですけど、アルティナちゃんとアルファちゃんのことは昨日導力通信でレンちゃん達に話したんですよ」

 

「そうかレンに……ん? 達?」

 

「エステルお姉ちゃんもそこにいて、あんですってー! って叫んでしました」

 

「…………そうか……ああ、そんな風に驚いていそうだ」

 

「夏至祭に絶対に来るって言ってました」

 

「エステルさんたちは帝国政府に入国拒否されているはずじゃなかったのか?」

 

「でもエステルお姉ちゃんだし……」

 

「はは、たしかに本気になったエステルさんがそれくらいで止まったりはしないか」

 

「…………っ」

 

 記憶を懐かしむように微笑するリィンの顔はティータが覚えている“彼”そのものだった。

 

「…………あのリィンさん――」

 

『ちょっと良いかのリィン君』

 

 ティータが意を決して話し掛けようとしたところに、外からアルバート・ラッセルがリィンを呼ぶ通信が割り込んできた。

 

「はい、どうかしましたか?」

 

『うむ、実は今ワシらのドラッケンが一通り組み上がってのう……

 外に、郊外の街道で実験をしたいから付き合ってもらえるかな?」

 

「リベールの担当はⅠ組のはずでは?」

 

『そちらにも、ハミルトンにも話は付けておるわい……

 もしもの時の安全を考慮すれば、やはり騎神の随伴がいて欲しいからのう……

 それにキーアちゃんよりも君に意見を聞かせて欲しいものでもあるのだ」

 

「分かりました」

 

 アルバートの提案を了承してリィンは頷き――

 

「おじいちゃんおじいちゃん! わたしも一緒に行って良い!」

 

 その提案にティータが目を輝かせて食いついた。

 

「ティータ、おぬしは今は第Ⅱの生徒なのだから立ち会わせるわけにはいかんじゃろ」

 

「ええぇー! そんなあー!」

 

『ほほほ、当日を楽しみにしておるんじゃな』

 

 嘆くティータにアルバートは上機嫌に笑う。

 

「ううう……おじいちゃんの意地悪……

 やっぱりⅦ組になっておけば良かったかな?」

 

「そんな風に羨ましがられるものじゃないけどな」

 

 項垂れるティータにリィンは苦笑して、アルバートに了承を答える。

 

「話は分かりました。それじゃあティータ。悪いけど、導力魔法のテストは任せる。何かあったら後で報告してくれ」

 

「…………」

 

「ティータ」

 

「はーい」

 

 頬を膨らませたティータを残して、リィンはドラッケンの操縦席から降りる。

 機甲兵から出たリィンの視界に最初に移ったのは巨大な布が被せられて格納庫を歩く巨人だった。

 

「あれがラッセル博士が作った機甲兵か……随分と大きいな」

 

 通常のドラッケンを見慣れているリィンから見て、布に覆われたそれは背中に大きな何かを背負っているため二回りは大きいように見える。

 

「わざわざ悪いわねリィン君」

 

「エリカ博士……それで俺は何をすれば良いんですか?」

 

 機甲兵から降りたリィンをエリカが出迎え、彼女の先導に従って歩き出す。

 

「リィン君にして欲しいことは、ゾア・ギルスティンを使って実験の安全確保よ」

 

「安全の確保……機甲兵の調整の手伝いじゃないんですね」

 

「そっちを手伝ってもらったら、勝負にならないでしょ」

 

 リィンの疑問にエリカは苦笑する。

 

「とりあえずうちのドラッケンの仕様と実験の趣旨はまとめておいたから、目を通しておいて」

 

 渡された書類の表紙には書かれている文字をリィンは眉を顰めて読み上げた。

 

「空間圧縮加速カタパルト装置……白の翼……?」

 

 その単語の羅列にリィンは嫌な予感を覚えた。

 

 

 

 

 

「それじゃあみんな、よろしく頼む」

 

 トールズ本校専用、特別装甲列車《アークロイヤル号》に《零の騎神》を載せたリィンは食堂車に移動してそこにいる《Ⅰ組》に声を掛ける。

 

「うん、よろしくねリィン」

 

 最初にキーアが応え、Ⅰ組の面々が口々にリィンを歓迎する。

 

「博士たちは?」

 

 食堂車に肝心の博士たちがいないことをリィンは尋ねる。

 

「奥の会議室で最後の確認をしてるよ」

 

「そうか……」

 

 キーアの答えにリィンは顔をしかめる。

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、何でもない」

 

 フリッツがその様子を訝しむが、リィンは気にしないでくれと頭を振る。

 

「……まあ良い。シュバルツァーの準備ができたのなら早速出発するとしよう」

 

 フリッツは踵を返して、前の車両――操舵車両に向かって歩き出した。

 その背を見送り、しばらくして列車がゆっくりと動き出す。

 

「実験はリーヴスの郊外でやるんだったな?」

 

「うん、飛行実験とあと“奥の手”の実験をしたいって」

 

「そうか……なあキーア」

 

「ん? なーに?」

 

「あの“白の翼”はキーアが博士たちに教えたのか?」

 

 リィンの指摘にキーアは眉を顰めて首を振る。

 

「ううん、あれは博士たちがヴァリマールの中にあるシステムを博士たちが解析したものだよ」

 

「ヴァリマールの……あれか……」

 

 キーアの答えにリィンは顔をしかめる。

 

「いや、だとしてもあのシステムだと反動が……どうして止めないんだキーア?」

 

「リィン……」

 

 リィンの言葉にキーアは目を虚ろにして遠くを見て口を開く。

 

「キーアに博士たちを止められるはずないよ」

 

「それは……」

 

 キーアの反応にリィンは何があったのか察する。

 普段からシュミット博士にされていた無茶振りがキーアの身にも降りかかっていたのだろうと考えれば同情もする。

 

「だとしても、このまま実験を始めたら最悪人死が出るぞ」

 

「あのリィンさん」

 

 過剰に危惧するリィンにクリス・レンハイムが口を挟む。

 

「それは大袈裟過ぎませんか?

 いくらラッセル博士たちでも、ユリアさんは王室親衛隊の隊長です。そんな危険な実験を博士たちがするでしょうか?」

 

「ええ、ラッセル博士はエプスタイン博士の三高弟の一人にして、シュミット博士に匹敵する頭脳の持ち主です……

 その御息女であるエリカ博士と作った導力魔法《白の翼》は私の目から見ても画期的な魔導式だったと思うのだけど」

 

 クリスの言葉にエイダが同意する。

 他のⅠ組の生徒たちも概ね二人と同意見なのか、リィンの言葉に困惑している者たちの方が多かった。

 

「たしかにエリカ博士の理論は目を見張るものがあったよ」

 

 簡単に目を通した仕様書から今回の実験の流れを読み取ったリィンはエイダの言葉に頷き、そして否定する。

 

「でもだからこそ、《白の翼》は危ないんだ」

 

「でも元々ヴァリマールで使えるように作られた魔法だよね?

 キーアは使えなかったけどリィンは使えるんだよね?」

 

「《空の翼》と“白の翼”は似ているようで全くの別物だ。あの理論では操縦者への負担が大き過ぎる」

 

「ああ、だからあの遊撃士なのか」

 

「遊撃士?」

 

 クリスの呟きをリィンは訝しむ。

 

「ええ、今会議室には博士たちと、博士たちがリベールから呼んだ遊撃士がいるんです」

 

「赤毛の青年でしたね。博士たちはリィンさんも揃ったら、改めて紹介してくれると言っていました」

 

 クリスとエイダの言葉にリィンは眉を顰める。

 

「遊撃士……赤毛……まさか……」

 

 そう呟いたところで、前の車両への扉が開きエリカ・ラッセルが入って来る。

 

「揃ってるわね。それじゃあ改めて今日の生贄――じゃなくてモルモットを紹介するわよ」

 

「おい……エリカ……」

 

 エリカと共に入って来た赤毛の遊撃士は頭痛を抑えるように唸りながらリィンとⅠ組の生徒たちを見回す。

 赤毛の遊撃士は一同に視線を送り、一度リィンを見てからため息を吐いて名乗った。

 

「リベール遊撃士のアガット・クロスナーだ。今日はよろしく頼む」

 

 

 

 

 リーヴスとヘイムダルの中間に位置する街道に《アークロイヤル号》は停車すると、コンテナが開き巨大な布を被った機甲兵が現れる。

 

「ユリアさん、そのまま進んでください」

 

 クリスに先導されて機甲兵は広場に進み出る。

 

「ふふふ、リィン君が初のお披露目になるな」

 

 アルバートは誇らしげに笑うと合図を出し、ドラッケンに被せた布が取り払われる。

 

「白い……これはヘクトルですか? 仕様はドラッケンだったはずなのに?」

 

 現れたドラッケンを見上げてリィンは首を傾げる。

 そこにいたのはとてもドラッケンとは思えない肉厚な装甲を纏った二対四枚の翼を持つ機甲兵だった。

 

「うむ、背中に搭載した翼の重量バランスを取るためにドラッケンには追加装甲の《オーバルギア》をちょっと着せただけじゃよ」

 

「《オーバルギア》をちょっと?」

 

 アルバートの言葉にリィンは改めて白いドラッケンを見上げる。

 《オーバルギア》についてはリィンも知っている。

 ティータが制作している簡易導力鎧とでも言うべき兵器。

 ただしそれは生身の人が乗り込むものであり、機甲兵に合わせたサイズではなかったはず。

 

「ティータに知られたら不貞腐れますよ」

 

「ほほほ……」

 

 リィンの指摘にアルバートは笑って誤魔化す。

 それにリィンはため息を吐いて、改めて《オーバルギア》の鎧を纏ったドラッケンを見上げた。

 

「白はリベールの国鳥、白隼から取って来たものなのは分かりますが、あの翼は……」

 

 機械でありながら、生物的な鳥の翼を模した四枚の翼。

 

「これが《白の翼》ですか」

 

 動作テストで縦横に動く翼を眺めながらリィンは呟く。

 

 体を覆い隠せるほど大きな二枚の主翼と背中に並ぶように配置された副翼。

 この二種類の翼で、機構兵はブーストキャリアよりも自在に空を飛べるらしい。

 アルバートはリィンの隣で解説を始める。

 

「今回のレースは走行じゃから翼の機能は最大限に活かすことはないがの……

 あの翼はリベールで生産する機甲兵に取り付ける事を前提に設計されておる」

 

「アルセイユの随伴機という事ですか?」

 

「うむ……とりあえず今回の機体の名はドラッケンF《フリューゲル》と呼ぶことにしておる」

 

「ですが、あれだけの大きなブースターをドラッケンのエンジンで賄う事はできるんですか?」

 

「良い質問じゃな」

 

 リィンの疑問にアルバートは嬉しそうに答える。

 

「今回、わしらが拘ったのはドラッケンの導力エンジン……

 あのドラッケンにはリベールで開発した機甲兵のエンジンが搭載されておる……

 それも結晶回路の純度に拘った一級品じゃ。蓄積導力に瞬間出力も通常のドラッケンと比べて飛躍的にアップしておる」

 

「それはゴライアスのようにオーバーヒートの原因になるのでは?」

 

「新造している機構のほとんどはあの翼に集約しておる……

 翼は放熱も兼ねて多層構造にしておるからオーバーヒートの心配はない……

 ちなみにその多層装甲にはリアクティブアーマーとハイロゥシールドを複合的に展開して戦艦級の砲撃にも理論上は耐えられる……

 その上、主翼の末端に使われている複数の補助翼は飛行艇にも使われている浮遊機関であり、これが作り出す力場によって機体の総重量を誤魔化す仕組みになっておる」

 

 一つ質問すれば、聞いていないことまで嬉々としてアルバートは語り出す。

 

「ハイロゥシールド……ハイロゥ技術はレールハイロゥまでしか知らなかったはずでは?」

 

「うむ。リィン君に言われてからハイロゥ技術を見直して、作ってみたぞ」

 

 あっさりと答えるアルバートにリィンは彼らが天才と呼ばれる意味を理解して肩を竦める。

 

「ところで……」

 

「何じゃ? 他に何を聞きたい?」

 

「あの主翼と副翼は……

 外観はだいぶ変わってますけど、オルディーネの翼とヴァリマールのブースターですよね?」

 

「…………」

 

 嬉々として語っていたアルバートはリィンの指摘に沈黙した。

 二人の間に沈黙が訪れる。

 そうしていると白く巨大な翼が羽搏いて風を巻き起こして……静まる。

 

「…………」

 

 おもむろにアルバート・ラッセルは眼鏡を外して、レンズを吹き、掛け直し……

 

「てへ」

 

「てへじゃないですよ」

 

 誤魔化すように笑うアルバートにリィンは嘆息した。

 

「良いんですか? レースのレギュレーション違反になるんじゃないですか?」

 

「騎神の飛翔機関は導力化させておるから問題はない……

 セドリック皇子にもシステムについては報告と了承は既に取っておる……

 それにもしもの時の事を考えれば、あの技術を現代の導力技術に落とし込めるかどうか試しておく良い機会じゃ」

 

「そうですか……」

 

 既に根回しが済んでいるのならリィンに言う事はない。

 原型がなくなった“蒼の翼”と“灰のブースター”はおそらくは以前に損傷して残ったパーツを流用したものだろう。

 

「……のうリィン君」

 

「それじゃあまず機体の動作機動テストをするわよ!」

 

 動作チェックが終わったのかエリカの声が響き渡る。

 

「リィン君。《ゾア・ギルスティン》での随伴をよろしく……あたしは次の実験の準備に移るわ」

 

 矢継ぎ早に指示を出すとエリカは慌ただしく車両に戻っていく。

 

「やれやれあやつはもう少し落ち着けないものかのう」

 

 アルバートは娘の猪突猛進ぶりにため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

「どうですかユリアさん?」

 

「くっ……やはり実際の機体を操るのでは勝手が違うな」

 

 街道を低空で飛ぶドラッケンFに並走して声を掛ければ、ユリアは苦戦した声を返す。

 通常のドラッケンとは比べ物にならない出力と機体重量。

 機体の見た目はヘクトルに似ているが、その機動力はケストレルに匹敵しており、ユリアはその制御に四苦八苦する。

 

「機体の慣性や重量の感覚まではシミュレーターでは再現できなかったですからね」

 

 本番まで数日。

 果たしてユリアはどこまでこのドラッケンFを乗りこなせることができるのか、リィンは心配になる。

 更にはこの後の“奥の手”の実験も控えているとなると余計にそう思う。

 

「そう不安そうにしてくれるな。私はアルセイユの艦長だというプライドもある。必ずものにしてみせるさ」

 

 意気込むユリアにリィンはこれ以上は無粋だと口を噤んだ。

 

「時にリィン君」

 

 ユリアはドラッケンFを走らせながらリィンに話題を振る。

 

「何ですか?」

 

「君はエレボニアの至宝を巡る戦いが終わったら、どうするつもりかね?」

 

「…………」

 

 予想外の話題にリィンは思わず押し黙る。

 

「これは我が主の言葉でもあるが、君さえ良ければリベールに来ないか?」

 

「それはどういう意味でしょうか?」

 

「そのままの意味だよ」

 

 戸惑うリィンにユリアは微笑を浮かべて続ける。

 

「簡単に言うなら亡命の誘いだな」

 

「亡命……」

 

 不穏な言葉にリィンは思わず身構える。

 が、そんなリィンの様子を察してユリアは続ける。

 

「そう警戒しないでくれ……

 あくまでも、全てが終わった時の話だ」

 

「全てが終わった時って言われても……」

 

「リベールの結社が起こした至宝に関する異変は幸いなことに国内の被害は最小限で終わったのは君も知っているだろ?」

 

「ええ……」

 

「しかし先日の会議の話を聞く限り、エレボニアの至宝は未だにこの地に影響を強く及んだ状態にあるそうだ……

 その事件が解決した時、中心にいるだろう君は果たしてエレボニアに居続けることはできるのかな?」

 

「それは……」

 

 言い淀むリィンにユリアは続ける。

 

「リベールは運が良かった……

 敵は“身喰らう蛇”であり、国内で罪を犯した者たちの大半が彼らに利用された被害者として済ませることができた……

 しかしクロスベルで起きた“異変”は国の中枢に“結社”が深く関わり、乱していった……

 結果、キーア君がクロスベルにいられなくなったように、君も結末次第ではエレボニアにいられなくなるかもしれないのではないか?」

 

「…………いえ俺は――」

 

「あくまでもこの提案は全てが終わった時の君の選択肢の一つだと思って欲しい」

 

 リィンの言葉をユリアは遮って、まるでリィンが何を言うつもりだったのか見透かしているように語り掛ける。

 

「我々の考えが杞憂に終わって君は憂いなくエレボニアに居続ける事はできるかもしれない……

 だが、もしそうでなかったらリベール王国は君は受け入れて守る用意がある。それだけは覚えておいて欲しい」

 

「……どうして俺にそこまで?」

 

「君はリベールの恩人だからだ」

 

「違います」

 

 ユリアの答えにリィンは即答した。

 

「俺は“彼”じゃない。リベールは俺に――」

 

「違わないさ。そうでなくても、君の半身はリン殿なのだろう?」

 

「っ……」

 

 ユリアの指摘にリィンは思わず口を噤む。

 

「リン殿は《輝く輪》の意志、ならばリベールが保護に名乗り出る理由にはなるだろう」

 

「でも……」

 

「国家のしがらみに縛られ、碌な支援をできていない私たちが今更何を言うかと君は思うだろう……

 しかしこれだけは覚えていて欲しい。私たちは君がその身を犠牲をすることを望んではいない」

 

「……貴女たちが気にする事ではないでしょう。俺が《黒》と刺し違えるだけで解決するならそれが一番良いはずだ」

 

「そんな自暴自棄な自己犠牲がリィン・シュバルツァーの力なのか?」

 

「っ……だからって……」

 

 答えに窮するリィンにユリアは苦笑する。

 

「すまない。決して君のしている事を否定するつもりはないんだ……

 ただ、そういう道もあるのだと覚えておいて欲しい。詳しいことは夏至祭に訪れる我が主と話をする場を設けてくれないだろうか?」

 

「ユリアさんの主……クローディア王太女ですか……まあ、時間が取れたら良いですけど」

 

 ユリアの提案にリィンは肩を竦めながら了承する。

 

『ユリア様、よろしいですか?』

 

 そしてタイミングよくエリカの言葉が二人の会話に割り込んだ。

 

「どうやらテストの準備が整ったようだ」

 

「ええ、それでは戻りましょう」

 

 リィンはユリアの言葉に頷き、機体を反転させた。

 

 

 

 

「アガットさん……その恰好は……」

 

 小休止として機体から降りたリィンは、ユリアと交代してドラッケンFに乗り込もうとしているアガットに絶句する。

 

「ちっ……エリカの奴が用意した耐圧スーツだとよ。クソ、動きづらいったらねえぜ」

 

 アガットは悪態を吐きながら重そうに一歩一歩歩き、ドラッケンへと近づいていく。

 彼の恰好は言うなれば、みっしぃのように着膨れした太った姿だった。

 その動き辛さは見た目の通りで、アガットは四苦八苦し、Ⅰ組の生徒たちに補助されながらドラッケンFの操縦席へと登っていく。

 

「随分と物々しい装備なのだな」

 

 先程まで通信越しで話していたユリアはそんなアガットの姿を眺めながらリィンに尋ねる。

 

「私は“導力魔法”について人並みの知識しかないのだが、《白の翼》とはあのような装備が必要なのだろうか?」

 

「そうですね……」

 

 リィンはキーアにもしようとしていた説明を言葉にする。

 

「《白の翼》は簡単に説明すると二つのダークマターを干渉させて空間を歪曲させて解放する反動で機体を撃ち出す術式です」

 

「ふむ……」

 

「転移術は空間に一時的な精霊回廊を構築して跳躍するのに対して、《白の翼》は転移と同じ距離を同じ所要時間で到達できるように加速させるのでどれだけの“G”が掛かるのかはちょっと分からないですね」

 

 それを測定するための耐圧スーツなのだろうが、リィンはその装備の頼りなさを感じずにはいられない。

 

「しかし、元はヴァリマールの、“彼”が使用していた移動術なのだろう?」

 

「それはそうなんですけど……」

 

 リィンはこれ以上何と説明して良いのか迷う。

 《白の翼》の元となった《空の翼》は至宝の力によって生み出された術式なだけに本来なら生じるデメリットの多くを踏み倒している。

 それを再現できたという事に関してはラッセル博士たちを技術力は賞賛できるのだが、常人が使った時の安全性はリィンには保証できない。

 

「くそっ! エリカやっぱりこの服は邪魔過ぎるぞ。やっぱり――」

 

「ずべこべ言わずにそのまま乗りなさい!」

 

「ちっ……」

 

 アガットはエリカに悪態を吐きながら、何とか梯子を登りドラッケンFの操縦席に乗り込んだ。

 

「それじゃあユリアさん、俺も」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 それを見届けたリィンは再び《ゾア・ギルスティン》に乗り込む。

 

「それじゃあ《白の翼》の試験を始めるわよ」

 

 それを確認したエリカは一同を見渡して導力メガホンを使って声を響き渡らせる。

 

「おい、エリカ。それで俺は何をすれば良いんだ?」

 

「アンタは操縦桿を握ってるだけで良いわ。必要な操作はこっちからするわ」

 

 アガットの疑問にエリカが答える。

 

「アンタの役割は耐圧スーツに掛かる負荷を正確に測定するための人形役よ……

 そもそも最初からアンタにオーブメントの操作なんて期待してないわよ」

 

「ちっ……エリカてめえ覚えてろよ」

 

 エリカとアガットは罵り合いながらも作業は進んでいく。

 

「それじゃあキーアちゃんよろしく」

 

「うん」

 

 エリカに促されてキーアは端末に指を走らせる。

 外部操作を受けたドラッケンFは立ち上がると二対四枚の白い翼を大きく広げる。

 

「《白の翼》駆動開始……」

 

 まずは主翼の末端に付けられた尾翼が開く。

 それは飛行艇と同じように広がると浮力を生み出し、機体を浮き上がらせる。

 

「第一術式解放するよ」

 

 キーアの声と共に主翼の折り重なった装甲が開いて金の粒子を撒き散らす。

 同時にドラッケンFを中心に金色の円環魔法陣が広がる。

 

「第二術式解放――」

 

 副翼が縦に開き、中から現れたヴァリマールに使われていた推進器が顔をのぞかせて金色の光を噴出させる。

 

「第二マジックリング展開――」

 

 最初の円環魔法陣の更に外側に同じ色の円環魔法陣が展開される。

 二重にされた空間系の導力魔法が打ち消し合うことなく、両立して魔法陣が回転する。

 

「ドラッケンFの周囲の空間を加圧、開始――」

 

 金の魔法陣の回転速度が上がるにつれて、内部の空間とドラッケンFが軋むような音を立てる。

 

「お、おい! エリカ大丈夫なんだろうなっ!」

 

 アガットは全方位から聞こえてくる軋みの音に思わず尋ねる。

 

「大丈夫よ……たぶん……」

 

「エリカッ! てめえっ!!」

 

 アガットの抗議は無視される。

 そうしている間にも金の光は眩く、強く輝き始める。

 空間が軋み、大気が唸るように風を巻き起こる。

 

「オーバルエネルギー充填……40……60……80……エリカ」

 

「よし……」

 

 キーアの呼び声にエリカは仰々しく頷くと拳を振り上げる。

 

「ドラッケンF――発射っ!!」

 

 エリカは拳を振り下ろし、その勢いで個別に用意したボタンを押し込む。

 次の瞬間、金の光に包まれていたドラッケンFは。

 

「ぎっ――」

 

 ――リィン達の前から掻き消えた。

 通信越しにアガットの潰れた悲鳴が残るがそれも一瞬で通信そのものが圏外となったことで途切れる。

 

「あ……」

 

 視界に残った残光を追うようにリィン達は空を見上げる。

 そこにはもうドラッケンFの姿はなく、昼の青空に金色の星が光りが瞬いていた。

 

 

 今日の実験結果……アガット・クロスナーの重傷。

 

 

 







 ドラッケンF
 通常のドラッケンにオーバルギアで増設した上で、二枚四対の翼を装備した重量機体。
 重くなった機体をドラッケンとオーバルギアの二つのエンジンで補っている。
 基本的に戦闘を想定しておらず、機甲兵レースに割り切った仕様。

 《白の翼》
 元はオルディーネの羽とヴァリマールの推進器を改修して導力器化させた機動ユニット。
 二つの《空》属性導力魔法を並列に行使して、《空の翼》を疑似的に再現している。
 可動式の翼の方にはリアクティブアーマーを多層的に組み込まれており、盾にもなる。

 機体イメージはブラックサレナにウイングゼロカスタムの翼を付けたものになります。


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