閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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そう言えばふと思い出したのですが
界2でレーギャルンをどう攻略するのかはまだ分からないのは前提として、ここの世界線だと閃Ⅰの82話でアリアンロードが“時”に関係するものとした黒耀石の鍵を壊しているんだよな

レーギャルンは北欧神話でレーヴァテインを九つの鍵をかけて封印した匣だから、結構重要なアイテムだったりしたのかも?




97話 悪だくみ

 

 

 7月13日――

 その日、リィンは早朝からシュミット博士にアインヘル訓練要塞に呼び出されていた。

 

「…………まあ予想はできていたけどな」

 

 《Ⅶ組》はハミルトン博士のサポートを担当しつつ、リィンだけは名指しで各博士から協力を打診しても良いとは三高弟が勝手に決めたことだ。

 もっともハミルトン博士のサポートも、ラッセル博士のサポートもやる事は変わらず、せいぜい守秘義務が増えるだけ。

 仲間たちも積極的に聞き出そうとして来ないため、リィンは気楽にシュミットの要請に赴いていた。

 

「ごめんねリィン君、シュミット博士が無理を言って」

 

「大丈夫ですトワ教官……博士たちが無茶を言うのはいつものことですから」

 

「…………うん……そうだね」

 

 遠い目をするリィンにトワは共感して頷く。

 

「それにしても……」

 

 リィン灰色のドラッケンを見上げ、その周辺で作業している人形兵器に視線を移す。

 

「もしかして全部シュミット博士だけ作業していたんですか?」

 

「うん……

 最初は私たち教官がシュミット博士のサポートをするつもりだったんだけど、作業用人形兵器を博士は用意していたみたいで、私たちが手助けしないといけない作業はほとんどなかったよ」

 

「…………そうですか」

 

 普段敵として相対する事が多い結社の人形兵器もシュミット博士に掛かれば、作業用の人手と化す事にリィンは《リベル=アーク》の事を連想する。

 

「どうかしたのリィン君?」

 

「いえ、ちょっと黒歴史を思い出しただけです……

 それよりトワ教官、シュミット博士はいったい誰を選手に選んだんですか?」

 

 ここまで明かされていない選手についてリィンはトワに尋ねる。

 リベールはユリアが、カルバードはエミリアが、それぞれ《第Ⅱ》で機甲兵の操作の訓練を行っている。

 機甲兵が帝国の主戦力になりつつある現状では訓練場所を《第Ⅱ》に拘る必要もなければ、彼女たちと違い帝国軍人には既に機甲兵の操縦ではアドバンテージもある。

 しかし今日まで実機にも触れずに顔も見せない選手にリィンは嫌な予感を感じていた。

 

「私も聞いてないね……

 でも順当に考えるならクレア少佐じゃないかな?」

 

「…………やっぱりそうなりますか?」

 

 自分と同じ予測をするトワにリィンはため息を吐く。

 先日のラマール州での演習ではいろいろあった事に気まずさを思い出す。

 しかしそんなリィンの心情などお構いなしにシュミットはやってきたリィンを出迎えた。

 

「遅いぞ」

 

 シュミットはいつもの言葉でリィンを出迎える。

 

「すいません。それで俺は何をすれば良いんですか?」

 

 いつものように謝罪をしてリィンは先を促す。

 ある意味で、いつも通りの決まったやり取りをする二人にトワはため息を吐く。

 

「他の博士たちと同じように機体の最終調整でしょうか?」

 

「いや、お前に頼むのは操縦者の最終試験だ」

 

 そう言いながらシュミットはリィンに用意していた紙の束を渡す。

 

「ドラッケンGSの仕様書だ。三分で把握しろ」

 

「シュミット博士!?」

 

「はい」

 

「リィン君!?」

 

 シュミットの無茶振りとリィンの了承にトワは思わずため息を吐く。

 

「…………なるほどこういう仕様ですか……」

 

 ざっと説明書に目を通したリィンは理解したと頷く。

 

「ではお前はあれに乗って、シミュレーションで相手をしてやれ」

 

「俺がドラッケンに乗るんですか?」

 

「導力ネットを利用して遠隔で対戦相手できるように調整した……

 お前は正午までその相手をしていればいい。既に相手側の準備はできている」

 

 簡潔な説明にリィンは分かりましたと、頷く。

 

「相手はやはりクレア少佐ですか?」

 

「…………いや……」

 

『私ではありません』

 

 リィンの問いにシュミットが言葉を濁らせると、室内のモニターが起動して噂にした当人のクレアが現れる。

 

「クレア少佐……」

 

『申し訳ありません』

 

 リィンが何かを言う前に画面のクレアが謝る。

 何事かとリィンとトワは顔を見合わせて首を傾げると、原因は――元凶はすぐに分かった。

 

『リィンさんにお相手をしてもらうのはわたくしです』

 

 そうしてクレアがいる画面を分割して映し出されたのはリィンがよく知る少女だった。

 

「アルフィン殿下っ!? その姿は……」

 

 セドリックの姉であるアルフィンは見慣れた深紅のドレス姿ではなかった。

 豊かな金髪は一つに纏められ、動き易い運動着となった姿は一見すれば本当に皇女なのか目を疑ってしまう。

 そして彼女の背後にはどこか疲れた様子のエリゼもいて、彼女が本物のアルフィン・ライゼ・アルノールなのだと理解してしまう。

 

『もう……わたくしの事はアルフィンと呼び捨てにしてくださいと言ったはずですよ』

 

 わざとらしく怒って見せるアルフィンにリィンは何と応えるべきか迷い、スルーする事にする。

 

「そんなすぐに変える事なんてできません……

 それよりもまさかアルフィン殿下が帝国代表として出場するなんて本気ですか?」

 

『ええ、せっかくセドリックが企画したイベントですから、姉として少しだけ協力して上げようと思ったんです』

 

「セドリック殿下からはそんな事聞いていませんが……」

 

『オズボーン宰相には許可を得ましたよ』

 

 にっこりと笑うアルフィンにリィンは追及するのはやめた。

 

『それにひどいとは思いませんか、わたくしは内戦からずっと政務政務政務……

 なのにセドリックやお兄様はこんな楽しそうな事を企画して、わたくしだって体を思いっきり動かしたいと思う時があるんですよ』

 

「え……ええ、それは……」

 

 予想外のアルフィンの愚痴にリィンは怯む。

 

『それに大丈夫ですよ。これでも二年前まではセドリックよりも逞しいって言われていたくらいですから……

 オズボーン宰相の試験もリィンさんで最後になるんです』

 

「オズボーン宰相の試験ですか?」

 

『ええ』

 

 リィンが浮かべた疑問にクレアが答える。

 

『アルフィン殿下が機甲兵レースに参加する条件として、閣下は鉄道憲兵隊員との勝負を提案されました』

 

「まさかクレア少佐にも勝ったんですか?」

 

『いえ、流石にクレアさんには勝つことはできませんでした』

 

 無念そうにアルフィンは付け加える。

 

『ですが、私が出場してしまうのは機甲兵の稼働時間の差も考慮して公平性がないので……

 最終審査はリィン君に担当して頂こうという事になりました』

 

「なりましたって……そんな勝手に……」

 

 いつの間にか押し付けられたアルフィンの扱いにリィンは頭が痛くなる。

 

『それほど難しく考えなくて大丈夫です……

 ユリアさんとエミリアさん、両方の訓練を見てアルフィン殿下が通用するのか判断してくれるだけで良いんです』

 

『リィンが不適格と判断したのならクレアさんが出るそうなので姫様だからと遠慮はいりません……

 手加減も必要ありません……徹底的にやりなさい』

 

『エ、エリゼ……?』

 

「エリゼ姉さん……」

 

 怖いとさえ感じる圧を発するエリゼにアルフィンとリィンは慄く。

 しかしと、リィンはため息を一つ吐いて気持ちを切り替える。

 

「やれと言われればやります……

 アルフィン殿下が皇女だからと言って、手加減できるほど俺は器用でもありません……それでも良いんですね?」

 

『はい……』

 

 言葉にリィンの本気を感じたのか、アルフィンは佇まいを直して頷く。

 

「分かりました」

 

 リィンは頷き、鎮座されているドラッケンに乗り込んだ。

 

 

 *

 

 

「こうしていると二年前を思い出すね」

 

 第Ⅱ分校の家庭科室、作業の手を止めてマキアスは呟いた。

 

「そう言えば、あの頃は寮ではよくみんなで作っていたな」

 

 マキアスの言葉を切っ掛けにガイウスもまた当時の事を思い出す。

 

「そうですね……みんなバラバラで……一番最初にみんなで同じ食事をしたのはクリス君がカレーを作った時でしたね……

 あの時のマキアスさんは……その……」

 

 エマはマキアスの顔を見て思わず言葉を濁す。

 

「うぐ……あの時の僕は……ああ、本当にひどかった」

 

 当時の事を思い出してマキアスは猛省する。

 

「ところでマキアス」

 

「ん? 何だい?」

 

 ガイウスに呼ばれてマキアスは首を傾げる。

 

「帝都の地下での活動は良いのか?」

 

「ああ、そっちは今はサラさんが指揮を執ってくれている……

 今日の夜はロイドさんがキーア君と一緒に晩餐会に参加することになっているからね。僕はそちらのサポートとそれから一応学院の警備も兼ねての待機任務だな」

 

「そう言うガイウスさんは《教授》の捜索をしなくて良いんですか?」

 

 今度はエマがガイウスに尋ねる。

 すると苦し気に顔を歪めてガイウスは答える。

 

「ケビン神父に俺も一時待機を命じられてしまった……

 やはり失望されてしまったのだろうか?」

 

 落ち込むガイウスにマキアスとエマは珍しいものを見たと場違いな関心をしてしまう。

 

「ケビン神父と言えば、リィン君の“導き手”として今夜の晩餐会の出席するらしいですね」

 

「ああ、ルフィナさんの代理にリィンが名指しで頼んだらしいが……

 はあ……やはり俺はリィンに信用されていないのだろうか……」

 

 七耀教会の代表としてならば《Ⅶ組》の自分を指名して欲しかったと思いながらも、ガイウスはオルディスでのリィンからの拒絶を思い出して落ち込む。

 

「ケビン神父はルフィナさんの義弟だそうですから、《Ⅶ組》よりもリィンが信頼しているのは当然……なんだろうな」

 

 マキアスは呟き、リィンの選択の合理性を考える。

 

「結局僕たちはこの二年でどれだけの事ができたんだろう?」

 

「マキアス……それは……」

 

「カルバート共和国や遊撃士協会を巻き込んで、ゼムリア大陸統一警察を実験的に発足できたけど、肝心な時には役に立てていない」

 

「それは俺だって同じだ七耀教会の守護騎士になったのに……」

 

「二人とも、あまり自分を責めないでください……

 元はと言えば《Ⅶ組》が始まった時にちゃんと“あの人”と話をしようとしなかった私が一番悪かったんですから」

 

「それでもエマ君は今日の晩餐会にクリスの“導き手”として参加するんだろ?」

 

「はい……ミリアムちゃんと一緒に……

 でも“導き手”なんておかしいですよね。クリスさんは私に導かれなくても自分の道を決められるのに」

 

 自嘲するエマにマキアスとガイウスは慰めの言葉を考えようとして、言葉は出てこなかった。

 

「公安七課からはキーア君の保護者としてロイドが同行してくれる」

 

「リィンはケビン神父とアルティナか……

 そもそも主催がオリヴァルト殿下ならば、《Ⅶ組》はいったい何なのだろうな?」

 

 帝国の闇にどこまでも部外者として扱われている自分たちにマキアス達は悩む。

 様々な努力をした結果、今自分たちがしているのがお菓子作りだという事実にどうしても何故と考えてしまう。

 

「それにラウラたちは……」

 

「“導き手”と言えば、マキアスさん。姉さんと会ったんですよね? 姉さんは何って言ってましたか?」

 

 マキアスの言葉を遮ってエマは話題を振る。

 

「会ったけど、でもその時は晩餐会の事を僕が知らなかったからな……

 情報交換をした後にすぐに分かれてしまったんだ……

 しかし晩餐会か……共和国からの暗殺者が帝都にいる中で起動者たちを集めて晩餐会だなんて……」

 

 頭を悩ませるマキアスには悪いが、エマとガイウスは起動者たちの集いを襲ってくれた方が手っ取り早く済むのではないかと考えてしまう。

 

「エマの方から連絡は取れないのか?」

 

「それができたら苦労はしませんよ」

 

 ガイウスの問いにエマはため息を吐き――セットしていた導力アラームが鳴り響く。

 

「えっと……」

 

 エマはアラームを止めて、熱していた鉄板を開く。

 香ばしい匂いが室内に広がる。

 

「焼き加減は今回のが良さそうだな」

 

 表面の色合いを見て、マキアスがノートに今回の条件をメモする。

 

「これでリィン君の役に立てていると良いんだがな」

 

 作業のマニュアル化。

 機甲兵教練で忙しいリィンのために時間が空いてしまったマキアス達は試行錯誤のデータ取りを行っていた。

 

「今回の味はマロンクリームだったか……半分は具がはみ出してしまっているな……適量はここまでか」

 

 ガイウスは慣れた様子でノートに今回の結果を書き込む。

 

「そう言えばマロン……栗と言えば……」

 

「あら、良い匂いね」

 

 三人の会話の中に新しい声が割って入る。

 

「え……?」

 

「これ、もらっても良いかしら?」

 

「は、はいっ! どうぞ!」

 

 突然現れたミスティにマキアスは慌てて出来の良い“騎神焼き”を差し出す。

 

「もぐ……うん、季節にはちょっと早いけど、ホクホクのマロンクリームが良い感じで美味しいわね」

 

「姉さんっ!」

 

「はあいエマ、イソラとは仲良くしてる?」

 

 声を上げるエマにミスティは笑顔で対応する。

 

「何でここに!? って言うか何を食べてるの!? そうじゃなくて……ああもうっ!」

 

 一見すれば、彼女の好物の栗の菓子に釣られて現れたようにも見えるミスティの登場にエマは憤りを感じずにはいられなかった。

 

 ――私の努力は栗に負けたの?

 

 そんな思考に囚われたエマが手を出すよりも早くミスティは本題に入る。

 

「もちろんエマを揶揄うために――」

 

「ふしゃああああっ!」

 

 エマの右ストレートが放たれた。

 ミスティは危なげなく回避した。

 

「――というのは冗談で。エマ、貴女も今夜の晩餐会については聞いているでしょ?」

 

「………………ええ、はい……それじゃあクロウ先輩に?」

 

「いいえ、クロウには婆様のエスコトートを頼んだわ」

 

「え?」

 

「その代わり私は聖女様のエスコートをする事にして現地で合流するのよ」

 

「ああ……そういう事ですか」

 

 結社の使徒同士の二人ならば確かにその方が効率的だとエマは納得する。

 

「あれ……?」

 

 そして首を傾げた。

 ミスティの口振りでは既にクロウとローゼリアへの話し合いは終わっている。

 ならば何故彼女は自分のところに来たのか。

 

「姉さん……」

 

「あとはリィン君にちょっとお願いしたいことがあったのよね」

 と言うわけでエマ、リィン君はどこかしら?」

 

「それならアインヘル訓練要塞にいると思うけど……」

 

 エマが冷静になって問いただそうとしたが、振られた話にエマは反射的に応えてしまう。

 

「そ、ありがとう。それじゃあ晩餐会でね~」

 

 ひらひらと手を振ってミスティは家庭科室から出て行ってしまっていた。

 

「ああ…………もうっ!」

 

 エマの憤りを含んだ声が空しく響き渡った。

 

 

 

 

 

「さてと……」

 

 トールズ第Ⅱ分校での用事を済ませたミスティはそのままとんぼ返りして帝都ヘイムダルに戻る。

 

「少し遅くなったわね」

 

 時計で時刻を確認してミスティは早足で歩き出す。

 待ち合わせの相手はこの程度の遅刻で目くじらを立てるような人間ではないが、ミスティは足取りは急かされたように早くなる。

 

「あら……?」

 

 目的地の店を目前としたところで、ミスティは人だかりができている事に気付く。

 その理由にさもありなんと頷きながら、人混みを掻き分けて進めば大通りに面したカフェテラスの席を囲む美女の四人がいた。

 

「お待たせ」

 

「…………遅かったですね」

 

 ミスティの声に少しだけ不貞腐れた声でアリアンロードが応える。

 

「ごめんなさい。でも貴女の代わりに婆様の小言を聞くことになったんだから許してちょうだい」

 

「それは……」

 

 ミスティの言葉にアリアンロードは目を逸らす。

 

「しかし、こんな場所で待ち合わせなど……」

 

 分が悪いと感じたアリアンロードは話題を逸らすように周囲を流し見る。

 それだけで遠巻きにしていた野次馬たちが騒ぎ出す事にアリアンロードは疲れたように肩を竦める。

 

「私たちは日陰者……このような場所など似つかわしくないというのに」

 

「良いじゃない。結社の中でそんな事を気にしている人はいないわよ……

 それに娘さんたちは満更でもなさそうだけど」

 

 ミスティが指摘すると同じテーブルを囲っていてアイネスとエンネアが頷く。

 

「ええ、マスターとこのような時間を過ごせて光栄の極みです」

 

「この機会を作ってくださってありがとうございます、ミスティ様」

 

 彼女たちはアリアンロードを含めて、鉄機隊の騎士鎧ではなく街に合わせた普段着を着ている。

 しかしどれだけ平素な服を着ても、アリアンロードの美貌は曇らせる事はなく、それが民衆の注目を集めていた。

 

「…………それでロゼは何と?」

 

「エスコートの交代と現地合流については納得してもらったわ」

 

「そうですか……」

 

 ならばもう用はないとアリアンロードは席を立とうとして――

 

「ところで聖女様」

 

「……何ですか魔女殿?」

 

 機先を制されたアリアンロードは席に座ったまま聞き返す。

 

「晩餐会には何を着ていくつもりかしら?」

 

 ミスティの質問の意図が分からずアリアンロードは首を傾げて答える。

 

「いつもの鎧ですが?」

 

「……一応聞いておくけど、正気よね?」

 

「魔女殿、言いたいことは分かります……

 ですがオリヴァルト皇子主催とは言え、私たちは《黒》の獅子身中に飛び込むことになるのです……

 ならばそれに相応しい装備で赴くのは当然でしょう」

 

「ええ、でも相手が《黒》ならともかくオリヴァルト皇子やオズボーン宰相がそのような騙し討ちをしたりしないと思うのだけど」

 

「ですが、私は服などこの服と鎧、あとはジャージくらいしか持ち合わせていません」

 

 文字通り必要最低限しか持たないアリアンロードにミスティは顔を引きつらせ、アイネスとエンネアに目配せをする。

 

「…………」

 

 二人は無言で頷く。

 

「聖女様、これから私はドレスを選ぶのだけど、付き合ってくれるわよね?」

 

「魔女殿、私は……」

 

「付き合ってくれるわよね?」

 

「…………はい」

 

 有無を言わせないミスティに激怒したローゼリアの面影を感じてアリアンロードは頷く。

 

「では行きましょう」

 

 ミスティはテーブルの伝票を取り、踵を返す。

 アリアンロードはそれに続くように席を立ち――

 

「行くぞデュバリィ」

 

「いい加減起きなさい」

 

 アリアンロードの対面に座っていたデュバリィをアイネスとエンネアが揺り動かす。

 

「はあ…………マスターとお茶会……うふふ……」

 

 まだ意識を彼方に旅立たせている筆頭騎士に二人は手を振り被った。

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「ここは……?」

 

 ミスティが先導する形で辿り着いた建物をアリアンロードは見上げる。

 てっきり洋服屋だと思っていたが、案内された場所は違っていた。

 

「私がお世話になっている劇団よ……

 内戦の時に壊されてしまったけど、建物がようやく直ったのよ……夏至祭当日にはクロスベルからアルカンシェルを招くことになっているけど、それは今は良いわ」

 

 勝手知ったると言った様子でミスティは劇場に入って行く。

 

「こんにちは、座長」

 

「おおっ! ヴィータ君よく来たね」

 

 挨拶を交わす二人をアリアンロードは遠巻きにしながらホールを見回す。

 

「こういう場は昔も今もあまり変わりませんね」

 

 昔の事を思い出しながらも、あまり縁がなかったことにアリアンロードは自嘲する。

 

「座長、例の件については?」

 

「問題ない。既に準備は万全だ」

 

 ミスティと座長が不穏な会話をしている事にアリアンロードは気付かない。

 

「それでヴィータ君。今日の要件は何だい? オペラ歌手として復帰してくれるのかな?」

 

「ごめんなさい、それはまた今度で。今日は預けていたドレスを受け取りに来たの」

 

「なんだそんなことか……ヴィータ君の荷物は奥の部屋にあるから好きにしてくれたまえ」

 

「ありがとう、座長。それじゃあ聖女様手伝ってくれるかしら?」

 

「手伝う……ですか?」

 

「そ、ドレスだけじゃなくて装飾品が入ったトランクもあってこれが重いのよ。だから荷物持ちとして手伝って欲しかったのよ」

 

「そういうことでしたら、分かりました」

 

 アリアンロードはミスティのお願いに快く頷いた。

 それが自分を絡め取る罠だとアリアンロードは気付かない。

 奥へ奥へ、一般客が入ることができない楽屋裏へとアリアンロードは――鉄機隊の三人が続く。

 

「さあ、ここよ」

 

 ミスティは一度振り返り、目的の部屋に入る。

 そこは流石オペラの楽屋と思うほどに、様々な絢爛な衣装が並んでいた。

 

「やあ待っていたよヴィータ」

 

「久しぶりですね。内戦の時からちっとも顔を見せに来てくれないから心配していたんですよ」

 

「ごめんなさい、二人とも……

 紹介するわ。この二人はこの劇団のメイク担当と衣装担当のスタッフよ」

 

「…………魔女殿? 何故私にそんなことを」

 

 突然紹介されてアリアンロードは首を傾げる。

 そんな戸惑いにミスティはにっこりと笑い、告げる。

 

「アイネス」

 

「はっ」

 

 ミスティの呼ぶ声に合わせて、背後にいたアイネスがアリアンロードの右腕を抑える。

 

「アイネス?」

 

「エンネア」

 

「はいはい、ごめんなさいマスター」

 

 続いてエンネアがアリアンロードの左腕に抱き着く。

 

「…………何のつもりですか? っ!?」

 

 顔をしかめたアリアンロードは二人を振り解こうとして体の異変に気付く。

 

「闘気が練れない?」

 

「流石《破戒》の薬ね……

 この短期間で貴女に気付かないお薬を作ってくれるなんて」

 

「っ……そんな薬、いつの間に――」

 

「申し訳ありません……マスター」

 

 アリアンロードの言葉にデュバリィが応える。

 その事実に、もっとも自分を敬愛し尊敬をしてくれているデュバリィの裏切りにアリアンロードはその可能性を思いつく。

 

「在り得ない心変わり……まさか貴女達ほどの人間が《黒》に取り込まれたと言うのですか!?」

 

「ふふふ……」

 

 アリアンロードの言葉にミスティは妖艶に笑う。

 

「マスター……ですが、私は私たちは……魔女の囁きに堪えられなかったんです」

 

「デュバリィ……」

 

 全身で心苦しいと訴えているデュバリィにアリアンロードは己の迂闊さを呪った。

 

「悪いけど、問答をするつもりはないわ……

 さあ、みんな時間もないことだし、やってしまいましょう」

 

 薬で力を奪われたアリアンロードにミスティはその場にいる者たちを促す。

 

「くっ……」

 

 力を奪われたアリアンロードはアイネスとエンネアを振り払う事ができず、《深淵の魔女》の恐ろしさを味わうことになった。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

「…………ロランスからの連絡は……ないわね」

 

 アリアンロードを信頼する者に任せたミスティは結社特製の戦術オーブメントを確認して独り言ちる。

 

「彼の事だから心配はないだろうけど……」

 

 ロランスの実力は良く知っている。

 彼ほどの剣士が遅れを取るとは思えない。

 しかし定時連絡を怠るほどいい加減な男ではないことをミスティは知っている。

 

「だけど執行者の中で一番取り込まれ易いのはロランスなのよね……」

 

 帝国の暗黒に触れるにはロランスが抱える闇は深すぎる。

 もしも彼の中の復讐心が再燃することがあれば――

 

「クロウの二の舞かしら……?」

 

 口に出してミスティは在り得そうな可能性に唸る。

 

「流石に今はリシャール社長を裏切る事はしないと思うけど……うーん」

 

「ま、待ってください! それは本当に必要なものなのですか!?」

 

 アリアンロードの悲鳴のような抗議を背にしながら、ミスティは考え込み――戦術オーブメントに内蔵されている通信システムである番号コールした。

 

「もしもし、ブルブラン。ちょっと良いかしら?」

 

 

 

 






戦力の逐次投入

ブルブラン
「ふ……なるほど《剣帝》が音信不通だと……
 そのような心配など彼には不要だと思うが、魔女殿の頼みならば致し方あるまい……
 夏至祭が始まるまでの暇つぶしには丁度いいだろう」

人形遣い
「…………ん」

ブルブラン
「………………」

ヴァルター
「クカカ……レーヴェの阿呆にブルブランの馬鹿が行方不明とはな……
 そいつらに興味はねえが、帝都の地下にいる怪物とやらを拝みに行くとするか」

人形遣い
「…………ん」

ヴァルター
「は………………?」

ミスティ
「ロランスに続いて、ブルブランもヴァルターも連絡が途切れた?
 帝都の地下にはいったい何があるって言うのよ?」




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