ダンジョンのある世界に転生したのは間違っているだろうか 作:舌百
第一話
「なあんでこうなっちゃったかなぁ…」
中世風の部屋の中で服を着替えながら1人愚痴る。こんなことになった原因というのも…。
時を遡ること数時間。私、高校二年生の福永紗凪はいつものようにアラームの音で目を覚まし、いつものように朝ご飯を食べ、親に行ってきまーすと言って学校への道をてくてく歩いていた。
日差しの強い真夏日だった。
背中にべっとりと張り付いた半濡れのセーラーをはがしながらハンディファン片手に道を歩く。
「うげぇ、暑すぎ。年々悪化してるよ…」
周囲を囲う蝉の声、上からも下からも浴びせられる刺すような熱にうんざりする。
もう今日は帰ってしまおうか、そんな考えも頭によぎってくるが、イヤホンから聞こえるHey Worldの歌詞を杖かわりにしながらよたよたという足取りで目前に迫った校門に歩みを進める。
この夏、幾度となくこの歌にはモチベーション維持の観点から救われてきた。学校に休まずこれている理由の半分はこの曲のおかげだろう。
もう半分は先月始まったダンまち四期のアニメだ。期待していた通りすごく面白い。OPもいい。
そう、私はオタク。夏の暑さも手伝ってはいるが脳内でいきなり自己紹介文を述べ始めるほどにはオタク。特に、ダンまちが好き。
できることなら転生とか、転移とか、してみたいよね。
ロキファミリアに入って、魔法使いとして才能が開花してさ、レフィーヤとかリヴェリア様のもとで勉強したりして、知識をフルに活かして作中の取り返しのつかない事件を回避したりしてね。
そんな「あり得ないこと」を思いながら歩いていると、背中にドンッ、といきなり衝撃が走る。
イヤホンで後ろから迫る足音に気づけなかったらしい。
暑くて前見てられる余裕がないのはわかるけどさ、前見て歩いてよも〜。
衝撃そのままによろけてしまうが、足の踏ん張りが利かずズシャっとアスファルトに顔面から転んでしまう。
おかしいな、なにかが。熱中症みたいになってたかな。
手足や顔の擦り傷の痛みに顔を歪めていると、背中にズキッと痛みが走る。触ってみると手についたのは血。べっとりとした鮮血だ。
それを意識すると同時に全身から血の気が引く感覚。
寒い。
視界が歪み、蝉の声がやたらうるさく耳につく。
私は気づいてしまった。ああ、刺されたんだ、と。
「うそだ、ゆめみてるのか、あ、れ…」
呂律もまわらなく、遠くの方で聞こえる誰かの叫び声が反響する中、私の意識はプツリと途切れた。
だが再び耳に音が入ってくる。さらさらと流れる緩やかな風の音。背の高い雑草が穏やかな風に撫でられる、そんな音だ。瞼越しに少しの光も入ってくる。
目を開けば、視界に入ったのは一面の青空。雲ひとつもない快晴。けれど先ほどまで感じていた刺すような日差しはない。カラッとした空気、柔らかな日差しと涼しい風。印象としては穏やかな春の日だ。
「…あれ?」
私は刺されたはず、背中に手を回しても草が指をくすぐるだけで痛みも血もない。
治療を受けた?まさか。確実に病院で目を覚ましたわけではない。草原に患者を安置する青空病院があるわけがないのだ。
草原、そう脳内で言葉を紡いだときにようやく気づいた。
ハッとして体を起こす。視界に入ってきたのは草原。見渡す限り果てのない広い草原だ。
「ここ、どこ」
17年間の人生、そのほとんどを閑静な住宅街で過ごした私にとって圧倒的に見覚えのない景色がそこには広がっている。
それを理解して瞬時に脳内に浮かんだ、オタク的脳みそコンピュータが導出した結論は一つだった。
転生
現状、私は誰かに刺され、意識を失って、次に目を覚ました時には全く知らない土地に飛ばされていた。
これは即ち転生と呼ばれるそれそのものなのではないだろうか。
タイムスリップ、死後の世界、そういったことも後々の冷静な私であれば考えられたのかもしれないけど、いきなりすぎる状況におめでたい私のオタク
その考えが頭に浮かんだ時、一瞬湧いた喜びも、妄想も、全てを置き去りにして気がついた時膝は折れ、私の顔はひしゃげていた。
「ママとパパとの最後の会話、あいさつだった」
「語ろうと思って練った妄想、もう使えないじゃん」
「もっと、やりたいこと、あったよ」
「なんっ、で、こんなことに」
加速度的に止まらなくなっていく涙。心に振り積もる澱はどんどん肥大化して行く。
思い浮かぶのは朝簡単な会話しか交わさなかった両親の顔、部活で知り合った仲間たちの顔、妄想を語り明かした友人の顔。
日頃から転生してみたいとか言ってはいたけど実際したら、それどころじゃない。有り得た幸せに、もう紡げない
そうして数十分たったか、それとも数時間か、もはや時間感覚も忘れるほどの大号泣の果て、私は立ち上がる。
再起を支えるように小さな声で歌を歌う。
「泣きたければ、泣けばいいのさ。涙は…やがて乾く…!」
泣き腫らした目を大きく袖でこすり、パンパンと強く頬を叩く。ズビッとおよそ女子高校生のしてはいけない音を立てて鼻をすすり、大声で宣言する。
「過ぎたこと気にしすぎてもしょうがない!よし!私頑張れ!やれる!やれる!」
「ベルくんだっておじいちゃんの死を乗り越えたんだ!今生の別れがなんだってんだ!」
聞く人なんて私しかいない宣言、でも私のために必要な宣言。
切り替えが早いのが私の取り柄。もうこれ以降失った人たちのことは考えない。失ってるのは前世の人たちの方だけど。
「しっかしここはどんな世界なんだろう。この草原、既存の世界なのかな。なんかの作品みたいな…だとしたらナーロッパっぽいよね」
そうつぶやき周囲を見渡す。いかに平和そうな草原でも、さすがに人里がないと困ってしまう。
ナーロッパ特有の城塞都市が視界に入ってくれたら御の字だけれど…。
そして後ろを振り返ったときに視界に入ったものに私は大きく口を開ける。開けてしまう。抗えない。
天を突く巨大な白亜の塔。
それを囲うようにして作られた巨大な壁。
その様は私の脳内のすべての媒体を参照しても一つの答えしか導き出さない。
迷宮都市、オラリオだ。
ダンまち…『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』の舞台でありこの世界において最大の、冒険者の集う都市。
私の今の顔、人に見られたら相当なアホ面だろう。先ほどまでの知らない世界で一人生きていくことを決意した、シリアスな表情とは真反対。
ずっと欲しかった手にはいらないと思っていたおもちゃを偶然にも手にした子供、それそのものだ。
また涙が溢れ出てくる。だがこれは悲しみではない。喜びの感涙だ。推しの尊さに喜び咽ぶオタクの泣き顔をしている。
待って…無理…ウソでしょ…とヨタヨタと歩き始めると、長く伸びた草は現代人の足にとって不慣れ極まりないことを失念していた私は草に足を引っ掛け、思いっきり地面に体を叩きつけた。
「ぼふぁぇ?!」
しかも、昨日辺りに雨が降ったのだろうか、ちょうどころんだ先に浅く張った水たまりがあり、顔面も服もまるごと泥だらけになってしまった。
「ハ、ハハ…。浮ついてんじゃねぇという神様からの思し召しかな…」
哀れな自分に対して自嘲気味に笑い、顔から泥を払う。しかしこれどうしよう。この世界に服の替えもなければ、服を買うお金もないんだけど…。
すると後ろから声をかけられる。
「あの…大丈夫ですか?」
「ふぇ…?」
そこにいたのは、見知ったストーリーのキャラ…ではなく橙色がかったショートヘアーに黄色の瞳、そして冒険者らしい服装をしたシアンスロープの少女だった。
無地のインナーワンピース、胸だけを守るチェストガード、腰に差した黒い大型のナイフ、そして赤い短杖。彼女の装備は至って軽装、それでも戦う人、冒険者の印象を受けるには十分だった。
「えと、その…盛大に転んでらっしゃったので」
「あ、ハハ…。お恥ずかしいところを…」
あの醜態をみられたことの恥ずかしさから目をそらしてしまう。
「もしよろしければ、うちのファミリアのホームに来ませんか? 着替えくらいなら、貰えると思いますので」
その少女はにこやかにこちらに手を差し伸べてくる。泥だらけの私の手すら気にしないと言った様子で。
その手をおずおずと握ってしまう。普通なら少しでも怪しむべきだ。私を助けたって彼女になんの得もない、偶然通りかかったのはいいとしても都合が良すぎる。
でも、一人でこの世界に放り投げられた私にはその少女の、太陽のような笑顔が、屈託のない優しさが、やけにまぶしく映ってしまったのだ。
そしてその少女についていき、今に至るというわけだ。彼女は「ギルドにお使いいかないと!」と言って着替えだけ私に渡して風のような速さで駆けて行ってしまった。
私はそこそこの広さの、客間だろう部屋に通された。無駄な装飾が廃されたシンプルな木で作られた部屋。
昼間だからか照明などはついておらず、窓から入る日のみで照らされた空間は堅木の暖かさと閑散とした雰囲気に包まれている。
招かれたここはケルヌンノス・ファミリア。
原作では名も上がらぬ、無名のそれだ。
ホームの門に牡鹿のエンブレムの掲げられたファミリア、このホームの大きさはヘルメス・ファミリアのそれに近しい。
主神はファミリア名通り、エンブレム通りのケルヌンノスという牡鹿の角を持つ男性神らしい。
彼女の話では気さくな神だから招いても許してくれるはずだよ!ということだったが正当な許可もないままに家、拠点の中にいるというのはいささか居心地が悪い。
今手に持っている服は冒険者が鎧の下のインナーとして着ているような服で、厚手の生地のシャツと同じく厚い素材でできたプリーツスカートだ。
袖を通し、ホックを閉めて一通り身に纏えたところで姿を見ようと鏡の前に立ったとき、絶句した。
日本人特有の黒い髪、黒い瞳はどこへやら、そこには白い髪に緑の目をして、エルフ耳を生やしている美人なハーフエルフが映っていた。
「な、なんじゃこりゃあ!」
変わっていないのは身長体重、胸の薄さのみでその他は前の体の面影がないほどに変化していた。
リアル志向だった画風も心做しかアニメ寄りになっている気がする。
なに、なにこれといったことをブツブツつぶやきながら自分の顔をペタペタ触る。頰を引っ張ればちゃんと自分の頬に痛みが走る。
耳の鋭くピンと張った部分を指で弾いてみれば期待通りの跳ね方をする。これも、現実。
背丈がそのままだったのと、いきなり転生してあれよあれよといううちに今だから外見を確認する暇がなかった。
そしてこの見た目、私には見覚えがある。
「ノクシア、フッド…」
そう口に出してみれば、いやになじむ。彼女は、いや私は、私の妄想のなかのキャラクター。ロキファミリア所属、レベル3冒険者、二つ名
脳みそが混乱で何も考えられなくなっているとき、今いる部屋の真隣、つまり玄関の開く音が聞こえてきた。
自分のいる部屋から気まずさから音を出さないようにこっそり扉を開けて玄関を覗けば、牡鹿の男性、そして槍を携えた青年の男性、そして続々と入ってくる団員と思しき人たちが視界に入った。
どう考えてもあれはこのファミリアの主神、ケルヌンノス、そして傍らの男性は団長なのだろう。
だが、その中に先ほどの少女の姿はない。
一度顔を引っ込めて、あの少女の仲介がない状態で出ていってもよいものかウンウン唸っていると、明らかにこちらに向けて神様が話しかけてくる。
「そこにいるのは…だれかな?」