閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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96話 祭りの準備

 

 

 

 

どんっ! とミュゼがテーブルの上に書類の束を置いた。

 

「それではリィンさんにはこれからこの書類に目を通してもらいます」

 

「えっと……ミュゼ? これはいったい?」

 

「こちらはリィンさんが夏至祭で屋台をやる上で目を通して判を押してもらう必要がある書類になります」

 

 そう告げたミュゼからリィンは書類の束に視線を移す。

 そこには分厚い百枚はありそうな書類の束から威圧感を放っていた。

 

「…………こんなに必要なのか?」

 

「はい……

 当日の場所についての書類に、人員の配置についての書類、それにクロイツェン州から買い付ける小麦粉、それにカルバード共和国から手配してもらう小豆、それに……」

 

 指を折りながら書類の内容を上げていくミュゼにリィンは慄く。

 

「大袈裟過ぎないか?

 こんなに用意しても素人の出し物にそんなに来るとは思えないんだけど」

 

「甘いですよリィンさん……

 リィンさんは今は時の人、先日の帝都民からの歓待も氷山の一角に過ぎないでしょう……

 それに当日は夏至祭です。国外からの観光客も集まると考えれば果たしてこれだけで足りるかどうか……」

 

「そんなものか?」

 

 眉を顰めるミュゼにリィンは今一つ実感が湧かず、積まれた書類の一枚を手に取り、そこに書かれた文章を読む。

 

『予測費用○○〇万ミラ』

 

「っ……」

 

 書かれたミラにリィンは眩暈を起こす。

 

「や、屋台ってこんなにミラが掛かるものなのか?」

 

「どれどれ」

 

 慄くリィンに興味を示したセドリックがそれを覗き込む。

 

「場所代は必要ないとして……結構大きく出たねミュゼ」

 

「当日は夏至祭という事もあり、予想される客数は千人を超えると見積もりました……

 とはいえそれだけの資材を急遽用意するにはミラ束を使って強引に押し通すしかありませんでしたから、この予算になります」

 

「ミュゼ!? 大事になり過ぎてないか? こんなミラ、俺は持ってないぞ!」

 

 リィンは四月から士官学生として支給されていた給料と特別報奨を使うつもりだったが、予想以上の経費に抗議する。

 

「それはご安心してください」

 

 狼狽するリィンにミュゼはにっこりと笑って答える。

 

「これらの費用は全てラマール州貴族が支払うように話は付けてありますから、リィンさんが支払う経費は1ミラも必要ありません」

 

「ラマール州の貴族が……?」

 

「ああ、そう言う事か」

 

 ミュゼの言葉にセドリックはなるほどと頷き、アルティナは首を傾げる。

 

「どういうことでしょうか?」

 

「先日のクロワール叔父様の乱からラマール州貴族の立場は帝国内でとても悪くなっているのは皆さんもご存じの通りです……

 リィンさんが暫定次期カイエン公になることでひとまずの立場の安全は確保できましたが、それはあくまでもリィンさんを立てての事です……

 ラマール州貴族の印象そのものは悪いままです」

 

「まあ、そうよね」

 

 ミュゼの説明にユウナは頷き、説明の続きをクルトが引き継ぐ。

 

「だからこそ、リィンが行う帝都での地域貢献をラマール州貴族が全面的に支援したと喧伝することで少しでも印象回復をしたいというところだろうか?」

 

「はっ! 大変だな貴族様は」

 

 クルトの答えをアッシュが嘲笑う。

 

「まあそう言うなって、今回のラマール州貴族はカイエン公に巻き込まれた被害者だからな」

 

 クロウは肩を竦めてフォローをする。

 

「……ラマール州にはダーナさんの後見をしてくれているイーグレット家があるから、良いんだけど……」

 

 呟きながらリィンは書面を読んでいくが、そこに記された材料の量に頭が痛くなる。

 

「本当にこんなに作る必要があるのか? ミュゼの考え過ぎじゃないのか?」

 

「いや、僕はミュゼの言い分に賛成かな」

 

 セドリックはむしろ当然だと言わんばかりにミュゼの考えに賛同する。

 

「祭りの屋台の料理に市民はそこまで美味を追及したりしないからね……

 重要なのはリィン君がやるという部分だよ。とはいえ、少し多すぎないかって点は僕も疑問だね……

 こんな量の素材を当日までに僕たちだけで加工するのは難しいんじゃないか?」

 

「その点は問題ありません……

 帝都の施設のいくつかに話を付けて当日までに分散して素材の加工を請け負ってもらうことにしています」

 

「ミュゼ、それは――」

 

「流石に今から全てをリィンさんだけで準備をするのは無理ですよ」

 

 抗議の声を上げようとしたリィンにミュゼは苦笑をする。

 

「でも俺の我儘に周りを巻き込むのは……」

 

 心苦しいとリィンは唸る。

 

「ったく……」

 

 煮え切らないリィンの態度にクロウはため息を吐く。

 

「俺が言うのも何だけどな、お前はもっと我儘を言っても良いと思うぜ」

 

「クロウ?」

 

「これまでお前は散々他人の我儘に振り回されてその尻拭いを押し付けられてきたんだろ?

 だったら偶にはお前が我儘を言って俺達を振り回したって良いんじゃねえか?

 この程度の我儘ならむしろかわいいもんだぜ」

 

「本当にクロウが言う事じゃないね」

 

「茶化すなよ」

 

 水を差すセドリックを睨みつつ、クロウは続ける。

 

「お前にはいろいろと貸しが多いんだ……

 お前がしたいって言い出したからミュゼも全力で応えようとしているだけだ。もしも失敗したらミュゼのせいにすりゃ良いんだぜ」

 

「あらクロウ先輩ったらひどい言い様ですね」

 

 リィンの懸念をクロウはミュゼに丸投げするが、彼女は特に異論を挟まずに笑う。

 

「そうよ」

 

 そしてクロウの言葉にユウナが続く。

 

「私だってリィンにはクロスベルを助けてもらったのに、恩返しすらできてないんだから……

 リィンの初めての我儘、絶対に成功させて上げるわよ」

 

「ユウナさんが燃えています」

 

 そんなユウナにアルティナが引き、シャーリィが口を挟む。

 

「ま、クロウに乗るわけじゃないけど、もっと自由に生きた方が良いって言うのは分かるなあ……

 そっちの方が楽しいし、楽しいって事は大事な事だって“漂白の音楽家”だって言ってたよ」

 

「シャーリィ、君はちょっと自由過ぎると思うよ」

 

 セドリックの苦言を無視してシャーリィは続ける。

 

「今まで世のため人のため《Ⅶ組》のため、働いてきたんだから存分に我儘をすれば良いんだよ……

 それで楽しくなかったら、それはそれで良いし、こんな事で誰かが死ぬわけじゃないんだから気楽にやればいいじゃん……

 それに良いのリィン? ここでやめるって言うなら《OZα》が……」

 

 その指摘にリィンはため息を吐いて、認めた。

 

「分かってるシャーリィ。一度やるって決めたんだ……言ったからにはやるさ」

 

 率先して引き受けたとは言えミュゼに運営を任せた事をリィンは少し後悔しながら用意された書類の束を受け取る。

 

「明日までにこれに目を通して判を押せば良いんだな?」

 

「そうですね……あら?」

 

「え……?」

 

 頷いたミュゼはリィンの背後に視線を送り言葉を止める。

 その視線にリィンが振り返ると、談話スペースにキーアとティータがやって来た。

 

「お待たせ、ミュゼ」

 

「遅くなってごめんなさい」

 

「いえいえ、二人ともちょうどいいタイミングです」

 

 ミュゼが労うと、二人は抱えていた大きなトレイをテーブルの上に置いた。

 

「これは……」

 

 そこには先日、食べた――そして今話題にしている焼き菓子の“オルディーネ焼き”があった。

 ただし――

 

「おや? もう《テスタ=ロッサ》の型もできたのかい?」

 

 セドリックは増えたデフォルメされた見慣れた相棒の顔を見て目を丸くする。

 

「《ヴァリマール》に《エル・プラド―》もある……」

 

「それだけではありません。《ゼクトール》に《アルグレオン》まで……」

 

「それに《ゾア・ギルスティン》もか……」

 

 ところ狭しとトレイに載せられ山盛りになった焼き菓子にユウナ達は口々に感想をもらす。

 

「昨日の今日で、もう型ができたのか?」

 

「えへへ、リィンさんには機甲兵用の導力魔法で頑張ってもらいましたから……

 って言っても、わたしが作ったのは一つずつで、後は出来た金型のサンプルをアリサさんに送って屋台と一緒に作ってもらう予定です」

 

 ティータは謙遜しながらトレイをテーブルに置き、ミュゼが口を開く。

 

「実はこちらの焼き菓子を提供するにあたって一つ懸念があるんです」

 

「懸念?」

 

「はい……外の生地についてはクロイツェン州に発注して問題ありませんが、中に入れる餡子についてはカルバード共和国から取り寄せる分では足りない恐れがあります」

 

「ああ……確かにこの資料の予想顧客数から逆算すると難しいかもしれないな」

 

 ミュゼの懸念にセドリックが同意する。

 

「餡子はユミルでも作っていたはずだけど、わざわざ輸入しないといけないのか?」

 

「ユミルで作られている餡子は地産地消で使われているので、こちらに回す量は元々ほとんどありませんよ」

 

 リィンの疑問をあっさりと論破してミュゼは続ける。

 

「ですので、先日皆さんに食べていただいたユミル饅頭の餡子ではなく、キーアさんにレシピを作って頂いた他の中身にアレンジを加えようかと考えているんです」

 

「中身を変える?」

 

「えっとね……チョコレートクリームとカスタードクリームにユリアさんが差し入れに持ってきてくれたりんごで作ったジャムでしょ……

 あとアルモニカ村のはちみつとマロンクリーム。それからカレーとチーズ」

 

 キーアは指折り数えながら、バリエーションを上げていく。

 

「これならば各地で集める食材を分散できるので、より多くの“騎神焼き”を売ることができるようになります」

 

「量を用意するのは良いけど、結局俺達だけでこれだけの材料を加工するのは無理じゃないか?」

 

「それに関しても抜かりはありません……

 帝都でカイエン家が利用できる飲食店などに材料の加工を依頼する手筈になっています……

 もちろん皆さん、協力的ですよ……フフ、ミラの力は凄いですね」

 

「…………分かった。もう好きにしてくれ」

 

 懸念を一つ一つ丁寧に論破するミュゼにリィンはついに白旗を上げる。

 

「とりあえず皆さん、味見をしてください……

 それでどの騎神焼きにどの味を割り振るか決めたいと思います」

 

「…………《イシュメルガ》の型はないんですね」

 

 それらを見回したアルティナがぽつりと呟く。

 

「うん。最初は作ろうとしたんだけど、ミュゼちゃんがイシュメルガは知名度が全くないからいらないって」

 

「……そうですか」

 

 ティータの無情な答えにアルティナはなるほどと頷く。

 灰、蒼、緋、金は言うまでもなく、紫はオルディスで、銀はクロスベルでその姿を一度晒している。

 昨今の導力ネットでは一度ネットワーク上に上がった情報は消すことは難しく、紫と銀の騎神の姿はそれなりに認知されているのだが、《黒》については未だに影も形も見せていないのだから当然の除外とも言えた。

 

「しかし、あれだな……味を変えるって事は命拾いしたな皇子様」

 

「いきなりなんだいクロウ?」

 

 挑発的にクロウは笑い、セドリックは訝しむ。

 

「同じ味だったなら、どれが売れたかでどの騎神が人気か分かるって事だろ?

 つまり《オルディーネ》との差が明確になっちまうって事だ」

 

「ははは……何を言い出すかと思えば、《テスタ=ロッサ》が《オルディーネ》に劣っている?

 寝言を言うのには早いんじゃないかな?」

 

「ふっ、お前が《テスタ=ロッサ》で活躍したのは二年前……

 それに比べて俺はこの半年、リィンと一緒に帝国の各地で戦って来たからな。リィンと一緒に、つまりリィンの相棒としての知名度があるんだよ」

 

「よりによってリィン君の相棒を名乗るなんて……

 良いでしょう、ちょうどいい。帝国で誰が人気なのか、はっきりさせようじゃないか」

 

 挑発するクロウにセドリックはあっさりと乗る。

 

「二人とも、喧嘩しないでくれ」

 

 リィンはため息を吐き、書類と焼き菓子の山を見比べる。

 

「えっと試食には俺も付き合った方が良いんだよな?」

 

「いいえ、リィンさんはまず書類の方を優先してください。アルティナちゃんとキーアちゃんもリィンさんを手伝って上げてください」

 

「ミュゼさん……」

 

「えっと……」

 

 名指しされた二人は戸惑う。

 

「何を企んでいるんだミュゼ?」

 

「企むだなんて、わたくしはただリィンさんの願いに全力を尽くそうとしているだけですよ、ふふふ……」

 

 リィンの追及に微笑みを持って応えるミュゼにリィンは今日何度目になるか分からないため息を吐いた。

 

「分かった。二人とも手伝ってくれ」

 

 リィンは書類の束を抱えて席を立つ。

 アルティナとキーアもそれに合わせて立ち上がり――

 

「アルティナさん、キーアさん」

 

「何でしょうかミュゼさん?」

 

 ミュゼに呼ばれたアルティナは振り返り、聞き返す。

 

「御二人はこの企画に最大限の協力をしてくださるんですよね?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 その物言いに、わざわざ確認をするミュゼにアルティナとキーアは顔を見合わせて訝しむ。

 

「やはり何か企んでいるんでしょうか?」

 

「あんまり暗躍とかしちゃダメだよ」

 

「いえいえ、お二人には当日リィンさんと一緒に屋台での売り子を担当して頂きたいと考えているだけですよ」

 

「売り子……ですか?」

 

「はい、リィンさんが焼き菓子を作る係ならば御二人にはそれを売って頂く係を担当して頂きたいと……それだけの確認です」

 

「それなら……うん、キーアは大丈夫だよ」

 

「ええ……ミュゼさんにしてはまともな提案ですが、わたしも問題ありません」

 

 キーアとアルティナはミュゼの提案に了承し、リィンの後を追うようにその場を後にした。

 

「さて……」

 

 談話スペースから三人がいなくなったところで、ミュゼは佇まいを直し厳かな空気を纏う。

 

「ミュ、ミュゼ……?」

 

 変化した気配にユウナは慄く。

 

「リィンさん達がいなくなったところで、ここにいる皆さんで可及的速やかに決めなければいけない事があります」

 

「っ……」

 

「それはもしかして当日の共和国からの護衛の……」

 

 ミュゼの雰囲気に呑まれ、フリッツとエイダは緊張に背筋を伸ばす。

 

「なるほどミュゼ。つまり“あれ”をどうするかという事だね?」

 

「セドリック殿下、はい……そうです“あれ”です」

 

 セドリックとミュゼは真剣な顔で頷き合う。

 

「今から準備をするとして、用意できるのはいくつだい?」

 

「恐らくは二つが限界でしょう……これも今日中に手配しなければ当日には間に合わないと思います」

 

「なるほど……それじゃあ君はあの二人にその“あれ”を装備させるつもりなんだね」

 

「流石セドリック殿下、話が早いですね」

 

「いやいや、その点についても準備を整えていた君もなかなかだよ。さっきも二人に言質を取っていたしね」

 

 セドリックとミュゼは笑みを交わしながら互いを褒め合う。

 その光景についていけてないクルトが思わず、口を挟む。

 

「二人とも、いったい“あれ”とは何なんだ? 対テロリスト用にリィン達に何を用意するつもりなんだ?」

 

「何の話をしているんだいクルト?」

 

「え……?」

 

 首を傾げるセドリックの言葉にクルトは虚を突かれる。

 

「えっと……じゃあ何の話をしていたの?」

 

 ユウナは訳が分からないと首を傾げ尋ねる。

 

「それはもちろん――」

 

「アルティナさんと――」

 

「キーアに売り子として着せる衣装の話だよ」

 

 ミュゼとセドリックは息をぴったりと合わせて言い切った。

 

「…………殿下……」

 

「…………ミュゼ……」

 

 セドリックの発言にフリッツとエイダは項垂れ、ユウナは呆れる。

 

「衣装って……士官学院の特別演習の一環なのだから制服のままで良いんじゃないか?」

 

「はあ……」

 

 クルトの意見にセドリックは失望したと言わんばかりのため息を吐いた。

 

「君はそれでも帝国男子なのかい?」

 

「クルトさん、貴方には失望しました」

 

「で、殿下? ミュゼも?」

 

 息の合った辛辣な言葉にクルトは狼狽える。

 そんなクルトの動揺に構わずセドリックは捲し立てる。

 

「あの二人を合法的に着せ替えができる機会に何もしないなんて、皇室護衛役としての誇りはどうしたんだい?」

 

「そんな誇りは一度も持ったことはないっ!」

 

 本気なのか分からない事を宣う元親友にクルトは思わず声を上げて言い返す。

 

「ですが重要な事ですよ。御二人の可愛らしい姿で客引きすれば、売り上げが倍になるのも夢ではありませんっ!」

 

「ミュゼ……君はさっきリィンの知名度だけで十分に勝算はあるって言っていたじゃないか」

 

「それはそれですよクルトさん」

 

「それともクルトは二人を――特にキーアを着飾らせたくはないのかい?」

 

「それは……」

 

 セドリックの指摘にクルトは言葉を濁らせる。

 特務支援課だった者として、セドリックの指摘にクルトは思わず考えてしまう。

 

「クルトはキーアに何を着せたい?」

 

「僕が……キーアに……」

 

 支援課にいた時はその役目は主にエリィ達を始めとした女性陣の仕事だったため。クルトは口を挟んだ事はない。

 

「そうです……クルトさんならキーアちゃんにどんな服を着せたいですか?」

 

「そう言われても僕はファッションに疎いから……強いて言うならメイド服とかはどうだろう?」

 

「…………なるほど……」

 

 クルトの答えにセドリックは鷹揚に頷いた。

 

「クルトはメイド服が好きっと」

 

「殿下っ!?」

 

 セドリックの言葉にクルトは思わず声を上げる。

 

「そうかそうかクルトはメイド服が好きだったのか」

 

「だからそういう意味じゃなくてんだな」

 

 アッシュに肩を叩かれて振り返ったクルトが見たものは、ニヤニヤと笑いながら《ARCUS》を操作しているアッシュだった。

 

「…………何をしている?」

 

「ふ……お前がメイド萌えだって一斉メールを送信しようと思ってな」

 

「やめろっ!」

 

 咄嗟にクルトは《ARCUS》を奪おうと手を伸ばすが、寸前にアッシュは身を退いてその手を躱す。

 

「照れるなって、むしろ真面目一辺倒なお前がメイド好きだって分かったなら親しみ易くなるってもんだろ」

 

「あ……」

 

 言いながらアッシュは席を立ち、ついでに焼き菓子の一つを取ってクルトから距離を取る。

 

「アッシュさん、話はまだ――」

 

「ま、好きにやってくれよ」

 

 呼び止めようとするミュゼにアッシュはだるそうな言葉を返す。

 

「俺はクルトみたいに性癖を晒す趣味はないんでな……

 特別演習は帝都を駆け回るより楽ができそうだから文句はねえから、決まったら後で教えてくれよ」

 

 そう言ってオルディーネ焼きにアッシュは噛り付き――

 

「アッシュ、行儀が――

 

「ごふっ!?」

 

 ユウナが注意をした瞬間、アッシュは吹き出しその場に倒れた。

 

「なあっ!?」

 

「アッシュ!?」

 

 突然倒れたアッシュにユウナとクルトは動揺する。

 

「ああ……」

 

「何か知っているんですかティータさん?」

 

 倒れたアッシュに何かを察したティータにミュゼが尋ねる。

 

「うん……たぶん……

 フレディ君のブルーチーズとキーアちゃん特製にがトマトソースだと思う」

 

「………………」

 

 ティータの答えに一同は息を呑んで山積みにされた焼き菓子を見る。

 

「あ、大丈夫ですよ。その具材は一つだけで済ませましたから」

 

「そ、そうか……」

 

「アッシュ、貴方の犠牲は忘れないわ」

 

 続くティータの言葉にほっと胸を撫で下ろし、手を合わせて感謝を捧げる。

 

「…………よかったね。クロウ」

 

「は……? 何がだセドリック?」

 

「ブルーチーズだなんてまさに《蒼》のオルディーネに相応しい味じゃないか」

 

「それを言うならにがトマトソースの赤なんて《緋》のテスタ=ロッサにお似合いじゃねえか」

 

「ははは……」

 

「ククク……」

 

 セドリックとクロウは笑顔で外れを押し付け合いを始めるのだった。

 

「ふう……」

 

 騒然とした光景にミュゼは一息吐く。

 

「お疲れミュゼ、なんだか大変みたいね」

 

 そんな彼女を労うようにユウナが声を掛ける。

 

「いえ……これもラマール州の貴族として当然の務めです……

 これくらいしないとリィンさんのこれまでの働きに報いる事も、信頼を得る事もできませんから」

 

 ミュゼは疲れを見せないように作り笑いをしてユウナに答える。

 機甲兵訓練にリィンが博士たちから引っ張りだこになっているのなら、ミュゼは屋台を成功させるために少しでも時間があれば導力ネットを利用して様々な方面との交渉を行っている。

 もう少し準備期間があれば良かったのだが、それをリィンに言わずに余裕と振舞うのはミュゼの意地でもあった。

 

「…………うん……」

 

「ユウナさん?」

 

「今のミュゼは好きよ」

 

「え……?」

 

 突然のユウナの告白にミュゼの思考は止まる。

 

「…………なななな……突然何を言うんですか!?」

 

「少し前のミュゼはなんか一歩引いているというか、あたしたちを都合よく転がしてやろうって腹黒さがあったけど……

 今はリィンのために一生懸命頑張ってるのが分かる。あたしは今のミュゼの方が好きよ」

 

「…………そ、そんな事を言ってもユウナさんだって私はこき使いますよ」

 

 面と向かってはっきりと言われたミュゼは真っ直ぐなユウナの好意に狼狽えながら言い返す。

 

「うん、存分にあたしに頼りなさい」

 

 はっきりとそう言い返すユウナにますますミュゼは調子を狂わされる。

 

「もう……」

 

 ミュゼは誤魔化すように焼き菓子に手を伸ばす。

 その姿をユウナは微笑ましいものを見るように笑うのだった。

 

「………………ふうん」

 

 その光景をシャーリィは《テスタ=ロッサ》を齧る一方で、《ARCUS》を操作していた。

 

 

 

 






衣装決め
ミュゼ
「それでは改めてアルティナさんとキーアさんの衣装を決めたいと思います」

セドリック
「とりあえずクルトはメイド服が良いと」

クルト
「別にメイド服が良いとかじゃなくてだな……
 僕が知っている服装の呼称がそれくらいしか思いつかなかっただけで……
 聞いていますか、殿下? …………こっちを向けセドリック!」

ユウナ
「うーん、ミシュラムだと共通の制服があったけど……
 いや、ここはいっそうティオ先輩やエリィ先輩が言っていたキーアペンギンを見るチャンスかしら?」

クロウ
「“黒兎”なんだしバニーガールでいいんじゃねえか?」

ミュゼ
「却下ですクロウさん、TPOを弁えてください」

クロウ
「はは、じゃあ言い出しっぺのお前は何かないのかよ?」

ミュゼ
「そうですね……
 セドリック殿下は帝国のイベントだからメイド服を安易な事を言っていましたが、私は東方の着物を推します」

セドリック
「へえ、それはどんな意図だい?」

ミュゼ
「今回の“騎神焼き”の元となったものは“ユミル饅頭”であり、“ユミル饅頭”の原点が東方にあるのなら着物こそ最適解のはずです」

セドリック
「なるほど確かに一理あるね。しかし帝都でラマール州貴族の後ろ盾を示すためにはメイド服が好ましいんじゃないかな?」

ミュゼ
「むむむ……」

セドリック
「せっかくだからみんなで投票をしてみようか?」

アネラス
「リボンは付けるべきだと思います!」



*アルティナ、キーアの衣装のイメージは「暁の軌跡」にあるアルティナの和メイド服の予定
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