閃の軌跡Ⅲ ―偽りの仮面―   作:アルカンシェル

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98話 起動者たちの集い

 

 

 7月13日――

 

 夕焼けに空が染まり一日が終わろうとしているその日。

 帝都ヘイムダル大聖堂には人だかりができていた。

 

「…………ケビン神父……本当にそれで良いんですか?」

 

「ああ、大丈夫や問題あらへん」

 

 覚悟を決めたケビンの言葉にリィンは本当に良いのかと訴えるようにリースに視線を送る。

 

「問題ありません。ケビンがやると言い出した事ですし、リィン君ならば本当に危険になる事はないでしょう」

 

 呆れが混じった冷ややかな態度でリースはケビンの現状を受け入れる。

 

「だけどなあ……」

 

 リースの許しを得ていてもリィンは躊躇ってしまう。

 

「うふふ……良いですよ~ネギ・グラハムさん。ゾア・ギルスティンちゃんもきゅーとですよ~」

 

 その躊躇いの間に独特な声の女性が《零》の腰に括りつけられたケビンをパシャリ、パシャリとフラッシュを光らせて写真を撮っている。

 

「はは……相変わらずやなドロシーちゃんは……あとオレはケビンやから! ケビン・グラハム!」

 

 仲が良さそうなボケ突っ込みにリィンが反応に困っていると、中年の男がリィンに話し掛けた。

 

「悪いな。ケビン神父とは昔からの知り合いでな。俺達はこういうもんだ」

 

 差し出された名刺を受け取り、そこにある名前をリィンは読み上げる。

 

「リベール通信のナイアルさん……ですか?」

 

「来週に帝都で行われる夏至祭にはうちの国の王女様が参加するのは知っているだろ?

 その取材のために、出張して当日までの下調べをしていたんだが……」

 

 ナイアルが言葉を濁して頭を掻く。

 

「本当ならここで噂のリィン・シュバルツァーに突撃取材をしたくもあったんだが、一応お前さんへの取材はオリビエ……

 いや、オリヴァルト皇子に止められているんだよな」

 

「オリヴァルト皇子に?」

 

「何だ自覚がないのか?

 リィン・シュバルツァー。君は今、ゼムリア大陸で一番注目されている人間なんだぞ」

 

「……そう……かもしれませんね」

 

「ある日、ユミルに現れた浮浪児……

 本当に帝国人なのか、それとも外国人なのか、貴族なのか平民なのか……」

 

 語り始めるナイアルの言葉にリィンは顔をしかめる。

 

「《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンの隠し子やゼムリアの東方から送り込まれた凄腕の剣士のスパイ……

 なんて尾ひれが付いた噂も出回っているくらいだ」

 

「…………だから何が言いたいんですか?」

 

「そんな怪しい子供にゼムリア大陸を滅ぼせる力が持つようになったんだ……

 誰だって注目するし、クロスベルみたいに今度は帝国が世界に宣戦布告をするんじゃないかって不安に思うのは当然だろ?

 ジャーナリストとしては“リィン・シュバルツァー”を取材して、どんな人間なのかゼムリアに知らしめてやりたいわけだ……

 それにうちの遊撃士もお前さんの事について知りたがっていたからな」

 

「リベールの遊撃士が……」

 

 そう言われてリィンは心当たりがある顔を思い浮かべる。

 

「だけど入国審査の段階でリィン・シュバルツァーへの取材は然るべきタイミングだけだと釘を刺されているんだ」

 

 愚痴るようにナイアルはため息を吐き、頭を抱える。

 

「ああ、くそ……

 これから騎神使い同士の会合だと!? なんとかして今からオリビエに――」

 

 リィンが隣にいることを忘れてナイアルは思考に没頭する。

 

「…………」

 

「リィン……」

 

「ああ、そうだな」

 

 アルティナに促されてリィンは静かにナイアルから離れて《零の騎神》の元へと歩き出す。

 

「ケビン神父、そろそろよろしいでしょうか?」

 

「おう、リィン君。悪いね……それじゃあドロシーちゃんオレの雄姿しっかりと撮ってくれな」

 

「はい、任せてください」

 

 ケビンとドロシーは良い笑顔で頷き合い、その姿にリィンはため息を吐いて《零》に乗り込んだ。

 

「…………システム良好。問題ありません」

 

 共に《零》に乗り込んだアルティナは機体の状況を報告する。

 

「それじゃあ……」

 

 リィンの意志に応えて、《零》がその場で音も風もなく浮き上がる。

 

「おおっ!」

 

 外にいたケビンは浮き上がる《零》に遅れ――腰に括りつけられたロープによって持ち上げられていく。

 

「良いですよケビンさん、こっちを向いてくださ~い」

 

 その光景をドロシーは写真に納めていく。

 

「ケビン神父、やはり今からでも手に移動した方が良いんじゃないですか?」

 

「はは、気遣いは無用やでリィン君。これは七耀教会の詫びでもあるからな……一思いにやってくれ」

 

「…………はあ、どうしてこんなことに」

 

 嘆くリィンは投げやりな気持ちで帝都の空を飛ぶのだった。

 腰に括りつけたロープでケビンを宙吊りにしたまま、《零》は帝都を一周すると北西の空へと飛び去って行った。

 

 そして――

 

 

「この度は《零の騎神》の封印を勝手に解き、リィン君に渡したことを七耀教会を代表として謝罪させていただきます」

 

 カレル離宮に降り立った《零》。

 そしてケビンは待っていたオリヴァルトの前に進み出て頭を下げた。

 

「うむ……七耀教会の誠意は見せてもらった」

 

 オリヴァルトは鷹揚に頷き、続ける。

 

「そもそも帝国としては君たちの判断を咎めるつもりはないさ……

 《零の騎神》をリィン君に渡してくれたから、帝都は救われた……

 感謝こそすれ、それを批難するつもりはない。今回の帝都の空を引き回し一周をもって手打ちにしよう」

 

「寛大な心遣い感謝します」

 

 許しを認められたケビンはもう一度、深々と頭を下げる。

 

「ところでケビン神父、帝都の空の旅はどうだったかね?」

 

「いや~俺もいろいろ覚悟はしてましたけど、リィン君の飛び方が良くて快適なくらいでしたよ」

 

 厳格なやり取りをしていた二人は次の瞬間、真面目な顔を崩して笑い合う。

 その姿に《零》から降りたリィンとアルティナは呆れ、オリヴァルトの後ろに控えていたミュラーはため息を吐いた。

 

「それはそれは是非ともボクも体験したいものだね……

 どうだいリィン君、夏至祭で未来の義兄弟になるボクと空中デートなんて?」

 

「謹んでお断りします」

 

 オリヴァルトの申し出をリィンはため息交じりに拒み、真面目な話を振る。

 

「そんなことよりも本当にこんな茶番が必要だったんですか?」

 

 リィンの言葉にオリヴァルトは苦笑いを浮かべる。

 

「うーん、思い付きで面白そうだと思ってしまったことは否定できない」

 

「殿下」

 

「おっと……」

 

 ミュラーの低い声にオリヴァルトは首を竦めて続ける。

 

「ヘイムダルやオルディスの民は冷めきれていない熱狂に浮かれているけど、他の地方や国々はやはり《零の騎神》が蘇ってしまった事には危機感を募らせているよ」

 

「七耀教会の方でもリィン君の危険性を訴えて外法認定しろって声も出て来とるな」

 

 二人はリィンの疑問に包み隠さず答える。

 

「それは……やっぱり……」

 

「リィン君が気に病むことじゃない……

 《ゾア・ギルスティン》を目覚めさせ、リィン君に託してくれたルフィナ君の英断によって帝都が救われたんだ」

 

「せやで、それに七耀教会についてはスカーレットを調査しておったらやばい情報も出てきて、今は帝国に痛い腹は探られたくないんや……

 ま、俺が笑い者にされるだけで禊になるちゅうなら安いもんだろ」

 

「帝国はともかくアルテリア法国に問題が?」

 

「ああ……うん、それは聞かないでくれると助かる……

 ともかくリィン君が気にする事はない。むしろ帝国に関わる“至宝”の話し合いに割り込む機会を作ってくれたことにむしろ感謝しないといけないくらいなんやで」

 

 ケビンが誤魔化すように感謝を告げ、リィンはそれ以上追及することをやめた。

 

「ですが、わざわざ《騎神》で来てくれとはどういう事なのでしょうか?」

 

 アルティナは招待状に書かれた一文を思い出して疑問を口にする。

 

 ――可能であるならば各自《騎神》で来られたし――

 

 そんな一文があったせいで《第Ⅱ》から全員で移動という効率的な方法を取れず、更には七耀教会のケジメを取ると言う形で帝都の空を一周することになった。

 

「良い質問だアルティナ君。その理由はずばり面白そうだったからだよ」

 

「…………」

 

 堂々と言い切るオリヴァルトに一同は冷めた視線を送る。

 

「いやいや考えてもみたまえ……

 本格的な戦いが始まってしまったら、《七の騎神》が一堂に会する機会なんて訪れることはないだろ?

 ならばこの機会に集めて、帝国の《大いなる騎士》を並べ立たせてみたいと思ってもいいじゃないか……

 それに提案するだけならタダだしね」

 

 ウインクして見せるオリヴァルトに一同は呆れながらも一定の理解を示す。

 

「まあ、確かに対面して見えて来るものもあるかもしれませんが……」

 

「分校には現在五機の《騎神》があるので今更でもある気がしますが」

 

「まあまあそう言わないでくれたまえアルティナ君……おっと」

 

 冷ややかなアルティナの言葉にオリヴァルトが言葉を返すと、空から飛翔音が聞こえてくる。

 

「あれは……」

 

「ヴァリマール……キーアか……」

 

 リィン達の注目を浴びながら、夕暮れの空から《灰の騎神》がカレル離宮の広場、《零の騎神》の横に降り立つ。

 そして《灰》の両手にそれぞれ抱えられていたロイドとイオが地面に降り、続けてキーアも騎神から降りた。

 

「やあ、よく来てくれたねキーア君……

 ロイド君とはこうしてちゃんと顔を合わせるのは二年前の通商会議以来かな?」

 

「オリヴァルト殿下……本日はお招きありがとうございます」

 

 普段のジャンパーではなく、スーツでその身を着飾ったロイドは恭しく頭を下げる。

 明らかに慣れていない仕草。

 オリヴァルトはとくに気にした様子もなく言葉を続ける。

 

「ふふ、そんなに肩肘を張らなくて構わないよ……

 この場は非公式な晩餐会だからね……イオ様も壮健そうで何よりです」

 

「様はやめてってば……

 でもこんな場を作ろうだなんて。今のアルノールは大胆だね」

 

 かつてはアルノールであり暗黒龍となり、今は二代目《大地の聖獣》となったイオは楽し気にオリヴァルトと挨拶を交わす。

 

「ヴァリマールか……」

 

 リィンは膝を着く《灰の騎神》を見上げて、その名を呟いた。

 

「…………キーアがわたしたちより遅かったのは意外でしたね」

 

「えっと……帝都でロイドと合流して、スーツをレンタルしたりしていただけだよ?」

 

 アルティナの疑問にキーアは答え、無言で《灰》を見上げるリィンに首を傾げる。

 

「リィン?」

 

「不思議な感じだな……こうして改めてヴァリマールとゾア・ギルスティンが並んでいるのを見ると」

 

「あ……」

 

 キーアはリィンと同じように並ぶ二つの騎神を見上げる。

 クロスベルでキーアが錬成した《零の騎神》ゾア・ギルスティンが今はリィンが乗ることになり。

 リィンの機体だった《灰の騎神》ヴァリマールは今はキーアが乗っている。

 既に何度も模擬戦で剣を交えているのだが、改めてその変化を二人は意識する。

 

「やっぱりキーアはゾア・ギルスティンに乗りたいか?」

 

「えっと……」

 

 リィンの質問にキーアは言葉を濁して《零》を見上げる。

 

「……この子がキーアを受け入れることはもうないよ」

 

 少し考えキーアはそれを言葉にする。

 クロスベルでの戦いの時もキーアへの攻撃が苛烈だったこともあるが、内戦で現れた時からも《零》はキーアの呼び掛けに応えてくれた事はない。

 

「だからリィンが気にする事はないよ……

 むしろキーアに付き合わせちゃってるヴァリマールに不満がないか心配だよ?」

 

 今回の招集で集まる起動者達の中で、一番劣っているのは自分だとキーアは苦笑いを浮かべる。

 

「そこのところはどうなんだヴァリマール?」

 

『うむ……』

 

 リィンの呼び掛けに《灰》は唸るように答える。

 

『確かに戦士としてはまだキーアは拙い……

 しかし《至宝》の力を含めれば《黒》や《銀》にも届き得る可能性は持っている』

 

「ヴァリマール……」

 

『しかしそうだったな……』

 

 ヴァリマールは感慨深そうにしながらキーアに告げた。

 

『キーア……我は汝を《灰の起動者》として認めよう』

 

「…………え……?」

 

『汝の事はこの二年見て来た……

 汝の想いも、決意も、見続けて来た……

 まだ未熟であれど、我は“彼”の代行ではなく、汝を“相克”に挑む相棒であると認めよう』

 

「ヴァリマール……うん、改めてよろしくね」

 

 ヴァリマールからの言葉にキーアは一瞬呆気に取られたが、嬉しそうに頷いた。

 

「…………」

 

 ヴァリマールとキーアのやり取りをリィンは黙って見守る。

 その胸中は少し複雑だった。

 キーアとヴァリマールは一歩前に進んだ。

 それは祝福すべき事なのだが、それは同時にヴァリマールと“彼”の関係性が終わった事を意味している。

 

 ――偽物である俺が口を挟めることじゃないけど……

 

 “彼”の記憶を持つ者として、そこに一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。

 

「僕が三番手ですか」

 

 リィンが寂寥感を感じていると、新たな声が降りて来た。

 

「おや、その声は……」

 

 ロイドと話し込んでいたオリヴァルトが空を見上げて――《緋》が降りて来た。

 

「緋の騎神テスタ=ロッサ……」

 

 降り立った《緋》の名をリィンは思わず呟く。

 しかしその姿は第Ⅱで見慣れた装いから少し違っていた。

 目立つ緋色の竜の翼と尾を持ち、背中には巨大な大剣を背負っている。

 そして最も違うのは右腕の《銀腕》。

 その手の平からエマ・ミルスティンが地上に降り立つと、腕はミリアムと《アガートラム》へと変化する。

 そして二人の間に《緋》から降りたセドリックが並び立つ。

 

「兄上……いえオリヴァルト殿下……

 《緋の起動者》セドリック・ライゼ・アルノール……

 並びに《導き手》たる魔女エマ・ミルスティン。そして僕の片腕であるミリアム・オライオン……

 ただいま参上しました」

 

「うむ……ご足労感謝するよ」

 

 普段の気安い物腰ではなく、セドリックは皇子らしい厳粛な態度でオリヴァルトへ頭を下げる。

 

「セドリック皇子……あんな風に振舞えたんだな」

 

「学園ではあれでしたが、やはり皇子ですから」

 

 その堂に入った佇まいに感心するリィンにアルティナは気持ちは分かると頷く。

 セドリックがオリヴァルトと話していると、その輪から離れたミリアムがアルティナに向かって駆け寄って来た。

 

「やっほー、アーちゃん♪ 元気にしてたー?」

 

 元気よく声を掛けて来るミリアムにアルティナはため息を吐く。

 

「正午に、第Ⅱで別れたばかりなのにコンディションが変わるわけはないです」

 

「あはは、ごめんなさい……どうにもミリアムちゃんは我慢できないみたいで」

 

 ミリアムに変わってエマが謝るが、そんな彼女にリィンは気付いたことを指摘する。

 

「……二人とも学院での服とは違うんだな」

 

「流石に皇族が主催する晩餐会に白衣で出席するわけにはいきませんよ」

 

「セドリックにお願いして用意してもらったんだ。どう? アーちゃん似合ってる?」

 

「えっと……」

 

「ああ、二人ともよく似合っていますよ」

 

 答えあぐねるアルティナに代わってリィンは二人のドレス姿を褒める。

 

「それで! それで! ボクの妹たちはどこ? それにアーちゃんの子供は?」

 

 もっとも褒められることよりも、他に気になる事があるミリアムは興奮した様子でまで来ていない《OZ》の姿を探す。

 

「残念だけど、まだイソラもシオンも《OZα》も来ていないな」

 

「そっかー」

 

 リィンの言葉にミリアムは肩を落とす。

 

「アーちゃんとイーちゃんとシーちゃんとボクか……

 ボクは三人のお姉ちゃんになるわけだし、アーちゃんの子供ならボクにとっても子供だよね」

 

「ミリアムさん、ですからアーちゃんはやめてくださいと何度も言っているはずです……

 それにわたしはまだ《OZα》をわたしの子供だと認知したわけではありません」

 

「えー」

 

「えーではありません」

 

「アーちゃんは難しく考え過ぎだよ。リィンもそう思うよね」

 

「俺に聞かれてもな……そもそもミリアム」

 

「ん?」

 

 ミリアムはリィンの呼び掛けに首を傾げる。

 

「《OZα》がアルティナの子供だとしたら、ミリアムはその子にとって叔母さんが正しい呼び方になるぞ」

 

「………………え……?」

 

 その言葉にミリアムは凍り付いた。

 

「……そうですねミーちゃんではなくこれはからはミリアムおばさんと改めた方良いかもしれませんね」

 

「………………え……?」

 

 リィンの言葉にアルティナが便乗してミリアムの呼称を改める。

 

「ア、アーちゃん?」

 

「ですからアーちゃんはやめてくださいと言ったはずですミリアムおばさん」

 

「お、お、……」

 

「どうしましたかミリアムおばさん?」

 

 アルティナがおばさんと呼ぶたびにミリアムは体を震わせる。

 

「あ、あのアルティナちゃん?」

 

 見かねたエマが口を挟む。

 

「貴女も他人事ではないと思いますが、エマおばさん」

 

「おば――!? えっと私はアルティナちゃんにそう呼ばれる心当たりはないんですけど」

 

「現在の第Ⅱ分校の生徒たちの間ではイソラ・ミルスティンは貴女の娘だと誤解されています……

 なのでイソラと姉妹であるわたしたちから見たら、貴女は叔母に当たります」

 

「母さんが私の娘!?」

 

 アルティナから聞かされた噂話にエマは耳を疑う。

 

「ち、違います! 違うんです!

 イソラは私のお母さんの記憶を持っているんです! イソラの方が私のお母さんなんです!」

 

 エマは必死に弁明する。

 

「…………大変そうだな」

 

 突如勃発したオライオン家とミルスティン家の家庭問題からリィンは目を逸らして、装いが変わった《緋》に目を向ける。

 

「エンド・オブ・ヴァーミリオンの力が安定している?

 それにあの黒い大剣は…………《鬼の力》の塊?」

 

「よく聞いてくれました」

 

 リィンの呟きにセドリックが嬉しそうに応える。

 

「あれが僕の二年の成果です」

 

「それは……ここで話しても大丈夫なんですか?」

 

「どうせすぐにバレてしまいますから構わないでしょう」

 

 リィンの忠告にセドリックはそう答えて語り出す。

 

「僕が二年前の内戦が終わってから行ってきたのは《テスタ=ロッサ》の霊力を“千の武具”という形で外に保存することです」

 

 セドリックは赤黒い刀身の大剣を見上げる。

 

「ドライケルス帝が残したゼムリアストーンの剣を芯に“千の武具”のリソースを全て注ぎ込んで一本の剣に束ねました……

 そして暗黒竜の呪いを剣に寄せる事で、機体本体の呪いの純度を下げる……ようにしようと考えていました」

 

「含みのある言い方ですね?」

 

「はは、実際は先日まで形になっていなかったんです……

 だけどシュミット博士が……君がくれた《テスタ=ロッサ》の初期構造と“千の武具”の詳細な術式の資料のおかげで間に合ったんです」

 

「……それはセドリック皇子が諦めずに試行錯誤していたからこそでしょう。俺がした事はシュミット博士が持ってきた資料の翻訳くらいですから」

 

「行き過ぎた謙遜は嫌味になりますよ。感謝ぐらいちゃんと受け取ってください」

 

「殿下……」

 

「僕はリィン君や他の起動者とは違って武芸の才能には乏しくありません……

 だからせめて武器だけはって思っていたんです……

 リィン君のおかげで僕は胸を張って、この場に立つことができるんです」

 

「セドリック殿下、もしかして緊張していますか?」

 

 かすかに震えている声をリィンが指摘すると、セドリックは取り繕うような苦笑いを浮かべて頷いた。

 

「兄上には感謝しているんです。《相克》という本番を前にあの人と相対する場を作ってくれたことを……

 今日、僕はあの日からどれだけ成長できたのか、敵として見てもらえるのか……

 できることならⅦ組のみんなやクルトと一緒に……いやこれは言っても仕方ないな」

 

 セドリックは自嘲して、余計な思考を振り払うように頭を振った。

 

「みんなか……」

 

 セドリックがもらした言葉をリィンが反芻していると、変化が起きた。

 

「っ……」

 

「これは……」

 

 離宮広場に地面から前触れもなく銀色の光が立ち昇る。

 

「精霊回廊か?」

 

 警戒し、身構えている間に銀の光は膨れ上がり巨大な人型へと姿を変え、それは現れた。

 

「銀の騎神《アルグレオン》」

 

 結社の《鋼の聖女》の乗騎が現れ、その前には青いドレスを纏った女性を従えていた。

 

「本日は私たちのような日陰者をお招きいただきありがとうございます……

 《身喰らう蛇》エレボニア帝国の計画を担当している《深淵の魔女》ヴィータ・クロチルダが結社を代表して感謝させていただきます」

 

「いやいや、ボクも一度、結社の方々と話をしてみたいと思っていたんだよ」

 

 恭しく礼をするヴィータにオリヴァルトは親し気な言葉を返す。

 

「帝国の裏側で行われている《幻焔計画》とやらは、ボクたちにとっても無関係なものではないのだから……

 むしろボクたちの方こそ、君たちに頭を下げて教えを乞う必要があると思っているくらいだ」

 

 そうオリヴァルトが応えたところで《銀》の胸元から光が溢れ、その起動者が降りて来る。

 

「《鋼の聖女》アリアンロード…………え……?」

 

 その渾名の通りの鋼の鎧に身を包んだ女騎士はそこにいなかった。

 一目で高価だと分かるきめ細かな純白のドレス。

 更に彼女の美しさを際立たせる宝飾品が過美にならないくらいに彩られてその美を引き立てている。

 《鋼の聖女》という前提を意識していなければ、とても武人とは思えない美しい貴婦人にしか見えない。

 リィン達の戸惑いを他所に、アリアンロードはまず並び立つ三機の騎神を見上げる。

 

「…………なるほどこれが《零の騎神》ゾア・ギルスティンですか。そして……」

 

 《灰》から《零》そして《緋》へと視線を移したアリアンロードはその姿に目を細める。

 

「これはエンド・オブ・ヴァーミリオンの……それにこの大剣は……」

 

 様変わりした《緋》の姿をしっかりと見据え、アリアンロードはセドリックに向き直る。

 

「セドリック・ライゼ・アルノール。よくぞここまで積み重ねましたね」

 

「っ――貴方にそう言って頂き光栄です」

 

 短い言葉に報われたと感激し、それを取り繕うようにセドリックは尋ねる。

 

「それはそうと、そのお姿はいったい?」

 

 一同を代表してセドリックの言葉に、アリアンロードは顔に朱に染めてヴィータに向き直る。

 

「魔女殿、やはり私にはこのようなドレスは似合わないようです。今からでも――」

 

「あら、そんなことないわよ。今の聖女様はとても綺麗よ。ねえリィン君?」

 

「え……?」

 

 ヴィータから突然話を振られてリィンは狼狽える。

 しかしリィンの貴族として教え込まれた薫陶が反射的に頷いて答える。

 

「ええ、とても綺麗ですよ。アリアンロードさん」

 

「っ……世辞は結構です」

 

「お世辞のつもりはないんですけど……教科書で見た《槍の聖女》よりも今の姿はお綺麗ですよ」

 

「それは褒め過ぎではないでしょうか?」

 

「行き過ぎた謙遜は嫌味よ聖女様」

 

「しかし……」

 

「どう? リィン君思わず写真を撮りたいって思ちゃうわよね?」

 

「え……ええ……まあ……」

 

 ヴィータの言葉にリィンは首を傾げる。

 先日、第Ⅱにミスティとして現れた彼女は晩餐会に導力カメラを持ってきてほしいと言ってきた。

 今のアリアンロードの写真を撮るためだったと分かるが、何故自分に撮らせようとしているのかリィンが思案していると――

 

「魔女殿、その話は先程拒否したはずです」

 

「ええ、分かってるわ……

 でも写真部のリィン君としては、着飾った聖女様の姿を撮りたいと考えてしまうのは当然でしょ?」

 

「それは……」

 

 ヴィータの言葉にリィンは思わず頷く。

 

「ほら、リィン君もこう言っていることだし、一枚くらい――」

 

「戯れが過ぎますよ」

 

 リィンを味方につけて押し通そうとするヴィータをアリアンロードは睨みつける。

 

「私たちは遊びに来たのではありません。そのような馴れ合いは不要のはずです」

 

「でもね、聖女様」

 

 睨まれて眼力に怯まず、ヴィータは手を頬に沿えて諭すように続ける。

 

「私たち《結社》はリィン君に“借り”があると思わないかしら?」

 

「それは……」

 

「“リィン君”がここにいるのは”彼”の代わり……

 それはクロスベルでの《幻焔計画》のせいでもあるのよ……

 確かに私たちは“彼”に戦う事を強要してしまったけど、あんな結末を望んでいたわけではない……

 それを弁明するつもりはないけど、“彼”の遺志を継いでくれた“リィン君”に私たちは“借り”があると言えないかしら?」

 

「それは……」

 

「もちろん聖女様が言うように馴れ合いは良くないわ……

 でも、この後の戦いに少しでも躊躇いができないように今“借り”を解消しておくべきだと思わないかしら?

 “彼”への義理を果たすためにも、リィン君の部活動に少しくらい協力して上げても良いんじゃないかしら?」

 

「…………」

 

 ヴィータの言葉にアリアンロードは黙り込む。

 

「あ、あのヴィータさん……そんな無理強いは良くないですよ……

 それに写真を撮っている状況じゃないですよね?」

 

「ええ、でも全員が集まるまで暇よね?」

 

「それは……」

 

 身も蓋もないヴィータの言葉にリィンは言葉を詰まらせる。

 

「でもそうね……考えてみたらリィン君と仲良くできないのは聖女様だけで、私は別にそうじゃないのよね」

 

「魔女殿……?」

 

「それにリィン君の誕生日も近い事だし……

 ふふ、どうリィン君? 晩餐会が終わったら帝都のオペラ歌手と二人きりで撮影会なんて――」

 

「姉さんっ!」

 

「それ以上リィンに近付かないでください」

 

 妖艶な笑みを浮かべてリィンに手を伸ばしたヴィータをエマが一喝し、アルティナがリィンの前で出て威嚇する。

 

「あらあら……」

 

「戯れが過ぎますよ魔女殿」

 

「でも聖女様と違ってこのリィン君と仲良くなりたいと思ってるのは本当よ」

 

 アリアンロードはヴィータを睨み。

 ヴィータはアリアンロードの視線にただ楽し気な笑みを返す。

 やがて口では勝てないと観念したのか、アリアンロードはため息を吐いてリィンに尋ねる。

 

「本当に私などの写真を撮りたいのですか?」

 

「えっと……」

 

 向けられた言葉にリィンが何と答えれば良いかと迷っていると、ヴィータと目が合う。

 

 ――撮りたいって言いなさい――

 

 ――何でそんなに必死なんですか?――

 

 ――それはほら、写真が欲しい娘たちと約束しちゃったから――

 

 目と目で交わすやり取り。

 ヴィータに言われて、リィンはぞくりと遠方から向けられているような念に寒気を感じた。

 リィンはその念とアリアンロードを比べて――

 

「…………いえ、やはり本人の意思を無視するのは良くないと思います」

 

 怨念を無視してリィンはマナーを優先した。

 その言葉にアリアンロードはほっと胸を撫で下ろし――

 

「ちょっと待ってくれないかな御両人」

 

 オリヴァルトが口を挟んだ。

 

「オリヴァルト殿下……これ以上、引っ掻き回さないで――」

 

 振り返ったリィンはオリヴァルトと――いつの間にかそこにいた二人に思わず言葉を止めた。

 

「おおっ! これが帝国の騎神ってやつか! ゾア・ギルスティンとは結構違うな」

 

「すごいですね~! オリビエさん、本当に撮って良いんですか?」

 

 先程、大聖堂で別れたはずのナイアルとドロシーが四機の騎神を見上げて感激する。

 

「まあまあドロシー君、少しだけ待ってくれたまえ」

 

 逸るよう導力カメラを構えようとするドロシーを制して、オリヴァルトはリィンとアリアンロードに向き直る。

 

「オリヴァルト殿下……」

 

「皆まで言わなくても大丈夫だよリィン君……

 さてアリアンロード殿、君は写真は遠慮した事は理解した。その上で一つお聞きしたいのだが、リィン君とツーショットで撮るのはダメかな?」

 

「…………」

 

 オリヴァルトの提案にアリアンロードは黙り込んだ。

 

 

 

「あの……」

 

 交渉と妥協。

 聖女を中心に話が進められてひと段落したところで、アルティナはヴィータに声を掛ける。

 

「あら? どうしたのアルティナ?」

 

「《鋼の聖女》の武器になる“OZ”はどちらに?」

 

 アルティナからの質問にヴィータは意味が分からず首を傾げた。

 

「聖女様の“OZ”? 何の事かしら私には分からないけど」

 

 その反応にアルティナは顔をしかめる。

 

「惚けないでください……先日、第Ⅱ分校に現れた《OZα》の事です……

 彼女が《銀の騎神》の武具となる戦術殻なのではありませんか?」

 

「そんな話は聖女様から聞いてないんだけど」

 

 彼女の性格を考えれば手札を隠すような事は好まない。

 不確定な奥の手に関しては別にしても、《銀の騎神》の武具は長年に渡って使い込まれた業物。

 それを手放して新しい武器を手にするとはヴィータには考えられなかった。

 

「…………そうですか……では彼女は《黒》の……という事だったのですね」

 

 ヴィータの答えにアルティナは肩透かしをくらった気持ちになりながらも納得する。

 

「期待に沿えなくてごめんなさい……でもそう……《黒》にも相応の武具があるのね」

 

 アルティナの質問からヴィータはそう読み取って警戒心を引き上げることに決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、どうなってるんだ?」

 

 精霊回廊を開いて現れた《紫の騎神》から降りた黒いスーツを着たルトガーは目の前の光景に目を疑った。

 

「随分と緩んだ空気ですね」

 

 ルトガーの隣に立ったシオンは同じものを見て呆れた言葉をもらす。

 

「おおっ! 良いですよ~ミリアムちゃん、このままゾアちゃんの周りをまわってください」

 

「りょーかーい」

 

 見覚えのない女性――ドロシーが《アガートラム》に抱えられて騎神の周りを飛ぶ。

 パシャリ、パシャリと導力カメラのフラッシュが瞬く。

 そしてそんなドロシーを他所に、騎神の足下では既に到着している四騎神の起動者たちと主催者が談笑していた。

 

「もう少し殺伐とした空気になると思ってたんだがな」

 

 猟兵同士の顔合わせを連想していたルトガーは肩透かしされた気持ちになる。

 

「良いんじゃないかな? 目的はみんな同じなんだから、こういう空気の方が私は好きかな」

 

 青い装束を纏ったダーナは肩を竦めるルトガーに笑いかける。

 

「お待ちしていたよ猟兵王殿」

 

 そんなやり取りをしていると、現れた《紫》にオリヴァルトが声を掛けた。

 

「まさか俺みたいな奴を貴族様のパーティーに招待してくれるとは思わなかったぜ……

 《紫の騎神》ゼクトールの起動者、ルトガー・クラウゼルだ」

 

「《紫の武具》シオン・オライオン」

 

「彼の導き手、ダーナ・イクルシオです」

 

 それぞれが挨拶を交わして――その一方でリィンは《紫》を見上げて呟く。

 

「あれが今のゼクトールの姿か」

 

「どう見ますリィン君?」

 

 セドリックに促されてリィンは《紫》を観察する。

 

「ヴァリマールやティルフィングとは違ってダーナさんが魔煌技術で今の起動者に扱い易いように造り直したと聞いています」

 

 初期状態と比べて重厚に太さを増した体に魔煌の翼。

 そして一番存在感を放っているのは携えたバスターソード。

 《想念剣》ミストルティン。

 それはここにいる騎神たちが携えた武具よりも圧倒的な存在感を放っていた。

 

「これは頼もしいですね」

 

 アリアンロードは変わり果てはしたものの、懐かしさを思い出させる《紫》とその力強さに思わず笑みを浮かべる。

 

「アンタが《銀の起動者》で、帝国の伝説にある《槍の聖女》様か」

 

 アリアンロードの前にルトガーは物怖じすることなく進み出て、その姿を観察するように品定めする。

 

「こちらこそ、貴方の有名は耳にしています……

 彼の《猟兵王》と刃を交える。できることならこのような因果の下ではなければ良かったのですが」

 

「俺は御免だな……

 アンタとはいくらミラを積まれたとしても戦いたくはねえってのが本音だ……

 ま、せいぜい出し抜かせてもらうぜ」

 

「……ふふ、それが猟兵というならば望むところです」

 

 握手は交わさない。だが、ルトガーとアリアンロードは既に戦うかのように視線で火花を散らせる。

 

「ダーナさん」

 

「こんばんは、リィン君。オルディスの実習以来だね」

 

 そんな二人を他所にリィンはダーナに声を掛ける。

 

「あの時はすいません。ちゃんとした挨拶もできずに」

 

「ううん、仕方がないよ」

 

 恐縮するリィンにダーナは笑いかける。

 

「それにしても本当に良くあの子に認められたね」

 

 ダーナは静かに佇む《零の騎神》を見上げて感嘆する。

 

「俺の成果じゃありません。ルフィナさんを始めとした七耀教会の守護騎士たちのおかげです」

 

「そうかもしれないけど、大地の眷族の私からしたらすごく立派だよ」

 

 《零の騎神》ならば“相克”に――“予言”に干渉できる力。

 ダーナが追い求め、見つけることができなかった“希望”がそこにある。

 ティルフィングしか介入する方法がなかった事を考えれば、大躍進ともいえる進歩。

 

「だからリィン君には胸を張って欲しいかな」

 

「…………はい」

 

 リィンは強く頷き、ダーナはところでと言葉を続ける。

 

「あれは何をしてるの?」

 

 ダーナは周囲を飛び回って導力カメラを乱射するドロシーに視線を向けた。

 

「うふふ……リィン君の子も良い子ですね」

 

「リィン君の子?」

 

「導力カメラの事です……何でもリベール王国のプロのカメラマンらしくて写真を撮ってもらう事に何故かなってしまったんです」

 

「そう……そうなんだ……」

 

 場違いではあるものの、後の重要な会合の記録を残すならばと仕方がないのかとダーナは唸る。

 

「あ、ルトガーさんの許可を得てゼクトールの撮影も始まりましたね」

 

「あはは……今の時代の人はなんだか逞しいね」

 

 ダーナは厳かな会合になると予感していただけに、緩んだ空気に苦笑いを浮かべる。

 

「ダーナ」

 

「キーアちゃん」

 

 駆け寄って来たキーアにダーナが応じる。

 

「久しぶりだねキーアちゃん。元気そうでよかった」

 

「うん、ダーナも」

 

 にこやかな挨拶を交わす二人にリィンが尋ねる。

 

「二人は知り合いだったんですか?」

 

「内戦が終わった時にローゼリア様に頼まれて一緒にキーアちゃんの治療に協力した時にね」

 

「その節は本当にありがとうございました」

 

 キーアに続いてやってきたロイドはダーナに向かって深々と頭を下げる。

 

「そんな、私よりも場と薬の材料を集めてくださったローゼリア様に御礼をしてください」

 

「はい、ローゼリア様への御礼はもちろん……

 それでも貴女がキーアのために尽力してくれたことも事実ですから」

 

 真面目なロイドの感謝にダーナは少し後ろめたくなる。

 

「でもこの後、場合によってはルトガーさんとキーアちゃんが戦う事になるわけだから……」

 

「それは今は言わなくて良いんじゃないですか?」

 

 曇ったダーナにリィンが口を挟む。

 

「互いに憎くて戦うわけじゃない……

 俺もキーアも、他の起動者たちもその割り切りはできています」

 

「あはは、もしかしたら怪我をしたら、その時はまたダーナに頼っちゃうかも?」

 

「キーアちゃん……うん、その時はちゃんとサポートするよ」

 

 笑いかけるキーアにダーナは気を取り直して、握手を交わして――

 

 

 

 

 それは唐突に起きた。

 

「え…………?」

 

「あれ……ここは……?」

 

 ダーナとキーアは気付けば緋色に染まった地の底にいた。

 

「これは……《緋色の予知》? どうして今?」

 

「知ってるのダーナ?」

 

「私の予知は色によってどれくらい確実か分かるの……

 緋色に染まった予知は避けることのできない確定した未来……

 でもどうしてキーアちゃんまで?」

 

「それは……キーアが至宝だから?」

 

 確証がない可能性を考えながらキーアは周囲を見回して――息を呑んだ。

 

「ヴァリマールッ!?」

 

 キーアのすぐ背後。

 《灰の騎神》は無残な姿で朽ち果てていた。

 

「そんな……ひどい……」

 

 《灰》は四肢が捩じられ全身を潰され、鋼の塊となって転がっていた。

 

「いったい何が……っ」

 

 次にダーナの目に入って来たのは《蒼の騎神》オルディーネの首だった。

 

「オルディーネも……」

 

 《蒼》の首は地面に転がり、首を失った《蒼》は双銃を構えたまま立ち尽くしている。

 

「他の騎神は……あ……」

 

 ダーナが視線をさまよわせるとそこには大の字に倒れた《金の騎神》がいた。

 駆け寄って確認した《金》に外傷は胸の小さな拳の跡だけ。

 しかし関節と言う間接、隙間と言う隙間から潤滑油を血のように垂れ流している《金》の目には光がない。

 

「セドリック……テスタ=ロッサは!?」

 

 キーアは地面に落ちている《アガートラム》の右腕を見つけて、視線を巡らせれば《緋の騎神》は右腕を失い、高過ぎる天井に頭から突き刺さっているのを見つける。

 

「…………これが……避けられない未来……?」

 

 四肢をバラバラにもがれ、炎に呑まれて焼かれている《紫の騎神》ゼクトールを目の当たりにしてダーナは慄く。

 

「あ……」

 

 そしてキーアは上半身だけになって、壁に太刀で磔にされた《銀の騎神》アルグレオンの変わり果てた姿を見た。

 

「…………アルグレオンまで……」

 

「そんな……こんな事って……」

 

 緋色の予知が見せる未来に二人は打ちひしがれる。

 

「キーア達は……負けちゃうの……?」

 

「っ……まだ……まだゾア・ギルスティンが……」

 

 ダーナは萎えそうになる心を奮い立たせて希望の姿を探す。

 そして見つけたのは、地の底の広場の中央に佇む黒い“ナニカ”。

 それはおもむろに手を掲げて――告げる。

 

「降臨せよ――■の騎神《■■■■■■》」

 

 

 次の瞬間、世界は壊れた。

 

 

 

 

「キーア……キーアッ!?」

 

「ダーナさん、ダーナさん!?」

 

 ロイドとリィンの呼び掛けに、握手をしたまま固まっていた二人ははっと我に返る。

 

「今のは……」

 

「“緋色の予知”……」

 

 二人は今の一瞬で見た未来に呆然とする。

 暗い地の底で六機の騎神たちが無残に敗北する姿。

 誰に負けたのか、それを論じるまでもない。

 

「どうしたんだ二人とも……?」

 

「ダーナさん、もしかして……」

 

 予知を知らないロイドは首を傾げ、リィンは二人の呟きに何かがあったのか察する。

 

「ごめんロイド……あとでちゃんと説明するから」

 

「キーア……?」

 

 自分が見たものをその場で受け止めきれず、キーアは言葉を濁す。

 

「ダーナさん?」

 

「ごめんリィン君。晩餐会が終わったら改めてみんなに話すから今は……」

 

 ダーナもまた今見た“予知”をこの場で話すべきではないと隠す。

 前向きに“相克”に挑もうとしている起動者たちに未来の敗北を告げれば士気が下がるのもそうだが、どこに《黒》の目と耳があるか分からない。

 

 ――ああ、まただ……

 

 絶望の“緋色の予知”にダーナはかつての諦観を思い出した。

 

 

 

 

「よっと……どうやら一番最後にはならなかったみたいだな」

 

 《蒼の騎神》オルディーネから降りたクロウは周囲を見回して、まだ一機足りない事に安堵する。

 

「うむ……カレル離宮か……ここに来るのも久しぶりじゃのう」

 

 《蒼》の手から降りたローゼリアは感慨深く周囲を見回し、自分たちに注目する者たちの中に自分の起動者の姿を見つける。

 

「ではエスコート御苦労じゃった。ヴィータの事は頼んだぞ《蒼》のライザー」

 

「はっ、ヴィータは俺がどうこうできる女じゃねえだろ」

 

 予定通り、集合場所で互いのパートナーを交換する。

 クロウはローゼリアを見送り、ローゼリアは250年前に導いた《銀のライザー》に歩み寄る。

 

「…………ふむ、本当にリアンヌか?」

 

「ロゼ……ええ、分かっています。私にこんな格好は似合わない事くらい」

 

「いやいや、似合っておるぞ」

 

 不貞腐れるアリアンロードにローゼリアはそんなことはないと否定する。

 

「今のリアンヌの姿を見ればドライケルスもイチコロじゃろうて……

 ともかくヴィータよ、グッジョブなのじゃ」

 

 ローゼリアはクロウの元へと向かったヴィータに向かって親指を立てる。

 そんな彼女の感想に対して、アリアンロードはため息を吐いた。

 

「どうでしょう彼の事ですから、気の利いたことは言わないでしょう……

 『そんな装備で防御力は大丈夫なのか?』――くらいしか思いつきません」

 

「それは……いかにも言いそうな言葉じゃな」

 

 ローゼリアとアリアンロードは顔を見合わせ、共通の男の反応を思い浮かべてため息を吐く。

 そして改めて再会の言葉を掛けようとしたローゼリアは――

 

「うむ?」

 

 感じた気配にローゼリアは空を見上げた。

 その一方――

 

「よう、相変わらず30分前行動か?」

 

 クロウは既に到着していたリィン達に気安く声を掛けた。

 

「そういうクロウは相変わらず時間ギリギリだな」

 

「良いんだろ別に。それにまだ来てない奴もいるじゃねえか」

 

「ルーファス総督は……まあいろいろとあるんだろ……」

 

 クロウの指摘にリィンは目を逸らしながら答える。

 

「ま、確かにクロスベルは遠いからな……って何だよその目は?」

 

 頷いたクロウは慄いているセドリックを訝しむ。

 

「そんな……クロウが時間通りに来るなんて、明日は槍が降るんじゃないか?」

 

「天変地異の前触れでしょうか?」

 

「お前ら……」

 

 慄くセドリックとエマの反応にクロウは顔をしかめる。

 

「日頃の行いだな……あ……」

 

 リィンがそう言った瞬間、地面が揺れた。

 

「地震か……」

 

「やっぱりクロウの……」

 

「さ、流石に偶然だと思いますよ。近頃帝都では地震が多発しているそうですから……

 夏至祭が終わったら霊脈を調査した方が良いかもしれませんね」

 

 地震をクロウのせいとふざけるセドリックに対して、エマは苦笑いを浮かべて否定する。

 クロウはため息を吐き、話題を変える。

 

「それにしてもすげえ光景だな……」

 

 六機の騎神を見比べて感想を漏らす。

 

「ゾア・ギルスティンはともかく《銀》のアルグレオン以外はもう原型からして違うな」

 

「……そうだな」

 

 リィンはクロウの言葉に頷く。

 ヴァリマールはアンヘル化して“格”を上げている。

 テスタ=ロッサはEOVの力を宿して半竜化。

 ゼクトールは魔煌化による最適化を受けている。

 そしてオルディーネは近代導力兵器を装備している。

 この中で古代の設計図通りなのはアルグレオンだけだった。

 

「エル=プラドーもこの分だと変わってるのか?」

 

「どうだろうな……クロスベルで共闘した時には少し見たけど……あれ? この気配は……」

 

 感じた気配にリィンは空を見上げた。

 それにつられて一同も空を見上げると、夕日を反射した《金色》が広場に降り立った。

 

「遅参申し訳ありません。《金の騎神》エル=プラドー並びにその起動者ルーファス・アルバレア、ただいま参上しました」

 

 《金》から降り立ったルーファスは貴族然とした礼を取り――

 

「貴様っ!」

 

 オリヴァルトが応じるより早く、ローゼリアがルーファスに詰め寄った。

 

「おや、ローゼリア殿。いかがしたかな?」

 

「いかがしたではない! 貴様はエル=プラドーに何をした!?」

 

「お、落ち着いてお婆ちゃん」

 

「そうよ。何をそんなに怒ってるの?」

 

 荒ぶるローゼリアをエマとヴィータが宥める。

 

「ふふ、流石というべきかな」

 

 怒鳴られる心当たりがあるのかルーファスは余裕を崩さず、微笑む。

 その振る舞いにローゼリアは眦を上げる。

 その視線にルーファスは応える。

 

「実は先日、ガレリア要塞の跡地で三つのゼムリアストーンの塊が発見されましてね」

 

「ガレリア要塞……?

 もしかしてゾア・ギルスティンの戦闘の跡地ですか?」

 

 リィンが口を挟むと、ルーファスは頷いて続ける。

 

「緋色と金色と琥珀色の珍しいゼムリアストーンでね……

 ちょうどゾア・ギルスティンとの戦闘で剣を失っていたので、それを材料に装備を整えさせてもらったのだよ」

 

「緋と金と琥珀……ローゼリアさんのこの反応と、剣の気配……

 もしかして聖獣の加護が宿ったゼムリアストーン?」

 

 リィンは《金》を見上げて、聖獣の気配を纏った武具を見る。

 朱金の剣はアルバレア家に伝わる聖剣《イシュナード》を模した剣。

 他には左腕に持つ琥珀色の盾から強い聖獣の気配が感じられる。

 

「聖獣の加護を受けたゼムリアストーンの武具か……大したシロモンじゃねえか」

 

「ぐるるる……」

 

 クロウは感心するものの、自分の一部を勝手に武具に加工されていたローゼリアは唸りながらルーファスを睨む。

 

「こらこら婆様睨まないの……

 たしかに勝手に使われたのは不服でしょうけど、これくらいは起動者への援助だって割り切るべきじゃないかしら?」

 

「ぐぬぬ……分かっておる……分かっておる」

 

 ヴィータに宥められて、ローゼリアは不満を呑み込んだ。

 

「方々、お揃いのようだな」

 

 そこに最後の一人の声が響いた。

 一同は一斉に声の方向――カレル離宮へと続く坂へと視線を送ると三人が悠々とした足取りでその場に降りて来た。

 

「ふん……」

 

 黒い軍服に仮面をした少年は不満そうに鼻を鳴らす。

 

「これはこれは壮観だ……

 まさか六騎神が並び立つ姿をこの目で見ることができるとは」

 

 白い髪の壮年の男は離宮広場に集まった騎神達の姿に感激の言葉を送る。

 

「…………彼は……そう貴方が今代のアルベリヒなんだね」

 

 その男が纏う気配にダーナがいち早く気付く。

 

「…………」

 

 そしてその二人を後ろに従えた男はリィン達の前で足を止めた。

 

「………………」

 

「…………ん?」

 

 不自然な沈黙にリィン達は首を傾げる。

 

「……おい、何をしている?」

 

「閣下、いかがなさいましたか」

 

「っ……ごほん」

 

 少年とアルベリヒに促されて我に返った男は一度咳払いをして佇まいを直す。

 

「ようこそ起動者諸君」

 

 厳かに、呆然としていた顔を引き締めて、その男は名乗りを上げる。

 

「私はギリアス・オズボーン……

 《黒の騎神》イシュメルガの起動者だ」

 

 もはや隠す必要はないと言わんばかりに堂々とした態度。

 

「さあ、今宵は同じ運命に縛られた者同士、存分に語り合うとしようではないか」

 

 

 

 

 







予告被害

アルグ/レオン
ゼ ク ト ー ル
エル・プラドー
ヴァリマール
ルディーネ











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